高校生の馬鹿馬鹿しくて、
ちょっぴりセンチメンタルな
青春グラフィティ───続行。
【前スレ目次】
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【登場人物】
>>2-3
【当スレ目次】
>>768-769
223: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:26:00 ID:9GU9MSkZro
春。冷たい雪が溶けて、植物は芽吹き、生物は目を覚ます。
世界中に色を塗る、暖かい季節。
一足早く光を浴びた赤ん坊は、その名の如く温もりに包まれた春のような男の子だった。
──ハル。
世界でたった一人の、俺の双子のお兄ちゃん。
【篠原少年の憂鬱】
224: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:27:27 ID:Lv8yngrSi6
「もう、アキったら。そんなに急がなくったっていいじゃない」
紺色のプリーツスカートを風に揺らしながら、ナツは溜め息混じりに洩らした。
「だって俺、日直なんだよ?ナツ達はゆっくり来たらいいじゃん」
首だけ振り返ってそう言うと、
「アキってば冷たい。別に遅刻する訳じゃあるまいし……」
ナツは不満げに唇を尖らせて、ぶつぶつと独りごちる。
わざわざ一緒に登校しなくても、と内心思いながらも歩を緩めるあたり、俺も万更でもないんだろうけど。
すっかりナツのペースに合わされた俺の歩幅に満足気に笑みを浮かべるナツと、少し遅れて後に続くもう一人。
「見て、赤い葉っぱ見付けたよ。もうすっかりアキの季節だねー」
へらり、間抜けな笑顔で語尾を伸ばしながら、ハルは道端に落ちていた葉っぱに手を伸ばした。
225: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:34:15 ID:9GU9MSkZro
「もー……そんなのいいから。ばっちいですよ、ハルくん」
「汚なくないよー。ほら見てよアキ、綺麗な色してる。俺、秋って好きなんだよね」
「それはどうも。そんな事より俺、日直だから早く行きたいんだけど……」
「あ、あきって言うのは季節の秋の事で、アキじゃなくて秋の事が……あれ?なんかこんがらがっちゃった」
はーあ、とあからさまな態度で長めの溜め息を吐いてみせると、ハルは笑顔のままで首を傾けた。
ふんわり柔らかい、お月様のような優しい笑顔。これがハルの最大の武器である。
大抵の人はこんなにも屈託のない笑顔を向けられれば、小さい事はどうでもよくなるんじゃないかと俺は思う。
いつもより早く家を出なきゃいけない日直は、決してどうでもよくはないけれど。
口煩いお向かいさんのナツとのんびり屋のハル、そして俺。
小学生の時から俺達三人にとっては、これがお決まりの登校風景で当たり前の日常だった。
226: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:44:23 ID:Lv8yngrSi6
「明日も日直らしいじゃん、アキちゃん」
ふふん、と鼻を鳴らして、廊下から窓越しにナツが笑う。
「……誰の所為でだと思ってんの」
放課後の教室で一人、日誌を放って突っ伏したまま返すと、ナツはどっと声を上げてお腹を抱えた。
朝からマイペースな二人に付き合ったお陰で、担任の先生から食らったアンコール。
部活があるからと相方の日直さんにはそそくさと逃げられ、一人虚しく日誌を書く。
一体、これの何処が面白いと言うのか。
「明日は置いてくからね。綺麗な葉っぱがあっても可愛い猫が居ても、二人の事置いてくから」
じと、とナツを睨み付けてから、まだ何も手を付けていない日誌を開く。
「別にいいよ、ハルと二人で行くもんね」
気にも止めない様子で、ナツがふいと外方を向いた。
227: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:53:09 ID:Lv8yngrSi6
ちくり、と胸に何かが刺さったような痛みが走る。
シャーペンを握る手が僅かに震えるのを感じて、俺はそっとその手を離した。
「アキは男の子の字だね。ハルは綺麗な字書くのに」
いつの間にか教室に入っていたナツが、前の席に後ろ向きで腰掛ける。
日誌を覗き込んだナツの、シャンプーの香りが俺の鼻先をふわりと掠めた。
「双子なのに、全然違うね」
日誌に書かれた“篠原”の文字を指でなぞりながら、ナツは言う。
当たり前だという俺の反論に適当に相槌を打つと、まじまじと俺の顔を覗き込んだ。
「本当にそっくりだよね、顔だけは」
「ナツ……?」
様子がおかしい事にはすぐに気が付いた。ナツの瞳がうるうると揺れている。
「ナツ、何かあったの?」
228: ◆UTA.....5w:2012/9/18(火) 23:58:09 ID:Lv8yngrSi6
白々しく問い掛ける自分が憎らしい。
ナツにこんな顔をさせる事が出来るのは誰なのか、分かり切っている事なのに。
「ハル、ね……また告白されてた。三年生の人だって」
ああ、ほら。やっぱりそうだ。
分かり切っていたのに、どうしてこんなに胸が痛むんだろう。
「俺だって、」
ナツが見ているのは、いつだってハルなんだ。
「俺だって昨日、一年生の子に告白されたんだよ。断ったけど……」
「あはは、そっか。篠原兄弟はモテるなあ」
好きな人がいるから。
俺がそう言って断っている事を、ナツは知らない。
「モテモテ篠原兄弟のハルとアキに関われて、ナツは幸せだね」
「それ、自分で言っちゃう?」
「ハルは言わなくても、俺は言っちゃう!」
それでもただ、ナツが笑っていてくれるなら。
それだけでいいと、そう思えてた。
229: ◆UTA.....5w:2012/9/19(水) 00:04:01 ID:Lv8yngrSi6
***
「向かいに越してきた長谷川です。暫く煩くしてしまうと思いますが──」
小学一年生の夏休み、けたたましい蝉の鳴き声と刺すような日差しの中、ナツは突然俺達の前に現れた。
「ナツです。小学一年生です」
母親の後ろに隠れて、恥ずかしそうに身を捩っていた女の子。それがナツだった。
「あら、うちの子達と同級生ね。男の子の双子なんですよ」
ほら、と母さんに背中を押されて、俺とハルが前に出る。
「ハルだよ。宜しくねー」
「あ、アキです」
物珍しそうに俺達を交互に見るナツを余所に、ハルは思い付いたようにあっと声を上げた。
「フユが居たら、季節が揃うね」
その一言で、ナツの緊張も解けたんだろう。
「あのね、前の学校にユキちゃんなら居たよ!」
今も変わらない、向日葵のような笑顔を咲かせてナツは笑った。
その名に恥じない夏の太陽のような、眩しい眩しい笑顔だった。
230: ◆UTA.....5w:2012/9/19(水) 00:12:25 ID:Lv8yngrSi6
いつからナツにこんな感情を抱いていたのか分からない。
もしかすると、あの日から。
***
「何ぼーっとしてんのよ、もう」
頭を小突かれて、はっと我に返る。
窓から射し込む日差しは、もうすっかりオレンジ色に染まっていた。
「そろそろハルも委員会終わるだろうし、ちゃっちゃと終わらせて帰ろ!」
「……ああ、ハルが居ないと思ったら、委員会か」
そういえば、ハルは図書委員だっけ。二学期は体育祭があるから体育委員の方が、なんて事をナツと二人で言ったのに拒否されたんだった。
昔から身体の弱いハルの事だ。体育祭に楽しみなんて見出だせなかったんだろう。
「本当、俺とハルって似てないや」
231: ◆UTA.....5w:2012/9/19(水) 00:13:27 ID:9GU9MSkZro
ふと、口を突いて出た言葉に、ナツは訝しげに首を傾げた。
「何よ、突然」
「ナツが言ったんじゃん。顔だけは、って」
身体が弱くてのんびり屋。好きなものは本を読む事と、季節の移り変わり。それからピーマン。嫌いなものは椎茸。
感受性豊かなハルは、穏やかで聡明と呼ぶに相応しいと思う。
「改めて似てないなーって思っただけだよ」
「ごめんごめん、似てるところもちゃんとあるよ」
「顔とか?」
「そう、顔とか。あとは顔とか、顔とかかな」
当然の答えだった。俺とハルじゃ、余りにも違いすぎる。
病弱じゃなければ、本もあまり読まない。ピーマンは嫌いだけど、椎茸は好きでも嫌いでもない。
勉強は得意じゃないけどクラスで一番足が速くて、リレーなんかじゃ殆んどアンカーを任される。
ハルとはまるで正反対。それが俺。
「結局顔だけじゃんか」
ちくり。ちくり。笑っているのに、胸が痛い。
双子なのに、顔は似ているのに、どうして俺はハルみたいになれないんだろう。
──どうして俺じゃ、駄目なんだろう。
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