むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
810:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/11(日) 18:29:25 ID:.2siRI80Ec
パッチ「正直、ルーボイくんに会えた時はホッとしてた…。ボクらは幼なじみだもんね?」
ルーボイ「お、おう」
パッチ「でも…もう君も信じられない」
ルーボイ「な、殴ったのはごめん…。知らなかったから…」
パッチ「じゃあ…もう分かったよね。ボクに構わないでよ」
ルーボイ「ぱ、パッチ…!聞いてくれよ!」
パッチ「……」
ルーボイ「俺もカロルも宣教師様も…お前が大好きだ!
お前がいないと、俺…俺、楽しくないよ!」
パッチ「かわいそう」ボソッ
ルーボイ「えっ」
パッチ「いじめる人間にいじめられるホビット。かわいそうなのはホビットだって思ってた。
けど…本当はホビットに関わった人間がかわいそうなんだ」
パッチ「父さんが話してた悲劇の町のお話は…そういうことだったんだよ」
ルーボイ「……」
パッチ「かわいそうだよね。ボクも君も…あいつのせいでさ。
あいつがいなかったら、ボク達、ずっと仲良くなれたのに」
ルーボイ「……!」
811:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/11(日) 18:31:10 ID:.2siRI80Ec
パッチ「もう帰りなよ。ここからなら帰れるでしょ?」
ルーボイ「…やだ。帰りたく…ない」プルプル
パッチ「勝手にすれば…?ボクは行くよ」スタスタ
ルーボイ「どこに行くんだよ?」
パッチ「知らないよ…。どうすればいいか分かんない…。
とにかく誰もいない所に行きたいんだ」スタスタ
ルーボイ「……」スタスタ
パッチ「」ブンッ
ルーボイ「うおっ」サッ
パッチ「付いてこないで」
ルーボイ「や…でも…友達だろ?」オロオロ
パッチ「友達だったね。今までは」
ルーボイ「なっ…!今でも友達だっての!」
パッチ「違うよ。君なんか大嫌い」
ルーボイ「え…!」
パッチ「君もカロルも宣教師も…村のみんなだって。嫌いだよ」
パッチ「死んじゃえばいいのに」
ルーボイ「」ドクンッ
スタスタ スタスタ......
ルーボイ「」ガクッ
ルーボイ「」ドサッ
ルーボイ「は…はは…」
ルーボイ「……」ゴロン
死体「」プーン
812:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/12(月) 20:37:50 ID:6Siwn10zKM
―――大聖堂(書斎)―――
宣教師「……」ペラ
神父「」パラパラ
ジョー「くぁ…あぁ…」アクビ
宣教師「ジョーさんもマジメに読んでください!」
ジョー「んな事言われたって…読めねぇ字ばっかだしなぁ」
宣教師「神父様を見習ったらどうですか?もう10冊以上読まれてますよ?」
ジョー「パラパラめくってるだけだろ。本当に読んでんのか?」
神父「チキチキボンボンはやがて性に目覚めたが、その凄まじく歪んだ性癖から世の女性達に忌み嫌われ、挙げ句には芸者殺し野郎とあだ名された。それを見かねたチキチキバンバンが己の体を差し出し、引き込もっていたチキチキボンボンの心を解きほぐした。人々はチキチキバンバンの献身と慈愛に尊敬の念を抱き、チキチキの像を建て、彼女が体を差し出した日をチキチキパンパンの日とした………」スラスラ
ジョー「くっ…音読しやがった」
宣教師「読み込んでおられる証拠です。ジョーさんもしっかり頼みますよ?」ペラ
ジョー「(ろくでもねぇ内容じゃねぇか…。なんの史実だよ!?)」ブツクサ
神父「」ニヤニヤ
ジョー「このやろう…!」
神父「」パラパラ
813:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/12(月) 20:40:53 ID:Ll5Myk1/v.
ジョー「けっ!本なんか読めなくたって死にゃしねぇっつの!」
宣教師「いいから読んでください!何も情報が集まらないでしょう!?」
ジョー「お、怒るなって!はいはい、読むよ。読みますよ!」ペラ
神父「お前みたいなバカにも分かる本があればいいがな」パラパラ
ジョー「なんだと、おっさん!」ガタッ
神父「音読しているだけだが?」
ジョー「バカにすんじゃねぇ!」
神父「バカのクセに勘がいいではないか?」
ジョー「んだと…このクソオヤジ!!」グイッ
神父「うげっ!や、やへろ…!首が…しま……」バタバタ
ジョー「おらぁ!!」ユサユサ
神父「ぎょへ…!」ブラブラ
宣教師「はぁ…」イライラ
ジョー「参ったか!?」ググッ
神父「うぐぐ……」ブンブン
ゴチンッ! バキッ!
ジョー「っ〜〜〜!な、何も分厚い本で殴らんでも…!」グワングワン
神父「わ、私は…被害者だぞ…」グワングワン
宣教師「いい加減になさい。喧嘩は両成敗です!」
ジョー「暴力はダメだって言ったのはどこのどいつだよ…!」
宣教師「時として神は目に余る愚か者に裁きを下されます。頭を冷やす事ですね」
神父「野蛮な…!これだからヘアヌード女などとからかわれるのだ…」ブツクサ
ゴチンッ!!
神父「」ピクピク
宣教師「さ、続けましょうか。この調子では全冊読み終える頃には明け方になってしまいますよ?」ペラ
ジョー「(…おとなしくしとこう)」ブルブル
814:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/12(月) 20:44:29 ID:Ll5Myk1/v.
宣教師「あまり手掛かりとなりそうな書物もありませんね…」パタン
宣教師「どうですか?」チラッ
神父「めぼしい内容は見当たらんな」パラパラ
ジョー「ほとんど読めねぇよ。なんだこれ、しゅう…こい…?」
神父「どれ、見せてみろ?」パシッ
ジョー「……」
神父「バカか、貴様は?これは"贖い"と書いて"あがない"と読むのだ」
ジョー「じゃあ、あんたが読めばいいだろ!俺は読めねぇよ!」
神父「ふっ!いいだろう。文学専門の私に掛かれば速読など容易いことだ!」パラパラ
ジョー「ちっ!」
宣教師「人には得手不得手があるものです。ここは神父様を頼りましょう」
ジョー「あぁ、あぁ!そうだな!」ムスッ
神父「ふむ…。なるほどな」
宣教師「何か分かりましたか?」
神父「あぁ、これは何も関係無さそうだ!」キッパリ
宣教師「」ズルッ
ジョー「ならもったいぶんじゃねぇよ!!」
815:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 02:11:37 ID:ViDpTILY5o
―――大聖堂(通路)―――
トト「はー!疲れた!ほんとアリアス様はコキ使ってくれるよな」スタスタ
トト「ん?」
神父「この書物に行き着くのなら、わざわざ書斎に行く必要があったのか?」スタスタ
宣教師「…改めて原点に立ち返ってみれば、今までとは違う視点から新たなものが見えるでしょう」スタスタ
神父「結局は全ての書物を確認した訳でもなかろう?」
宣教師「いえ、神父様の速読術のおかげでだいぶ絞れましたよ。ありがとうございます」
神父「む…!ま、ままぁな!はっはっは!」
ジョー「…二度と字なんか見たくねぇ」ズーン
トト「ジョー!!」
ジョー「うおっ!?」
宣教師「?」
ジョー「なんだ、トトか。びっくりさせんなよ!」
トト「てめぇ!よくもサボりやがったな!」
ジョー「何がだ?」
トト「とぼけんな!夕方から客人を迎える支度でみんな大変だったんだぞ!」
ジョー「あぁ、そうだっけか?わるいわるい!」
トト「悪いで済むと思ってんのか!こっちが忙しく働いてんのに自分はちゃっかり逢い引きなんかしやがって!」ギリギリ
ジョー「アホ!そんなんじゃねぇよ!」
トト「けっ!どうせ隠れて乳繰り合ってたんだろ!アリアス様に言いつけちゃうからな!?」
ジョー「勝手な報告すんじゃねぇよ!俺がこんなカタブツ頑固女と付き合う訳ねぇだろ!?」
宣教師「……」
ジョー「そっ!それに神父だっているだろ?」
神父「呼び捨てにするなぁ!!」
トト「あ、ほんとだ。ちわっす」ペコリ
神父「気付いとらんかったのか!?」
816:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 02:16:34 ID:J1qc8SjSd6
トト「よくわかんねぇ面子だけど、なにしてたの?」
ジョー「ちょっとした宝探しだ」
トト「宝?なんだそれ?」
ジョー「見つけたらお前にも教えてやるよ」
トト「期待しないで待ってるよ」
ジョー「おう、任せとけ」
トト「あ、そういえばさ、さっきお前を探しに地下牢を覗いたらメスのホビットが具合悪そうにしてたぞ」
ジョー「具合悪そうって…どんな風にだ?」
トト「あー…なんかぐったり床に寝そべってて、妙に息が荒かったな」
ジョー「そうか。知らせてくれてありがとよ」
トト「おう。じゃあおやすみ。明日は客が来るんだからほどほどにしとけよ!」スタスタ
ジョー「あぁ、分かってるよ」
ジョー「で、どうする?」クルッ
宣教師「聞かれるまでもありません」
神父「うむ。疲れたし、そろそろ寝るとするか」
ジョー「勝手にしろ。俺らは地下に行くぜ」スタスタ
宣教師「」スタスタ
神父「な、なにぃ!いちいち見に行くのか!?」タタタッ
817:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 02:18:30 ID:J1qc8SjSd6
―――大聖堂(地下牢)―――
カツンカツン カツンカツン
ジョー「さぁて…」
神父「ん?」
宣教師「どうしま…」チラッ
ダガ「むがむぐ」ギシギシ
宣教師「」ビクッ
ジョー「どうした?」
宣教師「あの方はなぜ全裸な上に縛られているのですか…!?」ゾゾゾッ
ジョー「司祭様がそのままにしとけって言うからよ。
猿轡はいびきがうるせぇから、俺が噛ましといた」
ダガ「むぐ!むぐぉぉ!」ギシギシ
宣教師「ひっ」
ジョー「安心しろよ。あー見えて寝てるから」
神父「…なんともえげつない光景だな」
ジョー「そのうち慣れて何も感じなくなるよ。
見張りってのは、そういう感覚じゃなきゃやってけねぇ」
818:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 02:21:31 ID:ViDpTILY5o
ジョー「どれどれ?」チラッ
母「」ゼーゼー
ジョー「暗くてよく見えねぇな…」
宣教師「お母様!私です!」
母「」ゼーゼー
神父「どうやら意識がないようだな」
宣教師「このままでは何も対処出来ません!私は医術の心得がありますから、開けてください!」
ジョー「…了解!」ジャラ
神父「な、何をしている!」
ジョー「腹括れよ。あんたも俺達もとっくに教団を裏切ってんだ」カチャカチャ
神父「そ、それはそうかもしれんが…まだ間に合うのだぞ!」
ジョー「開いたぜ!」ガチャッ
宣教師「はい!」バッ
母「」ゼーゼー
宣教師「」ピトッ
宣教師「すごい熱ですね…」
ジョー「平気そうなのか?」
宣教師「…おそらく疲れが出たのでしょう。温かくして、氷を当てておくしかありません」
ジョー「じゃあ毛布と敷き布を持ってくるよ。神父さんは食堂から氷を持ってきてくれ」
神父「はぁ…こうなればやけくそだ…」
宣教師「私はお母様を見ています」
ジョー「了解」スタスタ
神父「(くそっ!私は何故こんな事を…!)」カツンカツン
819:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 13:36:26 ID:URWfLfOkaM
―――夢(母)―――
カロル「お母さま!早く!」グイグイ
「きゃっ!ど、どうしたの?そんなにあわてて…」
カロル「いいから!ほら、見てよ!」グイグイ
「分かったから引っ張らないで…」スタスタ
カロル「お待たせ!マルク!」
マルク「わんっ!」
「二人してなんなの?そろそろ何をするか教えてちょうだい?」
カロル「だーめ!まだナイショだよ!ねー?」
マルク「わぅん!」コクコク
「(…今日は特別な日だから、夕飯の支度がしたいんだけど)」
カロル「取ってきてくれた?」
マルク「わふーん!」クイッ
カロル「よしよし。おりこうさんだね!」ナデナデ
マルク「くぅん」スリスリ
「まぁ?かわいいお花ね?」
カロル「うん。小さな穴の中に咲いてたんだ!マルクに取ってってお願いしてたの!」ゴソゴソ
「へー…。最近よく遊びに行くと思ってたら…。その本は?」
カロル「えと…こうやって…!」グッグッ
「まぁ!せっかくのお花をなんで挟んでしまうの!?」
カロル「開けてみれば分かるよ?」つ【アルバム】
「え…」パラリ
カロル「」ワクワク
マルク「」フリフリ
「……!」
820:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 13:38:31 ID:UP/8EGaLio
カロル「どう?押し花でアルバムを作ってみたんだ?」
「すごいわ!こんなに色とりどりのお花が一冊のアルバムに咲き誇ってる!
これを一人で全部集めたの?」
カロル「ううん。マルクも一緒だよ?」
マルク「あんっ!」
「ふふ。そうね。ごめんなさい」ニコニコ
カロル「それ、お母さまにあげる!」
「まぁ。嬉しいわ!でも、いいの?せっかく二人で集めたのに…」
カロル「えへへ!だって今日はお母さまにとって特別な日でしょ?」
「…あたしにとって?」
カロル「もう!忘れちゃったの?」
「えぇ。ごめんなさい…。ちょっと思い出せないわ」
カロル「今日はお母さまが……」
「(だって今日は坊やの……)」
カロル「お母さまがボクを生んでくれた日!」
821:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/19(月) 13:39:56 ID:UP/8EGaLio
「……それって坊やの誕生日でしょ?心配しなくても忘れてなんかいないわよ?
今日のために森の中を探し回ってご馳走を準備しておいたんだから!」
カロル「わーい!楽しみ……そうじゃなくって!」プンプン
「な、なに?」
カロル「今日はお母さまがボクを生んでくれた日だから、ありがとうって伝えたくて!」
「それで…アルバムを?」
カロル「うん!」
「…今日は坊やのお祝いしようと思って張り切ってたのに」ガックリ
カロル「…い、イヤだった?」アセアセ
「こんな事されちゃったら、嬉しい日なのに泣けてきちゃうわ…?」ブワァッ
カロル「わっ!な、泣かないで!ボク、お母さまを喜ばせたくて…ごめんなさい!」ペコッ
マルク「くぅん…」シュン
「違うのよ。坊や…」ダキッ
カロル「…お母さま?」
「生まれてくれてありがとう…。あたしのかわいい坊や…。
あなたがいてくれるから、こんな悲しい世界でも…生きていこうって…そう思えるのよ?」ギュッ
カロル「えへへ…。生んでくれてありがとう。お母さまがいてくれるから、ボクは幸せだよ」ポンポン
マルク「はっ!はっ!」ピョンピョン
カロル「もちろんマルクも、ね?」ニコッ
「えぇ。あなたも大切なあたし達の家族よ?」グスッ
マルク「くーん…!」スリスリ
「(誰一人、欠けてはならない大切な家族…。あなた達だけは…絶対に守ってみせる)」
「…二人とも。お家に帰りましょう?今日はとびっきりのご馳走よ?」
カロル「はーい!マルク!どっちが先に帰るか、かけっこしようよ!」タタタッ
マルク「わんっ!」タタタッ
「あらあら、まだ支度も出来てないのに…しょうがない子たちね?」タタタッ
…………………
822:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 21:35:22 ID:sf2O.3nUgE
―――大聖堂(地下牢)―――
母「うぅん…あたしの…かわいい坊や…」ギュウ
「!」
母「んぅ……へ…?宣教師…さま?」ギュウ
宣教師「目が…覚めましたか?」ムギュ
母「ご、ごめんなさい!」パッ
宣教師「あ、いえ…お気になさらず…!」アタフタ
ジョー「ぷっ…くく…!」プルプル
神父「」グーグー
宣教師「むっ」カチンッ
ジョー「とっくに成人してる女が…か、かわいい坊やだってよ…!くくく…!」ニヤニヤ
神父「」グースカピー
バキッ! ゴインッ!
ジョー「」ピクピク
神父「っ!?っ!?っ!?」メダパニ
宣教師「ふぅ」
ジョー「あ、あんたなぁ…3人で苦労して探した本を武器にすんなよ……」ズキズキ
宣教師「私物をどのように使おうと私の勝手では?」
神父「(な、なんだ?何が起こったのだ?よく分からんが後頭部がとにかく痛い…!)」ズキンズキン
母「お、おほほ…」ヒクヒク
823:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 21:37:15 ID:sf2O.3nUgE
母「あなた達…どうしてここに…?」
宣教師「…お母様が体調を崩していると聞いたものですから」
ジョー「寝具と氷水は俺達が持ってきたんだぜ?」
神父「ふあぁ…」アクビ
母「眠たそうになさってますけど、一体いつから…?」
ジョー「昨日の夜からかな。交代で看てたんだ」
母「まぁ…!ご迷惑をおかけしてすみません!」
神父「まったくだ…!」ブツブツ
宣教師「…とんでもありません。今は体を休める事に集中なさってください」
母「ありがとうございます…」
ジョー「いいってことよ!なっ?」ドンッ
神父「うっ!ゲホッゲホッ!い、痛いではないか!貴様ぁ!!」
母「ふふ…」クスクス
824:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 21:39:02 ID:CxkaNjJgs6
母「」ゴホッゴホッ
宣教師「大丈夫ですか!?」ガバッ
ジョー「意地を張ってろくに飯も食わねぇからだ。熱もあんだし、おとなしく寝てろよ?」
母「気を遣わないで…?このくらい、旅をしていた頃は何度もありましたし、だいぶ熱も引きましたから…」
宣教師「無理はいけませんよ…。今日からきちんと食事を摂ってくださいね?」
母「あたしなんていいんです…。それより、坊やは…?」
宣教師「……」
母「…宣教師様?」
宣教師「……」
母「…坊やはどうしているの…!?」
宣教師「今は別の所にいます…。お母様もカロルくんも必ず出してあげますから、心配は入りませんよ」
母「……?」
宣教師「その為にここにいるジョーさんと神父様も協力してくださってます」
母「…本当に?」
ジョー「まぁ、そうなんのかな?」
神父「勘違いするな!私は貴様の息子のせいで巻き込まれただけだ!」
母「……」
宣教師「安心してお休みになってください。あとは私達に任せて…」
母「…ありがとうございます」ホロリ
825:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 21:42:53 ID:CxkaNjJgs6
母「あたしにも何か出来ることはありませんか?
ここに籠っていると不安で…なんでもいいから協力したいんです」
宣教師「…そんな。お母様は無事に出られるよう、体調を整えるのに専念していただければ…」
母「…いてもたってもいられないの。早くあの子の顔が見たくて…」
宣教師「お気持ちは分かりますが…」
ジョー「じゃあさ、マリーさんは本当に癒しの力を持ってないのか?」
母「……?持ってませんよ?」
宣教師「急にどうしたのです?」
ジョー「なんか腑に落ちないんだよな…。母親のあんたに無い力を息子が持ってるってのがさ」
神父「うむ…。確かにな。遺伝や体質的なものであれば、母親の貴様が持ってないのはおかしい」
母「…そう言われても」
宣教師「それは私も考えていましたが…何か条件があるのだと思います」
神父「条件?」
宣教師「そうですね…。例えば環境とか…思い当たる節はありませんか?」
母「特には…。あたし達のような暮らしを強いられた同族はたくさんいる筈ですし…」
神父「…同族の中にそういう力を持った者はいなかったのか?」
母「聞いた事がないわ…。あの子がなぜそんな力を持ってるのか、あたしも不思議でしょうがないんです」
ジョー「ますます分からねぇな。そうなってくると、そもそも癒しの力ってなんなんだ?」
神父「頭がおかしくなりそうだ…。今まで常識として捉え、深く考えていなかったが改めて考えると訳が分からん」
宣教師「…私も最初はそうでした。正直のところ、今も分かっていません。
ですが実在する力である以上、そこになんらかの理があるはず」
母「…ごめんなさい。あたしが何か知っていたら…」
宣教師「いえ、お母様のせいでは…あっ」ポンッ
宣教師「…お母様。これを見ていただけませんか?」つ【本】
母「…それは?」
宣教師「我々教団が布教の際に用いる聖書(>>1-4)です。この内容に心当たりが無いかと思いまして」
母「…力になれるかは分からないけど、あたしに出来ることなら」
826:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 21:45:42 ID:sf2O.3nUgE
母「…聞いた事もないお話ねぇ」パラリ
宣教師「やはり、そうですか…」
母「あたし達ホビットにまつわる樹のお話と言ったら…"アピシナの樹"くらいだけど。関係も無さそうですし」
宣教師「アピシナの樹…?」
母「はい。あたし達の種族に伝わる古いおとぎ話です」
ジョー「そんな樹、聞いたことあるか?」
神父「いや、無いな。そもそも聖書に乗っている大樹も遠い昔に枯れ果てたとされている」
ジョー「そうなのか?」
神父「うむ。癒しの力を奪った後に神の裁きを恐れたホビットが、この世界と神のおわす天界を繋ぐ大樹を隔てる為に枯らせたとな」
ジョー「へー。やっぱ名ばかりじゃなくて、ちゃんと神父やってんだな。俺は大雑把にしか覚えてねぇや」
神父「これぐらい今や常識だぞ…!?」
宣教師「その樹の言い伝えとは、どんなお話なのです?」
母「それは…」
827:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 22:26:54 ID:CxkaNjJgs6
………………
むかしむかしのおはなしです
森に棲むアピシナという名の若いホビットがいました
ある日のことです
いつものように森をお散歩していると、とつぜん空から一粒の種が降ってきたのです
ふしぎに思ったアピシナは鳥のイタズラかと空を見上げてみましたが、陽気なお日さまの他に生き物の影は見当たりません
好奇心旺盛なアピシナは空から降ってきた摩訶不思議なその種を育ててみることにしました
その種は一生懸命世話をする内に芽を出し、やがてスクスクと成長して樹となり、それはそれは大きな実を付けました
アピシナは喜んで樹をよじ登り、実を摘むと瑞々しい果実を頬張りました
それはかぶり付くと小気味良い音がして、口いっぱいに甘い果汁が広がり、えもいわれぬ幸せです
アピシナは自分が育てた実をみんなにも食べさせてあげようと思い、樹の下に同じホビットや人間、獣達も招いて一つずつ分け与えました
すると実を食べた人間が目を輝かせ、「この甘い実が欲しい。その樹をくれ」と頼んできます
困ったアピシナは「樹はあげられません。食べたいのなら一緒に育てましょう」と持ちかけました
人間は少し不服そうにしていましたが頷いて、それからは一緒に樹を育てることになりました
アピシナと人間は1日ごとに分担して樹を世話すると決めました
一緒に育てる仲間が出来たと思うと嬉しくなって、張り切って樹の世話に励みます
ですが人間はなぜだか、一向に世話をしようとはしません
やり方を教えても、愛想よく頷くだけでどこかへ遊びに行ってしまうのです
しかたなくアピシナが人間の分まで世話をして実が成ると、平然とやって来て食べようとします
あきれたアピシナは「約束を破ったのだから実はあげません」とはっきり言いました
すると怒った人間は無理やり実をもぎ取って、さっさと逃げてしまうのでした
828:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/8/21(水) 22:29:38 ID:sf2O.3nUgE
約束を破られた上に育て上げた実を奪われたアピシナは愛想が尽き、あの人間に食べられるくらいならと樹の世話をやめてしまいます
それを知った人間はおいしい実が食べられなくなると、慌ててアピシナに謝りました
ですが一度約束を破った人間をアピシナも許す気にはなれません
しかたなく人間はアピシナが手放した樹を自分で世話をすることにしました
アピシナはその様子をこっそりと木陰から見ています
今まで世話をしてこなかった人間はどうしていいか分からず、樹の下であたふたとするばかり
かわいそうに思ったアピシナは、やはり人間を許してあげようと思いました
育て方を一からコツコツと教えてあげた甲斐あって、実を付ける頃には人間だけでも世話が出来るようになっていました
分かれた枝のそれぞれにたくさんの実が成って、二人は大喜びです
さぁ食べようとアピシナが実を取りによじ登ろうとすると、人間が立ちふさがって登らせてくれません
ふしぎに思ったアピシナが理由を聞くと、人間はふてぶてしく「お前は途中から来たんだから、この樹はオレのものだ」と言います
ムッとして言い返すと人間は枝を一本折って、その枝でアピシナの頭をつついて追い払ったのです
邪魔なホビットがいなくなったと満足した人間はおいしい実をお腹いっぱいになるまで、たらふく食べました
それからも人間はアピシナに教わった通りに世話をし続けます
しかし実が成るどころか、だんだんと樹は痩せ細っていくのです
驚いた人間は必死に手入れしましたが、むなしくも見る間に樹は枯れてしまいました
人間はもう一度アピシナに頼もうとしましたが、探し回っても姿はなく、鳥に聞いても獣に聞いても首をかしげるばかり
途方に暮れた人間はおいしい実を泣く泣く諦めました
その頃アピシナはというと、新天地に移って新しい樹を育てていました
もしものために実を食べる時には必ず種を取っておいたのです
アピシナは新しい土地でもみんなに実を振る舞っていました
よくばりな人間のいない樹の下で獣や鳥たちとおいしい実を囲んで幸せに暮らしましたとさ
めでたし めでたし……
…………………
829:🎄 名無しさん@読者の声:2013/8/22(木) 17:13:22 ID:o0.iqJu5Wk
C
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