男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
461: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 21:01:19 ID:JiCQdQcUTY
疎らになっていく人の影から、ちらちらとノエルの姿が見え隠れする。すぐにでもノエルの傍に駆け寄って声を掛けたい、そう思っていた筈の弟の足は止まってしまっていた。
「電話したら来てくれるって」
「そう、よかったわ。いつまでもこんなものがあったらおっかないものね…」
ノエルは猫の前に腰を下ろし、何かを語り掛けていた。血塗れの猫に臆する事なく、少女が近寄り声を掛ける。弟ですら思わず足を止めたこの状況を、周りの大人達は気にも留めていない。
こんなにも奇妙な状況があるのだろうか。弟は、言いようのない複雑な思いでその様子を伺った。
462: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 21:34:06 ID:JiCQdQcUTY
ノエルの白い手が横たわる猫の亡骸に、そっと触れる。労るように猫の体躯を滑るその手には、まだ乾ききらない血の赤は一滴も付いていない。
弟(ノエル…?一体、何を……)
ノエルの異常な行動に弟は息を呑んだ。気味が悪いとさえ思えるその姿は、寧ろ神々しく弟の目に映った。
ノエル「お迎えだよ。さあ、行こうか」
ぼそぼそと語り掛ける中、その言葉だけがはっきりと弟の耳を突いた。身を乗り出すように覗き込んだ弟は、驚きに目を見開いた。
463: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 21:55:12 ID:JiCQdQcUTY
ノエルが手を滑らせた場所から、黄金色の光の粒が溢れた。その光は猫の亡骸を包み込み、サラサラと流れるように消えてゆく。
キラキラと美しい輝きに、弟も目を眩ませた。
弟「ノエル……」
前に立っていた女性が一人、弟の声に気付いて怪訝な顔で振り返った。こんなにもまばゆい明滅に、目を細める事もしていない。
弟は胸がざわめくのを感じた。
──何だか、酷く嫌な予感がする。
464: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 22:17:04 ID:JiCQdQcUTY
弟「ノエル、ノエル…っ」
友「本当にどうしたんだよ。何かあんの?」
ふらふらと、覚束ない足取りで人集りに近付いて行く弟を制止したのは、やはりクラスメイトだった。振り返った弟は、今にも泣き出しそうな顔で瞳を揺らしている。
弟「友にはあれが見えないの?」
友「あれ?…って、どれ?猫の死体なら、もう…」
弟「違うよ!!」
465: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 22:41:30 ID:JiCQdQcUTY
弟が声を荒げると、周りの視線が一斉に集中した。じわりと嫌な汗が手の平に滲むのを感じる。
振り返る大人達と、クラスメイトの表情を見れば分かる。弟の予感は的中した。
誰にも、あの光は見えていない。
友「なあ、どうしちゃったんだよー…怖い事言うなよなー」
弟「…なんで!其処に居るじゃないか!猫が光って…」
466: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 22:59:20 ID:JiCQdQcUTY
しん、と静まり返る路地に、ノエルの姿は何処にもない。先程と何ら変わりのない猫の亡骸が其処にはあった。濡れた血はすっかり固まり、茶色く変化している。
弟「あ、れ…?ノエル…ノエルは、」
きょろきょろと辺りを見回す弟の肩に、ポン、とクラスメイトの手が乗せられた。小さく溜め息を吐きながら苦笑するその表情は、呆れたと言っているようにも見える。
友「何もないってば。本当に疲れてんじゃない?」
467: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 23:27:31 ID:JiCQdQcUTY
そんな筈はない。確かにこの目で見たのだ。あんなに焦がれていた彼女の姿を、その鈴の音を、間違える筈がない。
馬鹿にするように笑うクラスメイトに、弟は下唇を噛んだ。
友「──じゃあ、またな!」
弟「うん、またね」
クラスメイトと別れてからも、弟はモヤモヤと煮え切らないでいた。
会いたいと願う気持ちが、ノエルの幻覚を見させたとでも言うのだろうか。そうだとするのならば、クラスメイトが言うように、何処かおかしいのかもしれない。
468: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 23:47:09 ID:7ZF8K9v94o
自宅のドアがいつもよりも重く感じる。キィ、と耳障りな音を立てながらドアが開かれた。
弟「……ただいま」
薄暗い家の中を伺いながら、リビングのドアを開ける。玄関の鍵は開いていたのに、母親の姿は何処にもない。
テーブルの上には、中身が出されていない状態のままのレジ袋が無造作に置かれていた。
弟「おかしいな、今日は休みだって言ってたのに…」
ぼんやりとリビングを見渡すと、電話機の留守番電話のボタンが忙しなく点滅しているのが見えた。
鞄をソファの上に下ろし、何の躊躇いもなくそのボタンに人差し指を添えて、ピッ、と押した。
469: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/25(日) 23:54:00 ID:7ZF8K9v94o
今回は此処までとさせて頂きます。
今日はクリスマスですね。皆さんの所にはサンタさんは来てくれたでしょうか?
私の所には来てくれませんでした。ちょうど弟くんの歳の時に、サンタさんはもう来ないのだと悟った私です。ちょっと遅いのでしょうか(´・ω・`)
それでは、おやすみなさい。
470: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/26(月) 23:06:22 ID:wVQmzr2KFI
電話機から流れてくる声に、その内容に、弟は戦慄した。母親が慌てふためいた様子で、すぐに病院に来いと促している。
母親『お姉ちゃんの容態が急変したって…!ああ、どうしよう…とにかく早く!早くね!神様…!』
どくん、どくん、と心臓が激しく脈打つ。
──落ち着け、落ち着け、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせるも、震える足は止まらない。
『消去するには、3を──…』
感情の籠もらない無機質な音声が電話機から流れている。最後まで聞く事もせず、弟は家を飛び出した。
471: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/26(月) 23:25:19 ID:wVQmzr2KFI
────‐‥
弟「…っ姉ちゃんは!?」
男「弟くん……。今は、何とか持ち堪えて…」
肩で息をしながら、弟が病室に駆け込んだ。連絡を受けて来たのであろう男が、力なくベッドに頭を伏せて言葉を詰まらせる。
弟「……母さんは?」
男「先生に呼ばれて、話をしに行ったよ」
そう、と小さく返事を返して男の隣に腰掛ける。男は小刻みに肩を震わせて姉の手を握っていた。
弟は何の感情も沸いてこない、不思議な感覚に捉われていた。いやに冷静でいられる自分が怖い。
472: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/26(月) 23:48:25 ID:suwcKOoNSM
ベッドに横たわる姉は、眠っているだけのように穏やかな顔をしている。いつもの姉だ。その体に無数に絡み付く白いチューブと、口を覆った半透明のマスクさえなければ、いつもの姉だった。
見慣れた部屋に白いベッドと、見慣れない機械に命を繋がれている姉。その妙な違和感が、弟を冷静にさせたのかもしれない。
一定のリズムで心電図が刻む電子音が、病室に響き渡る。横に一直線に流れるラインが音に合わせて上に尖り、姉の心臓は確かに動いているのだとを教えてくれていた。
──生きている。
ふう、と一息、弟はパイプ椅子に背中を預けた。
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