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リゾートバイト

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Part5
後から聞いたんだが、
A「俺は見えもしなかったし、聞こえもしなかった。なんか引きずってる音は聞こえたんだけどな。
でもそのおかげで、お前達よりは余裕があったのかも。」
と言っていた。
大した奴だって思った。

光の下に来ると、Aの反対側の手にBの腕が握られているのが見えた。
月明かりで見えたBの顔は、汗と涙でぐっしょり濡れていた。
何があったのか、何を見たのか、聞くまでもなかった。

夜は昼と違って、すごく静かで、遠くで鈴虫が鳴いていた。

俺達はしばらくそこでじっとしていた。
恥ずかしながら、3人で互いに手を取り合う格好で座った。ちょうど円陣を組む感じで。
あの状態が一番安心できる形だったんだと思う。

そして何より、例え僅かな光でも、相手の姿がそこに確認できるだけで別次元のように感じられたんだ。

しばらくそうしていると、とうとう予想していたことが起きた。

Aが催したのだ。
生理現象だから絶対に避けられないと思っていた。
Aは自分のズボンのポケットから坊さんに貰った布の袋をゴソゴソと取り出すと、立ち上がって俺達から少し離れた。

静寂の中、Aの出す音が響き渡る。
なんか、まぬけな音に若干気が抜けて、俺もBも顔を見合わせてニヤっとした。

その瞬間だった。

「Bくん」

AB俺(・・・)

一瞬にして体に緊張が走る。

するとまた聞こえた。
俺達がおんどうに入った扉のすぐ外側からだった。

「Bくん」

俺達は声の主が誰か一瞬で分かった。
今朝も聞いた、美咲ちゃんの声だった。

「Bくんおにぎり作ってきたよ」

こちらの様子を伺うように、少し間を空けながら喋りかけてくる。
抑揚が全くなく、機械のようなトーンだった。

Bの手にぐっと力が入るのが分かった。

「Bくん」

「・・・」

しばらくの沈黙の後、突然関を切ったように、

「Bくんおにぎり作ってきたよ」

「いらっしゃいませ〜」

「おにぎり作ってきたよ」

「Bくん」

「いらっしゃいませ〜」

「おにぎり作ってきたよ」

と同じ言葉を何度も何度も繰り返すようになった。

尋常じゃないと思った。

恐かった。美咲ちゃんの声なのに、すげー恐かった。

坊さんはおんどうには誰も来ないと俺達に言っていた。
そしてこの無機質な喋り方だ。
扉の外にいるのは、絶対に美咲ちゃんじゃないと思った。

気づくとAが俺達の側に戻り、俺とBの腕を掴んだ。
力が入ってたから、こいつにも聞こえてるんだと思った。

俺達は3人で、おんどうの扉の方を見つめたまま動けなかった。
その間もその声は繰り返し続く。

「いらっしゃいませ〜」
「Bくん」
「おにぎり作ってきたよ」

そしてとうとう、扉がガタガタと音を出して揺れ始めた。

おい、ちょ、待て。

扉の向こうのヤツは扉をこじ開けて入ってくるつもりなんだと思った。
俺は扉が開いたらどうするかを咄嗟に考えた。

(全速力で逃げる、坊さんたちは本堂にいるって言ってたからそこまで逃げて・・おい本堂ってどこだ)
とか。もうここからどうやって逃げるかしか考えてなかった。

やがてそいつは、ガンガンと扉に体当たりするような音を立てだした。
無機質な声で喋りながら。

そしてそのまま少しずつ、おんどうの壁に沿って左に移動し始めたんだ。
一定時間そうした後にまた左に移動する。その繰り返しだった。

(何してるんだ・・?)

不思議に思っていると、俺はあることに気づいた。
俺達のいる壁際には隙間が開いている。
そしてそいつは今そこにゆっくりと向かっている。

(もし隙間から中が見えたら?)
(もし中からアイツの姿が見えたら?)

そう考えると居ても立ってもいられなくなり、俺は2人を連れて急いで部屋の中央に移動した。

移動している。ゆっくりと、でも確実に。

心臓の音さえ止まれと思った。
ヤツに気づかれたくない。
いや、ここにいることはもう気づかれているのかもしれないけど。

恐怖で歯がガチガチといい始めた俺は、自分の指を思いっきり噛んだ。

そして俺は、隙間のある場所に差し掛かったそいつを見た。
見えたんだ。月の光に照らされたそいつの顔を、今まで音でしか感じられなかったそいつの姿を。

真っ黒い顔に、細長い白目だけが妙に浮き上がっていた。

そして体当たりだと思っていたあの音は、そいつが頭を壁に打ち付けている音だと知った。
そいつの顔が、一瞬壁の隙間から消える。
外でのけぞっているんだろう。
そしてその後すぐ、ものすごい勢いで壁にぶち当たるんだ。

壁にぶち当たる瞬間も、白目をむき出しにしてるそいつから、俺は目が離せなくなった。
金縛りとは違うんだ、体ブルブル動いてたし。

ただ見たことのない光景に、目を奪われていただけなのかも知れないな。

あの勢いで頭を壁にぶつけながら、それでも淡々と喋り続けるそいつは、完全に生きた人間とはかけ離れていた。

結局、そいつは俺達が見えていなかったのか、隙間の場所でしばらく頭を打ち付けた後、さらにまた左へ左へと移動していった。

俺の頭の中で、残像が音とシンクロし、そいつが外で頭を打ち付けている姿が鮮明に想像できた。

正直なところ、そいつがどれくらいそこに居たのかを俺は全く覚えていない。
残像と現実の区別がつけられない状態だったんだ。

後から聞いた話だと、そいつがいなくなって静まりかえった後、3人ともずっと黙っていたらしい。

Aは警戒したから。
Bは恐怖のため動けなかったから。
そして俺は残像の中で延長戦が繰り広げられていたから。

そんでAが俺を光の場所へ連れていこうと腕を掴んだ時、体の硬直が半端なくて一瞬死んだと思ったらしい。
本気で死後硬直だと思ったんだって。

BはBで、恐怖で歯を食いしばりすぎて、歯茎から血を流してた。

Aだけは、やっぱり姿を見ていなかった。

あと、そいつはそこから遠ざかって行く時カラスのように「ア゛ーっア゛ー」と奇声を発していたらしい。
その声は、Aだけが聞いていたんだけど。

そいつの2度の襲来によって、その後の俺達の緊張の糸が緩むことはなかった。

ただ、神経を張り巡らせている分体がついていかなかった。
みんな首を項垂れて、目を合わすことは一切無かった。
Bは、催したものをそのまま垂れ流していたが、Aと俺はそれを何とも思わなかった。

あんなに夜が長いと思ったのは生まれて初めてだ。
憔悴しきった顔を見たのも、見せたのも、もちろん人でないものの姿を見たのも。
何もかも鮮明に覚えていて、今も忘れられない。

おんどうの隙間から光が差し込んできて、夜が明けたと分かっても、俺達は顔を上げられずそこに座っていた。
雀の鳴き声も、遠くから聞こえる民家の生活音も、すべてが俺の心臓に突き刺さる。
ここから出て生きていけるのか、本気でそう思ったくらいだ。

本格的に太陽の光が中に入りこんできた頃、遠くからこっちに近づいてくる足音が聞こえた。
俺達は完全に身構え体制に入った。
足音はすぐ近くまで来ると、おんどうの裏へ回り入り口の前で止まった。

息を呑んでいると、ガタガタっと音がし、「キィーッ」と音を立てて扉が開いた。



そこに立っていたのは、坊さんだった。


坊さんは俺達の姿を見つけると、一瞬泣きそうな顔をして、
坊「よく、頑張ってくれました」
と言った。

あの時の坊さんの目は、俺一生忘れないと思う。
本当に本当に優しい目だった。

俺は、不覚にも腰を抜かしていた。
そして、いい年こいてわんわん泣いた。

坊さんは、俺達の汗と尿まみれのおんどうの中に迷わず入って来て、そして俺達の肩を一人一人抱いた。
その時坊さんの僧衣?から、なんか懐かしい線香の香りがして、
(ああ、俺達、生きてる)
って心の底から思った。
そこでまた俺子供のように泣いた。

しばらくしても立ち上がれない俺を見て、坊さんはおっさんを呼んできてくれた。
そして2人に肩を抱えられながら、前日に居た一軒家に向かった。

途中、行く時に見た大きな寺の横を通ったんだが、その時俺達3人は叫び声を聞いた。
低く、そして急に高くなって叫ぶ人の声だった。

家の玄関に着くと耳元でAが囁いた。
A「さっきのあれ、女将さんの声じゃね?」

まさかと思ったが、確かに女将さんの声に聞こえなくもなかった。
だが俺はそれどころじゃないほど疲れていたわけで。

早く家に上げて欲しかったんだが、玄関に出てきた女の人がすげー不快そうに俺達を見下しながら、
「すぐお風呂入って」
って言うんだわ。

まーしょうがない。だって俺達有り得んくらい臭かったしね。

そして俺達は、3人仲良く風呂に入った。
まあ怖かった。
いきなり一人になる勇気はさすがになかった。

風呂を上がると見覚えのある座敷に通され、そこに3枚の布団が敷いてあった。

「まず寝ろ」ということらしかった。

ここは安全だという気持ちが自分の中にあったし、極限に疲れていたせいもあった。
というか、理屈よりまず先に体が動いて、俺達は布団に顔を埋めてそのまま泥のように眠った。

俺は眠りに入る中で、まったくもってどうでもいいことを思った。
(起きたらあいつらに、俺達が帰るって電話しなきゃな。)

旅行の準備満タンでスタンバイする友達2人は、俺達が今こうして死にそうな思いをしていたことを知らない。
もちろん、旅行計画がオジャンになることも。



そういえば、おんどうから出る時俺はBに聞いたんだ。
俺「B、もう、見えないよな?」

するとBは、確かな口調で答えた。
B「ああ、見えない。助かったんだ。ありがとう」


おれはその最後の一言を聞いて、Bが小便を垂らしたことは内緒にしておいてやろうと思った。

俺達は助かったんだ。その事実だけで、十分だった。



ーーー

その後目を覚ました俺達は、事の真相を坊さんに聞かされることになる。
そして、人間の本当の怖さと、信念の強さがもたらした怪奇的な現実を知るんだ。

Bの見たもの、俺の見たもの、Aの聞いたもの。
それを全て知って、俺達は再び逃げ出す決心をする。



今まで読んでくれた人たち、本当にありがとう。
自分でもこんな長文になるとは思ってもなかった。

沢山の期待がある分、それに沿えない結果だったかもしれないけど、
話を湾曲させたくなかったからそのまま書かせてもらった。

長すぎるのもなんなんで、一応ここで完結にしておく。

これから先は、事の真相を書くんで、本当に気になる人だけ読んでくれ。




ここまでで十分だって人は、またいつか〜

リゾートバイトの真相を書くってことで、宣言したんで一応載せる。

今までで一番長いかも知れないからね。ひとつにまとめちゃったからね。

では、始める。


続編


あの後、俺達は死んだように眠り、坊さんの声で目を覚ました。

坊「皆さん、起きれますか?」

特別寝起きが悪いAをいつものように叩き起こし、俺達は坊さんの前に3人正座した。

坊「皆さん、昨日は本当によく頑張ってくれました。
無事、憑き祓いを終えることができました」

そう言って坊さんは優しく笑った。

俺達は、その言葉に何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を坊さんに向けた。
聞きたいことは山ほどあったのに、何も言い出せなかった。

すると坊さんは俺達の心中を察したのか、
坊「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」
と言って立ち上がった。

坊さんは家を出ると、俺達を連れて寺の方に向かった。

石段を上る途中、Bはキョロキョロと辺りを警戒する仕草を見せた。
それにつられて俺も、昨日見たアイツの姿を思い出して同じ行動を取った。

それに気づいた坊さんは、俺達に聞いた。
坊「もう大丈夫のはずです。どうですか?」

B「大丈夫・・何も見えません」

俺「俺も平気です」

その返事を聞くと坊さんはにっこりと笑った。

大きな寺に着くと、ここが本堂だと言われた。
坊さんの後ろに続いて寺の横にある勝手口から中に入り、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。

坊さんは俺達にここで少し待つように言うと、部屋を出て行った。
Bは落ち着かないのか貧乏揺すりを始めた。

暫くすると、坊さんは小さな木箱を手に戻って来た。

そして俺達の対面に腰を下ろすと、
坊「今回の事の発端をお見せしますね」
と言って箱を開けた。

3人で首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。
そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒く小さい物体が綿にくるまれていた。

AB俺(何だこれ?)

よく見てみるが分からない。

だがなんとなく、どっかで見たことのある物だと思った。
俺は暫く考え、咄嗟に思い出した。

昔、俺がまだ小さい頃、母親がタンスの引き出しから大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。
そして箱の中身を俺に見せるんだ。すげー嬉しそうに。
箱の中には綿にくるまれた黒くて小さな物体があって、俺はそれが何か分からないから母親に尋ねたんだ。

そしたら母親は言ったんだ。
「これはねぇ、臍(へそ)の緒って言うんだよ。お母さんと、○○が繋がってた証」

俺は子供心に(なんでこんなの大事そうにしてるんだろ?)って思った。


目の前にあるその物体は、あの時に見た臍の緒に似ているんだと思った。

A「これ何ですか?」

坊「これは、臍の緒ですよ」

というか似てるもなにも臍の緒だった。

A「俺初めて見たかも」

B「おれ見たことある」

俺「俺も」

坊「みなさん親御さんに見せてもらったのでしょう。
こういうものは、大切に取っておく方が多いですから」

坊「この臍の緒も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」

俺たちは黙って坊さんの話を聞いていた。

坊「母親の胎内では、親と子は臍の緒で繋がっております。
今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、臍の緒には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」

B「言い伝え?」

坊「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」

そう前置きをして坊さんは臍の緒に関する言い伝えを教えてくれた。

主に”子を守る”という意味を持っているが、解釈は様々。
”子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる”とか”子に持たせるとその子を命の危険から守る”というのがあって、親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしい。

俺たちはその話を聞いて、「へぇ〜」なんて間抜けな返事をしていた。

坊さんは一息入れると、微かに口元を上げて言った。

坊「ひとつ、この土地の昔話をしてもよろしいですか?
今回の事に関わるお話として聞いいただきたいのです」

俺達は坊さんに頷いた。

ここから、坊さんの話が始まる。
結構長くて、正確には覚えてない、所々抜け落ち部分があるかも。

坊「この土地に住む者も、臍の緒に纏わる言い伝えを深く信じておりました。
土地柄、ここでは昔から漁を生業として生活する者が多くおりました。
漁師の家に子が生まれると、その子は物心がつく頃から親と共に海に出るようになります。
ここでは、それがごく普通のしきたりだったようです」

坊「漁は危険との隣り合わせであり、我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、私には察するに余りありますが、それは深く辛いものだったのでしょう。
母親達はいつしか、我が子に御守りとして臍の緒を持たせるようになります」

坊「海での危険から命を守ってくれるように、そして行方のわからなくなったわが子が、自分の元へと帰ってこれるようにと」

俺「帰ってくる?」

俺は思わず口を挟んだ。

坊「そうです。まだ体の小さな子は波にさらわれることも多かったと聞きます。
行方の分からなくなった子は、何日もすると死亡したことと見なされます。
しかし、突然我が子を失った母親は、その現実を受け入れることができず、何日も何日もその帰りを待ち続けるのだそうです」

坊「そうしていつからか、子に持たせる臍の緒には、”生前に自分と子が繋がっていたように、子がどこにいようとも自分の元へ帰ってこれるように”と、命綱の役割としての意味を孕むようになったのだと言います」

皮肉な話だと思った。
本来海の危険から身を守る御守りとしての役割を成すものが、いざ危険が起きたときの命綱としての意味も持ってる。

母親はどんな気持ちで子どもを送り出してたんだろうな。

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