男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
208: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/16(水) 21:48:05 ID:adMUXkgFVg
*
一軒の平屋の前に青年は居た。膝に手を付き、深々と頭を下げている。その表情は垂れ下がる髪に隠れて伺う事は出来ない。
家の中からは女性の泣き声が聞こえてくる。啜り泣くようなその声は、時折何かを言いながら息を詰まらせていた。
男「……ごめん」
青年が擦れた声で呟く。垂れ下がる髪が小刻みに揺れた。
209: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/16(水) 22:08:07 ID:89gvyHE3LQ
女性の泣き声は止まない。きっと、青年の声が彼女に届く事はないのだろう。言葉を交わす事でさえ、もう──。
それでも、
男「ごめん…ごめんな……親不孝者で、ごめん……!」
この思いを声に出さずにはいられなかった。
男「…ありがとう、ございました」
少しの間を置いて、青年の頭が勢いをつけて上げられた。
210: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/16(水) 22:32:48 ID:adMUXkgFVg
一歩踏み出す度に青年の頭に思い出が蘇る。
伯母さんの作るご飯は毎回味が薄かったな。
熱が出た時は泊まっていくなんて、子供みたいに駄々を捏ねて看病してくれたっけ。
伯父さんと喧嘩した時は二人して伯母さんに正座させられたなあ。
母さんが亡くなった時は、息が出来なくなるくらい抱き締めてくれた。
俺が死んで、伯母さんは誰に抱き締めてもらったんだろうか。
振り返らずとも鮮明に浮かぶ暖かかった家族。青年は後ろ髪を引かれる思いで一歩、また一歩と前に進む。
青年の唇が震える。込み上げる悲しみを振り切るように、パシッと両手で頬を叩いて自身の頭を切り替えた。
211: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/16(水) 23:38:26 ID:adMUXkgFVg
男「此処で俺の人生が終わって、此処で始まったんだな、…なんて」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。何処か清々しく、迷いのない表情をしている。
空を仰いで目を閉じると、賑やかな日常の音が聞こえてくる。もう青年の耳を塞ぐものは何もない。
男「………」
暫く歩いて青年の足は止まった。
男「お待たせ、めぐ」
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