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つれづれに
[8] -25 -50 

1: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:32:32 ID:HhoWsFjMjM

『手紙』

郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。




162: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:16:10 ID:xw6rP73Pa2
喪主を務める母が親戚の女性達と忙しそうに家中を歩き回り、弔問客に挨拶をして食事を出す。

「父さん達は手伝わないの?」

ご飯の準備や後片付けをしている母達とは対照的に、父や祖父達はただ座敷に座っていた。

そういえば、何故喪主は母なのだろう。

祖父はまだ頭もしっかりしていて、体の何処も悪くないというのに。

疑問が顔に出ていたのだろう、父は決まり悪げに微笑して、

「この家は男があまり好きじゃないからな。お義母さんが亡くなって機嫌も悪いだろうから、これ以上損ねないようにしないといけないんだ」

そう言った。
163: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:28:11 ID:Ns7pzH0A7A

この家。

この家とは、どういう意味だろうか。

ますます疑問が増えたけれど、誰に問い掛けてもきっとちゃんとした答えは返らない気がして、私は顔を伏せた。


祖母の遺言には、叔母が次の家持としてこの家に入るように、と奇妙な文言があった。



164: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:41:15 ID:Ns7pzH0A7A
叔母とはあまり話した記憶はないが、物静かな人だったと思う。

祖母の四十九日を終えたその夜、叔母はそれまで住んでいた家を引き払い仕事も辞めて、あの大きな屋敷に移り住んだそうだ。

「すまんなぁ、わしには何も出来ん」

「いえ……お母さんも、ずっと頑張ってたから。それに、誰かがやらないと」

そう叔母と祖父が話す声が、耳に残った。


165: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:01:03 ID:xw6rP73Pa2


……………


あれは何年前の事だったろう。今、私は叔母の葬式に参列している。

やはり男連中は座敷から動かず、動けず、私を含めた女性陣が葬儀の手配やら弔問客への挨拶や食事やらをしている。

そんな中、先日結納を済ませたばかりの彼が、居心地悪そうに正座した足をもぞもぞと動かしているのが台所から僅かに見えた。

ああ、式の日取りをこれから決めるところだったのに、と申し訳ない気分になった。

「次の家持は誰になるんだろうね」

「可哀相に、こんな家に生まれさえしなければ」

「しっ、そんな事言うもんじゃないよ。《あれ》に聞かれたらどうするんだい」

漆器に料理を盛りながら、母と遠縁の女性がそんな会話をしている。
166: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:19:01 ID:xw6rP73Pa2
「あら、器が足りないわ」

「あ、じゃあ私が取ってきます。三番目の棚ですよね」

「ごめんね、お願い」

歩く度に軋む廊下を進みながら、私は亡くなった祖母と叔母の事を思い出す。

この家に縛られて亡くなった二人。

いや、そもそもどれほどの女性がこの家に飲み込まれたのだろうか。棄てようとは思わなかったのだろうか。

「…馬鹿だ、私」

−−それが出来ていれば、みんなとうの昔にしていただろうに。


167: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:39:30 ID:xw6rP73Pa2
棚から漆器を出し、台所へと戻る途中。

あの部屋の襖が僅かに開いているのが見えて、驚きに危うく漆器を取り落としそうになった。


誰だ、開けたのは。

いや、それとも、中からか。


入りさえしなければ大丈夫なはず、と器を床に置いて恐る恐る部屋へと足を進める。

今までぴったりと閉ざされていた襖の向こう、僅かに覗く部屋の中から、



《次は、貴女》

《可愛い子、これで寂しくない》

《一緒にいるあれは、我慢してあげる》

《おいで、こっちに》



そんな幾つもの声と共に、たくさんの瞳が私をじぃっと見つめて笑っていた。



168: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 01:34:36 ID:ky0ZuqYOrA

『繰り返す夢』


「違う、あの人はそんな事言わない」

そう言って少女はざくり、と心臓を抉る。

鼓動が完全に停止する前に『彼』は白衣を着たスタッフに取り囲まれ、焼却炉へと運ばれて投げ込まれた。

血塗れのナイフを握り締め、だんっ、だんっ、と床を踏み鳴らして少女は苛立った声を上げる。

「違う!あの人じゃない!どうして、何で違うの!何が違うの!」


169: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 01:58:27 ID:SA2aCmnvZw
何名かのスタッフが少女に駆け寄り、ナイフを取り上げてから宥める為の言葉を繰り返し口にする。

床に広がった血溜まりを、清掃ロボットが無感情に無感動に掃き清めてゆく。

ぜえぜえと息を荒くしながら、

「次は、次の次は、あの人なのよね…?」

幾つものクローンの眠るカプセルを前に、懇願するような諦念のような言葉。


170: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 02:07:53 ID:CBHiyoo4lc
そんな『彼女』の姿を見ながら、

(………みんな、僕なのに)

好き嫌いも趣味趣向も、永遠に変わらないものだと信じて疑わず。

少しでも己の求める存在と違うと思えば凶刃を振るい、目的を見失った少女の姿に、



−−次の僕も殺されるのだろうな、と思いながら、少年は『次』の体の瞳を開いた。



171: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 00:34:27 ID:CBHiyoo4lc

『優先順位』


×月×日
主人がケーキ屋に私の誕生日ケーキを特別注文したと言う。
私は主人とは違って食べられない物が色々あるから、大切にされているのだと実感して嬉しくなった。

×月×日
うっかり主人の机の上の本を床にぶちまけてしまった。
さすがに温厚な主人も怒るだろうと叱られるのを覚悟していたが、仕方がない、倒れるまで積んでいた自分がいけないんだ、と優しく頭を撫でられた。
怒られるよりつらくなった。


172: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 00:41:57 ID:ky0ZuqYOrA

×月×日
近くの公園に遊びに行く。
小さいこども達が無邪気に私に笑いかけたり、遊ぼうと言う。
−−私がこんな生まれ方をしていなければ、私にもこんなこども達がいただろうか。


173: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:05:58 ID:CBHiyoo4lc

×月×日
主人が電話の向こう相手に怒鳴っている。
あいつが掛けてきたのだろう。
もう関係ないのに、しつこい奴だ。

×月×日
主人が疲れた顔をしている。
私は何をすればいいのだろう。何をしてあげられるのだろう。難しくて丸まりたくなる。
主人の頬をぷにぷにとつついてみたら、少しだけ笑ってくれた。


174: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:08:35 ID:CBHiyoo4lc



×月×日
たすけて




175: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:19:52 ID:x3FiK8z9a6

×月×日
主人が助けにきてくれた。
違う、私の身の安全と引き換えにあいつに脅され呼び出されたのだ。
私が非力でなければ、主人をこんな目に遭わせなどしなかったのに。
………私に出来る事。
何がある?



×月×日

あいつをころした

しゅじんを、わたしをころそうとしたんだ、ころされてももんくはいえないだろう

ひとごろしになってしまったわたしを、しゅじんはだきしめてくれた

ごめんなさい、と

ちがう、それはわたしのことばなのに




176: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:40:51 ID:x3FiK8z9a6

○月○日
ペット用ケーキなんてあるのを初めて知った。もうすぐあの子の誕生日、奮発して注文をした。
喜んでくれているのだろうか、おなかを見せて、したしたと手足を動かしているのが可愛い。

○月○日
帰宅したら、本が雪崩を起こしていた。
耳をぺたーっとさせてぷるぷるしている様子からすると、遊んでいて落としてしまったのだろう。
…こんな姿を見せられては、怒れない。
頭をわしゃわしゃ撫でて、それから片付けに取り掛かった。


177: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:54:31 ID:SA2aCmnvZw

○月○日
あまり外に連れて行けていないから、ケージに入れて近くの公園に遊びに行った。
こんな穏やかな日ばかりだといいのに。

○月○日
別れてから何ヶ月経っていると思っているの?
もうやめて。
電話もメールも手紙も、もう嫌だ。
あんたなんか、もう好きじゃない!

○月○日
こんな飼い主でごめんね。
大丈夫、もうすぐあなたの誕生日だよ。
嫌な事は忘れて、ふたりで過ごそう。


178: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 01:58:46 ID:ky0ZuqYOrA



○月○日
あの子がいない。
部屋中ぐちゃぐちゃになって、何があったの、どうしていないの、どうして、何で。

嫌な予感しかしない。




179: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 02:08:40 ID:x3FiK8z9a6

○月○日
叩かれた。殴られた。痛い。怖い。
嫌だ、誰か助けて。
でも、私が逃げたらあの子が殺される。
あの子を守らなくちゃ。

助けて。誰か、私達を、助けて。


180: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 02:38:58 ID:CBHiyoo4lc

○月○日

服を破かれて、床に組み敷かれて、必死に抵抗した。

どれだけ殴られても、痛いだけならまだ我慢出来た。でも、これだけは嫌だ。

首を絞められる。苦しい。目の前が真っ赤になる。真っ黒になる。

助けて。たすけて。

だれか、



……………



血のにおいがする。

気を失っていたのだろうか、月明かりに照らされた周囲に目をやると、あいつが喉を朱く染めて倒れていた。

呼吸がうまく出来ない、ぼんやりした視界の中、あの子の姿を探す。

………ああ、なんて事だろう。

赤黒くなったあの子の口周りを見て、何が起こったのか分かってしまった。


ごめんなさい。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、

ごめんなさい………



181: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 03:06:16 ID:CBHiyoo4lc

暗闇の中、土を掘り起こす音が響く。

小柄な女性が額を汗みずくにして、大きな穴を掘っている。

そのそばには、小さな犬が一匹。

やがて深い穴が出来上がると、女性は紐で幾重にも縛ったビニール袋を穴に落とし、シャベルを両手に土を被せ始めた。


「私達だけの秘密だからね」


そう囁く女性に、犬は頭を寄せて応えた。



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