クズな俺でも夢を持った
Part8親父さん「ありがとう。余計な心配をかけてしまったようだ。」
親父さん「そんな日が、来るといいね…分かってはいるんだ…」
親父さんは遠い目になって、噛み締めるようにそうつぶやいた
世の中、万事順調になんていかないもんだな
みんな、誰だって何かしら悩んでいて、上手くいかないことがあって
でも、いつかは…明日こそは…って考えてるんだ
俺は宿でのこの一件を見て、そう思ったんだ
750 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:21:52.81 ID:kppVQiBj0
いつだって自分だけがかわいそうで
自分だけが悩んでるんだと思い続けてきた俺
でもこの宿に来て働いて、色んな人に会って、色んな事を経験して、
世の中は本当に酸いも甘いもあると痛感した
一件楽しそうにしてる大学生の団体客も揉め事で喧嘩したり、
一人で暗い顔をして宿泊する女性がいたり
この仕事をしてから、本当に色んな人がいて、色んな事があるんだと体感したんだ
751 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:27:17.67 ID:kppVQiBj0
そして、とうとう俺にとっての転機の日がやってきた
宿で働きながらも、このままずっとここにいるわけにもいかないよな…
と一抹の不安を感じ始めていた頃
宿に、変わったお客さんがやって来る
なんでも、昔からの親父さんの友人の方だそうで
その日は、親父さんは朝からはりきっていたんだ
752 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:34:20.27 ID:kppVQiBj0
一通り、宿の仕事を終えた夕食終わりの時間帯、俺は親父さんに呼ばれ食堂へ行った
親父さん「〇〇君、一緒に飲まないかい。面白い人が来てるよ」
俺「え、はい」
俺が食堂へ行くと、シャツにジーンズというラフな格好をしたおじさんがいた
おじさん「はじめまして」
俺「あ、はじめまして…」
親父さん「〇〇君、ガーデンイシダって知ってる?」
753 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:36:33.18 ID:kppVQiBj0
俺「あ、知ってます。県内に何店舗かある花屋さん…」
親父さん「そこの社長さんだ」
俺「ええ!!」
俺は心底驚いた
生まれて初めて社長というものを間近で見た…
よく見ると、本当に普通の気のよさそうなおじさんだった
その後、3人で食卓を囲んで酒を飲み交わした
「いつもあの花屋さんで花を買っていて…」「花はいいですよね」
実は俺、親の影響で本当に少しだけ華道をやったことがあって
花の知識には普通の人より若干精通していた
そのおかげもあってか、歳のいったおじさん2人と俺という構図でも
だいぶ話は盛り上がった
755 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:42:05.93 ID:kppVQiBj0
そして、俺が24歳で、どういった経緯でここにいるかの話になった
俺は、自分の歩いてきた道を、忌憚なくそのイシダさんに話した
自分が就活で失敗したこと、公務員試験も落ちたこと
腐ってしまって、引きこもり生活をしていたこと
決心して、変わりたいという一心でこの宿にお世話になっていること
その度に、親父さんも「そうなんだよ」とか「頑張ってるんだよ」と付け足す
親父さん…
756 : 忍法帖【Lv=4,xxxP】(-1+0:8) :2013/04/14(日) 22:42:26.38 ID:+xikLi6s0
がんばれよ
757 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:45:29.74 ID:kppVQiBj0
「変わりたい」その気持ちは徐々に現実になっていたかのかもしれない
今までだったらはばかられたことも、イシダさんにどんどん伝える
俺「今は、ここで働くのも楽しくて、毎日大変ですけど、お客さんの笑顔も見れて…」
イシダさん「いいねえ。その若さでここで働いたのは、いい経験だよね」
親父さん「そうなんだよw歳のくせに、ひたむきで可愛い奴なんだよw」
そんな感じで、俺が話の主役となって酒の席の会話に花が咲く
今までの人生で、誰かにここまで語ってもらう事があっただろうか?
758 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:48:52.01 ID:kppVQiBj0
俺「でも、不安でもあります…この先、誰かと一緒になるかもしれないし…」
親父さんは、それを聞いてニヤッとした
俺「ありがたいんですけど、いつまでもここにお世話になってるワケにいかないというのも、分かっていて…」
親父さんも黙って頷く
イシダさん「いや、君見込みあるよ。うちの若いのよりずっと素直だし」
イシダさん「なんなら、全然ウチにおいでよ」
俺「え?」
759 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:52:23.71 ID:kppVQiBj0
俺「本当ですか?」
イシダさん「嘘は言わないよww」
親父さんもビックリして目を見開いていた
イシダさん「〇〇(親父さんの事)が、ここまで可愛がるなんて、絶対魅力があるんだろうよ」
イシダさん「連絡先教えなよ、社員でおいで」
俺「え、え…?」
760 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:55:27.26 ID:kppVQiBj0
イシダさん「すぐには厳しいもんな…9月から、どう?おいで」
俺「とても嬉しいですが…え、いいんですか?」
俺は親父さんの方を見る
イシダさん「あ、可愛い従業員を連れてったらダメかー?w」
イシダさんは笑って親父さんの方を見た
親父さん「巣立ちの時かな…」と泣くフリをしてみせた
それがおかしくて、3人で声を上げて笑ってしまった
763 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:01:58.47 ID:kppVQiBj0
もしかしたら、親父さんとイシダさんは事前に口裏を合わせていたのかもしれない
それは、未だにわからないことだ
でも、親父さんはいつも俺をパートのような環境で働かせて
給料が少ない事を、申し訳ないねって気にしてたんだ
もし、親父さんが作ってくれた機会なのだとしたら、
俺は親父さんに感謝してもしきれない
764 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:07:03.53 ID:kppVQiBj0
ということで、その後諸々の事務処理があって
俺は9月からなんと花屋で社員として働くことになったんだ
意外だった 本当に
人生、何が起こるかなんて、本当に分からないな
でも俺は宿での暮らし、仕事を気に入っていたから
8月一杯までは働くことにしたんだ
夏休みは、なんと言っても繁忙期だしね
765 :名も無き被検体774号+:2013/04/14(日) 23:07:12.00 ID:/6r4WHYBI
見てるよ。すごく頑張ってるな。
766 :名も無き被検体774号+:2013/04/14(日) 23:08:13.17 ID:5c5G35Ym0
電車一本で変わるもんだなぁ…
767 :名も無き被検体774号+:2013/04/14(日) 23:09:49.05 ID:U6LYIwpW0
ちょっと電車乗ってくる
768 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:13:10.29 ID:kppVQiBj0
8月になる
別れの時が差し迫ると、途端に寂しくなって
宿での日課、仕事の一つ一つが、とても名残惜しく思えた
朝早く起きると、空気が澄んでいて朝顔が咲き誇る庭も、
山の至るところから騒ぎ出す蝉も、夜遅く一人で入る大浴場も…
全部が懐かしく思えた
相変わらず、カドワキさんともメールをしていて
花屋に行くことは、字面で伝えてあった
でも、俺はどうしても直接会って伝えたくて、
その時を今か今かと待っていたんだ
よく考えるとカドワキさんとも離れてしまうことになるんだから
ちゃんと伝えたかったんだ
769 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:16:10.95 ID:kppVQiBj0
夕方のいつも手すきになる時間、俺はいつものように家の裏手にまわって
「よ、ケン、いこーぜ」
と言って犬小屋でグッタリしているケンを呼び出す
呼びかけると、尻尾を振って出てくるのが可愛い
来たばかりの頃に比べれば、ケンもだいぶ懐いてくれた…
そういえば、初めてカドワキさんと会った時も、
ケンがいてくれたからだっけ…なんて思い返していた
この数ヶ月の間に、怒涛のように色々な事あったんだ
770 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:21:24.28 ID:kppVQiBj0
ケンを連れて少し歩き始めたら、携帯が鳴った
カドワキさんだった
俺はウキウキして、電話に出る
カドワキ「もしもし」
俺「お疲れ様。どうしたの?」
カドワキ「私今日、珍しく午後休だったんです」
俺「おお、やったね」
カドワキ「高架橋の河原、分かります?」
俺「え?何のことですか?」
カドワキ「知りませんか」
カドワキ「家の近くに、〇〇川ありますよね?」
俺「ああ、あるある」
カドワキ「その川に沿って下って来てくれれば、途中で電車の架橋があるんで」
俺「うん」
カドワキ「今時間ありますか?」
俺「うん、ケンの散歩してたし」
カドワキ「よかった。じゃ、待ってます」
俺「え?」
そう言って、電話は切れてしまった
相変わらずな人だw
773 :名も無き被検体774号+:2013/04/14(日) 23:27:27.79 ID:63yW5FTZ0
ちょっと明日電車のってくる
774 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:27:48.00 ID:kppVQiBj0
俺は言われるまま、家の近くの川沿いの道を歩いて行った
川が景気の良い音を立てて、流れている
それに蝉の声が混ざって、なんとも夏らしさ満点だ
暑さもあったが、もう夕方ということもあって日差しはそれほどじゃなかった
あたりもすっかりオレンジ色だったし
俺は一人でケンに話しかけるように、
「カドワキさんはなんだろうな〜?」
とかつぶやきながら歩いていた
775 :名も無き被検体774号+:2013/04/14(日) 23:31:32.38 ID:5c5G35Ym0
気になって寝れない
776 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:34:23.87 ID:kppVQiBj0
しばらく進むと、道から河原に降りられるようになっているところがあって
そこを使って河原へと降りた
砂利と呼ぶにはかなり大きい石が並ぶ道を進んでいった
すぐ横を水が流れていてさ
こういう所って夕立とかきたらあぶないんだろうな〜とか余計な事を考えてた
そんな事を考えてると、前に大きな高架橋が見えてきた
間違いなく、俺が来た時に乗っていた電車が通る橋だ
こんなものあったんだな〜って感心した
778 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:38:47.53 ID:kppVQiBj0
すると、遠くからカドワキさんが手を振って俺を呼んだ
カドワキ「早く早く!こっちに来てくださーい!」
俺「ど、どうしたの…?」
カドワキ「突然呼び出してごめんなさい…」
カドワキ「でも、見てもらいたいものがあって」
そう言うと、カドワキさんはしばらく黙った
俺はなんだろうと思いつつ、その高架橋を眺めていた
シャラシャラシャラ…という静かな川の音だけが響いた
779 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:43:51.19 ID:kppVQiBj0
どこからともなく、ドドドン、ドドドン、という重低音が響いてきた
カドワキさんは、「来た!」と言って顔を明るくした
すると高架橋の右方向から電車が現れて
川の上を突っ切るように走っていく
夕方の時刻も相まって、橙色の逆光に車両が溶けていくようだった
夕日に溶けていった3両編成の電車はそのまま、橋の彼方へと消えた
すると、また元の川の水流の音だけになって
辺りは静けさを取り戻した
780 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:47:40.49 ID:kppVQiBj0
今まで見てきた景色の中で、本当に一番綺麗だったかもしれない
印象的で、叙情的で、忘れられない
横にいたカドワキさんは俺の前に立った
珍しく、少しはしゃいでした
カドワキ「あれに乗って、来たんですよね?」
カドワキ「もう行っちゃうなら、最後に見せたかったんです…」
そう言って、カドワキさんは俺の前で恥ずかそうに笑ってみせた
彼女もまた、逆光を背負って溶けてしまいそうだった
781 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:51:18.53 ID:kppVQiBj0
その瞬間、ああ俺はきっとこの子を一生守るために、ここに来たんだろうかと思った
「ありがとう」と言って、カドワキさんを軽く抱きしめた
凄くか細くて、今までよく一人で頑張ってこれたな…って思った
カドワキさんは俺の耳元で
「寂しいですね」と小声で言った
俺はまだそれに応えられなかった
寂しくても、未来に踏み出すために、俺はここから出て行くんだから
783 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:54:43.12 ID:kppVQiBj0
その日、俺たちは手をつなぐ事もなく
微妙な距離感を保ったまま、帰り道を歩いた
「そろそろ離れる時が来る」
もちろんそれが今生の別れじゃないくらい分かっていたけど
何とも不思議な感じだったんだ
今までのようには、もう会えない
でもそれは、俺のため…
784 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 23:56:55.48 ID:kppVQiBj0
そして、俺の人生で一番色濃かったであろう8月は
あっという間に過ぎ去って行った
とうとう、愛すべき宿とも、別れの日がやってきたんだ
少ししかいなかったし、部屋にほとんど荷物の無かった俺は
段ボール4つ程度しか荷物が無く、全て宅急便で発送
その他の小さいものは、全てリュックに押し込んで背負った
なんとも、身軽な引越しだ
785 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/15(月) 00:01:23.69 ID:kppVQiBj0
毎日行ったケンの散歩、毎朝の庭の手入れ、けっこうきつい浴場清掃…
親父さんと毎晩のように晩酌した食堂、いつも煙草を吸った玄関の灰皿
自然がいっぱいなこの街が俺は好きで、ここに住む人達も大好きで…
第二の故郷になったことは間違いない
全力で生きたこの数ヶ月間、まったく数ヶ月という気がしない
788 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/15(月) 00:06:25.28 ID:POCf0Mmm0
俺「今まで、本当にお世話になりました。本当に、こんな僕なんかを…ありがとうございます」
半泣き状態だった
親父さんも女将さんも、目に涙を浮かべていた
親父さん「本当に楽しかったよ。新しい息子が出来たような気分だった。」
親父さん「何か辛いことがあったら、またいつでもおいで」
女将さん「また遊びにおいでね。待ってるから」
俺は泣くのをこらえるのに必死だった
俺の人生は、まだまだ始まったばかり
これからまだまだ、沢山の人に出会い、沢山の事を経験するだろう
だからこそ、わずか数ヶ月でも、この宿にいることが出来て良かった
789 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/15(月) 00:13:53.69 ID:POCf0Mmm0
親父さん「変わるのも大事。でもそのままの気持ちも忘れるなよ」
俺「はい…」
宿の外まで、親父さんと女将さんは見送りに来た
黙って、涙目の笑顔で手を振り続ける
俺は、深々と頭を下げて、駅に向かう
宿を振り返って見た
あの時、ここを見つけなければ…
あの時、あの電車に乗らなければ…
人生、何が起こるかわからない
分からないから、行動を起こした者勝ちなんだろうな
790 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/15(月) 00:16:39.38 ID:POCf0Mmm0
宿の敷地から出た瞬間、待ち伏せていたかのようにカドワキさんがいた
カドワキ「こんにちは」
俺「あれ、休みとれたんだ…」
カドワキ「はい、隠しててごめんなさい…」
俺「いや、でも良かったよ」
カドワキ「目が真っ赤ですねw」
俺「ああ…w」
カドワキ「別に急いでは、いませんよね?」
俺「そうだね…」
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