男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
34: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/21(金) 23:31:24 ID:PfVrPL84Ws
男「――そうだ、あの時、俺…」
少女「?」
少女は手の甲をペロリと舐めて首を傾げた。青年は何かを思い出した素振りで眉間に手を当てて目を閉じている。
男「あ、いや。俺、気付いたらあの路地で立ってたんだ。自分が何をしようとしていたか思い出せなくて」
少女「……」
35: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/21(金) 23:37:53 ID:PfVrPL84Ws
男「寝ている時に誰かの話し声がした気がして、目が覚めて、誰も居なかったんだけど、いや、あれは夢だったんだから当たり前か。
じゃなくて、めぐが…めぐって、俺が飼ってたというか拾って保護してたんだけど…」
少女の瞳がゆらゆらと揺れる。何かを言いたげに揺れる瞳を伏せると、グッと唇を噛み締めた。
36: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/21(金) 23:56:52 ID:PfVrPL84Ws
青年の脳裏に過る光景。
月明かりにほんのりと照らされた黒猫の姿と、鈴の音。
男「…めぐがベランダから飛び降りたんだ。それで、急いで下に降りたんだけどめぐは居なくて、それで」
少女「……」
男「あの路地に、首輪が落ちてた。あの日も今日みたいに雨が降っていて」
少女はギュッと目を閉じ、顔を伏せた。その体は小刻みに震えている。
青年は、はっと目を開けて、
37: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/22(土) 00:10:36 ID:KRJJSQkUy.
男「……どうしたんだっけ?あれ?」
少女がきょとんとした顔で青年を見た。青年もまた、少女と同じ表情で少女を見ていた。
男「めぐ、何処に行ったんだろう…」
少女「此処に居るよ。めぐは、此処に居る」
ゆらゆらと揺れる少女の瞳からはポロポロと涙が溢れだしていた。
涙で濡れた顔を上げて、真っ直ぐに青年を見つめた。
少女「めぐは、此処に居るよ」
38: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/22(土) 00:13:37 ID:PfVrPL84Ws
書き溜めが尽きてしまいそうなので今回は此処までとさせて頂きます。
毎度毎度、少ない投下ですみません…orz
39: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/22(土) 17:16:39 ID:VxWkJSWhZ2
男「……は、」
二人の間に流れた暫くの沈黙。それを破ったのは青年だった。
男「はは、何言ってんの。めぐは猫だぞ、猫!からかわないでくれよー」
青年は脱衣場からバスタオルを取ると、その涙を隠すように少女の頭を覆った。
わしゃわしゃとまだ水の滴る少女の髪を拭いてやりながら笑った。
確かに出会った状況も似ている。
あの路地で雨の中、誰かを待っていた黒猫と少女。青年が連れて帰って、こうしてバスタオルで拭いてやった。めぐは大層嫌がったものである。
少女「う〜!」
男「あ、こら!暴れるな!」
少女「うぅ〜!!」
そうだ、めぐの奴も風呂が嫌いだった。バスタオルで拭く時は決まって腕をすり抜けて逃げていた。
そんな事を青年が思っていた時だった。
40: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/22(土) 17:24:26 ID:VxWkJSWhZ2
少女「う…うにゃーっ!!」
男「あ、おいこら待て!めぐ!…っ!」
重なった状況と思い出に浸っていた所為で、思わず口から出た名前。
青年自身も驚いて、慌てて口元を押さえた。
男「ごめん、つい…猫と同じ扱いをしてしまった」
少女「どうして?ボクはめぐだよ」
少女はそんな青年の素振りを気にも止めず、頭を左右に振り回した。
男「いや、だからね…」
少女「男がそう呼ぶならボクはめぐ。それに、」
男「え?」
少女「あんたと呼ばれるよりはいいと思うんだ」
バツの悪い顔をして「ごめん…」と言う青年に対して、少女は満足気にニンマリと笑った。
少女は“めぐ”になった。
41: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/23(日) 23:44:41 ID:XoCiYgLVhw
青年は頬を紅潮させながらコホンと一つ咳払いをして、
男「では、改めましてめぐさん。とりあえず、髪乾かしておいで。びしょびしょだ」
めぐ「乾かす…?」
男「ドライヤーだよ、ドライヤー」
青年の口から発された単語にめぐは怪訝な目で見つめた。その表情を見て青年もまた、怪訝な目でめぐを見つめる。
青年は一人納得したように頷くとめぐの手を引いて洗面台の前に立たせた。
42: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/23(日) 23:57:46 ID:jDEa9QqT6g
男「今回は特別に俺がやってあげますよ、お客様」
めぐ「おきゃくさま?」
男「そ。お持て成しって事で」
「安いお持て成しだけど」と苦笑いする青年を余所にめぐは存外嬉しそうに笑みを浮かべた。
めぐ「おきゃくさま。おもてなし。おきゃくさ、みゃっ!?」
青年がドライヤーのスイッチを入れると、めぐの表情は一変し毛を逆立てて飛び跳ねた。何か恐ろしいものを見るような目でじりじりと後退して行く。
43: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/24(月) 00:03:45 ID:jDEa9QqT6g
男「どうした?」
めぐ「それ、いらない…」
男「ん?それって、これ?」
青年がドライヤーを傾けてめぐに向ける。温風を直に受けて、めぐは叫び声を上げてベッドの上へと飛び乗った。
ふうふうと息を荒げ、肩を上げて凄んでみせたが青年は動じない。
そればかりか、青年の表情はどこか楽しげであった。
44: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/24(月) 00:07:05 ID:XoCiYgLVhw
男「フフン…猫の“めぐ”もよくそうやって抗ったものよ」
めぐ「いらないったらいらない!」
男「ええい!黙れお客様!無料サービスでございますーっ!」
めぐ「ぎにゃああぁあああぁぁ!!」
めぐの断末魔のような叫びと青年の笑い声がワンルームに谺する。
それから数分間の格闘の末、青年の前にはぐったりとしためぐの姿があった。
45: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/24(月) 00:14:11 ID:jDEa9QqT6g
男「サラサラふわふわの仕上がり。完璧!」
めぐ「うぅ…ボク、おきゃくさま嫌いだ…」
男「そうかそうか」
青年はベッドに突っ伏して頬を膨らませるめぐを横目に、まだほんのりと暖かいその髪を指で梳くように撫でてやった。
暫く唸っていためぐだったが、次第に瞼が重くなっていくのを感じていた。温かくて優しい手の感触を感じながら、やがてめぐの視界は真っ暗になった。
46: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/24(月) 00:22:37 ID:jDEa9QqT6g
男「…寝ちゃったよ。しかも見ず知らずの俺のベッドで、勝手に。誰も泊まってけなんて言ってないのに」
溜息を吐いた青年の口元は、その言葉に反して弧を描いていた。
すやすやと寝息を立てて眠るめぐは、あどけない少女の顔をしている。その寝顔を見ながら、そっと布団を掛けてやった。
男「……君は誰なの?何処から来たの?あの場所で、誰を待っていたの?」
男「もしかして、本当に“めぐ”だったりして…?」
一息吐いて、青年はクスリと笑った。音を立てないように静かに立ち上がると、電気のスイッチに手を掛けて「なんて、そんなわけないな」と呟いた。
男「おやすみ、めぐ」
青年の声と同時に、部屋の灯りは消えた。
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