男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
154: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 21:44:05 ID:mYM8Ym1HnU
少女「あのねぇ…」
少女はポリポリと頭を掻きながら青年を見た。眉間には深々と皺が刻まれている。
少女「子飼いじゃあるまいし、呼べばすぐ来ると思わないでくれるかな。私にだってすべき事はあるんだから」
それと、と付け足して少女は自分の胸を叩く。
少女「私の呼び名!変な呼び名付けないでくれるかい?」
男「ごめんなさい、霊子さん」
シュンと肩を竦める青年から目を逸らして、やり場のない感情を舌打ちで弾いた。
155: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 22:05:43 ID:mYM8Ym1HnU
男「あの、来てくれてありがとう」
少女「勘違いしないでね。別に、君の為じゃないから」
少女の目が泳ぐ。それを見た青年はクスリと微笑んだ。
男「分かってるよ。めぐの為だろ?」
少女「それも違うね。私達は友達でも何でもない」
男「でも、来てくれた」
少女「君が煩く私を呼んだからだよ!」
青年は目を細めて笑った。
頬を紅潮させて顔を逸らす少女がとても愛らしく見える。いつもの仏頂面は見る影もなく、幼さを垣間見せていた。
156: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 22:28:27 ID:mYM8Ym1HnU
少女「…君が知りたいのは、」
振り返った少女の目は真っ直ぐに青年を捕らえていた。
風にはためくカーテンが二人の会話を邪魔するようにパタパタと音を立てている。
少女「君が知りたいのは、彼女の事だね」
青年の目の色が変わる。口をグッと引き締めて少女の言葉を待った。
少しの間を開けて、少女は重い口を開いた。
少女「めぐというものは存在しないし、してはいけない。本来出会うべきじゃなかったんだよ、君と彼女は」
157: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 22:53:03 ID:VCHgmReH86
少女「…幽霊というのも強ち間違いじゃないんだ。元は人間だったからね、私も彼女も」
男「元は…?」
少女「……」
青年は眉を顰めた。
少女の話があまりにも現実味がなさすぎて理解が出来ない。まるで、安っぽいファンタジー小説を読んでいるようだった。
158: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 23:14:44 ID:gdsRLqBUn.
男「存在しないって、してるじゃないか。触れる事だって出来る」
少女「…っ君は!君は、目に見える事が全てなのか?私達は存在しない!ただの空っぽな何かなんだよ」
肩に触れる青年の手から逃げるように、少女は自分自身の肩を抱いた。力をこめられた指先は白くなっている。
青年は少女に掛ける言葉を見付けられずにいた。
少女は荒くなった呼吸を整えて冷静さを取り戻すと、静かに語りだした。
159: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 23:33:05 ID:VCHgmReH86
少女「簡単な話だよ。私達は罪を犯し、その代償としてこうしてる」
男「罪って…何を」
少女「…さぁね、記憶なんて何処かに忘れて来たんだろう。気が付いた時には、自分が何者かなんて覚えちゃいなかった」
男「それは、めぐも…?」
少女は無言で頷いた。
青年は出会ったばかりのめぐを思い出した。貴方は誰か―その質問に答えなかった訳が、何となく分かった気がする。
手のひらがじんわりと熱くなって、初めて自分の手に力が入っている事に気付いた。
160: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/9(水) 23:35:41 ID:gdsRLqBUn.
今日の投下は此処までとさせて頂きます。終わりが見えてきた…!
何だか突然寒くなりましたね。皆さんも体調には気を付けて下さいね(´・ω・`)
161: 名無しさん@読者の声:2011/11/10(木) 02:44:05 ID:dfKDROSnzQ
いっぱいあげるからめぐと男を幸せにしてあげてCCCCCCCCCCCC
162: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/10(木) 23:31:38 ID:A8T..sH7VM
>>161
沢山ありがとうございます(*`・ω・pCq)キャッチ
前にも他の方に支援を頂いた際にも答えさせて頂いたのですが、めぐにとっての幸せは“現状のまま”男と一緒に居る事なんですね。
救いようのない物語にするつもりはないので欝展開ではない、とだけは断言致します!
こうして色んな方に幸せを願って頂けるめぐは、とても幸せ者ですね。本当にありがとうございます(*´ω`*)
男「支援サンクスだぜ!」
少女「…自分のキャラに迷っているんだね」
男「そ、そんな事ないんだぜ!」
少女「可哀想に」クスッ
男「そんな事…ないんだぜ…」
めぐ「男、可哀想…」
男「もうやだこいつら」グスン
163: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/10(木) 23:40:22 ID:A8T..sH7VM
少女は語り続けた。
――過去に何らかの罪を犯した私達は死後、死者となる事は許されなかった。真っ白い空間に私は居て、これからすべき事を知った。
私達は、こうして“生まれた”。
死期が訪れた人を送り届ける。
それが罪人である私達の償いであり、存在意義なんだそうだ。人は天使や死神と呼んだりするけれど、実際そんなものは居ない。
送り届ける。ただ、それだけの役割なんだよ。
164: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 00:23:12 ID:L9VHa.zPfY
人だった頃の自分の事は覚えていない。自分が犯した罪も、分からない。この容姿だって、私であって私じゃない。
そして、本来人に見えるものでもない。君のような人は初めてだったよ。私も、彼女も。
彼女が犯したタブーは、君という人間に出会い、共に過ごしてしまった事。君と触れ合い、存在してしまった事。
それから――
165: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 00:51:11 ID:A8T..sH7VM
少女は頭を左右に振ると言葉を紡ぐのを止めた。
少女「…これは、私が語るべき事ではないね」
青年は全身がドクンと脈打つのを感じた。こんなにも現実味のない話を信じる人は居ないだろう。そう思えるのに、目の前の少女の瞳が真実だと語り掛けている。
男「俺が……俺が、めぐの存在意義を奪ったのか?俺が一緒に居たいって言ったから?俺がめぐと出会ってしまったから?」
少女「それは違う。彼女は私の忠告を無視してまで“めぐ”である事を選んだんだよ」
166: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 00:56:40 ID:A8T..sH7VM
投下しながら何度も意識を手放してしまう…(´-ω-`)
時間掛かりすぎな上に少ない投下ですが、此処までとさせて頂きます。
おやすみなさい。
167: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 20:19:54 ID:VCHgmReH86
少女は風にはためくカーテンに目をやった。
雨の音は殆ど聞こえない。少女は終わりが近付いている事を悟った。
少女「彼女は全てを忘れて“誰か”になるよりも、“めぐ”のまま消滅する事を選んだ。君と過ごした時間をなかった事にはしたくなかったんだろうね」
男「しょう、めつ?待てよ、なんで…意味分かんねぇよ!!」
少女「私達は死者になる事も許されない、罪人なんだよ。罪を償わなければ消滅するのは当然でしょう」
168: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 20:45:56 ID:VCHgmReH86
青年の脳裏に焼き付いた、めぐの姿。思い出の中のめぐは罪人などではない、無垢な少女だった。
雨の中、誰かを待ち続けていた少女。雨に濡れる事も厭わず、悲しみに歪んだ表情で青年を見つめた。
「此処に居る」と泣いていた。
めぐと呼ぶと嬉しそうに笑った。
公園で無邪気にはしゃいでいた。
時折寂しそうな表情をして、手放したくないと言ってくれた。
一緒に居たいと、泣いてくれた。
この腕の中に飛び込んで来たのは、この腕が受け止めたのは、
存在しない空っぽの何かではなく、めぐという一人の少女だった。
169: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 21:12:13 ID:gdsRLqBUn.
男「…消滅なんかされてたまるかよ」
共に過ごした確かな存在、それを否定する事など青年には出来なかった。
青年の中にふつふつと沸き上がる感情は、今にも弾けそうだった。
男「霊子さん、霊子さん達が償いから解放される方法はないの?」
少女はピクリと眉を動かして得意気に答えた。
少女「あるよ」
170: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 21:38:13 ID:VCHgmReH86
少女「私達は過去に罪を犯し、その中で大切な何かを失ったんだ」
男「大切な、何か…」
少女「失くしたものを見付けるまで償いは続く」
男「見付かったら…?」
少女の口元が弧を描く。
その表情はまるでサンタのプレゼントを待つ子供のように、キラキラとしていた。
少女「他の死者と同じように、再び人として生きられる。もう一度やり直せるんだ」
171: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 21:58:48 ID:gdsRLqBUn.
『生まれ変わるんだよ、私達は。やり直せるんだ』
夢の中の少女が青年に語り掛けてくる。
『私は失くしたものを見付ける。自分の罪も』
夢の中の少女は、はっきりとそう言った。
男「…そっか、あの声は霊子さんだったんだな」
少女「何がだい」
男「いや、こっちの話」
少女の今までの行動は全て、めぐを助ける為のものだったのだろう。
自分にも、自分にも何か出来るのであれば――。
172: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 22:17:11 ID:VCHgmReH86
男「めぐが消えるなんて俺は嫌だ」
少女「そうかい」
男「でも、どうすれば…」
頭を捻る青年を余所に、少女は嘲笑するように小さく笑った。
その目は諦めの色を帯びている。
少女「役目を果たせばいいだけだよ。なのに彼女はそれを拒絶した」
男「役目を、果たす…」
173: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/11(金) 22:40:59 ID:gdsRLqBUn.
少女が語った罪人としての役割、その言葉の意味を青年は考えていた。
『死期が訪れた人を送り届ける』
雨の中、めぐは誰かを待ち続けた。その“誰か”を送り届ければ、あるいは――。
男「ちょっと待てよ……送り届けられるのは、誰だ…?」
少女「…私は彼女ではないから、それを君に教える義務はないよ」
でも、と付け足して少女は真っ直ぐに青年を見つめた。
少女の黒い瞳の奥は、今にも青年を吸い込んでしまいそうな程に暗闇が広がっていた。
少女「本当は、気付いているんでしょう?」
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