男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
129: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 21:04:00 ID:dhwnfalxmU
*
あれから幾日も時間が流れた。
めぐは青年の家での生活にもすっかり慣れ、苦手とするドライヤーも我慢出来るようになっていた。
少女もあの日から姿を現す事はなく、二人は穏やかに過ごしていた。
ゲームをしたり、青年の思い出話をただひたすらに聞いたり、公園の木に二人、肩を並べて座ったり。
幸せな時間が二人を包み込む。いつまでもこんな日が続けば良い――そう思っていた。
130: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 21:23:09 ID:U7KJ6HZvos
浴槽に張られたお湯をチャプチャプと弄ぶ音がする。手の平で掬ったお湯は隙間からいとも容易く零れていく。
男「ちゃんと十秒数えてから出るんだぞー」
めぐ「わかってるもん!いーち、にーい…」
ドアの向こうから聞こえる青年の声に返事をして、めぐは指折り数え始めた。
めぐ「…じゅう!」
131: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 21:57:36 ID:U7KJ6HZvos
浴槽に手を掛けて体を起こす。激しく波打つお湯の粒が弾けてめぐの顔に何滴か当たった。
ゆらゆらと揺れる水面。覗き込んでみても其処にめぐの姿はない。無機質な電球の灯りだけが水面で揺れている。指先でそっと灯りに触れると円を描いてその形を崩した。
めぐ「……もう、時間がないね」
自嘲じみた笑顔で水面を見つめる。電球の灯りが頷くように揺れていた。
132: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 22:15:03 ID:U7KJ6HZvos
めぐ「うぅーうぅー…」
男「はいはい、もう少しの辛抱だから」
不愉快な轟音と温風がめぐを襲う。随分と慣れはしたものの、やはり好きになる事は出来なかった。
ああ、なんでドライヤーなんてものが生まれてしまったのか。毎度の事ながら、めぐは心の中で小さく舌打ちをした。
男「はい、終わり。お疲れさまでした」
めぐ「お疲れさまでした…」
133: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 22:34:42 ID:dhwnfalxmU
男「サラサラふわふわ!完璧!」
めぐ「完璧ー!」
青年がめぐの髪を梳かしながら弄ぶ。その表情は口角を上げて至極満足そうなものだった。
めぐもドライヤーからの解放感から、嬉しそうに声を上げた。
男「ほれ、もういいぞ」
めぐ「わーい!お疲れさまでしたよー!」
青年の手がポンとめぐの頭に触れた。めぐは洗面台の前から離れると、そのままベッドに飛び乗って突っ伏した。
134: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 22:55:58 ID:U7KJ6HZvos
男「布団に飛び込むなっていつも言ってるだろうに…」
めぐ「だって!お布団気持ちいいんだもん!」
青年は布団に突っ伏したまま足をバタつかせるめぐの後ろ姿を苦笑しながら見下ろした。
男「はいはい、良い子はさっさと寝なさい」
めぐ「はーい」
眉を下げて笑うめぐの表情は青年が押した電気のスイッチ音と同時に暗闇に消えた。
135: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 23:18:44 ID:dhwnfalxmU
客人だからとめぐにベッドを譲っていた青年だったが、何度別に寝ても青年が目を覚ますとめぐは青年に寄り添うように眠っていた。
何の為に固い床で我慢しているのか―そんな疑問は二人でベッドで眠るという選択で容易に解決した。
“そういう関係”でないのは分かっているが、だからこそあまり密着するのも憚られる。青年はいつも気を遣ってベッドの脇に寄っていた。
しかし、この状況は青年にとってもあんまりだった。
男「……めぐちゃん。そんなに寄って来られたら落ちちゃうんですけど、俺」
ベッドに横になる青年に、めぐはぴったりと密着していた。
136: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/6(日) 23:42:36 ID:dhwnfalxmU
めぐ「…男、あのね」
男「ん?」
布が擦れる音がする。暗闇の中でめぐはうつ伏せの態勢を取った。
めぐ「“トモダオレ”ってどういう意味?」
男「読んで字の如く、だな。共に倒れる事だよ。助け合ったりした結果、二人共駄目になっちゃうって感じかな」
めぐ「二人共…」
男「うん。それがどうかした?」
青年はチラリと横目でめぐを見た。表情までは見えないが、小さな頭を枕に埋めている姿がぼんやりと見えた。
137: ◆b.qRGRPvDc:2011/11/7(月) 00:11:13 ID:dhwnfalxmU
男「めぐ?何かあったのか?」
めぐ「な、何でもない!」
青年の声と同時にめぐははっと顔を上げた。慌てて仰向けに態勢を変えると、顔だけを青年に向けて笑った。
めぐ「おやすみなさい、男」
男「…ん。おやすみ、めぐ」
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