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堕女神「私を、『淫魔』にしてください」

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Part1
1 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:33:57.95 ID:w6oP1aHdo
このスレは、
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1321/13213/1321385276.html
の後日談です
以下、簡単な登場人物紹介
勇者:魔王を倒し、魔王に導かれて淫魔の王になった。
堕女神:元は人間界を見守る愛の女神。城の使用人の長で、料理上手。
サキュバスA:お姉さん肌のサキュバス。つかみどころが無いが、意外な性癖がある。
サキュバスB:外見も性格も子供っぽい。人懐っこいが、そそっかしい。
隣女王:子供の姿で成長する種族の淫魔。隣国の女王で、真面目だが背伸びしがち。
※R-18描写があります
それでは、しばしお付き合いください

2 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:34:53.06 ID:w6oP1aHdo
ある日
勇者の寝室
勇者「……懐かしいな」
堕女神「はい?」
サキュバスB「……どうしたんですかぁ?」
勇者「あれから、三年だ。……懐かしいと思わないか」
堕女神・サキュバスB『…………』
勇者「おい、何だよ」
堕女神「お言葉ですが……三年前を、懐かしいと思う感覚が……よく……」
サキュバスB「うーん。私はちょっとだけ懐かしいなーって思いますよ。堕女神さんは何万年も――」
堕女神「黙りなさい」
サキュバスB「…っ…ご、ごめんなさい」
勇者「……人間の時間軸にしたら、懐かしく感じるんだよ」
堕女神「まあ、そうなのでしょうけれど」
サキュバスB「あれですね。『淫行矢の如し』でしたっけ?」
勇者「可愛くない間違いすんな」

3 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:35:29.69 ID:w6oP1aHdo
勇者「とにかく。……三年前と比べて変わったなって話だ」
サキュバスB「そうですか?よくわかんないです」
勇者「お前だけは三年前からこうだったよ」
サキュバスB「ち、ちゃんと迷わなくなりました!道は覚えてます!」
勇者「そいつは大したもんだ」
堕女神「そうですね。……昨日、北棟二階廊下の花瓶を割りましたね?掃除中に倒して。聞きましたよ」
サキュバスB「……ごめんなさい」
堕女神「…次からは気を付けなさい。怪我はありませんでしたか?」
サキュバスB「は、はい…大丈夫です!」
勇者「……アイテムでも探してたのか?それとも給金に不満があるのか?」
サキュバスB「あうぅ……。か、体で払います!体で払いますから!」
勇者「それじゃいつも通りだろ」
堕女神「話が逸れましたが……何故、三年前の話を?」
勇者「そうだったな。……いや。何故って事もないんだ」
堕女神「……懐かしい、というのでも無いのでしょう?」
勇者「…区切り、だからかな」
堕女神「区切り?」
勇者「今日で、ちょうど三年。……ここから、なんだ」

4 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:35:59.12 ID:w6oP1aHdo
三年前。
勇者が魔王を倒し、魔王が勇者を「救った」日の事。
扉をくぐれば、そこは、玉座の間だった。
七日間を過ごした記憶とそう変わりは無く、居並ぶ顔ぶれも、同様に。
ただ――その関係を、除いては。
勇者「……他に、何かあるのか?」
堕女神「戴冠の儀を終えましたので、今日は何も。明日より、学んでいただきたい事がございます」
玉座の間を出て、彼女とともに城内を回りながら言葉を交わす。
頭上に戴いた冠は、まだ外していない。
これは、証だ。
彼が、これから、この淫魔の国とともに在ろうという決意の証。
彼女から儀式を終えたので外して良いと言われたが、少なくとも、今日一日はつけたままでいることにした。
勇者「…学ぶ?」
堕女神「恐れながら。この国、いえ、この世界を取り巻く全てを知っていただく必要が。貴方は、『王』なのですから」
勇者「成程」
堕女神「明日からは忙しくなりますので、本日は、疲れを癒してくださいませ」
勇者「……分かった、そうする」
堕女神「はい。何か御希望があれば、何なりと」

5 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:36:33.57 ID:w6oP1aHdo
勇者「……ちょっと、いいかな」
堕女神「何か?」
勇者「この国の、前の王は?」
堕女神「疑問として、当然かと思われます。ですが、詳しくは明日以降」
勇者「それもそうか。……だが、一つだけ、今教えてほしい」
堕女神「何でしょう」
勇者「前の王は、『人』だったのか?それとも……」
堕女神「……『魔族』でした。もうよろしいでしょうか?……それと」
勇者「……?」
堕女神「この国を治めていたのは『女王』です」
勇者「…女王」
堕女神「それでは、城内を案内いたします。こちらへついて来てください」


6 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:37:02.28 ID:w6oP1aHdo
勇者はどこか、違和感を覚えた。
堕女神の口調が堅いのは、よく知っている。
しかし、素っ気なく、どこか刺々しいのだ。
七日間『彼女』と在ったからこそ分かる、違い。
自分と彼女は事実上の初対面であるし、王と、その側近であるという関係を殊更に重く見ているのも理解できる。
自分に対して、不服があるというふうではない。
むしろ――壁を築き、自分からは近寄らないようにしているような。
そんな印象を、勇者は受けた。
勇者「……なぁ」
堕女神「何でしょうか。手短に」
勇者「…こっちを向いてくれないか」
ヒールの音も高く、足早に先導していた彼女へ声をかける。
ぴたりと止まり、振り返って勇者を見る彼女の眼には、冷たいものだけがある。
勇者「……城の案内はいい。少し、自分で歩きたい」
堕女神「…お言葉ですが」
勇者「迷う心配はない。最悪、近くにいる奴に聞くさ」
堕女神「……はい、仰せのままに。それでは、私は失礼致します。夕刻には、大食堂へ」
勇者「ああ。……また後で」

7 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:38:06.60 ID:w6oP1aHdo
堕女神と別れて、一人で歩を進める。
先んじて七日間の経験があるため、迷うことは無い。
足が向いたのは、中庭。
この時間であれば、良く知る二人の淫魔が庭仕事へかかっている筈だ。
勇者「(やりづらいな。……にしても、堕女神は……あんなに、取っ付きづらかったか)」
歩みを進めながら、ぼんやりと思考を巡らす。
事実上の初対面とはいえ、ああも刺々しかったか、と。
勇者「……しかし、女王?」
唐突に語られた真実は、ある意味では自然だった。
隣国、幼い姿の淫魔の国は、女王が治めている。
彼女らがみな女性型の魔族という点から見ても、その方が納得できる。
もし男性の「王」が治めているというのなら、その「王」は何処から来るというのか。
そんな事を考えていると、勇者はだんだんと自分が不自然な存在に思えてきた。
人間である、という点は差し置いても。
何故、自分は「王」として君臨するに至ったのか。
魔王の力、とも思ったが、勇者は以前にそんな事を口にすれば、否定を受けた。
曰く、「魔王は全能ではなく、不死でもない」と。
魔王によって見せられたものは、いわば、違う可能性を持った『世界』だった。
平行世界を知覚し移動する事はできても、世界を書き換える事は、魔王にもできはしないのだろう。
だとすれば、現状は、因果律を操作するような理解不能な大それた力によってもたらされたものではない。
何かしらの、この世界においては現実的な作用によってのものだろう。
それだけに――謎は複雑に、それでいて計算された意地悪な「もつれ」を形成していった。
勇者「まぁ……いいか。謎解きは嫌いじゃない」

8 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:38:45.50 ID:w6oP1aHdo
煌びやかな城内を歩いていると、おもむろに―――何かが割れる音が聞こえた。
長い廊下に反響する、首をすくめてしまうような、鋭く澄んだ、砕けるような音。
勇者「…何だ?」
目前の角を曲がり、音の発生源と思われる場所へ。
そこには、布巾を手にしたまま割れた花瓶を前に硬直する、一人の見慣れたサキュバスがいた。
七日間で目にした時より――気持ち程度、幼く見えた。
勇者「……おい」
サキュバスB「ひぁっ!?」
勇者「何を、してる?」
サキュバスB「あ……え、陛下……?こ、これ……は……!」
彼女は気の毒な程に、分かりやすく震えていた。
花瓶を割ってしまった現場を、もっとも見られてはいけない相手に見られてしまった。
誤魔化す言葉も、謝罪の言葉も、出てはこない。
怯えきった眼差しは花瓶と、勇者の口元あたりを何度も行き来する。
勇者「……怪我は、無いか?」
サキュバスB「えっ……」
勇者「怪我は無いか、と訊いているんだ」

9 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:39:41.74 ID:w6oP1aHdo
サキュバスB「は……はい、大丈夫です」
勇者「…そうか、よかった」
サキュバスB「あ、あの……陛下…何故、ここに……?」
勇者「何故って……ここは、俺の城だろ?」
サキュバスB「そ、そうですけど……お一人、ですか?」
勇者「ああ。……それで、何をしてた?」
サキュバスB「お、お掃除……です」
勇者「…掃除?」
サキュバスB「………ごめんなさい…」
勇者「次からは気をつけろ、危ないからな。……さ、掃除に戻れ」
サキュバスB「え…?」
勇者「掃除」

10 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:40:24.05 ID:w6oP1aHdo
サキュバスB「あの…怒らない、んですか?」
勇者「誰だってミスはあるだろ。それに花瓶を割ったからって、誰かが死ぬわけじゃない」
サキュバスB「…………」
勇者「どうした?」
サキュバスB「い、いえ…何でもありません」
勇者「ところで、城に勤めるようになってどれぐらいだ?」
サキュバスB「…今日で、二週間です」
勇者「新人か。……いや、『先輩』か。何せ、俺は今日入ったばかりだから」
サキュバスB「陛下……」
サキュバスA「……何をしているのかしら?」
勇者「……サキュバスA?」

11 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:40:57.18 ID:w6oP1aHdo
先ほど勇者が曲がった角から現れた、声の主。
勇者は、その声に、……声だけに反応して、名前を言い当てた。
そう―――振り向きも、せずに。
サキュバスA「…あなたは……なぜ、こんな所で……。それに、何故私の名を?」
勇者「あ、いや……」
サキュバスB「……Aちゃん」
サキュバスA「あなたは、ここで何をしているの?」
サキュバスB「えっと……その……」
勇者「…………俺が、花瓶を割ってしまったんだ」
サキュバスA「何と?」
勇者「つい見とれて、手に取ろうと思ったら落としてしまった。それで、近くにいた彼女に片づけてもらおうと思ったんだ」
サキュバスB「……!?」
サキュバスA「本当なのですか?」
勇者「……すまない、仕事を増やしてしまった」

12 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:41:31.96 ID:w6oP1aHdo
だめ押しの一言で、疑いを更に晴らすように仕向けてまっすぐに彼女を見る。
紫水晶のような瞳も、角も、何もかも、覚えているままの彼女の姿だ。
強いて挙げるなら、髪が『七日間』に比べてやや短いだろうか。
魅了するような眼差しも、若干抑え目となっているのもある。
サキュバスA「分かりました。それでは、お片付けいたします」
勇者「ああ、頼んだぞ」
サキュバスA「………畏れながら一つだけお訊ねしたいのですが」
勇者「何だ?」
サキュバスA「何故、私の名を?……それに、振り向きもせずに……」
勇者「…引っかかるのか?」
サキュバスA「初対面です。それに……言葉を交わした事もございませんし、顔合わせさえ」
勇者「……そっか。そう、なんだよな」
渇いた笑いが、喉奥に燻った。
――――そうだ。
――――彼女らと、自分は。
――――今日が、『初対面』だったんだ。

13 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:42:08.15 ID:w6oP1aHdo
サキュバスA「?」
勇者「いや、なんでもない。……顔と名は知ってたんだ。そこの額縁に映って見えたんだよ」
サキュバスA「……そう、でしたか」
勇者「……他に、何か聞きたいか?」
サキュバスA「…いえ。それでは失礼ですが、お掃除に戻らせていただきますわね」
勇者「そうしてくれ。……破片で、手を切るなよ?」
サキュバスA「お気遣いいただき、ありがとうございます」
勇者「じゃあ、また。……お前も、きちんと働けよ」
サキュバスB「は、はい!」

14 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:42:40.75 ID:w6oP1aHdo
その場を後にして、長い廊下を、一人歩く。
誰ともすれ違う事なく、時が止まったかのような、大きな窓から昼下がりの光の差し込む廊下を、ただ歩く。
ぽかぽかと暖かい陽気は、今の勇者には、素通りしてしまうように思えた。
全てを承知で、この世界へと渡った。
戦火の中に再び叩き込まれる世界で、その戦端を開く役目から逃れて。
『勇者』を終えて、残りの人生を『英雄』として過ごすという重責から逃れて。
救った世界に生きる人々を、その手で殺める事を強いられる宿命から逃れて。
彼女らの名前も声も肌も温もりも、覚えているのは自分だけ。
彼女らは、勇者の事を覚えていない。
―――否、『知らない』。
自分は、彼女らの事をよく知っている。
身体を重ね、語らい、夜が明けるまで同じ夢を見た。
しかし、彼女らは勇者を知らない。
肌を重ねる事もなく、語った事もなかった。
一種の孤独を感じながらも、勇者の胸中には、一本のたいまつが投じられたようだった。
―――これは、寂しさなどではない。
―――新たな物語が始まり、その物語のさわりを、『少し知っている』だけなのだ。
―――何もかもが整った『七日間』で終わりではない。
―――今度は、最初から始まり……最後まで、進める事ができる。
絶望でも、寂寥感でも、孤独感でもない。
胸の奥に灯った炎の名は、「未来」という名の、確かな期待だった。

15 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:43:19.85 ID:w6oP1aHdo
夕食の準備が整い、大食堂へと赴く。
どこか馴染みのある香りに包まれたその食卓には、鏡のように磨かれた銀食器が並んでいる。
メイドの一人が椅子を引き、勇者を座らせる。
艶やかなクロスが敷かれた、一人には持て余すほどの大きな食卓。
頭上に輝くのは、数十本の蝋燭の光を散らばせ、隅々までも明るく照らすシャンデリア。
そしてほのかに香る、漂ってくるだけでも強烈に口内を潤わせる暖かな芳香。
まるで―――何年ぶりかのように、感じた。
勇者「………」
メイド「お待たせいたしました、陛下。……前菜でございます」
勇者「堕女神は?」
メイド「はい、厨房におります。御呼びでしょうか?」
勇者「………いや、いい。ありがとう」
供された前菜を口に運び、噛み締める。
春の芽吹きのような、野菜をふんだんに用いた蒸し物は、口の中に甘やかな滋養をほどけさせるようだった。
それなのに、気付けば、勇者の首は傾いていた。

16 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:44:44.91 ID:w6oP1aHdo
勇者「……?」
確かに、美味だ。
待ち望んだ瞬間であったはずなのに。
なのに。
―――美味しく、感じない。
メイド「……お下げしてもよろしいでしょうか?」
勇者「ん?……あ、ああ」
メイド「すぐにスープをお持ちします。本日のメインは、上質な鴨肉が入っております」
勇者「……頼むよ」
その後、スープに続いて、魚料理。
メインディッシュ、そしてデザートを平らげる。
どれも、確かに美味だった。
そして―――どこか、物足りなかった。
舌が鈍った、という事ではない。
施された丁寧な仕事が、風味を通じて伝わるようだった。
最上にして良く知る、『彼女』の料理だった。
なのに、……素直に、美味と評する事ができなかった。

17 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/18(火) 02:46:02.61 ID:w6oP1aHdo
堕女神「……お口に合いましたでしょうか?」
勇者「……ああ。美味かったよ」
堕女神「恐れ入ります。……陛下、お伺いしたい事がございます」
勇者「何だ?」
堕女神「…夜は、どうなさいますか?」
勇者「夜?」
堕女神「寝所には、誰を?」
勇者「……いや。今夜は一人で眠るよ」
堕女神「かしこまりました。寝室の準備は整っております」
勇者「ああ、分かった。……だが、まだ寝るには早いな」
堕女神「それでしたら、書庫をご覧になってはいかがでしょうか?人界、魔界から様々な貴重な文献を取り揃えております」
勇者「…ふむ。見てみるかな。ご馳走様。……美味かったよ」

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