ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます
ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています
★お願い★
(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)
(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします
それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!
322: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:51:28 ID:.b2ry9Rk3M
「急げ急げ」
俺はデスクトップのGアイコンをクリックして、再度オンラインの世界に入り込む。
今夜から明後日まで、フィールドのモンスターが一定の確率で特殊な宝箱を落とすようになっているのだ。稀少なアクセサリー類をゲットしたという報告が、すでに2ちゃんねるのGスレに書き込まれ始めている。
もう1台のパソコンでそれらの情報を確認しながら、俺は同時進行でGをプレイしていた。いざとなったら、デュアルプレイもできる。
今日はテレホタイムを加味しても接続プレイヤーがめちゃくちゃ多い。祭り状態だった。いやがおうにもテンションが高まる。明日卒論指導があるはずだが、俺は早くも家から出ない方向で予定を変更しつつあった。
卓上の携帯電話が鳴った。
画面を見ると、音響からの着信だった。とりあえず無視していると、かわりにメールがきた。
『かわいい弟子が遊びにきたよ』
そして外からドアを叩く音が聞こえてきた。
「師匠、いるのはわかってるんだ。でてこい」
ガンガンとドアを叩く音と、そんな声が聞こえる。
何時だと思ってるんだ。近所迷惑な。時計を見るとちょうど日付が変わるところだった。
「心霊スポット行こうよ。今度のは凄いから。おい、こら聞いてんのか師匠」
ガチャガチャ。ガンガン。
「女の子が夜中に部屋の外で1人なんて、物騒ですぞ!」
うるさい。
それどころじゃないんだ。今、宝箱から最強の指輪ゲットの報告があって、その真偽でスレが荒れている。マジなら、卒論指導どころじゃない。明後日までノンストップで狩りを続けなきゃ。
「今日は瑠璃ちゃんも来てるよ。久しぶりでしょ、師匠。凄いよ瑠璃ちゃん。今日凄い綺麗な格好だよ。美女ッスよ。ハリウッド女優みたいになってるよ!」
天の岩戸か。
心のなかで突っ込みながらも、俺はマウスを操作する手を止められない。
本当に瑠璃が来ているなら、鍵を開けられるはずだ。その気配がない以上、音響のブラフに決まっている。
「でてこい師匠。ネトゲばっかやるな。現実を直視しろ」
直視しているよ。仮想現実こそが俺の居場所だという現実を。
ドアを叩く音が急に小さくなった。そしてフェイドアウトするように、そのままなにも聞こえなくなった。
帰ったのか?
そう思いながらオークたちをまとめて殺せる地形へ誘導していると、携帯にメールがきた。音響からだ。
323: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:53:32 ID:.b2ry9Rk3M
『師匠、今どこっスか』
少しして、2通目。
『今、友だちと駅裏のカラオケに来てたんですけど、師匠に似た人がいて』
そこで文面が切れている。すぐに3通目が来た。
『今夜は家にいるんですよね』
なにをやってるんだ、こいつは。さっきまで俺の部屋のドアを叩いていたのに、カラオケにいたと言い張っている。わけがわからない。
おれは、いえを、でない、はやく、かえれ。
そんな文面で、素早くメールを返した。
すぐに返答が来る。
『やっぱ他人の空似かぁ。すっごい似てたけど』
それきり静かになった。
しかし5分ほどして、また音響からメールがきた。
『あなた、だれ』
その一言だけ書かれている携帯の画面を見て、考えた。
どうやら、カラオケ屋で見た俺に似ているというヤツのほうが本物だったらしい。なるほど。
それはそれとして、ケルベロスにアイスミサイルを叩き込む仕事を続けていると、またドアの外から喚き声が聞こえてきた。
「師匠! 普通気になるでしょ、こんなメールきたら。なんでそこで無視できるの。びっくりだよ!」
ガンガン。
いい加減しつこいな。仮にメールが本当だったとしても、俺は今忙しいんだ。
「オバケ見ようよぅ!」
音響は泣き落としに入った。声の位置が下がったので、床に崩れ落ちているらしい。芸が実に細かい。
しかし俺は、なにを言われても響かなかった心に、なにか棘のようなものが刺さったことを感じていた。
オバケ。
オバケか。
幽霊ならこのG世界にもいるぞ。平原の洞窟の5階に。すっかり忘れていた。1週間前に、俺はそいつと会った。
324: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:57:41 ID:.b2ry9Rk3M
なにかが繋がりそうだ。
なぜだろう。ドキドキしてきた。
幽霊。
文字化け。
見たことのない装備。
『助けて』って言葉は、どこの国の言語でも短い音節なんです。『ヘルプ』『オスクール』『ソコーロ』『ジゥミンア』
……
俺はハッとして、狩りを中断し、テレポート用のコマンドを打ち込んで平原の洞窟へ飛んだ。
最強装備のまま、5階へ突入する。
真っ暗なフィールドとドロドロとした音楽が、プレイヤーの心を折ろうとする。人間の力が及ばない怪物たちが闊歩する世界を、俺はたった1人、必死で踏破した。
そして。
そのダンジョンの最深部で、幽霊を見た。戦士の姿をしている。1週間前と同じだ。
俺を見た瞬間、戦士はなにか喋った。やはりそれは文字化けをおこしている。
この文字化けは、もしかして日本語以外の言葉で書かれたものが、対応したフォント環境のない俺のパソコン上で表示できないせいで発生しているのではないか。
そしてこのGと呼ばれるMMOは、韓国で開発されたゲームだった。最初は韓国と台湾でそれぞれ運営されていたが、日本版がサービス開始されるころ、先行していたその2つのサーバーは経営上の理由で閉鎖されてしまっていた。
次々と新しいMMOが開発されるなかで、顧客離れをおこして破産したのだという。
サーバーの閉鎖により、育てたキャラクターや、獲得したレアアイテムが文字通り消えてしまったのだ。このG世界に今やどっぷり浸かっている俺には、その韓国や台湾のプレイヤーたちの怒りや悲しみは痛いほどわかる。
幽霊。
その消えてしまったはずのサーバーのキャラクターのデータが、なんらかの理由でこちらのサーバーに表示されているのだとしたら……。
見たことのない装備をしているのは、あちらのほうがゲーム世界の時間がはるかに進んでいるからだ。ずっと先に開放されるはずの、高レベル用装備なのかも知れない。
モンスターに認識されず、すり抜けをおこし触れることもできないのは、やはりデータの幽霊だからか。あの戦士は、言葉だけでこの世界と繋がっている。
325: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:58:44 ID:.b2ry9Rk3M
ハッとした。プレイヤーだ。ただのデータじゃない。プレイヤーがいるんだ。
必死で魔神たちの攻撃をかわしながら考える。
新しい幽霊。
絵にとりつく幽霊。写真に、そしてビデオに映る幽霊。そして今オンライン世界という、新しい概念のなかに生まれた、新しい幽霊。
おまえは、幽霊なのか。
戦士の向こうにいるはずの、マウスを持つ手に語りかける。
俺が1週間前に撮ったはずのスクリーンショットは、後で確認するとやはりデータ破損をおこしていて、開けなかった。
心霊スポットでカメラが壊れた。そういうことなのか。
袋小路のマップ上を逃げ回る俺のディスプレイには、文字化けした単語が会話ログに張り付いている。そのダンジョンの最深部にやってきたプレイヤーたちに、何度も何度も語りかけてきたその短い言葉。
『助けて』ではない。
俺たちのサーバーではだれも到達していない高レベル装備をつけて、今まで一度も死んだことのない強大な魔神たちがひしめいているこんな恐ろしい空間にいることの意味。
俺たちが、死んで貴重なアイテムをドロップしてしまわないよう、裸でやってくるこの場所に、見たこともない武器を持って立っていることの意味。
日常の光景なんだ。
普通のフィールドでみんなそれぞれ好きな狩り場を持つように。ここが、彼らの狩り場なんだ。
だから、そこにやってきた新しいキャラクターに対して向けられる、短い、短い言葉は。
『あそぼ』
一緒に、狩りをしようと誘っている。
ふいに、それがわかった。理屈じゃない。通じない言葉の向こうに、人間として持っている心が、それを受け取った。
韓国語や台湾の言葉はわからない。でも、きっとそれは短い言葉に違いない。そう思ったのだ。
顔の見えないそのだれかは、こんな暗い、ダンジョンの最も深い場所で、いなくなってしまった他の仲間たちがやってくるのを、たった1人で待っている。
俺は立ち止まって、チャット機能をアクティブにする。なにを返事しようとしたのか。きっと相手には読めないのに。自分でもわからない。
次の瞬間には、モンスターの強力な攻撃を受けて俺の氷魔法使いは即死した。
画面が暗くなる。ローディング用の絵が表示されている。
「遊ぼうよぅ、師匠。うぇえええん」
ドアの外では音響がまだ喚いている。
俺はGからログアウトし、パソコンの電源を落とした。バキバキに硬くなった肩や腰をぐるぐると回し、ゆっくりと立ち上がる
鍵を開け、ドアを押すと、音響が立っていた。ハンチング帽子に、シャツとジャケット、パンツはチェック柄だ。今日はちゃんと目が出ている。それにしても探偵じみた格好だった。コスプレにしか見えない。格好から入るこいつらしかった。
「ウソ泣きでした」
「わかってる」
俺は、首を傾けて、体のなかに響くボキボキと鳴る音を聞いた。
(完)
326: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 01:00:45 ID:igNubrZ3Ko
『医者の話』『MMO』
【了】
327: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 02:59:35 ID:/vcnLMBLkI
また暫く間が空いてしまいました、申し訳ありません
今夜は上下の京介編の話をご紹介します
328: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:02:23 ID:/vcnLMBLkI
訂正。上下の京介編の話と、書籍版の2話をご紹介します
329: 赤:2017/3/18(土) 03:03:51 ID:uojtOBMxmY
『赤』(書籍版)
双葉社『師匠シリーズ 師事』に載ったお話です。
最終校了版ではないので、誤字脱字等あったらすみません。
あと、データを貼り付けた時点で文頭位置などがバラバラになってしまったのを
手作業で直したりしているので、変なところがあるかも知れませんがご容赦を。
あと、前にも書きましたが、商業目的でない限り、転載は自由にしていただいて構いません。
リンクじゃなくて、文字貼り付けでも可( ・ω・ )
330: 赤:2017/3/18(土) 03:05:20 ID:/vcnLMBLkI
『赤』(書籍版)
大学1回生の秋だった。
土曜日だったので、俺は家で昼間からネットに繋いでいろいろ覗いていた。やがていつものオカルトフォーラムに入り込み、同じように暇をしているメンバーたちと雑談を交わす。
話題は2年後に迫るノストラダムスの大予言の終末についてだった。この夏も散々語り合ったのに、まだ話題が尽きないというのが凄い。これほど後世で有名になるとはノストラダムス氏自身は予見していたのだろうか。
伊丹 :なんか最近、LUCAってよく聞くなぁ
名無し :なにそれ
ドラ :あー聞くわ。るか
みら吉 :救世主とかいうやつですね
名無し :あんごるもあの大王はどうしたんだ!
ドラ :それはそれなんじゃね
ひとで :なにそれ聞いたことない
伊丹 :1999年にLUCAが降臨するって。うわさ
ひとで :初耳だ。どこに降臨すんの
ドラ :おらが街に!
名無し :おらがまちにローカルヒーローきた
ひとで :ルカによる福音書と関係あるの?
名無し :聖書暗号説きた
みら吉 :『また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。地上では、すべての民が悩み、海と高波のなすとどろきに
怯え惑い、人々は世界に起ろうとする災厄に、恐れと不安を抱く。もろもろの天体が揺り動かされるからである。そのとき、大いなる力と光輪をともなって、人の子が雲に乗ってやって来るのを、人々は見るであろう』 ……ルカによる福音書第二十一章より 以上コピペ
名無し :ルカってつづり違わね? Lucam
ドラ :スザンヌ・ヴェガの『ルカ』は
伊丹 :それはLUKA
ひとで :懐かしい! 泣けてきた
…………
331: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:07:40 ID:/vcnLMBLkI
たしかに俺も聞いたことがあった。LUCAという名前を。
この夏、ノストラダムスの大予言の話をしていると必ず耳にした。そのたびに少し奇妙な気持になった。
なぜなら、中学、高校時代も散々ノストラダムスの話を見たり聞いたりしてきたのに、その間一度もそのLUCAという名前を聞いたことがなかったからだ。
つまり、ここ1年ほどで急に出てきた話なのではないか。しかし、オカルトフォーラムの過去ログを見ていると、それ以前からちらほらとその名前が出ていた。
不思議だった。大学の先輩などにも訊いてみると、以前からLUCAの名前とその噂を知っている人は多かった。なんだかムズムズする。これではまるで本当にローカルヒーローではないか。
卓上のPHSが鳴った。師匠だった。行くところがあるが、一緒に来ないかというのである。
「行きます」
そう言って俺はログアウトし、PCの電源を切る。
ブラックアウトする画面のなかに、『L・U・C・A』の文字だけが最後まで残っているような気がして、目を擦った。
外に出ると秋晴れの空が広がっていて、気持のよい風が吹いていた。待ち合わせ場所に着き、師匠と2人、自転車で街なかを走り出した。
「そうそう。今夜、『赤い館』に行くからな」
師匠が自転車をこぎながら思い出したように言う。俺は、おお、赤い館と呟く。よく噂を聞く心霊スポットだ。今まで場所がよくわからなかったが、さすがに師匠は知っているらしい。
332: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:09:27 ID:uojtOBMxmY
しかし……と、その師匠の横顔を見ながら思う。
これほどオカルトにどっぷりと浸かり、昼と夜となく徘徊しては退廃的な快楽に溺れていて、バイトなどほとんどしていなかったはずなのに、師匠が金に困っている様子を見ることがほとんどなかった。
それどころか、どこから入手しているのかも分からない怪しげなオカルト関係のアイテムを家に溜め込み、ことあるごとに新作を俺に見せびらかしてくる。
どこにそんなものを買う金があるのだろう。
住んでいるアパートはたしかにボロ屋だが、それを差っ引いてもまだ帳尻が合わない。俺など日々の暮らしにキュウキュウで、駅で甘栗を焼いたり売ったりするバイトをしていた。さらにバイトを増やそうかと考えているくらいだ。
当の本人は口笛など吹きながら、ある場所に差しかかったところで、自転車の速度を緩めた。
「ここだ」
顔を上げると、板壁が左右に伸びていて、その向こうに日本家屋の一部が見えた。敷地内には木が生い茂っている。
大きなお屋敷だ。そう思いながら自転車をゆっくりと走らせていると、板壁は続く続く……どこまでも続いていた。だんだんと、唖然としてくる。
どんな豪邸だ!
想像できないほどの広大な敷地を持った屋敷なのだ。ただ土地が広いだけではない。敷地をぐるりと囲む木々のその向こうに、家屋の一部が常にちらちらと見えている。
このおっさん、まさか……。
なぜ金に困っていないのか、ということについて考えを巡らせていたばかりだったので、思わず勘繰ってしまった。
333: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:11:44 ID:/vcnLMBLkI
ようやく玄関らしき門にたどり着き、そこで師匠はインターホンを押した。その通話口で、ただいま、とは言わなかった。またちょっとホッとする。
大きな木製の門が開き、その向こうに長い石畳が見えた。その正面には、明らかにこの家の家族ではなさそうな老人が正装をして頭を下げている。
執事、という単語どころか、家令という言葉が似合いそうな人物だった。
お帰りなさいませ、おぼっちゃま、とは言わなかった。ちょっとホッとする。
玄関のそばに自転車を停め、わけもわからないままに敷地のなかを案内された。一度日本家屋のなかに靴を脱いで入ったはずだが、また外に出る。用意されていた外履きを履いてだ。
広大な敷地の庭のなかに屋敷があり、その屋敷のなかにさらに庭があった。
静かな空間だった。築山があり、大小さまざまな庭石があり、苔むした草木があり、水鳥が毛繕いをしている大きな池があった。きめの細かい玉砂利のなかの石畳を進み、ここは本当に市内かと目を疑う。
奈良か京都の寺社の敷地内ではないのか。見上げると、すがすがしい秋の空に小さな雲がいくつか浮かんでいる。電線の1つも見えない。
途中の木々や何重もの家屋の壁に吸収されるのか、車などの文明の音はなに1つ聞こえてこない。
静謐な箱庭のような場所だった。
334: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:13:58 ID:/vcnLMBLkI
「こちらです」
箱庭のなかに平屋の建物があった。玄関を抜けると、木の香りのする廊下を通り、和室に通された。天然の明かりのよく入る部屋だった。
部屋の奥に、老人が座っていた。和服を着ている。黒く重そうな木の机で、なにかを書いていた手をピタリと止めた。
「よく来た」
その声で、ここまで案内してくれた執事だか家令だかが無言で頭を下げ、部屋から出ていく。
「どうも」
師匠がぞんざいな口調で返事をする。そして俺を指し示して「こいつは弟子みたいなやつです」と言った。
老人は俺に一瞥をくれると、それきり興味をなくした様子で師匠を見つめた。
「かわりはないか」
「ないです」
老人と正対した位置の座布団に師匠と並んで座っているが、なんだか落ち着かない。師匠はさっきまで口笛など吹き機嫌が良さそうだったのが嘘のように、仏頂面をして胡坐をかいている。
「あれがどこぞに出てくる気配は」
「ないですよ」
「……」
老人は失望も落胆もした様子もなくただ頷くと、和服の裾から懐紙を取り出し、咳き込んで痰を取った。
「心臓に管を通してな」
枯れ木のような手が胸元を指さした。なにかの器具が取りつけられているのか、服が少し盛り上がっている。ペースメーカーというやつだろうか。
師匠は老人から目をそらし、強張った顔で俯いたままひとことなにか呟いた。
僕の裏切られた心臓よ
そう聞こえた気がした。
「あれが現れたら、知らせよ」
会見はなにも起こらないままに、もう終わりのようだ。師匠にならって僕も頭を下げ、その老人が1人でいるには広すぎる部屋を出る。
帰り道、来たときと同じように正装の老執事が先導するあとをついていく。玄関の門へ続く長い石畳まで来たとき、老執事が封筒を師匠に差し出した。なにも言わず、師匠はそれを受け取る。金だ。俺は直感した。
335: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:15:55 ID:/vcnLMBLkI
頭を下げる老執事に背を向けて門のほうへ向かおうとすると、門のそばに停めていた自転車のところに、女性がしゃがみ込んでいた。
近づくと顔を上げる。知った顔だったので驚いた。
「やっぱり」
彼女はそう言って笑った。角南さんという大学の同級生だ。髪を染めている大学生ばかりのなかで、今どき珍しいくらい艶のあるショートの黒髪がトレードマークだった。
今日は動きやすそうなパンツに、秋物のセーターを着ている。
「見たチャリだと思ったんだよな」
そんなことより、俺はどうして彼女がここにいるのか、ということが不思議でならなかった。それをぶつけると、あっさりと言うのだ。
「ここ、わたしんち」
なんてこった。あの、学業もそこそこにバイトに明け暮れている彼女がこんな家のお嬢さんなのか。
罰ゲームで、周りに好奇の目で見られながらゲーセンの脱衣麻雀を、ギャラリーなしでクリアさせられていた彼女が。最初の全体コンパで炸裂した奇矯な言動が伝説となり、学部で知らない人はいないといわれる彼女が!
今日一番の衝撃に頭を殴られて、かなり混乱していた俺は、「そう。よかったね」などという間の抜けた感想を吐くと、そんなやりとりなど無視して先に門をくぐろうとしている師匠を慌てて追いかけた。
「今度遊びに来いよぉ」という声を背中に聞きながら。
336: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:18:36 ID:/vcnLMBLkI
その夜だ。
俺は師匠と『赤い館』と呼ばれる郊外の廃屋に来ていた。元々ラブホテルだったというその建物は、ケバケバしかったであろう外観の面影は残しつつ、今は汚れきって灰色に染まっていた。
赤い館という名前の由来は、オーナーの1人娘が赤い服や赤い装飾品を好んだことによるらしい。ホテルの外装も一面真っ赤だったそうだ。
そのホテルが経営難で廃業するときに、一家全員である一室に篭り、火を放って心中したという噂がある。
そのとき焼け死んだ娘の霊が今もこの敷地に漂い、興味本位で廃屋に乗り込んでくる輩を襲ってくるのだそうだ。
「それも、赤いものを身につけている人間を襲ってくる」
師匠が声を潜めて、敷地に足を踏み入れていく。秋だというのに、上はTシャツ1枚という格好だ。僕もそれに合わさせられている。長袖なのが救いか。
ただ、白のシンプルなTシャツなのだが、ワンポイントとして胸元にだけ別の色があしらわれている。もちろん赤だった。この心霊スポットに挑むにあたっての師匠からの支給品だ。
このおっさんは……。
かすかな月光の下で、荒れた敷地と、その向こうの廃屋が一面の灰色に沈み込んでいる。そこへ静かに歩を進めながら、あきれて喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
かわりに出た言葉は、「あの金、なんなんですか」だった。今さら答えてくれるとも思わない。
「老い先短いジジイの妄想に、つき合ってやってるだけだ」とだけ返ってくる。
「出た!」
師匠が短い言葉を発した。その視線の先を追うと、なにか黒い塊が、半分傾いた玄関ドアの隙間からどろどろと漏れ出てくるところだった。
ゾクッとする。
黒い塊は、宙を飛んで一直線にこちらに向かってきた。早い。瞬間に足が硬直し、動けない。
「やばい」
師匠が玄関のほうを向いたまま、身構える。俺はその隣で目を閉じそうになる。
異様な気配をまき散らしながら、黒い塊は俺たちの頭上に迫った。
見上げた先に、髪の毛。振り乱した髪の毛が塊のなかに見えた気がした。
覆いかぶさってくるかと思った次の瞬間、漏れ出るような悪意が硬直した。黒い塊が戸惑うように輪郭がぼやけた。その隙をついて、師匠が俺の肩を叩きながら振り向いて走り出す。
逃げた。逃げた。なにかが再び迫ってくる気配を背中に感じながら。2人で走って逃げた。
337: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:21:07 ID:uojtOBMxmY
「見たか、見たか」
走りながら師匠が興奮してわめく。Tシャツの胸元を何度も指さしている。
俺もつられて、走りながらTシャツを見下ろす。月の明かりにその胸元が見えた。白地に、赤いワンポイント。文字だ。そこだけ赤い生地で文字が書かれている。
『黄色』
師匠のは『青』という文字だ。
「幽霊にもストループ効果が通用したぞ!」
バカだこの人。
必死で走りながら、あらためて思った。
バカすぎる!
謎めいて、わからないことだらけで、過去のことを語るのをためらう人だった。しかし、今は、今のところは、仕方ないので、百歩譲って、とりあえず、それだけで、いいかな、と思った。
338: 館 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:22:54 ID:/vcnLMBLkI
『館』 上
潮騒を聞いている。
暗い海がその向こうにある。
空には一面の星。水面にはその欠片が揺れている。
春はようやくやってきたが、夜はまだまだ肌寒い。
「最後の1本だ」
何度目かになる言葉のあと、マッチの明かりが一瞬、海辺の闇を深くする。
煙草の匂いを嗅ぐことで、脳裏にはその匂いと結びついた記憶が滔々と湧いてくる。
いろいろな話をした。
いろいろなところへ行った。
別の世界へと通じているかも知れない扉を開けて。彼女との冒険も今日で終わり。終わり。終わり。
俺は彼女の横顔を見る。
彼女は夜空を見ている。
さっきのホテルでのことが蘇りかけて、頭を振る。
岸壁に2人腰掛けて、とりとめもない話をする。
こんな時間もいつか終わる。
「なあ、知ってる星座はあるか」
煙草を持った手が空を指す。
空に散りばめられた光に目を凝らしたけれど、星と星とを繋ぐ線は見えなかった。
「ありません」
オリオン座ならわかるんだが。あれは冬の星座だ。
「こんなとき、星座の話のひとつやふたつでもサラッとできれば、ロマンティックなのにな」
「すみません」
今度覚えよう。
そうして沈黙がやってくる。岸壁を撫でる波の音が大きくなる。煙草の吸殻を靴で踏むときの、赤く小さな火花が転がるのが見えた。
「あいつも、どんな気持ちで夜空を見ていたんだろう」
遠くを見るような声でそう言った。
「知らない星を」
◆
339: 館 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:24:36 ID:uojtOBMxmY
京介さんから聞いた話だ。
「なんでそうなるんだ。第7室には太陽しかいないのに」
「よく見なさい。第1室に火星が入っているでしょう。オポジションで凶相よ。この場合は配偶者に、あなたとは別の男女関係が生まれやすいことを示しているの」
「これが180度か? ちょっとずれてるじゃないか」
「何度説明したらわかるの。メジャーアスペクトのオーブは広いの! これは5度だから範囲内よ」
おばさんが机を叩く。
私は机の上の紙を睨みつけている。12個に切り分けられたケーキのような形が描かれている。
ホロスコープというやつだ。西洋占星術で使う、自分の生まれた瞬間の星の配置を表したもの。
その星の配置がその人の人生を支配するというのだ。
「あー、だめだ。頭が煮えそう」
私は鉛筆を放り出して頭を抱えた。
目の前の紙の上に、私の人生のすべてがある、なんて言われても、どうやってそれを読み解いていくのかのハードルが高すぎる。
タロット占いなら、引いたカードの配置でその人の、そのときどきの、かつ特定の分野のことを自在に占うことができるのに、西洋占星術は基本的に、定められたその人の人生をただ解き明かしていく作業だ。
考えてみれば恐ろしい。これは恐ろしいことだ。知れば知るほど、そのことがわかってくる。
「休憩しましょうか。紅茶淹れてあげる」
おばさんが小太りの体を揺すって立ち上がる。その後ろ姿を見ながら私はため息をついた。
アンダ朝岡という名前のこの占い師と出会ったのは、今年の夏のことだった。街中を襲った不気味な怪奇現象を追っていた私は、その先で4人の人物と出会った。全員が、私と同じようにその怪奇現象の根源を追っていた。
この街のなかでたった1人、私だけが気づいていて、だからこそ私がなんとかしないといけない。そう思っていた。
しかし、この街で昼ひなかにお互いにすれ違っても気づかないけれど、その日常の仮面の下に、非日常の世界を見通す目を秘めている人々がいたのだ。私のほかにも。
そのことが、なぜか嬉しかった。
『今度会ったら、タダで占ってあげるわよ』
偶然街ですれ違ったとき、その夜に交わした約束を彼女は覚えていた。
340: 館 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:26:33 ID:uojtOBMxmY
「あら、あなた」
50年配の女性にいきなり声を掛けられて、とまどったが、すぐに思い出した。
けれどそれは相手の顔を思い出しただけだった。なにしろお互いに名前も知らなかったのだから。
2人で苦笑して、あらためて自己紹介をした。
彼女は《アンダ朝岡》と名乗った。聞いたことのある名前だった。地元の情報誌で星占いのコーナーを持っている人だ。その星占いは、街に迫りつつあったその怪奇現象に、私が気づくきっかけにもなっていた。
いま時間あるでしょ、とアンダ朝岡は言って、無理やり私を自分の店に連れていった。
『アンダのキッチン』
そんな名前の、駅に近いビルの1階のテナントに入っている、小洒落た店だった。まるで喫茶店のような店構えだったが、実際に軽食を注文して、それを食べてリラックスしながら占いの相談をする、という珍しいスタイルだった。
料理が上手いのか、占いが上手いのか、あるいはその両方なのかわからないが、とにかく結構流行っている店らしかった。
アンダはタロットなどの占いもするけれど、西洋占星術がメインだった。しかしそのタロットにしても、私がかじっている知識よりはるかに詳しい。さすがにこの道で食べているプロだな、と思う。
再会したその日は、私のことを占う、というより、占いに興味を持っていると言った私に、あれこれとアドバイスをしてくれた。
ただの客としての対応とは明らかに違っていた。私を見つめるその優しげな瞳には、秘密を共有する仲間としての親しみが込められているような気がした。
「また遊びにいらっしゃい」
帰るとき、そう言われた。紅茶の風味が口のなかに甘く残っていて、また来てもいいな、と思った。
341: 館 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:28:43 ID:uojtOBMxmY
それから、2度、3度と店に顔を出していると、いつの間にか私は彼女の教え子になっていた。
後継者などというつもりは毛頭なかった。ただ自分の知らない西洋占星術という占いに興味を持ったのだ。
トランプやタロットを使った神秘主義的なものとは違う、ホロスコープという生涯変わることのない出生時の星の配置……つまり運命の地図が、まず面前に示されるという、その潔さに、逆に途方もない奥深さを感じていた。
私は学校帰りに時間をつぶしたあと、『アンダのキッチン』が閉まる午後7時過ぎに顔を出し、客のいなくなった店内でいろいろなことを教えてもらう、という日々が続いていた。
「なあ、アンダ。これって、どういうことなんだ」
ある日、ローカル情報誌を広げてアンダを問い詰めた。
アンダが担当している星占いのコーナーだ。店と同じ、『アンダのキッチン』というコーナー名だった。
よく見るものと同じく、おひつじ座から始まる12星座ごとに、その月の運勢を占ったものだ。
以前の私は、素直に自分の誕生星座のところを読んでいた。あるいは、気になっている相手のところを。
しかし、西洋占星術をちゃんと習っていくと、こういう星占いとはまったく別物だということに気づいてきた。
まず第1に、西洋占星術ではホロスコープの起点となる第1室の支配星座は、その人が生まれた瞬間に東の地平線にあった星座なのだ。これを上昇宮(アセンダント)と言って、その人の本質を読み解くキーとなっているものだ。
私はみずがめ座のはずだったが、アセンダントを調べると、ふたご座だった。
今まで星座別の性格占いで、みずがめ座の欄に『常識やモラルに捉われない。推理力、洞察力に優れ、クールで気ままな性格』などと書いてあるのを見ては、当たっている! と思っていたのに。
しかし私が習う西洋占星術では、生まれた瞬間の太陽の位置を第1室に置くやり方はしなかった。
サン・サイン占星術といって、太陽の位置を起点にするやり方もあるらしいし、誕生日はわかっても、生まれた時刻がわからない場合に太陽を第1室に置くやり方もあるのは習ったが、アンダの西洋占星術では、明らかに太陽星座を重視していなかった。
まして、ホロスコープは、言わばその人の人生の地図のすべてであって、今月の運勢やら今週の運勢やらといった、狭い範囲を言い当てるものではない。
そういうことがだんだんとわかり始めて、あらためてあの星占いコーナーとの矛盾に気づいたのだ。
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