ここは主に小説を書くスレです!
自由に書いてよろし!
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不備がありましたらすみません。楽しく書けることを祈ります。
85: 家庭内裁判1/4:2015/1/26(月) 22:42:16 ID:VVKVuKSt26
「なんてことだ……この世の終わりだ」ガーン
「……別にいいじゃない、誰にも迷惑かけてないもん」
「ゆ、許しません、お父さんは許しませんよ!
家庭内裁判の開廷だーっ!」
―
「これより家庭内裁判をはじめます。原告はパパ・裕太郎」
「うむ」
「被告人はお姉ちゃん・周(あまね)」
「……」ブスッ
「裁判長は僕、海斗がつとめますっ。
ではさっそく審理を−−」
「くぅーん」フリフリ
「フシャーッ」
「あ、ごめん。
検事ポチ、弁護士タマもいるよ」
「お前だけが頼りだポチ。一緒に周をやっつけるぞ」
「わんっ」
「ちょっと待って、ぜんぜん納得いかないんですけど。
なんでメイクくらいで裁判起こされなきゃなんないの?」
「お姉ちゃん、発言は許可を求めてからにして」
「……」
「はいはーい、裁判長!」ブンブン
「どうぞパパ」
「いいか周、問題は化粧をしたことではなく、年齢だ。
お前はまだ中学生だろう?」
「だから?」
「えっ」
86: 家庭内裁判2/4:2015/1/26(月) 22:43:54 ID:VVKVuKSt26
「中学生がお化粧しちゃ駄目っていう法律でもあるわけ?」
「それは……」
「わうんっ」ビシッ
「はい、検事ポチ」
「わん!」バン
「それは……生徒手帳?」
「わん、わうわうわう、わうんっ!」パララ…
「なるほど〜」
「え? な、なにが分かったんだ海斗」
「ちゃんと翻訳しなさいよ」
「ポチはこう言ってます。『華美な服装・装飾、化粧等は禁止と、校則にバッチリ書いてあるでござる』」
「ほれみろ、やっぱり禁止じゃないか!」
「う……」
「にゃああーご」タシッ
「はい、弁護人タマ」
「にゃーん……にゃーご」
「なるほど。タマいわく『校則が適用されんのは学校にいるときだけだろーが』」
「そっか。私がお化粧したのは夏休み、友達と遊びに行った時だもんね」
「うぅ……」
「判決を言い渡します。被告人は……無罪!」
「やったー!」
「無念……娘を思う父の気持ちが敗れるとは」クク…ッ
「くぅーん」シューン
ガチャッ
87: 家庭内裁判3/4:2015/1/26(月) 22:45:13 ID:VVKVuKSt26
「あきらめるのはまだ早いわよ、パパ」
「! あ、あなたは……ママ!」
「えっ、なんで? 今日は遅くまで仕事のはずじゃ……」
「なんだか胸騒ぎがしてね。速攻で終わらせてやったわ」
(ママかっこいい……はっ! いけない。敵に呑まれてはだめ)フルフル
「裁判長、審理の続行を求めます」
「許可します。……ところでママ、今日の晩ご飯何?」
「ありがとう、ハンバーグよ。
さて、周。そろそろ下手な演技はやめたらどう?」
「え? ど、どういう意味だママ」
「……」
「わかってるんでしょう? この裁判は、あなたの負けだってこと」
「な、なんのこと?」
「ふ、ふにゃあ! ……ふにゃん」
「『証拠もねえのに、適当なこと言いやがっ……言わないでください』だそうです」
「証拠なら、ポチが持ってるわ」
「わうん!?」
「生徒手帳5ページ3行目『長期休暇中は本校の生徒であるという自覚を持ち、校則を守って勉学に励むこと』……つまり、夏休み中も校則は適用されるのよ」ビシッ
「……っ」
「判決を言い渡します。被告人お姉ちゃんを有罪とする!」
「やった、やったよポチ。パパの愛が勝ったんだ!」ワーイ
「わうん!」
「……くっ」ドサッ
「顔をあげなさい、周」
「ほっといてよ!
メイクは私の、唯一の生きがいだったのに……」グスン
「いつも言ってるでしょう、最後まで諦めては駄目。
まだ道は残されているわ」
88: 家庭内裁判4/4:2015/1/26(月) 22:46:22 ID:VVKVuKSt26
「え……?」
「お、おいママ? 一体どっちの味方なんだ!」
「決まってるでしょう。私はいつだって家族の味方よ」
「(まだ抜け道があるの? でも、未成年である以上校則には逆らえない、……!)そうかっ」バッ
「わうんっ」ヒョイ
「16ページ7行目『保護者・または監督者がいる場所ではその指示に従うこと』!」
「それが……どうしたんだ?」キョトン
「つまり、校則より保護者の権限のほうが強いってことよ。
……お願いママ! ママと買い物に行くときだけは、お化粧させて!」ペコッ
「だだだだめに決まってるだろう、これ以上可愛くなったらどんな男が寄ってくるか――」
「いいわよ」
「ママ!?」
「ついでにナチュラルメイクも教えてあげる」
「やった」
「ママぁ!?」
「判決を言い渡します。今回の裁判は、引き分け!」
ぐううう……
「……おなか空いたぁ」
「じゃ、ご飯にしましょうか。手伝ってね周」
「はーい」
「こら、まだパパは納得してないんだからね! もう一度家庭内裁判を――」
「あなた、サラダお願い」
「はい」
終
89: 雪の子供たち1/4:2015/2/1(日) 21:28:37 ID:9oxLjZmJw6
血の気の引いた顔色で、悪い知らせだと分かった。
「そうですか。わざわざ有り難うございます」
受話器を戻したあと、おばあちゃんは両手で耳を塞いだ。哀しいときや恐ろしいことがあったときの癖だ。
「何かあったの?」
おばあちゃんはゆっくりとこちらを振り向いた。
「よくお聞きアヤ。
優菜ちゃんがね、「雪逃げ」になっちまったよ……」
「よーアヤ、今日も変な髪型だな」
教室で帽子を脱いでいると、大輝が話しかけてきた。
反射的に顔を上げる。でも言い返そうとしたセリフは、口まで届かずに喉の奥で消えてしまった。
―
「髪型なんて直せばいいじゃない。それに比べてあんたの顔は大変ね、直しようがないから」
「なんだと!」
「二人とも悪口なんてやめて。仲良くしよう?」
―
いつも優しくて、のんびり屋だった優菜。昨日までそばにいた親友は二度と戻ってこない。
心臓が凍りついた気分だった。
「お……おい、なんで何も言い返さねーんだよ」
90: 雪の子供たち2/4:2015/2/1(日) 21:29:27 ID:9oxLjZmJw6
大輝はこちらを戸惑ったように見つめていたが、先生の足音が聞こえると慌てて席に戻っていった。
「みんなおはよう。今日は残念なお知らせがある」
老眼鏡ごしの視線が、私の隣の空席に注がれた。
「はるかぜ小学校2年3組七原優菜が、「雪逃げ」になった」
息を呑む音が教室に満ちた。
「昨日から家に帰っていないそうだ。
みんなも優菜のことは早く忘れるように。それじゃ、授業を始めよう」
(誰が忘れるもんか)
私はぎゅっと目を閉じる。柔らかい笑顔が瞼の裏に浮かんできた。
吹雪は真っ白ではなく、少し灰色がかっている。
赤ちゃんのころから見慣れた景色。どこもかしこも雪に埋もれ、しんと静まりかえっていた。聞こえるのは私の、ぎゅ、ぎゅ、という足音だけだ。
この村ではときどき行方不明の子供が出る。家族にも誰にも告げず、ふらりといなくなってしまうのだ。彼らは「雪逃げ」と云い、不吉な存在とされた。
(着いた)
目の前には巨大な壁。村の周囲をぐるりと囲む土壁だ。
ゆっくりとしゃがみ、そのくぼんだ部分に手を当てた。
「なにしてんだ」
ぱっと振り向くと、少年がこちらを睨みつけている。 私はほっと息を吐き、立ち上がって大輝と向かい合った。
「なんでもいいじゃない。何か用?」
「下校は必ず二人一組だろ」
「……そうだね」
優菜がいた、昨日までは。
91: 雪の子供たち3/4:2015/2/1(日) 21:30:24 ID:9oxLjZmJw6
「今日は俺が一緒に帰ってやるから。ほら、早く行くぞ」
歩き始めた大輝の背中を、ただ見ていた。
「……おい」
「放っといて。私いま忙しいの」
「優菜のことか」
「……」
「お前も知ってるだろ。「雪逃げ」になったら二度と戻ってこない」
「私の、せいなの」
「え?」
「優菜がいなくなったのは、私の……せい」
彼女も私も空想や物語が好きで、いつも様々なことを話しながら帰り道を歩いた。
昨日、優菜がふと呟いた。「この村の外がどうなってるか、アヤちゃん知ってる?」と。
私の祖母は長老で、この村の誰よりも知識が豊富だった。優菜の疑問に答えるのは簡単だった、教えられていたから。
でも私は言葉に詰まった。真実はあまりにも救いがなかったからだ。
仕方なく、大事な部分を避けて話し始めた。
「この村の外にはね、素敵な世界が広がってるの。本や新聞はもちろん、エイガやゲキジョウがあるんだって」
「エイガ? ゲキジョウ?」
「物語を上演する場所。それから、たくさんの人が住んでるの」
92: 雪の子供たち4/4:2015/2/1(日) 21:31:09 ID:9oxLjZmJw6
「この村に住んでる人の、3倍くらい?」
「もっとだよ。百倍くらいかな。
それでね。この村と違って、お店は一年中、どんな時間でも開いてるの。好きなときに買い物ができて、たくさんの品物があるんだって」
「へえー、素敵!」
目を輝かせる優菜に合わせて作り笑いを浮かべながら、私は罪悪感に支配されていた。
「私は、大切なことを優菜に言わなかった」
大輝から視線を外し、再び壁に向き直る。
「確かにこの向こうには素晴らしい世界が広がってる。……だけど」
「アヤ、やめろ」
「私たちは、絶対にここから出られないんだって」
脆くなっていた部分からレンガを引き抜くと、黄金色の光が差し込んできた。右手に当たったそれは暖かく、心がほどけていくようで。
「アヤ!」
すごい力で引っ張られ、大輝と一緒に倒れた。
「馬鹿やろう、死にたいのか!」
彼の視線の先に、私の手があった。指は半分溶けていた。
「……帰ろう、アヤ」
彼の冷たい手のひらが私の手を包むと、指すような痛みとともに指が治っていく。
それを、絶望的な気分で眺めていた。
優菜は戻ってこない。だって、呼ばれてしまったから。
あの美しく輝く光には、
誰もあらがえない。
終
93: 直接恋愛作法:2015/2/2(月) 22:14:05 ID:VHu0RcpVjQ
「リモコンが嫌いなんです。
だってずるいと思いませんか? ボタン一つで遠隔操作なんて卑怯者のすることですよ。
なので私は、いつも直接電源を押すことにしてます。それが使っている側の礼儀だと思うんですよね」
「君のリモコン嫌いはよく分かった。しかし僕が説明を求めたのはだね。
なにゆえ今、君が僕の上にのしかかっているか、だったのだが」
「教授が疑問に思われるのも無理はありません、なにせ、話はまだ途中ですから」
「それは失礼した。拝聴しよう」
「私はリモコンに限らず、回りくどいやり方が性に合わないんです。ネット通販なんて意味が分からないし、遠距離恋愛にいたっては寒気がします。
どんなことにも体当たりで、ダイレクトに挑む。それが信条なんです」
「うっ……話をさえぎってすまないが、少しずれてもらえないか。君の膝が腹部を圧迫している」
「申し訳ありません……これでいかがですか?」
「だいぶ楽になった。続けてくれたまえ」
「はい。
昨日私は、教授が遠方に出張なさるという噂を耳にしました。海外の有名な大学に招かれ、十年は戻られないとか。
その瞬間、心に決めました。一刻も早く教授に会おう、と」
「それで深夜のマンションに忍び込み、ノンレムの深海を漂っていた僕を浮上させたというわけか。
ちなみにどうやって部屋に入ったのかね? 玄関の鍵は閉めていたはずだが」
「ベランダは空いていましたよ」
「地上20メートルの外壁をよじ登ったのか、驚異的な体力だ。
誰かに見られなかったかね?」
「おそらく。ただ、壁に張り付いて呼吸を整えているとき、後ろの方で悲鳴が聞こえたような」
「向かいのアパートに住む天体青年だろうな。星ではなく、闇夜の蜘蛛女を観測してしまったわけか。
最後の質問だ。こうまでして私に会いたかった理由は?」
「どうしても、直接言いたいことがあったんです」
「拝聴しよう」
「さよなら、教授」
「ああ」
「……」
「……」
「……それだけを言いに来たのかね?」
「はい。
夜分に大変失礼いたしました。では」
「ああ待ちたまえ、帰りは玄関からにしなさい。純朴な青年に二度も恐怖を植え付けるのは気の毒だ」
「分かりました」
「……待ちたまえ」
「なんでしょうか」
「君は一番重要なことを、最後まで言わないつもりかな?」
「……」
「体当たりが信条なんだろう?」
「……好きです、教授」
「ああ、僕もだ」
94: 脳田林 ◆N6kHDvcQjc:2015/2/8(日) 03:36:44 ID:47iqrsgDzM
失礼します。
>>84
落選お題による作品、お見せいただきました。
よもや、違うスレで1レスに関わる作品を見れるとは思いもしませんでした。
ありがとうございます。
もし、落選お題をお書きに成られるのでしたらカタリ様&ヘタッピ様のスレに投下されるのがオススメでございます。
長々と失礼いたしました。これからもどうぞ、1レス勝負をご贔屓に……
95: 今や本スレに投下する腕ではないのでここで:2015/2/23(月) 06:45:20 ID:OLJrvwOaM2
一歩歩いて振り返る。
一歩歩いて絶望し、一歩歩いて笑い出し、一歩歩いて憂い、一歩歩いてまた笑う。
何があっても常に振り返る事は忘れない。
「あんた程今を生きようとして今を見ない奴はいないよ」
なんて言っても
「でしょー? 今を作るってのはそーゆー事だから」
紫煙を吐き出しながらふわりと笑うその顔が
大嫌いだ
「だからさ、僕といたしましては、そんな君が大好きだ。君の過去も今もその先も」
だだよう紫煙はゆらりと、ふわりとどこかに流れる。
きっと「その先」とやらに流れていくんだろうなぁ。とか思ってしまう。
「ねぇ」
「ん? なぁにさ?」
その先に私は君と居れますか?
その言葉はきっと、紫煙と共にその先へ流れて消えた
96: 脳田林 ◆N6kHDvcQjc:2015/3/4(水) 02:31:45 ID:Ot7lyUQNSY
拝啓、>>95様。
気付けば真冬の寒さも勢いが収まり始め、卒業の季節になりましたね。
季節の移り変わりと同じくして、あなた様の作品に気付くのが遅くなりました事、申し訳ないです。
良き作品ではないですか。
少なくとも私よりは感性(センス)があるようにお見受け致しますよ?
そして書く事が好きだとお見受け致しました。
あなた様の参加をお待ちしております。
草々
97: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 12:47:20 ID:attDRlpaG6
>>72-74の作者様おられるでしょうか?
98: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 15:36:04 ID:/wFmCJVS.s
>>97
はいはい、なんでしょう??
99: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 16:20:33 ID:Q6RqtpZEt6
>>98
ああよかったいた
すごく好きなタイプの話だったので漫画化したいと思ったのですが許可していただけないでしょうか
100: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 17:02:26 ID:/wFmCJVS.s
>>99
あら、思いがけず嬉しい話でびっくり。
どうぞどうぞ、あんな半端なものでよければ好きに使ってくださいな!
101: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 19:05:47 ID:SDq54OENlQ
ありがとうございます
出来上がったらキャラを自由に書くスレにあげさせていただきます
102: 1レスに納まらなかったのでこちらに。:2015/10/9(金) 21:51:19 ID:qw9Iuv5tHY
気配を消す。「奴」に気づかれないように。
部屋の向こうではズルズル、ズルズルと、まるで墓場を這いずるゾンビのような足音がしていた。少しずつ、けれど確実に音楽室に近づいてくる。
奴がこの世界の住人でないことは明らかだった。全身に立った鳥肌が警告を発している。「あいつに気づかれたら面倒なことになる」と。
(どうしてこんなことに……)
冷えた夜気から身を守るように、窓枠の下で膝を抱え込む。三日月の放つ銀光が、古ぼけたピアノに鈍く反射していた。
――
その夜、私は学校の廊下を歩いていた。昼間の暑さの名残からか、肌はわずかに汗ばんでいる。時刻は深夜零時をまわったところ。目的の一つは、ピアノを弾くことだ。
廊下の窓から見える丸い月は十分な光を地上に注いでいる。出がけにトイレに手間取って時間をくったせいで雲に隠れているのではと心配していたが、杞憂だったようだ。
ベートーベンの「月光」を、本物の月明かりを浴びながら弾くこと。それが幼い頃からの夢だった。今夜はそれを叶える絶好の日だ。
目当ての部屋に着いた。木製の重厚な扉を開けると、乾燥した空気が鼻をくすぐる。私は盛大にくしゃみをした。
103: 名無しさん@読者の声:2015/10/9(金) 21:52:11 ID:qw9Iuv5tHY
「……おっと」
あわてて口元を押さえる。しばらく耳をすましてみるが、何の物音も聞こえない。ほっとして部屋に入ると、防音樹脂が足元を柔らかく受け止めた。
視線を部屋の中央に向け、私は感嘆のため息をつく。よく磨かれた漆黒のグランドピアノが、冷たい月光をまとって輝いていた。
「さて、と」
鞄をおろし、革靴を脱いで丁寧にそろえた。
一人きりのコンサートの幕が、いよいよ上がる。
――
(来るな来るな来るな! 頼むからそっとしておいてくれ!)
気味の悪い足音は続いている。そして私の願いもむなしく、奴はこの部屋の前まで来ると、ぴたりと足を止めた。
(……まさか、入っては来ない……よな?)
息を止める。スライド式扉の向こうからは、明らかに異質な気配が漂ってきていた。間違いない。奴の目的は、この私だ。
それからしばらくの間、私も奴も微動だにしなかった。長針の奏でる規則正しい音以外、なにも聞こえない。
そして――その瞬間が訪れた。
「ユーキさんユーキさん、ピアノを聴かせてください」
少し間を空けたあと、もういちど。
「ユーキさん……ピアノを……聴かせてください」
それは、扉の向こうにいる少女の声だった。不安と緊張と、どこか諦めをにじませた。
私は深々とため息をつく。また面倒くさいのがきた、と。
二十年前の夏。私はこの音楽室で月光を弾いたあと、ピアノの真上で首を吊った。遺書もなく、世間はピアニストの夢破れたすえの自殺だろうと結論づけた。
しばらくして、母校にはこんな伝説が囁かれるようになった――「音楽室の幽霊にピアノ演奏を請い、何もなければ天国へいける。しかし少しでもピアノの音がすれば、その人は地獄に落ちる」。
なんともくだらない噂だが、閻魔大王扱いされてはたまらない。私はただ、静かに死後の世界を楽しみたいだけなのに。その噂を聞いて以来、一切ピアノに触らないよう、今日まで細心の注意をはらってきた。
しかし、今夜だけはそうもいかないらしい。私は勢いよく立ち上がり、ピアノに向かって歩き出した。
扉の向こうでうつむいているであろう少女は、おそらく自殺しようとしている。床に引きずるほど長いロープで、屋上から首でもくくるつもりなのだろう。その瞬間を迎える前に、どうしても確認しておきたかったこと。
それは自分が死んだ後、天国に行けるか否か。
「まったく、甘ったれた後輩め」
椅子に腰を下ろし、両手の指先の腹を合わせて集中する。幽霊の良いところは、ブランクがあっても演奏の腕がなまらないところだ。
「思いっきり弾いてやるよ。地獄行きが確定すれば、二度と死ぬ気なんか起きないだろう?」
私はニヤリと笑い、埃のかぶった鍵盤を力強く押した。
104: バービーの嘆息:2015/10/30(金) 12:31:07 ID:mwmYgxfDQI
「バービーみたいになりたい」
ぽつりとつぶやいた言葉に顔を上げたのは、あたしのノートを写している隣の席の男子。
こいつが毎回数学の時間寝ているせいで、あたしは度々放課後まで残されるはめになる。
「なに、バービーって」
「まさかバービーを知らないんですか?バービー人形って知らないんですか?」
いつもなら学校が終わると真っ先に帰る帰宅部のあたしは、たっぷり皮肉のこもった口調で言ってやる。すると彼はああ、と思い当たった顔をして、ハッと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そんな平たい顔でオコガマシイな。おまえはリカにもなれねぇよ。とりあえずバービーに謝れ」
こいつ腹立つ。どうせあたしは日本人顔ですよ。しょーゆ顔でございます。
「大体さ、あいつらの目、顔の半分くらいあるじゃん。実際いたら化けモンだろ」
「いいんですー。女のコの基本は目がおっきいことなんですー。少女マンガだってみんなでかいじゃん」
「じゃあますます無理だろ。おまえの目ぇ線だから。少女マンガにも謝れよ。てか世の中の女に謝れ」
おまえはあたしに謝れ。
ぎろりと睨みつけてやったが、ただでさえ細い目がさらに線になってしまうのに気づいて見られないうちにやめた。
「あーあ、あたしがバービーみたいに可愛かったら、こんな冷たい仕打ちだって受けなかっただろうなー」
嫌味ったらしく言ってやり、ぼすんと机の上のかばんに倒れこむ。
バービーみたいに目がおっきくて、スタイル良くて、何着ても似合って、きらきらしてて。
性格だってきっと可愛い。そんな女のコになってみたい。
「そうだな。おまえが『バービーみたいに』可愛かったら、放課後残したりしないしノート写さしてとか言わねぇよ」
その言葉に、あたしは机に伏せたまま彼のほうに顔を向けて頬を膨らませる。
しかしそれを奇麗に無視し、彼はノートを写しながら続けた。
「それでもいいの?おまえ、俺にかまってほしくないの?」
ぱたんとノートを閉じて、彼があたしの目を見てニヤリと笑う。
あたしは目を丸くして、ぽかんと口を開けた。
「はいどうも。またよろしくね」
ぽんっとあたしの頭を叩いてノートを返すと、そいつはさっさと帰る準備をして部活に行ってしまった。
じゃあな、と手を振って教室を出た彼を見送った後、ノートで隠していた赤くなった顔を慌ててかばんに埋める。
まさかバレてたんだろうか?
彼があたしからノートを借りてくのが、ちょっと嬉しかったりしただなんて。
あたしは大きく溜息をついた。
もちろん、彼にかまってもらえるならバービーじゃなくてもいいか、なんて思ってしまった単純な自分に対して、だ。
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