しずか「私は源しずかという人間が嫌いです」
Part2
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:11:36.12 ID:WvDcSABC0
しずか「今日はありがとう。お仕事頑張ってね」
病院の玄関まで、武さんは付いてきた。
振り返り、礼を言う。
また今度会いましょうとは、軽々しく口にできなかった。
二人とも意識して、ジャイ子ちゃんやのび太さんの話題を避けている。
武さんは、のび太さんの死刑確定をどう受け止めているのだろうか。
武「しずかちゃん!」
歩き出した私を、武さんが呼び止めた。
武「しずかちゃんのしようとしていることを、俺は止めるつもりはない。今更何をしても、ジャイ子が帰って来ることはない。だけど…」
しずか「だけど…?」
武「お願いだ。スネ夫を巻き込むことだけはやめてくれ。あいつは神経の細かい奴なんだ。もちろん奴も、しずかちゃんに協力したい気持ちはあるはずだ。だけど俺を裏切ることはしたくないとも考えている」
武「あいつは昨日、泣きながら俺に詫びてきたよ。こっちは謝られる覚えなんてなかったけど、あいつはひとり悩んで、自分を責めていた。どうかあいつの気持ちを汲んでやってくれ。お願いだしずかちゃん」
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:12:35.53 ID:WvDcSABC0
武さんが大きな頭を下げた。
そういえば事件後、武さんはのび太さんを恨むような発言をまったくしなかった。
もちろん心の中はわからない。
本当はのび太さんのことが憎くて仕方ないのかもしれない。
だけどそれを表に出さないのは、武さんが優しいからだろう。
私やスネ夫さんの中に、まだのび太さんを友人だと思う気持ちがあることを、武さんは見抜いているのだ。
幼い頃の思い出を綺麗なままにしておけるよう、武さんは私に気を遣ってくれているのかもしれない。
しずか「わかったわ。ごめんなさい」
私は武さんの視線を避けてそう言うと、足早に病院を後にした。
近くの公園に駆け込み、靴を履き替えた。
公園を出たところで、誰かの視線を感じた。
まとわりつくような、嫌な視線だった。
私は背筋に鳥肌を立て、なるべく人通りの多い道を目指した。
だが途中で何者かに肩を叩かれ、半ば強引にそちらへ顔を向かせられてしまった。
しずか「あ、あの…誰ですか?」
私を引き留めた女は、自分をフリーライターだと名乗った。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:13:40.61 ID:WvDcSABC0
ライター「あなたロクちゃんの知り合い?」
しずか「は?」
ライター「会ったんでしょ、患者に。ロクちゃんのほうだよね?」
しずか「ロクちゃん?」
ライター「そ、606号室に入院してるからロクちゃん。彼女口が利けなくて、自分の名前すら言えないんでしょ?だからライターの間では通称ロクちゃんで通してるの」
しずか「はぁ…」
女は馴れ馴れしく喋り、表面上は笑顔だったけれど、腕はしっかりと私の肩を掴み、逃がすものかと力をこめていた。
どうやら私からロクちゃんについての情報を聞き出そうとしているらしい。
ライター「あなたはなんでロクちゃんに面会出来たの?」
しずか「あの、私のことを見張ってたんですか?」
ライター「だって待ち合い室で剛田医師と話してたの見かけたから。あたしなんていっつも門前払いよ。よく面会させてもらえたわね」
女は私を見張ってたことについて、悪びれもせずにそう言った。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:14:34.76 ID:WvDcSABC0
しずか「残念ですけど、ロクちゃんについてお話出来ることは何もありません」
私は女を振り切って、先を進んだ。
追いかけてくるかと思ったが、女はすんなり諦めてくれた。
その代わり、今度はひどく苛ついた声を上げた。
ライター「これから裏山に行くつもりでしょ?」
しずか「はい?」
振り返ると、女はにやにやと笑って、私の足元を顎でしゃくった。
ライター「靴、履き替えてる。病院ではヒールだったのに、今はスニーカー。どうして?」
しずか「こ、これは…」
ライター「これから山を登るからだよね?やめときな。あそこに近づかないほうがいいよ」
しずか「あなたには関係ないことです」
ライター「この事件、あたしは宗教が絡んでると思ってる」
しずか「宗教?」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:14:42.93 ID:nD8qe1KR0
なかなか面白いわ
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:15:20.04 ID:zCQWxC/R0
おい、気になって仕事にならねーぞ
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:15:27.97 ID:WvDcSABC0
>>42
ありがとう
ライター「そう。あの山のどこかには、おそらく宗教施設があるのよ。保護された人物たちはみんなそこでひどい虐待を受けていた。だから精神を病み、怪我を負い、施設を逃げ出した。逃げて山中をさ迷っているところを保護された」
ライター「これがあたしの考える事件の筋書き。あたしの仲間が今、どうにかしてその施設を探し、潜入しようと準備してる。だから今、あなたに引っ掻き回して欲しくないのよね。向こうに変に警戒されたら、こっちが動きにくくなるし」
女はなぜか勝ち誇ったように言った。
私を駆け出しのライターとでも勘違いしているのだろうか。
そうだとしたら自分の見解をベラベラと話すその神経を疑ってしまう。
この女は何もわかってないなと思い、私は今からの裏山行きを断念した。
それから女との会話を思いだし、何も収穫がなかったわけではないことを、天に感謝した。
しずか「そうですか。では私はもう諦めます」
私は女の勘違い通り、ライターのふりをしてやって、そう言った。
女は満足気に頷き、どこかへ電話を掛け始めた。
私はその間に女から離れた。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:16:39.64 ID:WvDcSABC0
アパートに戻る前に、ドンキへ寄ってロープと懐中電灯を購入した。
上司に電話を掛け、母が倒れたので数日休みを頂きたいと告げた。
それで今からの準備は整った。
私はアパートに帰り、ゆっくりと風呂に浸かった。
この風呂に入るのも今日が最後になるかもしれないと思い、湯から出るのが名残り惜しかった。
だがもう、行かなければならない。
私は夜のうちに動くつもりだった。
支度を終え、ふと誰かにメッセージを残したい気分になった。
真っ先に浮かんだのは両親の顔だったが、彼らに余計な悲しみを背負わすことを考えると、出来なかった。
私は思いきって、スネ夫さんに電話を掛けた。
最後に、昨日のことを謝ろうと思った。
だがすぐに留守電に切り替わり、結局スネ夫さんの声を聞くことは出来なかった。
そういう巡り合わせだったのだろう。
私はやはり何も残さずに行くことを決めた。
駅まで歩く途中に運良くタクシーをつかまえ、裏山近辺で降りた。
辺りを警戒しながら、裏山へ向かう。
足が震えていた。
私は馬鹿げた妄想にとりつかれているのかもしれない。
今夜が空振りに終わり、虚しくまたあのアパートに帰る自分を想像したら、少しだけ笑えた。
深夜の裏山はひんやりとした空気に包まれ、思っていた静けさはなかった。
風に揺れる木の葉の音にいちいち驚かされたが、やがてそれにも慣れた。
懐中電灯の明かりは心許なく、裏山の暗闇は深い。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:17:26.96 ID:q1rFKlPH0
久しぶりに真面目なSS見た気がする
面白い
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:17:57.58 ID:WvDcSABC0
しずか「どこかにきっと痕跡が残ってるはず…」
私は慎重に歩いた。
些細なことも見逃してはならないと思った。
どこかで何かの動く気配がした。
そして、あっと声を上げる間もなく、そいつは私の前に姿を現した。
野犬だ。
懐中電灯を向けると、野犬は僅かに退いた。
しかし荒い息遣いはまだ続いており、時折こちらを威嚇するような唸り声を洩らした。
生憎私には、野犬に対抗する手段がない。
私は手探りで木の枝を拾い上げ、野犬に向かいぶんぶんと振った。
野犬は怯まなかった。
地面を蹴る音と同時に、私の目の前に野犬の狂った顔が近づいた。
私は足を滑らせ、仰向けに倒れた。
野犬は私にのし掛かり、首元を狙ってきた。
持っていた懐中電灯で野犬の頭を何度も殴った。
だが野犬は痛みなど感じていないかのように、獰猛な牙を向けてくる。
もう駄目だと絶望が目の前を覆った時、変化があった。
体に感じていた重みがなくなり、慌てて半身を起こすと、野犬が何者かからめったうちにされている光景が、暗闇の中に浮かび上がっていた。
しずか「スネ夫…さん…?」
スネ夫さんはバットのようなもので野犬を打ち、追い払ってくれた。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:19:16.77 ID:WvDcSABC0
スネ夫「大丈夫かい?しずかちゃん」
しずか「スネ夫さん?どうしてここに?」
私は呆然として、尋ねた。
スネ夫「へへっ、随分探したんだぜ。君から着信があって、掛け直したのに繋がらないから。昨日の君の様子から、僕は嫌な予感がしたんだ」
スネ夫「だからあちこち連絡して、ジャイアンから昼間君が病院に来たって話を聞いてさ、裏山の事件を気にしているみたいだったから、まさかと思って来てみたら、ビンゴだった。一体君はここで何をしようとしているんだい?」
しずか「ごめんなさい…」
安心したせいか、涙が出た。
ふと見ると、スネ夫さんの足が震えている。
すると今度は笑えて来て、私は泣きながら笑うという奇妙な体験をした。
スネ夫さんはおろおろと、そんな私を見下ろしていた。
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:20:13.31 ID:WvDcSABC0
しずか「私、自分が思っている以上に馬鹿なんだわ」
気持ちが落ち着くと、私は立ち上がり、服についた泥を軽くはたき落とした。
スネ夫「は?」
しずか「探そうと思ったの。時空の歪みを」
スネ夫「時空の歪み?」
しずか「ええ、裏山にあるはずだと思って。ほら昔、ドラちゃんがいた時もたまにあったじゃない。何かのきっかけで時空が歪み、タイムマシンが予期せぬ時代に到着してしまったことが」
スネ夫「ああ、それで何度か怖い思いもしたっけね」
しずか「ふふっ、懐かしい」
スネ夫「だけど、何でここにそんなものがあると思ったんだい?」
しずか「最近裏山で連続して身元不明者が保護されてるでしょう?彼らは恐ろしい体験の末、精神のバランスを崩してしまった。私はそれを、時間旅行をしたせいだと考えたの」
スネ夫「まさか!そんなことあるわけない!」
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:04.82 ID:mL0a2f0f0
ほう
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:30.12 ID:WvDcSABC0
しずか「ええ、だからあくまで私の想像よ。別の時代から、いきなりこの時代に飛ばされて、彼らはパニックを起こした。彼らがみんな言ってることが滅茶苦茶で、情緒不安定だと診断されたのはそのせい」
しずか「誰だって自分のいた時代からいきなり過去、あるいは未来に飛ばされたら怖いし、不安になるでしょう。元々いた時代が違うのだから、この時代の人間と話が噛み合わないのは当たり前」
しずか「だからこの時代の人間からすると、彼らの言っていることは滅茶苦茶に聞こえる」
スネ夫「だけど君は、たったそれだけの事柄で時空の歪みの存在を想像し、ここまで来たというのかい?たったひとりで、こんな夜中に、野犬に襲われもして!いくらなんでも無謀すぎるよ」
しずか「そうね。だから私は救いようのない馬鹿なのよ。でもね、今日病院で保護された少女と面会してみて、なんとなく感じたの。私は間違ってないかもしれないって」
スネ夫さんが乾いた笑いを洩らした。
しずか「でも今晩はもう駄目ね。さっきの野犬のせいで懐中電灯が壊れてしまったわ。もう先に進めない。帰りましょう、スネ夫さん」
スネ夫さんは明かりをちゃんと持っていた。
私はそれを頼りに、一緒に下山することにした。
だがスネ夫さんは私の言葉を無視して、帰り道とは反対の方角を照らした。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:53.79 ID:G2LFFFO00
支援
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:22:32.18 ID:WvDcSABC0
しずか「スネ夫さん?」
スネ夫「し、仕方ないな。乗り掛かった船だ。僕も一緒に探してやるよ」
しずか「え?」
スネ夫「君の考えていることはわかるよ。時空の歪みを利用して、ドラえもんに会いに行くつもりだろう。僕はこれ以上手を貸さない。だけど久しぶりにドラえもんに会うのも悪くないかなとも思うんだ」
スネ夫さんが、にやりと笑った気がした。
私の心は久しぶりに温かさを感じていた。
しずか「ありがとう、スネ夫さん」
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:23:32.72 ID:OF1+bwiDO
面白いよ
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:23:49.33 ID:WvDcSABC0
それから私たちは、じりじりと山道を登った。
スネ夫「闇雲に探すのは良くない。のび太の机の引き出しがそうだったように、時空間への扉の代用になりそうな物がないか探すんだ」
スネ夫「なあにこんな山の中だ、物は限られている。例えば不法投棄された冷蔵庫の中、木の裂け目、そういったものが時空間への扉の役目を果たしているかもしれない」
しずか「そうね、私ったら勝手に時空の歪みがぽんと空中に浮かんでいる様を想像してたわ」
スネ夫「そんなものあったら、とっくに警察が見つけて大騒ぎになってるよ」
私達はそれから、扉の代用となりそうなものを探し歩いた。
だが次第に山道は寂しくなり、登り始めて最初の頃はよく目についていた不法投棄物や誰かが食べ捨てた食品のパック、空き缶などが見当たらなくなってきた。
鬱蒼とした木々だけが広がる空間。
やはり私の考えは、ただの妄想に過ぎなかったのか。
諦めかけたその時、スネ夫さんが高い声を上げた。
スネ夫「あれをご覧よ、しずかちゃん」
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:24:58.88 ID:WvDcSABC0
スネ夫さんが指差したのは、小さな祠だった。
中が薄ぼんやりと発光している。
スネ夫「ははっ…まさか本当にあるなんて」
しずか「あれが時空の歪み…」
私は背負っていたリュックを地面に下ろし、中からロープを取り出した。
スネ夫「な、何するんだい?」
しずか「決まってるじゃない。中に入るのよ」
ロープの端を木に縛り付けた。
しずか「昔みたいにタイムマシンに乗ることは出来ない。時空間に体ひとつで入ることになる。このロープはきちんとこの時代に帰ってくるための策よ」
しずか「途中で千切れるかもしれないし、何より長さが足りないかもしれない。だけど何もないよりは安心出来ると思ったの」
スネ夫「しずかちゃんはこのロープを辿って帰るつもりなんだね」
しずか「ええ。ありがとうスネ夫さん、ここまでで充分よ。後はわたしひとりで行くわ」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:26:13.12 ID:WvDcSABC0
スネ夫「そんな!君ひとりで?行かせられないよ。ぼ、僕を見くびるな!もう昔の、弱虫で怖がりの僕じゃない!どんな危険があろうと、僕は君と一緒に行くよ」
しずか「スネ夫さん…」
スネ夫「君に昨日言われて、目が覚めたんだ。僕はやっぱりのび太の無実を信じたい。そのための過程で例えジャイアンを傷つけることになったとしても、妹を殺した犯人が幼馴染みでしたなんて結末よりはジャイアンも救われるはずだ」
スネ夫「そうだよ、これはのび太だけを救うためのものじゃない。何よりジャイアンを救うための、僕としずかちゃんの冒険なんだ!」
スネ夫さんの目は、いつからか少年の頃のそれに戻っていた。
希望に胸を膨らませ、明日が今日よりも楽しくなると信じて疑わなかったあの頃。
しずか「わかったわ、一緒に行きましょう」
私達はロープの端を握り、祠の先、時空の歪みへと飛び込んだ。
時空間の中は、子供の頃となんら変わっていなかった。
暑くも寒くもなく、ふわふわとしていてちょっと心細い。
この中では風向きがそのまま時間の流れを表している。
ドラちゃんのいる未来へ行くためには、風に逆らって進むのだ。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:26:53.80 ID:WvDcSABC0
スネ夫「ドラえもん…ドラえもん…」
スネ夫さんはぶつぶつと呟きながら歩いていた。
ロープはすぐに長さがいっぱいになり、この先へ進めば、帰り道を失う可能性も考えられた。
つまり、元の時代には帰れなくなるかもしれないのだ。
しずか「いい?スネ夫さん。ロープはここで終わり。私達を現代に繋ぎ止めてくれているものを、私は今から手放すわ」
私はスネ夫さんに宣言した。
スネ夫さんはなぜか私を無視して、私の頭上辺りをぼんやりと眺めていた。
しずか「え?」
視線をやると、そこに白い機体が浮いていた。
しずか「タイム…パトロール隊…」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:28:00.57 ID:WvDcSABC0
私達は、タイムパトロール隊に保護された。
調書を取られ、犯罪が絡んでいないと判断された後、きつく注意を受けた。
しずか「すみません、一般人の時間旅行が禁止されるようになったなんて知らなくて」
私とスネ夫さんは揃って頭を下げた。
私達は無謀な旅行者という立ち位置にいるらしい。
身元引き受け人を誰にするかと訊かれ、ドラちゃんの名前と時代を告げると、数時間後に別の小さな部屋と通された。
スネ夫「ドラえもん、ちゃんと来てくれるかな」
しずか「大丈夫よ」
そうして入り口から、あの懐かしいシルエットが現れた。
ドラ「やあやあ待たせたね」
久しぶりの再会だというのに、ドラちゃんはまるであの頃のまま、集合場所だった空き地に遅れてきたかのような口振りで、話しかけてきた。
だけど近くで見ると、少しだけボディに傷がついていたり、塗装がはげていたりもして、私は過ぎた歳月を思った。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:28:43.26 ID:ahTut0/20
一体ドラえもんに何が…
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:29:07.62 ID:WvDcSABC0
しずか「ごめんなさいドラちゃん、私達どうしてもまたドラちゃんに会いたくて」
スネ夫「ド、ドラえも〜ん」
スネ夫さんは子供みたいに、ドラちゃんの体に抱きついた。
その横で、タイムパトロール隊員が事務的に、今後のことを説明する。
私達が元居た時代に帰るには、特別時間旅行許可の申請をしなければならず、手続きに少し時間がかかるらしい。
その間だけ、ドラちゃんの元に滞在する猶予が与えられた。
そうして私たちは昔話をする間もなく、タイムパトロール隊によってドラちゃんの生活する時代に送り届けられた。
ドラちゃんは一言も、のび太さんについて尋ねてこなかった。
きっともう知っているのだろう。
ドラ「ここが僕の家さ」
ドラちゃんの自宅は、この時代では中流家庭に分類されているらしい、マンションのひとつだった。
しずか「セワシさんの家じゃないの?」
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:30:10.40 ID:WvDcSABC0
ドラ「どうも数日前から事情が変わってね、今はセワシくんが生まれなかったという時間の流れになってるんだよ」
スネ夫「え?どういうこと?」
ドラ「のび太くんは子孫を残さなかった。その流れで出来た未来が今なんだよ。僕はロボットだから時代の変化に鈍感だけど、あと数日もすればセワシくんやのび太くんと一緒に暮らしていた時の記憶もなくなるだろう」
ドラ「正確には記憶が書き変わるんだ。しずかちゃんやスネ夫くんのことも忘れてしまう」
スネ夫「そんなぁ…」
しずか「じゃあ私達は間一髪だったのね」
ドラ「ああ、君たちを忘れる前に再会出来て良かった」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:31:23.37 ID:WvDcSABC0
しずか「例えば後々の未来に影響を与える出来事が今起きたとして、その通りに時代の流れが変化してしまうまで、タイムラグはあるの?」
ドラ「それらはすべてタイムパトロール隊本部が管理してる。今ある未来を大きく変化させる出来事が起きた場合、その通りに時代を変化させていいか、修正が必要か、判断を下すにはそれなりの時間がかかる」
ドラ「起きた出来事の大小によって、判断にかかる時間も違う。いずれにせよ、何かが起きた後すぐに未来が変化するわけではないから、タイムラグはあるね」
しずか「良かった」
どうやら私にはまだ少し、時間が残されているようだ。
ドラ「だけどセワシくんは消えた。つまりこれは今まであった時間の流れを変化させるであろう出来事が、確定的になった証拠だ。セワシくんに影響を与えられるのは、先祖であるのび太くんしかいない。ねえ、のび太くんは本当に死刑になってしまうのかい?」
しずか「そうね、このままだと…」
スネ夫「ドラえもん、なんとかしてくれよ」
ドラ「残念だけど、時間旅行が禁止された今、僕は過去へ行くことが出来ない。力にはなれないよ」
ドラちゃんは心底悔しそうに言った。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:32:29.43 ID:WvDcSABC0
ドラ「セワシくんという存在がいなくなった今、僕が過去――君たちの子供時代――に送られたという事実もなくなる。子供の頃の君たちとは出会わなかったことになる。君たちの記憶は書き変わり、僕のことをすっかり忘れてしまう」
ドラ「なんだか切ないなぁ。もう一度だけでいい、最後にのび太くんに会いたかったよ…」
しずか「そんな!諦めるのは早いわ、ドラちゃん。なんとかしてのび太さんの無実を証明しましょう。そうすればまたセワシさんがあなたとのび太さんを出会わせたという、本来の時間の流れを取り戻せるわ」
ドラ「無実?のび太くんは本当に無実なのかい?」
しずか「ええ、そうよ。もちろんじゃない!」
ドラ「そうかおかしいと思ったんだ、あの弱虫ののび太くんに人なんて殺せるわけない」
しずか「ふふっ…大人になったのび太さんはもう弱虫なんかじゃなかったわよ。ドラちゃんだってのび太さんの高校時代を見てきたじゃない」
スネ夫「のび太、立派だったよな」
ドラ「いけないいけない、僕の中ではいつまでもジャイアンに苛められて泣きついてくる、子供ののび太くんの印象が強くて」
ドラちゃんはまあるい手で頭をかいた。
それから急に真顔になり、真っ直ぐ私を見つめた。
しずか「今日はありがとう。お仕事頑張ってね」
病院の玄関まで、武さんは付いてきた。
振り返り、礼を言う。
また今度会いましょうとは、軽々しく口にできなかった。
二人とも意識して、ジャイ子ちゃんやのび太さんの話題を避けている。
武さんは、のび太さんの死刑確定をどう受け止めているのだろうか。
武「しずかちゃん!」
歩き出した私を、武さんが呼び止めた。
武「しずかちゃんのしようとしていることを、俺は止めるつもりはない。今更何をしても、ジャイ子が帰って来ることはない。だけど…」
しずか「だけど…?」
武「お願いだ。スネ夫を巻き込むことだけはやめてくれ。あいつは神経の細かい奴なんだ。もちろん奴も、しずかちゃんに協力したい気持ちはあるはずだ。だけど俺を裏切ることはしたくないとも考えている」
武「あいつは昨日、泣きながら俺に詫びてきたよ。こっちは謝られる覚えなんてなかったけど、あいつはひとり悩んで、自分を責めていた。どうかあいつの気持ちを汲んでやってくれ。お願いだしずかちゃん」
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:12:35.53 ID:WvDcSABC0
武さんが大きな頭を下げた。
そういえば事件後、武さんはのび太さんを恨むような発言をまったくしなかった。
もちろん心の中はわからない。
本当はのび太さんのことが憎くて仕方ないのかもしれない。
だけどそれを表に出さないのは、武さんが優しいからだろう。
私やスネ夫さんの中に、まだのび太さんを友人だと思う気持ちがあることを、武さんは見抜いているのだ。
幼い頃の思い出を綺麗なままにしておけるよう、武さんは私に気を遣ってくれているのかもしれない。
しずか「わかったわ。ごめんなさい」
私は武さんの視線を避けてそう言うと、足早に病院を後にした。
近くの公園に駆け込み、靴を履き替えた。
公園を出たところで、誰かの視線を感じた。
まとわりつくような、嫌な視線だった。
私は背筋に鳥肌を立て、なるべく人通りの多い道を目指した。
だが途中で何者かに肩を叩かれ、半ば強引にそちらへ顔を向かせられてしまった。
しずか「あ、あの…誰ですか?」
私を引き留めた女は、自分をフリーライターだと名乗った。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:13:40.61 ID:WvDcSABC0
ライター「あなたロクちゃんの知り合い?」
しずか「は?」
ライター「会ったんでしょ、患者に。ロクちゃんのほうだよね?」
しずか「ロクちゃん?」
ライター「そ、606号室に入院してるからロクちゃん。彼女口が利けなくて、自分の名前すら言えないんでしょ?だからライターの間では通称ロクちゃんで通してるの」
しずか「はぁ…」
女は馴れ馴れしく喋り、表面上は笑顔だったけれど、腕はしっかりと私の肩を掴み、逃がすものかと力をこめていた。
どうやら私からロクちゃんについての情報を聞き出そうとしているらしい。
ライター「あなたはなんでロクちゃんに面会出来たの?」
しずか「あの、私のことを見張ってたんですか?」
ライター「だって待ち合い室で剛田医師と話してたの見かけたから。あたしなんていっつも門前払いよ。よく面会させてもらえたわね」
女は私を見張ってたことについて、悪びれもせずにそう言った。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:14:34.76 ID:WvDcSABC0
しずか「残念ですけど、ロクちゃんについてお話出来ることは何もありません」
私は女を振り切って、先を進んだ。
追いかけてくるかと思ったが、女はすんなり諦めてくれた。
その代わり、今度はひどく苛ついた声を上げた。
ライター「これから裏山に行くつもりでしょ?」
しずか「はい?」
振り返ると、女はにやにやと笑って、私の足元を顎でしゃくった。
ライター「靴、履き替えてる。病院ではヒールだったのに、今はスニーカー。どうして?」
しずか「こ、これは…」
ライター「これから山を登るからだよね?やめときな。あそこに近づかないほうがいいよ」
しずか「あなたには関係ないことです」
ライター「この事件、あたしは宗教が絡んでると思ってる」
しずか「宗教?」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:14:42.93 ID:nD8qe1KR0
なかなか面白いわ
おい、気になって仕事にならねーぞ
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:15:27.97 ID:WvDcSABC0
>>42
ありがとう
ライター「そう。あの山のどこかには、おそらく宗教施設があるのよ。保護された人物たちはみんなそこでひどい虐待を受けていた。だから精神を病み、怪我を負い、施設を逃げ出した。逃げて山中をさ迷っているところを保護された」
ライター「これがあたしの考える事件の筋書き。あたしの仲間が今、どうにかしてその施設を探し、潜入しようと準備してる。だから今、あなたに引っ掻き回して欲しくないのよね。向こうに変に警戒されたら、こっちが動きにくくなるし」
女はなぜか勝ち誇ったように言った。
私を駆け出しのライターとでも勘違いしているのだろうか。
そうだとしたら自分の見解をベラベラと話すその神経を疑ってしまう。
この女は何もわかってないなと思い、私は今からの裏山行きを断念した。
それから女との会話を思いだし、何も収穫がなかったわけではないことを、天に感謝した。
しずか「そうですか。では私はもう諦めます」
私は女の勘違い通り、ライターのふりをしてやって、そう言った。
女は満足気に頷き、どこかへ電話を掛け始めた。
私はその間に女から離れた。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:16:39.64 ID:WvDcSABC0
アパートに戻る前に、ドンキへ寄ってロープと懐中電灯を購入した。
上司に電話を掛け、母が倒れたので数日休みを頂きたいと告げた。
それで今からの準備は整った。
私はアパートに帰り、ゆっくりと風呂に浸かった。
この風呂に入るのも今日が最後になるかもしれないと思い、湯から出るのが名残り惜しかった。
だがもう、行かなければならない。
私は夜のうちに動くつもりだった。
支度を終え、ふと誰かにメッセージを残したい気分になった。
真っ先に浮かんだのは両親の顔だったが、彼らに余計な悲しみを背負わすことを考えると、出来なかった。
私は思いきって、スネ夫さんに電話を掛けた。
最後に、昨日のことを謝ろうと思った。
だがすぐに留守電に切り替わり、結局スネ夫さんの声を聞くことは出来なかった。
そういう巡り合わせだったのだろう。
私はやはり何も残さずに行くことを決めた。
駅まで歩く途中に運良くタクシーをつかまえ、裏山近辺で降りた。
辺りを警戒しながら、裏山へ向かう。
足が震えていた。
私は馬鹿げた妄想にとりつかれているのかもしれない。
今夜が空振りに終わり、虚しくまたあのアパートに帰る自分を想像したら、少しだけ笑えた。
深夜の裏山はひんやりとした空気に包まれ、思っていた静けさはなかった。
風に揺れる木の葉の音にいちいち驚かされたが、やがてそれにも慣れた。
懐中電灯の明かりは心許なく、裏山の暗闇は深い。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:17:26.96 ID:q1rFKlPH0
久しぶりに真面目なSS見た気がする
面白い
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:17:57.58 ID:WvDcSABC0
しずか「どこかにきっと痕跡が残ってるはず…」
私は慎重に歩いた。
些細なことも見逃してはならないと思った。
どこかで何かの動く気配がした。
そして、あっと声を上げる間もなく、そいつは私の前に姿を現した。
野犬だ。
懐中電灯を向けると、野犬は僅かに退いた。
しかし荒い息遣いはまだ続いており、時折こちらを威嚇するような唸り声を洩らした。
生憎私には、野犬に対抗する手段がない。
私は手探りで木の枝を拾い上げ、野犬に向かいぶんぶんと振った。
野犬は怯まなかった。
地面を蹴る音と同時に、私の目の前に野犬の狂った顔が近づいた。
私は足を滑らせ、仰向けに倒れた。
野犬は私にのし掛かり、首元を狙ってきた。
持っていた懐中電灯で野犬の頭を何度も殴った。
だが野犬は痛みなど感じていないかのように、獰猛な牙を向けてくる。
もう駄目だと絶望が目の前を覆った時、変化があった。
体に感じていた重みがなくなり、慌てて半身を起こすと、野犬が何者かからめったうちにされている光景が、暗闇の中に浮かび上がっていた。
しずか「スネ夫…さん…?」
スネ夫さんはバットのようなもので野犬を打ち、追い払ってくれた。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:19:16.77 ID:WvDcSABC0
スネ夫「大丈夫かい?しずかちゃん」
しずか「スネ夫さん?どうしてここに?」
私は呆然として、尋ねた。
スネ夫「へへっ、随分探したんだぜ。君から着信があって、掛け直したのに繋がらないから。昨日の君の様子から、僕は嫌な予感がしたんだ」
スネ夫「だからあちこち連絡して、ジャイアンから昼間君が病院に来たって話を聞いてさ、裏山の事件を気にしているみたいだったから、まさかと思って来てみたら、ビンゴだった。一体君はここで何をしようとしているんだい?」
しずか「ごめんなさい…」
安心したせいか、涙が出た。
ふと見ると、スネ夫さんの足が震えている。
すると今度は笑えて来て、私は泣きながら笑うという奇妙な体験をした。
スネ夫さんはおろおろと、そんな私を見下ろしていた。
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:20:13.31 ID:WvDcSABC0
しずか「私、自分が思っている以上に馬鹿なんだわ」
気持ちが落ち着くと、私は立ち上がり、服についた泥を軽くはたき落とした。
スネ夫「は?」
しずか「探そうと思ったの。時空の歪みを」
スネ夫「時空の歪み?」
しずか「ええ、裏山にあるはずだと思って。ほら昔、ドラちゃんがいた時もたまにあったじゃない。何かのきっかけで時空が歪み、タイムマシンが予期せぬ時代に到着してしまったことが」
スネ夫「ああ、それで何度か怖い思いもしたっけね」
しずか「ふふっ、懐かしい」
スネ夫「だけど、何でここにそんなものがあると思ったんだい?」
しずか「最近裏山で連続して身元不明者が保護されてるでしょう?彼らは恐ろしい体験の末、精神のバランスを崩してしまった。私はそれを、時間旅行をしたせいだと考えたの」
スネ夫「まさか!そんなことあるわけない!」
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:04.82 ID:mL0a2f0f0
ほう
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:30.12 ID:WvDcSABC0
しずか「ええ、だからあくまで私の想像よ。別の時代から、いきなりこの時代に飛ばされて、彼らはパニックを起こした。彼らがみんな言ってることが滅茶苦茶で、情緒不安定だと診断されたのはそのせい」
しずか「誰だって自分のいた時代からいきなり過去、あるいは未来に飛ばされたら怖いし、不安になるでしょう。元々いた時代が違うのだから、この時代の人間と話が噛み合わないのは当たり前」
しずか「だからこの時代の人間からすると、彼らの言っていることは滅茶苦茶に聞こえる」
スネ夫「だけど君は、たったそれだけの事柄で時空の歪みの存在を想像し、ここまで来たというのかい?たったひとりで、こんな夜中に、野犬に襲われもして!いくらなんでも無謀すぎるよ」
しずか「そうね。だから私は救いようのない馬鹿なのよ。でもね、今日病院で保護された少女と面会してみて、なんとなく感じたの。私は間違ってないかもしれないって」
スネ夫さんが乾いた笑いを洩らした。
しずか「でも今晩はもう駄目ね。さっきの野犬のせいで懐中電灯が壊れてしまったわ。もう先に進めない。帰りましょう、スネ夫さん」
スネ夫さんは明かりをちゃんと持っていた。
私はそれを頼りに、一緒に下山することにした。
だがスネ夫さんは私の言葉を無視して、帰り道とは反対の方角を照らした。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:21:53.79 ID:G2LFFFO00
支援
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:22:32.18 ID:WvDcSABC0
しずか「スネ夫さん?」
スネ夫「し、仕方ないな。乗り掛かった船だ。僕も一緒に探してやるよ」
しずか「え?」
スネ夫「君の考えていることはわかるよ。時空の歪みを利用して、ドラえもんに会いに行くつもりだろう。僕はこれ以上手を貸さない。だけど久しぶりにドラえもんに会うのも悪くないかなとも思うんだ」
スネ夫さんが、にやりと笑った気がした。
私の心は久しぶりに温かさを感じていた。
しずか「ありがとう、スネ夫さん」
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:23:32.72 ID:OF1+bwiDO
面白いよ
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:23:49.33 ID:WvDcSABC0
それから私たちは、じりじりと山道を登った。
スネ夫「闇雲に探すのは良くない。のび太の机の引き出しがそうだったように、時空間への扉の代用になりそうな物がないか探すんだ」
スネ夫「なあにこんな山の中だ、物は限られている。例えば不法投棄された冷蔵庫の中、木の裂け目、そういったものが時空間への扉の役目を果たしているかもしれない」
しずか「そうね、私ったら勝手に時空の歪みがぽんと空中に浮かんでいる様を想像してたわ」
スネ夫「そんなものあったら、とっくに警察が見つけて大騒ぎになってるよ」
私達はそれから、扉の代用となりそうなものを探し歩いた。
だが次第に山道は寂しくなり、登り始めて最初の頃はよく目についていた不法投棄物や誰かが食べ捨てた食品のパック、空き缶などが見当たらなくなってきた。
鬱蒼とした木々だけが広がる空間。
やはり私の考えは、ただの妄想に過ぎなかったのか。
諦めかけたその時、スネ夫さんが高い声を上げた。
スネ夫「あれをご覧よ、しずかちゃん」
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:24:58.88 ID:WvDcSABC0
スネ夫さんが指差したのは、小さな祠だった。
中が薄ぼんやりと発光している。
スネ夫「ははっ…まさか本当にあるなんて」
しずか「あれが時空の歪み…」
私は背負っていたリュックを地面に下ろし、中からロープを取り出した。
スネ夫「な、何するんだい?」
しずか「決まってるじゃない。中に入るのよ」
ロープの端を木に縛り付けた。
しずか「昔みたいにタイムマシンに乗ることは出来ない。時空間に体ひとつで入ることになる。このロープはきちんとこの時代に帰ってくるための策よ」
しずか「途中で千切れるかもしれないし、何より長さが足りないかもしれない。だけど何もないよりは安心出来ると思ったの」
スネ夫「しずかちゃんはこのロープを辿って帰るつもりなんだね」
しずか「ええ。ありがとうスネ夫さん、ここまでで充分よ。後はわたしひとりで行くわ」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:26:13.12 ID:WvDcSABC0
スネ夫「そんな!君ひとりで?行かせられないよ。ぼ、僕を見くびるな!もう昔の、弱虫で怖がりの僕じゃない!どんな危険があろうと、僕は君と一緒に行くよ」
しずか「スネ夫さん…」
スネ夫「君に昨日言われて、目が覚めたんだ。僕はやっぱりのび太の無実を信じたい。そのための過程で例えジャイアンを傷つけることになったとしても、妹を殺した犯人が幼馴染みでしたなんて結末よりはジャイアンも救われるはずだ」
スネ夫「そうだよ、これはのび太だけを救うためのものじゃない。何よりジャイアンを救うための、僕としずかちゃんの冒険なんだ!」
スネ夫さんの目は、いつからか少年の頃のそれに戻っていた。
希望に胸を膨らませ、明日が今日よりも楽しくなると信じて疑わなかったあの頃。
しずか「わかったわ、一緒に行きましょう」
私達はロープの端を握り、祠の先、時空の歪みへと飛び込んだ。
時空間の中は、子供の頃となんら変わっていなかった。
暑くも寒くもなく、ふわふわとしていてちょっと心細い。
この中では風向きがそのまま時間の流れを表している。
ドラちゃんのいる未来へ行くためには、風に逆らって進むのだ。
スネ夫「ドラえもん…ドラえもん…」
スネ夫さんはぶつぶつと呟きながら歩いていた。
ロープはすぐに長さがいっぱいになり、この先へ進めば、帰り道を失う可能性も考えられた。
つまり、元の時代には帰れなくなるかもしれないのだ。
しずか「いい?スネ夫さん。ロープはここで終わり。私達を現代に繋ぎ止めてくれているものを、私は今から手放すわ」
私はスネ夫さんに宣言した。
スネ夫さんはなぜか私を無視して、私の頭上辺りをぼんやりと眺めていた。
しずか「え?」
視線をやると、そこに白い機体が浮いていた。
しずか「タイム…パトロール隊…」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:28:00.57 ID:WvDcSABC0
私達は、タイムパトロール隊に保護された。
調書を取られ、犯罪が絡んでいないと判断された後、きつく注意を受けた。
しずか「すみません、一般人の時間旅行が禁止されるようになったなんて知らなくて」
私とスネ夫さんは揃って頭を下げた。
私達は無謀な旅行者という立ち位置にいるらしい。
身元引き受け人を誰にするかと訊かれ、ドラちゃんの名前と時代を告げると、数時間後に別の小さな部屋と通された。
スネ夫「ドラえもん、ちゃんと来てくれるかな」
しずか「大丈夫よ」
そうして入り口から、あの懐かしいシルエットが現れた。
ドラ「やあやあ待たせたね」
久しぶりの再会だというのに、ドラちゃんはまるであの頃のまま、集合場所だった空き地に遅れてきたかのような口振りで、話しかけてきた。
だけど近くで見ると、少しだけボディに傷がついていたり、塗装がはげていたりもして、私は過ぎた歳月を思った。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:28:43.26 ID:ahTut0/20
一体ドラえもんに何が…
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:29:07.62 ID:WvDcSABC0
しずか「ごめんなさいドラちゃん、私達どうしてもまたドラちゃんに会いたくて」
スネ夫「ド、ドラえも〜ん」
スネ夫さんは子供みたいに、ドラちゃんの体に抱きついた。
その横で、タイムパトロール隊員が事務的に、今後のことを説明する。
私達が元居た時代に帰るには、特別時間旅行許可の申請をしなければならず、手続きに少し時間がかかるらしい。
その間だけ、ドラちゃんの元に滞在する猶予が与えられた。
そうして私たちは昔話をする間もなく、タイムパトロール隊によってドラちゃんの生活する時代に送り届けられた。
ドラちゃんは一言も、のび太さんについて尋ねてこなかった。
きっともう知っているのだろう。
ドラ「ここが僕の家さ」
ドラちゃんの自宅は、この時代では中流家庭に分類されているらしい、マンションのひとつだった。
しずか「セワシさんの家じゃないの?」
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:30:10.40 ID:WvDcSABC0
ドラ「どうも数日前から事情が変わってね、今はセワシくんが生まれなかったという時間の流れになってるんだよ」
スネ夫「え?どういうこと?」
ドラ「のび太くんは子孫を残さなかった。その流れで出来た未来が今なんだよ。僕はロボットだから時代の変化に鈍感だけど、あと数日もすればセワシくんやのび太くんと一緒に暮らしていた時の記憶もなくなるだろう」
ドラ「正確には記憶が書き変わるんだ。しずかちゃんやスネ夫くんのことも忘れてしまう」
スネ夫「そんなぁ…」
しずか「じゃあ私達は間一髪だったのね」
ドラ「ああ、君たちを忘れる前に再会出来て良かった」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:31:23.37 ID:WvDcSABC0
しずか「例えば後々の未来に影響を与える出来事が今起きたとして、その通りに時代の流れが変化してしまうまで、タイムラグはあるの?」
ドラ「それらはすべてタイムパトロール隊本部が管理してる。今ある未来を大きく変化させる出来事が起きた場合、その通りに時代を変化させていいか、修正が必要か、判断を下すにはそれなりの時間がかかる」
ドラ「起きた出来事の大小によって、判断にかかる時間も違う。いずれにせよ、何かが起きた後すぐに未来が変化するわけではないから、タイムラグはあるね」
しずか「良かった」
どうやら私にはまだ少し、時間が残されているようだ。
ドラ「だけどセワシくんは消えた。つまりこれは今まであった時間の流れを変化させるであろう出来事が、確定的になった証拠だ。セワシくんに影響を与えられるのは、先祖であるのび太くんしかいない。ねえ、のび太くんは本当に死刑になってしまうのかい?」
しずか「そうね、このままだと…」
スネ夫「ドラえもん、なんとかしてくれよ」
ドラ「残念だけど、時間旅行が禁止された今、僕は過去へ行くことが出来ない。力にはなれないよ」
ドラちゃんは心底悔しそうに言った。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/30(金) 09:32:29.43 ID:WvDcSABC0
ドラ「セワシくんという存在がいなくなった今、僕が過去――君たちの子供時代――に送られたという事実もなくなる。子供の頃の君たちとは出会わなかったことになる。君たちの記憶は書き変わり、僕のことをすっかり忘れてしまう」
ドラ「なんだか切ないなぁ。もう一度だけでいい、最後にのび太くんに会いたかったよ…」
しずか「そんな!諦めるのは早いわ、ドラちゃん。なんとかしてのび太さんの無実を証明しましょう。そうすればまたセワシさんがあなたとのび太さんを出会わせたという、本来の時間の流れを取り戻せるわ」
ドラ「無実?のび太くんは本当に無実なのかい?」
しずか「ええ、そうよ。もちろんじゃない!」
ドラ「そうかおかしいと思ったんだ、あの弱虫ののび太くんに人なんて殺せるわけない」
しずか「ふふっ…大人になったのび太さんはもう弱虫なんかじゃなかったわよ。ドラちゃんだってのび太さんの高校時代を見てきたじゃない」
スネ夫「のび太、立派だったよな」
ドラ「いけないいけない、僕の中ではいつまでもジャイアンに苛められて泣きついてくる、子供ののび太くんの印象が強くて」
ドラちゃんはまあるい手で頭をかいた。
それから急に真顔になり、真っ直ぐ私を見つめた。
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