勇者「真夏の昼の淫魔の国」
Part15
593 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:41:21.55 ID:71Iel06ko
****
「…………あぁぁぁぁっ!?」
城へ帰ってきた翌朝、大食堂にて朝食にありついていると――――そんな叫びが出た。
ある事を思い出した結果、思考がそれを明文にする事さえ追いつかず。
焦燥のまま、叫びが口をついた。
思わず口元に運びかけていた蜂蜜のトーストを取り落としかけ、間一髪でそれを受け止める。
「陛下!? い、いかがなさりました?」
叫びを聞きつけ、堕女神が駆けつけてくる。
その手におかわり分のティーポットを持ったまま、彼女は動揺しながら、こちらへ小走りに寄ってくる。
「忘れてたっ……! 昨日、洗濯に回したズボンの中に…………!」
「え……?」
「入ってたんだよ! い、色々!」
立ち上がりながら、あの地へ持って行った物、持ち帰った物を脳内へ列挙する。
ポケットに入れっぱなしだったのは、奇妙な地図と……奇妙な、『卵』。
「それでしたら……今朝、洗濯される手筈です。ええ、丁度今頃。何か出し忘れたのですか?」
「と、とにかく……! 洗濯場に行ってくる!」
持っていた分のトーストを口に放り込むと、飲み下す間も惜しんで、堕女神を残して廊下に出る。
少し冷たくなった朝の空気を裂いて、一直線に廊下を駆けて洗濯場へ向かう。
594 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:42:27.95 ID:71Iel06ko
「くそっ……! 頼む、頼むから何事も起きていないでくれよ!」
エントランスを抜けて、中庭を抜けて、城館の内側、それでも日の当たる部分に設けられた洗濯場へ舞い込む。
そこには何条もの物干しが吊られ、シーツ類がかけられ、朝日に干されてはためいていた。
片隅にはポンプと桶、金属製の洗濯板が何組か置かれ、
石鹸の香りが漂うその一角で、サキュバスAを運よく見つける事ができた。
「お、おい! サキュバスA!」
「……陛下? 血相を変えて、何かございましたか?」
昨日洗濯に出したシャツを洗う手を休め、彼女は立ち上がる。
「昨日洗濯したズボンはどこだ!?」
「は……? それでしたら、とうに終えて……あちらへ、干しましてよ」
指差した干し竿に、あのズボンが揺れていた。
ひとまずは何も起こっていない事に安堵し、もう一度、彼女へ向き直る。
「ポケットに何か入っていなかったか!?」
「……あの、陛下? 一体、何が」
「いいから答えるんだ! 中身は!?」
「いえ。何も入ってなどおりませんでしたわ。洗濯前は念入りに検めますもの。
ポケットの中身も全てひっくりかえしてお検めいたしました」
「えっ……!?」
「ほんの少し、切れた草が入ってはおりましたけれど……他には何も。空っぽでしてよ」
「空……?」
「あ、でも……そういえば」
「そういえば?」
「あの後、一度城内に集積した洗濯物を洗濯場まで運んだのはサキュバスBでしたわね」
「Bは!?」
「今朝は正面玄関の清掃ですわ。その後は西棟の三階廊下。あそこにはガラスの置物が多くて、危険かと思ったのですけれど……」
595 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:43:11.70 ID:71Iel06ko
それだけ聞けると、充分だった。
ともかく、何も起こってはいない事を知ると、とたんに落ち着きが出た。
彼女へ背を向け、城内へ戻ろうとした直後、もう一度振り返る。
「わかった、ありがとう。……それと」
「はい?」
「……今夜は、サキュバスBにバレないように来るといい」
「あらぁ、私と遊んでくれますの? 『サキュバス』を寝所へ誘惑なさるなんて、なかなか豪胆ですのね」
「今さら言うか。……いいから来い。退屈はさせないさ」
照れ隠しに言ったはずの言葉が、妙に、勇者自身でも不思議になるほど不敵な響きになった。
声色が低く落ち着き、そのまま彼女の目を見ると、一瞬だけ、瞳孔が細まり揺らぐのに気付く。
「どうした?」
「……全く、どちらが『淫魔』なのやら。それでは……陛下。また、後ほど」
「……? ああ。それじゃ」
どこか落ち着かなそうな彼女を残し、城内へと大股でゆっくり、戻る。
目的地は正面玄関だが――――妙な胸騒ぎを覚えて、途中で西棟の教えられた区域へ変更した。
正面玄関と西棟三階は遠く離れているため、入れ違いになるよりは、そこで待つ方が確実だ。
それに……いつもいつも、サキュバスBは『悪い方』を引いてくるものだから。
過失が多い、というだけではなく。
訊く限り、彼女には失敗談が余りに多すぎる。
いつかは吸精に出向いた先の人間に酷くおちょくられた話を聞き、そしてまた、倒錯趣味の女性に酷い目に遭わされた、という話も加わった。
とにかく、彼女は『持っている』のだ。
ガラスの置物になど、とても近づけられない。
596 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:43:53.56 ID:71Iel06ko
――――辿り着くと、そこで、彼女は今まさに掃除に取りかかろうとしている所だった。
大理石の床を磨くための準備をし、精緻なガラス細工を並べたチェストの前で、――――今にも。
「サキュバスB。動くな」
「えっ!? へ、陛下!?」
「よし、そのまま手を上げてこっちに来るんだ。ゆっくり」
「わ、分かりましたっ!」
最後の警告を施すような声色で、彼女へ告げると――――弾かれたように、立ち上がった。
ちょうど背後に飛竜を模した透き硝子の置物を隠すような恰好で、言われた通り、彼女は両手をぴんと上げて向かってくる。
「あ、あの、陛下? わたし、今日はまだ……何も……」
「……分かってるよ。訊きたい事がある」
「え? 何ですか?」
「手は下ろしていい。城内に集めた洗濯物を洗濯場に移したのは、お前だな?」
「はい」
「その時、何か……変な物を見つけなかったか?」
「へんなもの、ですか?」
ぐーっと頭を横に倒してしばし彼女は考え――――やがて、答えた。
「……いえ。ごめんなさい陛下。何も無かったですよ」
「……そうか」
「ちなみに――――その、へんなもの、って?」
「ああ。これぐらいの、『卵』みたいな」
「あ、ローパーの卵ですね。それなら持ってますよ、ほら!」
「持ってんじゃねーかっ!」
サキュバスBが取り出したのは、間違いなく、あの『卵』だった。
どす黒い殻に、沈んだ紫色の不気味な斑点の色合いは、間違えようもない。
それをあわててひったくると、今度こそ、間違いなくポケットにしまう。
597 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:45:21.74 ID:71Iel06ko
「それ、陛下のだったんですか?」
「……『俺の』、なのかは分からないが持ち帰ったのは事実だよ」
「でも、その卵……おかしいですよ?」
「何が?」
「えっと、『ローパー』の卵って、本当はぬるぬるの粘液に包まれてるんですよ。で、それを相手の中に産みつけて……それで、増えるんです」
「ふむ?」
「ですから、そんな乾いてる状態なんておかしいんですよ。でも触った感じ、死んでる感じもしないですし……」
「…………その事も含めて、お前に、訊きたかった事がいくつかあるんだ」
「え、……はい、何ですか?」
「お前、ローパーに勝てるか?」
「は……? え、勝つ?」
「聞いた通りだ。戦ったとして、ローパーに負ける事があるのか?」
「んー……と。考えた事もないです。動物いじめちゃいけないんですよ?」
「だけど、まぁ……そうだな。襲ってきたとして、の話だ」
「その時は……そうですね。触手を掴んでから、叱りますねー」
彼女は、そんな事を言ってのける。
まるで『小動物をいじめてはいけません』とでも言うように、呑気な口調で。
彼女にとって、サキュバスにとって――――ローパーは、土俵そのものが違うのだ。
戦う対象でもなく、レベルも違う。『倒す』などという概念さえ無く、払う露にも過ぎないだろう。
だが――――あの時出くわした、この『卵』は違う。
出会った中でも最も攻撃的な性格だった淫魔、サキュバスCを打ち倒して、
幾重もの雷撃にさえ持ちこたえ、再生までしてのけた。
異常性を思い出して身震いしかけたところへ、彼女は口の滑りに任せて付け加える。
「ちなみにAちゃんの場合は、『や、やめっ……汚らわしい……! 離しなさい!』って抵抗するフリしてちょっと楽しんでました」
「『ました』!?」
「昔飼ってたローパー、最初は言う事聞かなかったらしくて。振りほどいてキックするまでの二時間ぐらい遊んでましたよ」
「……あいつって、意外とアホだな」
「そ、それで……陛下。他には?」
598 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:46:15.60 ID:71Iel06ko
サキュバスAに、サキュバスBが休みの間に人間界へ向かったという話を聞いた時に、どうしても興味の湧く事があった。
彼女が倒錯趣味の女性に捕まった、という点ではなく――――その『舞台』に。
「……陛下? あの?」
「…………いや。ともかく、この『卵』は預かる。何があるか分からないしさ」
「はーい。でもそれ、何なんですかね? すごい気配がしますよ、中から」
「さぁな。俺にも分からない。……で、他に何も入ってなかったのか? 例えば、これぐらいの……紙切れとかさ」
取り上げた『卵』を仕舞いながら、指で虚空に描くように、入っていたはずの地図の大きさを示す。
ところが、彼女は小首をかしげる程度で、要領は得られない。
「何もありませんでしたよ? 懐紙と一緒にお洗濯して堕女神様に怒られてから、注意するようにしてますし」
「……そっか、分かった。それはそうと、俺は少しだけ出てくるよ。小一時間で戻るから、堕女神にもそう伝えておいてくれるか?」
「はい、分かりました。どこ行くんです?」
「ちょっと、……野暮用にな」
599 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:46:58.29 ID:71Iel06ko
****
「……で、私の店に?」
訪れた城下の淫具店は、相変わらずだ。
棚にはいくつもの種類の器具が並び、壁面に吊るされた薬草の束から妙に艶めいた香りが立ち上っている。
その中で、いつか見た『カード』の陳列箱はすっかり空っぽで、売り切れを示す文言が書かれていた。
店の中央の陳列台、その上にシャンデリアのように下がった『大瓶』を見つけて、彼女へ、店主へ目を移す。
「ああ。……その『触手』について、ちょっと話を聞きたいんだ」
「はぁ、私の知っている事でよろしければ。……立ち話も何ですし、こちらへどうぞ」
そう言うと、彼女は売り場から続く三つの部屋のうち一つの扉を開け、手招きする。
扉から見えたのは、妖しい灯りに照らされた、寝台の一部。
「オイ、そっち寝室だろ……」
「いえ? 違いますわよ。私の寝室は二階にございますし」
「じゃあ、何だその部屋」
「人間も、服を買う時にはサイズが合うか試すものでは?」
「え、何……試着室とか、そういうあれ?」
「よーく吟味しなければなりませんもの。まして、身体のデリケートな部分に密着、もとい密接に関わる物ですからね」
「分かった、分かったって」
600 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:48:15.81 ID:71Iel06ko
この国に来て、何十回目になるか分からないカルチャーギャップを飲み込みながらも、勧められるまま、
淫獣が口を開けたような『フィッティングルーム』へ進む。
店内の奥に位置するその小部屋は、皺ひとつなく整えられたシーツは見事であるものの、窓がない。
扉を閉めてしまえば、真っ暗くなると思われるが――――不自然なほどに、明るい。
探しても照明器具は見当たらないのに、どこからか発せられる明るい桃色の光で、部屋全体が照らされていた。
部屋にあるのは、二人で寝るには少し手狭なベッドと、全身を写す姿見だけだった。
「……おい。まさか……俺、騙されてる?」
「いえいえ、滅相も無い。ささ、どうぞ楽になさって。ご遠慮なく」
「あ、ああ。分かった……」
部屋の雰囲気はどこかおかしくて目がチカチカしそうだが、少なくとも、そういう気配はない。
それでもどこか警戒しながらベッドに腰掛けると、ふかふかした感触が伝わり、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。
「さて。……『あれ』の話でしたね?」
少し離れて、靴を脱いでベッドに上がった店主が、しなを作るように座って話を切り出す。
「以前お訪ねになられた折、お話いたしましたか。『あれ』は、魔界最強のローパーの触手の欠片です。
魔族の魔術は通じず、その存在は永遠、と」
「……そこだ。つまり、『不老不死』という事でいいのか?」
「ええ、そうなりましょう。直に見た事が無いので伝聞になりますが。
遠景の山を穿ち、見渡す限りを炎の海に変え、氷塊を流星群のように降らせる魔術さえ使うと」
601 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:49:03.85 ID:71Iel06ko
述べる彼女の顔に、『畏れ』のようなものはない。
その顔は、人々がかつての世で口にしていた『勇者の伝説』を語る顔と同じで、どこか遠い。
「それが本当なら、確かに『最強』のローパーだな」
「本当ならば、です。否定する気はありませんが、肯定できる程の現実味がないのも、また事実というもので」
「しかし、何故ローパーがそうなる必要がある? 魔族も亜人も溢れるこの魔界で、どうすればそんな進化ができるんだ」
「私に申されましても。そればかりは、直接お話するしか……」
「何と?」
「彼の種族。『キングローパー』本人と、です」
『種族』の名前が呟かれた時、ポケットの中の『それ』がわずかに蠢いた気がした。
ポケットの中に手を入れて、それを緩く握ると――――店主が、悪戯めいた視線を投げかけてきた。
「あらあらあら。……ひょっとして、お熱を持ちましたの?」
「違う!」
「と、仰られてもねぇ。ポケットに片手を入れて、まさぐるなんて……」
「だから違うんだって!」
ムキになって弁解すればするほど、彼女は喜色満面、といった様子になり――――いっそう意地悪くなる。
そんな軽妙な姿が、どうしても誰かに似ている気がした。
「……実は、うちの城のサキュバスAと血縁だったりしないか?」
「いえ? 確かに知り合いではありますけれど、血のつながりはありませんよ」
「…………そうか」
「あぁ、そういえば……この間、彼女が当店に参りました」
意地悪な微笑みを落ち着かせると、思い出したように店主が言う。
602 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:50:03.13 ID:71Iel06ko
「二言三言、世間話を交わして――――当店の目玉商品を買っていかれましたよ」
「目玉?」
「……ふふふ、おとぼけなさって。それで、何のお話をしてらしたか――――ああ、そうそう。キングローパーの事でしたね」
「ああ、そうだった」
「正直、私も文献以上の事は存じ上げません。お役にたてず申し訳ありません」
「いや、いいよ。……調子に乗ってもう一つだけ、頼みがある」
「はい」
「あの『触手』、譲ってくれないか」
申し出ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、彼女は背筋を伸ばした。
「え?」
「礼はする。少し試したい事があって必要なんだ」
「ええ、お渡しする事は構いません。……お代は、お後の『精液払い』でよろしいですよ」
「分かった、無茶を言って悪いな。今、持って帰ってもいいか?」
「陛下御自ら?」
未だ驚いたままの彼女へ、大きく頷き、腰を上げる。
「というより。あれを持って帰れるのは、恐らく俺だけだ。……かび臭い『伝説』同士、餅は餅屋さ」
「はぁ……ところで、陛下。お代の事ですけれども」
「?」
「その。……未払いの品代がございます。それも含めて『精液払い』になさいますか?」
603 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:51:44.14 ID:71Iel06ko
半分投下終了です
続きはまた明日
それではおやすみなさいー
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:52:05.34 ID:jEk0rE9Jo
いじわる
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:52:32.31 ID:CBKU/xfAo
まってる
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:53:24.02 ID:0hdGljyco
いぢわるww (つ∀-)オヤスミー
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 03:13:21.69 ID:NtMBSm2to
生殺し
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 11:42:07.74 ID:/eiiLLfIo
お預けorz
****
「…………あぁぁぁぁっ!?」
城へ帰ってきた翌朝、大食堂にて朝食にありついていると――――そんな叫びが出た。
ある事を思い出した結果、思考がそれを明文にする事さえ追いつかず。
焦燥のまま、叫びが口をついた。
思わず口元に運びかけていた蜂蜜のトーストを取り落としかけ、間一髪でそれを受け止める。
「陛下!? い、いかがなさりました?」
叫びを聞きつけ、堕女神が駆けつけてくる。
その手におかわり分のティーポットを持ったまま、彼女は動揺しながら、こちらへ小走りに寄ってくる。
「忘れてたっ……! 昨日、洗濯に回したズボンの中に…………!」
「え……?」
「入ってたんだよ! い、色々!」
立ち上がりながら、あの地へ持って行った物、持ち帰った物を脳内へ列挙する。
ポケットに入れっぱなしだったのは、奇妙な地図と……奇妙な、『卵』。
「それでしたら……今朝、洗濯される手筈です。ええ、丁度今頃。何か出し忘れたのですか?」
「と、とにかく……! 洗濯場に行ってくる!」
持っていた分のトーストを口に放り込むと、飲み下す間も惜しんで、堕女神を残して廊下に出る。
少し冷たくなった朝の空気を裂いて、一直線に廊下を駆けて洗濯場へ向かう。
594 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:42:27.95 ID:71Iel06ko
「くそっ……! 頼む、頼むから何事も起きていないでくれよ!」
エントランスを抜けて、中庭を抜けて、城館の内側、それでも日の当たる部分に設けられた洗濯場へ舞い込む。
そこには何条もの物干しが吊られ、シーツ類がかけられ、朝日に干されてはためいていた。
片隅にはポンプと桶、金属製の洗濯板が何組か置かれ、
石鹸の香りが漂うその一角で、サキュバスAを運よく見つける事ができた。
「お、おい! サキュバスA!」
「……陛下? 血相を変えて、何かございましたか?」
昨日洗濯に出したシャツを洗う手を休め、彼女は立ち上がる。
「昨日洗濯したズボンはどこだ!?」
「は……? それでしたら、とうに終えて……あちらへ、干しましてよ」
指差した干し竿に、あのズボンが揺れていた。
ひとまずは何も起こっていない事に安堵し、もう一度、彼女へ向き直る。
「ポケットに何か入っていなかったか!?」
「……あの、陛下? 一体、何が」
「いいから答えるんだ! 中身は!?」
「いえ。何も入ってなどおりませんでしたわ。洗濯前は念入りに検めますもの。
ポケットの中身も全てひっくりかえしてお検めいたしました」
「えっ……!?」
「ほんの少し、切れた草が入ってはおりましたけれど……他には何も。空っぽでしてよ」
「空……?」
「あ、でも……そういえば」
「そういえば?」
「あの後、一度城内に集積した洗濯物を洗濯場まで運んだのはサキュバスBでしたわね」
「Bは!?」
「今朝は正面玄関の清掃ですわ。その後は西棟の三階廊下。あそこにはガラスの置物が多くて、危険かと思ったのですけれど……」
595 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:43:11.70 ID:71Iel06ko
それだけ聞けると、充分だった。
ともかく、何も起こってはいない事を知ると、とたんに落ち着きが出た。
彼女へ背を向け、城内へ戻ろうとした直後、もう一度振り返る。
「わかった、ありがとう。……それと」
「はい?」
「……今夜は、サキュバスBにバレないように来るといい」
「あらぁ、私と遊んでくれますの? 『サキュバス』を寝所へ誘惑なさるなんて、なかなか豪胆ですのね」
「今さら言うか。……いいから来い。退屈はさせないさ」
照れ隠しに言ったはずの言葉が、妙に、勇者自身でも不思議になるほど不敵な響きになった。
声色が低く落ち着き、そのまま彼女の目を見ると、一瞬だけ、瞳孔が細まり揺らぐのに気付く。
「どうした?」
「……全く、どちらが『淫魔』なのやら。それでは……陛下。また、後ほど」
「……? ああ。それじゃ」
どこか落ち着かなそうな彼女を残し、城内へと大股でゆっくり、戻る。
目的地は正面玄関だが――――妙な胸騒ぎを覚えて、途中で西棟の教えられた区域へ変更した。
正面玄関と西棟三階は遠く離れているため、入れ違いになるよりは、そこで待つ方が確実だ。
それに……いつもいつも、サキュバスBは『悪い方』を引いてくるものだから。
過失が多い、というだけではなく。
訊く限り、彼女には失敗談が余りに多すぎる。
いつかは吸精に出向いた先の人間に酷くおちょくられた話を聞き、そしてまた、倒錯趣味の女性に酷い目に遭わされた、という話も加わった。
とにかく、彼女は『持っている』のだ。
ガラスの置物になど、とても近づけられない。
596 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:43:53.56 ID:71Iel06ko
――――辿り着くと、そこで、彼女は今まさに掃除に取りかかろうとしている所だった。
大理石の床を磨くための準備をし、精緻なガラス細工を並べたチェストの前で、――――今にも。
「サキュバスB。動くな」
「えっ!? へ、陛下!?」
「よし、そのまま手を上げてこっちに来るんだ。ゆっくり」
「わ、分かりましたっ!」
最後の警告を施すような声色で、彼女へ告げると――――弾かれたように、立ち上がった。
ちょうど背後に飛竜を模した透き硝子の置物を隠すような恰好で、言われた通り、彼女は両手をぴんと上げて向かってくる。
「あ、あの、陛下? わたし、今日はまだ……何も……」
「……分かってるよ。訊きたい事がある」
「え? 何ですか?」
「手は下ろしていい。城内に集めた洗濯物を洗濯場に移したのは、お前だな?」
「はい」
「その時、何か……変な物を見つけなかったか?」
「へんなもの、ですか?」
ぐーっと頭を横に倒してしばし彼女は考え――――やがて、答えた。
「……いえ。ごめんなさい陛下。何も無かったですよ」
「……そうか」
「ちなみに――――その、へんなもの、って?」
「ああ。これぐらいの、『卵』みたいな」
「あ、ローパーの卵ですね。それなら持ってますよ、ほら!」
「持ってんじゃねーかっ!」
サキュバスBが取り出したのは、間違いなく、あの『卵』だった。
どす黒い殻に、沈んだ紫色の不気味な斑点の色合いは、間違えようもない。
それをあわててひったくると、今度こそ、間違いなくポケットにしまう。
597 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:45:21.74 ID:71Iel06ko
「それ、陛下のだったんですか?」
「……『俺の』、なのかは分からないが持ち帰ったのは事実だよ」
「でも、その卵……おかしいですよ?」
「何が?」
「えっと、『ローパー』の卵って、本当はぬるぬるの粘液に包まれてるんですよ。で、それを相手の中に産みつけて……それで、増えるんです」
「ふむ?」
「ですから、そんな乾いてる状態なんておかしいんですよ。でも触った感じ、死んでる感じもしないですし……」
「…………その事も含めて、お前に、訊きたかった事がいくつかあるんだ」
「え、……はい、何ですか?」
「お前、ローパーに勝てるか?」
「は……? え、勝つ?」
「聞いた通りだ。戦ったとして、ローパーに負ける事があるのか?」
「んー……と。考えた事もないです。動物いじめちゃいけないんですよ?」
「だけど、まぁ……そうだな。襲ってきたとして、の話だ」
「その時は……そうですね。触手を掴んでから、叱りますねー」
彼女は、そんな事を言ってのける。
まるで『小動物をいじめてはいけません』とでも言うように、呑気な口調で。
彼女にとって、サキュバスにとって――――ローパーは、土俵そのものが違うのだ。
戦う対象でもなく、レベルも違う。『倒す』などという概念さえ無く、払う露にも過ぎないだろう。
だが――――あの時出くわした、この『卵』は違う。
出会った中でも最も攻撃的な性格だった淫魔、サキュバスCを打ち倒して、
幾重もの雷撃にさえ持ちこたえ、再生までしてのけた。
異常性を思い出して身震いしかけたところへ、彼女は口の滑りに任せて付け加える。
「ちなみにAちゃんの場合は、『や、やめっ……汚らわしい……! 離しなさい!』って抵抗するフリしてちょっと楽しんでました」
「『ました』!?」
「昔飼ってたローパー、最初は言う事聞かなかったらしくて。振りほどいてキックするまでの二時間ぐらい遊んでましたよ」
「……あいつって、意外とアホだな」
「そ、それで……陛下。他には?」
サキュバスAに、サキュバスBが休みの間に人間界へ向かったという話を聞いた時に、どうしても興味の湧く事があった。
彼女が倒錯趣味の女性に捕まった、という点ではなく――――その『舞台』に。
「……陛下? あの?」
「…………いや。ともかく、この『卵』は預かる。何があるか分からないしさ」
「はーい。でもそれ、何なんですかね? すごい気配がしますよ、中から」
「さぁな。俺にも分からない。……で、他に何も入ってなかったのか? 例えば、これぐらいの……紙切れとかさ」
取り上げた『卵』を仕舞いながら、指で虚空に描くように、入っていたはずの地図の大きさを示す。
ところが、彼女は小首をかしげる程度で、要領は得られない。
「何もありませんでしたよ? 懐紙と一緒にお洗濯して堕女神様に怒られてから、注意するようにしてますし」
「……そっか、分かった。それはそうと、俺は少しだけ出てくるよ。小一時間で戻るから、堕女神にもそう伝えておいてくれるか?」
「はい、分かりました。どこ行くんです?」
「ちょっと、……野暮用にな」
599 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:46:58.29 ID:71Iel06ko
****
「……で、私の店に?」
訪れた城下の淫具店は、相変わらずだ。
棚にはいくつもの種類の器具が並び、壁面に吊るされた薬草の束から妙に艶めいた香りが立ち上っている。
その中で、いつか見た『カード』の陳列箱はすっかり空っぽで、売り切れを示す文言が書かれていた。
店の中央の陳列台、その上にシャンデリアのように下がった『大瓶』を見つけて、彼女へ、店主へ目を移す。
「ああ。……その『触手』について、ちょっと話を聞きたいんだ」
「はぁ、私の知っている事でよろしければ。……立ち話も何ですし、こちらへどうぞ」
そう言うと、彼女は売り場から続く三つの部屋のうち一つの扉を開け、手招きする。
扉から見えたのは、妖しい灯りに照らされた、寝台の一部。
「オイ、そっち寝室だろ……」
「いえ? 違いますわよ。私の寝室は二階にございますし」
「じゃあ、何だその部屋」
「人間も、服を買う時にはサイズが合うか試すものでは?」
「え、何……試着室とか、そういうあれ?」
「よーく吟味しなければなりませんもの。まして、身体のデリケートな部分に密着、もとい密接に関わる物ですからね」
「分かった、分かったって」
600 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:48:15.81 ID:71Iel06ko
この国に来て、何十回目になるか分からないカルチャーギャップを飲み込みながらも、勧められるまま、
淫獣が口を開けたような『フィッティングルーム』へ進む。
店内の奥に位置するその小部屋は、皺ひとつなく整えられたシーツは見事であるものの、窓がない。
扉を閉めてしまえば、真っ暗くなると思われるが――――不自然なほどに、明るい。
探しても照明器具は見当たらないのに、どこからか発せられる明るい桃色の光で、部屋全体が照らされていた。
部屋にあるのは、二人で寝るには少し手狭なベッドと、全身を写す姿見だけだった。
「……おい。まさか……俺、騙されてる?」
「いえいえ、滅相も無い。ささ、どうぞ楽になさって。ご遠慮なく」
「あ、ああ。分かった……」
部屋の雰囲気はどこかおかしくて目がチカチカしそうだが、少なくとも、そういう気配はない。
それでもどこか警戒しながらベッドに腰掛けると、ふかふかした感触が伝わり、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。
「さて。……『あれ』の話でしたね?」
少し離れて、靴を脱いでベッドに上がった店主が、しなを作るように座って話を切り出す。
「以前お訪ねになられた折、お話いたしましたか。『あれ』は、魔界最強のローパーの触手の欠片です。
魔族の魔術は通じず、その存在は永遠、と」
「……そこだ。つまり、『不老不死』という事でいいのか?」
「ええ、そうなりましょう。直に見た事が無いので伝聞になりますが。
遠景の山を穿ち、見渡す限りを炎の海に変え、氷塊を流星群のように降らせる魔術さえ使うと」
601 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:49:03.85 ID:71Iel06ko
述べる彼女の顔に、『畏れ』のようなものはない。
その顔は、人々がかつての世で口にしていた『勇者の伝説』を語る顔と同じで、どこか遠い。
「それが本当なら、確かに『最強』のローパーだな」
「本当ならば、です。否定する気はありませんが、肯定できる程の現実味がないのも、また事実というもので」
「しかし、何故ローパーがそうなる必要がある? 魔族も亜人も溢れるこの魔界で、どうすればそんな進化ができるんだ」
「私に申されましても。そればかりは、直接お話するしか……」
「何と?」
「彼の種族。『キングローパー』本人と、です」
『種族』の名前が呟かれた時、ポケットの中の『それ』がわずかに蠢いた気がした。
ポケットの中に手を入れて、それを緩く握ると――――店主が、悪戯めいた視線を投げかけてきた。
「あらあらあら。……ひょっとして、お熱を持ちましたの?」
「違う!」
「と、仰られてもねぇ。ポケットに片手を入れて、まさぐるなんて……」
「だから違うんだって!」
ムキになって弁解すればするほど、彼女は喜色満面、といった様子になり――――いっそう意地悪くなる。
そんな軽妙な姿が、どうしても誰かに似ている気がした。
「……実は、うちの城のサキュバスAと血縁だったりしないか?」
「いえ? 確かに知り合いではありますけれど、血のつながりはありませんよ」
「…………そうか」
「あぁ、そういえば……この間、彼女が当店に参りました」
意地悪な微笑みを落ち着かせると、思い出したように店主が言う。
602 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:50:03.13 ID:71Iel06ko
「二言三言、世間話を交わして――――当店の目玉商品を買っていかれましたよ」
「目玉?」
「……ふふふ、おとぼけなさって。それで、何のお話をしてらしたか――――ああ、そうそう。キングローパーの事でしたね」
「ああ、そうだった」
「正直、私も文献以上の事は存じ上げません。お役にたてず申し訳ありません」
「いや、いいよ。……調子に乗ってもう一つだけ、頼みがある」
「はい」
「あの『触手』、譲ってくれないか」
申し出ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、彼女は背筋を伸ばした。
「え?」
「礼はする。少し試したい事があって必要なんだ」
「ええ、お渡しする事は構いません。……お代は、お後の『精液払い』でよろしいですよ」
「分かった、無茶を言って悪いな。今、持って帰ってもいいか?」
「陛下御自ら?」
未だ驚いたままの彼女へ、大きく頷き、腰を上げる。
「というより。あれを持って帰れるのは、恐らく俺だけだ。……かび臭い『伝説』同士、餅は餅屋さ」
「はぁ……ところで、陛下。お代の事ですけれども」
「?」
「その。……未払いの品代がございます。それも含めて『精液払い』になさいますか?」
603 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/10/24(木) 00:51:44.14 ID:71Iel06ko
半分投下終了です
続きはまた明日
それではおやすみなさいー
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:52:05.34 ID:jEk0rE9Jo
いじわる
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:52:32.31 ID:CBKU/xfAo
まってる
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 00:53:24.02 ID:0hdGljyco
いぢわるww (つ∀-)オヤスミー
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 03:13:21.69 ID:NtMBSm2to
生殺し
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/10/24(木) 11:42:07.74 ID:/eiiLLfIo
お預けorz
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