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つれづれに
[8] -25 -50 

1: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:32:32 ID:HhoWsFjMjM

『手紙』

郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。




191: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 21:09:21 ID:kKq5s4c8qE

私は言われた通りに花瓶に花を生け、静かに教壇に置いた。

カーテンで閉め切られた教室の空気が、少しだけ揺れたように感じる。

担任に促されて教室を出る時、


《ありがとう、宜しくね》


そんな声が聞こえた気がして、思わず背後を振り返った。

そこには当然、誰もいなかったのだけれど−−どうしてだろう、花の香りとは違う甘い匂いが微かに漂っていた。



192: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/23(月) 04:08:58 ID:GaWv.fXLD.

     ***


その教室に生徒が入らなくなったのは、どれくらい昔の事だったか。

今この高校に残っている教師の中には知る者はいない。

ただ、『それ』が起きてからどれくらい経った頃だったか−−誰が言い出したのか、誰が始めたのか、何がそうさせたのか。

高校の中に詳細を知る者はいないけれど。

やがて一つの不文律が作り上げられた。


193: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/23(月) 04:24:11 ID:hPPvadIFTw

空き教室になったその場所に、花を飾る事。

毎週欠かさず、一輪だけでも飾る事。

それをやるのは新入生である事。


決まり事は年月を経る毎に少しずつ足され、変化し、それでも続いてきた。


そうしてまた、この春、別の手が空っぽの教室に花を飾る。

それは、いつまでも、きっと。

いつか意味が風化し記憶が朽ち果てるまで続いてゆくだろう、花筐。



194: ◆bEw.9iwJh2:2017/12/10(日) 10:48:11 ID:NdKFpkeNqM
リアルの問題で年内更新は無理っぽいので、セルフ保守しておきます
195: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:15:28 ID:kvZJ1c/69U

『おいしい、まずい』


小さな頃から様々な物がどうやって出来上がっているのか不思議だった。

例えばテレビ。

あんな薄っぺらい機械なのに、毎日色んな情報やバラエティを流してみんな笑っている。

例えばラジオ。

あんな小さいのに、たくさんの番組や声を届けて誰かを助けている。

例えば人間。

この体もだけど、動かしたくて動いたり、勝手に手足が動いて危ないところを回避したり。

不思議で不思議で、幾つも分解と観察を繰り返した。


196: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:24:39 ID:MS1/qmWxlE

でも、ラジオの分解は簡単だけれど、テレビはそうはいかない。

ブラウン管テレビ、という今は使えない古い大きなテレビを数個分解するのが精一杯で、見付かった時は酷く怒られた。



だから、人間はもっと難しくて。




197: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:33:40 ID:kvZJ1c/69U

最初に分解したのは近所の男の子だった。

よく私のスカートをめくったりする悪戯っ子だったけど、私と違う体を持っているから中身を見てみたかった。

お小遣いとお年玉を貯めて買った包丁はすぐに切れ味が悪くなったけれど、私の体にはない部分を観察したり分解したりして、楽しかった。

でも、すぐに気付く。

人間は組み立て直せない事、壊れたらそのまま終わりな事に。


198: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:39:14 ID:SaPfFQhN5M

壊れたこの子をそのままにしておいたら、私は閉じ込められる。

ニュースでやっていた、何とか病院とかそういう場所。刑務所、とかいう場所とか。


そんなの、嫌だ。


出来るだけ細かく分解してゴミ袋に詰めて、捨てる場所を毎日探し歩いた。


199: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:49:20 ID:KTecCmgJ/E

そうして数日、心霊スポットだと密かに騒がれている場所に、古井戸というものを見付けた。

アニメで見た取っ手を上下に動かして水が出るようなのじゃなくて、お風呂で使う水を掬うやつをロープで下に下ろして、水を汲む仕組みのものだ。

立ち入り禁止の札が立てられたこの井戸に捨てたら、誰も気付かないんじゃないか−−そう思って、重いゴミ袋を臭い隠しに積み上げた雪の中から引っ張り出した。


200: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:44:23 ID:kvZJ1c/69U

古井戸には金網の薄い蓋しかなくて、上に積もった雪をどければすぐに真っ黒な穴が見える。

溶けた雪が氷になってくっついて、金網を剥がすのは随分と苦労した。

毛糸がほつれてボロボロになってしまった手袋を見て、お気に入りの手袋をはめていなくてよかったと思った。

そうして、私は分解した男の子を詰めたゴミ袋を古井戸に投げ込んだ。


201: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:46:07 ID:SaPfFQhN5M



《まずいよ、これ。おいしくない》




202: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:57:47 ID:kvZJ1c/69U

突然誰かの声が聞こえ、私は驚いて周囲を見回す。

咄嗟にしゃがみ込み耳を澄まして気配を探ったが、足音も息を吐く音も聞こえない。

ただ、静かな時に響く耳鳴りのような音しか、私の耳には届かなかった。


(…誰も、いない?)


ゴミ袋を捨てるところを見られた訳ではなさそうだと判断して、私は金網をなるべく静かに古井戸の上に乗せ直し、その場所から急いで離れた。



私が分解した男の子はしばらくの間警察や消防の人達が探していたけれど、古井戸の中までは調べられなかったらしく、そのまま行方不明という事になった。


203: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 15:48:33 ID:kvZJ1c/69U

それからはジャンクショップで手に入れたビデオデッキやパソコンの基盤、そういったものを分解して過ごした。

ゴミ捨ての分類表とにらめっこしながら、ばらばらになった金属やプラスチックの欠片をうっとりと眺める。

……けれど、日常生活の中のふとした時、


(あの人の中身は、どんなだろう)


痩せた女の子やちょっとぽよんとした女の子、サッカーが得意な男の子や勉強好きの男の子。

怒ると怖い先生に体のあちこちにしわがいっぱいの先生、話がやたら長い困った先生。

目に付く人達を分解したくてたまらなくなる私がいた。


204: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 15:57:04 ID:MS1/qmWxlE

少しずつ私が大きくなるにつれ、欲求は更に膨らんで抑えられなくなっていく。

親からもらえるお小遣いも親戚からもらえるお年玉も額が増えて、そのまま手元に残るようになる。

そうして、中学生のある日。



私は二回目の『分解』をした。




205: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 16:09:17 ID:SaPfFQhN5M

今度は隣の中学校の女の子。

ピアノを弾く指が細長くてごつごつしていて、同い年の女の子達とは全然違う。

私はその十本の指を丁寧に切り離して、骨や肉や爪をじっくりと観察した。

服で隠れていた腕もすらりとしていて、マンネリ気味だった分解作業が実に楽しくて鼻歌まで出た。

おなかの中も、開けてみたら教科書や図書館で読んだ本の内容以上に複雑で。

とてもとても楽しかった。


206: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 16:19:29 ID:kvZJ1c/69U

−−けれど、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので。

血塗れになった両手と包丁をタオルで拭いながら、思ったより重いゴミ袋の中身と量に溜め息が出た。

さあ、どこに捨てよう。

どこにしまっておこう。

さらさらと風に流れるように動く一面のススキの中、私は空を見上げる。



どれくらいそうしていただろうか。

私があの古井戸の事を思い出した時には空は青紫になっていて、東の方には微かな星が光っていた。


207: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/28(水) 19:24:37 ID:SaPfFQhN5M

その日の深夜。

私は小さな懐中電灯をくわえて窓からこっそり外へと抜け出した。

ポケットの中には誰かに見付かった時の為の防犯スプレーと使い古した軍手。

ゴミ袋はあのままススキの生えた空き地に置いて帰ったから心配だったけど、誰にも気付かれずに残っていて安心した。


208: ◆bEw.9iwJh2:2018/4/4(水) 04:08:20 ID:XN1gQfBILc

朧気な記憶を頼りに、先ずは古井戸が今も残っているかを確認しに行く。

少し迷いそうになったけど、雑草が生い茂る中に立ち入り禁止の立て札と古井戸は変わらず−−札の字は褪せて判別しにくくなっていたけれど−−そこにあった。

懐中電灯の光度を出来るだけ絞り、周囲も含めて様子を確認する。

うん、多分、大丈夫。

私は一人頷き、人目に付かぬよう注意しながらススキの空き地へと足を向けた。


209: ◆bEw.9iwJh2:2018/4/7(土) 19:36:50 ID:.oby9THsoA

ゴミ袋はずっしりと重たくて、明日の筋肉痛を心配しながら古井戸とススキの空き地とを何往復もする。

額や背中に浮かぶ汗が少し不快だ。

全部のゴミ袋を運び終わって、私は袖で額を拭い、大きく息を吐いた。

(…早くしないといけないよね)

ポケットから軍手を取り出し、両手にはめる。古井戸を形ばかり塞いでいる金網に手をかけると、ざりりと錆のこすれる音がした。


210: ◆bEw.9iwJh2:2018/4/9(月) 02:35:21 ID:L7gV6e5ZO6

金網はかなりボロボロになっていて、気を付けないと壊れてしまいそうだ。

縁に手をかけ、そうっと覗き込む。かび臭い空気が鼻先に届いただけで、以前に処分したゴミ袋が今どうなっているかなんて当たり前だけど分からない。

懐中電灯で中を照らす勇気は出なかった。

(…………)

女の子を詰めたゴミ袋を持ち上げ、私は古井戸の中へとそれを投げ込んだ。


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