神様にねがったら、幼馴染が二人に増えてしまった
Part1
1 :名無しさん :2014/03/28(金)22:02:15 ID:BsxWI0Ga1
僕ら人間は神様から『ねがい』をもらうことができる。
もちろん、みんながみんな『ねがい』をもらえるわけじゃない。
ひとつの家族につき、ひとり。
多くてふたりぐらい。
うちの家族だと、最初に『ねがい』をもらったのは妹だった。
もっとも僕は彼女の具体的な『ねがい』がなんなのか知らない。
僕も神様から『ねがい』をもらった。
十九歳になる三日前のことだった。
そうして、僕は『ねがい』を使った。
幼馴染をひとり、文字通り増やしてしまったんだ。
3 :名無しさん :2014/03/28(金)22:06:03 ID:BsxWI0Ga1
いちおう言い訳させて欲しい。
こんなことになるなんて、夢にも思わなかったんだよ。
べつに『ねがい』を信じなかったわけじゃない。
ただ、こんなムチャクチャな『ねがい』が叶うなんて、予想できなかった。
そもそも神様からもらえる『ねがい』っていうのは、人それぞれバラバラらしいんだ。
『ある人の気持ちを少しだけ変える』とか。
『ほしいものをひとつだけ手に入れられる』とか。
『嫌いな食べ物を一個だけ好きになれる』とか。
僕の場合はとても曖昧な『ねがい』だった。
『人をひとりだけ復活させられる』っていう『ねがい』だった。
4 :名無しさん :2014/03/28(金)22:09:31 ID:bsoFm9Hvv
期待
5 :名無しさん :2014/03/28(金)22:11:06 ID:BsxWI0Ga1
神様から『ねがい』をもらったと認識するのは、本当に唐突なんだ。
気づいたら、『ねがい』を神様からもらったと認識している。
その『ねがい』の内容まで、いつの間にか知っているんだ。
『ひとりだけ復活させられる』
おそらく、この『ねがい』は相当価値があるはずだ。
だってそうだろ?
ようは死んでいる人間を生き返らせることができるんだから。
だけど僕にとっては、なんの価値もない『ねがい』だった。
もちろん会いたい人はいたよ。
でも、死者を生き返らせるってことに僕は強い嫌悪感を抱いていた。
6 :名無しさん :2014/03/28(金)22:17:52 ID:BsxWI0Ga1
だから僕はその『ねがい』を、このまま使わないでおこうと思った。
もらった『ねがい』は、使わなければ二十歳になるまでには消失するらしいし。
でもやっぱり、もったいないなって思った。
せっかくもらえたものだ。
使ってみたいって思うのが人情だ。
僕は少しだけ考えてみた。すぐに浮かんだ。
真夜中の冬のベランダ。
そこで僕は星を眺めながら、その『ねがい』を口にした。
群青色の空はあまりに透き通っていて、星の輝きがいつもよりまぶしく見えた。
『オレを好きだったころの幼馴染を復活させてほしい』
言ってから自分で笑ってしまったね。
なんてバカな『ねがい』なんだろうって。
誰にも聞かれているわけもないのに、思わずキョロキョロしてしまった。
7 :冒頓単于◆wgDcRX/7A6JX :2014/03/28(金)22:18:37 ID:WPMZ3IoCz
SSか
期待
8 :名無しさん :2014/03/28(金)22:21:36 ID:BsxWI0Ga1
そのあとは何事もなかったようにベッドに入った。
『ねがい』っていうのは、効果がきちんと発揮されないと使ったことにはならないそうだ。
だから『ねがい』は叶わずに、なにごともなく終わると思った。
まどろみが訪れるころには、完全に『ねがい』のことは忘れていた。
正直神様を侮っていたんだ、僕は。
太陽の光がカーテンのすき間から入ってくる頃、僕はそのことを知った。
9 :名無しさん :2014/03/28(金)22:26:08 ID:BsxWI0Ga1
「起きてってば」
声が上からふってくる。
最初は夢でも見てるのかと思った。
布団にくるまっている僕をゆするのは幼馴染だけだったから。
布団の中に入っている状態でゆすられるというのも、一年以上経験してなかった。
僕の幼馴染について少しだけ説明する。
世話好き。
礼儀正しい。
周囲の信頼も非常に厚い。
まるで、漫画にでも出てきそうな幼馴染。
僕の人生で一番自慢できることと言ったら、彼女と幼馴染であるっていうことかも。
10 :名無しさん :2014/03/28(金)22:31:00 ID:BsxWI0Ga1
彼女と僕は幼稚園のころからの付き合いだった。
高校一年の夏頃まで、持病があった僕を両親や妹と一緒に面倒を見てくれたんだ。
面倒見がよすぎて、僕以上に僕のことに詳しかったかもしれない。
幼いころには結婚の約束こそしなかったけど……キスしたこともあった。
ほっぺにだけど。
僕の母なんかは特に彼女のことを気に入っていた。
なにかと理由をつけて僕との結婚を勧めた。
その度に顔を赤くする僕は、よく妹にからかわれたな。
そう、彼女は僕の妹ともすごく仲がよかったんだ。
近所の人たちから姉妹みたいだってよく言われてたよ。
11 :名無しさん :2014/03/28(金)22:34:04 ID:BsxWI0Ga1
でもまあ結局、僕と彼女は付き合うことさえなかった。
それどころか高校生活が終わるころには、会話そのものが珍しいものになっていた。
「なにをそんなにビックリしてるの?」
だから布団から顔を出したときは、夢でも見てるのかと思ったよ。
寝起きで状況がつかめない僕を見て、安心したように笑ったんだ。
彼女が。幼馴染のハヅキが。
「なんでハヅキがオレの部屋にいるの?」
僕がそう聞くとハヅキは困惑ぎみに、
「わたしが聞きたいよ」って眉を少し曲げてみせた。
なぜか僕の知っている彼女より少し幼く見えた。
12 :名無しさん :2014/03/28(金)22:38:42 ID:BsxWI0Ga1
ハヅキは記憶を探るように話しはじめた。
気づいたら僕の部屋にいたらしい。
それまでの記憶が曖昧で、とりあえず眠っている僕を起こすことにしたそうだ。
手振り身振りを交えて話すハヅキを見ているうちに、記憶にかかったモヤが晴れていく。
不意に僕は『ねがい』を思い出して、声をあげそうになった。
「どうしたの?」
「いや……」
途中から感じていた違和感の正体に気づいたんだ。
ハヅキが妙に幼く見えた理由もわかった。
13 :名無しさん :2014/03/28(金)22:43:04 ID:BsxWI0Ga1
僕はハヅキにことわって、その場で電話をかけた。
休日の早朝にも関わらず、電話の相手はすぐに出てくれた。
『もしもし』
「もしもし。ハヅキだよね?」
『そうだけど……こんな朝早くにどうしたの?』
電話越しに聞こえた声は、目の前で正座している女の子と同じ声だった。
目の前のハヅキが僕を見て首をかしげた。
まあ当たり前の反応だ。
僕は適当なところで彼女との会話を切って、改めてハヅキを見た。
17 :名無しさん :2014/03/28(金)22:47:58 ID:BsxWI0Ga1
どうしてハヅキが幼く見えたのか。
『オレを好きだったころの幼馴染を復活させてほしい』
神様は僕の『ねがい』を叶えてしまったんだ。
叶うと思っていなかった『ねがい』が叶ってしまった。
持病が治ったとき以来じゃないかな、ここまで混乱したのは。
「ごめんちょっと待ってて!」
僕はいったん顔を洗って状況を整理しようと思った。
ハヅキの返事も聞かずに僕は洗面所に駆けこみ、そのまま顔を洗った。
たぶんこのときの僕の感情は、本当にチグハグしたものだったんだ。
18 :名無しさん :2014/03/28(金)22:54:46 ID:BsxWI0Ga1
そもそもこの『ねがい』って、ハヅキが僕を好きじゃなかったら成立しなかったわけだ。
だから素直に嬉しかった。
僕がハヅキに向けていた気持ちを、ハヅキも僕に向けていてくれたんだから。
でも同時に、ショックなことにも気づいた。
僕の前に現れたハヅキは、今のハヅキよりも幼い。
つまり今の彼女は、僕のことを好きじゃないってことだ。
洗った顔をタオルで拭いて、鏡に映った自分の顔を確認する。
眉間にはやたらシワがよってるくせに、口もとは妙に緩んでいる。
失敗した福笑いみたいな顔が、鏡の向こうにあった。
19 :名無しさん :2014/03/28(金)22:59:22 ID:BsxWI0Ga1
顔を洗って思考がクリアになると、おのずと僕は自分が直面している問題に気づいた。
状況を飲みこめていないハヅキを連れて、僕は家を出た。
途中でハヅキがいろいろ聞いてきたけど、とにかく家を出ることを優先した。
ある意味、今日『ねがい』が叶ったのは幸運だった。
母親は夜勤で、まだ家に帰ってきてなかった。
父親はとっくに仕事に出ている。
妹は妹で、友達の家に泊まっていた。
おかげで誰にもハヅキを見られずにすんだ。
20 :名無しさん :2014/03/28(金)23:07:26 ID:BsxWI0Ga1
僕は今の状況をいちおう自分なりに把握しているつもりだった。
まずいことが起きている、と。
冬の町はあたり一面霜に覆われていた。
冬の冷気が服越しに肌をつついてくるのに、不思議なことに寒さをあまり感じなかった。
身につけていたコートが重く感じるぐらいだった。
家を出た僕は、すぐにタクシーを捕まえることに成功した。
そのまま最寄駅まで乗せてもらい、ハヅキといっしょに無人改札をくぐる。
21 :名無しさん :2014/03/28(金)23:11:49 ID:BsxWI0Ga1
「ねえ。いいかげんなにが起きてるか、説明してよ」
ハヅキの質問に対しては「オレもよくわからない」とはぐらかした。
状況を説明できるなら、僕だってすぐしていたよ。
でも、するわけにはいかなかったんだ。
『ねがい』を使った人間には、守らなければいけない約束がある。
『ねがい』を使ってからは、それの内容について話すことは禁止されているんだ。
『ねがい』について誰かに話すと。
なんらかの災いが起きると、僕らは幼いころから教えられていた。
具体的にどんなことが起こるのかは知らない。
『ねがい』を使う前なら話してもいいらしい。
だけど、それだってリスクは低くない。
23 :名無しさん :2014/03/28(金)23:17:52 ID:BsxWI0Ga1
だから『ねがい』をもらっても、秘密にする人は全然珍しくないんだ。
特に僕の場合は、ハヅキに事情を話すこと=『ねがい』の暴露だったからなおさらだった。
くたびれた駅の小さなホームには、僕とハヅキしかいない。
錆びれたベンチに座る僕らの間には、溝でもあるかのように少しだけ距離があった。
沈黙がつめたい風にかわって僕らの間をすり抜ける。
隣にいるハヅキがなにを考えているのか、まったくわからなかった。
でもそれは、ハヅキも同じだったんだろうね。
結局電車が来るまで、僕らは一度も口をきかなかった。
24 :名無しさん :2014/03/28(金)23:24:32 ID:BsxWI0Ga1
列車が甲高い音とともにゆっくりと動き出す。
二年ぐらい前までは、ハヅキと電車に乗って学校に通うのがあたり前だった。
田舎の電車でも、朝は人でいっぱいになるんだ。
僕らはつり革につかまって、小声でよく話をしてた。
女子にしてはハヅキは背が高かった。
僕は男子にしては背が低かった。加えて猫背ぎみだった。
僕とハヅキでは、彼女のほうが背が高かったんだ。
だから僕は電車に乗るたびに、密かに彼女と背比べをしてた。
大学生になるころには、まあまあ身長は伸びてたけど。
でも今の僕が、今のハヅキより背が高いのかどうかはわからない。
25 :名無しさん :2014/03/28(金)23:28:07 ID:BsxWI0Ga1
電車が大きく揺れると、となりにいるハヅキの肩と僕の肩が接触した。
そういえば、座ってふたりで並ぶのは初めてかもしれない。
そのことに気づいたときには、口が勝手に動いていた。
「はじめてだな」
「なんの話?」
ハヅキの顔が僕のほうに向いた。
会話のきっかけってホント、ささいなことなんだな。
たぶん、僕がハヅキの顔を本当に見たのは、この瞬間だったと思う。
26 :名無しさん :2014/03/28(金)23:30:39 ID:BsxWI0Ga1
一瞬自分が高校生に戻ったのかと錯覚しそうになった。
僕の隣にいるハヅキは、間違いなく高校時代の彼女だった。
人間って唖然とすると、普段出せない声が出るんだ。
喉から出た、できそこないの口笛みたいな音をごまかすために、僕は早口で言った。
「ふたりで電車に座って乗るの。なにげに初めてだよね?」
「言われてみれば、たしかにそうかもね」
「なんか不思議だな」
列車の窓から流れていく冬の景色は、実に退屈なものだった。
窓の外を過ぎていく色あせた田んぼに、アクセントのようにポツポツと佇んでいる民家が混じるだけの風景。
高校時代、外の景色をろくに見ていなかった理由がわかった気がした。
27 :名無しさん :2014/03/28(金)23:36:19 ID:BsxWI0Ga1
「ていうか景色は今はいいでしょ。それよりどこに向かってるの?」
「家だよ」
「家? 誰の?」
ハヅキが小首をかしげる。
僕はしまったと内心で舌打ちした。
僕は自分が思っているよりも、ずっと冷静じゃないらしい。
「あとで教える」と僕はまたもやはぐらかすはめになった。
再び沈黙がおとずれる。
なぜかレールの立てる規則正しい音が救いのように思えたね。
どうも僕とハヅキの間には、僕が思っている以上に距離があるらしかった。
ある意味当然と言えば、当然なんだけど。
28 :名無しさん :2014/03/28(金)23:43:18 ID:BsxWI0Ga1
二回ほど電車を乗り換えて、僕が今住んでいる町に着いた。
「なにここ……すごい田舎だね」
ハヅキが目を丸くしてあたりを見回す。
誰が見ても、ハヅキが初めてここに来たとわかる。
「オレたちが住んでるところと、そんなちがわないだろ」
「そうだけど。さすがに改札がない駅に来たのは初めて」
「開かない扉があってびっくりしてたな」
「知らなかったんだもん」
ハヅキがくちびるをとがらせる。
久々に見る彼女の姿に、僕の胸は知らず知らずのうちに高鳴っていた。
29 :名無しさん :2014/03/28(金)23:47:19 ID:BsxWI0Ga1
ホームを降りると、僕らは駐輪場へと向かった。
「乗ってよ」
「え?」
「『え?』じゃなくて」
「だって、ふたり乗りするってことでしょ? ダメだよ、そんなことしちゃ」
「だいじょうぶだよ。おまわりさんとか、全然いないし」
「そういう問題じゃないでしょ。わかってる? ふたり乗りっていうのは……」
基本的にハヅキはまじめなんだ。
学校なんかでも、規則を破ることとは無縁だった。
30 :名無しさん :2014/03/28(金)23:52:16 ID:BsxWI0Ga1
それでも僕はなんとかハヅキを説得した。
おそらく、僕がここまでハヅキに対して食い下がったのは初めてじゃないかな。
「本当はダメなんだよ? 危ないし……それに、ふたり乗りなんてできるの?」
心配げな口調。
「大丈夫だって。ほら、いくぞ」
「さっきからなんにも教えてくれないし、なんかいつもと様子がちがうし……」
そう文句を言いつつも、最後には僕の強引な頼みに折れた。
自分でも、どうしてここまでふたり乗りにこだわるのか、よくわからなかった。
「それで? どうやって乗ればいいの?」
「オレがこぎだしたら、荷台に飛び乗ればいいんだよ」
「飛び乗るの……?」
不安げに大きな瞳を揺らすハヅキを見るのは、めずらしいことじゃなかった。
むしろ、昔は日常茶飯事だったと言っていい。
31 :名無しさん :2014/03/28(金)23:55:20 ID:BsxWI0Ga1
結局荷台にハヅキを乗せた状態で、僕は自転車を発進させた。
ふたり乗りに慣れないハヅキは、僕の背中で悲鳴みたいな声をあげた。
バランスがうまくとれないらしい。
「お尻痛いし手をどこにやればいいのかわかんないっ!」
悲鳴混じりの文句が後ろから聴こえてくるのも新鮮だった。
なぜか笑いがこみあげてきた。
「手は肩にでも、腹でもどこでもいいから。とりあえずどっかつかんで!」
僕がそう言うと、ハヅキは遠慮がちに肩に手を置いた。
ペダルを勢いよくこぐ。
そうすると僕の肩をつかむ握力が強くなるので、調子に乗ってさらにこいだ。
僕ら人間は神様から『ねがい』をもらうことができる。
もちろん、みんながみんな『ねがい』をもらえるわけじゃない。
ひとつの家族につき、ひとり。
多くてふたりぐらい。
うちの家族だと、最初に『ねがい』をもらったのは妹だった。
もっとも僕は彼女の具体的な『ねがい』がなんなのか知らない。
僕も神様から『ねがい』をもらった。
十九歳になる三日前のことだった。
そうして、僕は『ねがい』を使った。
幼馴染をひとり、文字通り増やしてしまったんだ。
3 :名無しさん :2014/03/28(金)22:06:03 ID:BsxWI0Ga1
いちおう言い訳させて欲しい。
こんなことになるなんて、夢にも思わなかったんだよ。
べつに『ねがい』を信じなかったわけじゃない。
ただ、こんなムチャクチャな『ねがい』が叶うなんて、予想できなかった。
そもそも神様からもらえる『ねがい』っていうのは、人それぞれバラバラらしいんだ。
『ある人の気持ちを少しだけ変える』とか。
『ほしいものをひとつだけ手に入れられる』とか。
『嫌いな食べ物を一個だけ好きになれる』とか。
僕の場合はとても曖昧な『ねがい』だった。
『人をひとりだけ復活させられる』っていう『ねがい』だった。
4 :名無しさん :2014/03/28(金)22:09:31 ID:bsoFm9Hvv
期待
5 :名無しさん :2014/03/28(金)22:11:06 ID:BsxWI0Ga1
神様から『ねがい』をもらったと認識するのは、本当に唐突なんだ。
気づいたら、『ねがい』を神様からもらったと認識している。
その『ねがい』の内容まで、いつの間にか知っているんだ。
『ひとりだけ復活させられる』
おそらく、この『ねがい』は相当価値があるはずだ。
だってそうだろ?
ようは死んでいる人間を生き返らせることができるんだから。
だけど僕にとっては、なんの価値もない『ねがい』だった。
もちろん会いたい人はいたよ。
でも、死者を生き返らせるってことに僕は強い嫌悪感を抱いていた。
6 :名無しさん :2014/03/28(金)22:17:52 ID:BsxWI0Ga1
だから僕はその『ねがい』を、このまま使わないでおこうと思った。
もらった『ねがい』は、使わなければ二十歳になるまでには消失するらしいし。
でもやっぱり、もったいないなって思った。
せっかくもらえたものだ。
使ってみたいって思うのが人情だ。
僕は少しだけ考えてみた。すぐに浮かんだ。
真夜中の冬のベランダ。
そこで僕は星を眺めながら、その『ねがい』を口にした。
群青色の空はあまりに透き通っていて、星の輝きがいつもよりまぶしく見えた。
『オレを好きだったころの幼馴染を復活させてほしい』
言ってから自分で笑ってしまったね。
なんてバカな『ねがい』なんだろうって。
誰にも聞かれているわけもないのに、思わずキョロキョロしてしまった。
SSか
期待
8 :名無しさん :2014/03/28(金)22:21:36 ID:BsxWI0Ga1
そのあとは何事もなかったようにベッドに入った。
『ねがい』っていうのは、効果がきちんと発揮されないと使ったことにはならないそうだ。
だから『ねがい』は叶わずに、なにごともなく終わると思った。
まどろみが訪れるころには、完全に『ねがい』のことは忘れていた。
正直神様を侮っていたんだ、僕は。
太陽の光がカーテンのすき間から入ってくる頃、僕はそのことを知った。
9 :名無しさん :2014/03/28(金)22:26:08 ID:BsxWI0Ga1
「起きてってば」
声が上からふってくる。
最初は夢でも見てるのかと思った。
布団にくるまっている僕をゆするのは幼馴染だけだったから。
布団の中に入っている状態でゆすられるというのも、一年以上経験してなかった。
僕の幼馴染について少しだけ説明する。
世話好き。
礼儀正しい。
周囲の信頼も非常に厚い。
まるで、漫画にでも出てきそうな幼馴染。
僕の人生で一番自慢できることと言ったら、彼女と幼馴染であるっていうことかも。
10 :名無しさん :2014/03/28(金)22:31:00 ID:BsxWI0Ga1
彼女と僕は幼稚園のころからの付き合いだった。
高校一年の夏頃まで、持病があった僕を両親や妹と一緒に面倒を見てくれたんだ。
面倒見がよすぎて、僕以上に僕のことに詳しかったかもしれない。
幼いころには結婚の約束こそしなかったけど……キスしたこともあった。
ほっぺにだけど。
僕の母なんかは特に彼女のことを気に入っていた。
なにかと理由をつけて僕との結婚を勧めた。
その度に顔を赤くする僕は、よく妹にからかわれたな。
そう、彼女は僕の妹ともすごく仲がよかったんだ。
近所の人たちから姉妹みたいだってよく言われてたよ。
11 :名無しさん :2014/03/28(金)22:34:04 ID:BsxWI0Ga1
でもまあ結局、僕と彼女は付き合うことさえなかった。
それどころか高校生活が終わるころには、会話そのものが珍しいものになっていた。
「なにをそんなにビックリしてるの?」
だから布団から顔を出したときは、夢でも見てるのかと思ったよ。
寝起きで状況がつかめない僕を見て、安心したように笑ったんだ。
彼女が。幼馴染のハヅキが。
「なんでハヅキがオレの部屋にいるの?」
僕がそう聞くとハヅキは困惑ぎみに、
「わたしが聞きたいよ」って眉を少し曲げてみせた。
なぜか僕の知っている彼女より少し幼く見えた。
12 :名無しさん :2014/03/28(金)22:38:42 ID:BsxWI0Ga1
ハヅキは記憶を探るように話しはじめた。
気づいたら僕の部屋にいたらしい。
それまでの記憶が曖昧で、とりあえず眠っている僕を起こすことにしたそうだ。
手振り身振りを交えて話すハヅキを見ているうちに、記憶にかかったモヤが晴れていく。
不意に僕は『ねがい』を思い出して、声をあげそうになった。
「どうしたの?」
「いや……」
途中から感じていた違和感の正体に気づいたんだ。
ハヅキが妙に幼く見えた理由もわかった。
13 :名無しさん :2014/03/28(金)22:43:04 ID:BsxWI0Ga1
僕はハヅキにことわって、その場で電話をかけた。
休日の早朝にも関わらず、電話の相手はすぐに出てくれた。
『もしもし』
「もしもし。ハヅキだよね?」
『そうだけど……こんな朝早くにどうしたの?』
電話越しに聞こえた声は、目の前で正座している女の子と同じ声だった。
目の前のハヅキが僕を見て首をかしげた。
まあ当たり前の反応だ。
僕は適当なところで彼女との会話を切って、改めてハヅキを見た。
17 :名無しさん :2014/03/28(金)22:47:58 ID:BsxWI0Ga1
どうしてハヅキが幼く見えたのか。
『オレを好きだったころの幼馴染を復活させてほしい』
神様は僕の『ねがい』を叶えてしまったんだ。
叶うと思っていなかった『ねがい』が叶ってしまった。
持病が治ったとき以来じゃないかな、ここまで混乱したのは。
「ごめんちょっと待ってて!」
僕はいったん顔を洗って状況を整理しようと思った。
ハヅキの返事も聞かずに僕は洗面所に駆けこみ、そのまま顔を洗った。
たぶんこのときの僕の感情は、本当にチグハグしたものだったんだ。
18 :名無しさん :2014/03/28(金)22:54:46 ID:BsxWI0Ga1
そもそもこの『ねがい』って、ハヅキが僕を好きじゃなかったら成立しなかったわけだ。
だから素直に嬉しかった。
僕がハヅキに向けていた気持ちを、ハヅキも僕に向けていてくれたんだから。
でも同時に、ショックなことにも気づいた。
僕の前に現れたハヅキは、今のハヅキよりも幼い。
つまり今の彼女は、僕のことを好きじゃないってことだ。
洗った顔をタオルで拭いて、鏡に映った自分の顔を確認する。
眉間にはやたらシワがよってるくせに、口もとは妙に緩んでいる。
失敗した福笑いみたいな顔が、鏡の向こうにあった。
19 :名無しさん :2014/03/28(金)22:59:22 ID:BsxWI0Ga1
顔を洗って思考がクリアになると、おのずと僕は自分が直面している問題に気づいた。
状況を飲みこめていないハヅキを連れて、僕は家を出た。
途中でハヅキがいろいろ聞いてきたけど、とにかく家を出ることを優先した。
ある意味、今日『ねがい』が叶ったのは幸運だった。
母親は夜勤で、まだ家に帰ってきてなかった。
父親はとっくに仕事に出ている。
妹は妹で、友達の家に泊まっていた。
おかげで誰にもハヅキを見られずにすんだ。
20 :名無しさん :2014/03/28(金)23:07:26 ID:BsxWI0Ga1
僕は今の状況をいちおう自分なりに把握しているつもりだった。
まずいことが起きている、と。
冬の町はあたり一面霜に覆われていた。
冬の冷気が服越しに肌をつついてくるのに、不思議なことに寒さをあまり感じなかった。
身につけていたコートが重く感じるぐらいだった。
家を出た僕は、すぐにタクシーを捕まえることに成功した。
そのまま最寄駅まで乗せてもらい、ハヅキといっしょに無人改札をくぐる。
21 :名無しさん :2014/03/28(金)23:11:49 ID:BsxWI0Ga1
「ねえ。いいかげんなにが起きてるか、説明してよ」
ハヅキの質問に対しては「オレもよくわからない」とはぐらかした。
状況を説明できるなら、僕だってすぐしていたよ。
でも、するわけにはいかなかったんだ。
『ねがい』を使った人間には、守らなければいけない約束がある。
『ねがい』を使ってからは、それの内容について話すことは禁止されているんだ。
『ねがい』について誰かに話すと。
なんらかの災いが起きると、僕らは幼いころから教えられていた。
具体的にどんなことが起こるのかは知らない。
『ねがい』を使う前なら話してもいいらしい。
だけど、それだってリスクは低くない。
23 :名無しさん :2014/03/28(金)23:17:52 ID:BsxWI0Ga1
だから『ねがい』をもらっても、秘密にする人は全然珍しくないんだ。
特に僕の場合は、ハヅキに事情を話すこと=『ねがい』の暴露だったからなおさらだった。
くたびれた駅の小さなホームには、僕とハヅキしかいない。
錆びれたベンチに座る僕らの間には、溝でもあるかのように少しだけ距離があった。
沈黙がつめたい風にかわって僕らの間をすり抜ける。
隣にいるハヅキがなにを考えているのか、まったくわからなかった。
でもそれは、ハヅキも同じだったんだろうね。
結局電車が来るまで、僕らは一度も口をきかなかった。
24 :名無しさん :2014/03/28(金)23:24:32 ID:BsxWI0Ga1
列車が甲高い音とともにゆっくりと動き出す。
二年ぐらい前までは、ハヅキと電車に乗って学校に通うのがあたり前だった。
田舎の電車でも、朝は人でいっぱいになるんだ。
僕らはつり革につかまって、小声でよく話をしてた。
女子にしてはハヅキは背が高かった。
僕は男子にしては背が低かった。加えて猫背ぎみだった。
僕とハヅキでは、彼女のほうが背が高かったんだ。
だから僕は電車に乗るたびに、密かに彼女と背比べをしてた。
大学生になるころには、まあまあ身長は伸びてたけど。
でも今の僕が、今のハヅキより背が高いのかどうかはわからない。
25 :名無しさん :2014/03/28(金)23:28:07 ID:BsxWI0Ga1
電車が大きく揺れると、となりにいるハヅキの肩と僕の肩が接触した。
そういえば、座ってふたりで並ぶのは初めてかもしれない。
そのことに気づいたときには、口が勝手に動いていた。
「はじめてだな」
「なんの話?」
ハヅキの顔が僕のほうに向いた。
会話のきっかけってホント、ささいなことなんだな。
たぶん、僕がハヅキの顔を本当に見たのは、この瞬間だったと思う。
一瞬自分が高校生に戻ったのかと錯覚しそうになった。
僕の隣にいるハヅキは、間違いなく高校時代の彼女だった。
人間って唖然とすると、普段出せない声が出るんだ。
喉から出た、できそこないの口笛みたいな音をごまかすために、僕は早口で言った。
「ふたりで電車に座って乗るの。なにげに初めてだよね?」
「言われてみれば、たしかにそうかもね」
「なんか不思議だな」
列車の窓から流れていく冬の景色は、実に退屈なものだった。
窓の外を過ぎていく色あせた田んぼに、アクセントのようにポツポツと佇んでいる民家が混じるだけの風景。
高校時代、外の景色をろくに見ていなかった理由がわかった気がした。
27 :名無しさん :2014/03/28(金)23:36:19 ID:BsxWI0Ga1
「ていうか景色は今はいいでしょ。それよりどこに向かってるの?」
「家だよ」
「家? 誰の?」
ハヅキが小首をかしげる。
僕はしまったと内心で舌打ちした。
僕は自分が思っているよりも、ずっと冷静じゃないらしい。
「あとで教える」と僕はまたもやはぐらかすはめになった。
再び沈黙がおとずれる。
なぜかレールの立てる規則正しい音が救いのように思えたね。
どうも僕とハヅキの間には、僕が思っている以上に距離があるらしかった。
ある意味当然と言えば、当然なんだけど。
28 :名無しさん :2014/03/28(金)23:43:18 ID:BsxWI0Ga1
二回ほど電車を乗り換えて、僕が今住んでいる町に着いた。
「なにここ……すごい田舎だね」
ハヅキが目を丸くしてあたりを見回す。
誰が見ても、ハヅキが初めてここに来たとわかる。
「オレたちが住んでるところと、そんなちがわないだろ」
「そうだけど。さすがに改札がない駅に来たのは初めて」
「開かない扉があってびっくりしてたな」
「知らなかったんだもん」
ハヅキがくちびるをとがらせる。
久々に見る彼女の姿に、僕の胸は知らず知らずのうちに高鳴っていた。
29 :名無しさん :2014/03/28(金)23:47:19 ID:BsxWI0Ga1
ホームを降りると、僕らは駐輪場へと向かった。
「乗ってよ」
「え?」
「『え?』じゃなくて」
「だって、ふたり乗りするってことでしょ? ダメだよ、そんなことしちゃ」
「だいじょうぶだよ。おまわりさんとか、全然いないし」
「そういう問題じゃないでしょ。わかってる? ふたり乗りっていうのは……」
基本的にハヅキはまじめなんだ。
学校なんかでも、規則を破ることとは無縁だった。
30 :名無しさん :2014/03/28(金)23:52:16 ID:BsxWI0Ga1
それでも僕はなんとかハヅキを説得した。
おそらく、僕がここまでハヅキに対して食い下がったのは初めてじゃないかな。
「本当はダメなんだよ? 危ないし……それに、ふたり乗りなんてできるの?」
心配げな口調。
「大丈夫だって。ほら、いくぞ」
「さっきからなんにも教えてくれないし、なんかいつもと様子がちがうし……」
そう文句を言いつつも、最後には僕の強引な頼みに折れた。
自分でも、どうしてここまでふたり乗りにこだわるのか、よくわからなかった。
「それで? どうやって乗ればいいの?」
「オレがこぎだしたら、荷台に飛び乗ればいいんだよ」
「飛び乗るの……?」
不安げに大きな瞳を揺らすハヅキを見るのは、めずらしいことじゃなかった。
むしろ、昔は日常茶飯事だったと言っていい。
31 :名無しさん :2014/03/28(金)23:55:20 ID:BsxWI0Ga1
結局荷台にハヅキを乗せた状態で、僕は自転車を発進させた。
ふたり乗りに慣れないハヅキは、僕の背中で悲鳴みたいな声をあげた。
バランスがうまくとれないらしい。
「お尻痛いし手をどこにやればいいのかわかんないっ!」
悲鳴混じりの文句が後ろから聴こえてくるのも新鮮だった。
なぜか笑いがこみあげてきた。
「手は肩にでも、腹でもどこでもいいから。とりあえずどっかつかんで!」
僕がそう言うと、ハヅキは遠慮がちに肩に手を置いた。
ペダルを勢いよくこぐ。
そうすると僕の肩をつかむ握力が強くなるので、調子に乗ってさらにこいだ。
ショートストーリーの人気記事
神様「神様だっ!」 神使「神力ゼロですが・・・」
神様の秘密とは?神様が叶えたかったこととは?笑いあり、涙ありの神ss。日常系アニメが好きな方におすすめ!
→記事を読む
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
→記事を読む
キモオタ「我輩がおとぎ話の世界に行くですとwww」ティンカーベル「そう」
→記事を読む
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
→記事を読む
男「少し不思議な話をしようか」女「いいよ」
→記事を読む
同僚女「おーい、おとこ。起きろ、起きろー」
→記事を読む
妹「マニュアルで恋します!」
→記事を読む
きのこの山「最後通牒だと……?」たけのこの里「……」
→記事を読む
月「で……であ…でぁー…TH…であのて……?」
→記事を読む
彡(゚)(゚)「お、居酒屋やんけ。入ったろ」
→記事を読む