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出会う感情の名は、
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1: 1 ◆b.qRGRPvDc:2011/10/16(日) 19:19:06 ID:f4A63ChN1o
男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」

住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。

辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。

灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。

男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」

散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。


435: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/19(月) 21:52:52 ID:1JnQnU5uNo

口を尖らせた弟がそっぽを向く。夕日に照らされた頬がまた、ぷくっ、と愛らしく膨らんだ。

ノエル「君の時間は、君のものだ。今も、この先の未来も。私には、時間を止めてまで君を縛る事は出来ないよ」

分かるだろう?、とノエルの表情が切なさに歪む。やはり弟は納得がいかず、眉を寄せた。

弟「…僕がそれを望んでいるならいいんじゃないの」

ノエル「そんな事をしたら、君の家族や友達に怒られてしまうよ」


436: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/19(月) 22:23:49 ID:1JnQnU5uNo

弟「それはノエルも同じじゃないか」

弟の、無垢な言葉はノエルの胸を抉った。悲しみに淀んだ瞳を伏せて、小さく笑ってみせる事が精一杯だった。

つむじの辺りがじんわりと熱を帯びる。弟のほっそりとした少年の手も、触れればきっと暖かいのだろう。
──触れたい。帰したくない。時間を止めてでも、共に在る事が出来るのなら。

胸の内を吐き出す事が出来れば、ノエルはどれ程楽になれただろうか。それを許さない現実が彼女に追い討ちを掛ける。自分は、こんなにも孤独な存在なのだと。


437: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/19(月) 22:59:00 ID:.tkugWG5FI

ノエル「……やっぱり、関わるべきではなかったんだろうね」

弟「なんでそんな事言うんだよ…」

こんな筈ではなかった。ただ少し、ほんの少しだけ、弟と同じ時間を過ごしたいと思っていただけだったのに。
それが、こんなに自分を見失ってしまうとは、ノエル自身も思いもよらなかった。

ノエル「君の大切な時間を奪ってしまった。お姉さんも見舞ってやらなければいけないのに、悪い事をしたね」


438: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/19(月) 23:26:35 ID:.tkugWG5FI

弟「そんな事ない!姉ちゃんも調子が良い日が続いてるし、お見舞いなら毎日行ってる。僕が此処に来るのは、ノエルといると楽しいからだよ?」

ノエル「でも、私が……」

弟「ノエルは何も悪くない。そんな風に思わなくていいんだからね」

ノエルがあまりにも悲しそうに瞳を揺らすので、弟は慌てながらそう言った。咄嗟に口をついて出た言葉だったが、それが弟の素直な気持ちだった。


439: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/19(月) 23:51:16 ID:1JnQnU5uNo

ノエル「……そうかい。だけど、母親との時間、友達との時間、お姉さんとの時間。君が大切だと感じるものとの時間は、もっと大切にした方がいい」

弟「…うん、分かった」

弟は頭を捻りながら、訝しげな顔で頷いた。

恐らく、ノエルの言葉の意図を弟は理解出来てはいないのだろう。それでもノエルは満足気に唇に弧を描き、うん、と頷いた。


440: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/20(火) 00:09:02 ID:.tkugWG5FI

ノエル「そう、いい子だね」

弟「ノエルって時々、おばさん臭い言い方するよね」

ノエル「君こそ。子供のくせに可愛げのない物言いをする」

弟「よく言われる」

少しの間、互いに無言で見つめあって、ぷっ、と吹き出す。どちらからでもなく、クスクスと笑いあった。

ノエル「君はとてもいい子だ。私が保証してあげる」

ノエルの上からの物言いに、腹を立てていた頃が懐かしい。頬を紅潮させた弟は、言い様のない恥ずかしさと照れ臭さで胸がいっぱいになっていた。


441: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/20(火) 00:31:54 ID:1JnQnU5uNo

ノエル「ほら、良い子は家に帰る時間だよ」

惜しむように沈む太陽も、気が付けばその姿を山の麓へと潜らせていた。いつものメロディが何処からか響き、別れの時間だと合図する。

弟「あのさ、ノエルは病院には行かないの?」

申し訳なさそうに目を泳がせながら、弟はノエルに訊いた。
理由も聞かずに酷く責め立てて以来、ノエルを病院で見掛けていない事をずっと気に掛けていた。もしかすると自分の所為で来づらくなってしまったのでは、と考えるだけで気が気でなかった。


442: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/20(火) 00:51:19 ID:.tkugWG5FI

ノエル「……行くよ。近い内に、必ず」

ノエルのその言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。

弟「そっか。じゃあ、病院でもまた会えるね」

嬉々として声を上げる弟の笑顔が眩しい。ノエルは風に揺れる髪を押さえる素振りで、気付かれないよう八の字に下がる眉を隠した。

ノエル「さあ、もう帰りな。あまり遅くなっては母親が心配するでしょう」

弟「うん……じゃあ、またね」


443: 番外編
◆b.qRGRPvDc:2011/12/20(火) 01:14:37 ID:.tkugWG5FI

弟は名残惜しそうに何度も振り返り、手を振りながら坂道を駆け降りた。展望台から見送るノエルの影が、ぼんやりと霞んで見える。
背後から照らす丸い月の光はノエルの髪をキラキラと光らせ、その表情を隠した。

弟「またね」

振り返る弟の声に、チリン、と鈴の音が返ってくる。ノエルの影が小さく手を振るのを確認すると、満足気に前を向き、坂道を駆け降りて家路を急いだ。
二人で聴く「夕焼け小焼け」は、これが最後となる事も知らずに。


───その日から、ノエルが展望台で弟を待つ事は、なかった。


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