女「また混浴に来たんですか!!」
Part11
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:40:12.31 ID:wsqVA15O0
男「久しぶりだな、夜の風呂は」
男「こんなところにあるからか、どんな時間帯でも人は少ないな」
男「今日も疲れた。ゆっくり浸かるとしよう」ザバァ
男「ふぅ」
男「…………」
男「…………」
男「…………」
男「風呂はこんなに静かなところだったんだな。ここ数日は早朝から騒がしかったからな」
男「お母さん。俺はあなたに言われた通り、約束を守っているよ」
男「あなたは幸せになってはいけない」
男「律儀に、この歳になっても守っているよ」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:48:15.35 ID:wsqVA15O0
男「今日は日差しが眩しいな。昼間の風呂も久しぶりだ」
男「温泉はいい。親父さんとの思い出が蘇る」
男「何もかもが憂鬱だった時期が俺にもちゃんとあったことを思い出せる」
男「仕事のプレッシャーに潰されそうになって吐いていたこと。怒りから人を殴りつけていたこと」
男「自分が何のために生きているのか、葛藤できる時期があったこと」
男「俺は幸せになるのを諦めたんだろうか。諦めたふりをしているんだろうか」
男「今は何も考えず、日銭を稼いで、食べ物を食べて、温泉に浸かって、家で寝るだけだ」
男「これでいいんだ。俺は、表の世界の人間と交わってはいけないのだ」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:53:39.78 ID:wsqVA15O0
男「ふぅ。今日の仕事も長引いたな」
男「もう4時半か。風呂に行ってから寝たいところだが」
男「…………」
男「一度寝てから入ればいい。どうせ、いつも汚れている人間だ」
男「それとも、自信過剰かもしれないな。街中の温泉はもう治っている。あいつも、わざわざこんなところまでもう足を運んでくることもないだろう」
男「俺には、レールなんてない。このままどこにも進まず、過去に置き去りにされたまま死ぬのを待てばいいのだ」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:57:59.95 ID:wsqVA15O0
男「……寝すぎてしまった。ここのところ疲れていたからな」
男「もう夜か。飯でも食うか、風呂にでも入りに行くか」
男「…………」
男「風呂から行こう。あの場所はいい」
男「誰とも交わらずとも、自分を迎えてくれる。そんな雰囲気がある」
男「今夜も一人、何も考えずに湯に浸かろう」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:03:45.87 ID:wsqVA15O0
男「心地いい夜風だな。やはり夏の温泉も悪くない」
男「それにしても、髪が伸びすぎてきたな」
男「床屋なんかに行くと、昔は汗がとまらなかったな。今でも緊張する」
男「黙って、目を閉じて。あまりにも切られそうになったら口を挟んで」
男「俺も、あの頃から何も変わって……」
男「……ペットボトルが見える。ワニでも来ているのか」
男「残念だな。夜にこんなところまで来る女なんかここ数日いなかった」
男「もしも女子大生にでも会いたいなら、早朝に来れば可能性は……」
男「お、おい」
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:09:05.70 ID:wsqVA15O0
女「…………」
女「はぁ……はぁ……」
女「や、やっと……来ましたね……」
女「さぁ……あなたが……のぼせる前に……はやくお話でも……」
男「顔が真っ赤だぞ。いつからここにいる」
女「水があるのに……脱水症状だなんて……海で遭難したみたいですね……」
男「いいからあがれ。はやくしろ。手を貸してやる」
女「はい……」
男「立てるか?」
女「おぶってください……」
男「それは無理だ」
女「恥ずかしいんですか……」
男「馬鹿なこと言ってる場合か。ほら、肩なら貸してやる」
女「……じゃあ立ちます」ザバァ
女「う、うわぁ……」グッタリ…
男「おい。大丈夫か。立ちくらみか」
女「…………」
男「……はぁ」
男「おぶるしかないか」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:20:45.49 ID:wsqVA15O0
女「……んん」
男「目が覚めたか」
女「ここはどこですか」
男「管理人のおばあちゃんの休憩場所だ」
女「そうですか。それはレアですね」
男「俺はもう行くぞ」スタ…
女「健康診断か何かの記入書で」
男「なんだ」
女「気絶したことがあるかどうか、はいかいいえで答える欄があるじゃないですか」
女「あなたのせいでこれから私は”はい”に丸をつけなければならなくなりました」
男「ただの立ちくらみだ。それに俺のせいにするな。じゃあな」スタ…
女「三途の川は冷たかったって言ってたことがあるじゃないですか……」
男「覚えてない」
女「言ってました。さりげない言葉に深い意味を持たせる優越感、私にはわかるんですよ」
女「私もよく大人や知人に使っていましたもの。”他人の目を気にしてばかりの性格”とか”目を奪うような光景”とか」
女「日常会話では実はそんなに出番のない表現をさりげなく混ぜて、深い意味を込めているとも知らない相手を見てちょっと優越感に浸ったり、見下したり」
女「ほんのいたづら心なんですけどね」
女「それであなたは、どんな風に死にかけたんですか。危険なお仕事でもしたんですか」
男「鋭いな。だが、小学生の時に起こった本当に大したことのない話だ。じゃあな」スタ…
女「あの!」
男「なんだ」
女「コーヒー牛乳が」
男「コーヒー牛乳がどうした」
女「ええと、うーん……」
男「コーヒー牛乳が飲みたいか?」
女「それ!そうです!コーヒー牛乳が飲みたいです!!」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:33:11.17 ID:wsqVA15O0
男「……はぁ」
女「パスタうんまいですねぇ」
男「コーヒー牛乳が飲みたいんじゃなかったのか」
女「ファミレスのご飯は美味しいですね。若者には、おばあちゃんの食事だと健康的すぎるんです」
男「用がないならもう帰るぞ」
女「男さん、ファミレス入ったのいつぶりですか」
男「しょっちゅう入るさ」
女「意外。一人でご飯食べててさみしくないんですか?」
男「お一人様も多い。ファミリーで来ている客の方が少ない」
女「一人で入りづらい場所があったら私が行ってあげますよ。お化け屋敷とか」
男「怖くない」
女「怖さよりも一人で入るの恥ずかしくないですか」
男「それはまあ言える」
女「なんか、パスタ食べてる男さんって違和感あります」
男「相変わらず話の飛ぶやつだ」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:39:55.64 ID:wsqVA15O0
女「どうして避けてたんですか」
男「俺の存在はお前を不幸にするだけだ」
女「かっこつけてるんですか」
男「俺は犯罪者だ」
女「それで今は山の中に逃亡中ですか?」
男「刑期は終えた。長い期間だった」
女「どれくらいですか」
男「知りたいか」
女「知りたくありません」
女「私は他人を見ることなんてどうでもいいんです。ちゃんと人間らしく、自分が自分をいかに素晴らしい人間か認識するために、他人によく見られることだけを考えます」
男「いかにも不幸になりそうな考え方だな」
女「嫌なことには目を閉じます。うっかり目に入ってしまわないように、あなたも見せないでください。男性のぽろりなんて御免被ります」
女「いや、それはそれで……」
男「お前は何なんだ」
女「それを知るためにも、私にはあなたが必要なんですよ」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:01:57.63 ID:wsqVA15O0
男「過去の恐怖を乗り越えたいというやつか」
女「…………」
男「刑務所で1つ面白い話を聞いたことがある」
男「海外の話だ。10歳で大統領顕彰の学生賞を受賞した、頭脳が極めて優れた学生がいた」
男「学生が興味を抱いたのは連続殺人鬼(シリアルキラー)だった」
男「常人ではない者達の心理を追求しようとし、彼は多くの殺人鬼と交流を持とうとした」
男「自分は不幸な境遇にいると殺人鬼に見せかけ、同情を引き、自分に興味を抱かせることに成功した。彼は、“理解できないものの支配”を成し遂げようとしている自分に陶酔していたのかもしれない。ある時、殺人鬼との面会中に、彼は殺されそうになった。運良く生き延び、殺人鬼の死刑は執行された」
男「学生は弁護士になった。犯罪の被害者になった者を救うことを仕事にした。ところが、自身の頭部に銃を放ち、自殺してしまった」
男「お前風の優越感に浸れそうな表現をニーチェの言葉でしてやろう」
男「深淵を除く時、深淵もまた、こちらを覗いているのだ」
男「俺に関わるな。お前をレールから引きずり下ろした奴と、話しているようなものなんだぞ」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:13:44.31 ID:wsqVA15O0
女「…………」
女「あの」
男「どうした」
女「私が髪型変えたの気付きました?」
男「またふざけた話題で誤魔化すつもりか」
女「気づかなかったですよね」
男「女の些細な変化などいちいち気にしていられん」
女「それは男性だからというだけじゃないでしょう」
女「あなたは、人の目を見ようとしません」
男「…………」
女「私も、人の目を見ようとしません」
女「深淵を見ることも、深淵から見られることもありません」
女「見抜くことも、見抜かれることもない湯船に浸かって、ただ目を閉じていればいいじゃないですか」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:26:35.37 ID:wsqVA15O0
男「なおさらその相手が俺である必要はないだろう」
女「まぁ、そうかもしれませんね」
男「認めるのか」
女「道徳とか、論理とか、倫理とか持ち込んだらあなたとのんきにパスタ食べてる場合じゃないことくらい私にだってわかりますよ」
女「不謹慎は被害者の特権です。母も、自分の父親が亡くなるまで、父親を亡くした人を慰める言葉が見つからなかったそうですが、父を亡くしてからは、他の人の葬式の時に言葉をかけられるようになったそうです」
女「なんなんでしょうね。なんで出会ってしまったんでしょうね。あなたのこと毎晩拷問するような妄想にかけていたのに」
男「俺は張本人じゃない」
女「同罪ですよ」
男「拷問でもするか」
女「今日は夜も遅いのでいいです」
男「朝早くならするのか」
女「その時間は予定があるので」
男「忙しそうだな」
女「それではまた早朝。今日の0時までにパソコンで提出するレポートまだ書いてないので。お代、置いておきますね」ガタ
男「お、おい」
店員「お会計ですか?」
男「ああ……」
男「……はぁ。身勝手な女だ」
男「…………」
男「あの野郎、5千円札置いていきやがった」
男「去り方はかっこいいと認めるが……、セリフはこの上無くださかったな」
男「小走りしているのがここからでも見える」
男「……ふふ。ふっふっふ」
男「朝も夜も騒がしいやつだ」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:58:32.42 ID:cWKqzJdx0
男と女がくっつきますように(願い)
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:24:34.11 ID:tqDGU7ad0
女「おはようございます」
男「おはよう。先に来てたんだな」
女「えっへん」
男「街中の風呂はどうだった?」
女「行ってないですよ。風邪を引いて寝込んで、それからまたここで早朝にお風呂にはいって。あなたがいないもんですからワニのように待ち伏せて待ってたんです」
男「恐ろしいな」
女「えっへん」
男「俺に会いに来る口実に、女湯の故障を言い訳にできなくなってしまったな」
女「調子に乗らないでください」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:28:43.54 ID:tqDGU7ad0
男「お前がのぼせた姿は珍しかった」
女「あんなに浸かってたことないですもん。一日中ですよ」
男「その対価に俺と会話したところで何も得るものはないと思うがな」
女「それでは死にかけた時の話をしてください」
男「まぁ減るもんじゃないしいいだろう」
女「ちなみに女性は裸を見られると心がすり減りますからね。見ても減るもんじゃないとかいわないでくださいね」
男「俺が小学生の時の話だ」
女「いいスルー具合です」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:33:49.95 ID:tqDGU7ad0
男「俺は昔カナヅチだった。今もだが」
女「えー!?」
女「あっ、でも金槌っぽい。重そうだし」
男「そりゃどうも」
男「友達の親に海に遊びに連れて行ってもらったことがある。自動車酔いする俺のためにわざわざ電車でな。友達の人数も多かったしな」
男「遠出する時はいつも暑さや自動車酔いでぐったりしていたものだったから、元気なまま目的地についた俺は興奮していた」
男「友達を砂に埋めたり、埋められたり。砂浜を駆け回ったり、ボールをなげあったり」
男「小学生の夏を普通に楽しんでいたな」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:54:24.73 ID:tqDGU7ad0
男「友達は、拙いながらも泳ぐことができた。はじめは集団でボールを投げ合ったりしていた」
男「お昼ごはんも食べ、午後になった。皆まとまってやる遊びに飽きて、各々泳ぎだした」
男「俺も泳ぐ真似をした。一人だけ突っ立ってるのは恥ずかしかったからな」
男「明るい日差しの差す天候とは裏腹に、波の勢いは強い気がしていた」
男「顔に水をつけてるうちに、友達とはぐれてしまった。トイレに行ったり、飲み物を取りに行ったり、泳げるもの同士でみんな自由に行動していたんだろう」
男「俺はなんだか惨めな気がした。自分だけ泳げないし、自分だけ自動車に乗ると体調を崩す」
男「自分の親だけが、友達の親が迎えに来た時も挨拶にすら出てこない」
男「惨めさが怒りに変わり、俺はどうにでもなってしまえばいいと思って沖へ向かって進んでいった」
男「背は高かったから、足はついた。それでも次第に身体のコントロールが効かなくなっていった」
男「引き返そうと思ったがもう遅かった。パニックになって、慌てた俺は泳ごうとして、水の中に潜り込んでしまった」
男「次に目覚めたのは、夕方になった時だった」
男「悲しいことにな、自分で起きたんだ」
男「目が覚めると夕陽が差していた。俺は溺れかけ、失神したあと、なんとか浜辺まで押し戻されたらしかった」
男「周囲には何人も人がいた。友達もまさか俺が溺れかけていたとは思わず、泳げないから寝ていると思ったらしい」
男「もしも水が気道に詰まっていたら、俺は本当に死んでしまっていただろう」
男「生きてても死んでても見分けの付かない人間だと思った。ひどく孤独に感じたよ。帰り道一緒に帰っている時も、友情なんてものは存在しないんだと怒りに満ちてずっと無言になっていた」
男「その日の夜に風邪を引いた。親はふたりとも、別々の場所に外出をしていた」
男「布団に入っても身体は震えていた。そのくせ身体は熱かった。じっと寝ていることに耐えられなくなって布団から抜け出した。涼しさが心地よかった」
男「そのせいで風邪は悪化した。いっときの涼しさを求めて身体から熱が奪われているなんて気にもかけなかった。こういうのは、湯冷めと似ているな」
男「これでおしまいだ。お前の人生が実りあるものになるようなエピソードだったことを願うばかりだ」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 01:01:35.91 ID:tqDGU7ad0
女「それは、悲しい出来事でしたね」
男「不謹慎は被害者の特権だろ。お前なら笑ってもいいんだよ」
女「人の痛みがわかるのも被害者の特権です。肉体が死に近づいた時に覚える感情は孤独感であるということもわかってるつもりです」
女「友達はあなたが呼吸しているのを確かめた上で、放って置いたのだと思いますよ」
男「どうだかな。何時間も寝ていても問題ないような友達なら、そもそも誘う必要はなかっただろう。俺はあの頃から少し浮いていたからな。海に行く話題が出た時にたまたま俺もその場にいたから、一緒に行くことになっただけだったんだろう」
女「あなたも私と同じかもしれませんね。毎日こうやって、水への恐怖を乗り越えようとしているのかも」
男「温泉で海への克服か。そりゃあいいリハビリかもな」
女「今でも海は怖いですか?」
男「もっと怖いものといっぱい出会った。海への苦手意識も消えないが、海の方がマシだと思えるものの方が多いこともわかった」
女「例えばなんですか?」
男「嫌な人間とかだな」
女「それは、嫌な海より嫌かもしれないですね」
男「久しぶりだな、夜の風呂は」
男「こんなところにあるからか、どんな時間帯でも人は少ないな」
男「今日も疲れた。ゆっくり浸かるとしよう」ザバァ
男「ふぅ」
男「…………」
男「…………」
男「…………」
男「風呂はこんなに静かなところだったんだな。ここ数日は早朝から騒がしかったからな」
男「お母さん。俺はあなたに言われた通り、約束を守っているよ」
男「あなたは幸せになってはいけない」
男「律儀に、この歳になっても守っているよ」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:48:15.35 ID:wsqVA15O0
男「今日は日差しが眩しいな。昼間の風呂も久しぶりだ」
男「温泉はいい。親父さんとの思い出が蘇る」
男「何もかもが憂鬱だった時期が俺にもちゃんとあったことを思い出せる」
男「仕事のプレッシャーに潰されそうになって吐いていたこと。怒りから人を殴りつけていたこと」
男「自分が何のために生きているのか、葛藤できる時期があったこと」
男「俺は幸せになるのを諦めたんだろうか。諦めたふりをしているんだろうか」
男「今は何も考えず、日銭を稼いで、食べ物を食べて、温泉に浸かって、家で寝るだけだ」
男「これでいいんだ。俺は、表の世界の人間と交わってはいけないのだ」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:53:39.78 ID:wsqVA15O0
男「ふぅ。今日の仕事も長引いたな」
男「もう4時半か。風呂に行ってから寝たいところだが」
男「…………」
男「一度寝てから入ればいい。どうせ、いつも汚れている人間だ」
男「それとも、自信過剰かもしれないな。街中の温泉はもう治っている。あいつも、わざわざこんなところまでもう足を運んでくることもないだろう」
男「俺には、レールなんてない。このままどこにも進まず、過去に置き去りにされたまま死ぬのを待てばいいのだ」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 19:57:59.95 ID:wsqVA15O0
男「……寝すぎてしまった。ここのところ疲れていたからな」
男「もう夜か。飯でも食うか、風呂にでも入りに行くか」
男「…………」
男「風呂から行こう。あの場所はいい」
男「誰とも交わらずとも、自分を迎えてくれる。そんな雰囲気がある」
男「今夜も一人、何も考えずに湯に浸かろう」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:03:45.87 ID:wsqVA15O0
男「心地いい夜風だな。やはり夏の温泉も悪くない」
男「それにしても、髪が伸びすぎてきたな」
男「床屋なんかに行くと、昔は汗がとまらなかったな。今でも緊張する」
男「黙って、目を閉じて。あまりにも切られそうになったら口を挟んで」
男「俺も、あの頃から何も変わって……」
男「……ペットボトルが見える。ワニでも来ているのか」
男「残念だな。夜にこんなところまで来る女なんかここ数日いなかった」
男「もしも女子大生にでも会いたいなら、早朝に来れば可能性は……」
男「お、おい」
女「…………」
女「はぁ……はぁ……」
女「や、やっと……来ましたね……」
女「さぁ……あなたが……のぼせる前に……はやくお話でも……」
男「顔が真っ赤だぞ。いつからここにいる」
女「水があるのに……脱水症状だなんて……海で遭難したみたいですね……」
男「いいからあがれ。はやくしろ。手を貸してやる」
女「はい……」
男「立てるか?」
女「おぶってください……」
男「それは無理だ」
女「恥ずかしいんですか……」
男「馬鹿なこと言ってる場合か。ほら、肩なら貸してやる」
女「……じゃあ立ちます」ザバァ
女「う、うわぁ……」グッタリ…
男「おい。大丈夫か。立ちくらみか」
女「…………」
男「……はぁ」
男「おぶるしかないか」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:20:45.49 ID:wsqVA15O0
女「……んん」
男「目が覚めたか」
女「ここはどこですか」
男「管理人のおばあちゃんの休憩場所だ」
女「そうですか。それはレアですね」
男「俺はもう行くぞ」スタ…
女「健康診断か何かの記入書で」
男「なんだ」
女「気絶したことがあるかどうか、はいかいいえで答える欄があるじゃないですか」
女「あなたのせいでこれから私は”はい”に丸をつけなければならなくなりました」
男「ただの立ちくらみだ。それに俺のせいにするな。じゃあな」スタ…
女「三途の川は冷たかったって言ってたことがあるじゃないですか……」
男「覚えてない」
女「言ってました。さりげない言葉に深い意味を持たせる優越感、私にはわかるんですよ」
女「私もよく大人や知人に使っていましたもの。”他人の目を気にしてばかりの性格”とか”目を奪うような光景”とか」
女「日常会話では実はそんなに出番のない表現をさりげなく混ぜて、深い意味を込めているとも知らない相手を見てちょっと優越感に浸ったり、見下したり」
女「ほんのいたづら心なんですけどね」
女「それであなたは、どんな風に死にかけたんですか。危険なお仕事でもしたんですか」
男「鋭いな。だが、小学生の時に起こった本当に大したことのない話だ。じゃあな」スタ…
女「あの!」
男「なんだ」
女「コーヒー牛乳が」
男「コーヒー牛乳がどうした」
女「ええと、うーん……」
男「コーヒー牛乳が飲みたいか?」
女「それ!そうです!コーヒー牛乳が飲みたいです!!」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:33:11.17 ID:wsqVA15O0
男「……はぁ」
女「パスタうんまいですねぇ」
男「コーヒー牛乳が飲みたいんじゃなかったのか」
女「ファミレスのご飯は美味しいですね。若者には、おばあちゃんの食事だと健康的すぎるんです」
男「用がないならもう帰るぞ」
女「男さん、ファミレス入ったのいつぶりですか」
男「しょっちゅう入るさ」
女「意外。一人でご飯食べててさみしくないんですか?」
男「お一人様も多い。ファミリーで来ている客の方が少ない」
女「一人で入りづらい場所があったら私が行ってあげますよ。お化け屋敷とか」
男「怖くない」
女「怖さよりも一人で入るの恥ずかしくないですか」
男「それはまあ言える」
女「なんか、パスタ食べてる男さんって違和感あります」
男「相変わらず話の飛ぶやつだ」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 20:39:55.64 ID:wsqVA15O0
女「どうして避けてたんですか」
男「俺の存在はお前を不幸にするだけだ」
女「かっこつけてるんですか」
男「俺は犯罪者だ」
女「それで今は山の中に逃亡中ですか?」
男「刑期は終えた。長い期間だった」
女「どれくらいですか」
男「知りたいか」
女「知りたくありません」
女「私は他人を見ることなんてどうでもいいんです。ちゃんと人間らしく、自分が自分をいかに素晴らしい人間か認識するために、他人によく見られることだけを考えます」
男「いかにも不幸になりそうな考え方だな」
女「嫌なことには目を閉じます。うっかり目に入ってしまわないように、あなたも見せないでください。男性のぽろりなんて御免被ります」
女「いや、それはそれで……」
男「お前は何なんだ」
女「それを知るためにも、私にはあなたが必要なんですよ」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:01:57.63 ID:wsqVA15O0
男「過去の恐怖を乗り越えたいというやつか」
女「…………」
男「刑務所で1つ面白い話を聞いたことがある」
男「海外の話だ。10歳で大統領顕彰の学生賞を受賞した、頭脳が極めて優れた学生がいた」
男「学生が興味を抱いたのは連続殺人鬼(シリアルキラー)だった」
男「常人ではない者達の心理を追求しようとし、彼は多くの殺人鬼と交流を持とうとした」
男「自分は不幸な境遇にいると殺人鬼に見せかけ、同情を引き、自分に興味を抱かせることに成功した。彼は、“理解できないものの支配”を成し遂げようとしている自分に陶酔していたのかもしれない。ある時、殺人鬼との面会中に、彼は殺されそうになった。運良く生き延び、殺人鬼の死刑は執行された」
男「学生は弁護士になった。犯罪の被害者になった者を救うことを仕事にした。ところが、自身の頭部に銃を放ち、自殺してしまった」
男「お前風の優越感に浸れそうな表現をニーチェの言葉でしてやろう」
男「深淵を除く時、深淵もまた、こちらを覗いているのだ」
男「俺に関わるな。お前をレールから引きずり下ろした奴と、話しているようなものなんだぞ」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:13:44.31 ID:wsqVA15O0
女「…………」
女「あの」
男「どうした」
女「私が髪型変えたの気付きました?」
男「またふざけた話題で誤魔化すつもりか」
女「気づかなかったですよね」
男「女の些細な変化などいちいち気にしていられん」
女「それは男性だからというだけじゃないでしょう」
女「あなたは、人の目を見ようとしません」
男「…………」
女「私も、人の目を見ようとしません」
女「深淵を見ることも、深淵から見られることもありません」
女「見抜くことも、見抜かれることもない湯船に浸かって、ただ目を閉じていればいいじゃないですか」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:26:35.37 ID:wsqVA15O0
男「なおさらその相手が俺である必要はないだろう」
女「まぁ、そうかもしれませんね」
男「認めるのか」
女「道徳とか、論理とか、倫理とか持ち込んだらあなたとのんきにパスタ食べてる場合じゃないことくらい私にだってわかりますよ」
女「不謹慎は被害者の特権です。母も、自分の父親が亡くなるまで、父親を亡くした人を慰める言葉が見つからなかったそうですが、父を亡くしてからは、他の人の葬式の時に言葉をかけられるようになったそうです」
女「なんなんでしょうね。なんで出会ってしまったんでしょうね。あなたのこと毎晩拷問するような妄想にかけていたのに」
男「俺は張本人じゃない」
女「同罪ですよ」
男「拷問でもするか」
女「今日は夜も遅いのでいいです」
男「朝早くならするのか」
女「その時間は予定があるので」
男「忙しそうだな」
女「それではまた早朝。今日の0時までにパソコンで提出するレポートまだ書いてないので。お代、置いておきますね」ガタ
男「お、おい」
店員「お会計ですか?」
男「ああ……」
男「……はぁ。身勝手な女だ」
男「…………」
男「あの野郎、5千円札置いていきやがった」
男「去り方はかっこいいと認めるが……、セリフはこの上無くださかったな」
男「小走りしているのがここからでも見える」
男「……ふふ。ふっふっふ」
男「朝も夜も騒がしいやつだ」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/04(土) 21:58:32.42 ID:cWKqzJdx0
男と女がくっつきますように(願い)
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:24:34.11 ID:tqDGU7ad0
女「おはようございます」
男「おはよう。先に来てたんだな」
女「えっへん」
男「街中の風呂はどうだった?」
女「行ってないですよ。風邪を引いて寝込んで、それからまたここで早朝にお風呂にはいって。あなたがいないもんですからワニのように待ち伏せて待ってたんです」
男「恐ろしいな」
女「えっへん」
男「俺に会いに来る口実に、女湯の故障を言い訳にできなくなってしまったな」
女「調子に乗らないでください」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:28:43.54 ID:tqDGU7ad0
男「お前がのぼせた姿は珍しかった」
女「あんなに浸かってたことないですもん。一日中ですよ」
男「その対価に俺と会話したところで何も得るものはないと思うがな」
女「それでは死にかけた時の話をしてください」
男「まぁ減るもんじゃないしいいだろう」
女「ちなみに女性は裸を見られると心がすり減りますからね。見ても減るもんじゃないとかいわないでくださいね」
男「俺が小学生の時の話だ」
女「いいスルー具合です」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:33:49.95 ID:tqDGU7ad0
男「俺は昔カナヅチだった。今もだが」
女「えー!?」
女「あっ、でも金槌っぽい。重そうだし」
男「そりゃどうも」
男「友達の親に海に遊びに連れて行ってもらったことがある。自動車酔いする俺のためにわざわざ電車でな。友達の人数も多かったしな」
男「遠出する時はいつも暑さや自動車酔いでぐったりしていたものだったから、元気なまま目的地についた俺は興奮していた」
男「友達を砂に埋めたり、埋められたり。砂浜を駆け回ったり、ボールをなげあったり」
男「小学生の夏を普通に楽しんでいたな」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 00:54:24.73 ID:tqDGU7ad0
男「友達は、拙いながらも泳ぐことができた。はじめは集団でボールを投げ合ったりしていた」
男「お昼ごはんも食べ、午後になった。皆まとまってやる遊びに飽きて、各々泳ぎだした」
男「俺も泳ぐ真似をした。一人だけ突っ立ってるのは恥ずかしかったからな」
男「明るい日差しの差す天候とは裏腹に、波の勢いは強い気がしていた」
男「顔に水をつけてるうちに、友達とはぐれてしまった。トイレに行ったり、飲み物を取りに行ったり、泳げるもの同士でみんな自由に行動していたんだろう」
男「俺はなんだか惨めな気がした。自分だけ泳げないし、自分だけ自動車に乗ると体調を崩す」
男「自分の親だけが、友達の親が迎えに来た時も挨拶にすら出てこない」
男「惨めさが怒りに変わり、俺はどうにでもなってしまえばいいと思って沖へ向かって進んでいった」
男「背は高かったから、足はついた。それでも次第に身体のコントロールが効かなくなっていった」
男「引き返そうと思ったがもう遅かった。パニックになって、慌てた俺は泳ごうとして、水の中に潜り込んでしまった」
男「次に目覚めたのは、夕方になった時だった」
男「悲しいことにな、自分で起きたんだ」
男「目が覚めると夕陽が差していた。俺は溺れかけ、失神したあと、なんとか浜辺まで押し戻されたらしかった」
男「周囲には何人も人がいた。友達もまさか俺が溺れかけていたとは思わず、泳げないから寝ていると思ったらしい」
男「もしも水が気道に詰まっていたら、俺は本当に死んでしまっていただろう」
男「生きてても死んでても見分けの付かない人間だと思った。ひどく孤独に感じたよ。帰り道一緒に帰っている時も、友情なんてものは存在しないんだと怒りに満ちてずっと無言になっていた」
男「その日の夜に風邪を引いた。親はふたりとも、別々の場所に外出をしていた」
男「布団に入っても身体は震えていた。そのくせ身体は熱かった。じっと寝ていることに耐えられなくなって布団から抜け出した。涼しさが心地よかった」
男「そのせいで風邪は悪化した。いっときの涼しさを求めて身体から熱が奪われているなんて気にもかけなかった。こういうのは、湯冷めと似ているな」
男「これでおしまいだ。お前の人生が実りあるものになるようなエピソードだったことを願うばかりだ」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/05(日) 01:01:35.91 ID:tqDGU7ad0
女「それは、悲しい出来事でしたね」
男「不謹慎は被害者の特権だろ。お前なら笑ってもいいんだよ」
女「人の痛みがわかるのも被害者の特権です。肉体が死に近づいた時に覚える感情は孤独感であるということもわかってるつもりです」
女「友達はあなたが呼吸しているのを確かめた上で、放って置いたのだと思いますよ」
男「どうだかな。何時間も寝ていても問題ないような友達なら、そもそも誘う必要はなかっただろう。俺はあの頃から少し浮いていたからな。海に行く話題が出た時にたまたま俺もその場にいたから、一緒に行くことになっただけだったんだろう」
女「あなたも私と同じかもしれませんね。毎日こうやって、水への恐怖を乗り越えようとしているのかも」
男「温泉で海への克服か。そりゃあいいリハビリかもな」
女「今でも海は怖いですか?」
男「もっと怖いものといっぱい出会った。海への苦手意識も消えないが、海の方がマシだと思えるものの方が多いこともわかった」
女「例えばなんですか?」
男「嫌な人間とかだな」
女「それは、嫌な海より嫌かもしれないですね」
女「また混浴に来たんですか!!」
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