男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
179: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 18:38:53 ID:dMYhP7SHjI
男「…何、を…っ…!?」
突如、青年を襲った耳鳴りと雑音。耳を押さえてもその音は鳴り止まず、頭をガンガンと刺激した。
立っている事もままならず足元をふらつかせる。目の前の少女が激しく歪んで、青年は思わず目を閉じた。
──誰かの泣き声が聞こえる。
?『どうして、どうして…!あの子を返して!!』
─泣かないで。
?『無理矢理にでもこの家に居させれば…こんな事にならなかったかもしれないのに…!』
─そうじゃない。
?『私の所為だ……息子のように思っていたのに…!!』
─貴方の所為じゃ、ないよ。
180: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 19:37:21 ID:awCAHkK9I.
男「…っう、」
脳裏で巻き戻されていく青年の記憶。頭の中で沢山の声が響いている。それは大きく鳴り響くと、すぐに止まった。
はっと目を開けると目の前に広がる光景。青年は住宅街の路地にポツリと立っていた。
男「何、だよ……」
頭を押さえてその場に蹲る。
降り続けていた雨は、止んでいた。
181: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 20:12:31 ID:awCAHkK9I.
男「…俺、が…?」
ふらふらと青年は立ち上がった。
目の前には先程と変わらず少女の姿があった。フローリングの床がギシリと音を立てて軋む。
男「はは、は…なんだ…」
住み慣れている筈のワンルームにはベッドも、何もなかった。カーテン代わりにぶら下げられている半透明のビニールだけが、風にはためいている。
182: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 20:54:49 ID:awCAHkK9I.
全身に走った衝撃、反転する視界、散乱した財布の中身、雨の降る住宅街の路地─それらが青年の脳裏で交差する。
青年は全てを思い出し、そして理解した。
男「居なくなんのは…、俺だ…」
少女「……」
男「俺、なんだ……」
183: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 21:18:06 ID:awCAHkK9I.
*
雨の中、静かに佇んでいた黒猫が待っていたのは、一人の青年。
自分の存在に気付く筈のないその人物は、とても暖かい手の持ち主だった。
人と触れ合うのは初めてだった。
ただの好奇心だった。
黒猫は、いつしか青年を失う事を受け入れられなくなっていた。そして、運命に抗った。
いつか失う命──黒猫はそれをただ守りたかった。
184: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/13(日) 21:38:31 ID:awCAHkK9I.
青年の元を去った黒猫は、自らを犠牲にする事で青年を助けようとした。
それなのに、
それなのに──。
『なん、で…』
守りたかったものが、目の前に立っている。
あの時と同じように、暖かい手で受け止めてくれる。
『一緒に、居たい…男と一緒に居たい!』
抑えきれない気持ちが爆発してしまった。
ああ、この人を失いたくない。
手放したくない。
貴方を、忘れてしまいたくない──
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