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未解決事件で眠れなくなろうぜ
Part4


122 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:16:13 ID:dpL
迷宮入りとなった【佐賀女性連続殺人事件】
 1989年1月27日、佐賀県内で87〜89年に行方がわからなくなっていた女性3人の遺体が同県北方町の山林で発見される。
さらにその手口から1975年から1982年にかけて、県内で女性4人が殺害されるという事件との関連が浮上した。
「百武律子さん・山崎十三子ちゃん殺害事件」
1980年6月24日、佐賀県杵島郡白石町の須古小学校北校舎の低学年用トイレの便そうの中で、衛生会社のし尿の汲み取り作業中、女性の腐乱死体が発見された。
 さらに捜査を続けていたところ、6月27日、プール西側のプール専用トイレでも石で隠された白骨死体が発見された。
 最初に発見された腐乱死体は同年4月12日に自宅から姿を消した大町町の喫茶店アルバイト・百武律子さん(20歳)であることがわかった。
 このトイレは2ヶ月に1度汲み取り作業が行なわれており、百武さんは失踪した直後に殺害され、ここに捨てられたらしい。
 百武さん宅と同小学校は約5kmほどの距離。6人家族で、百武さんは4人姉弟の二女だった。
失踪当日は母親が入院しており、他の家族も外出していて、家に1人でいた。20歳の誕生日を明日に控えていたが、これまで2度自殺未遂をしており、
日頃「20の誕生日に自殺する」と漏らしていたことから、家族はすぐ公開捜査に踏み切っていた。
 失踪直後の4月16日、山崎さんの父親宛てに「娘ハ帰ラナイダロウ、オ前モ苦シメ」と書かれた手紙が届いた。
同じ頃には「人捜しのテレビに出るな」という脅迫電話もあったという。
 百武さんに続いて発見された白骨死体は北方町の山崎十三子さん(当時12歳)。遺体の上には丸い石が100個ほど積んであり、遺体を隠していた。
 山崎さんは75年8月27日夜に、スナック経営の母親(当時41歳)が勤めに出た後、自宅から姿を消した。いつもは母親のスナックの従業員控え室で勉強することが多かったようだが、この日に限って自宅にいたという。
これは友人と家で遊んでいたためで、友人は午後7時ごろに帰宅、その直後山崎さんは姿を消した。テレビはつけっ放しになっており、普段履いている靴もそのまま残されていた。
 2人の被害者はいずれも家で1人で居る時に姿を消している。連れ去られたにしても抵抗した跡がないし、金品などの盗難もないことから、顔見知りによる犯行と見られた。
 ある時、捜査本部に女性から一本の電話が寄せられた。
「私は大町町の出身です。いまは武雄市に嫁いでいますが、たまたま用事で里帰りをした夜、実家にいたとき、男が隣家の娘さん(百武律子さん)を車に運び入れるのを見ました。
ただ姑との折り合いが悪いので本名で名乗り出ると、実家に帰ったのがわかってしまい、ひどく怒られます。ですから名前を明かすことはできません」
 
 翌年3月12日、重要参考人として浮上していた武雄市内の農業Uさん(当時29歳)が、工員を殴ったとして逮捕される。別件逮捕だった。
 Uさんが疑われた理由は山崎さんとも百武さんとも知り合いだったことだった。Uさんは百武さんの働く喫茶店によく出入りしており、彼女の姉と同居していた。結婚するつもりだったが、百武さんの家族に反対されていたという。
「Aは律子さんと交際しており、律子さんが失踪前悩んでいる様子だったのはこのことからだった」という噂もあった。
 また、山崎さんの母親は以前に白石町内のクラブに勤めていたが、Aはその店にも常連として訪れていたという。
 また捜査本部はAの友人を次々と逮捕し、彼らから情報を引き出そうとしたが、これといった証言を得ることはできなかった。結局、証拠がないため、2件の殺人事件について、Aへの追及は打ち切られている。
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「主婦、池上千鶴子さん殺害事件」
1981年10月7日、佐賀県杵島郡白石町の主婦・池上千鶴子さん(27歳)が帰宅途中に消息を絶った。
 池上さんは北方町の縫製工場での勤務を終えて、午後5時半頃にスーパーで買い物をした後に行方がわからなくなった。
最後に目撃されたのはスーパーの駐車場で、「乗用車に乗った30代の男性と親しげに話しているところを見た」と同僚が証言した。
 それから2週間後、40km離れた三養基郡中原町の空地で池上さんの遺体発見。死因は電気コードによる絞殺で、性的暴行された跡はなかった。
続きあり

123 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:17:19 ID:dpL
>>122続き
「西山久美ちゃん殺害事件」
1982年2月17日午後4時過ぎ、佐賀県三養基郡北茂安町、北茂安小学校5年の西山久美ちゃん(11歳)は友達2人と一緒に下校した。
久美ちゃんは途中の大瀬橋付近で友達と別れ、一人で自宅に向かっていたのだが、この直後消息を絶った。いつまでたっても帰ってこない娘を心配した家族は同夜8時40分頃、警察に届けている。
 翌朝、県警、地元消防団員ら約150人による捜索が始められた。久美ちゃん宅と学校までは3kmの距離で、捜索はこの間を重点的に行なわれた。
すると午前11時半頃、北茂安中学体育館北側の町道脇のミカン畑の中で、ランドセルを背負ったままの久美ちゃんの遺体が発見された。遺体はうつぶせで、下半身は裸、首にはストッキングが巻きつけられてあった。
 久美ちゃんが何者かに殺される直前、車に乗った怪しい男が何人にも目撃されていた。
 まず同町の国道34号線沿い「キュウピィマーケット前」バス停でバスを待っていた主婦に、白い車に乗ってきた男が「乗っていかんですか」としつこく声をかけていた。
年齢は30から40ぐらいで、鼻筋の通った眼のきつい細面の男だった。主婦は男のあまりにしつこい誘いに「警察を呼びますよ」と断ったところ、男は睨みつけながら車に戻っていった。
 続いて午後2時半頃、同じような白い車が同県神埼郡三戸田町の三戸田小学校の校舎の傍に停まっていた。ここは主婦に声をかけたバス停から約5kmのところである。
時刻は低学年の児童らの下校時間で、白い車を降りた中年男は1人の児童に「そこに座んなさい」と声をかけ、「ピンクレディーの写真を見せるからこっちへ来なさい」と言いながら児童を抱きかかえて女子便所に連れこんだ。
ところが児童は大声で泣き出したため、男は何もせずに姿を消した。
 午後時10分頃、白い車は再び北茂安町のあらわれた。
下校中の北茂安中学校の女子生徒2人にしつこく話しかけ、午後3時半頃には小学2年の女児児童3人に「家まで送るから乗らんね」と声をかけている。久美ちゃんが姿を消すのはその30分後である。
 麻美ちゃんが殺害されたと思われる午後4時半頃、殺害現場付近に白い乗用車が停めてあったのを主婦が目撃。この白い車に乗った中年男こそが犯人という線がかなり濃厚だった。
 いくつかの目撃情報によると、白い車の車種は「カローラ」「スプリンター」、あるいは「ダイハツクオーレ」のようなタイプと見られ、ナンバーは「福岡???6950」。
男は30〜40の細い目の中年で、ジャンパーに青いズボンを履いていた。ところがこれだけ目撃され、情報が提供されたものの、男の足取りは掴めなかった。
その手口や、遺体発見現場の近さなどから、池上千鶴子さん殺しの犯人と同一人物ではないかと見られた。
続きあり

125 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:18:56 ID:dpL
>>123続き
「更に3人の遺体発見」
 1989年1月27日、佐賀県北方町志久の大峠付近の山林で、花をつんでいた主婦が崖下に投げ落とされていた女性の遺体を発見する。警察が急行すると、遺体の横に別の腐乱死体、さらに近くにも白骨死体があった。
 現場の状況や、死亡時期の異なる3つの遺体に、佐賀県警は連続殺人の死体遺棄事件と断定。
現場には持ち主不明の下着4枚とブラジャーなどが散乱していたが、新たな遺留品はゴミの不法投棄とまざって発見されなかった。
 最初に発見された遺体は2日前の25日に行方不明となっていた北方町の紳士服縫製工場勤務・吉野タツ代さん(37歳)のものだった。白のスカートにカーディガンという失踪当時の服装のままで発見された。
 吉野さんは失踪当日午後7時前に勤務先から帰宅。長男と実母と一緒に夕食をとっていたが、7時20分ごろ、電話がかかってきて吉野さんはあわてた様子で出かけていった。
このとき実母には「友人を山内町まで送ってくる」と言っているが、長男にはなぜか「友達と食事に行ってくる」と話していた。吉野さんは赤い軽乗用車で出かけていったが、この車はのちに武雄市内のボウリング場駐車場で発見されている。
 なお、吉野さんの勤め先である縫製会社は、81年10月に殺害された池上さんの職場と同じである。
 吉野さんの隣りでうつ伏せの状態で発見された遺体は同じ北方町の主婦・中島清美さん(50歳)と判明。
 中島さんは88年12月7日午後7時20分頃、「バレーボールに行く」と自宅を出たきり行方不明となっていた。
中島さん宅とバレーボールクラブの練習場所であるスポーツセンターは徒歩10分ほどの距離で、いつもは仲間と2人で出かけていたが、この日は仲間が休むため1人でセンターに向かっていた。
 午後7時30分頃に、中島さんと思われる女性が、自転車に乗った女性としばらく立ち話をしているところを目撃されている。相手の女性は30〜40歳ぐらいだったが、この女性の身元を割り出すことはできなかった。
 最後までわからなかった白骨死体は、87年7月8日に行方不明となっていた武雄市の料理店仲居・藤瀬澄子さん(48歳)と判明。
 藤瀬さんは温泉街の老舗割烹で、病弱な夫に代わって働いていた。失踪当日の夜、仕事が終ってから同僚と一緒に割烹近くのスナックへ行き、1時間ほど楽しく過ごした。そして同僚と別れて、自宅までの1kmの間で行方がわからなくなった。
 1月28日、佐賀医大で司法解剖が行なわれたところ、吉野さんと中島さんの死因は窒息死、胃の内容物などから自宅を出て短時間に殺されていたことがわかった。
 こうしたなかで同県内で以前に起きた迷宮入り女性殺害事件4件を含めて、同一人物によるものではないかという疑惑が浮上する。
7人中6人は水曜日の夜に失踪していたことや、被害者の失踪が半径3km以内で起こっていること、また犯行手口としては絞殺で、金品には手をつけた様子がないことが共通点として挙げられる。
 一方で、最初の4件は11〜27歳と子供や若い女性を狙っていたのに対し、新たに発見された3人は37〜50歳と中年女性であるから、「つながりはない」という声もある。
続きあり

126 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:20:05 ID:dpL
>>125続き
「疑惑の人物M」
 吉野タツ代さんと交際していたM(当時26歳)という男が浮上したのは遺体発見後まもなくのことだった。だが事情聴取したところ、Mは全面否定した。
交際していたは認めたが、中島さんと藤瀬さんについては面識もないという。
 89年10月、Mは覚せい剤取締法違反容疑で逮捕される。鹿児島刑務所に拘置中に再び殺人事件について任意で聴取し、一旦は自供したという「上申書」を書かせた。
 それによると、「吉野さんに軽トラック内で女友達の写真を見つけられ、口論となり殺害した」というものだった。
 この自供について、覚せい剤事件の弁護士は「深夜まで取り調べを受け、捜査員から暴行を受けるなどしたため自供したが、今では否定している」と殺人事件との関連を否定し、行き過ぎた事情聴取を主張した。
 藤瀬さん殺しの時効が直前に迫る2002年6月11日、窃盗未遂でまたも鹿児島刑務所で服役していたMが吉野さん殺しの容疑で逮捕された。(まもなく中島さん、藤瀬さんの件でも逮捕、立件。)
 公判では16年前にMが書いていた上申書の任意性、信用性の有無が争点となっていた04年9月、地裁は「任意の取り調べの限界を超えて違法。信用性に疑いがある」と証拠不採用を決定した。
 一方で死刑を求刑した検察はMが3人殺害に関わった根拠として次のような点を挙げた。
・吉野さんが行方不明となる前に会っていた(吉野さん失踪の夜、Mの車と吉野さんのものと見られる車が同じ場所で目撃された)。
・吉野さんの遺体には殺害の際の失禁の跡があり、Mの車の助手席から人の尿が検出された。
・Mの唾液が吉野さんの体に付着していた。(DNA鑑定による)
・遺体発見現場が同じである。
・アリバイを何度も変えている。
 2005年5月10日、佐賀地裁は3件の殺人事件についてMに無罪判決を言い渡す。
一審での死刑求刑に対する無罪判決は、64年の「名張毒ブドウ酒事件」以来41年ぶりのことだった。Mはその日じゅうに釈放されている。検察側は控訴。
 07年3月19日、福岡高裁・正木勝彦裁判長は「決定的な客観的証拠は皆無。この程度の証拠で、重大事件について有罪とすることは、刑事裁判の鉄則に照らしてできない」と述べ、一審判決を支持した。検察は上告を断念し、Mの無罪が確定した。
 同年8月20日、佐賀地裁は刑事補償法に基づき、国がMに580万円を支払うことを決定した。金額は拘置期間464日で、法定上限額の1日あたり1万2500円。
※この事件は風化させてはいけないと思い、誠に勝手ながらオワリナキアクム様より引用させて頂きました。ありがとうございます。

127 :名無しさん@おーぷん :2015/02/02(月)23:20:07 ID:8W2
怖過ぎ

128 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:35:24 ID:dpL
【中国人少女殺人事件(仮)】
1993年11月、埼玉県坂戸市の越辺川河川敷で中国・上海出身で
東京都板橋区に住む袁慧娜さん(当時10)の白骨遺体が発見された。
慧娜さんは7月30日に父親の知人へ電話をしたのを最後に行方が分からなくなっていた。
その後知人が午後9時半ごろアパートを訪ねたところ、慧娜さんはいなかった。
部屋の電気が消え、ドアのかぎがかかっていた。
室内は片付けられていて荒らされた形跡はなく、バッグと外出着・下着や靴がなかった。
 慧娜さんの父親はその後、新潟県六日町で雇い主の鍼灸師父子2人殺傷事件を起こした。
鍼灸師が慧娜さんを殺したと一方的の思い込んだうえでの犯行だった。
犯人は今だ捕まっていない。

129 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:51:26 ID:dpL
神隠しか【広島一家失踪事件】
広島県世羅町。岡山県との県境に近い山間の町で不可解な事件が起こった。
同町に住むYさん一家がペットの犬とともに忽然と姿を消したのだ。
Yさん宅は建設会社勤務のMさん(58)と妻J子さん(51)、
Yさんの母(79)の3人暮らし。他に愛犬の「レオ」が一緒に暮らしていた。
美人と評判で町のキャンペンガールもつとめたことのある小学校教諭の長女Cさん(26)は、
竹原市内にアパートを借りて独り暮らしをしていた。
事件が発覚したのは、2001年(平成13年)6月4日。
この日は妻が勤める会社の中国への社員旅行の出発日だったのだが、
集合時間になっても現れないJ子さんを心配して迎えにいった同僚が、
誰もいないYさん宅の異変に気づいた。
Yさん一家は忽然と姿を消してしまっていたのだ。
親族から捜索願いをうけ、広島県警甲山署は機動隊やヘリコプターを動員して
付近を捜索するも、一家の姿を見つけることはできなかった…
奇妙なのはYさん宅の様子。
玄関の鍵は締まっており、侵入や争った形跡、血液反応もない。ただし勝手口の鍵は開いていた。
J子さんの旅行代金や定期預金通帳も手つかずで残っていたことから、強盗などは考えにくい。
Yさんの車がなくなっていたことから、その車で出かけたと思われるが、
J子さんやCさんの携帯電話や免許証は残されおり、
玄関からは4人分のサンダルが無くなっていたが靴はそのまま。
J子さんが行くはずの旅行に持っていくであろう鞄が準備されていた。
またパジャマが見当たらず普段着が畳んであったことから、
サンダル履きのパジャマ姿でほとんど何も持たず家を出たことになる。
蒸発するにしてはあまりにも不自然な格好である。
それに電気がつけっぱなしで、翌朝の朝食が
虫除けネットをかけた状態で準備してあったことを考えると、
失踪は想定外の突発的な出来事であったと想像できる。
だが、状況や証言などからは拉致を疑わせるものは出てこない。
先に触れたように争った形跡がないことや、
近所の人が争う物音を聞いていないこともあるが、
ペットの犬も一緒に姿を消してしまっていることが拉致の線を薄くさせている。
犯人が鳴き声など厄介が多い犬をわざわざ連れ出すことは考えにくいからだ。
自らの意思で失踪したのだとしても、その動機が見当たらない。
Yさん一家の周りには特にトラブルもなく、
恨みをかうような人ではないと多くの者が証言している。
金銭的に困っていたという事実も出てこない。
妻のJ子さんは旅行を楽しみにしていたし、
長女Cさんは職場のアイドル的存在でトラブルの噂もない。
そして将来を約束した男性がいて幸せの最中であり失踪する理由は一見無いのだ。

130 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/02(月)23:51:55 ID:dpL
>>129続き
Yさん一家はいったいいつ頃失踪したのか?
一家で一番最後まで消息がわかっているのは長女のCさん。
前日PTAの球技大会とその後竹原市内での親睦会に出席し、
午後9時半頃には同僚の教師を自らの車で送り届けている。
その時Cさんは、母のJ子さんと電話をしていたのを同僚が聞いていた。
その内容はCさんが化粧品を忘れたので実家に取りに行くというもの。
その後同僚は自宅前でCさんと別れている。これが最後の目撃証言となる。
近所の人は午後10時50分頃に「バタン」という車のドアが閉まる音を
聞いているが、それがCさんが降りた音なのか、Yさんの車に乗る音なのかは不明。
シーツに乱れた後がなく、翌朝午前4時に新聞配達員が訪れた時には
すでに人の気配がなくYさんの車もなかったことから、
3日深夜から4日未明にかけての眠りにつく前に失踪したことになる。
果たして深夜のYさん宅で何が起こったのであろうか…?
地元世羅町では、近くの大将神山で起きた神隠しになぞらえこの事件を語る者もいる。
江戸時代、お夏という女中が突然姿を消し、いくら捜しても見つからなかったという伝説があるのだ。
山には「お夏の墓」があり、そしてその大将神山は、Y家が以前まで所有していた山というのである。
…失踪から1年程が経過した、2002年9月7日。
世羅町にある京丸ダムの湖底で、通行人が車が裏返しで湖底に落ちているのを発見、
車のナンバーからYさん所有の車と判明し、車内から4人と愛犬の遺体が見つかった。
雨不足によって水位が減少したことが車の発見に繋がったのである。
甲山署は・遺体に目立った外傷がないこと・車のキーがささったまま
・転落したと思われる場所の入り口には車止めがあり誤って進入する場所ではないことや、
関係者への事情聴取から納得いく動機が判明したこと等から、無理心中と判断した。
その動機は公にはされていないが、地元ではまことしやかに語られているという。。
ただし、無理心中としてもダムに飛び込むまでなぜ家族は抵抗しなかったのか?
車の窓が開いていたのに逃げられなかったのか?といった疑問が浮かんでしまう。

131 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/03(火)00:09:18 ID:l9n
【1991/10/27女子中学生誘拐事件】
[写真を見る]
事件当日、中学1年の佐久間奈々さん(当時13歳)は自宅で友人2人と勉強会をしており、
夜中に、夜食のお菓子を買うため、3人揃ってコンビニエンスストアへ出かけた。
その帰り道に、補導員を名乗る40代くらいの男に声を掛けられ、奈々さんだけが連れ去られた。
奈々さんが連れ去られた27日の午前1時20ー30分に、現場付近の交差点で、 奈々さんと男らしい2人連れを、通りがかった車の運転手が目撃していた。
午前4時過ぎにも、隣接の住宅地、千城台の方を歩いている2人連れを目撃したとの証言もあった。
しかし、それ以降の情報はぷっつり切れたままの状態。
それから21年後の2012年12月、千葉市126号線周辺が、日本国内の北韓工作員の秘密ルートであったことが明らかになり、北韓工作員に拉致されたとする説が提起され、事件が再び注目を集めたが、それも根拠の乏しい仮説であるとして葬り去られている。

133 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/03(火)00:27:36 ID:l9n
【多摩保母殺人マンホール死体遺棄事件】
H9年1月4日、多摩市役所にマンホールから汚水があふれているとの連絡があり、
職員が多摩市貝取1丁目の現場に駆けつけマンホールを空けたところ
(結構、技術が要るらしい)中から座った状態の腐乱死体が発見された。
汚水があふれ出たのは腐乱が進み剥げ落ちた肉片が詰まったことによるものだった。
鑑識の結果から被害者は前年、2月より行方不明になっている39歳の保母。
同僚と別れ帰宅途中に行方不明となる。
警察は交友関係を洗い複数の容疑者(男)を対象とするがシロと判断。
この中に多摩市役所勤務の妻子ある男性(業務上、マンホールの開け閉めができる)
が浮かんだが、シロと断定された。
八木橋富貴子さんの行方はH8年2月27日午後9時頃新聞の集金人に目撃されたのを
最後にわからなくなっている。同僚と別れた時の服装と発見時の服装は違っていた。
部屋からは平成2年と3年の日記がなくなっている。
八木橋さんと交友関係があった男性で絞り込まれた数人の中の一人、
多摩市役所勤務の男性、K氏だけは八木橋さん失踪当夜のアリバイが曖昧だった。

135 :◆2u6a8AgQtUey :2015/02/03(火)00:52:17 ID:l9n
現在も捜査が続いている【千葉市中央区中央港女性バラバラ死体遺棄事件】
[写真を見る]
出典www.police.pref.chiba.jp
平成20年7月11日、千葉港で釣りをしていた男性(当時35歳)が、停泊していたタンカーと岸壁の間に浮かぶマネキンのようなものを見つけ110番した。
男性から通報を受けた千葉県警の捜査員が引き上げると、頭部や四肢を切断された女性の胴体だった。
胴体に着衣はなく、胴回りにはロープが結びつけられ、その先には重しが付けられていた。
その3日後には、胴体の発見場所から約300メートル離れた海中で県警のダイバーが、ロープで1つに巻かれ胴体と同じく重しを付けられた両脚を発見。
切断面の形状から、遺体は死後、ナタのような重量のある刃物で切られた可能性が高いことなどが判明した。
しかし、頭部と両腕は現在に至るまで見つかっていない。
遺体は死後5〜10日が経過し、人為的に切断されたとみられる。
その後、金子さんの両親と遺体のDNA鑑定を行い、身元が判明した。女性は千葉市稲毛区山王町の無職、金子真由美さん(当時30歳)。
金子さんは賃貸アパートの1階で男性3人と同居していた。
このうち1人が7月2日昼、金子さんを千葉市中央区の路上まで車で乗せた後、この日の夜から連絡が取れなくなったという。
胴体と両脚が7月11日と14日に相次いで見つかった後、別の知人男性が「最近姿が見えない」と県警に連絡した。
金子さんは千葉県市川市出身。平成15年8月ごろに家出をし、兄(当時32歳)が行徳署に家出人捜索願を出していた。
平成18年2月にいったん家に戻ったが、またすぐに行方不明になったという。
近所の女性によると、「(金子さんは)同居している男性が車で送り迎えをし、朝9時ぐらいに出かけて夜11時ぐらいに帰宅していた」という。
金子さんらは閑静な住宅街にある2階建てアパートに住んでおり、家賃月約5万円で間取りは3DK。
同居男性はいずれも50〜60代で、派遣労働等で日銭を稼いでいたという。
男性3人のうち「知人」といえるのは1人だけで、ほかの2人は部屋を分け合うだけの、知り合いともいえない関係だったという。
同居男性は、調べに対し「千葉港で女性の遺体があがったことは知っていたが、足の大きさが違うので彼女(金子さん)ではないと思っていた」などと供述している。
捜査本部は両脚の発見時、金子さんの足の大きさを「約22センチ」と公表したが、
金子さんは普段、それより大きいサイズの靴を履いていたといい、男性3人は「彼女じゃなくてよかった」などと話し合っていたという。
アパートには、金子さんの部屋に出入りする別の複数の男性の姿が周辺住民によってたびたび目撃されていた。
また、 アパート前に場違いなベンツやロールスロイスなどの高級車がたびたび横付けされていたという目撃情報もあり、
金子さんが不特定多数の男性と接触していた可能性もある。
出典www.police.pref.chiba.jp
千葉市中央区中央港(千葉港)
千葉市中央区中央港女性バラバラ死体遺棄事件まとめ
金子真由美さん

138 :名無しさん@おーぷん :2015/02/03(火)01:07:33 ID:lJR
>>135
これも不思議やなぁ

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