『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
2: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:39:13 ID:HhoWsFjMjM
「手紙…誰からだ…?」
僕は封筒を裏返して差出人の名を確認しようとする。けれど、名前どころか住所も記されてはいなかった。
「…………」
こういった手紙には、ろくなものがない。
けれど、宛名の字になぜだか懐かしさを覚えて僕は封を切った。
3: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:45:58 ID:VTSHWpWAVQ
錆びたカッターナイフがざりざりと封筒を開いていく。
鉄錆の臭いが鼻先に届き、ふと頭の片隅をがりがりと引っ掻かれるような感覚に戸惑う。
青いインクにところどころ染まった便箋が一枚、あった。
4: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:56:51 ID:2SmBjDZddk
『元気ですか?
もうすぐ私は、むこうに行くようです。
覚えていますか、私のこと。
忘れていても構いません。
ただ、君にだけはほんとうのことを話しておきたかった。
あの日、君に悪戯をしたのは私。
5: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:03:31 ID:HhoWsFjMjM
楽しかったね、あの夏。
花火をして虫取りをして、私は君が捕まえたカマキリに悲鳴を上げました。
だから、仕返しに君が驚くところをほんの少し見たかっただけなのです。
ごめんね、あの肝試しの夜、』
6: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:09:36 ID:HhoWsFjMjM
…そこで文は終わっていた。
蝉の鳴き声が耳にうるさい。
買ってきたカップアイスが溶けていく。
「…お姉ちゃん?」
そう呟いた時、電話がけたたましい音を立てて鳴り響いた。
7: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:23:13 ID:2SmBjDZddk
電話は母からだった。
親戚の**が亡くなったと、そう告げる電話だった。
半ば上の空で言葉を交わし、受話器を置いて振り向いた先には。
封筒も便箋も、何もなかったかのように、インクの匂いとカッターナイフの鉄錆の臭いだけ残して。
「…お姉ちゃん」
ごめんね。
僕は、お姉ちゃんが驚く顔が見たかっただけだったんだよ。
あの夏、あの夜、僕が喘息で倒れたのはお姉ちゃんのせいじゃないんだ。
ただ、僕は。
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