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ターミナルの神様
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1:🎏 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


31:🎏 1:2011/12/14(水) 12:13:25 ID:zfaQV.HN9M
あ、と思わず声が漏れる。そういうことだったのだ。

大地が現世に戻った記録は存在しない、だから行ったことがあることにはならない。

「……って、乱暴すぎやしませんか」

「何のことかしら、私は何もしてないわよ」

しゃあしゃあと言い放つ結さんに、頭を抱えたくなる。

実際頭を抱えた俺の横を通って、結さんは大地に歩み寄った。

「……という訳だから、君の記録を新しく作るわ。現世に行ったことは?」

視線の高さを合わせて、にこりと笑う。

大地は大きく目を見開いて、結さんのことを見ていた。
32:🎏 1:2011/12/14(水) 12:13:53 ID:zfaQV.HN9M
「ない!」

「分かったわ。あっちで手続きするから、必要事項書いてね」

結さんが窓口の方に大地を促す。

しかし大地は少し迷ったように足を止めると、俺らに向き直って大きく口を開いた。

「あのっ、ありがとう、ございました!」

大声の感謝に結さんと顔を見合わせて、俺は笑顔を零す。

「何のことやら」

「変なこと言うわねえ」

俺たちがくすくすと笑う間で、大地は照れくさそうに頭を掻いていた。
33:🎏 1:2011/12/14(水) 12:14:28 ID:zfaQV.HN9M
「……良かったんですか、あんなことして」

静かになった事務所の中、画面から目を離さずに問い掛ける。

また冷めてしまったミルクティをちびちびと飲みながら、結さんは白い天井を仰いだ。

「駄目よねえ、普通」

「駄目なんじゃないですか!」

キィを打つ手を止めて振り向けば、結さんが舌を出す。

「しちゃったもんは仕方ない。てへぺろ」

「おい」

そろそろ突っ込みにも疲れてきましたよ、と軽口を叩けば結さんがマグカップを置いた。
34:🎏 1:2011/12/14(水) 12:14:56 ID:zfaQV.HN9M
「だって君、泣きそうなんだもの」

結さんがぽつり、言葉を落とす。

俺は静止した手をゆっくりとキーボードに戻すと、かたん、とエンターキィを押した。

「……そうでしたか?」

「ええ」

結さんは綺麗に笑った。

俺はまだ、点滅するカーソルを見つめたままでいる。

「君に免じて特別よ。部下思いの良い上司でしょ」

結さんが鼻歌でも歌い出しそうな様子で席を立つ。

俺は彼女がマグカップを持って恐らく給湯室に歩いて行くのを、気配だけで感じていた。
35:🎏 1:2011/12/15(木) 18:10:02 ID:/UGBUXLJ6g
いつも静かなこの事務所が、今はさらに静けさを増す。

応接室のソファで仮眠するという結さんが部屋を出てから、俺はひとり今日とてパソコンの打ち込み作業を続けていた。

真面目で仕事熱心だとか、そういう訳ではない。

ただ、ここに来てから、他にやることなんて何もないから。

「あ――……」

とはいえ疲れた。眼球が限界だ。

少し気分転換をしようと立ち上がると、何を引っ掛けたか、山積みの書類がばさばさと雪崩れ落ちる。

そういえば、切っ掛けは書類雪崩れだった。

俺は書類を拾い集めながら、しばし追憶に耽ることにした。
36:🎏 1:2011/12/15(木) 18:10:46 ID:/UGBUXLJ6g
俺が結さんと出会ったのは、現世に降りた直後だった。

正確に言うと現世行きの手続きをするときに話したはずだが、そのときには受付の人くらいの認識しかしていなかったから、多分。

折角のチャンスを踏みにじって無駄にして、何もできなかった。

そんな思いにとらわれながら、そういえば戻ってきたら報告に行かなくてはいけなかったと機械的に足を進める。

辿り着いた窓口には、うず高く積まれた書類の山に隠れるようにして、受付の女の人が座っていた。
37:🎏 1:2011/12/15(木) 18:11:33 ID:/UGBUXLJ6g
「ん、あれ?さっきの子よね。もう帰ってきたの」

「……、はい」

彼女が驚いたように俺を見上げた。

俺が頷くと、そう、とだけ言ってペンを置く。

そのまま書類の山を念入りに調べると、呼吸を整えて、ある一束を勢いよく抜き取った。

「……完璧だわ」

「何やってんですか」

山はびくとも動かない。

俺は呆れて溜め息をついた。
38:🎏 名無しさん@読者の声:2011/12/15(木) 19:08:20 ID:GH7i5DEIyQ
支援〜!

次するときはあげていい?(´・ω・`)
39:🎏 1:2011/12/16(金) 10:35:18 ID:A1avxOZkx2
>>38
支援ありがと(・∀・)
さげてんのは気分なんで、いつでもドゾー
40:🎏 1:2011/12/16(金) 10:38:15 ID:/UGBUXLJ6g
「現世はどうだった?」

書類に何やら書き込みをしながら彼女が尋ねる。

俺は少し嫌悪を覚えながら、別に、と呟いた。

「特に何も」

「次に進んで行けそうかしら」

「進むって……?」

もう俺は死んでいる。

二十年間と少し生きて、死んで、その次と言ったら。

「生まれ変わったり、するんですか」
41:🎏 1:2011/12/16(金) 10:38:48 ID:/UGBUXLJ6g
問い掛けると、彼女はペンを持ったままけたけたと笑った。

「多いのよねえ、そういう質問」

「どうなんですか」

俺は重ねて尋ねた。語調が強くなるのを感じた。

彼女は俺を一瞥して、ペンを置く。

「どんな人間だって死ねば一緒よ」

フラットな声が、鋭く、さくりと、酷くまっすぐに突き刺さった。

「生まれ変わりなんて器用なこと、ある訳がないじゃない」
42:🎏 1:2011/12/16(金) 10:39:17 ID:/UGBUXLJ6g
はい手続き完了、行っていいよと彼女が書類を山に戻す。

でも俺はその場を動かなかった。

「俺は、生まれ変われないんですか」

「そっくりそのまま魂が転生、なんてことはないわよ」

まあ私も経験したことないけどね、と無責任にも彼女が言う。

俺は息を吐いて、きつく握った拳を解いて、それから、少し迷ってもう一度、手のひらを握り締めた。

生まれ変われないらしいという情報は、自分にとっては由々しき問題だった。

ならばせめて、と俺は口を開く。

「ここに、留まることは?」
43:🎏 1:2011/12/16(金) 10:39:45 ID:/UGBUXLJ6g
彼女は眉をひそめた。

「健康的な考え方じゃないわよ、それ」

「知っています」

また面倒な子が来たものね、と頭を抱える彼女に負けじと見つめていると、彼女はあのね、と前置きをしてから語りだした。

「ここはね、人生の終着点なの。命が尽きる場所で、次の命との境界」

とん、と彼女は物のない僅かなスペースで机を叩いた。

終着点。そんなことくらい分かっていた。

「分かるでしょう?本来、留まるべき場所ではないのよ」
44:🎏 1:2011/12/16(金) 10:40:17 ID:B7K.t.o2jo
「それでも、俺は」

引き下がる訳にはいかない。

俺は生まれ変わらなくてはいけなかった。

それが無理でも、せめて俺のままでいなくちゃならなかった。

「強情ね……」

やれやれと彼女が頭を抱える。

その拍子に腕が、横に積まれた書類の山を、盛大に引っ掛けた。
45:🎏 1:2011/12/17(土) 12:14:51 ID:YW2VpLC90c
「っぎゃあああ!?」

色気も糞もない叫び声を上げて彼女が視界から消えた。

椅子に座った彼女の座高より高い位置から落ちてきた書類が、机の上を埋め尽くす。

山はひとつやふたつではなかったらしく、崩れた山の隣からも次々と書類やファイルが滑り落ちて。

いっそ見事な雪崩だった。
46:🎏 1:2011/12/17(土) 12:15:31 ID:YW2VpLC90c
「……大丈夫ですかー」

恐る恐る声をかけると、何とか彼女が頭を引っこ抜く。

「またやっちゃったわ……」

どうやら日常茶飯事らしい。

そのまま書類の上に突っ伏す彼女に気が抜けてしまって、俺は乾いた笑いを漏らした。

「それにしても、何でまたこんな」

「仕方ないでしょう、たくさん記録があるんだから」

「それにしたって、パソコンに保存するとか」

俺の言葉に、彼女が無言で背後を指差す。

その先では雑然としたオフィス机の上に、完全に書類に埋まったキーボードらしき物が覗いていた。
47:🎏 1:2011/12/17(土) 12:16:07 ID:YW2VpLC90c
「使わないんですか」

「私の機械オンチを舐めないでほしいわ」

どや顔で言い放つ彼女に呆れ返る。

データを打ち込むくらい、誰にでも出来そうなものだけれど。

散乱した書類を取り上げた彼女が、ふと俺に向き直る。

「……そうだ、君、パソコン使える?」

唐突な質問に、俺は少したじろいだ。

「一応、使えますよ。これでも理工学系なんで」

「それは好都合」

彼女がにっと口を吊り上げる。

最高に良いことを思い付いたとでもいうような、楽しげな笑顔だった。
48:🎏 1:2011/12/17(土) 12:16:38 ID:YW2VpLC90c
「君を雇うわ、中谷憩くん」

手にしたペンを突きつけて、彼女が高らかにのたまった。

あまりに突然で一方的な雇用宣言に、俺は思わず聞き返す。

「はあ?」

「君、ここに残りたいならちょうど良いじゃない。残っていいわよ、暫くはね」

「ていうか、何で俺の名前」

「書類に書いたでしょ。君はここに居られる、私は書類を片付けてもらえる。はいギブアンドテイク完成」

「ええー……」

そんな軽いノリでと思わなくもないが、よくよく考えれば確かに良い話かもしれない。
49:🎏 1:2011/12/18(日) 18:24:58 ID:7cMpp1kMaE
「君が残るべきでないことは変わらない」

彼女が続ける。

俺はそっと耳を傾けた。

「だからここで働いて、色々な話を聞くといいわ。……きっと前に、進みたくなる」

彼女の言うことの真意を、俺ははかりかねていた。

既に命を失って、存在すら危うい自分が、完全に形をなくすことを望むようになるとは、到底思えなかった。

それでも。

「……よろしく、お願いします」

俺はきっぱりと前を向いて言い切った。
50:🎏 1:2011/12/18(日) 18:25:51 ID:7cMpp1kMaE
この先に行きたくなるかなんて、今の俺には分からない。

きっとそんなことはないだろうとさえ思っている。

それでも結論を待って、とりあえずはこの場所に残れることは有り難かった。

「決まりね」

彼女が書類をまとめながらにこりと笑顔を作る。

「これから君の肩書きは、東京ターミナル駅総合案内事務所副責任者」

「いきなりですか」

「ここ、私しかいないもの」

しゃあしゃあと衝撃的な発言をする彼女に、やっぱりやめようかと思ったのは秘密だ。
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