男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
287: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 20:44:08 ID:As22E0pO8E
「──お迎えです」
まだ小さな手が老婆の前にそっと差し出される。皺塗れの細い手が小さな手に触れ、光の粒に包まれて消えていった。
「お婆ちゃん!お婆ちゃ…わあああぁああぁ…っ!!」
消えていった老婆の家族であろう数名が、老婆の亡骸に覆い被さって噎び泣いている。
その泣き声を背に、少女は黒いワンピースを風に揺らしてその場を去った。
288: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 21:05:56 ID:As22E0pO8E
少女「……何人目、だったかな」
溜め息混じりに自らの手を見つめる。手首に付けられた鈴の付いた赤い首輪がチリン、と音を鳴らした。
あれからどれ程の人間を送り届けたのか、少女にはもう分からなかった。
少女「君達に会えるのは、まだ先になりそうだね」
誰に言うでもなく、少女は空を仰いだ。緩やかな雲の流れが、ゆっくりと、しかし確実に時は過ぎているのだと実感させる。
──少女にはまだ、救いの手は差し伸べられていない。
289: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 21:37:12 ID:As22E0pO8E
*
病室の窓際にあるベッドで一人の少女が半身を起こし、外を眺めている。
紙の上に鉛筆を滑らせ、一心不乱に何かを描く。他に物音はせず、鉛筆が滑る音と溜め息だけが病室に響いていた。
「姉ちゃん、またそんな事して。こないだみたいに風邪引いて大変な事になったらどうすんの」
「わ、弟くん…!?」
姉と呼ばれたその少女は慌てて布団の中へと体を滑らせると「ごめんごめん」とバツが悪そうに笑った。
290: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 21:55:23 ID:As22E0pO8E
弟「で?今日は何描いてたの?」
弟がひょいと持ち上げた紙には、窓から見える景色と同じものが描かれている。しかし、その景色の中には生物の姿は一切見られず、何とも物寂しい光景が広がっている。
弟「…僕は絵なんか描けないから分かんないけど、こういうのって感情に左右されるもんなのかな」
女「…?何が?」
首を傾げてきょとんとする姉に見せるように絵を向けて、弟の手がピラピラと紙を揺らした。
291: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 22:16:03 ID:As22E0pO8E
弟「これ。寂しい寂しいってオーラ出まくり。誰かさんに会いたくて堪らないんだろうけどさ」
女「…っな、」
頬を紅潮させた姉がニヤニヤと笑う弟の手から紙を奪い去った。
弟はまるで降参のポーズをとるように両手を顔の横で広げてみせた。
女「か、からかわないでよー…そんなんじゃ、ないんだから」
握り締められた姉の手に力が入り、渇いた音と共に紙が皺を寄せた。
姉の視線はしょんぼりと下を向き、姉弟の間には気まずい沈黙が流れた。
292: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 22:39:26 ID:As22E0pO8E
弟「あの、ごめ…」
女「寂しいのは本当だけど、」
弟の言葉を遮るようにして姉が顔を上げた。細い腕を持ち上げて弟の頭をよしよし、と撫でる。
女「弟くんが毎日会いに来てくれるから、今は寂しくないよ?」
弟「…何それ、ブラコンかよ」
弟の頬が気恥ずかしさから桃色に染まる。フイと視線を逸らした先に、学生服のズボンと革靴が見えた。
弟「あ、」
男「今日は。お邪魔だった?」
女「男くん…!」
293: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 22:55:39 ID:As22E0pO8E
学生服に身を包んだ男がひらひらと手を振って病室に足を踏み入れた。
少し緩めたネクタイに白いワイシャツが男の笑顔をより一層爽やかなものにする。その笑顔を見て、姉の表情は嬉しさを隠しきれないでいた。
弟「…お熱いことで」
女「ん?弟くん、何か言った?」
ぼそりと呟いた弟の嫌味ともとれる声は姉には届かず、代わりに嬉々とした笑顔が首を傾げた。
294: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 23:18:02 ID:qL3BUknhLU
弟「何でもないよ。僕、友達と約束してるからもう行くね。母さん、夜に着替え持ってくるって言ってたよ」
パイプ椅子から腰を上げると、姉の返事も待たずに出口へと向かい、
弟「男さん、またね!」
笑顔で手を振り病室を後にした。
男は弟に手を振りながら横目で姉に振り返った。
男「弟くん、本当いい子だよね」
女「小学生とは思えないくらい生意気だけどね」
姉は鉛筆をコロコロと弄んで、少し照れた様子で笑った。
女「でも、自慢の弟なの」
295: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/28(月) 23:38:48 ID:As22E0pO8E
*
弟「ちょっと、あんた」
弟は病院の敷地内にある木の下で、睨むように上を見上げた。その木は姉が入院している病棟と隣接するように立っている。
木の上からの返事は返って来ず、木の葉が風に揺れてサラサラと音を鳴らした。
弟「あんただよ、あんた。聞こえてんだろ?」
チリン、と鈴の音が鳴る。
振り返った少女は、信じられないと言わんばかりに二度三度と瞬きを繰り返した。
296: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/29(火) 00:04:35 ID:As22E0pO8E
弟「人の姉ちゃんの病室じろじろ覗き見て何なわけ?バレてないとでも思ってんの?」
ワンピースの裾を握った少女の手が微かに震え、動揺の色を見せる。
病室の方にチラリと視線を投げて至極面倒そうに舌打ちを零した。
少女「…関わらない方がいいよ」
弟「は?」
少女「聞こえなかったのかい?私に関わらない方がいい。君には関係のない事だよ」
297: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/11/29(火) 00:30:50 ID:As22E0pO8E
少女は言い終えると弟が立つ位置とは逆方向に、木の上からふわりと飛び降りた。
弟「お、おいっ!」
急いで木の裏に回り込んだが、少女の姿は何処にも見当たらない。
困惑しながら辺りを見渡しても、弟は少女の姿を確認する事は出来なかった。
弟「何だよアイツ…逃げんの早すぎ」
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