勇者「真夏の昼の淫魔の国」
Part6
197 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:38:12.94 ID:HGtF718Xo
見上げても、そこにあるはずの、あってほしい『赤』はない。
「で、試しに他の果物だの野菜だの植えてみれば、呆気なく実がなった。井戸掘れば水は出るし、いい場所なんだよ、マジ」
それでも、リンゴだけは育たない。
「こうなりゃ、ヤケよ。実がなるまでここにいよう、ってそう決めた。……腹減ったろ?メシにしよ。ちゃんと手ェ洗ってから来いよ、ボク?」
幹につけていた手から、弾かれるように離れてさっさと早足で彼女は家に入る。
一人残され、佇んだままその木を眺めてみた。
他の木には、赤や桃色、橙色に紫。
美味しそうな実が結ばれているのに、一本だけは、樹皮の茶色と葉の緑しかない。
未熟の果実さえなく、実を結んだ形跡も、実を結ぶ前触れもない。
興味は尽きないが、ともかく今は、腹ごしらえがしたい。
踵を返して井戸に近づき、縄を引いて釣瓶を揚げると、重い手応えがある。
軋んだ滑車の立てる音は、妙に懐かしい。
上がってきた桶には澄んだ地下水が湛えられ、桶の底まで見通せた。
熱を持った身体を冷やすように、その水をかぶるように浴びた。
とても。
とても――――気持ちがよかった。
198 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:40:00.09 ID:HGtF718Xo
昼食は、少し変わったサンドイッチだった。
二枚のライ麦のパンの間に、細切りのキャベツをたっぷりと、輪切りのトマト、衣をつけて揚げた鶏肉、ねっとりとした白いソースを挟んでいた。
そして、付け合わせは無い。
「お前、誰が水浴びしろっつったよ!? 床がビッタビタじゃねーか!」
「すまない、暑くて……つい」
「ったく。んじゃ、コイツぁ要らねーな?」
にやにやした笑いを浮かべて、片手で二本の瓶の首を持ち、テーブルの上でブラブラと揺らした。
ラベルの張られた片手サイズの飴色の瓶は、たっぷりと汗をかいていた。
「そ、それは……!」
「地下で冷やしてたんだよ。このエールは美味ェぞ?」
どかりと椅子に腰掛けた彼女は、生意気にウィンクをしてから、テーブルの中央にその二本の瓶を置いた。
「……分かったよ、分かったから捨てられたイヌみたいな目ェすんなよ。ほら、飲め」
「え……」
無意識に縋るような目をしていたらしく、サキュバスCの方から、差し出してくれた。
もう既に栓は空けてあり、瓶の口から氷の吐息のような白煙が上っている。
手に取ると、張り付きそうなほど冷たい。
しばし、その冷たさを楽しむと――――無言で乾杯してから、口をつけ、傾ける。
199 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:09.33 ID:HGtF718Xo
雪解けを迎えた春の川のように、『それ』は喉に滑り込んできた。
霜の塊のように冷たく、トゲトゲしいまでの強い炭酸が、苦味とともに喉を刺す。
ホップの香りが喉から鼻へ抜け、同時に魂までも持って行かれそうな清涼感が突き抜けた。
喉が脈動するように、ごくごくと鳴るのが分かる。
止まらない。
自分の意思では、もはや止められない。
――――――中身が空っぽになって、ようやく、瓶を口から離す事ができた。
「ぶ、はっ……!」
「おいおい、もう全部飲んだのかよ。さっさと回っちまうぞ、オイ。……食えって」
爽快な後味と冷たさの残る口内へ、続けて、たくさんの具を挟んだパンを頬張る。
硬くて麦の香りの強いパン、ザックリとした歯ごたえのキャベツ、瑞々しいトマト、脂っ気の多いチキン、
それらをまとめあげる、なめらかな舌触りの、酸味の強いどろっとしたソース。
彼女の振舞ってくれる料理は、どれも大雑把で――――強烈な満足感を与えてくれるものばかりだ。
あっという間に平らげて、勢い余って指にまで食いついてしまいかけた。
その時、笑い声が聴こえた。
「はははっ……! そんなに飢えさせた覚えはねーぞ?」
「くっ……! し、仕方ないじゃないか。こういうものを食べるのは久しぶりなんだ」
「あぁ? どんな意味だ」
「……いや、何でもない」
「お前、ゴマかしやがっ…………っつっ」
200 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:50.38 ID:HGtF718Xo
彼女は不意に押し黙り、苦悶に顔を歪めた。
とっさに伸びたのか、右手がテーブルの下へ隠れた。
「どうした? どこか、痛いのか?」
「……んでも、ねぇよっ」
唇が吊り上り、そこから、食いしばった歯列が見えた。
そうとうきつく噛み締めているようで、ぎぎっ、という歯ぎしりの音が、二人きりの食卓に響き渡った。
「…………何、で……!」
「え?」
「……何でもねぇよ、不景気なツラ見せんじゃねェ、人間が」
それきり、追及も心配も許さない空気が流れてしまう。
こうなってしまうと、もう問いかけても答えは返ってこないだろう。
「……ごめんな、八つ当たりしちまった。少し休んでるわ。アタシの分も食っていいよ」
言うと彼女は立ち上がり、脚甲に包まれた右足を引きずり、さすりながら寝室へ向かった。
勧めてくれたエール酒も、半分と減ってはいない。
残された、彼女の分のサンドイッチに手を伸ばしても――――自分の分を食べた時ほど、美味しさは感じない。
むしろ彼女の事が気がかりで、味などわかりもしなかった。
一人きりになった食卓の間で思い出すのは、バランスを取るようによく動く尻尾と、根元から毟り取られたような、左背の翼の痕跡。
あの歩き方はさながら人間界の都で見た、傷痍兵のそれに似ていた。
――――――外さないのか。
そんな、至極真っ当な疑問が降って湧いた。
201 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:43:43.13 ID:HGtF718Xo
その夜。
ほのかにやきもきして、眠れない時を、納屋で過ごしていた。
寝藁を敷いてその上にシーツをかぶせただけの、夜露をしのげるだけの簡素な寝床は、そう悪くはない。
草の香り、退屈しのぎに研いだ農具の金気は落ち着きをくれて、
板の隙間から透き通る夜風は涼しく、かといって冷たくは無くて心地よい。
念の為に毛布を一枚借りておいたので、凍える事はないだろう。
「……何も起こらない、のか?」
昼食から二時間もすれば、彼女は調子が戻ったのか、再び外に出て野良仕事を始めた。
彼女の容姿は、鑑みると、全てのパーツが噛み合っていない。
悪辣な笑みを浮かべるクセがあっても、黙っていればどこか儚げな美人に見える。
荒れているが指は長く、聖人を写した絵画のように優しい。
何より、美しさに反して化け鳥のような黄金色の脚甲は、異様だ。
不釣り合いなほど大きくて、農作業をするのにどう考えても邪魔なはずなのに、それを外そうとはしない。
そして、結局――――今日一日は、何も起こらずに終わった。
夕方までのほんの少しの時間、付近を歩き回ってみても、おかしな事は何も起こらなかった。
お決まりの遺跡や洞窟といった『いやなもの』も見当たらず、この家がぽつりとあるだけだ。
202 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:44:35.27 ID:HGtF718Xo
――――ナイトメアは、どうなった?
――――見つからなかったという事は、怯えてどこかへ逃げていってしまったのか?
――――それとも。
最悪の想像が、心をさらに煙らせる。
眠る前に特有の暗さが押し寄せて、どうしても良い方向に頭が回らない。
こういう時は――――さっさと眠ってしまうに限る。
幸いにして、久しぶりの『公務』ではなく『仕事』のおかげで、体は良い具合に疲れている。
目を閉じて、ごわごわとした寝床に身を横たえ、毛布を引っかぶる。
それだけで、溶けるように眠りへ飛びこめた。
――――――板の隙間から飛び込む風が冷たさを増した頃、納屋の戸が開く気配がした。
小さな、やけに軽い足音が近づいてきた。
あの重い金属音を伴っていないのだから、サキュバスCではない。
「誰だ?」
寝藁の枕元、シーツの下に隠した剣を探り当てる。
鯉口は切ってあるため、一動作で片手だけで抜き打ちできる。
納屋の暗さの為に、相手は視認できない。
姿どころかおおよその背丈さえ分からないが、せめて声か吐息でも聴こえれば斬り付けられる。
そう、確信していたが。
203 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:45:41.79 ID:HGtF718Xo
「……う、ぅ……!」
ようやく聴こえたのは、苦しげな喘鳴と、床に手を突くかすかな音だった。
その声はか細くて、隙間風に掻き消されてしまいそうだ。
「……今から灯りをつける。俺に危害を加える気が無いなら動かないでくれ」
利き手を藁の中の剣から離さず、左手で、あらかじめ置いていたランプを探って、灯芯に火を入れる。
ぼんやりとした光が狭い納屋を照らし、そこで、ようやく侵入者の姿が明らかになった。
「……誰…………いや……『何』だ?」
照らし出された『それ』の姿を見て、思わず息を呑む。
サキュバスCどころか、姿は『サキュバス』のそれではなく人間に近い。
いたのは、幽霊のように白い肌をした、白金色の髪の少女だった。
全身に生傷が刻まれており、痛々しい血の痕も乾ききっていない。
一糸まとわないままのその少女は足元に手をついて、肩で息をついていた。
「その傷は……?」
問いかけるも、答えは返ってこない。
なのに、『それ』はきちんと話を聞いている、という妙な確信が生まれた。
204 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:46:44.41 ID:HGtF718Xo
「な……、て……」
たどたどしい発音で、ようやく喘ぎでは無い声が聴こえた。
だがしかし、風が吹き込む音よりも小さく、全てを拾う事はできなかった。
「何? 聴こえ……な!?」
彼女は四つん這いのまま、毛布の中に潜り込んできた。
もぞもぞと蠢く塊の行き場は、――――下肢の付け根、だった。
「お、お前……! 何を!」
毛布の中で、呆気なく、するりと下が脱がされた。
間髪入れずに、自身の先端に吸い付かれる感触を覚えて、思わず、剣に伸ばしていた右手を引っ込めてしまった。
(……! こいつも、淫魔、なのか……!?)
たどたどしくて不慣れな口淫は、それゆえ逆に、予測のつかない快感をもたらした。
大きく開いているであろう唇は、未だ勃起していない先端ですら、咥え込めないようだ。
鈴口を小魚にでもついばまれているようなくすぐったさは、初めてで――――すぐに、『自身』が反応を示してしまった。
「んっ……お、っきぃ……な」
毛布の中でくぐもった、たどたどしい片言が聴こえた。
205 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:48:00.84 ID:HGtF718Xo
何らかの怪我のせいで、という様子ではない。
科白そのものは、はっきりと聴こえた。
「っ……いい加減に、しないか! おい!」
下半身にすがりつく彼女の姿を見てやろうとして、毛布を剥ぎ取る。
そこには、情けないほど素直に屹立した自身を妖しく見つめる、白金髪の裸身の少女がいた。
こちらには目をくれず、目の前のそれが『本体』であるかのように、目を爛々と輝かせている。
指さえ入らなそうなほど小さな鼻孔をひくつかせて、モノの匂いを嗅いでは、恍惚したように息を荒げている。
「……おぼえ、て……ない?」
「はっ……?」
厚ぼったい前髪で眼を隠したまま、少女は拗ねたように言った。
「私に、またがった。……はげし、かったのに」
「え?」
「……あなたの、せいで。怪我……した。だから、なおして……ほしい」
「…………済まないが、何の……」
206 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:49:15.13 ID:HGtF718Xo
むっとした様子で、少女は小さな口を精一杯に開いて、再び肉槍の穂先を咥え込んだ。
そのまま舌先が動いて、裏側の筋を、愛でるように何度もくすぐる。
「おっ……い……! 何、なんだ……お前は……!」
抗えない。
精気を吸い取られている感じはしない。
本当に、むしゃぶりつかれているだけなのに――――サキュバスBに比べて拙い舌なのに、
それでも抵抗はできず、逃げられない。
何故なら、……逃れようにも、しかと押さえつけられていたからだ。
(離……! 何、て……力だっ!)
太ももを掴まれ、逃れる事はおろか、もがく事さえできない。
食い込む指から感じる痛みは、握力より、むしろ――――『重さ』に由来するものだと感じた。
目方に従えば自分の半分ほどの体重しかなさそうに見える。
だが、この少女はこちらの――――『勇者』だった事もある自分を、捉えて離さぬ力と重みがある。
『淫魔』に常識が通用しない事に、今さら驚きなどない。
だが、そもそもこの少女は『淫魔』なのかさえ、分からない。
角も尾もなく、魔力の気配も感じない。
外見は、本当にただの裸身の少女なのだ。
207 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:51:24.82 ID:HGtF718Xo
「っ……あなたのは、とても大きい。……私の口には納まりきらない。小さくして」
「できるか! っ……それに……お前は」
「なに」
「その……重い。太ももから下の感覚が無くなりかけてるぞ」
率直に口にした直後、亀頭に痛みが走り、思わず腰が引けた。
「いっ……でっ!」
「……重くない。ふつう」
「噛むヤツが……あるかっ……!」
「あなたがひどい事を言った。恩知らず。キライ。はやく出して」
「恩? …………本当に、誰なんだ?」
聞けば聞くほど。
見れば見るほど――――見覚えも、声に聴き覚えもない。
「……誰でもいい。もう誰でもいい。早く出し、なさい」
再び、ぱくりと咥え込まれ。
そこから先は――――意識が、白い閃光の中に飲み込まれてしまった。
208 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:52:19.53 ID:HGtF718Xo
そのまま眠ってしまったのか、翌朝。
下肢の涼しさに目が覚め、見上げた天井には木の梁がある。
昨夜、夢か現かに起こった事をすぐさま思い出した。
「……あれは、誰だったんだ?」
もしも夢だと言うのなら、確実に会った事があるはずだ。
見ても経験してもいない事など、夢に出てくるはずもない。
――――と、普通では考える。
だが、この国は『夜の魔族の国』だ。
他者の夢を書き換え、その中に入り込む事など、朝飯前に過ぎない。
なので最初、それを疑ったが――――この界隈には、サキュバスCがたった一人で暮らしている。
ふと、納屋の中に大きな気配と息遣いを感じる。
そこには――――――
「俺の馬!?」
狭い納屋の中に、脚を折り畳むようにして、はぐれてしまった『彼女』が寝そべっていた。
「まさか、まさか……お前かっ!?」
たてがみの色は、あの少女と同じだ。
ほのかに赤い眼の色も、また同様。
白い皮膚に刻まれたいくつかの傷は、塞がってこそいても、痕は消えていない。
特徴だけを見れば――――全てが重なり合ってしまった。
昨晩の夢現に現れた、『白金髪の少女』と。
209 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:54:43.61 ID:HGtF718Xo
「ともかく、無事、だったんだな。良かった……本当に、良かった」
起き上がり、首を撫でてやると、ナイトメアは心地よさそうに目を閉じた。
あれが夢だったのか、それとも少女の姿に変身する事ができた故の、現実なのかも分からない。
ただ、確実なのは――――無事だった。
その事が、ただただ嬉しい。
「ういーっす。起きてっか? 朝メシ食わせてやっから、とっとと来……い……?」
大あくびとともに納屋の扉を開けて入ってきたサキュバスCに気付き、顔を向ける。
すると、彼女は凍りついたように棒立ちしている。
「どうした? 一体、何が……」
「ま、前……! し、しまえよテメェ! 朝っぱらからなんつーもん見せんだ!」
「え? あ、あぁぁぁっ!?」
馬と再会できた事、昨夜の不可思議に囚われたままだった頭が、ようやく理解した。
自分は今――――下だけを脱いだ、あられもない姿を晒してしまっている事に。
サキュバスCは大袈裟に顔を背け、上腕で目を覆っていた。
慌てて足首に引っかけていたズボンを上げると、まるで嘲笑うように、ナイトメアが嘶いた。
210 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:57:13.04 ID:HGtF718Xo
今日の分投下終了
多分、明日は投下できないかもしれない
出先で色々しなきゃならなくて、ちょっと文体がメロメロすぎて直しに手間がかかりそうなので……
それでは、おやすみなさい
211 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 02:58:39.47 ID:2yQbBeMV0
乙です。
いつもいいところで切りやがってw
212 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 03:08:29.23 ID:DF8RJmM50
乙です!
まさかのナイトメアたんでした
次が待ち遠しいぜ
見上げても、そこにあるはずの、あってほしい『赤』はない。
「で、試しに他の果物だの野菜だの植えてみれば、呆気なく実がなった。井戸掘れば水は出るし、いい場所なんだよ、マジ」
それでも、リンゴだけは育たない。
「こうなりゃ、ヤケよ。実がなるまでここにいよう、ってそう決めた。……腹減ったろ?メシにしよ。ちゃんと手ェ洗ってから来いよ、ボク?」
幹につけていた手から、弾かれるように離れてさっさと早足で彼女は家に入る。
一人残され、佇んだままその木を眺めてみた。
他の木には、赤や桃色、橙色に紫。
美味しそうな実が結ばれているのに、一本だけは、樹皮の茶色と葉の緑しかない。
未熟の果実さえなく、実を結んだ形跡も、実を結ぶ前触れもない。
興味は尽きないが、ともかく今は、腹ごしらえがしたい。
踵を返して井戸に近づき、縄を引いて釣瓶を揚げると、重い手応えがある。
軋んだ滑車の立てる音は、妙に懐かしい。
上がってきた桶には澄んだ地下水が湛えられ、桶の底まで見通せた。
熱を持った身体を冷やすように、その水をかぶるように浴びた。
とても。
とても――――気持ちがよかった。
198 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:40:00.09 ID:HGtF718Xo
昼食は、少し変わったサンドイッチだった。
二枚のライ麦のパンの間に、細切りのキャベツをたっぷりと、輪切りのトマト、衣をつけて揚げた鶏肉、ねっとりとした白いソースを挟んでいた。
そして、付け合わせは無い。
「お前、誰が水浴びしろっつったよ!? 床がビッタビタじゃねーか!」
「すまない、暑くて……つい」
「ったく。んじゃ、コイツぁ要らねーな?」
にやにやした笑いを浮かべて、片手で二本の瓶の首を持ち、テーブルの上でブラブラと揺らした。
ラベルの張られた片手サイズの飴色の瓶は、たっぷりと汗をかいていた。
「そ、それは……!」
「地下で冷やしてたんだよ。このエールは美味ェぞ?」
どかりと椅子に腰掛けた彼女は、生意気にウィンクをしてから、テーブルの中央にその二本の瓶を置いた。
「……分かったよ、分かったから捨てられたイヌみたいな目ェすんなよ。ほら、飲め」
「え……」
無意識に縋るような目をしていたらしく、サキュバスCの方から、差し出してくれた。
もう既に栓は空けてあり、瓶の口から氷の吐息のような白煙が上っている。
手に取ると、張り付きそうなほど冷たい。
しばし、その冷たさを楽しむと――――無言で乾杯してから、口をつけ、傾ける。
199 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:09.33 ID:HGtF718Xo
雪解けを迎えた春の川のように、『それ』は喉に滑り込んできた。
霜の塊のように冷たく、トゲトゲしいまでの強い炭酸が、苦味とともに喉を刺す。
ホップの香りが喉から鼻へ抜け、同時に魂までも持って行かれそうな清涼感が突き抜けた。
喉が脈動するように、ごくごくと鳴るのが分かる。
止まらない。
自分の意思では、もはや止められない。
――――――中身が空っぽになって、ようやく、瓶を口から離す事ができた。
「ぶ、はっ……!」
「おいおい、もう全部飲んだのかよ。さっさと回っちまうぞ、オイ。……食えって」
爽快な後味と冷たさの残る口内へ、続けて、たくさんの具を挟んだパンを頬張る。
硬くて麦の香りの強いパン、ザックリとした歯ごたえのキャベツ、瑞々しいトマト、脂っ気の多いチキン、
それらをまとめあげる、なめらかな舌触りの、酸味の強いどろっとしたソース。
彼女の振舞ってくれる料理は、どれも大雑把で――――強烈な満足感を与えてくれるものばかりだ。
あっという間に平らげて、勢い余って指にまで食いついてしまいかけた。
その時、笑い声が聴こえた。
「はははっ……! そんなに飢えさせた覚えはねーぞ?」
「くっ……! し、仕方ないじゃないか。こういうものを食べるのは久しぶりなんだ」
「あぁ? どんな意味だ」
「……いや、何でもない」
「お前、ゴマかしやがっ…………っつっ」
200 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:41:50.38 ID:HGtF718Xo
彼女は不意に押し黙り、苦悶に顔を歪めた。
とっさに伸びたのか、右手がテーブルの下へ隠れた。
「どうした? どこか、痛いのか?」
「……んでも、ねぇよっ」
唇が吊り上り、そこから、食いしばった歯列が見えた。
そうとうきつく噛み締めているようで、ぎぎっ、という歯ぎしりの音が、二人きりの食卓に響き渡った。
「…………何、で……!」
「え?」
「……何でもねぇよ、不景気なツラ見せんじゃねェ、人間が」
それきり、追及も心配も許さない空気が流れてしまう。
こうなってしまうと、もう問いかけても答えは返ってこないだろう。
「……ごめんな、八つ当たりしちまった。少し休んでるわ。アタシの分も食っていいよ」
言うと彼女は立ち上がり、脚甲に包まれた右足を引きずり、さすりながら寝室へ向かった。
勧めてくれたエール酒も、半分と減ってはいない。
残された、彼女の分のサンドイッチに手を伸ばしても――――自分の分を食べた時ほど、美味しさは感じない。
むしろ彼女の事が気がかりで、味などわかりもしなかった。
一人きりになった食卓の間で思い出すのは、バランスを取るようによく動く尻尾と、根元から毟り取られたような、左背の翼の痕跡。
あの歩き方はさながら人間界の都で見た、傷痍兵のそれに似ていた。
――――――外さないのか。
そんな、至極真っ当な疑問が降って湧いた。
201 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:43:43.13 ID:HGtF718Xo
その夜。
ほのかにやきもきして、眠れない時を、納屋で過ごしていた。
寝藁を敷いてその上にシーツをかぶせただけの、夜露をしのげるだけの簡素な寝床は、そう悪くはない。
草の香り、退屈しのぎに研いだ農具の金気は落ち着きをくれて、
板の隙間から透き通る夜風は涼しく、かといって冷たくは無くて心地よい。
念の為に毛布を一枚借りておいたので、凍える事はないだろう。
「……何も起こらない、のか?」
昼食から二時間もすれば、彼女は調子が戻ったのか、再び外に出て野良仕事を始めた。
彼女の容姿は、鑑みると、全てのパーツが噛み合っていない。
悪辣な笑みを浮かべるクセがあっても、黙っていればどこか儚げな美人に見える。
荒れているが指は長く、聖人を写した絵画のように優しい。
何より、美しさに反して化け鳥のような黄金色の脚甲は、異様だ。
不釣り合いなほど大きくて、農作業をするのにどう考えても邪魔なはずなのに、それを外そうとはしない。
そして、結局――――今日一日は、何も起こらずに終わった。
夕方までのほんの少しの時間、付近を歩き回ってみても、おかしな事は何も起こらなかった。
お決まりの遺跡や洞窟といった『いやなもの』も見当たらず、この家がぽつりとあるだけだ。
――――ナイトメアは、どうなった?
――――見つからなかったという事は、怯えてどこかへ逃げていってしまったのか?
――――それとも。
最悪の想像が、心をさらに煙らせる。
眠る前に特有の暗さが押し寄せて、どうしても良い方向に頭が回らない。
こういう時は――――さっさと眠ってしまうに限る。
幸いにして、久しぶりの『公務』ではなく『仕事』のおかげで、体は良い具合に疲れている。
目を閉じて、ごわごわとした寝床に身を横たえ、毛布を引っかぶる。
それだけで、溶けるように眠りへ飛びこめた。
――――――板の隙間から飛び込む風が冷たさを増した頃、納屋の戸が開く気配がした。
小さな、やけに軽い足音が近づいてきた。
あの重い金属音を伴っていないのだから、サキュバスCではない。
「誰だ?」
寝藁の枕元、シーツの下に隠した剣を探り当てる。
鯉口は切ってあるため、一動作で片手だけで抜き打ちできる。
納屋の暗さの為に、相手は視認できない。
姿どころかおおよその背丈さえ分からないが、せめて声か吐息でも聴こえれば斬り付けられる。
そう、確信していたが。
203 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:45:41.79 ID:HGtF718Xo
「……う、ぅ……!」
ようやく聴こえたのは、苦しげな喘鳴と、床に手を突くかすかな音だった。
その声はか細くて、隙間風に掻き消されてしまいそうだ。
「……今から灯りをつける。俺に危害を加える気が無いなら動かないでくれ」
利き手を藁の中の剣から離さず、左手で、あらかじめ置いていたランプを探って、灯芯に火を入れる。
ぼんやりとした光が狭い納屋を照らし、そこで、ようやく侵入者の姿が明らかになった。
「……誰…………いや……『何』だ?」
照らし出された『それ』の姿を見て、思わず息を呑む。
サキュバスCどころか、姿は『サキュバス』のそれではなく人間に近い。
いたのは、幽霊のように白い肌をした、白金色の髪の少女だった。
全身に生傷が刻まれており、痛々しい血の痕も乾ききっていない。
一糸まとわないままのその少女は足元に手をついて、肩で息をついていた。
「その傷は……?」
問いかけるも、答えは返ってこない。
なのに、『それ』はきちんと話を聞いている、という妙な確信が生まれた。
204 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:46:44.41 ID:HGtF718Xo
「な……、て……」
たどたどしい発音で、ようやく喘ぎでは無い声が聴こえた。
だがしかし、風が吹き込む音よりも小さく、全てを拾う事はできなかった。
「何? 聴こえ……な!?」
彼女は四つん這いのまま、毛布の中に潜り込んできた。
もぞもぞと蠢く塊の行き場は、――――下肢の付け根、だった。
「お、お前……! 何を!」
毛布の中で、呆気なく、するりと下が脱がされた。
間髪入れずに、自身の先端に吸い付かれる感触を覚えて、思わず、剣に伸ばしていた右手を引っ込めてしまった。
(……! こいつも、淫魔、なのか……!?)
たどたどしくて不慣れな口淫は、それゆえ逆に、予測のつかない快感をもたらした。
大きく開いているであろう唇は、未だ勃起していない先端ですら、咥え込めないようだ。
鈴口を小魚にでもついばまれているようなくすぐったさは、初めてで――――すぐに、『自身』が反応を示してしまった。
「んっ……お、っきぃ……な」
毛布の中でくぐもった、たどたどしい片言が聴こえた。
205 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:48:00.84 ID:HGtF718Xo
何らかの怪我のせいで、という様子ではない。
科白そのものは、はっきりと聴こえた。
「っ……いい加減に、しないか! おい!」
下半身にすがりつく彼女の姿を見てやろうとして、毛布を剥ぎ取る。
そこには、情けないほど素直に屹立した自身を妖しく見つめる、白金髪の裸身の少女がいた。
こちらには目をくれず、目の前のそれが『本体』であるかのように、目を爛々と輝かせている。
指さえ入らなそうなほど小さな鼻孔をひくつかせて、モノの匂いを嗅いでは、恍惚したように息を荒げている。
「……おぼえ、て……ない?」
「はっ……?」
厚ぼったい前髪で眼を隠したまま、少女は拗ねたように言った。
「私に、またがった。……はげし、かったのに」
「え?」
「……あなたの、せいで。怪我……した。だから、なおして……ほしい」
「…………済まないが、何の……」
206 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:49:15.13 ID:HGtF718Xo
むっとした様子で、少女は小さな口を精一杯に開いて、再び肉槍の穂先を咥え込んだ。
そのまま舌先が動いて、裏側の筋を、愛でるように何度もくすぐる。
「おっ……い……! 何、なんだ……お前は……!」
抗えない。
精気を吸い取られている感じはしない。
本当に、むしゃぶりつかれているだけなのに――――サキュバスBに比べて拙い舌なのに、
それでも抵抗はできず、逃げられない。
何故なら、……逃れようにも、しかと押さえつけられていたからだ。
(離……! 何、て……力だっ!)
太ももを掴まれ、逃れる事はおろか、もがく事さえできない。
食い込む指から感じる痛みは、握力より、むしろ――――『重さ』に由来するものだと感じた。
目方に従えば自分の半分ほどの体重しかなさそうに見える。
だが、この少女はこちらの――――『勇者』だった事もある自分を、捉えて離さぬ力と重みがある。
『淫魔』に常識が通用しない事に、今さら驚きなどない。
だが、そもそもこの少女は『淫魔』なのかさえ、分からない。
角も尾もなく、魔力の気配も感じない。
外見は、本当にただの裸身の少女なのだ。
207 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:51:24.82 ID:HGtF718Xo
「っ……あなたのは、とても大きい。……私の口には納まりきらない。小さくして」
「できるか! っ……それに……お前は」
「なに」
「その……重い。太ももから下の感覚が無くなりかけてるぞ」
率直に口にした直後、亀頭に痛みが走り、思わず腰が引けた。
「いっ……でっ!」
「……重くない。ふつう」
「噛むヤツが……あるかっ……!」
「あなたがひどい事を言った。恩知らず。キライ。はやく出して」
「恩? …………本当に、誰なんだ?」
聞けば聞くほど。
見れば見るほど――――見覚えも、声に聴き覚えもない。
「……誰でもいい。もう誰でもいい。早く出し、なさい」
再び、ぱくりと咥え込まれ。
そこから先は――――意識が、白い閃光の中に飲み込まれてしまった。
208 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:52:19.53 ID:HGtF718Xo
そのまま眠ってしまったのか、翌朝。
下肢の涼しさに目が覚め、見上げた天井には木の梁がある。
昨夜、夢か現かに起こった事をすぐさま思い出した。
「……あれは、誰だったんだ?」
もしも夢だと言うのなら、確実に会った事があるはずだ。
見ても経験してもいない事など、夢に出てくるはずもない。
――――と、普通では考える。
だが、この国は『夜の魔族の国』だ。
他者の夢を書き換え、その中に入り込む事など、朝飯前に過ぎない。
なので最初、それを疑ったが――――この界隈には、サキュバスCがたった一人で暮らしている。
ふと、納屋の中に大きな気配と息遣いを感じる。
そこには――――――
「俺の馬!?」
狭い納屋の中に、脚を折り畳むようにして、はぐれてしまった『彼女』が寝そべっていた。
「まさか、まさか……お前かっ!?」
たてがみの色は、あの少女と同じだ。
ほのかに赤い眼の色も、また同様。
白い皮膚に刻まれたいくつかの傷は、塞がってこそいても、痕は消えていない。
特徴だけを見れば――――全てが重なり合ってしまった。
昨晩の夢現に現れた、『白金髪の少女』と。
209 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:54:43.61 ID:HGtF718Xo
「ともかく、無事、だったんだな。良かった……本当に、良かった」
起き上がり、首を撫でてやると、ナイトメアは心地よさそうに目を閉じた。
あれが夢だったのか、それとも少女の姿に変身する事ができた故の、現実なのかも分からない。
ただ、確実なのは――――無事だった。
その事が、ただただ嬉しい。
「ういーっす。起きてっか? 朝メシ食わせてやっから、とっとと来……い……?」
大あくびとともに納屋の扉を開けて入ってきたサキュバスCに気付き、顔を向ける。
すると、彼女は凍りついたように棒立ちしている。
「どうした? 一体、何が……」
「ま、前……! し、しまえよテメェ! 朝っぱらからなんつーもん見せんだ!」
「え? あ、あぁぁぁっ!?」
馬と再会できた事、昨夜の不可思議に囚われたままだった頭が、ようやく理解した。
自分は今――――下だけを脱いだ、あられもない姿を晒してしまっている事に。
サキュバスCは大袈裟に顔を背け、上腕で目を覆っていた。
慌てて足首に引っかけていたズボンを上げると、まるで嘲笑うように、ナイトメアが嘶いた。
210 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/05(木) 02:57:13.04 ID:HGtF718Xo
今日の分投下終了
多分、明日は投下できないかもしれない
出先で色々しなきゃならなくて、ちょっと文体がメロメロすぎて直しに手間がかかりそうなので……
それでは、おやすみなさい
211 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 02:58:39.47 ID:2yQbBeMV0
乙です。
いつもいいところで切りやがってw
212 :以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/05(木) 03:08:29.23 ID:DF8RJmM50
乙です!
まさかのナイトメアたんでした
次が待ち遠しいぜ
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