『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
247: ◆bEw.9iwJh2:2020/11/6(金) 03:16:50 ID:CA82EVH76k
『ねえ、何の日か覚えてる?』
――不意に、彼女の言葉が脳裏をよぎった。
あの日。この日。その日。どの日。
覚えている事が当たり前だと言わんばかりの――否、覚えていて当然だという表情と声。
そんなに。
そんなに、記念日とやらは大事なものなのか。いちいち覚えていなくてはならないのか。
覚えていたとして、何になるのか。
対価が大したものかどうかは問題じゃない。ただ、彼女がこだわる記念日というものに、俺は辟易していた。
だから。
248: ◆bEw.9iwJh2:2020/12/2(水) 12:06:42 ID:Jp0sKie6ak
「………記念日が、ない世界、かな」
やたら赤い丸がつけられた手帳のカレンダーを思い浮かべながら、俺は小さく呟いた。
記念日なんてものに振り回されて尚、それでも彼女と別れるなんて事は、俺には少しも考えられなかったから。
「成る程、記念日のない世界か。君は面白い願いをするね」
少女は表情を崩さず、むしろ好奇心を瞳に宿しているように見えた。
「そうだなあ…また世界を作るのは面倒だから、今の状態をそこだけ変えてみよう。それでも、少し調整が必要だけど、まあいいだろう」
ぱきり、と指を鳴らして。
「それじゃあ試運転だ。君の望む日々があるといいね」
少女がそう言った瞬間、俺の視界はぐらぐら揺れて歪んで、意識がぷつんと途切れた。
249: ◆bEw.9iwJh2:2020/12/3(木) 23:32:12 ID:2zemDs6iMQ
鈍痛が頭を苛む。鳥の鳴き声が、どこからか聴こえてくる。
「う………」
体を動かそうとすると関節がぎしぎし軋む。まるで睡眠を取りすぎた休日の昼のような、そんな重さ。
それでもなんとか起き上がって辺りを確認すれば、見慣れた景色が視界に映る。──安普請の、俺が借りているアパートの部屋だった。
「確か…買い物の途中で…」
何かあった、はず。
なにか、が。なんだったか、なんだっけか。
記憶を辿るべく思考を巡らせていると、鞄に入れていたはずの手帳がカレンダーのページを見せて床に落ちていた。
────何の予定も記入されていない、記念日の何一つない、ページが。
250: ◆bEw.9iwJh2:2021/1/15(金) 02:12:25 ID:sWbjPwfVHs
………日付と曜日以外、何もないカレンダー。
それの違和感と異常さをを警告音のように脈打つ頭の痛みが訴えてくる。
いや、待て、スマホのカレンダーは、こっちは、なにか、何かしらがきっと、
───開いたカレンダーのアプリ画面にも、日付と曜日以外の何もなく。
アドレス帳とフォトにある彼女の電話番号とメルアドと写真を震える指先で確認すれば、
彼女と俺の誕生日やその他の記念日にやりとりしたメール、撮った写真のほとんどが、削除してもいないのに外部メモリからも消えていた。
251: ◆bEw.9iwJh2:2021/6/22(火) 00:20:24 ID:yxUF6fhvOs
【君が今欲しいものは何かな】
七夕の飾り、色とりどりの願い事の下。
少女が泰然とした笑みを浮かべて問いかけてくる、あれは、
───あれ、とは。
思考が定まらない。眩暈がして、握り締めているスマホが炎天下のチョコレートのように溶けてしまいそうな、そんな錯覚を覚える。
「俺、は、」
とんでもないことを望んでしまった、ただそう思った。
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