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勇者「真夏の昼の淫魔の国」

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Part6
197 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:38:12.94 ID:HGtF718Xo
見上げても、そこにあるはずの、あってほしい『赤』はない。
「で、試しに他の果物だの野菜だの植えてみれば、呆気なく実がなった。井戸掘れば水は出るし、いい場所なんだよ、マジ」
それでも、リンゴだけは育たない。
「こうなりゃ、ヤケよ。実がなるまでここにいよう、ってそう決めた。……腹減ったろ?メシにしよ。ちゃんと手ェ洗ってから来いよ、ボク?」
幹につけていた手から、弾かれるように離れてさっさと早足で彼女は家に入る。
一人残され、佇んだままその木を眺めてみた。
他の木には、赤や桃色、橙色に紫。
美味しそうな実が結ばれているのに、一本だけは、樹皮の茶色と葉の緑しかない。
未熟の果実さえなく、実を結んだ形跡も、実を結ぶ前触れもない。
興味は尽きないが、ともかく今は、腹ごしらえがしたい。
踵を返して井戸に近づき、縄を引いて釣瓶を揚げると、重い手応えがある。
軋んだ滑車の立てる音は、妙に懐かしい。
上がってきた桶には澄んだ地下水が湛えられ、桶の底まで見通せた。
熱を持った身体を冷やすように、その水をかぶるように浴びた。
とても。
とても――――気持ちがよかった。

198 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:40:00.09 ID:HGtF718Xo
昼食は、少し変わったサンドイッチだった。
二枚のライ麦のパンの間に、細切りのキャベツをたっぷりと、輪切りのトマト、衣をつけて揚げた鶏肉、ねっとりとした白いソースを挟んでいた。
そして、付け合わせは無い。
「お前、誰が水浴びしろっつったよ!? 床がビッタビタじゃねーか!」
「すまない、暑くて……つい」
「ったく。んじゃ、コイツぁ要らねーな?」
にやにやした笑いを浮かべて、片手で二本の瓶の首を持ち、テーブルの上でブラブラと揺らした。
ラベルの張られた片手サイズの飴色の瓶は、たっぷりと汗をかいていた。
「そ、それは……!」
「地下で冷やしてたんだよ。このエールは美味ェぞ?」
どかりと椅子に腰掛けた彼女は、生意気にウィンクをしてから、テーブルの中央にその二本の瓶を置いた。
「……分かったよ、分かったから捨てられたイヌみたいな目ェすんなよ。ほら、飲め」
「え……」
無意識に縋るような目をしていたらしく、サキュバスCの方から、差し出してくれた。
もう既に栓は空けてあり、瓶の口から氷の吐息のような白煙が上っている。
手に取ると、張り付きそうなほど冷たい。
しばし、その冷たさを楽しむと――――無言で乾杯してから、口をつけ、傾ける。

199 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:09.33 ID:HGtF718Xo
雪解けを迎えた春の川のように、『それ』は喉に滑り込んできた。
霜の塊のように冷たく、トゲトゲしいまでの強い炭酸が、苦味とともに喉を刺す。
ホップの香りが喉から鼻へ抜け、同時に魂までも持って行かれそうな清涼感が突き抜けた。
喉が脈動するように、ごくごくと鳴るのが分かる。
止まらない。
自分の意思では、もはや止められない。
――――――中身が空っぽになって、ようやく、瓶を口から離す事ができた。
「ぶ、はっ……!」
「おいおい、もう全部飲んだのかよ。さっさと回っちまうぞ、オイ。……食えって」
爽快な後味と冷たさの残る口内へ、続けて、たくさんの具を挟んだパンを頬張る。
硬くて麦の香りの強いパン、ザックリとした歯ごたえのキャベツ、瑞々しいトマト、脂っ気の多いチキン、
それらをまとめあげる、なめらかな舌触りの、酸味の強いどろっとしたソース。
彼女の振舞ってくれる料理は、どれも大雑把で――――強烈な満足感を与えてくれるものばかりだ。
あっという間に平らげて、勢い余って指にまで食いついてしまいかけた。
その時、笑い声が聴こえた。
「はははっ……! そんなに飢えさせた覚えはねーぞ?」
「くっ……! し、仕方ないじゃないか。こういうものを食べるのは久しぶりなんだ」
「あぁ? どんな意味だ」
「……いや、何でもない」
「お前、ゴマかしやがっ…………っつっ」

200 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:50.38 ID:HGtF718Xo
彼女は不意に押し黙り、苦悶に顔を歪めた。
とっさに伸びたのか、右手がテーブルの下へ隠れた。
「どうした? どこか、痛いのか?」
「……んでも、ねぇよっ」
唇が吊り上り、そこから、食いしばった歯列が見えた。
そうとうきつく噛み締めているようで、ぎぎっ、という歯ぎしりの音が、二人きりの食卓に響き渡った。
「…………何、で……!」
「え?」
「……何でもねぇよ、不景気なツラ見せんじゃねェ、人間が」
それきり、追及も心配も許さない空気が流れてしまう。
こうなってしまうと、もう問いかけても答えは返ってこないだろう。
「……ごめんな、八つ当たりしちまった。少し休んでるわ。アタシの分も食っていいよ」
言うと彼女は立ち上がり、脚甲に包まれた右足を引きずり、さすりながら寝室へ向かった。
勧めてくれたエール酒も、半分と減ってはいない。
残された、彼女の分のサンドイッチに手を伸ばしても――――自分の分を食べた時ほど、美味しさは感じない。
むしろ彼女の事が気がかりで、味などわかりもしなかった。
一人きりになった食卓の間で思い出すのは、バランスを取るようによく動く尻尾と、根元から毟り取られたような、左背の翼の痕跡。
あの歩き方はさながら人間界の都で見た、傷痍兵のそれに似ていた。
――――――外さないのか。
そんな、至極真っ当な疑問が降って湧いた。

201 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:43:43.13 ID:HGtF718Xo
その夜。
ほのかにやきもきして、眠れない時を、納屋で過ごしていた。
寝藁を敷いてその上にシーツをかぶせただけの、夜露をしのげるだけの簡素な寝床は、そう悪くはない。
草の香り、退屈しのぎに研いだ農具の金気は落ち着きをくれて、
板の隙間から透き通る夜風は涼しく、かといって冷たくは無くて心地よい。
念の為に毛布を一枚借りておいたので、凍える事はないだろう。
「……何も起こらない、のか?」
昼食から二時間もすれば、彼女は調子が戻ったのか、再び外に出て野良仕事を始めた。
彼女の容姿は、鑑みると、全てのパーツが噛み合っていない。
悪辣な笑みを浮かべるクセがあっても、黙っていればどこか儚げな美人に見える。
荒れているが指は長く、聖人を写した絵画のように優しい。
何より、美しさに反して化け鳥のような黄金色の脚甲は、異様だ。
不釣り合いなほど大きくて、農作業をするのにどう考えても邪魔なはずなのに、それを外そうとはしない。
そして、結局――――今日一日は、何も起こらずに終わった。
夕方までのほんの少しの時間、付近を歩き回ってみても、おかしな事は何も起こらなかった。
お決まりの遺跡や洞窟といった『いやなもの』も見当たらず、この家がぽつりとあるだけだ。


202 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:44:35.27 ID:HGtF718Xo
――――ナイトメアは、どうなった?
――――見つからなかったという事は、怯えてどこかへ逃げていってしまったのか?
――――それとも。
最悪の想像が、心をさらに煙らせる。
眠る前に特有の暗さが押し寄せて、どうしても良い方向に頭が回らない。
こういう時は――――さっさと眠ってしまうに限る。
幸いにして、久しぶりの『公務』ではなく『仕事』のおかげで、体は良い具合に疲れている。
目を閉じて、ごわごわとした寝床に身を横たえ、毛布を引っかぶる。
それだけで、溶けるように眠りへ飛びこめた。
――――――板の隙間から飛び込む風が冷たさを増した頃、納屋の戸が開く気配がした。
小さな、やけに軽い足音が近づいてきた。
あの重い金属音を伴っていないのだから、サキュバスCではない。
「誰だ?」
寝藁の枕元、シーツの下に隠した剣を探り当てる。
鯉口は切ってあるため、一動作で片手だけで抜き打ちできる。
納屋の暗さの為に、相手は視認できない。
姿どころかおおよその背丈さえ分からないが、せめて声か吐息でも聴こえれば斬り付けられる。
そう、確信していたが。

203 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:45:41.79 ID:HGtF718Xo
「……う、ぅ……!」
ようやく聴こえたのは、苦しげな喘鳴と、床に手を突くかすかな音だった。
その声はか細くて、隙間風に掻き消されてしまいそうだ。
「……今から灯りをつける。俺に危害を加える気が無いなら動かないでくれ」
利き手を藁の中の剣から離さず、左手で、あらかじめ置いていたランプを探って、灯芯に火を入れる。
ぼんやりとした光が狭い納屋を照らし、そこで、ようやく侵入者の姿が明らかになった。
「……誰…………いや……『何』だ?」
照らし出された『それ』の姿を見て、思わず息を呑む。
サキュバスCどころか、姿は『サキュバス』のそれではなく人間に近い。
いたのは、幽霊のように白い肌をした、白金色の髪の少女だった。
全身に生傷が刻まれており、痛々しい血の痕も乾ききっていない。
一糸まとわないままのその少女は足元に手をついて、肩で息をついていた。
「その傷は……?」
問いかけるも、答えは返ってこない。
なのに、『それ』はきちんと話を聞いている、という妙な確信が生まれた。

204 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:46:44.41 ID:HGtF718Xo
「な……、て……」
たどたどしい発音で、ようやく喘ぎでは無い声が聴こえた。
だがしかし、風が吹き込む音よりも小さく、全てを拾う事はできなかった。
「何? 聴こえ……な!?」
彼女は四つん這いのまま、毛布の中に潜り込んできた。
もぞもぞと蠢く塊の行き場は、――――下肢の付け根、だった。
「お、お前……! 何を!」
毛布の中で、呆気なく、するりと下が脱がされた。
間髪入れずに、自身の先端に吸い付かれる感触を覚えて、思わず、剣に伸ばしていた右手を引っ込めてしまった。
(……! こいつも、淫魔、なのか……!?)
たどたどしくて不慣れな口淫は、それゆえ逆に、予測のつかない快感をもたらした。
大きく開いているであろう唇は、未だ勃起していない先端ですら、咥え込めないようだ。
鈴口を小魚にでもついばまれているようなくすぐったさは、初めてで――――すぐに、『自身』が反応を示してしまった。
「んっ……お、っきぃ……な」
毛布の中でくぐもった、たどたどしい片言が聴こえた。

205 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:48:00.84 ID:HGtF718Xo
何らかの怪我のせいで、という様子ではない。
科白そのものは、はっきりと聴こえた。
「っ……いい加減に、しないか! おい!」
下半身にすがりつく彼女の姿を見てやろうとして、毛布を剥ぎ取る。
そこには、情けないほど素直に屹立した自身を妖しく見つめる、白金髪の裸身の少女がいた。
こちらには目をくれず、目の前のそれが『本体』であるかのように、目を爛々と輝かせている。
指さえ入らなそうなほど小さな鼻孔をひくつかせて、モノの匂いを嗅いでは、恍惚したように息を荒げている。
「……おぼえ、て……ない?」
「はっ……?」
厚ぼったい前髪で眼を隠したまま、少女は拗ねたように言った。
「私に、またがった。……はげし、かったのに」
「え?」
「……あなたの、せいで。怪我……した。だから、なおして……ほしい」
「…………済まないが、何の……」

206 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:49:15.13 ID:HGtF718Xo
むっとした様子で、少女は小さな口を精一杯に開いて、再び肉槍の穂先を咥え込んだ。
そのまま舌先が動いて、裏側の筋を、愛でるように何度もくすぐる。
「おっ……い……! 何、なんだ……お前は……!」
抗えない。
精気を吸い取られている感じはしない。
本当に、むしゃぶりつかれているだけなのに――――サキュバスBに比べて拙い舌なのに、
それでも抵抗はできず、逃げられない。
何故なら、……逃れようにも、しかと押さえつけられていたからだ。
(離……! 何、て……力だっ!)
太ももを掴まれ、逃れる事はおろか、もがく事さえできない。
食い込む指から感じる痛みは、握力より、むしろ――――『重さ』に由来するものだと感じた。
目方に従えば自分の半分ほどの体重しかなさそうに見える。
だが、この少女はこちらの――――『勇者』だった事もある自分を、捉えて離さぬ力と重みがある。
『淫魔』に常識が通用しない事に、今さら驚きなどない。
だが、そもそもこの少女は『淫魔』なのかさえ、分からない。
角も尾もなく、魔力の気配も感じない。
外見は、本当にただの裸身の少女なのだ。

207 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:51:24.82 ID:HGtF718Xo
「っ……あなたのは、とても大きい。……私の口には納まりきらない。小さくして」
「できるか! っ……それに……お前は」
「なに」
「その……重い。太ももから下の感覚が無くなりかけてるぞ」
率直に口にした直後、亀頭に痛みが走り、思わず腰が引けた。
「いっ……でっ!」
「……重くない。ふつう」
「噛むヤツが……あるかっ……!」
「あなたがひどい事を言った。恩知らず。キライ。はやく出して」
「恩? …………本当に、誰なんだ?」
聞けば聞くほど。
見れば見るほど――――見覚えも、声に聴き覚えもない。
「……誰でもいい。もう誰でもいい。早く出し、なさい」
再び、ぱくりと咥え込まれ。
そこから先は――――意識が、白い閃光の中に飲み込まれてしまった。

208 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:52:19.53 ID:HGtF718Xo
そのまま眠ってしまったのか、翌朝。
下肢の涼しさに目が覚め、見上げた天井には木の梁がある。
昨夜、夢か現かに起こった事をすぐさま思い出した。
「……あれは、誰だったんだ?」
もしも夢だと言うのなら、確実に会った事があるはずだ。
見ても経験してもいない事など、夢に出てくるはずもない。
――――と、普通では考える。
だが、この国は『夜の魔族の国』だ。
他者の夢を書き換え、その中に入り込む事など、朝飯前に過ぎない。
なので最初、それを疑ったが――――この界隈には、サキュバスCがたった一人で暮らしている。
ふと、納屋の中に大きな気配と息遣いを感じる。
そこには――――――
「俺の馬!?」
狭い納屋の中に、脚を折り畳むようにして、はぐれてしまった『彼女』が寝そべっていた。
「まさか、まさか……お前かっ!?」
たてがみの色は、あの少女と同じだ。
ほのかに赤い眼の色も、また同様。
白い皮膚に刻まれたいくつかの傷は、塞がってこそいても、痕は消えていない。
特徴だけを見れば――――全てが重なり合ってしまった。
昨晩の夢現に現れた、『白金髪の少女』と。

209 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:54:43.61 ID:HGtF718Xo
「ともかく、無事、だったんだな。良かった……本当に、良かった」
起き上がり、首を撫でてやると、ナイトメアは心地よさそうに目を閉じた。
あれが夢だったのか、それとも少女の姿に変身する事ができた故の、現実なのかも分からない。
ただ、確実なのは――――無事だった。
その事が、ただただ嬉しい。
「ういーっす。起きてっか? 朝メシ食わせてやっから、とっとと来……い……?」
大あくびとともに納屋の扉を開けて入ってきたサキュバスCに気付き、顔を向ける。
すると、彼女は凍りついたように棒立ちしている。
「どうした? 一体、何が……」
「ま、前……! し、しまえよテメェ! 朝っぱらからなんつーもん見せんだ!」
「え? あ、あぁぁぁっ!?」
馬と再会できた事、昨夜の不可思議に囚われたままだった頭が、ようやく理解した。
自分は今――――下だけを脱いだ、あられもない姿を晒してしまっている事に。
サキュバスCは大袈裟に顔を背け、上腕で目を覆っていた。
慌てて足首に引っかけていたズボンを上げると、まるで嘲笑うように、ナイトメアが嘶いた。

210 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:57:13.04 ID:HGtF718Xo
今日の分投下終了
多分、明日は投下できないかもしれない
出先で色々しなきゃならなくて、ちょっと文体がメロメロすぎて直しに手間がかかりそうなので……
それでは、おやすみなさい

211 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 02:58:39.47 ID:2yQbBeMV0
乙です。
いつもいいところで切りやがってw

212 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 03:08:29.23 ID:DF8RJmM50
乙です!
まさかのナイトメアたんでした
次が待ち遠しいぜ

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