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女「また混浴に来たんですか!!」

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Part15
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 20:16:13.11 ID:MqkE3KNv0
家に灯りはついていなかった。
最後に母親の顔を見てから、どれくらい経っただろう。
義父を暴力で伏せ、金を奪って去ったあの日から俺は母親と一度として会っていない。
幼い頃から暴力を振るわれても。
言葉で否定されても。
母親の正しさを無理やり肯定させられても。
俺は、母親を愛していた。
今も働いているのだろうか。
この世への不平不満をこぼしているのだろうか。
どんな姿でもかまわないから。
もう一度、ひと目見ておきたかった。

259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 20:39:48.30 ID:ohPXXmV+0
片目を奪ったストーカーと女のお母さんにどんな関係性があったのか気になる所

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:17:13.80 ID:MqkE3KNv0
親父「人を殺すときくらい、相手の目を見たらどうだ」
無人の露天風呂だった。
俺は両手を親父さんの首にかけていたが、それを上回るような握力で親父さんが指をこじあけてきた。
親父「関西の秘境を案内してやるだなんていうから、久しぶりにわざわざ足を運びに来たら」
親父「裸で馬乗りにされるほど、お前に愛されていたとはな。そういう趣味はないんだが」

261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:18:05.41 ID:MqkE3KNv0
脱衣場で親父さんが裸になり、温泉に向かっている途中で俺は後ろからナイフで刺そうとした。
目の届かない後方にまで反射の神経が行き届いているのか、俺の手を掴んだ親父さん自身さえ驚いているようだった。
親父「動機を言え。動機を」
男「心当たりがあるだろう」
親父「有りすぎてどれかわからねーんだよ」
男「俺のお袋を殺した」
親父「勝手に自殺したんだ」
男「お前が金を貸して追い込んだ」
親父「借りたのも返せなかったのもお前の母親の責任だ」
男「お袋は俺を連れ戻そうとしていた」
親父「お前を欲しがるクズはこの世界にたくさんいるさ」
男「お袋の遺書を読んだ」
親父「なんて書いてあった」
男「愛していたと」
親父「本当にお袋さんが書いたのかねぇ」
男「お前は自分さえ幸せになれれば他人はどうでもいいんだ」
親父「人を殺そうとしている今のお前にだけは言われたくないな」

262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:19:50.75 ID:MqkE3KNv0
親父さんは左手を振りほどき、躊躇なく親指を俺の左目に刺そうとしてきた。
すんでのところで躱したが、バランスを崩し倒れてしまった。
親父「お前、俺に殺されるぞ。殺し屋でも雇うか、銃でも射てばよかったじゃねーか」
男「俺がしたいのは復讐だ」
親父「思い出深い温泉で、血のぬくもりとともに殺すのが復讐か。情緒のあるやつに育ったもんだ。そうだよなぁ、愛がそのまま裏返ったものが復讐だもんなぁ」
男「金か。俺がいなくなると、金が減るからか」
親父「色々大人の事情があるんだよ。お前のお母さんの新しい愛人が、うちの敵の保険屋さんでさ」
男「保険屋?」
親父「保険金を降ろさせるために殺す仕事があるんだよ」
親父「まだ、授業続けるか?」
親父さんは今度は膝で蹴り上げようとしてきた。
俺はそれ以上に早く膝を突き出し抑えつけた。


263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:40:22.25 ID:MqkE3KNv0
親父さんは容赦のない戦い方をする。
喉仏をめがけて拳を振るってきたり、鳩尾に膝を乗せようとしてきたり。
鼻を噛みちぎろうとしてきたり、目にツバを吐いてきたり。
喧嘩に勝つための行動は何でもするのは、プロといえばプロなのだろうが、子供の喧嘩のような、美しくない戦い方だった。
親父さんは暴力の秀才だったが、対して俺は天才だった。
親父さんが努力で培ってきた戦い方を、体格や、生まれ持った感覚を活かしていなすことができた。
口こそ余裕を見せているものの、思うような運びに持っていけない親父さんから焦りと怒りが見えてきた。
親父「成長し過ぎたな」
男「おかげさまでな」
親父「本当の親子でも、同じ分野で負けた父親は、息子に嫉妬をするらしい」
男「それは実体験か」
親父「歴史の教科書にそう書いてあっただろう」
今度は左の拳を股間めがけて殴りつけようとしてきた。
俺は膝を思い切りあげ、拳を蹴りつけた。
男「親父さん。あんたの頭でも、俺の体躯にはかなわない」
復讐心を持ちながらも、俺は高揚していた。
自分の恩人を支配している感覚。
自分が、神になったかのような錯覚に、少し酔っていた。

264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:45:22.05 ID:MqkE3KNv0
親父「これは……もう降参だな」
男「死んでくれるか」
親父「助けを呼ぼう」
男「助け?」
親父「火事だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
親父「火事だぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!誰か来てくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
管理人のいない天然の露天風呂で、数日間の事前調査でも人気のなかった真夜中の時間ではあるが。
万が一人が聞きつけると通報される可能性がある。
口を塞ごうとすれば噛み付こうとしてきた。
生きるために手段を選ばない親父さんを、心底鬱陶しく思った。
もう一度息を深く吸い込んだ親父さんを、俺は思わず湯の中に突き落とした。
湯から顔を出した親父さんは、さらに奥へと進みまた絶叫しようとした。
俺は深追いをして、親父さんの口を殴ろうとした。
一転、親父さんは俺の手を引っ張り湯の中に沈めてきた。
天然の湯だが、温度は高かった。
俺はその瞬間に親父さんの考えに気付き、笑ってしまいそうになった。
親父「さっさと、のぼせてくれ」
親父さんは拳を振るうのをやめて、身体を固めて俺を水に沈めることに集中してきた。
小学生の頃を思い出す。
ここで溺れてしまっては、今度こそ、死んでいることに誰にも気づかれないまま横たわってしまうだろうなと想像した。

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 21:58:26.11 ID:MqkE3KNv0
水中では普段のような暴力が活かせず、技術がものをいいやすかった。
親父さんに形成が傾いた。
俺は親父さんから逃れようとしながらも、親父さんから距離を置くことができなかった。
脱衣場までの途中の道に刺すのに失敗したナイフが転がっている。
脱衣場には親父さんの拳銃やナイフがある。
なんとしても、この場で、暴力で解決しなければならない。
俺は暴れた。
冷静さを欠かないように気をつけながら、力任せに親父さんを殴りつけた。
いつもの暴力で気にする戦い方やセオリーを無視して、力を押し付けることにした。
速さと強さだけを押し付けているうちに、親父さんもそれを防ごうとし、単純な殴り合いに近い形になった。
親父さんの顔を何度か殴りつけた。
俺を家から救い出してくれた恩人の鼻から血が吹き出した。
俺がのぼせる以上に早く、親父さんは体力を消耗していた。

266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 22:10:22.65 ID:MqkE3KNv0
親父さんはもう力が尽きかけているようにみえた。
このまま殴りつけ、水に沈めようと思った。
親父「もう……許してくれねえか……」
男「母親を殺されたのにか」
親父「ろくな母親じゃなかったろ」
男「黙れ」
親父「俺の母親と一緒だ」
男「何を言う」
親父「娼婦だったんだよ。知らなかったろ」
一瞬の不意をつかれた。
親父さんは物凄い勢いで俺の顔を両手で掴み、指で髪を掻き分け、至近距離まで顔を近づけて目を見つめて言った。
親父「私は、正しい」
めまいがした。
心臓の鼓動が激しくなり、汗がとまらなくなった。
親父さんはそのまま俺を水中に沈め、岩底に何度も頭を打ち付けてきた。

267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 22:14:27.84 ID:MqkE3KNv0
身体つきだけで喧嘩は決まらないと親父さんはよく言っていた。
俺が親父さんを理解している以上に、親父さんは俺を理解していた。
俺が親父さんを愛している以上に、親父さんは俺を愛していたのかもしれない。
もう抵抗する力は残されていなかった。
走馬灯の様なものはよぎらなかったが、俺は親父さんの言葉を思い出していた。
あれは義父を殺した日にかけられた言葉だった。
「才能や恩人には気をつけろよ」
「人は、自分を救ってくれたものによって破滅するんだ」
まさに、今、暴力の才能に過信した俺は、恩人によって殺されようとしていた。

268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 22:26:01.91 ID:MqkE3KNv0
俺は、誰にも気づかれない死体、にはならなかった。
目覚めたのは病院だった。
早朝に散歩をしていた男が、足だけ湯に浸け岩の上で横たわっている俺と親父さんを見つけたらしい。
親父さんは俺の隣で、ナイフを腹に刺された状態で死んでいたそうだ。
俺は殺人の容疑で捕まった。
水中で完全に優位に立っていたのに、どうして岩場で俺と親父さんは横たわっていたのだろう。
俺は混濁した意識の中で、ナイフを取りに走り、親父さんを刺したんだろうか。
納得のいく答えは1つしかなかった。
俺は、親父さんに命を救われたのだった。
俺が溺れないように。俺がのぼせないように、水上までひきあげられ。
そして、自殺を図ったのだ。

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 22:35:25.27 ID:MqkE3KNv0
20代を刑務所で過ごした。
俺は親父さんをナイフで刺殺したことになっていた。
冤罪といえば冤罪だが、真実といえば真実なのだろう。
その状況を引き起こしたのは、紛れもなく俺なのだから。
テレビで見るような短い入浴時間のおかげで、俺はのぼせることがなくなった。
刑務所内でのいじめは激しいものがあったが、殺人の罪で入ってきた大柄の俺に手をだすものはいなくて、表の世界にいたときよりも暴力とは無縁になった。
規律を守り、規則正しく行動し、単純な作業を繰り返した。
できるだけ過去のことも、未来のことも考える時間を与えられたくなかった。
何もかもに絶望をしていた。
人生を、どこから後悔すればいいのかわからなかった。

270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 22:47:13.02 ID:MqkE3KNv0
俺は俺の人生を後悔し続けた。
俺の他にも殺人を後悔している者はいた。
だが、被害者に対して謝罪の気持ちを示すものは俺の周囲にはいなかった。
極悪非道の犯罪者のひとりごとは、おかあさん、だった。
俺は、おかあさん、と言ったあとに、おとうさん、といった。
そのおとうさんが、実父だけを示すものなのかは自分の中でもはっきりとしていなかった。
服役してから数年が経った。
出所は恐ろしくてたまらなかった。
外の世界と関わる自分を考えると恐ろしかった。
ただでさえ人の目を避けてきた自分だ。
刑務所でも、丸刈りにされ、人の視線を避けるように下を向いて、ろくな関わりなどもたなかった。
今更表の世界に行って何の意味がある。
誰のために生きる。
俺を待つものは、もう誰一人としていない。
俺を忌み嫌うものと、恨むものしかいない。
親父さんの信奉者の一人が、俺を殺そうとしているとの噂を聞いた。
その男も数年前から服役しているとも。
俺が先に出所して、その男も追って出所したら、殺してくれるだろうか、
俺には希望なんてものはなかった。
もう、死んでいるも同然の人生だった。

271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 23:02:53.52 ID:MqkE3KNv0
10年近い労働の対価で、俺は刺青を彫りにいった。
出来る限り親父さんの模様を思い出しながら、彫師にイメージを伝えた。
親父さんと同じように体中に彫るつもりだったが、温泉に入れなくなるのは困ると直前になって思いなおした。
天然の温泉に入るくらいならぎりぎり隠せるだろうと、下半身の一部に彫ってもらうことにした。
足を洗って表の世界に出て、俺は親父さんと一緒の足になった。
犯罪者には就労支援がある。
俺は刑務所の作業とさして変わらない、単純な仕事を繰り返した。
その仕事場には、前科のない表の人間もたくさんいた。
40代を超えたオヤジたちは、自分らは社会の最底辺だと自虐風に笑いながら、ダンボールに品物を詰める作業を繰り返していた。
パートのおばさんが1時間の残業を指示すると、口々に子供のような文句を言いながら作業を続行した。
まともじゃないか、と思った。
あんたにはまだ未来があるよと励まされた。
はい、とだけ答えた。
日が経つに連れて、俺は以前行っていたような、裏の仕事に手をのばしていった。
稼ぎがよくなるという理由もあったが、それ以上に、自分にふさわしい場所はそこだと思ったからだ。
自分一人が生きるのに必要な金と、自分ひとりで過去を思う時間だけを手に入れて、あとは、死すべき瞬間を待つのみだった。

272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 23:17:08.32 ID:MqkE3KNv0
男「だから後悔したぞ。お前に話しかけた時はな」
女「…………」
男「仕事の都合でこの地にたどり着き、親父さんの過去を追うように早朝の5時に風呂に浸かり」
男「過去の呪縛から逃れたい思いと、自分を支えるものは過去の回想しかないという依存に苛まれて」
男「孤独を苦しく感じる自分と、人を避けて生きたいという自分がいて」
男「どうして俺は、お前に話しかけてしまったんだろうな。親父さんの一目惚れした人と、重ねてしまったのかもしれないな」
女「私は後悔していませんよ。あなたに話しかけられたこと」
男「左目まで奪われずに済んだからな。俺も死ぬ前に誰かの役に立ててよかったってもんだ」
女「そんなつもりで言ったんじゃないってことくらいわかってくれてますよね」
男「お前は表で生きる人間だ」
女「あなたも裏で生きてくださいよ」
男「太陽と月のようにか。どこかのストーカーと一緒だな」
女「希望をもってくださいよ」
男「なら、俺と添い遂げてくれるか」
女「試すような言い方では ”はい” とは言えません。投げやりな言葉はやめてください」
男「おい、さっきからやめろよ」
女「何がですか」
男「俺の目を見るな」
女「あなたも私の目を見てください」
男「何のためにだ」
女「相手を理解するためですよ」

273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/12(日) 23:32:23.01 ID:MqkE3KNv0
男「お互い暗い過去には触れ合うのをやめるんじゃなかったのか」
女「暗闇でも見つめ続けていれば、目は順応して光を見つけられます」
男「もう関わるのをやめろ」
女「今から幸せになりましょうよ」
男「出会ったときから、俺達は取り返しがつかなかったんだよ」
男「理不尽が約束されたお前と、道理を外れてしまった俺」
男「お前は因果もないのに応報をくらって、俺は義理も人情も通さずに裏切った」
女「あなたを殺そうとする人がいるのなら、北海道でも、沖縄でも、遠くに隠れて生きていけばいいじゃないですか」
男「俺の幸せ残存数ってやつ覚えてるか」
女「急になんですか」
男「18,000個だった。残り50年生きるとしたら、1日0.9個だ」
男「犯罪者はぎりぎり幸せになれないんだ」
女「だったら幸せの母数を増やして下さい」
男「どうやって」
女「一緒にお風呂に浸かりましょう」
男「血にまみれたこの死体の浮かんだ風呂でか?」
女「…………」
男「痕跡は跡形もなく消す。それでも記憶は一生消えない」
男「もう俺もお前も二度とここにはこない」
男「さようなら、だ」

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