男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
326: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 20:16:01 ID:LuxIfDOYRs
「ニャー」と低い声を出して、茶色い縞模様をした猫が弟に向かって威嚇をしている。首輪もなく薄汚れているところを見ると、どうやら野良猫のようだ。
弟「ついに空耳ですか…」
深い溜息を吐きながら肩を落とす。今度こそ忘れようと歩きだしたが、前方に見えた人影に思わず息を呑んだ。
黒いワンピースを翻して歩く黒髪の女の子──間違いなく、あの少女だった。
327: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 20:50:47 ID:ZuifM71Eps
少女は弟に気付く素振りも見せずに角を曲がって行く。呆然とその姿を見ていた弟が慌てて後を追った時には、もう少女の姿は見当たらなかった。
弟「くっそーまた逃げられた…!」
少女「誰が逃げたって?」
弟「うわーっ!?」
弟が飛び跳ねて振り返る。角を曲がった筈の少女は弟の真後ろで耳を押さえて睨み付けていた。
少女「うるさいよ」
少女の気迫に押され、弟は少しばかり後退った。
328: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 21:25:10 ID:LuxIfDOYRs
少女「人の忠告を無視するのかい?聞き分けのない子だね」
呆れた、とでも言うように少女が溜息を吐いた。
確かに少女は関わるなと言っていた。しかし、自分とそう変わらない背丈の少女に上からものを言われる筋合いは弟にはない。ムッと口を尖らせて少女に言った。
弟「あ、あんたが僕から逃げるからだろ?」
少女「逃げてなんかいないよ。関わるなと言ったんだ、君を無視するのは当然でしょう?」
怪訝な顔で首を傾げる弟の様子を見て、少女はやれやれと首を振った。
329: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 21:46:13 ID:ZuifM71Eps
弟「ねぇ、なんで姉ちゃんの病室覗いてたわけ?」
少女の瞳が僅かに揺れた。
眉を寄せて、弟の視線から逃れるように下を向く。
少女「…君には関係のない事だと言ったでしょ。答える義務はないね」
弟「へぇ。用もないのに病院行くんだ、あんた」
少女は弟の挑発的な態度に視線を戻す事もしない。もやもやと煮え切らない思いは、幼い少年を苛立たせるのには十分だった。
330: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 22:08:36 ID:LuxIfDOYRs
弟「あーもう!何か言ってよ!何なんだよ!」
苛立ちを覚えているのは少女も同じようだった。深々と眉間に皺を寄せて舌を弾くと、聞き分けのない子供に吐き捨てるように言った。
少女「迎えに来たんだよ!だけどまだ時期じゃない、それだけの話だ!」
弟「迎えに……?」
はっとした少女はバツが悪そうに顔を顰めた。
331: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 22:35:37 ID:ZuifM71Eps
何故言ってしまったのだろうか。目の前の少年とは、関わるべきではないと分かっているのに。苛立っているのは弟に対するものではなく、未だ“彼ら”に追い付けないでいる自分自身への焦りだというのに。
ところが、弟が発したのは少女も予想していない言葉だった。
弟「なぁーんだ」
つい先程まで道端の野良猫のように敵意を剥き出しにして威嚇していた弟は、幾分かトーンの高い少年らしい声でそう言ってのけた。
少女「…?」
少女の丸い大きな目はぱちくりと瞬きを繰り返した。
332: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 22:48:19 ID:ZuifM71Eps
弟「僕も姉ちゃんが入院してるんだよ。だから、あんたと同じ。そういうのわざわざ人に言い触らしたくないもんね、分かるよ」
警戒心のない少年の笑顔を見せる弟に、少女はそういう事かと納得した。
恐らく弟は、少女も自分のように入院している誰かを見舞っていると誤解をしているのだろう。
少女「…まぁ、そんなところだね」
しかし、少女にはわざわざその誤解を解く理由なんてありはしなかった。
333: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 23:28:57 ID:LuxIfDOYRs
弟「僕、弟っていうんだ。次見掛けたら覗いてないで声掛けてよ」
少女「……」
宜しく、と弟は手を差し出した。
少女は骨張っていないすらりと細い少年の手をまじまじと見つめ、その手に触れる事を拒んだ。
少女のつむじの辺りには、まだ青年の大きな手の温もりが残っているような感覚がした。その熱が体の奥の方からじわじわと、何かを溢れ出させようとしているのが何故だか堪らなく恐かった。
334: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/5(月) 23:54:19 ID:ZuifM71Eps
弟「…?ちょっと、何処行くの?」
少女「…もう、放っておいてくれ」
弟は訝しげな眼差しを少女に送った。
少女はそんな弟から逃げるようにして背を向けて歩きだした。
弟「ち、ちょっと!名前くらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
頬を膨らませて声を荒げる弟に、少女は首だけ振り返って言った。
少女「名前なんて、持っていないよ」
335: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 00:00:04 ID:ZuifM71Eps
今回は此処までとさせて頂きます。
やっと主役二人をちゃんと対面させる事が出来ました。それで思ったのですが、弟と少女のキャラ…被っていませんかね。
見分けつきますでしょうか。心配であります(´・ω・`)
それから、皆さんのお陰で熱が下がりました!ご心配お掛けしてすみません。愛のあるレスをありがとうございました。
336: 名無しさん@読者の声:2011/12/6(火) 00:18:38 ID:LVJ0vuQqjo
二人ともツンツンキャラだとは思うけど全然被ってないと思うよ(^ω^)
少女たんかわゆCCC
337: 名無しさん@読者の声:2011/12/6(火) 00:21:35 ID:ovkx6JVVlE
少女も弟も魅力的です!
体調崩さないよう自分のペースで頑張ってください!
338: 名無しさん@読者の声:2011/12/6(火) 11:22:53 ID:/NxGZR211E
ツンツンコンビ可愛い!弟くれ(*´ω`)つC
339: 名無しさん@読者の声:2011/12/6(火) 18:58:51 ID:xInxTUSewQ
お姉ちゃんはもらった〜!
っC
340: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 20:47:03 ID:VVmn2h4y/A
>>336
支援ありがとうございます!
やはりツンツンしてしまっていますよね。何度頭で二人の姿を描いてみても、二人共がしかめっ面で睨んできてくれます。生みの親なのに…悲しいですw
弟「可愛いってさ」
少女「だから何だい?」
弟「顔、赤いよ」ニヤニヤ
>>337
わー、わー、ありがとうございます。凄く嬉しいです。本当に、嬉しい…(´;ω;`)
キャラクターって、どれだけ脳内で設定していても書き手次第で本当に変わってしまうと思うんですよね。文章で表すならなおのこと。そう言って頂けると本当に嬉しいです!ありがとうございます!
体調管理もしっかりします。お優しい心遣いに感謝!
弟「長いよ」
少女「長いね」
女「確かに長いね」
1「」
>>338
支援ありがとうございます!
そう言って頂けるとツンツンコンビも喜びます。きっと素直にありがとうとは言わないのでしょうけどw
女「だ、駄目ですー!弟くんはあげません!!」ギュウゥゥ
弟「ぐっ…ぐるじいよ姉ぢゃん…」
>>339
支援ありがとうございます!
お姉ちゃん、お気に召しましたでしょうか?ちょっと抜けててふわふわした子ですが、可愛がってやって下さいね(´ω`)
女「え、私339さんのものになっちゃうの?」チラッ
女「凄く嬉しいけど、困ったなぁ…」チラッチラッ
弟&男「……」
341: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 22:11:43 ID:0LPkSTsaU.
───‥
女「そう、そんな事があったの」
弟「全く礼儀がなってないと思わない?もう、第一印象から最悪だったんだけどね」
風船のように膨らんだ弟の頬は、指で突けば割れてしまいそうな程に張り詰めている。
姉はそうしてやりたい衝動を抑えながら、年相応に愛らしく拗ねた弟を見てクスクスと笑った。
342: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 22:35:26 ID:0LPkSTsaU.
女「もしかしたら恥ずかしがり屋なのかもしれないよ?次は優しく話し掛けてあげなよ」
弟「それじゃあ僕がいつも優しくないみたいじゃない?」
女「そんな事ないよー!今日の弟くんはまた特別可愛いけど」
弟「…何それ、可愛いかなんて訊いてないんだけど」
りんご色をした弟の頬がフイとそっぽを向く。その様子に、やはり可愛いと姉の細い手は弟の頭を撫でた。
343: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 23:03:20 ID:VVmn2h4y/A
女「でも嬉しいなあ、弟くんから女の子の話が聞けるなんて」
弟「ちょっと、変な期待しないでよ?」
弟がジト目を向けても、姉は首を傾けて柔らかい笑みを浮かべるだけだった。夢見る少女の姉には何を言っても無駄なのだろう。
弟「…まったく」
弟はいつもこの柔らかな姉の雰囲気に呑まれてペースを乱される。どれだけ大人ぶってみせても無駄だった。
そうして自覚させられる。
自分は無力な子供なのだと。
344: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/6(火) 23:56:01 ID:0LPkSTsaU.
女「弟くんの結婚式とか、きっと私泣いちゃうんだろうなー」
『……お姉ちゃん、もう駄目かもしれないって』
目の前で輝かしい未来に胸を膨らませる姉は、母親がそう言われた事を知らないのだろうか。
女「娘さんを僕に下さい!とか言っちゃうのかな。私も言われたいなあ。娘はお前にはやらん!なんて…」
『手術するにも、今のままじゃ体力が保たないんだって』
本当は今すぐにでも大声で泣き喚いて姉の胸に飛び込んでしまいたい。
女「…もう、弟くん聞いてる?」
「お姉ちゃん、死なないで」と、縋りついてしまいたい。だけどそうする事が出来ないのは、やはり子供だからなのだろう。
弟「………」
素直になれない、子供だからなのだろう。
弟「気が早いよ、姉ちゃん」
345: ◆b.qRGRPvDc:2011/12/7(水) 00:01:49 ID:0LPkSTsaU.
少ない投下ですが、今回は此処までとさせて頂きます。
支援レスを下さった方、読んで下さっている方、いつも本当にありがとうございます!
皆様のお気に入りの物語の一つになれますように。おやすみなさい。
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