勇者「淫魔の国で風邪をひくとこうなる」
Part2
68 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:04:12.75 ID:iCugq6SKo
*****
そして、変化がまた起きたのは二日後のことだ。
勇者(……眠れない)
大事を取って休まされていた晩になる。
妙に明るい満月の夜で、そのせいなのか妙に体がざわついて眠れない。
似たような事は過去にあっても、こんな胸騒ぎまでは無かった。
それにーーーー
勇者「くそっ、またか!」
ズキズキと痛むような、酷い昂ぶりが襲った。
二度めになれば慣れはしても、無視はできない。
かれこれ二時間もの間、鎮まる気配がない。
寝ようとしても、寝つけないまま、落ち着かないまま、ただ時だけが過ぎる。
勇者(……仕方ないな、少し……歩いてこよう)
69 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:05:14.35 ID:iCugq6SKo
もう、歩いても支障はない。
この城内の沈黙と性欲の昂ぶりは、どうも冬の事件を思い起こさせる。
城に前触れなく現れたインキュバスと、その魔力。
女性を眠らせ、精気を少しずつ吸い取り集める能力だった。
あれと同時に唯一の男だった勇者は妙に昂ぶってやまなかった事もある。
だがーーーーその杞憂は、すぐに消えた。
何かないか、と思って入った厨房に、サキュバスが起きていたからだ。
サキュバスA「あらら……こんな所で何をしておいでですの?」
勇者「お前こそだ。……何だ、その酒瓶」
サキュバスA「何、と申されても……寝酒としか」
勇者「何だ、お前も眠れないのか?」
サキュバスA「えぇ。お酒もお肌には悪いのでしょうが……眠れぬよりはまし、ですわね」
勇者「……」
サキュバスA「いや。陛下、ご提案がございます」
70 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:06:07.64 ID:iCugq6SKo
勇者「え?」
サキュバスA「今から、出かけて……呑みに参りませんこと?」
勇者「今から……?」
サキュバスA「大丈夫、まだ日を跨いだばかり。それに、少し歩きますし……ね? 娑婆の空気を吸いに行くのも、立派な“治療”ですわよ?」
勇者「しかし」
サキュバスA「……陛下。ここは“淫魔の国”です。淫魔の国で、夜遊びをなさらないなんてそちらの方が不謹慎ですのよ」
勇者「…………」
腹は、減っていた。
外に出たいとも、軽く酒を入れたいとも思っていた。
何も断る理由はないし、いつか堕女神に注意された事もあったがあれはあくまで、“独りで出歩くな”という意味合いの事だ…………と、勇者は認識していた。
結局。
ーーーーーー断る理由は、なかった。
71 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:08:40.63 ID:iCugq6SKo
*****
勇者「すまない、火酒を一本。温野菜と魔界牛のグリル、それとオーク風ソーセージを一皿と……」
サキュバスA「グラスと氷を私の分も追加で。あとは……海老と蛸、海鮮のサラダもありますけれど」
勇者「…………いや、俺はいい。しばらくはいい」
サキュバスA「かしこまりました。まぁ、私は食べますが」
勇者「じゃあ何で訊いたんだ……。とりあえず注文は以上で。請求書は城へ送ってくれ」
給仕「はい。しばらくお待ちくださいね、国王陛下どの?」
勇者「国王陛下はよせよ。今ここにいる俺は、ただの人間だ」
72 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:09:27.79 ID:iCugq6SKo
眠れない日に抜け出してここへ来るうちに、彼女らの上に立つ王だというのに、常連になった。
料理の全てが逸品であり、酒もまた人界では呑んだ事もない美酒ばかりだ。
店主も給仕も、務めるのは年経た“狐”が魔族となった、ふさふさの尾を持つ美女だ。
金色とも白色ともつかない、強いて言えば“きつね色”の髪を束ね、尾を生やしているが本数にばらつきがあった。
彼女らはどちらかといえば、雇用関係よりは師弟関係に近いらしい。
サキュバスA「人間界では……ブラッドソーセージと呼ぶのでしたか?」
勇者「だったかな。俺も食べたことはあっちでは一度しかないかな」
サキュバスA「あら、意外ですわね。注文するからには好物かと」
勇者「というか……食べたいと思っても、その地に長くいられなかったからさ」
サキュバスA「“急き立てられた根無し草”のつらい所ですのね」
73 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:10:46.55 ID:iCugq6SKo
奥のカウンター席に座って店内を見回すと、思っていたより客は少ない。
冬も終わって屋内に籠もりがちだったラミアも出て歩くようになって、様々な種族でいつもはごった返しているのに。
今、店内にいるのは勇者とサキュバスA、いつもの給仕と料理番、サキュバスが二、三人だけだ。
勇者「俺は、世界中を旅したけど……世界をじっくりと味わう事はできなかったんだな」
サキュバスA「世界は“飲み物”ではなく“美食”でしたのに。……ともあれ、今はまず腰を据えて乾杯としましょうか。“元”勇者の人間どの?」
勇者「ああ。……乾杯」
氷の浮かぶ琥珀色の火酒。
それを充たされたグラスにはーーーーある魔法がかかっていた。
ガラスに彫り込まれた細工がひとりでに動き、物語を演じている。
サキュバスAのグラスの中では、山羊角の生えた女が木の下で旅人をかどわかす様が、
まるで生きているかのようになめらかに動いて語られている。
“無声劇のグラス”はまた、場面ごとにその細工の色までも変わる。
情熱的な場面では赤く、たとえば哀しみに沈む場面では青くなると聞く。
しかし、悲劇を演じるグラスは存在しない。
喜劇であったり、淫魔におあつらえの場面であったりはしても、酒に哀しみを背負わせる事は、人間も淫魔も同じく嫌っているに違いない。
74 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:12:07.22 ID:iCugq6SKo
そして、勇者の掲げ持つグラスの中の世界では……どちらかといえば拙いが味のある絵柄で、
姫君をさらった暴竜へ立ち向かう勇敢な少年の冒険物語が演じられていた。
勇者「……効くな、これは」
一口含むだけで、口の中が焼けるようだ。
強烈な酒精と火を吐くような辛さ、しかしその奥深くにあるのは、深遠な甘さ。
どこか潮の香りのするような味わいは、荒波とともに吹く熱い海風を吸い込むような後味を残した。
氷が解けてゆけば丸くはなるし、少しずつ間を置いて飲めば柔らかくなる。
しかしサキュバスAは乾杯直後で半分ほど空けてしまっていた。
サキュバスA「これは……良い酒を仕入れております。私も飲むのは59年ぶりです。
もっとも、最高の出来栄えだったのは2275年前。あれは当たり年でしたわね」
勇者「……気になっていた事がある」
サキュバスA「何でしょう」
勇者「お前は……妙に、数字に細かいな」
75 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:13:29.24 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「そうでしょうか?」
勇者「その……気を悪くするかもしれないけど、数万年生きていると、十年単位の時間なんてどうでもいいのかと思ってたんだ」
サキュバスA「あら、そうでもありませんわよ。どれだけの生があったとしても、今この瞬間の長さは皆同じ。
酒が喉を下りるのも、噛み締めた肉汁がほとばしるのも、一瞬。“時間“はすなわち思い出です。
……それに、誕生日を迎えるのも、一年にたったの一度。つまりは……今日」
勇者「え……って事は」
サキュバスA「ええ。私……今日で、20940歳になりましたのよ」
言って、サキュバスAは霜の降りたような海魚の薄切りと葉野菜をまとめて口に運んだ。
どこか得意げで満ち足りたような表情は……いつもの彼女とは違って、不敵さがない。
76 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:13:55.67 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「……そういう訳ですので、今日の酒代は無料とする訳には」
給仕「いくわけないだろ。二万数回目の誕生日はおめでとうと言ってやるけどさ」
サキュバスA「あら……いけず」
給仕「こっちだって生活があんの。……まぁ、少しぐらいまけてやってもいいよ。八掛けにしてやる」
サキュバスA「それはどうもありがとうございます」
給仕「いいからその分酒でも頼みな、サキュバスさんよ」
サキュバスA「それでは、火酒をもう一本いただきましょうか。もう少しスムーズな口当たりのがあれば、それを。」
給仕「あいよ」
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:14:33.18 ID:iCugq6SKo
もう一度火酒を含むと、解けた氷で薄まって、だいぶ飲みやすく変わっていた。
しかし喉越しは相変わらず焼かれるようで、胃に下りてからも余韻が残る。
グラスの中の世界は、半ばまで減った火酒の琥珀色を背景に、ドラゴンと“勇者”が戦っている場面に変わっていた。
勇者「誕生日、おめでとう。……すまないな、贈れるものもない」
サキュバスA「ふふっ、お構いなく。陛下と共に過ごせるだけで、私には過ぎたる幸せですもの」
相変わらずーーーー彼女は本心が見えない。
勇者「そう言われるとな。……ところで、手洗い場は?」
サキュバスA「お酷い。私の言葉があまりに居心地悪いからといって……」
勇者「違う! 飲めば行きたくもなるだろ。それで、どこだ」
サキュバスA「ありませんわよ」
勇者「……はぁ?」
78 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:15:57.91 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「お手洗いなど、ありません」
勇者「いや、無いはずがない」
サキュバスA「……陛下、サキュバス族がお手洗いに行くはずなんてないでしょう、常識的に考えていただかないと」
勇者「え……、え?」
給仕「……いや、ウソつくなよあんた。陛下、外出て建物を右側に回った離れですからね」
サキュバスA「いきなりボケを潰さなくても良いでしょうに」
給仕「陛下が一瞬本気にしただろ。それで十分じゃないのさ」
サキュバスA「……まさか、本気になさったの?」
ーーーーーー何も、言えなかった。
79 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:17:18.65 ID:iCugq6SKo
手洗いに立つと……ますます酷くなる。
飲んでいても、話していても、治まりがつかず……むしろ、悪化の一途を辿る。
勇者(……! 何だ、これ……いったい、何時間……!?)
血が引かない。
見てみると、いつにも増して硬く、そして大きく太く変わっていた。
勇者(しかも……何だ、これは)
左手に、奇妙なアザが浮き出ていた。
指の骨をたどるように、黒く太い線が五本。
その縁は紫色に輝いて不気味な光を放っているが、痛くも痒くもなく、他の身体の不調も無い。
収まらない勃起と、左手の紋様。
それが関係ない事とはどうも思えなかった。
勇者(まさか……呪いか?)
80 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:17:53.87 ID:iCugq6SKo
勃起のせいでしづらくなっていた排泄を終えて戻ると、サキュバスAが、蕩けた目で迎えた。
サキュバスA「んふっ……。陛下、随分とお時間がかかりましたのね?」
勇者「……大丈夫か?」
サキュバスA「ええ、大丈夫ですわ。……でも……そう、ですわね。陛下の御顔を、もう少し……間近で……」
勇者「どう見ても大丈夫じゃないぞ」
サキュバスA「んふふふ……」
見れば、もう解けてなくなってしまったグラスに直に注いで、原酒のままで傾けていた。
氷を浮かべてさえも喉が焼けるように強い火酒を、直でだ。
81 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:18:51.54 ID:iCugq6SKo
勇者「おい、そんな飲み方するなって!」
サキュバスA「え? ……あぁ……すみません、気がつかず……」
勇者「違うって! 俺のに注げとは言って……やめ、こぼれるこぼれるこぼれる!」
サキュバスA「あらぁ……もったいなぁい……」
勇者「口をつけてすするな!」
サキュバスA「んふっ……美味しい」
勇者「……おい、一体何があったんだ?」
給仕「何でしょうねぇ……。こいつ、そんな弱くないのに……こんな量じゃ酔わないはずですよ」
サキュバスA「ひっどぉい……酔って、まぇんって……」
勇者「酔ってる奴はみんなそう言うんだよ!」
給仕「ベタベタな酔い方ですねぇ。水持ってきます?」
勇者「頼む」
サキュバスA「えぇ……? お水なんて飲んだら、酔いが醒めちゃうじゃないですかぁ……」
勇者「醒めろって言ってんだ!」
82 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:19:32.21 ID:iCugq6SKo
結局、とっぷりと更けた夜の街を、サキュバスAを背負って城へ帰る事になった。
うなじには酒臭く熱い吐息がかかり、しっとりと湿ったこそばゆさが背筋をその度に走る。
勇者「……何でこうなった?」
サキュバスA「んふふ……申し訳ありませぇん、陛下ぁ……」
勇者「まぁ、いいよ。少しかかるぞ。寒くないか?」
サキュバスA「お優しい……陛、下……」
勇者「ちょっと一杯ぐらいのはずだったのに。どうして……」
サキュバスA「……はしゃいで、しまい……ました」
勇者「え?」
サキュバスA「私、が……貴方と、二人きりで……誕生日、祝杯を、挙げられ……て……嬉しかった、のです……か?」
勇者「……俺に訊くなよ」
83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:20:14.28 ID:iCugq6SKo
背中越しにサキュバスAの体温と、必然として当たる感触が伝わる。
酔い潰れてしまった彼女の声はか細く、どこか健気で……普段の掴みどころのなさは形を潜める。
サキュバスA「……陛、下……ぁ……んふっ……」
勇者「っ!」
後頭部に鼻先をうずめられ、そのままくしゃくしゃと飼っている猫にでもするように嗅がれる。
生暖かく熱い吐息の逃げ場がなく、頭皮が湿るのを感じて背中が粟立った。
サキュバスA「……お風呂……入った方が……良い、ですわ……」
勇者「うるさい悪かったな、病み上がりだ。明日入るよ」
サキュバスA「でも……好き……この、匂い……」
勇者「……ああ、そう」
84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:21:20.79 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「……思い出しますわね……。あの日……の……」
勇者「あの日?」
サキュバスA「兵士を……看取った、事が……あって……」
勇者「ちょっと待った……縁起の悪い話じゃないよな」
サキュバスA「……彼、は……まるで、安心して、眠るみたいで……目が覚めたら、何をしようか、っと……考えていた、ような……っ」
勇者「サキュバスA?」
サキュバスA「っ……ぅ…っふう……んっ……」
勇者「大丈夫か?」
サキュバスA「ん、くっ……うぅぅぅ……」
勇者「…………いいさ、拭け」
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:22:38.60 ID:iCugq6SKo
服の背中が、押し付けられたサキュバスAの顔を通して湿っていくのを感じた。
小刻みに震え、その中にしゃくりあげるような波も混じっていた。
密着した背中からは心臓の鼓動も伝わる。
サキュバスA「陛下……ごめ、なさい……う、うぅっ……もう……」
勇者「……サキュバスA?」
サキュバスA「もう、耐え……られ……」
それはもう嗚咽ではなくなっていた。
もう……間合いに入ってしまっていたと気付き、勇者の顔は青ざめた。
勇者「耐え……? おい、耐えられないって……まさか!」
サキュバスA「んぐっ……うぷっ……」
勇者「待て! 待てコラ! 今下ろすから!」
サキュバスA「…………おえっ」
勇者「待っ」
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:23:28.91 ID:iCugq6SKo
本日分投下終了です
もう少しアレシーンはお預けだ、悪いな
それではまた明日
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 01:25:52.59 ID:0bf6nYqu0
乙
泥酔サキュAたそ~
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 01:51:50.19 ID:dmFKWzWG0
乙
もうってことはそういうことだよね
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:03:21.03 ID:nm/U2IPy0
乙
食べ物ほんと美味そうに書くよね
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:09:27.15 ID:cAA0Tnbuo
兵士の話と繋がってて面白い
乙
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:19:05.24 ID:MhYOO0Hso
乙
ああもう、酒飲みたくなったじゃないか
*****
そして、変化がまた起きたのは二日後のことだ。
勇者(……眠れない)
大事を取って休まされていた晩になる。
妙に明るい満月の夜で、そのせいなのか妙に体がざわついて眠れない。
似たような事は過去にあっても、こんな胸騒ぎまでは無かった。
それにーーーー
勇者「くそっ、またか!」
ズキズキと痛むような、酷い昂ぶりが襲った。
二度めになれば慣れはしても、無視はできない。
かれこれ二時間もの間、鎮まる気配がない。
寝ようとしても、寝つけないまま、落ち着かないまま、ただ時だけが過ぎる。
勇者(……仕方ないな、少し……歩いてこよう)
69 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:05:14.35 ID:iCugq6SKo
もう、歩いても支障はない。
この城内の沈黙と性欲の昂ぶりは、どうも冬の事件を思い起こさせる。
城に前触れなく現れたインキュバスと、その魔力。
女性を眠らせ、精気を少しずつ吸い取り集める能力だった。
あれと同時に唯一の男だった勇者は妙に昂ぶってやまなかった事もある。
だがーーーーその杞憂は、すぐに消えた。
何かないか、と思って入った厨房に、サキュバスが起きていたからだ。
サキュバスA「あらら……こんな所で何をしておいでですの?」
勇者「お前こそだ。……何だ、その酒瓶」
サキュバスA「何、と申されても……寝酒としか」
勇者「何だ、お前も眠れないのか?」
サキュバスA「えぇ。お酒もお肌には悪いのでしょうが……眠れぬよりはまし、ですわね」
勇者「……」
サキュバスA「いや。陛下、ご提案がございます」
70 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:06:07.64 ID:iCugq6SKo
勇者「え?」
サキュバスA「今から、出かけて……呑みに参りませんこと?」
勇者「今から……?」
サキュバスA「大丈夫、まだ日を跨いだばかり。それに、少し歩きますし……ね? 娑婆の空気を吸いに行くのも、立派な“治療”ですわよ?」
勇者「しかし」
サキュバスA「……陛下。ここは“淫魔の国”です。淫魔の国で、夜遊びをなさらないなんてそちらの方が不謹慎ですのよ」
勇者「…………」
腹は、減っていた。
外に出たいとも、軽く酒を入れたいとも思っていた。
何も断る理由はないし、いつか堕女神に注意された事もあったがあれはあくまで、“独りで出歩くな”という意味合いの事だ…………と、勇者は認識していた。
結局。
ーーーーーー断る理由は、なかった。
71 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:08:40.63 ID:iCugq6SKo
*****
勇者「すまない、火酒を一本。温野菜と魔界牛のグリル、それとオーク風ソーセージを一皿と……」
サキュバスA「グラスと氷を私の分も追加で。あとは……海老と蛸、海鮮のサラダもありますけれど」
勇者「…………いや、俺はいい。しばらくはいい」
サキュバスA「かしこまりました。まぁ、私は食べますが」
勇者「じゃあ何で訊いたんだ……。とりあえず注文は以上で。請求書は城へ送ってくれ」
給仕「はい。しばらくお待ちくださいね、国王陛下どの?」
勇者「国王陛下はよせよ。今ここにいる俺は、ただの人間だ」
72 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:09:27.79 ID:iCugq6SKo
眠れない日に抜け出してここへ来るうちに、彼女らの上に立つ王だというのに、常連になった。
料理の全てが逸品であり、酒もまた人界では呑んだ事もない美酒ばかりだ。
店主も給仕も、務めるのは年経た“狐”が魔族となった、ふさふさの尾を持つ美女だ。
金色とも白色ともつかない、強いて言えば“きつね色”の髪を束ね、尾を生やしているが本数にばらつきがあった。
彼女らはどちらかといえば、雇用関係よりは師弟関係に近いらしい。
サキュバスA「人間界では……ブラッドソーセージと呼ぶのでしたか?」
勇者「だったかな。俺も食べたことはあっちでは一度しかないかな」
サキュバスA「あら、意外ですわね。注文するからには好物かと」
勇者「というか……食べたいと思っても、その地に長くいられなかったからさ」
サキュバスA「“急き立てられた根無し草”のつらい所ですのね」
奥のカウンター席に座って店内を見回すと、思っていたより客は少ない。
冬も終わって屋内に籠もりがちだったラミアも出て歩くようになって、様々な種族でいつもはごった返しているのに。
今、店内にいるのは勇者とサキュバスA、いつもの給仕と料理番、サキュバスが二、三人だけだ。
勇者「俺は、世界中を旅したけど……世界をじっくりと味わう事はできなかったんだな」
サキュバスA「世界は“飲み物”ではなく“美食”でしたのに。……ともあれ、今はまず腰を据えて乾杯としましょうか。“元”勇者の人間どの?」
勇者「ああ。……乾杯」
氷の浮かぶ琥珀色の火酒。
それを充たされたグラスにはーーーーある魔法がかかっていた。
ガラスに彫り込まれた細工がひとりでに動き、物語を演じている。
サキュバスAのグラスの中では、山羊角の生えた女が木の下で旅人をかどわかす様が、
まるで生きているかのようになめらかに動いて語られている。
“無声劇のグラス”はまた、場面ごとにその細工の色までも変わる。
情熱的な場面では赤く、たとえば哀しみに沈む場面では青くなると聞く。
しかし、悲劇を演じるグラスは存在しない。
喜劇であったり、淫魔におあつらえの場面であったりはしても、酒に哀しみを背負わせる事は、人間も淫魔も同じく嫌っているに違いない。
74 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:12:07.22 ID:iCugq6SKo
そして、勇者の掲げ持つグラスの中の世界では……どちらかといえば拙いが味のある絵柄で、
姫君をさらった暴竜へ立ち向かう勇敢な少年の冒険物語が演じられていた。
勇者「……効くな、これは」
一口含むだけで、口の中が焼けるようだ。
強烈な酒精と火を吐くような辛さ、しかしその奥深くにあるのは、深遠な甘さ。
どこか潮の香りのするような味わいは、荒波とともに吹く熱い海風を吸い込むような後味を残した。
氷が解けてゆけば丸くはなるし、少しずつ間を置いて飲めば柔らかくなる。
しかしサキュバスAは乾杯直後で半分ほど空けてしまっていた。
サキュバスA「これは……良い酒を仕入れております。私も飲むのは59年ぶりです。
もっとも、最高の出来栄えだったのは2275年前。あれは当たり年でしたわね」
勇者「……気になっていた事がある」
サキュバスA「何でしょう」
勇者「お前は……妙に、数字に細かいな」
75 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:13:29.24 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「そうでしょうか?」
勇者「その……気を悪くするかもしれないけど、数万年生きていると、十年単位の時間なんてどうでもいいのかと思ってたんだ」
サキュバスA「あら、そうでもありませんわよ。どれだけの生があったとしても、今この瞬間の長さは皆同じ。
酒が喉を下りるのも、噛み締めた肉汁がほとばしるのも、一瞬。“時間“はすなわち思い出です。
……それに、誕生日を迎えるのも、一年にたったの一度。つまりは……今日」
勇者「え……って事は」
サキュバスA「ええ。私……今日で、20940歳になりましたのよ」
言って、サキュバスAは霜の降りたような海魚の薄切りと葉野菜をまとめて口に運んだ。
どこか得意げで満ち足りたような表情は……いつもの彼女とは違って、不敵さがない。
76 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:13:55.67 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「……そういう訳ですので、今日の酒代は無料とする訳には」
給仕「いくわけないだろ。二万数回目の誕生日はおめでとうと言ってやるけどさ」
サキュバスA「あら……いけず」
給仕「こっちだって生活があんの。……まぁ、少しぐらいまけてやってもいいよ。八掛けにしてやる」
サキュバスA「それはどうもありがとうございます」
給仕「いいからその分酒でも頼みな、サキュバスさんよ」
サキュバスA「それでは、火酒をもう一本いただきましょうか。もう少しスムーズな口当たりのがあれば、それを。」
給仕「あいよ」
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:14:33.18 ID:iCugq6SKo
もう一度火酒を含むと、解けた氷で薄まって、だいぶ飲みやすく変わっていた。
しかし喉越しは相変わらず焼かれるようで、胃に下りてからも余韻が残る。
グラスの中の世界は、半ばまで減った火酒の琥珀色を背景に、ドラゴンと“勇者”が戦っている場面に変わっていた。
勇者「誕生日、おめでとう。……すまないな、贈れるものもない」
サキュバスA「ふふっ、お構いなく。陛下と共に過ごせるだけで、私には過ぎたる幸せですもの」
相変わらずーーーー彼女は本心が見えない。
勇者「そう言われるとな。……ところで、手洗い場は?」
サキュバスA「お酷い。私の言葉があまりに居心地悪いからといって……」
勇者「違う! 飲めば行きたくもなるだろ。それで、どこだ」
サキュバスA「ありませんわよ」
勇者「……はぁ?」
78 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:15:57.91 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「お手洗いなど、ありません」
勇者「いや、無いはずがない」
サキュバスA「……陛下、サキュバス族がお手洗いに行くはずなんてないでしょう、常識的に考えていただかないと」
勇者「え……、え?」
給仕「……いや、ウソつくなよあんた。陛下、外出て建物を右側に回った離れですからね」
サキュバスA「いきなりボケを潰さなくても良いでしょうに」
給仕「陛下が一瞬本気にしただろ。それで十分じゃないのさ」
サキュバスA「……まさか、本気になさったの?」
ーーーーーー何も、言えなかった。
79 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:17:18.65 ID:iCugq6SKo
手洗いに立つと……ますます酷くなる。
飲んでいても、話していても、治まりがつかず……むしろ、悪化の一途を辿る。
勇者(……! 何だ、これ……いったい、何時間……!?)
血が引かない。
見てみると、いつにも増して硬く、そして大きく太く変わっていた。
勇者(しかも……何だ、これは)
左手に、奇妙なアザが浮き出ていた。
指の骨をたどるように、黒く太い線が五本。
その縁は紫色に輝いて不気味な光を放っているが、痛くも痒くもなく、他の身体の不調も無い。
収まらない勃起と、左手の紋様。
それが関係ない事とはどうも思えなかった。
勇者(まさか……呪いか?)
80 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:17:53.87 ID:iCugq6SKo
勃起のせいでしづらくなっていた排泄を終えて戻ると、サキュバスAが、蕩けた目で迎えた。
サキュバスA「んふっ……。陛下、随分とお時間がかかりましたのね?」
勇者「……大丈夫か?」
サキュバスA「ええ、大丈夫ですわ。……でも……そう、ですわね。陛下の御顔を、もう少し……間近で……」
勇者「どう見ても大丈夫じゃないぞ」
サキュバスA「んふふふ……」
見れば、もう解けてなくなってしまったグラスに直に注いで、原酒のままで傾けていた。
氷を浮かべてさえも喉が焼けるように強い火酒を、直でだ。
81 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:18:51.54 ID:iCugq6SKo
勇者「おい、そんな飲み方するなって!」
サキュバスA「え? ……あぁ……すみません、気がつかず……」
勇者「違うって! 俺のに注げとは言って……やめ、こぼれるこぼれるこぼれる!」
サキュバスA「あらぁ……もったいなぁい……」
勇者「口をつけてすするな!」
サキュバスA「んふっ……美味しい」
勇者「……おい、一体何があったんだ?」
給仕「何でしょうねぇ……。こいつ、そんな弱くないのに……こんな量じゃ酔わないはずですよ」
サキュバスA「ひっどぉい……酔って、まぇんって……」
勇者「酔ってる奴はみんなそう言うんだよ!」
給仕「ベタベタな酔い方ですねぇ。水持ってきます?」
勇者「頼む」
サキュバスA「えぇ……? お水なんて飲んだら、酔いが醒めちゃうじゃないですかぁ……」
勇者「醒めろって言ってんだ!」
82 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:19:32.21 ID:iCugq6SKo
結局、とっぷりと更けた夜の街を、サキュバスAを背負って城へ帰る事になった。
うなじには酒臭く熱い吐息がかかり、しっとりと湿ったこそばゆさが背筋をその度に走る。
勇者「……何でこうなった?」
サキュバスA「んふふ……申し訳ありませぇん、陛下ぁ……」
勇者「まぁ、いいよ。少しかかるぞ。寒くないか?」
サキュバスA「お優しい……陛、下……」
勇者「ちょっと一杯ぐらいのはずだったのに。どうして……」
サキュバスA「……はしゃいで、しまい……ました」
勇者「え?」
サキュバスA「私、が……貴方と、二人きりで……誕生日、祝杯を、挙げられ……て……嬉しかった、のです……か?」
勇者「……俺に訊くなよ」
83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:20:14.28 ID:iCugq6SKo
背中越しにサキュバスAの体温と、必然として当たる感触が伝わる。
酔い潰れてしまった彼女の声はか細く、どこか健気で……普段の掴みどころのなさは形を潜める。
サキュバスA「……陛、下……ぁ……んふっ……」
勇者「っ!」
後頭部に鼻先をうずめられ、そのままくしゃくしゃと飼っている猫にでもするように嗅がれる。
生暖かく熱い吐息の逃げ場がなく、頭皮が湿るのを感じて背中が粟立った。
サキュバスA「……お風呂……入った方が……良い、ですわ……」
勇者「うるさい悪かったな、病み上がりだ。明日入るよ」
サキュバスA「でも……好き……この、匂い……」
勇者「……ああ、そう」
84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:21:20.79 ID:iCugq6SKo
サキュバスA「……思い出しますわね……。あの日……の……」
勇者「あの日?」
サキュバスA「兵士を……看取った、事が……あって……」
勇者「ちょっと待った……縁起の悪い話じゃないよな」
サキュバスA「……彼、は……まるで、安心して、眠るみたいで……目が覚めたら、何をしようか、っと……考えていた、ような……っ」
勇者「サキュバスA?」
サキュバスA「っ……ぅ…っふう……んっ……」
勇者「大丈夫か?」
サキュバスA「ん、くっ……うぅぅぅ……」
勇者「…………いいさ、拭け」
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:22:38.60 ID:iCugq6SKo
服の背中が、押し付けられたサキュバスAの顔を通して湿っていくのを感じた。
小刻みに震え、その中にしゃくりあげるような波も混じっていた。
密着した背中からは心臓の鼓動も伝わる。
サキュバスA「陛下……ごめ、なさい……う、うぅっ……もう……」
勇者「……サキュバスA?」
サキュバスA「もう、耐え……られ……」
それはもう嗚咽ではなくなっていた。
もう……間合いに入ってしまっていたと気付き、勇者の顔は青ざめた。
勇者「耐え……? おい、耐えられないって……まさか!」
サキュバスA「んぐっ……うぷっ……」
勇者「待て! 待てコラ! 今下ろすから!」
サキュバスA「…………おえっ」
勇者「待っ」
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2017/01/25(水) 01:23:28.91 ID:iCugq6SKo
本日分投下終了です
もう少しアレシーンはお預けだ、悪いな
それではまた明日
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 01:25:52.59 ID:0bf6nYqu0
乙
泥酔サキュAたそ~
乙
もうってことはそういうことだよね
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:03:21.03 ID:nm/U2IPy0
乙
食べ物ほんと美味そうに書くよね
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:09:27.15 ID:cAA0Tnbuo
兵士の話と繋がってて面白い
乙
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/25(水) 02:19:05.24 ID:MhYOO0Hso
乙
ああもう、酒飲みたくなったじゃないか
ショートストーリーの人気記事
神様「神様だっ!」 神使「神力ゼロですが・・・」
神様の秘密とは?神様が叶えたかったこととは?笑いあり、涙ありの神ss。日常系アニメが好きな方におすすめ!
→記事を読む
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
→記事を読む
キモオタ「我輩がおとぎ話の世界に行くですとwww」ティンカーベル「そう」
→記事を読む
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
→記事を読む
男「少し不思議な話をしようか」女「いいよ」
→記事を読む
同僚女「おーい、おとこ。起きろ、起きろー」
→記事を読む
妹「マニュアルで恋します!」
→記事を読む
きのこの山「最後通牒だと……?」たけのこの里「……」
→記事を読む
月「で……であ…でぁー…TH…であのて……?」
→記事を読む
彡(゚)(゚)「お、居酒屋やんけ。入ったろ」
→記事を読む