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ターミナルの神様
[8] -25 -50 

1: 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


51: 1:2011/12/18(日) 18:26:34 ID:7cMpp1kMaE
「……言うのが遅れたわね。私の名前はユイ。結ぶ、って書く方の結よ」

彼女――結さんが、居住まいを正して向き直る。

「よろしくね、憩」

何故だか結さんが目を伏せて、それから俺を見て、少し痛そうに、とても綺麗に笑ってみせるものだから。

「こちらこそ」

その訳も聞けないままに俺は、出来るだけ誠実に頭を下げたのだった。
52: 1:2011/12/18(日) 18:27:14 ID:7cMpp1kMaE
「あーよく寝た……」

ふわあ、と辛うじて妙齢の女性にあるまじき大欠伸をかました結さんを横目に、おはようございますと呟く。

「おはよう。憩は元気ねえ」

「まあ若いので」

「嫌味かコラ」

そうは言っても然程怒っていないようで、結さんは相変わらず眠たそうに机の周りを徘徊する。

毛布を被ったまま、端を引き摺って歩き回る姿は滑稽にも見えるが、本人は気にしていないようだった。
53: 1:2011/12/18(日) 18:28:46 ID:7l16fIcLfY
あの日の表情の理由を、俺は今も聞けずにいる。

尋ねるような機会もなかったし、どう切り出せば良いのかも分からない。

何より、果たして踏み込んで良い領域なのかも分からなかった。

「いーこーいー」

「今度は何ですか」

「てい」

呼ばれて振り向くと、顔面に何かが直撃する。

いきなり何するんですか、と文句を言いながら見てみると毛布だった。
54: 1:2011/12/18(日) 18:29:18 ID:7l16fIcLfY
「っしゃ!」

「何なんですかもう……」

毛布が命中したのが余程嬉しかったのか、結さんがガッツポーズをとる。

流石に使っていたのとは別の毛布を投げたらしく、まだ端を引き摺ったままの結さんがご機嫌で給湯室に向かう。

「たまには休みな、若者よ」

給湯室から体半分だけを出して、結さんがひらひらと手を振った。

全くこの人は、大人なんだか子供なんだか。

「分かってますよ」

俺は小さく苦笑してから、毛布を抱えて席を立った。
55: 名無しさん@読者の声:2011/12/18(日) 21:03:50 ID:0GgQbx5.dA
支援っ

ときに作者さま、SS絵スレで描かせて頂いてもよろしいでしょうか…?
もし許可を頂けるなら、キャラクターの外見イメージ等あれば教えて頂けると嬉しいです
56: 1:2011/12/19(月) 14:02:55 ID:XaSSnJluPk
>>55
むしろ描いてくれるんですか((;゚Д゚)))余裕でおkっす、お願いします
キャラのイメージとかは特にないので、好きにやっちゃってくだしあ(^ω^ )
支援ありがとでした!
57: 1:2011/12/19(月) 15:10:54 ID:/UGBUXLJ6g
東京ターミナル駅が存在するのは、死後の世界、所謂あの世である。

つまり総合案内事務所の利用者は、全員が死者であって。

必然的に落ち着き払った年配の方が多くなる訳で、さらに言えばそういう人々は大抵すんなり死を受け入れる訳で。

結果どうなるかと言うと、目立っていたり問題を抱えていたりする客のほとんどが、比較的若い人々になるのだ。

「ねえ君、本当にいいの?」

慌てたような結さんの声に窓口を見れば、案の定相対していたのは制服姿の女子高生だった。
58: 1:2011/12/19(月) 15:11:32 ID:/UGBUXLJ6g
「いいんです、あたし未練とかないし。それより早く成仏させて下さいっ」

女子高生がつんけんとした口調で結さんに食って掛かる。

結さんは貼り付いた笑顔で必死に宥めようとしていた。

「でも親御さんとか悲しんでるんじゃない?現世に行って、最後に顔くらい見てくるべきよ」

「はぁ?あんな親悲しむ訳ないし!後処理とか世間体気にするだけですよ、どーせ」

これはまたひねくれた子が来たものだ。

面倒な客の対応は、大方予想がつくようになっている。

俺はおもむろに立ち上がると応接室の鍵を開けた。
59: 1:2011/12/19(月) 15:12:10 ID:/UGBUXLJ6g
「そう言わずに……落ち着きましょうよ」

あーめんどくせえ、と結さんの背中に書いてあるのがそろそろ見えてきた。

その間に俺は、紅茶で構わないだろうかなどと思案しながらとりあえず湯を沸かす。

「じゅーぶん落ち着いてますっ。あたしはただ、一刻も早く幽霊脱出したいの!」

「でもほら、皆突然のことで、きっとショックを受けてるわ」

いよいよヒートアップしてきた言い合いを聞き流しながら接客用のティーカップを出していると、女子高生が急に声を硬くした。

「突然じゃないですもん。だって」

瞬間、きんと冷えた言葉が耳を貫いた。

「死んでやる、って言ってきたんだから」
60: 1:2011/12/20(火) 12:42:06 ID:XaSSnJluPk
結さんが一瞬硬直する。

自殺ということか。

「お話の途中で失礼します」

俺はすかさず窓口の方に近寄ると、女子高生に会釈した。

「こんな場所でも何ですから、中にいらしたらいかがですか」

そう提案すると結さんは、はっとしたように俺を振り返る。

「憩、応接室」

「開いてます」

「ならよろしい」

結さんはいつものペースを取り戻したようだった。

女子高生に向き直ると、びしりとペンを突き付ける。
61: 1:2011/12/20(火) 12:43:01 ID:XaSSnJluPk
「という訳だから中で話しましょう」

「何でそんな面倒なこと、」

「成仏させたげないわよ」

結さんの脅しに、女子高生がぐっと詰まる。

どうやらこのままで居るのは嫌らしい。

「……分かりました」

「おっけー、行きましょ。あと憩、沸騰してるわよ向こう」

「あっ」

不覚。

俺はぐらぐらに沸いたやかんの火を止めに、慌てて給湯室に走ったのだった。
62: 1:2011/12/20(火) 12:43:58 ID:XaSSnJluPk
「えーと、高橋美郷さん享年十七歳。高校二年生?」

「はい」

結さんが書類を見ながら確認をとる。

女子高生は随分と大人しくなって、紅茶のカップを口に運んでいる、が。

「……なんか嫌ですね享年て言い方」

「うるさいわよ」

叱られた。思ったことを言っただけなのに。

俺は大人しく口を噤んでいることにした。
63: 1:2011/12/20(火) 12:44:27 ID:XaSSnJluPk
「一体何があったの?」

結さんが単刀直入に尋ねる。

美郷は拗ねたようにセーターの裾を弄りながら、ぼそぼそと呟いた。

「別に、大したことじゃ」

「そんな訳はないでしょう」

結さんの声がふいに優しくなる。

「こっちに来てしまったからには、もう現世のことは変えられないわ。でも、話を聞くことならできる」

俺はちらりと結さんを見た。

ああ、この人は、助けようとしているんだ。
64: 1:2011/12/20(火) 12:44:54 ID:XaSSnJluPk
「話して、くれないかしら」

美郷はゆらゆらと目を泳がせて、相変わらずほつれたセーターの裾をもてあそんでいた。

どうして迷っているのか、何を思っているのか、外からでは何も、見ることはできないけれど。

「……親が、離婚するんです」

ぽつり、そう言ってからは、美郷は驚くほどすんなりと事情を話し始めた。
65: 名無しさん@読者の声:2011/12/20(火) 18:07:03 ID:lcY6txYbiA
支援!!
(`・ω・)つCCCCCC
66: 1:2011/12/21(水) 09:41:34 ID:XXnWtGX0ys
>>65
あざす!!(`・ω・´)
支援してくれる人愛してるペロペロ
67: 1:2011/12/21(水) 10:03:57 ID:4SVeeV6rxk
「あたしの家、あんまし親が仲良くなくて。そこまで酷いのされたことはないけど、八つ当たりとか、とばっちりは昔から」

口火を切ってしまえば後はもうなすがままで、美郷は特にためらう様子もなく話し続ける。

「世間体気にする人達だったから学校には行かせて貰えたけど、親はもう頼りにならなかった」

かたん、と結さんがカップを置く。

もう必要ないとでも言うように、手にした書類を揃えて、そっと机に伏せた。

「離婚の話が始まったのは、もう一年も前のことです」

美郷は記憶の糸を手繰るように、遠くを眺めながら事の顛末を語り出した。
68: 1:2011/12/21(水) 10:04:32 ID:4SVeeV6rxk
「離婚は大方順調みたいでした」

美郷は言う。

セーターの裾はもう弄らずに、ただきつく握り締めるのみになっていた。

「お金のことも、特に揉め事もなさそうで、どんどん話は進んでいった。でも」

美郷が言葉を切る。

「あたしのことだけは、言い争っているようでした」
69: 1:2011/12/21(水) 10:05:12 ID:4SVeeV6rxk
耐えきれず俺はカップを取り上げた。

口に中身を流し込めば、やや冷めた苦い液体が喉を通って落ちる。

「……毎晩、聞こえるんです。あたしを押し付けあう声が」

美郷は笑顔を貼り付かせた。

そうせずには、いられなかったのかもしれない。

「収入が多いあなたが引き取るべきだ、母親が世話をするべきだって、それだったらいっそひとりで生きてくって言ったのに、それは許してもらえなかった」

諦めたような笑顔は不気味だった。
70: 1:2011/12/21(水) 10:05:41 ID:4SVeeV6rxk
「他のことでは何も揉めてなかったのに、あたしだけ。……成績は、下がりました」

俺はカップをソーサーに置く。

かちん、と陶器の触れ合う音が、静かな部屋にやけに大きく響いた。

「自分で色々やって、学校では普通な振りをしてたんですけど、あたしの学校、頭良いとこだから、必死でやんないとついてけなくて」

あたし馬鹿だから、と美郷が自嘲気味に笑う。

でもそんな頭の良い学校に、入ったのは彼女の努力ではないんだろうか。

「成績は下がるし繕えなくなるし、薄々同じグループの子にも感付かれて」

彼女は同級生のことを、友達とは呼ばないようだった。
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