男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
238: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 20:55:55 ID:owdFNQ5OBY
めぐ「何だろう、この気持ち…胸が凄くぽかぽかするの」
男「…?」
めぐは自身の胸に手を当てて首を傾げた。ずっと前からあったような懐かしい温もりを感じる。
めぐ「前にも男にしたんだ、これ。男が寝てる時に、ちゅって」
男「えぇ!?」
顔を真っ赤に染めた青年は思わず口元を押さえた。
めぐ「その時は凄く苦しくてぎゅってなった。でも、今は凄くぽかぽかするの」
めぐの頬がほんのりとピンク色に染まる。胸の奥にある確かな温もりが、解放してくれとめぐにせがんでいる。
239: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 21:29:02 ID:owdFNQ5OBY
めぐ「男、だいすき。ボクも男がだいすきだよ。だけど、このぽかぽかしたのはだいすきよりも、もっと…」
男「もっと?」
めぐ「男といると苦しくてあったかいの。なんでかなあ?だいすきと、何が違うのかなあ?」
首を傾げるめぐを前に、男の頬は紅潮する。ああ、と頷いて照れ臭そうに頭を掻くと、視線を横へと外した。
男「あー…うん、アレだ。“愛してる”って言うんだ、こういう時は」
240: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 21:48:49 ID:zp0bIVJqTM
めぐ「あい、してる…?」
怪訝の色に曇るめぐの目は開かれ、潤んだ瞳に反射するようにゆっくりと輝きを取り戻していく。
パズルのピースが嵌るように、めぐの中で確かになっていくそれは、まさにめぐが探しているものだった。
めぐ「あいしてる…あいしてる!男、あいしてる!!」
男「うん…?え?」
青年の頭に浮かぶクエスチョンマークを弾くように、めぐは“愛してる”を繰り返した。
241: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 22:09:11 ID:owdFNQ5OBY
めぐ「見付けたんだ、やっと分かった!男、愛してるなんだよ!」
男「な、何が?」
頬の熱も冷めぬまま青年は困惑した。
めぐ「ボクの“失くしたもの”は、愛だ。誰かに愛されるという事、それと─」
青年の目の前にはめぐの笑顔があった。今まで見た事のない、はにかんだ笑顔。
めぐ自身の胸に手を当てて、青年を見つめた。
めぐ「──誰かを愛するという事」
242: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 22:12:15 ID:zp0bIVJqTM
×めぐ自身の胸に手を〜
〇めぐは自身の胸に手を〜
畜生、畜生…!すみません(´;ω;`)
243: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 22:30:13 ID:owdFNQ5OBY
男「……はは、何だ。そうだったのか」
呆然としていた青年の口元は次第に緩み、笑みを零した。
きょとんと首を傾げためぐに、青年は続ける。
男「めぐ、お前の本当の名前は“めぐみ”だ。“愛”と書いて、めぐみ。母親が俺につけようとしてた名前なんだ」
残念ながら生まれたのは男だったけど、と青年は苦笑した。
男「俺が最初にお前に与えたのは、愛(めぐみ)…お前の名前だよ」
244: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 22:48:40 ID:zp0bIVJqTM
めぐ「…あったんだ」
輝きを取り戻しためぐの瞳からは涙が流れている。頬を伝う涙はポロポロと零れ落ち、アスファルトの上で細かく弾けた。
めぐ「最初から、こんなに近くにあったんだ。ボクは愛を貰ってた」
空から降る雨はなく、アスファルトはめぐの涙で色を変えていく。
青年がその涙に触れようと手を伸ばすと、何か温かいものを感じた。
245: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 23:04:28 ID:owdFNQ5OBY
男「何、だ…これ…?」
気が付けば黄金色の粒が二人を包み始めていた。温かく優しいその光の粒が触れる度に、二人の体は色を失って消えていく。
めぐ「さよなら、だね」
男「…また会えるんだよな、俺達」
めぐ「きっと、いつかまた会える。何度でも見付けてみせるよ」
男「だったら…さよならは取り消しだ」
青年の揺れる瞳の中で、半透明のめぐがふわりと笑う。
溢れ出る涙でさえ黄金色の光の粒が飲み込んでいる。
246: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 23:28:07 ID:owdFNQ5OBY
めぐ「男、」
男「ん?」
めぐ「出会ってくれて、ありがとう」
男「……此方こそ」
めぐは眉を下げて微笑むと、ゆっくりと立ち上がり青年に向かって手を差し出す。
めぐ「お迎えです」
めぐの差し出された手に、男の手が重なった。
言葉に出さなくても伝わってくる。
互いの手が、その熱が、愛していると叫んでいた。
247: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 23:32:12 ID:owdFNQ5OBY
「──ありがとう」
黄金色の光の粒が二人を包み込み、やがて消えた。
248: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/21(月) 23:56:15 ID:zp0bIVJqTM
────‐‥
チリン、と鈴の音が鳴る。
黒いワンピースを着た少女は一人、住宅街の路地を歩いていた。その手首には鈴の着いた赤いものが着けられている。少女が歩く度に、その鈴はチリンと音を鳴らした。
少し先の電柱を見て、少女は目を細めた。電柱の下には幾つもの弔いの花束が供えられている。
249: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/22(火) 00:01:12 ID:zp0bIVJqTM
少女は電柱の前に屈むと、小さな花を一輪、そこに置いた。
少女「私は君を忘れないよ、めぐ。君という存在は確かに此処に在った」
足元の小さな花が頷くように揺れている。少しの間少女は目を閉じて、立ち上がった。
少女「……私も、いつか君達に会えるだろうか」
少女は笑顔で空を仰いだ。
晴れ渡る空は暖かい風を吹かせている。二人を濡らす冷たい雨は、もう降っていない。
250: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/22(火) 00:02:39 ID:zp0bIVJqTM
──出会う感情の名は、愛。
大切に思う、暖かい感情。
「出会う感情の名は、」fin.
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