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百物語 第二回

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Part58
208 :黒 ◆9fw1ZntG8Y :2006/08/12(土) 02:52:50 ID:yNwqTCvu0
「老婆」1/3
夜の帰宅電車でのこと。
自分はドアのそばに立っていた。
目の前に一人の若い女性が立っていた。
ドアを背に寄りかかって、文庫本を読んでいる。
長い黒髪の地味そうな子だった。
自分はちょっと距離をおいて立っていたが、次第に増えてくる乗客に押されて近づいてしまう。
真正面から女性と向き合うのも気まずいので、ちょっと身体をずらしてあげた。
ふとドアのガラスを見ると、外が暗いので自分の顔が映って見える。
すぐ隣には例の女性の後ろ姿が。
なんとなく違和感を感じて、ガラスの鏡越しによく見てみた。
光の反射の関係か、女性の髪がやけに白く見える。
目の前の実物女性は、ちゃんと黒髪なのに。

209 :黒 ◆9fw1ZntG8Y :2006/08/12(土) 02:53:34 ID:yNwqTCvu0
「老婆」2/3
さらに車内が混んできた。
女性とかなり密着してしまう状況になった。
あまりに近いので、女性も本を読んでいられなくなった。
こちらに背を向け、窓の外を見ている。
やっぱり女性の後頭部も髪は黒かった。
すぐ隣でイヤホンを付けた若い男性が、混んでいる車内でやけにソワソワし始めた。
顔を伏せて、ちらちらと目線を上げたり下げたり。
それに妙に身体を突っ張って、ドアから離れようとしている感じだった。
その原因は自分にもすぐ分かった。
ドアガラスの鏡越しに見える女性の顔が、白髪の老婆の顔だったからだ。
女性はしっかり立っていて動かない。
だけど鏡越しのその老婆は、首をかしげながらこちらを交互に見上げている。
その男性とこちらを見ているようだった。

210 :黒 ◆9fw1ZntG8Y :2006/08/12(土) 02:54:33 ID:yNwqTCvu0
「老婆」3/3
道で幽霊に出くわしたとしたら、一目散に逃げるだろう。
だけど混んでる車内で、得体の知れないものに密着させられている。
必死で女性から離れようと動いて、周りから肘打ちされたりした。
隣の男性は、必死な顔でイヤホンをちぎるように耳から外していた。
ようやく駅について、二人同時に「降ります!」と叫んで人混みをかき分け、反対のドアから飛び出した。
そして振り返ると、まだ車内にはたくさんの人がいるのに、ドアに映る老婆が人の隙間からはっきり見えた。
電車が発車して動き出すまでの数秒間、ずっと老婆はこちらを見ていた。
電車が走り去った後、一緒に呆けている男性と目が合った。
言わなくても分かるが、一応聞いてみた。
「君も見ましたよね?」
同時に彼も口を開いた。
「聞こえましたか?」
彼のイヤホンから、音楽の代わりに老婆が何か呟く声が流れてきたそうだ。
今も耳に残って離れないと言う。
あれが何だったのか一切分からない。
ただ、あのときイヤホンを使っていなくて良かったと思った。
【完】

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