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3センチメンタル・ヤング・ピーポー【2】
[8] -25 -50 

1: ◆UTA.....5w:2012/7/31(火) 17:25:45 ID:N3rkjbtVuM


高校生の馬鹿馬鹿しくて、

ちょっぴりセンチメンタルな

青春グラフィティ───続行。


【前スレ目次】
http://llike-2ch.sakura.ne.jp/bbs/test/mread.cgi/2ch3/1327757079/993-995

【登場人物】
>>2-3

【当スレ目次】
>>768-769


301: 300レス突破! ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:44:22 ID:K7w9ozsgAI

「アキ!」

ひやりと冷たい手が俺の腕を掴む。
振り返ると、自分とよく似た顔が其処にはあった。

この寒空に不釣り合いなくらいに、ハルは息を切らして顔を赤く染めていた。
家を飛び出してから目一杯走った筈なのに、ハルは俺の手を掴んで肩を上下させている。

「なんで……」

直ぐ様追い掛けたとしても、運動が苦手なハルが追い付く筈がない。
だって、俺はクラスでも一番足が速くて、運動部にも負けないくらいなんだ。

「全力疾走しちゃった。やっぱりアキは速いね」

苦しそうに息をしながら、目を細めてハルは笑った。


302: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:45:20 ID:TK2EwFk4qA

──ああ、そういえば。追い付かれたのは、初めてじゃなかった。


思い出せるのは幼い自分。まだ、10にも満たない頃だったろうか。
ゲームの勝ち負けか何かだったと思う。実に下らない事で俺とハルは言い争った。

「外で鬼ごっこしてる方が何倍も楽しいもん!」

そう言い放った時の、ハルの泣きそうに歪んだ顔が見てられなくて、逃げるように部屋を飛び出した事があった。

その時も呆気なく、ハルに捕まったんだっけ。

「アキは速いね」

あの時も苦しそうに息をしながら、ハルは笑っていた。
それから、俺の手を握って──


握って、何て言ったんだっけ。


303: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:47:27 ID:K7w9ozsgAI

「アキ、ごめん。ごめんね……」

強く握られたハルの手に熱を奪われて、はっと現実に引き戻される。
慌てて飛び出したのだろうか。ハルは家の中に居た時のそのままに、俺の後ろに立っていた。

小刻みに身体を震わせて、それでも俺の腕を放さない。

「……ハル、放して」

ぐっと腕を引くと、手に力を込めてそれに抗う。俯いたまま左右に首を振るハルは、まるで駄々っ子のようだ。

「ハル、」

俺の言葉に反応してハルの手に一層力が込められる。

「……俺、怖かったんだ」


304: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:48:19 ID:K7w9ozsgAI

震えるハルの頼りない肩に、はらはらと雪は降り積もる。
冷たい息を浅く吐きながら、ぽつりぽつりとハルは零した。

「今までみたいに居れなくなるのは、嫌だった。だから、アキの気持ちにも気付かない振りして……」

街灯に反射して、キラリ、何かがハルから零れ落ちた。

「俺は平気だから、ずる賢い人間だから、笑えるんだ。でも、アキは違うでしょ?」

「……っ」

「俺は笑えるんだよ、アキ。平気な顔して嘘だって吐ける」

そう言って顔を上げたハルは笑っていた。
いつもの笑顔で、優しい笑顔で、涙を流しながら。


305: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:49:03 ID:TK2EwFk4qA

嘘吐きは一体、どっちだったんだろう。

「俺、ハルにずっとムカついてた」

「うん」

本音を隠して、へらへら笑って。

「本当は足だって速い癖に、喘息を言い訳にしてさ」

「うん」

どれ程互いに欺いていたのだろう。

「何もかもお見通しの癖に、馬鹿な振りしてさ」

「うん」

嘘吐きは一体、どっちだったんだろう。

「でも、やっぱりハルは分かってないよ」

「え?」

映し鏡のようにそっくりな、俺とハル。
双子に生まれた俺達は、こんなにもよく似ている。


「嘘を吐けるのは、俺も同じだから」


306: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:50:32 ID:TK2EwFk4qA

ハルの手をそっと握る。冷えきったハルの手は、引っ掛かっていただけのように簡単に解けた。

ハルの息はまだ浅い。
この寒空の中、コートも羽織らずに走るのは、彼にとって負担が大きかったことだろう。

「ハルはお兄ちゃんだから、弟の俺にいつも負けてくれてたんだね」

外で走り回る俺。家で本を読むハル。
せっかちな俺。のんびり屋のハル。

そうやってハルが演じていたのは自分の為じゃなく、俺の為のお兄ちゃんの姿。
ずる賢くなんてない、優しい嘘だった。

だけど──

「だけど俺は違う。俺は、ハルの事なんてこれっぽっちも考えてないよ」


307: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:51:26 ID:TK2EwFk4qA

「そんな事ないよ。俺だって……」

「じゃあ、なんで俺をナツの所に行かそうとするの?」

冷えた耳がじんじんと痛む。
周りはクリスマスを楽しんでいるというのに、俺達を包む空気はそんな事も忘れてしまう程静かで重い。

時折聞こえてくる何処かの家族の笑い声。ベルを象ったイルミネーションの光。
楽しいだけの思い出しかないクリスマスを、初めて煩わしいと思った。

「好きなんでしょ、ナツの事」


──ハルは夏、好き?


「……」

ハルは視線を泳がせて静かに俯いた。噛み締めた唇が震えているのは、寒さからだろうか。

それとも。

「好きだよ」


308: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:52:55 ID:K7w9ozsgAI

ハルのタワーを壊したのは俺だ。
負けを認めず、零れたピースを投げ捨てて。

「気付いてたよ、俺」

音を立てて崩れてゆく“ハル”を象ったタワー。

「そうやってお兄ちゃんぶられるの、俺が喜んでると思ってた?」

ハルは苦痛に顔を歪ませて、胸元を押さえながら浅い息を繰り返した。
伏せた睫毛の向こう側で瞳が揺れる。

「嘘を吐けるのはハルだけじゃないよ」

ハルの目に、俺はどう映っているのだろう。
ちゃんと笑えているだろうか。

「……俺達、なんで双子に生まれたんだろうな」

ハルのように、笑えているだろうか。

ハルが何か言ったような気がしたけれど、雪の音に交ざってよく分からなかった。
立ち去る俺を呼び止めていたのかもしれない。

だけど、俺は振り返らなかった。
それがハルの最後の言葉になるとも知らずに。


309: ◆UTA.....5w:2012/10/18(木) 01:53:55 ID:TK2EwFk4qA



雪の降るクリスマスの夜、ハルは死んだ。




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