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自販機「私は自販機。工場から来ました」
Part1

自販機「私は自販機。工場から来ました」
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/internet/14562/1398686431/

1 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:00:31 MQ3NqSoA
自販機「日本全国どこにでもある、自販機」
自販機「紙コップ式の自販機や食べ物の自販機などいろいろありますが」
自販機「私は、少し小さい以外は何の変哲もない、缶とペットボトルの普通の自販機です」
自販機「そんな私が工場から出荷されてやってきたのは」
自販機「一面田んぼの田舎でした」

2 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:01:03 MQ3NqSoA
自販機「辺りを見回すとどこまでも田んぼ」
自販機「遠くを見ると果てしなく山」
自販機「耳を澄ますと風に乗って森から蝉の声が聞こえる」
自販機「右から左へ長くのびた、車のいない道路のすぐそばで」
自販機「少しさびれたバス停の待合所へと寄り添うように」
自販機「自然の中で異彩を放つ、私のボディの赤色」

3 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:01:48 MQ3NqSoA
自販機「たまに目の前を過ぎていく人たちは」
自販機「アイスを食べたり」
自販機「時折ハンカチで顔を拭ったり」
自販機「誰もかれもが暑さに疲れたような表情をしています」
「"もう疲れたよおー"」
「"そうね、少し休憩にしましょうか"」
自販機「買い物帰りのお母さんが少年に200円を渡すと」
自販機「少年はワクワクしながらどれにしようか悩み始めました」

4 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:02:29 MQ3NqSoA
自販機「30秒ほど悩んで買った缶ジュースをプシュッと開けてゴクゴクと飲み始めます」
自販機「プハーッと大きく一息をつき、満足げに口元を拭う少年」
「"ぷはぁーっ!生き返ったー!"」
「"ふふ、じゃあ行こっか"」
「"うん!"」
自販機「手をつないで歩いていく親子の背中を見送る、」
自販機「そういうのどかな生活がここにはあります」

5 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:04:31 MQ3NqSoA
自販機「夜になると、それはそれはきれいな蛍があちらへこちらへ飛び回ります」
自販機「キンヒバリの鳴く声もどこからともなく聞こえてきます」
自販機「街灯も、通る車も、とても少ない田舎ですが」
自販機「その分、蛍も星空も月の明かりも一層明るく輝く場所です」

6 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:05:15 MQ3NqSoA
自販機「東の山のふちが白んでくる頃」
自販機「一台の小振りなトラックが目の前に止まり」
自販機「おじさんが大きな段ボールを持って降りてきました」
自販機「この人は、私の中の飲み物が少なくなったら定期的にやってきて」
自販機「暑いこの時季でも一生懸命補充してくれるのです」

7 : 以下、紳士が深夜にお送りします :2014/04/28(月) 21:05:43 qEyULq6Y
すてき。

8 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:06:20 MQ3NqSoA
自販機「補充が終わると、毎回おじさんは小さいお茶を1本買って」
自販機「首にかけたタオルで時々汗を拭いながら喉を鳴らして飲み干します」
自販機「いつもお世話になってるおじさんなら、」
自販機「段ボールからそのまま飲んでもいいのになぁ、」
自販機「っていつも思うんですけどね」

9 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:07:47 MQ3NqSoA
自販機「夏休み」
自販機「照り付ける太陽で10m先が陽炎で揺らめくほどの暑さの中」
自販機「近くの高校の陸上部の人たちは毎日のようにランニングでここを通ります」
自販機「そして、いつも私のそばで休憩を取るのがお決まりです」
自販機「へとへとになった彼らがすぐ横のバス停の待合所のベンチに腰かけ」
自販機「ドリンクを飲んで一息つき」
自販機「疲れた顔に笑顔が戻るのを見ると」
自販機「なんだかほっとした気持ちになります」

10 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:09:06 MQ3NqSoA
自販機「山へ川へ森へと走り回る子供たちも」
自販機「この辺りにはまだまだいます」
自販機「暑いからと家から川まで水着のままで行っても、」
自販機「なんだかんだで許されるようなところです」
自販機「森に行っても、川に行っても、」
自販機「夕方にはみんな全身びしょびしょで帰ってきました」
自販機「汗だく泥だらけの子供たち」
自販機「世話焼きお母さんのため息が聞こえてくるようです」

11 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:10:07 MQ3NqSoA
自販機「ある日の早朝」
自販機「トラックのおじさんに補充された飲み物を冷やし終わるかどうかという頃」
自販機「そばにあるバス停に1本のバスがやってくると」
自販機「きれいな白いワンピースを着た女の子と、」
自販機「大きなキャリーバックを持った若いご夫婦が降りてきました」
「"随分時間かかっちゃったな"」
自販機「お父さんは大きな荷物を地面に置いて両手をパンパンとはたきます」
自販機「その間、女の子は私に興味津々のようです」

12 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:11:02 MQ3NqSoA
「"ねーねーおかーさん、おかーさん"」
「"ん〜?なあに?"」
「"のどかわいたー!"」
「"そうねぇ、こんなに暑いもんね〜"」
自販機「お母さんは財布から取り出したお金を入れ、ボタンを押していくと」
自販機「3回大きな音ががらんごろんと辺りに響きます」

13 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:12:06 MQ3NqSoA
「"はー・・冷て〜・・"」
「"あなた、少し酔っちゃった?"」
「"んん・・・やっぱりバスは少しね・・・"」
「"おとーさん!あたし、ばすだいすきだよー!"」
「"ふふ、お母さんもバス好きだよ〜"」
「"じゃあお父さんも好きになれるように頑張らないとな!"」
自販機「女の子を肩車すると、心配するお母さんをよそに走り出していくお父さん」
自販機「帰省してきた仲睦まじい家族の背中を見送ってから私の一日が始まりました」

14 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:13:06 MQ3NqSoA
自販機「今日も遊びに出かける子供たちと」
自販機「部活でランニング中の高校生たちが目の前を過ぎていきます」
自販機「仕様として私には売り切れランプが備わっていますが」
自販機「それがつくことはめったにありません」
自販機「バスは2時間に1本しか来ないけど」
自販機「決して退屈なんかじゃありません」
自販機「のどかな景色と心のあたたかい人たちに囲まれたとても良い場所ですから」

15 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:14:16 MQ3NqSoA
自販機「翌日」
自販機「いつものように目の前を元気に走っていく子供たちの中に」
自販機「昨日、白いワンピースでバスに乗ってやってきた、あの女の子の姿がありました」
自販機「どうやら彼女にもお友達が出来たようです」
自販機「そして夕方になると、他の子と同じように体じゅう泥んこで帰ってきました」
自販機「それからしばらくの間」
自販機「他の子供たちに連れられて、女の子は毎日のように山へ、川へ、森へ、畑へ行き」
自販機「都会じゃできないようなことを、みんなからいっぱい教わりました」

16 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:15:45 MQ3NqSoA
自販機「それからあっという間に時は流れ、気が付くと夏休みが終わる8月末」
自販機「ひと月前に帰省でここに帰って来ていたあの若いご夫婦が」
自販機「大きな荷物と共に隣の待合所でバスを待っていました」
自販機「都会のバスはちょっと待てばすぐに来るみたいですが」
自販機「田舎は2時間に1本なので待合所にはゆ〜っくりとした時間が流れます」
自販機「お父さんお母さんは、冷たいペットボトルを時折首や頬に当てつつ」
自販機「ちびちびと飲みながら待っていました」

17 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:16:47 MQ3NqSoA
自販機「そこに少し遅れてバス停にやってきた女の子は」
自販機「最初ここに来る時には持っていなかった、ビニール袋と虫かごを手にしています」
自販機「それは、友達になった子供たちからもらった野菜、果物」
自販機「見事な大きさでツノの長いカブトムシやクワガタでした」

18 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:17:47 MQ3NqSoA
「"あら、どうしたの〜それ〜?"」
「"うん!おともだちにもらったの!"」
「"お〜そうか〜!よかったな〜!"」
自販機「笑顔いっぱいで高い高いするお父さんにはしゃぐ女の子」
自販機「向こうに目をやると、」
自販機「ちょうど生え代わりで抜けた前歯をニッとむき出して手をブンブン振る男の子たち」
自販機「間もなくやってきたバスに乗り込んで走り出した後も」
自販機「窓ガラスの向こうで振り返った女の子は、一生懸命手を振りながらずっとニコニコしていました」

19 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:18:38 MQ3NqSoA
自販機「夏休みが終わると学校や会社が始まり」
自販機「目の前の道路の交通量が一気に増えました」
自販機「しかし、通学の生徒はほとんど自転車かバスを使うので」
自販機「目の前を素通りすることが多いのです」
自販機「隣のバス停自体も、田んぼのど真ん中にあるので」
自販機「田んぼの中にぽつぽつとあるお家に住んでる人以外、ここのバス停を利用する人はいません」
自販機「それでもトラックのおじさんは、足りなくなってくると朝早くからドリンクを補充しに来てくれます」

20 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:19:57 MQ3NqSoA
「"いやー、ようやく涼しくなってきたなー"」
自販機「残暑も終わりを見せ始めた10月上旬」
自販機「独り言をつぶやきながら2か月ずっと欠かさず補充作業をしてくれるおじさん」
自販機「相変わらずそばのバス停の利用客は少ないままです」

21 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:21:56 MQ3NqSoA
自販機「しかし今日からはこれまでと違う私になります」
自販機「夏仕様だったラインナップが一新されて」
自販機「(あったか〜い)が販売されることになりました」
自販機「目の前に止まるバスの窓越しに見えるお客さんも、」
自販機「そこの道を自転車で過ぎていく学生さんも」
自販機「徐々に長袖が目立つようになってきたので」
自販機「私も今日から衣替えです」

22 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:23:16 MQ3NqSoA
自販機「朝7時を回るとスーツのお兄さんがやって来ました」
自販機「昨日までとは変わって、(あったか〜い)がずらりと並んでいる私を見て」
自販機「小さく目を見開いて、おっ・・とつぶやき、ホットレモンのボタンを押します」
自販機「取り出したそれをほっぺにあてると」
自販機「あったけ〜・・と小声で微笑み、一口、軽く傾けました」
自販機「それから一人、また一人とやってくるお客さんは」
自販機「その誰もが一瞬少しだけ驚き、その指はあったか〜いに伸びます」

23 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:24:20 MQ3NqSoA
自販機「そんな調子でホットドリンクはどんどん売れていきました」
自販機「もちろんこれまで通り、売り切れランプはつきませんが」
自販機「買っていくお客さんひとりひとりの様々な反応を見られるので」
自販機「私の中ではちょっとした楽しみになっています」
自販機「コーンスープの最後の一粒が缶の底にくっついて苦戦する人や」
自販機「間違ってつめた〜い方のお茶を買ってうなだれる人もいたりして」

24 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:25:16 MQ3NqSoA
自販機「かつて青々としていた田んぼの稲も豊かな穂を付けた黄金色に育ち」
自販機「きれいさっぱり刈られて田んぼ一面、土色になりました」
自販機「田んぼにはところどころに藁の山が積まれ」
自販機「その向こうの山々は赤や黄色に染まっています」

25 : ◆fc1F/cDk16 :2014/04/28(月) 21:26:13 MQ3NqSoA
自販機「ほどなくして、秋から冬へと移り変わる気配」
自販機「マフラーや手袋をつけ始める人が増えてきました」
自販機「川の水っ気を含んだ冷たい風にあおられ」
自販機「遠くの小川の橋の上を渡る少女たちの悲鳴がここまで聞こえてきます」
自販機「ここでホットドリンクを買っていくお客さんは」
自販機「バスを待ちながら両手でその温もりにすがるように肩を震わせています」