『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
122: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 16:55:24 ID:OHGmZhbDl6
それで。
帰り道、車が、
向こう側からふらふら動く大きな車がぶつかってきて、そして、
「…母さん、父さん…」
僅かにぼやけた視界に映るのは、ぶつかってきた車に潰された両親。力が抜けたその腕先から水道のように流れ落ちる血。
姉はドアのガラス部分に頭を強打したのだろう。シートベルトに辛うじて体を支えられた状態で、首がぐたりと斜めに垂れていた。
123: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 17:07:13 ID:ynbZaOnSW.
みんな、真っ赤になっていた。
それは自分も同じで。
−−思い出した。思い出してしまった。
途端に、周囲が真っ暗になる。鼻血を出した時より酷い血の臭いが立ちこめている。
だからだろうか、体が重くて痛くて、頭がぼうっとして苦しい。
あれ、もしかして、自分は…自分も死んでしまうのだろうか。
124: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 17:34:10 ID:ynbZaOnSW.
「こんなとこで何してんのよ」
唐突に頭上から降ってきた声に、顔をゆっくり持ち上げる。
そこには、姉が立っていた。
あの血塗れの虚ろな瞳ではなく、快活な表情と勝ち気な瞳をした姉が。
「全く、お姉ちゃんがいないとあんたはダメねぇ。ほら、こっち」
腕を掴まれて立たされる。
「お、お姉ちゃん、」
「いつまで寝坊してんのよ。向こうで待ってんだからね?」
125: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 18:20:30 ID:OHGmZhbDl6
《呼吸に変化、呼吸数上昇》
《皮膚と爪…唇と歯茎の色は変化なしか》
《体温の上昇なし、胸部の凹みなし。頻呼吸の疑いは軽度でしょうか》
《…待て、波形に変化が出てきた。これはまさか…》
126: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 19:06:17 ID:ynbZaOnSW.
「どこに行くの?」
腕を引かれるままにあとを付いていく。あんなに重くて痛かった体が、今は軽い。
「お祖母ちゃんのところに決まってんでしょ。せっかく迎えに来たんだから、きりきり歩く!」
「え…だってお祖母ちゃんは」
「……いい?もう、あんたしかいないの」
次第に真っ暗だった世界に、様々な明るい色が混じり出す。
あれは母さんのエプロンの色。あれは父さんのスーツの色。あれは、お姉ちゃんの制服の色。
そして、姉が歩く方向の、その先には。
127: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 19:20:51 ID:7OaejmEFgE
お祖母ちゃんの着る割烹着の色が、きらきらとふわふわと足元を照らしている。
「あたしは、ここまで」
ぐい、と僕をその色の方に押し出して、お姉ちゃんは言った。
「何で?そうだ、母さんと父さんは、」
「あたし達は、もうお祖母ちゃんのところには行けない。でも、あんたは帰れる」
「お姉ちゃん…?」
気のせいだろうか、背後から聞こえる声が遠くなっていく。お姉ちゃんは、すぐ後ろにいるはずなのに。
128: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 19:34:46 ID:ynbZaOnSW.
「自分で行きなさい。あたしはここから先には行けないから。お祖母ちゃんのところに行ってあげて」
「でも、」
お姉ちゃん達は−−そう尋ねようと振り返ろうとした僕に、
「あたし達は、ずっと家族だからね」
とん、と軽く背中を押されて。
僕は反射的に足を前に出して、歩みを進めた。
光の射す、その向こうへと。
129: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/18(水) 20:01:42 ID:OHGmZhbDl6
……………
眩しい。何だか、騒がしい。
「患者の意識、回復しました!」
「血圧安定、サチュレーション98%、血中酸素濃度異常ありません」
難しい言葉がたくさん聞こえる。ここはどこだろう。周りの人達は、誰だろう。
真っ白な部屋の中に、真っ白な服の人ばかり、だ。
ああ、でも。
「よかった…よかった…!」
お祖母ちゃんの声が聞こえて、僕はお姉ちゃんの言葉を思い出す。
そっか。お祖母ちゃんが僕を待ってたんだな、って。確かに僕は寝坊しすぎだな、って思った。
130: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/31(火) 14:58:38 ID:7OaejmEFgE
『変わらない』
雨が降る。
透明なビニール傘の視界越しの世界は、ぼんやりと曇っている。
診察券を機械に通して出てきた感熱紙の診察票を手にして、ただ番号を呼ばれる時を待った。
131: ◆bEw.9iwJh2:2017/1/31(火) 15:08:05 ID:OHGmZhbDl6
「…睡眠時間は」
「食事はなるべく三食取るように」
「…また、来月」
診察室から出てきた患者は張り付いたような表情を消して、売店へと歩いていった。
「……………殺したい、な」
そう呟く声は、喧騒と雨音に掻き消された。
132: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 17:08:27 ID:j0wVgCCdXA
『そこにいる』
引っ越しをした。
勤め先が不況の煽りを食って潰れてしまい、親兄弟友人とつてを頼ってどうにか見付けた新しい場所は、辛うじて糊口を凌げる賃金しか懐には入らなかった。
なので当然、住まいも変える他なかったのである。実家住まいにするには、些か距離がありすぎた。
不動産屋で懐具合と相談しながら紹介された物件の間取りと家賃の数字をじいっと睨む。
「どうかね兄ちゃん、決まったかね」
火の点いていない煙草をくわえた不動産屋の主人が、机に頬杖を着きながら言った。
133: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 17:26:44 ID:ySNMiVLy6I
「いえ…なかなか。ついあれこれ欲張ってしまって、難しいですね」
「はは、まぁそういうモンさね。時季外れで暇だからな、じっくり悩んで探しとくれ」
家は慌てて決めるとあとで困るぞ、と鷹揚に笑って主人はスポーツ新聞を読み始めた。
親の紹介で訪ねた相手だからというのもあるのだろうか、穏やかな雰囲気に急いていた気持ちが落ち着いてくる。
そうだ、確かに一日の疲れを癒す場所を家賃だけで決めるのは良くない。
改めて物件の周囲説明にもよぅく目を凝らし、出してもらった少し渋めのお茶を啜る。舌に残る苦味が、なぜか落ち着く。
134: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 18:02:16 ID:ySNMiVLy6I
−−と。
書類をめくった途端に指先がちりっとして、先程まで何度も繰り返し読んだはずなのに、初めて見るアパート名と間取り図が視界に入った。
うっかり二枚分めくってしまっていたのだろうか、と思いながら目線を落とす。
………間取りや周辺情報の割には、家賃が変に安かった。
台所風呂トイレ付き、部屋は六畳間と四畳半一つずつ。駅まではそこそこの距離だが、近隣にはコンビニや銀行もある。
これは、結構な好物件…だと思うのだが。
「あの、」
135: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 18:27:36 ID:j0wVgCCdXA
意を決して声をかける。
「なんだ、決まったのかい?」
「いえ、…その、この物件なんですが」
僕が卓上に差し出した書類を一瞥した主人の口から、煙草がぽろりと落ちた。
「兄ちゃん、これ、どこから」
「…?あの、書類の中にありましたが…」
途端に今まで読んでいた新聞を床に投げ、物件情報の詰まったファイルを開き、真剣な表情で中身を確認してゆく。
その行動に唖然とするが、主人は何度かファイルを調べてから片手で額を覆い、大きく嘆息した。
136: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 19:03:45 ID:j0wVgCCdXA
これは…まさか、もしかして。
「訳あり物件…なんですか…?」
そう尋ねると、主人は卓上に転がっていた煙草をくわえ直し、僅かに頷いた。
「だが事故物件、って訳じゃねえ。ただ、居着かねえんだよ」
「え……」
「お前さんだから言うがな、この部屋はやめとけ。今まで入居した奴のどれもが半年も保たなかった」
事件も自殺も孤独死だのも、何一つ起きていない部屋。
だのに、出て行く住人が皆、口を揃えて言うのだ。
『あそこには何かがいる』−−と。
だからこの物件はファイルにしまったまま、訪れる誰にも見せなかったのだと。
137: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 19:13:54 ID:tqfCNMu0GE
……………
そんなやりとりを経て、しかし。
僕はそのアパートに入居を決めた。
当然、不動産屋の主人には他にも住む場所はあるだろう、何を物好きな、と半ば叱られるように説得されたのだが、僕の気持ちは変わらなかった。
手続きを終え荷物を運び、テレビとパソコンと布団だけを引っ張り出した広い部屋の真ん中に座る。
軽く周囲を見渡してみて、
138: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 19:32:17 ID:tqfCNMu0GE
(………あれ、が)
部屋の隅、やけに暗いその一角に。
髪の毛の塊かと思うほどの長い長い黒髪に埋もれた女が、いた。
(あんなにはっきり視えるのに)
視線を向けても女は動かない。
見ているのに飽き、テレビを点ける。ニュース番組が映り、今日一日の事件や出来事が読み上げられる。
………やがて腹が減り、面倒だからと作ったカップラーメンを啜りながら、思い出したように部屋の隅を見た。
女は動かないままだった。
139: ◆bEw.9iwJh2:2017/2/8(水) 19:45:42 ID:tqfCNMu0GE
それから半年が経つ。
不動産屋の主人や、彼から話を聞いたらしい両親からは心配する電話が時折来るが、生活に変化はない。
彼女が出来ても連れ込めないぞ、と我が家の事情を知った友人からはそう言われたが、その予定はこの先ずっとないだろう。
「おはよう」
うるさい目覚ましのアラームを止め、起き上がり部屋の隅に向けて一声。
女は動かない。
でも、それでいい。
布団をたたみ、朝のあれこれを終えて出勤の支度をする。
「行ってきまーす」
玄関先で靴を履く僕の背中に、
《行ってらっしゃい》
小さな女の声が届いた。
140: ◆bEw.9iwJh2:2017/3/5(日) 12:47:48 ID:L5Me1/ehqI
スランプ入ったので、保守だけ致します
141: ◆bEw.9iwJh2:2017/4/7(金) 23:59:40 ID:1rd85dK/cs
『ひたすらに』
さくり、と土にシャベルの先を差し込む。
足を掛けて更に押し込み、傾けて、掬い上げる。それを日がな一日繰り返して。
夕暮れに気付けば埋め戻す。
………いつからだろうか、休みの日が来る度に、そんな訳の分からない事をするようになっていた。
雨の日や雪の降る日以外は、ずっと。
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