男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
350: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 22:20:22 ID:8qV65XyEH6
青々とした葉はすっかりと色を変えて散り始めている。弟は窓際で頬杖をついて、ハラハラと舞い散る木の葉を見つめていた。
教室には教師の声とチョークを黒板に滑らせる音が響いているが、そんなものは弟の耳に何一つ入っては来なかった。
友「弟、一緒に帰ろうぜ!」
弟の肩にクラスメイトが触れて、はっと意識が教室に戻された。気が付けば授業どころか“終わりの会”も終わってしまっていた。
弟「…あ、うん、帰ろう」
351: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 22:44:09 ID:.AL642LWkg
友「方程式難しいよ…。あれ、なんで答えが450円になったのか全然分かんなかった」
クラスメイトが口を尖らせてぼやいた。どうやら算数の授業で出た問題が理解出来なかったらしい。
弟「どんな問題だっけ?ノート見せて」
一日中上の空だった弟は、問題どころか授業の内容ですら曖昧だった。「仕方ないなあ」と、クラスメイトは鞄を地面に置いた。
352: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 23:10:46 ID:8qV65XyEH6
クラスメイトが鞄を漁ると同じくして、チリン、チリンと鈴の音が聞こえる。鞄に付けられた御守りの鈴が、小刻みに震えて音を鳴らしていた。
その音にふと、少女の姿が頭に過った。放っておいてくれと悲しげに呟いたきり、病院でも少女の姿を見掛けていない。
弟「…次は優しく、か」
友「え?何?」
鞄から算数ノートを取り出したクラスメイトが弟を見上げる。
弟「ごめん、用事思い出した。また明日!」
来た道を戻るようにして弟は走りだした。クラスメイトはその後ろ姿をただ呆然と見送った。
友「明日学校休みなんだけど…まあいっか」
353: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 23:38:49 ID:.AL642LWkg
弟の細い脚は少女を探して走り続けた。何処の誰かも分からない少女を探しだすのは容易ではない筈なのに、その足を止める術を弟は知らなかった。
何より、会える気がしてならなかった。それだけが弟をただただ走らせた。
弟「ハァっ…ちゃんと言わなきゃ…!」
きっと少女も同じなのだ。言い表わす事の出来ない不安と、無力な自分が怖くてたまらないのだ。そうして人を突き放す。
自分が少女に出来る事は、きっとこれだけなのだと信じて止まなかった。
354: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 23:57:17 ID:8qV65XyEH6
辺りはすっかり薄暗くなり始め、惜しみながら沈んでいく夕日に弟の焦りは増すばかりだった。
弟「猫…?」
息も絶え絶えな弟の前に、一匹の黒猫が佇んでいた。闇に溶けるような美しい黒が月明かりに艶めかしく輝いている。
もの言わぬ飴色の瞳が誘うように弟を見つめた。
──鈴の音が聞こえる。
355: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 00:16:16 ID:.AL642LWkg
弟が黒猫の後を追うようにして辿り着いた先は、丘の上にある公園だった。展望台から見える景色は夜空に光る星のようにキラキラと輝いている。
弟「あれ…猫、何処行ったんだ、ろ……」
薄く開かれた弟の瞳が段々と開かれていく。大きく開かれた弟の瞳には朧月のようにぼんやりと少女の姿が映っていた。
少女「君は本当に…懲りない子だねぇ…」
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