女「また混浴に来たんですか!!」
Part6
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 03:15:29.92 ID:+Nlxqdvp0
俺は家には帰らなくなった。
変わり果てた母と、母を変えた男の住む家に帰っても、俺は二人の世の中への恨みを一身に浴びるだけだった。
俺は母を愛していたし、本当の父親も愛していた。
しかし、母は俺の実父を愛してはおらず、実父そっくりの目を持つ俺のことも、もう愛してはくれない。
小学生の時には既にヒビが入りつつあった関係は、俺が中学に上がる頃には決定的に壊れてしまった。
実父は家を離れてからも、時々は俺に会いに来てくれていた。
しかし、母に新しい男ができてから間もなく、二度と会いにきてくれることはなかった。
俺は何も知らなかったが、ある一点に関することは何もかもを悟らされた。
今この世界にはもう、自分を愛してくれる人間はいないのだということを。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 03:32:01.89 ID:+Nlxqdvp0
「私は、正しい」
俺の頭を両手で押さえつけて、目をじっと見据えながら、母はこの言葉を俺に植え付けていた。
物心が付く前から行っていた教育らしい。
功を奏し、俺の心は母の物になった。
俺は母親に愛されるためではなく、母親を愛するために生まれてきた男の一人になった。
俺は主張をすることをしなかった。
じっと耐えることができる男になった。
小学生にあがっても俺は寝小便をしていたし、学校では落ち着きがないと言われた。
そのことで母親に暴言を吐かれ、暴力を振るわれても、一切何も言わず、黙って愛のない鞭を受け容れ続けてきた。
俺にとって、母は正しい人なのだから。
母は容姿の美しい人だった。
学業面に関しても昔は賢い人であったそうだ。
そして、傷跡の多くある人だった。
自分でも傷をつけ、男からも傷をつけられていたらしい。
母と交際しても、唯一傷をつけたことがない男が実父だった。
大人しい人だった。
その実父が、ついに、一度だけ母に手をあげたことがあった。
夜遅くに帰宅した実父は、ぼこぼこにされている俺を見て、母に痛みの意味を少しでも教えようとしたらしい。
母は一瞬呆然としたあと、これまで見たことがない様な恐ろしい形相を浮かべ、激しい自傷行為に及んだ。
俺は、安心できる場所というものをこの日完全に失ってしまった。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 03:49:56.80 ID:+Nlxqdvp0
男「それで、どういうわけか、俺は実父に暴力をふるってしまったんです」
「馬鹿かてめーは」
男「はい。馬鹿です」
「母親と一緒だな」
男「いいえ。母は正しい人ですが、私は全てが間違っています」
「糞ガキが」
学校に通わなくなってからどれだけ経っただろう。
虐待を疑って、学校の教師や、スーツ姿の大人が家に何度か訪れたことがあった。
母は、美しく、学歴や職歴というものも立派だったらしく、それでいて相手を同情させる雰囲気を醸し出す才能があった。
母は手に入れたものに感謝をすることはなくて、手に入れられなかったものに対していつも恨んでいた。
母に従っていた俺は、ありがとうの一言を貰うことはなかったものの、恨まれてはいなかった。
今は、家を飛び出して、愛すべき母親の奴隷になることをやめてしまった。
男「母親に愛されるためだけに生きていたんです。何のために生きていいのかわからない」
「でもこうやって逃げ出してんじゃねーか」
男「それはあんたが」
「あんたってのはやめろ。親父さんでいい」
男「……」
親父「俺もお前のことは男と呼ぶ。せっかく名前を教えあった仲なんだ」
親父「これからは、俺との繋がりを大切にして生きていけばいいんだよ」
俺は忘れていた。
母親が何度も暴力を振るう男を引き寄せていたことを。
自分はその母親の息子だということを。
親父「お前のような倅が欲しかったんだ。これから、よろしくな」
今でこそ思う。
そこに、愛などなかった。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 04:15:18.23 ID:+Nlxqdvp0
親父「肩まで浸かれ」
男「はい……」
親父「100数えるまで出るなよ」
男「はい……」
親父「がはは。いい景色だねぇ。極楽極楽」
男「はぁ……はぁ……」
親父さんは温泉に入るのが好きだった。
足にも背中にも、刺青を入れていた。
禁止されていようが、周りに客がいようが、お構いもなく温泉に入りにいった。
客に通報されて怒り狂ったのを止めたことも何度かあった。
ただでさえのぼせている俺に、喧嘩の強い親父さんをとめられるわけもなく、だいたい俺が倒れ込んで事態を収束させるよいうことが多かったが。
親父「お前、女はいるのか」
男「いいえ」
親父「もしかしてあっちか?」
男「いいえ」
親父「何故つくらない?」
男「いや……」
親父「どうした?」
男「熱いっすね、ここ」
親父「誤魔化すんじゃねーよ」
俺は湯船に浸かることが苦手だった。
熱に弱い体質だった。
真夏に外を歩いている分には耐えられるのだが。
熱の篭もった車で運転されたら数十分もしないうちに必ず戻し(母に叩かれた)、体育館で校長先生の話が長引いた時に立ちくらみをして倒れたことも何度かあった(保健室の先生には殴られなかった)。
病気というわけではなく、単に、極度に苦手なのだった。
強い体躯に生まれた代償なのだろうと思っていた。
それならせめて家庭環境の代償に大きな幸福の1つや2つを与えてくれとも思ったが。
風呂好きな親父さんがあがるまでは、俺はあがることができなかった。
母親代わりの父親という存在を前にして、俺はまたしても、"耐える"という手段で愛情を得ようとするやり方しかわからなかったのだ。
親父「情けねぇやつだなぁ。だったら、今夜はお前に女を教えてやろう」
男「いいですよ。お金持ってないですし」
親父「おめぇは払わなくていいんだよ」
俺はこんな形で女を知りたくなどなかった。
"初めては、好きな人と"
そんなセリフを、この俺が、この親父さんに到底言えるわけもなく。
とっくに100秒以上湯に浸かったあとのサウナにも、初めて味わう女の艶めかしい男として最高の感触にも、じっと耐え続けたのだった。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 11:42:50.09 ID:+Nlxqdvp0
その人が身内にあたる態度を見よ。それがやがてあなたに接する態度である。
どこで聞いた言葉だったか忘れてしまったが。
多分、実父が教えてくれたのだとは思うが。
俺はこの言葉の意味をもう少し考えるべきだった。
親父「口約束は死守するんだったよな」
親父はヤクザとも、暴力団ともわからない存在で、どちらかというと会社の経営者に近かったのかもしれない。
事務所の隣にある小屋に俺は寝泊まりをさせて貰っていた。
事務所には定期的に、スーツ姿の険しい顔付きの大人の男たちが出入りをしていた。
親父は自分に従順でない者は許さなかった。
努力や誠意は、過程ではなく結果で判断する人だった。
親父「ただで飯を食うつもりなら、死んでもらうからな」
親父にぼこぼこにされた大人が倒れていた。
周囲にいる男たちは見向きもしなかった。
俺は倒れている男をただ見ていることしかしなかった。
親父「大丈夫。お前は俺の倅だからな」
俺が恐怖で立ちすくんでいると勘違いしたのか、親父は俺の背中をなでてくれた。
しかし、俺は倒れている男を見てこう思っていた。
これが、今までの俺の姿だったのかと。
男「親父さん」
親父「なんだ?」
男「明日、殺してきます」
俺を痛みつけた義父に、同じ目を遭わせてやろうと思った。
視界の端に見えた親父の目が、妙に輝いたと感じたのは、気のせいではなかったと思う。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:08:50.64 ID:+Nlxqdvp0
「なんだよ」
数カ月ぶりに帰ってきた俺を見た義父は、怒りの表情を浮かべていた。
ただただ俺の存在が迷惑だといわんばかりだった。
母の姿はなかった。こいつを養うために、仕事に行っている最中なのだろう。
俺は、このあとの人生なんてどうでもいいから、全ての憎しみを目の前の男にぶつけたいと願った。
男「お前を殺しに来たんだよ」
母と義父からは殴られ、蹴られる一方だった。
生まれてからずっと正しい存在であった母に、反抗することなんて考えられなかった。
男「お前を、殺しに来た」
相手の目もろくに見ずに、俺はもう一度告げた。
そして、今まで抑えつけていた才能を、開花させた。
「……ぐ、ぐぁああああああ!!!!」
俺は暴力に関して、天賦の才を与えられていた。
実父も大人しい人だったが、体格は他のどんな大人よりも恵まれていた。
そこに今は、母親によって後天的に思春期に培われた、暴力に対する嫌悪感の無さが加わっていた。
暴力は正しい手段だと、最高の教育を受けていたようなものだった。
「……ひぃ。……ひぃ。…………うぎゃああ!!!!」
義父の身体はおもちゃのようにぐにゃぐにゃと曲げることができた。
義父の身体にはスタンプを押すように簡単に痣の跡をつけることができた。
服が張り裂けると、身体に刺青が彫られているのが見えた。
親父さんと同じことをこの男がしているのが許せなくなり、怒りの感情がさらに沸いた。
俺は容赦なく、何度も何度も、この男に暴力を振るった。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:25:34.52 ID:+Nlxqdvp0
男「ただいま。お土産です」
厚い紙幣を手に持つ俺を見て親父は驚いていた。
義父を脅して家にある現金と、銀行への預金を引き出すためのカードとパスワードを教えて貰った。
手切れ金だと伝えて俺は家を出た。
母が一生懸命働いている割には、期待したほどの額ではなかったが。
親父「ぶんどってこれたのか?傷1つ負わずに」
男「配られたカードが強かった」
親父は疑問の表情を浮かべた。
男「喧嘩の仕方とか、そんなもの、知らなかった。でも、俺は暴力のやり方に関しては考える必要がなかった。適当にやっても、力の強さが全てを抑えつけてくれる」
男「勝ててしまうんですよ。勝ち方がわからなくとも」
男「俺は確信したんです。俺には天賦の、暴力の才能がある」
男「この力が役立つ場所であれば。俺をここで働かせて下さい」
親父は驚いた表情をしたあと、満面の笑みを浮かべた。
親父「そうか!そうか!!」
親父「やってくれるか!我が息子よ!」
ずっと待っていたと、言わんばかりに、俺の背中を何度も叩いた。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:36:12.62 ID:+Nlxqdvp0
親父「俺の隣にいてくれるだけでいい」
男「ちゃんと戦いますよ」
親父「俺がいいと言うまで誰も殴るな」
仕事をする上で1つ学んだことがある。
暴力の才能は2つに分かれるということだ。
一つは、そのまま暴力を振るう力に長けていること。
親父「俺は強いだろ?万全な状態のお前とやっても、まぁ勝てるだろうな。身体つきだけで喧嘩が決まるなら、空手家が猛牛を素手で倒せたりはしなかっただろう」
親父「でもな、俺はなめられやすいんだ。身長があまり高くないからな」
もう一つは、暴力を振るう力に長けていると相手に見せることだ。
親父「中身が弱くても、でかいだけで相手がひるむんならそれでいいんだ。喧嘩が強そうに見える1番の長所はな、喧嘩をせずに済むところなんだよ」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:46:50.59 ID:+Nlxqdvp0
親父がビルの中に入り込むと、中にいた男たちが一斉に振り向き、親父を、そして俺を見た。
代表者と思われる男と親父が交渉をはじめた。
代表者は俺のことをちらちらと見てきたので、俺は視線を反らした。
しばらし経った後に他の従業員を呼び、細長い紙に何かを書かせ、ハンコを押した後、親父に手渡した。
事務所から出ると親父は説明した。
親父「こいつは手形っていうんだ。こいつを受け取る権利を、うちのお客さんに与えさせたんだ。まぁ、取り立ての代行みたいなものだ」
そして親父はガハハと大きな声で笑った。
親父「新人研修ってやつだなこれは。オンザジョブトレーニングってやつだ。どうだ、簿記の勉強でもするか?役に立つぞ?」
親父はまた一段と愉快そうに笑った。
親父の言うことはよくわからなかったものの、ただそこにいるだけで役に立てているという実感が、今までの人生とはあまりにも正反対で、俺は嬉しく思ってしまった。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:59:32.41 ID:+Nlxqdvp0
女「…………あの」
男「どうした?」
女「場違いな発言をしてもいいですか?」
男「どうぞ」
女「トイレに行きたいです」
男「わははは!!」
女「わ、笑わないでくださいよ」
男「何を言うかとおもったら。これだけお前とは正反対の人生の話をしていて。虐待への同情やら、暴力への抵抗やら、何か言ってくるのかと思ったら、トイレか。ふふふ」
女「だから言ったじゃないですか!」
男「そこですればいいだろう。見ないでやるから」
女「何言ってるんですか!ここはトイレじゃありません!!それこそ場違いです!!」
男「俺も今日はもうのぼせた。こんなに長く浸かっていたのは親父さんと入っていた時以来だ。あがろう」ザバァ
女「私も上がります。今日は酔ってませんか?」ザバァ
男「少しな。だが耐えてる。耐えるのは得意なんだ」
女「……私も尿意くらい耐えられればよかったのですが。また明日も話してくれますか?」
男「それくらいかまわん。耐えるのは身体によくないぞ。たとえ温泉に浸かっててもな」
女「あまり無理しないでくださいね。それではまた、早朝」
男「また早朝」
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 21:15:42.81 ID:c7zx+oDgo
男も心開いてきてるのな
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/13(月) 17:04:43.51 ID:3hK9sjIHO
いいね
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/16(木) 21:33:02.38 ID:XT5a7+meO
女「おっはー」
男「おっはー」
女「おや、今日はノリましたね」
男「疲れているからな」
女「お仕事ですか?」
男「そんなところだ」
女「疲れているからノリノリなんて変ですね」
男「空元気というやつだ」
女「元気な時よりも元気じゃない時の方が元気に見えるなんて」
男「思いっきり元気なふりをして自分を慰めたいのかもしれん」
女「今日はゆっくり寝ますか?」
男「寝たまま溺れてしまう可能性もある」
女「私が助けてあげますよ。あなたよりのぼせるの遅いですから」
男「そうだといいんだがな」
女「私も寝たらどうしましょう」
男「その時は仲良く三途の川を渡ろう」
女「三途の川でも寝てしまったら?」
男「どうなるんだろうな」
女「そうならないために、あなたが少しでも寝るそぶりを見せたら叩き起こします」
男「それは頼もしい」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/16(木) 21:34:38.66 ID:XT5a7+meO
男「昨日の話の続きをしてやろう」
女「ありがたいです。ありがたいですが、燃え尽きる前のろうそくみたいで心配です」
男「そこまで疲れてない。タバコの先端についている火に近い。まだまだ大丈夫だ」
女「喫煙者ですか?」
男「違うが」
女「嬉しいです。そうだと思ってたので」
男「喫煙者が苦手なのか?」
女「あなたの寿命が延びたからです」
男「吸おうが吸うまいが変わらんと思うがな」
女「ちゃんと統計データがあるんですよ」
男「人生は何が起こるかわからんからな」
女「はいはい。ところで昨日の話の続きはまだですか?あなたのぼせるの早いんですから。さぁーはやくはやく」
男「はぁ…、こちらの空元気も空になるような元気さだ……」
女「あっ、また幸せが1つ去りました」
男「追いうちをかけるな」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/17(金) 12:30:12.58 ID:CVZMCIqi0
面白いな。
続きに期待大
俺は家には帰らなくなった。
変わり果てた母と、母を変えた男の住む家に帰っても、俺は二人の世の中への恨みを一身に浴びるだけだった。
俺は母を愛していたし、本当の父親も愛していた。
しかし、母は俺の実父を愛してはおらず、実父そっくりの目を持つ俺のことも、もう愛してはくれない。
小学生の時には既にヒビが入りつつあった関係は、俺が中学に上がる頃には決定的に壊れてしまった。
実父は家を離れてからも、時々は俺に会いに来てくれていた。
しかし、母に新しい男ができてから間もなく、二度と会いにきてくれることはなかった。
俺は何も知らなかったが、ある一点に関することは何もかもを悟らされた。
今この世界にはもう、自分を愛してくれる人間はいないのだということを。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 03:32:01.89 ID:+Nlxqdvp0
「私は、正しい」
俺の頭を両手で押さえつけて、目をじっと見据えながら、母はこの言葉を俺に植え付けていた。
物心が付く前から行っていた教育らしい。
功を奏し、俺の心は母の物になった。
俺は母親に愛されるためではなく、母親を愛するために生まれてきた男の一人になった。
俺は主張をすることをしなかった。
じっと耐えることができる男になった。
小学生にあがっても俺は寝小便をしていたし、学校では落ち着きがないと言われた。
そのことで母親に暴言を吐かれ、暴力を振るわれても、一切何も言わず、黙って愛のない鞭を受け容れ続けてきた。
俺にとって、母は正しい人なのだから。
母は容姿の美しい人だった。
学業面に関しても昔は賢い人であったそうだ。
そして、傷跡の多くある人だった。
自分でも傷をつけ、男からも傷をつけられていたらしい。
母と交際しても、唯一傷をつけたことがない男が実父だった。
大人しい人だった。
その実父が、ついに、一度だけ母に手をあげたことがあった。
夜遅くに帰宅した実父は、ぼこぼこにされている俺を見て、母に痛みの意味を少しでも教えようとしたらしい。
母は一瞬呆然としたあと、これまで見たことがない様な恐ろしい形相を浮かべ、激しい自傷行為に及んだ。
俺は、安心できる場所というものをこの日完全に失ってしまった。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 03:49:56.80 ID:+Nlxqdvp0
男「それで、どういうわけか、俺は実父に暴力をふるってしまったんです」
「馬鹿かてめーは」
男「はい。馬鹿です」
「母親と一緒だな」
男「いいえ。母は正しい人ですが、私は全てが間違っています」
「糞ガキが」
学校に通わなくなってからどれだけ経っただろう。
虐待を疑って、学校の教師や、スーツ姿の大人が家に何度か訪れたことがあった。
母は、美しく、学歴や職歴というものも立派だったらしく、それでいて相手を同情させる雰囲気を醸し出す才能があった。
母は手に入れたものに感謝をすることはなくて、手に入れられなかったものに対していつも恨んでいた。
母に従っていた俺は、ありがとうの一言を貰うことはなかったものの、恨まれてはいなかった。
今は、家を飛び出して、愛すべき母親の奴隷になることをやめてしまった。
男「母親に愛されるためだけに生きていたんです。何のために生きていいのかわからない」
「でもこうやって逃げ出してんじゃねーか」
男「それはあんたが」
「あんたってのはやめろ。親父さんでいい」
男「……」
親父「俺もお前のことは男と呼ぶ。せっかく名前を教えあった仲なんだ」
親父「これからは、俺との繋がりを大切にして生きていけばいいんだよ」
俺は忘れていた。
母親が何度も暴力を振るう男を引き寄せていたことを。
自分はその母親の息子だということを。
親父「お前のような倅が欲しかったんだ。これから、よろしくな」
今でこそ思う。
そこに、愛などなかった。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 04:15:18.23 ID:+Nlxqdvp0
親父「肩まで浸かれ」
男「はい……」
親父「100数えるまで出るなよ」
男「はい……」
親父「がはは。いい景色だねぇ。極楽極楽」
男「はぁ……はぁ……」
親父さんは温泉に入るのが好きだった。
足にも背中にも、刺青を入れていた。
禁止されていようが、周りに客がいようが、お構いもなく温泉に入りにいった。
客に通報されて怒り狂ったのを止めたことも何度かあった。
ただでさえのぼせている俺に、喧嘩の強い親父さんをとめられるわけもなく、だいたい俺が倒れ込んで事態を収束させるよいうことが多かったが。
親父「お前、女はいるのか」
男「いいえ」
親父「もしかしてあっちか?」
男「いいえ」
親父「何故つくらない?」
男「いや……」
親父「どうした?」
男「熱いっすね、ここ」
親父「誤魔化すんじゃねーよ」
俺は湯船に浸かることが苦手だった。
熱に弱い体質だった。
真夏に外を歩いている分には耐えられるのだが。
熱の篭もった車で運転されたら数十分もしないうちに必ず戻し(母に叩かれた)、体育館で校長先生の話が長引いた時に立ちくらみをして倒れたことも何度かあった(保健室の先生には殴られなかった)。
病気というわけではなく、単に、極度に苦手なのだった。
強い体躯に生まれた代償なのだろうと思っていた。
それならせめて家庭環境の代償に大きな幸福の1つや2つを与えてくれとも思ったが。
風呂好きな親父さんがあがるまでは、俺はあがることができなかった。
母親代わりの父親という存在を前にして、俺はまたしても、"耐える"という手段で愛情を得ようとするやり方しかわからなかったのだ。
親父「情けねぇやつだなぁ。だったら、今夜はお前に女を教えてやろう」
男「いいですよ。お金持ってないですし」
親父「おめぇは払わなくていいんだよ」
俺はこんな形で女を知りたくなどなかった。
"初めては、好きな人と"
そんなセリフを、この俺が、この親父さんに到底言えるわけもなく。
とっくに100秒以上湯に浸かったあとのサウナにも、初めて味わう女の艶めかしい男として最高の感触にも、じっと耐え続けたのだった。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 11:42:50.09 ID:+Nlxqdvp0
その人が身内にあたる態度を見よ。それがやがてあなたに接する態度である。
どこで聞いた言葉だったか忘れてしまったが。
多分、実父が教えてくれたのだとは思うが。
俺はこの言葉の意味をもう少し考えるべきだった。
親父「口約束は死守するんだったよな」
親父はヤクザとも、暴力団ともわからない存在で、どちらかというと会社の経営者に近かったのかもしれない。
事務所の隣にある小屋に俺は寝泊まりをさせて貰っていた。
事務所には定期的に、スーツ姿の険しい顔付きの大人の男たちが出入りをしていた。
親父は自分に従順でない者は許さなかった。
努力や誠意は、過程ではなく結果で判断する人だった。
親父「ただで飯を食うつもりなら、死んでもらうからな」
親父にぼこぼこにされた大人が倒れていた。
周囲にいる男たちは見向きもしなかった。
俺は倒れている男をただ見ていることしかしなかった。
親父「大丈夫。お前は俺の倅だからな」
俺が恐怖で立ちすくんでいると勘違いしたのか、親父は俺の背中をなでてくれた。
しかし、俺は倒れている男を見てこう思っていた。
これが、今までの俺の姿だったのかと。
男「親父さん」
親父「なんだ?」
男「明日、殺してきます」
俺を痛みつけた義父に、同じ目を遭わせてやろうと思った。
視界の端に見えた親父の目が、妙に輝いたと感じたのは、気のせいではなかったと思う。
「なんだよ」
数カ月ぶりに帰ってきた俺を見た義父は、怒りの表情を浮かべていた。
ただただ俺の存在が迷惑だといわんばかりだった。
母の姿はなかった。こいつを養うために、仕事に行っている最中なのだろう。
俺は、このあとの人生なんてどうでもいいから、全ての憎しみを目の前の男にぶつけたいと願った。
男「お前を殺しに来たんだよ」
母と義父からは殴られ、蹴られる一方だった。
生まれてからずっと正しい存在であった母に、反抗することなんて考えられなかった。
男「お前を、殺しに来た」
相手の目もろくに見ずに、俺はもう一度告げた。
そして、今まで抑えつけていた才能を、開花させた。
「……ぐ、ぐぁああああああ!!!!」
俺は暴力に関して、天賦の才を与えられていた。
実父も大人しい人だったが、体格は他のどんな大人よりも恵まれていた。
そこに今は、母親によって後天的に思春期に培われた、暴力に対する嫌悪感の無さが加わっていた。
暴力は正しい手段だと、最高の教育を受けていたようなものだった。
「……ひぃ。……ひぃ。…………うぎゃああ!!!!」
義父の身体はおもちゃのようにぐにゃぐにゃと曲げることができた。
義父の身体にはスタンプを押すように簡単に痣の跡をつけることができた。
服が張り裂けると、身体に刺青が彫られているのが見えた。
親父さんと同じことをこの男がしているのが許せなくなり、怒りの感情がさらに沸いた。
俺は容赦なく、何度も何度も、この男に暴力を振るった。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:25:34.52 ID:+Nlxqdvp0
男「ただいま。お土産です」
厚い紙幣を手に持つ俺を見て親父は驚いていた。
義父を脅して家にある現金と、銀行への預金を引き出すためのカードとパスワードを教えて貰った。
手切れ金だと伝えて俺は家を出た。
母が一生懸命働いている割には、期待したほどの額ではなかったが。
親父「ぶんどってこれたのか?傷1つ負わずに」
男「配られたカードが強かった」
親父は疑問の表情を浮かべた。
男「喧嘩の仕方とか、そんなもの、知らなかった。でも、俺は暴力のやり方に関しては考える必要がなかった。適当にやっても、力の強さが全てを抑えつけてくれる」
男「勝ててしまうんですよ。勝ち方がわからなくとも」
男「俺は確信したんです。俺には天賦の、暴力の才能がある」
男「この力が役立つ場所であれば。俺をここで働かせて下さい」
親父は驚いた表情をしたあと、満面の笑みを浮かべた。
親父「そうか!そうか!!」
親父「やってくれるか!我が息子よ!」
ずっと待っていたと、言わんばかりに、俺の背中を何度も叩いた。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:36:12.62 ID:+Nlxqdvp0
親父「俺の隣にいてくれるだけでいい」
男「ちゃんと戦いますよ」
親父「俺がいいと言うまで誰も殴るな」
仕事をする上で1つ学んだことがある。
暴力の才能は2つに分かれるということだ。
一つは、そのまま暴力を振るう力に長けていること。
親父「俺は強いだろ?万全な状態のお前とやっても、まぁ勝てるだろうな。身体つきだけで喧嘩が決まるなら、空手家が猛牛を素手で倒せたりはしなかっただろう」
親父「でもな、俺はなめられやすいんだ。身長があまり高くないからな」
もう一つは、暴力を振るう力に長けていると相手に見せることだ。
親父「中身が弱くても、でかいだけで相手がひるむんならそれでいいんだ。喧嘩が強そうに見える1番の長所はな、喧嘩をせずに済むところなんだよ」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:46:50.59 ID:+Nlxqdvp0
親父がビルの中に入り込むと、中にいた男たちが一斉に振り向き、親父を、そして俺を見た。
代表者と思われる男と親父が交渉をはじめた。
代表者は俺のことをちらちらと見てきたので、俺は視線を反らした。
しばらし経った後に他の従業員を呼び、細長い紙に何かを書かせ、ハンコを押した後、親父に手渡した。
事務所から出ると親父は説明した。
親父「こいつは手形っていうんだ。こいつを受け取る権利を、うちのお客さんに与えさせたんだ。まぁ、取り立ての代行みたいなものだ」
そして親父はガハハと大きな声で笑った。
親父「新人研修ってやつだなこれは。オンザジョブトレーニングってやつだ。どうだ、簿記の勉強でもするか?役に立つぞ?」
親父はまた一段と愉快そうに笑った。
親父の言うことはよくわからなかったものの、ただそこにいるだけで役に立てているという実感が、今までの人生とはあまりにも正反対で、俺は嬉しく思ってしまった。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 12:59:32.41 ID:+Nlxqdvp0
女「…………あの」
男「どうした?」
女「場違いな発言をしてもいいですか?」
男「どうぞ」
女「トイレに行きたいです」
男「わははは!!」
女「わ、笑わないでくださいよ」
男「何を言うかとおもったら。これだけお前とは正反対の人生の話をしていて。虐待への同情やら、暴力への抵抗やら、何か言ってくるのかと思ったら、トイレか。ふふふ」
女「だから言ったじゃないですか!」
男「そこですればいいだろう。見ないでやるから」
女「何言ってるんですか!ここはトイレじゃありません!!それこそ場違いです!!」
男「俺も今日はもうのぼせた。こんなに長く浸かっていたのは親父さんと入っていた時以来だ。あがろう」ザバァ
女「私も上がります。今日は酔ってませんか?」ザバァ
男「少しな。だが耐えてる。耐えるのは得意なんだ」
女「……私も尿意くらい耐えられればよかったのですが。また明日も話してくれますか?」
男「それくらいかまわん。耐えるのは身体によくないぞ。たとえ温泉に浸かっててもな」
女「あまり無理しないでくださいね。それではまた、早朝」
男「また早朝」
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/12(日) 21:15:42.81 ID:c7zx+oDgo
男も心開いてきてるのな
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/13(月) 17:04:43.51 ID:3hK9sjIHO
いいね
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/16(木) 21:33:02.38 ID:XT5a7+meO
女「おっはー」
男「おっはー」
女「おや、今日はノリましたね」
男「疲れているからな」
女「お仕事ですか?」
男「そんなところだ」
女「疲れているからノリノリなんて変ですね」
男「空元気というやつだ」
女「元気な時よりも元気じゃない時の方が元気に見えるなんて」
男「思いっきり元気なふりをして自分を慰めたいのかもしれん」
女「今日はゆっくり寝ますか?」
男「寝たまま溺れてしまう可能性もある」
女「私が助けてあげますよ。あなたよりのぼせるの遅いですから」
男「そうだといいんだがな」
女「私も寝たらどうしましょう」
男「その時は仲良く三途の川を渡ろう」
女「三途の川でも寝てしまったら?」
男「どうなるんだろうな」
女「そうならないために、あなたが少しでも寝るそぶりを見せたら叩き起こします」
男「それは頼もしい」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/16(木) 21:34:38.66 ID:XT5a7+meO
男「昨日の話の続きをしてやろう」
女「ありがたいです。ありがたいですが、燃え尽きる前のろうそくみたいで心配です」
男「そこまで疲れてない。タバコの先端についている火に近い。まだまだ大丈夫だ」
女「喫煙者ですか?」
男「違うが」
女「嬉しいです。そうだと思ってたので」
男「喫煙者が苦手なのか?」
女「あなたの寿命が延びたからです」
男「吸おうが吸うまいが変わらんと思うがな」
女「ちゃんと統計データがあるんですよ」
男「人生は何が起こるかわからんからな」
女「はいはい。ところで昨日の話の続きはまだですか?あなたのぼせるの早いんですから。さぁーはやくはやく」
男「はぁ…、こちらの空元気も空になるような元気さだ……」
女「あっ、また幸せが1つ去りました」
男「追いうちをかけるな」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/17(金) 12:30:12.58 ID:CVZMCIqi0
面白いな。
続きに期待大
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