男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
395: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/12(月) 22:01:05 ID:xkRlVvRAxw
母「随分楽しそうね。何の話?」
母親の声と共に花の香りが病室に広がる。花瓶に挿された色とりどりの花がゆらゆらと揺れ、その香りが弟の脳を刺激した。
弟「別に何でもない話だよ。僕、先に帰って遊んできていい?」
少女はまたあの公園で一人、街の景色を眺めているのだろうか──何故だか、無性に会いたくなってしまった。
396: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/12(月) 22:26:11 ID:xkRlVvRAxw
母「遊びにって今来たところなのに誰と──」
女「いいよいいよ!行ってらっしゃい!」
もう、と溜息混じりに言う母親を遮って姉が早く早くと急かす。弟は自分の心境が見透かされたようで何だか少し気恥ずかしく思えた。
病室を出た弟の脚は自然と早まった。姉の言っていた“特別”を考えると、心が踊る。
少女は少し不思議な空気を纏っていた。何処か近寄りがたいようで、物寂しい瞳をしている。クラスメイトの女の子達にはない美しさに、弟は少なからず好意を抱いていた。
397: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/12(月) 22:49:40 ID:jB4X9WbM8.
────‥
弟「…やっぱり此処に居た」
少女「……また君か」
丘の上の公園に、やはり少女の姿はあった。鈴を鳴らして振り返る少女の姿は実に優美で、弟は暫く口を開けて惚けた。
少女「君は本当に、私が見えているんだね…」
398: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/12(月) 23:18:12 ID:xkRlVvRAxw
弟「見えるよ、幽霊じゃないんだから」
そう言う弟に、少女はクスリと小さく笑った。
少女「そういえば、前にも君と同じように言った子が居たよ」
弟「そうなの?」
少女はうん、と頷く。手首の鈴を指で撫でて懐かしむように語った。
少女「私に名前がないのをいい事に“霊子さん”だと。鈍いようで鋭くて、真っ直ぐな青年だった」
399: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/12(月) 23:39:04 ID:jB4X9WbM8.
今まで見た事のない少女の穏やかな表情は、弟の胸を言い様のない痛みにも似た苦しさに襲わせた。
きっと自分には理解の出来ないものを背負っているのであろう事は、幼い弟にも理解は出来た。
弟「あんた、その人の事が好きなの?」
少女「まさか」
ぷっ、と吹き出して少女は笑った。
少女「あんな子を好きになれるのは、あの子以外には無理だよ」
400: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 00:08:07 ID:jB4X9WbM8.
少女の指先が優しく鈴を撫でる。
ああ、きっと少女の手首にいつもあるそれは、彼女の言う“あの子”の物だったのだろう。弟は漸く少女の背負っているものが少し見えたような気がして、少し誇らしく思えた。
弟「その子とは遊んだりしないの?あんた、いつも一人だけど」
少女「遊ぶ?私と彼女がかい?」
どうして、と首を傾げる少女に弟も首を傾げて返した。
弟「友達じゃないの?」
401: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 00:27:48 ID:xkRlVvRAxw
少女「友達、か…」
ふむ、と少女は腕を組んだ。
展望台からの景色を目を細めて見つめた。弟が何処見ているのか視線の先を辿っても、其処には馴れ親しんだ街並が広がっているだけだった。
少女「…そうだったのかもしれないね」
弟「だった、って過去形なんだね」
少女「当然でしょう。あの子はもう居ないんだ。救いの光に包まれて消えてしまったからね」
402: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 00:42:31 ID:jB4X9WbM8.
弟「消えた?」
少女の言葉の意味に全く理解が出来ない弟は、怪訝な顔をして少女を見た。少女の視線は一点を見つめたまま切なげに揺れている。
少女「もう居ないんだよ、めぐは」
弟「めぐ…その子、めぐって言うんだ」
チリン、と鈴が鳴る。少女はそれに視線を落とすとまた優しく指先で撫でた。
少女「彼がそう呼んでいた。名前を貰ったんだ。……その名と共に、あの子は消えた。幸せそうに彼の手を取って」
403: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 01:17:08 ID:jB4X9WbM8.
弟はやはり理解する事が出来ず、訝しげな表情のまま首を傾げた。
弟「……死んじゃったの?」
少女「似たようなものかもしれないけれど、違うね。いつか会えると信じているよ、私は」
弟「生きているなら会いに行けばいいのに」
変なの、と眉を寄せる弟に少女は自嘲的な笑みを零した。
少女「……そうだね、君の言う通りだ」
404: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 01:22:10 ID:jB4X9WbM8.
今回は此処までとさせて頂きます。
寒いし眠いし鼻水垂れるし大変です。おやすみなさい。
405: 名無しさん@読者の声:2011/12/13(火) 08:03:54 ID:RmOrKfqhgo
あ〜めぐ〜(;ω;`)
切ないな〜CCC
406: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 19:28:35 ID:60l9Ui9qZw
>>405
支援ありがとうございます!
めぐ達の名前を少し出してみました。切ないと感じてもらえたなら嬉しいです!
本編では「友達でも何でもない」と言い切っていた少女は男と出会い、そして一人になり、心境の変化が表れました。その変化の表れを表現する為のめぐのお話でした。回りくどい表現しか出来ない自分の頭の弱さが憎いです…orz
めぐ「支援ありがとー!」
弟「“元”主役が乱入するのってどうなの?」
めぐ「いいの!これ限定だもん!」
弟(なんかこの子面倒くさいニオイがする…)
407: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 21:23:02 ID:60l9Ui9qZw
そうだ、と思い出したように弟が手を合わせた。
弟「あんた、名前がないんだよね?それともレイコって本名?」
少女はフン、と鼻を鳴らして笑った。まさか、他人の口からまたその名を聞くとは思いもよらなかった。ましてや、本名などと勘違いされては堪らない。
少女「よしとくれよ。あれは彼が勝手にそう呼んでいただけだからね。幽霊の霊子だなんて、センスの欠片もない。…君がそう呼びたいのなら好きにすればいいけれど」
408: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 21:43:09 ID:08nwJEO3J.
弟「じゃあ、一つ提案なんだけどさ」
そう言った弟は耳まで赤く染まり酷く照れた様子だったが、少女は気にも止めず「何だい」と弟の言葉を待った。
弟「…ぼ、僕が勝手に呼ばせてもらっていいかな。その、名前をつけて」
少女は黙ったまま弟を見つめた。笑顔が消えた少女を見て、まずったかと弟に不安が過った。
少女「………好きにすればいい」
409: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 22:33:35 ID:08nwJEO3J.
ふい、と視線を流した少女の頬はほんのりと桜色に染まった。風に揺れる髪は艶々と眩しく光る。弟はその眩しさに目を細めながら言った。
弟「…ノエル」
少女「…?それが私の名かい?」
弟が控えめに頭を上下に振った。
弟「“聖夜”って意味なんだって。あんたの髪の色に、ぴったりなんじゃないかって思って…」
少女「ノエル、か……」
少女が与えられた名を存外嬉しそうに口にする。ぽっ、と花が一輪開くように弟の中で何かが弾けた。
410: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 22:58:09 ID:08nwJEO3J.
少女「…良い名だね」
少女の笑顔と共に一輪、また一輪と花が開く。次第に少女の顔が隠れてしまう程、弟の視界は沢山の花で埋め尽くされた。これ程までに美しい笑顔を弟は知らない。
──ああ、綺麗だな。
幼心に、素直にそう思えた。
少女「もう一度、呼んでくれないかな、…私の名を」
弟「…?ノエル…?」
少女「うん、綺麗な名だ」
気に入った、少女はそう言って漸く手に入れた自分の名を、瞳を閉じて噛み締めた。
411: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 23:22:30 ID:60l9Ui9qZw
ノエル───その名が本来の意味とは違い“誕生”を語源としている事を幼い少年は知らないのだろう。今の自分とは決して相容れない“生”の意味を持つ名前。第三者が聞けば滑稽だと笑うのかもしれない。
それでも、ノエルの胸にはその名がいとおしく響いた。
弟「じゃあ、ノエル…、ノエルはどうして此処に居たの?“めぐ”との思い出の場所?」
ふと、ノエルの瞳が陰る。黒髪を風に靡かせて景色に視線を移した。
412: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/13(火) 23:44:23 ID:60l9Ui9qZw
ノエル「どうしてだろうね、私にも分からない。……ただ、此処に来るとあの子の心に少し触れた気がするんだよ」
ノエルの表情は寂しいと嘆いているようでも、思い出を懐かしんでいるようでもあった。
彼女にこんな顔をさせる“めぐ”とは、どれ程までに魅力的だったのだろうか。ノエルの複雑な色をした横顔を、弟はただぼんやりと見ているしかなかった。
ノエル「…おかしいね」
ぽつりと呟いたノエルを、怪訝な顔で弟が横に見た。弟の様子を気にも止めず、ノエルは独り言のように続けた。
413:
削除されますた
414: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/14(水) 00:13:41 ID:08nwJEO3J.
ノエル「彼女達が居た日々を恋しく思う。関わるべきではないのに君が会いに来てくれた事を嬉しく思う。矛盾しているね…独りは慣れている筈なのに、こんなにも他人を求めている」
弟「ノエ──…」
弟の声を遮るように、数名の子供の笑い声が聞こえてきた。男の子が三人、追い掛けっこのようなものをしながら、この公園へと続く坂道を駆け上がって来ていた。
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