魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
Part5
84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:26:19.39 ID:UMPAG6Zoo
*
パーティを解散する日が、やってきた。
時は、決戦から二週間。
『魔王のいない世界』が、当たり前になり始めた――――そんな、時の事だ。
王国、その城下の広場に、三人の姿がある。
僧侶「それでは。……皆様には、お世話になりました」
まず最初に、僧侶が。
彼女は修道院に戻り、再び、聖職者としての、『冒険』では無い道を歩む。
そちらの方が、彼女には似合っているはずだ。
戦士「いや。世話になったのは俺達だ。……お前には、何度助けられたか分からない」
魔法使い「そうよ。あんたがいなかったら……いや、一人でも欠けたら、魔王は倒せなかった」
僧侶「……長い旅でした。ですが……これは、永遠の別れではありません。いつでも、院に来て下さいね」
僧侶は身一つ、持ち物は十字をあしらった杖が一本だけ。
勇者と初めて会った時の服装だ。
修道院は王都から馬車で数時間の距離にある。
いつでも会おうと思えば会いに行けるし、きっと、そうする。
だが、三人とも感じていた。
会えはしても、二度と、その運命が交差する時は来ないのだと。
何本もの流れはやがて一本の大河となり、大海原へと続く。
今度は、その逆だ。
一本に重なった大河は、逆戻りして――――ふたたび三つの、別々のささやかな流れに戻る。
旅が終わるというのは、そういうことなのだ。
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:27:04.28 ID:UMPAG6Zoo
広場から馬車に乗る時、彼女はもう一度だけ、深くお辞儀をした。
その顔は満ち足りていて、別れの哀しみさえも見せない。
もう、彼女は吹っ切ったのだろう。
勇者と魔王がいなくなり、この平穏が続くのだと、信じた。
彼女の職業は、『僧侶』。
『信じる』ことと『祈る』ことを御業へと変える、恐らくは唯一の職だから。
そして、世界を救った、癒しの御手は再び修道院へと戻った。
幌馬車の中で、出立にふさわしい初夏の空の下、がらがらと音を立て、石畳の上を馬車が駆ける。
残された二人は、それを、見えなくなるまで目で追って――――やがて、逆方向へ同時に目を向ける。
広場の中央には、人だかりができていた。
急造の演壇がこしらえられ、そこに誰が立つのかと、民衆は囁き合う。
魔法使い「……はじめよっか」
戦士「ああ。……俺達の、最後の『クエスト』を」
言うと、戦士は帯びた剣の鞘尻を使い、近くの路地にある木箱を叩いた。
人が十分に隠れられるほどの大きさで、側面には細工がしてあり、簡単に開けるようになっている。
魔法使い「王女様。あんた……本当に大丈夫?」
中から出てきたのは、多少くたびれてはいるものの……純白に装った、王女だった。
長い金髪は少しはねている。
それを丹念に手ぐしで整えながら、彼女は、大路へ出てきた。
王女「はい、問題ありませんよ。……それでは、よろしく、お願いいたします」
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:30:40.04 ID:UMPAG6Zoo
魔法使いと戦士が先導し、王女を演壇へと導く。
気付いた民衆が道を開け、巡回の衛兵は、泡を食ったように絶句していた。
やがて、彼女が演壇を登り、広場に集まった民衆に向き合う。
その両脇を固めるように、二人は杖と剣に手を添えて侍る。。
王女「皆さま、ごきげんよう。……私はこの王国、王位継承権第三位。王女。急ですが、どうかお許し下さい」
その一言で、広場は一瞬のうちに静まり返った。
王女「先日の、勇者様ご一行の凱旋でお気づきになられたかと存じますが、まず、はっきりと言わせていただきます」
彼女は息を吸い込み、言い聞かせるように――――宣言したように、言い切った。
王女「魔王は討ち滅ぼされました。そして。勇者様も、また……世を去りました」もう、魔王に怯える日々は来ません。
世界は、再び安寧を取り戻しました――――と、皆さまに言えたのなら……どんなに良かったかと思います」
付け足した言葉に、聴衆は怪訝な表情を浮かべた。
やがて、「どういう事ですか!」と野次が飛び、王女がそれを飲み込むように頷くと、演説が再開した。
王女「……恐らくは、この王国と隣国の間で、近い内に……戦争が、再開されます」
広場に悪魔が通ったような沈黙が駆け抜け、衛兵達が演壇に近づこうとした。
その者達へ、魔法使いと戦士は視線を向け、武器に添えた手を握ってみせた。
それだけの事で、彼らの身体は硬直して、『聴衆』の一人になる。
王女「ですが、果たして――――それは、勇者様の望みでしょうか」
87 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:32:44.05 ID:UMPAG6Zoo
王女「私とて、莫迦ではありません。我が国と隣国の確執は存じ上げます」
この王国と隣国の敵対は、かれこれ三百年ほど遡る。
ある史家は王位継承問題に発端があると言い、別の史家は領土問題だと言う。
はたまた貿易摩擦や、もっと小さな積み重なった問題だとも言うし、もしかすると――――全て、かもしれない。
幾度もの休戦を挟みながら、二つの国は敵対してきた。
王女「相手を『許す』側なのか。それとも、私達が『許しを請う』側なのか。それを分かる方は、いらっしゃいますか?」
見上げる聴衆から、返答は無い。
王女「……私達は、『勇者』と『魔王』ではありません。私達は、人間です。討ち合う宿命になんて……置かれて、いない筈です」
そこまで言うと、民衆からようやく声が上がった。
人々はそちらを見て、やや遠巻きに距離を取った。
歳にして十歳ほどの少年が、握り拳を固めたまま、声の限りに叫んでいた。
少年「そんなの、違う! 僕の父さんは、隣の国の連中に殺された! だから、僕も……殺してやる!
王女「――――あなたの父君は、何をしていらしたのですか?」
少年「兵士だった! 五年前に……戦場に行って、帰って来てない! だから……!」
続きの言葉は、出ない。
少年は哀しみに加え、大声を張り上げた事で紅潮した顔に、じんわりと涙を滲ませた。
王女「……その哀しみは……よく、分かります」
少年「えっ……?」
王女「『たいせつな人』が返ってこない哀しさ、心細さ。……それを、貴方は……その幼さで、知ってしまった」
少年「そうだ、だから……!」
88 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:33:36.10 ID:UMPAG6Zoo
王女「……私達は、『種』を植えましょう」
王女は、顔をわずかに俯けて、消え入りそうな声で呟いた。
その声は、恐らく民衆の最前列と、傍らの二人にしか聞こえていない。
しばらくドレスの裾を握ってから――彼女は、続けた。
王女「古くて大きな、朽ちかけてなお残る楔を抜きましょう。……勇者様がくれた、今この時。私達みんなで」
雨に打たれて震える小鳥のように、王女の肩は、震えていた。
王女「育てて食べる豆でもいい。心を癒すきれいな花でもいい。怒りとともに植えた、毒花の球根でもいい。
でも……必ず、自分で育ててください。どこかの誰かに、任せたりしないで。
……もう一度、言わせてください」
堂々と、顔を上げた。
涙に濡れたその顔を、広場を埋め尽くし、通りの窓から身を乗り出し、何事かと耳をそばだてる国民に、
惜しげもなく見せつけてしまうかのように。
そして、もう一度だけ――――もう一度だけ、世界中の人々が待っていた言葉を。
王女「……魔王は、もう世界にいないのです。勇者様が、命と引き換えに……倒してくれました」
魔法使いと戦士は、いつしか、武器に添えた手を離していた。
もう、広場に警戒すべきものは無い。
聴衆は押し黙り、衛兵達も、うなだれていた。
王女「……今しか、ない。私達は、『勇者と魔王の物語』の終わりを機会として、生まれ変わりましょう。
古い因習も、受け継いだ憎しみも消し去って。……『書』を、作り直しましょう」
演説が終わって、日が沈んだ頃。
魔法使いは、旅立ち――――『勇者の一行』は、解散した。
89 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:34:37.01 ID:UMPAG6Zoo
――――――それから一ヶ月が経つ頃、王国と、隣国の間で会談の席が持たれた。
場所は、どちらでもない中立第三国。
王女の……娘の根強い説得を受け、国王自ら赴いた。
城下の広場で行われたあの演説は、衛兵や国民の間を瞬く間に駆け抜けた。
衛兵から衛兵隊長へ。城下の民から、地方の農村へ。
やがてその内容は文書となって上流階級へと伝わり、それを読んでしまった若い嫡子達の心を、打った。
下から、上へ。揺らぎが生じつつある。
それらの声はやがて、看過できないほどとなり、一応の格好つけとして、この席を持つ事になった。
勇者の死を告げられると、隣国の王と、王子は――――哀しんだという。
「勇者は魔王と相討ちになり、世界を救った」と告げると、不倶戴天の敵であった隣国は、
その偉業を称えるとともに、哀悼の意を捧げるために、国を挙げて喪に服した。
彼らは、喜ばなかった。
世界を救った、敵国の男の死を嘆いた。
魔王討伐から、一年が経つ頃。
隣国との間に、停戦協定が結ばれた。
その影には、王女の力があったのは疑いない。
ふたつの握り拳は、握り合う手のひらになった。
力を抜いて開かれた手は、『太陽』の形を、きっとしていた。
勇者が去った世界は、皮肉な事に……それ故に、回り始めた。
嵐の去った夜明け、風雨を凌いでいた動物たちが、夜露に濡れた草を踏みしめて巣穴から這い出すように。
世界の全てが、同じ色の旗を分け合う事は、ない。
だが、敵対の理由さえ見失った二国が歩み寄る事は、できた。
それでも――――いつかは。
再び、世界は……炎に包まれる日が、来るのだろう。
何十年後か何百年後か、はたまた――願わくば、数千年後に。
90 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:36:46.14 ID:UMPAG6Zoo
*
決戦から四年が経つ春の日、魔法使いは、王国の修道院を訪れた。
真っ白な建物で、よく晴れた日の雲のように大きくて、足を踏み入れず、ただ眺めるだけでも
心が引き締まり、指を組みたくなるような――――そんな、修道院だ。
軋みを上げる扉を開け、礼拝堂へと入る。
そこには――ほんの数年では変わらない細い背中が、すぐ正面に見えた。
魔法使い「やほっ。元気だった?」
声に驚いた様子もなく、その法衣に包まれたなよやかな僧侶は立ち上がり、楚々とした仕草で振り向いた。
僧侶「ええ。魔法使いさんこそ、お元気そうで……安心しましたよ」
魔法使い「あんた、変わんないわねー。つまんないわよ、もう」
僧侶「変わらず毎日祈る事。それだけが、私の『職業』ですから」
魔法使い「そのマジメっぽさも。……たまには、一杯飲まない?」
子どもっぽく、盃を仰ぐ仕草をしてみせると、僧侶は苦笑した。
僧侶「折角ですが、遠慮いたします。戒律上、お酒はいただけないので」
魔法使い「破っちゃいなさいよ。神さまだってさ、世界救った女の子にバチなんて当てないでしょ?」
僧侶「ええ、間違いありませんね」
91 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:37:27.16 ID:UMPAG6Zoo
静謐な礼拝堂の空気の中、数年ぶりに再会した二人は、変わらずに談笑する。
それでも歩む道は絶対的に違い、共通の目的などもうない。
『旧友』ではあっても、もう……『仲間』ではない。
僧侶「……それで、魔法使いさん。本日はどういったご用件でしょうか」
魔法使い「いや、別に。……何よぅ、あたしの顔なんて見たくもなかったー?」
僧侶「ふふふ。本当に……お変わりない。今は、どのような……?」
魔法使い「日常よ、日常。……強いて言えば、あいつの言うとおりにしてたね」
僧侶「……冒険稼業ですか?」
魔法使い「そんな感じ。とーぞく退治したり、モンスター退治したり。……この間は、『ぼくの犬をさがして』なんて
とってもステキな『クエスト』をいただいちゃって。ま、あたしの魔法ですぐ見つかったけどー」
僧侶「素敵ですね」
魔法使い「あとは薬作って売ったり、護符作ってあげたり。そんな感じで生きてるわけよ」
僧侶「魔法使いさんらしい。……気になっていたのですが」
魔法使い「んー?」
僧侶「あの……『帽子』は、どうなさったのですか?」
魔法使い「訊くの、遅っ」
92 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:38:32.26 ID:UMPAG6Zoo
頭の上に、もうあのとんがり帽子は乗っていない。
するっと伸びる栗毛が、何阻まれることなく肩辺りまで流れている。
たった一つ特徴をなくしただけではなく、表情も、身のこなしも、負けん気の強かったあの頃とは違い、
落ち着きさえも兼ね備えた、爽やかな色気まで醸し出していた。
魔法使い「なんか、もう……特徴なくなっただけで、どんだけ存在感なくなるの、ってハナシよね」
僧侶「申し訳ありません。……でも、お似合いです。お綺麗ですよ」
魔法使い「ま、死ぬまであの帽子使う訳じゃないしさ。いい頃合いだったのよ、うん」
照れ臭くなり、毛先を弄びながら、妙に客観視したように頷く。
そんな所は――――四年前と変わっていない可愛らしさがある。
魔法使い「で、あんたこそ。最近どうさ? 四年前と変わってない訳じゃないんでしょ」
変化は、僧侶も同じ。
見慣れた法衣はそのままでも、纏う空気はいかにも柔和で、うっかりと口を滑らせてしまいそうな安心感と、
それでも受け入れてくれる包容力まで感じさせるような、慈しみに溢れた佇まいを身につけていた。
僧侶「そうですね。……ですが、私は……ずっと、ここにいました。自分の変化には気付けませんよ」
魔法使い「ええ若いもんが、何を引き籠っとるかねー?」
僧侶「いえ、たまには王都や近くの村まで行きますよ。……『冒険』は、なくなりましたが」
魔法使い「物足りない?」
93 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:39:17.59 ID:UMPAG6Zoo
僧侶「いえ、まさか。……私は、これでいいんです」
魔法使い「よね」
僧侶「はい。私は……満足しているんです。迷える人々の懺悔を聴き、導き、その前途を祝福し、祈る。
たったそれだけの事で、私は幸せです」
魔法使い「……気になってて、聞きそびれたまんまだったけど。なんであんた、勇者についてきたのよ?」
僧侶「話すほどでもない、些細な事ですよ。……お話したくない訳ではありませんが、面白くはありませんよ」
魔法使い「ふーん……。まぁ、いいわ。戦士の奴は、どうしてるかな」
僧侶「ええ。あの後……お城の近衛兵になられたとか」
魔法使い「ふぅん。似合わなー」
僧侶「何故か、と一度。私も訊ねた事があります」
魔法使い「うん。何て?」
僧侶「……『もう、戦場には立ちたくない』と」
魔法使い「……そっか」
94 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:40:27.89 ID:UMPAG6Zoo
僧侶「今は、王女殿下の親衛隊に抜擢されたとか……」
魔法使い「あはははっ! あんなガタイで、あんなコワモテで? やっぱ似合わない」
戦士は、二度と『戦場』に戻る事はなかった。
世界を救い、そこに住む人々を救ったその手で、人を殺めることはできなかった。
勇者が最後にそう言った、たった一言が――何年経とうと、胸に熱いから。
その代わりとして、かつて命を預けたその男に惹かれた、たった一人の女を護ると決めた。
何よりもそれは、王女の強い希望のためだった。
魔法使い「……あたし達は、変わらない。でも、あいつは……変わったんだね」
僧侶「ええ。……それもまた、人の強さなのではないかと。今は、そう思います」
魔法使い「変わらない事も、変わる事も。大事よね、やっぱり」
入り口の扉から、春風が吹きこんだ。
柔らかくて暖かい風に、桃色の花びらがひとつ、ふたつ紛れてくる。
舞った花びらが礼拝堂の滑らかな床に落ちて、一点の華を添えた。
僧侶「……あ、申し訳ございません。少しだけ……外します」
魔法使い「うん?」
開いた扉の向こうに、青年が立っていた。
つば付きの帽子をかぶった背の高い、人懐っこそうで、それでも力の籠もった目をした精悍な男だ。
見ると、肩掛けの鞄の中から手紙の束を取り出して、小走りに駆けてきた僧侶へ手渡していた。
僧侶はそのまましばらく彼と言葉を交わしてくすくすと笑い、青年の方は、どこか、緊張しているらしかった。
魔法使いはそれを見ると――失笑し、肩をすくめて一人ごちる。
魔法使い「なーんだ。……ちゃんと、『女の子』してんじゃないの」
僧侶がもう一度、祭壇の方を振り返った時。
そこにはもう、魔法使いは、いなかった。
95 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:41:10.59 ID:UMPAG6Zoo
それから程なくして。
魔法使いは一人、決戦の地を訪れた。
まずは最寄りの村へ呪文で飛び、そこから少しだけ旅をした。
あの決戦へ望む道のりを、一人で辿るようにして。
休憩も、同じ場所で取った。
茶葉は使わず、沸かしたお湯を飲んで身体を暖め、使い古した天幕で眠った。
一年前、勇者が故郷だと言っていた農村を訪れ――――否、眺めた事がある。
丘の上から見る村は、とても美しかった。
言っていた通り大きな村ではなく、風車小屋がひとつ、鐘楼がひとつ、小さな民家が数える程度。
少し離れて農家があり、畑は収穫を控えて爽やかな風に揺れていた。
目を凝らしてみれば、どことなく勇者の面影がある、少女がいた。
確かめずとも、分かる。
あれは勇者の妹で、遅れて家から出てきた二人は、その父母だ。
世界を救った『勇者』にして『子』、そして『兄』は、旅から帰らなかった。
それでも、乗り越えていた。
乗り越えて――――明日を生きる為に、黄金の麦穂を刈り取っていた。
それを見届けると、魔法使いはその場を離れた。
ただ――――それだけを、見たかったから。
帰らなかった、勇者の代わりに。
96 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:42:02.90 ID:UMPAG6Zoo
魔法使い「……そろそろ、あの場所ね」
身一つで辿った旅路は、最後の休息所へ近づいていた。
刻は、昼下がり。光の届かぬこの林を抜ければ、開けた丘に着くだろう。
風は暖かいが、少し湿っている。
もうここには魔王の城は無く、魔王もいない。
喉から入り込む地獄の瘴気もなく、魔物の声など聞こえてこない。
入れ替わるようにして、小鳥の歌声と虫の声だけが聴こえる。
これも、紛れもなく――――魔法使い自身が勇者とともに、取り戻したもののひとつだ。
やがて、昼なお暗い林の終わりが見えてきた。
緑の迷宮の出口に進むほどに、空が見えてくる。
そしてようやく。
林を抜けて、最後に語らった、あの思い出の場に着いた。
そこは、不思議と変わっていない。
もしかすると訪れた者が他にもいたのか、焚き火の痕が残っている。
座って暗闇の空を見上げた切り株も、あの時のままだ。
つい愛しげに、それを眺めてしまう。
その時、気付く。
湿地帯の不毛な悪臭は漂ってこない。
濡れてまとわりつくような湿り気もない。
崖の方へと歩いて、魔王の城の聳えていた沼地を、見下ろす。
97 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:43:45.47 ID:UMPAG6Zoo
そこは、一面の花畑に変わっていた。
奇跡としか思えない程に、見渡す限りの白い花に埋め尽くされていた。
思わず、降りられる道を探して駆け下りる。
あの沼地が、果たしてこんな事になり得るのだろうか。
とてもではないが、信じられず――――魔法使いは、何度も何度も地面を確かめる。
だが土はしっかりとしていて、その上に、まるで綿雲のように真っ白な花が咲き誇っていた。
魔法使い「う、そ……こんな事って……」
歩を進めて、魔王城の瓦礫へと近づく。
当然、片付けられてはいない。
まるで史跡のように、崩壊した魔王城の名残がそこにはある。
びっしりと苔がむし、瓦礫の間からは草花が芽生えて、蝶が舞う。
更には小鳥やリスまでも、城跡に戯れていた。
そこが人間界で最も恐れられた場である事を、知りもしないかのように。
魔法使い「……『雷』が、なんで『勇者』の力なのか知ってる――――?」
誰にでもなく――――強いて挙げるのならば、『世界』そのものへ問いかける。
その表情は誇らしげでもあり、少しだけ、寂しげでもあった。
雷は、雨を降らせる。真っ黒で分厚い雲を切り裂いて、雨を吐き出させる。
雨は、空中の塵を洗い流し、地に落ちれば恵みの雨となる。
雨となって落ちれば――――その上には赤い太陽と青い空が覗かせてくれる。
98 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:44:48.42 ID:UMPAG6Zoo
雨は、全てを洗い流す。
積み上げられた憎しみの塔を。
怒りに任せて描いた、地獄の絵を。
そして全てを洗い清めれば、空には、混ざらなくとも寄り添い合う、七色の架け橋がかけられる。
魔法使いが見上げた空には、少しだけ、名残惜しそうな雲がかかっていた。
風が、決戦地に芽吹いた花畑を吹き抜け、可憐に白い花びらを舞い上げて空へと運んだ。
暗雲が垂れ込めた世界の、その中心だった空へ。
彼女は思わず微笑み、今度は、すっきりと透き通った眼で、『約束』を見た。
魔法使い「空、見えたよ。…………ねぇ」
昼下がりの空、魔王城の跡地の上には、雨がくれた橋がある。
『魔王と勇者の物語』のおしまいのページには、赤と、青と、白、そして七色。
魔法使い「――――――ありがと」
暗黒を払い、世界に色と光を取り戻す者。
――――――世界はそれを、『勇者』と呼んだ。
完
99 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:45:35.26 ID:UMPAG6Zoo
本編、勇者一行の後日談はこれで終了です
ありがとうございました
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 02:46:44.59 ID:MzPavpAuo
え?魔法使い再会無いのん…?
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 04:21:19.46 ID:WQdStiBr0
魔法使い良い子だから幸せになって欲しいけど…
勇者にはもう堕女神が居るから、再会は無しの方がいい気がするなぁー
堕女神と魔法使いの昼ドラばりのドロドロとか見たくないわー…
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 16:53:03.37 ID:jb5rAYwDO
本編って言ったな?
ポチの出番を期待してもいいんだな?
105 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/27(月) 01:44:17.62 ID:ltokE6hQo
勇者が去った世界がどうなったか、一行がどうなったか、ってのを気にしてる方が多いのと、
俺が正直書きたかったので書いてみました
それと、淫魔サイドばかり書いてた気分転換もありますね
>>100-101
なんか、魔法使いと再会させるのも違う気がして。
もしそうなっても、胃のやられるような展開にはしませんよー
>>104
ポチは多分、次回でそこそこ見せ場のあるキャラで出します
とりあえず次からは再び舞台を淫魔の国に戻します
それでは、今日はちょっと無理ですけど、後ほど淫魔の出てくる短編を何度かに分けて投下します
読んでいただき、ありがとうございました
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/27(月) 07:22:29.35 ID:k/aK3I900
短編楽しみにしています!
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/27(月) 07:45:19.61 ID:k/aK3I900
楽しみです!
*
パーティを解散する日が、やってきた。
時は、決戦から二週間。
『魔王のいない世界』が、当たり前になり始めた――――そんな、時の事だ。
王国、その城下の広場に、三人の姿がある。
僧侶「それでは。……皆様には、お世話になりました」
まず最初に、僧侶が。
彼女は修道院に戻り、再び、聖職者としての、『冒険』では無い道を歩む。
そちらの方が、彼女には似合っているはずだ。
戦士「いや。世話になったのは俺達だ。……お前には、何度助けられたか分からない」
魔法使い「そうよ。あんたがいなかったら……いや、一人でも欠けたら、魔王は倒せなかった」
僧侶「……長い旅でした。ですが……これは、永遠の別れではありません。いつでも、院に来て下さいね」
僧侶は身一つ、持ち物は十字をあしらった杖が一本だけ。
勇者と初めて会った時の服装だ。
修道院は王都から馬車で数時間の距離にある。
いつでも会おうと思えば会いに行けるし、きっと、そうする。
だが、三人とも感じていた。
会えはしても、二度と、その運命が交差する時は来ないのだと。
何本もの流れはやがて一本の大河となり、大海原へと続く。
今度は、その逆だ。
一本に重なった大河は、逆戻りして――――ふたたび三つの、別々のささやかな流れに戻る。
旅が終わるというのは、そういうことなのだ。
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:27:04.28 ID:UMPAG6Zoo
広場から馬車に乗る時、彼女はもう一度だけ、深くお辞儀をした。
その顔は満ち足りていて、別れの哀しみさえも見せない。
もう、彼女は吹っ切ったのだろう。
勇者と魔王がいなくなり、この平穏が続くのだと、信じた。
彼女の職業は、『僧侶』。
『信じる』ことと『祈る』ことを御業へと変える、恐らくは唯一の職だから。
そして、世界を救った、癒しの御手は再び修道院へと戻った。
幌馬車の中で、出立にふさわしい初夏の空の下、がらがらと音を立て、石畳の上を馬車が駆ける。
残された二人は、それを、見えなくなるまで目で追って――――やがて、逆方向へ同時に目を向ける。
広場の中央には、人だかりができていた。
急造の演壇がこしらえられ、そこに誰が立つのかと、民衆は囁き合う。
魔法使い「……はじめよっか」
戦士「ああ。……俺達の、最後の『クエスト』を」
言うと、戦士は帯びた剣の鞘尻を使い、近くの路地にある木箱を叩いた。
人が十分に隠れられるほどの大きさで、側面には細工がしてあり、簡単に開けるようになっている。
魔法使い「王女様。あんた……本当に大丈夫?」
中から出てきたのは、多少くたびれてはいるものの……純白に装った、王女だった。
長い金髪は少しはねている。
それを丹念に手ぐしで整えながら、彼女は、大路へ出てきた。
王女「はい、問題ありませんよ。……それでは、よろしく、お願いいたします」
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:30:40.04 ID:UMPAG6Zoo
魔法使いと戦士が先導し、王女を演壇へと導く。
気付いた民衆が道を開け、巡回の衛兵は、泡を食ったように絶句していた。
やがて、彼女が演壇を登り、広場に集まった民衆に向き合う。
その両脇を固めるように、二人は杖と剣に手を添えて侍る。。
王女「皆さま、ごきげんよう。……私はこの王国、王位継承権第三位。王女。急ですが、どうかお許し下さい」
その一言で、広場は一瞬のうちに静まり返った。
王女「先日の、勇者様ご一行の凱旋でお気づきになられたかと存じますが、まず、はっきりと言わせていただきます」
彼女は息を吸い込み、言い聞かせるように――――宣言したように、言い切った。
王女「魔王は討ち滅ぼされました。そして。勇者様も、また……世を去りました」もう、魔王に怯える日々は来ません。
世界は、再び安寧を取り戻しました――――と、皆さまに言えたのなら……どんなに良かったかと思います」
付け足した言葉に、聴衆は怪訝な表情を浮かべた。
やがて、「どういう事ですか!」と野次が飛び、王女がそれを飲み込むように頷くと、演説が再開した。
王女「……恐らくは、この王国と隣国の間で、近い内に……戦争が、再開されます」
広場に悪魔が通ったような沈黙が駆け抜け、衛兵達が演壇に近づこうとした。
その者達へ、魔法使いと戦士は視線を向け、武器に添えた手を握ってみせた。
それだけの事で、彼らの身体は硬直して、『聴衆』の一人になる。
王女「ですが、果たして――――それは、勇者様の望みでしょうか」
87 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:32:44.05 ID:UMPAG6Zoo
王女「私とて、莫迦ではありません。我が国と隣国の確執は存じ上げます」
この王国と隣国の敵対は、かれこれ三百年ほど遡る。
ある史家は王位継承問題に発端があると言い、別の史家は領土問題だと言う。
はたまた貿易摩擦や、もっと小さな積み重なった問題だとも言うし、もしかすると――――全て、かもしれない。
幾度もの休戦を挟みながら、二つの国は敵対してきた。
王女「相手を『許す』側なのか。それとも、私達が『許しを請う』側なのか。それを分かる方は、いらっしゃいますか?」
見上げる聴衆から、返答は無い。
王女「……私達は、『勇者』と『魔王』ではありません。私達は、人間です。討ち合う宿命になんて……置かれて、いない筈です」
そこまで言うと、民衆からようやく声が上がった。
人々はそちらを見て、やや遠巻きに距離を取った。
歳にして十歳ほどの少年が、握り拳を固めたまま、声の限りに叫んでいた。
少年「そんなの、違う! 僕の父さんは、隣の国の連中に殺された! だから、僕も……殺してやる!
王女「――――あなたの父君は、何をしていらしたのですか?」
少年「兵士だった! 五年前に……戦場に行って、帰って来てない! だから……!」
続きの言葉は、出ない。
少年は哀しみに加え、大声を張り上げた事で紅潮した顔に、じんわりと涙を滲ませた。
王女「……その哀しみは……よく、分かります」
少年「えっ……?」
王女「『たいせつな人』が返ってこない哀しさ、心細さ。……それを、貴方は……その幼さで、知ってしまった」
少年「そうだ、だから……!」
88 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:33:36.10 ID:UMPAG6Zoo
王女「……私達は、『種』を植えましょう」
王女は、顔をわずかに俯けて、消え入りそうな声で呟いた。
その声は、恐らく民衆の最前列と、傍らの二人にしか聞こえていない。
しばらくドレスの裾を握ってから――彼女は、続けた。
王女「古くて大きな、朽ちかけてなお残る楔を抜きましょう。……勇者様がくれた、今この時。私達みんなで」
雨に打たれて震える小鳥のように、王女の肩は、震えていた。
王女「育てて食べる豆でもいい。心を癒すきれいな花でもいい。怒りとともに植えた、毒花の球根でもいい。
でも……必ず、自分で育ててください。どこかの誰かに、任せたりしないで。
……もう一度、言わせてください」
堂々と、顔を上げた。
涙に濡れたその顔を、広場を埋め尽くし、通りの窓から身を乗り出し、何事かと耳をそばだてる国民に、
惜しげもなく見せつけてしまうかのように。
そして、もう一度だけ――――もう一度だけ、世界中の人々が待っていた言葉を。
王女「……魔王は、もう世界にいないのです。勇者様が、命と引き換えに……倒してくれました」
魔法使いと戦士は、いつしか、武器に添えた手を離していた。
もう、広場に警戒すべきものは無い。
聴衆は押し黙り、衛兵達も、うなだれていた。
王女「……今しか、ない。私達は、『勇者と魔王の物語』の終わりを機会として、生まれ変わりましょう。
古い因習も、受け継いだ憎しみも消し去って。……『書』を、作り直しましょう」
演説が終わって、日が沈んだ頃。
魔法使いは、旅立ち――――『勇者の一行』は、解散した。
――――――それから一ヶ月が経つ頃、王国と、隣国の間で会談の席が持たれた。
場所は、どちらでもない中立第三国。
王女の……娘の根強い説得を受け、国王自ら赴いた。
城下の広場で行われたあの演説は、衛兵や国民の間を瞬く間に駆け抜けた。
衛兵から衛兵隊長へ。城下の民から、地方の農村へ。
やがてその内容は文書となって上流階級へと伝わり、それを読んでしまった若い嫡子達の心を、打った。
下から、上へ。揺らぎが生じつつある。
それらの声はやがて、看過できないほどとなり、一応の格好つけとして、この席を持つ事になった。
勇者の死を告げられると、隣国の王と、王子は――――哀しんだという。
「勇者は魔王と相討ちになり、世界を救った」と告げると、不倶戴天の敵であった隣国は、
その偉業を称えるとともに、哀悼の意を捧げるために、国を挙げて喪に服した。
彼らは、喜ばなかった。
世界を救った、敵国の男の死を嘆いた。
魔王討伐から、一年が経つ頃。
隣国との間に、停戦協定が結ばれた。
その影には、王女の力があったのは疑いない。
ふたつの握り拳は、握り合う手のひらになった。
力を抜いて開かれた手は、『太陽』の形を、きっとしていた。
勇者が去った世界は、皮肉な事に……それ故に、回り始めた。
嵐の去った夜明け、風雨を凌いでいた動物たちが、夜露に濡れた草を踏みしめて巣穴から這い出すように。
世界の全てが、同じ色の旗を分け合う事は、ない。
だが、敵対の理由さえ見失った二国が歩み寄る事は、できた。
それでも――――いつかは。
再び、世界は……炎に包まれる日が、来るのだろう。
何十年後か何百年後か、はたまた――願わくば、数千年後に。
90 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:36:46.14 ID:UMPAG6Zoo
*
決戦から四年が経つ春の日、魔法使いは、王国の修道院を訪れた。
真っ白な建物で、よく晴れた日の雲のように大きくて、足を踏み入れず、ただ眺めるだけでも
心が引き締まり、指を組みたくなるような――――そんな、修道院だ。
軋みを上げる扉を開け、礼拝堂へと入る。
そこには――ほんの数年では変わらない細い背中が、すぐ正面に見えた。
魔法使い「やほっ。元気だった?」
声に驚いた様子もなく、その法衣に包まれたなよやかな僧侶は立ち上がり、楚々とした仕草で振り向いた。
僧侶「ええ。魔法使いさんこそ、お元気そうで……安心しましたよ」
魔法使い「あんた、変わんないわねー。つまんないわよ、もう」
僧侶「変わらず毎日祈る事。それだけが、私の『職業』ですから」
魔法使い「そのマジメっぽさも。……たまには、一杯飲まない?」
子どもっぽく、盃を仰ぐ仕草をしてみせると、僧侶は苦笑した。
僧侶「折角ですが、遠慮いたします。戒律上、お酒はいただけないので」
魔法使い「破っちゃいなさいよ。神さまだってさ、世界救った女の子にバチなんて当てないでしょ?」
僧侶「ええ、間違いありませんね」
91 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:37:27.16 ID:UMPAG6Zoo
静謐な礼拝堂の空気の中、数年ぶりに再会した二人は、変わらずに談笑する。
それでも歩む道は絶対的に違い、共通の目的などもうない。
『旧友』ではあっても、もう……『仲間』ではない。
僧侶「……それで、魔法使いさん。本日はどういったご用件でしょうか」
魔法使い「いや、別に。……何よぅ、あたしの顔なんて見たくもなかったー?」
僧侶「ふふふ。本当に……お変わりない。今は、どのような……?」
魔法使い「日常よ、日常。……強いて言えば、あいつの言うとおりにしてたね」
僧侶「……冒険稼業ですか?」
魔法使い「そんな感じ。とーぞく退治したり、モンスター退治したり。……この間は、『ぼくの犬をさがして』なんて
とってもステキな『クエスト』をいただいちゃって。ま、あたしの魔法ですぐ見つかったけどー」
僧侶「素敵ですね」
魔法使い「あとは薬作って売ったり、護符作ってあげたり。そんな感じで生きてるわけよ」
僧侶「魔法使いさんらしい。……気になっていたのですが」
魔法使い「んー?」
僧侶「あの……『帽子』は、どうなさったのですか?」
魔法使い「訊くの、遅っ」
92 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:38:32.26 ID:UMPAG6Zoo
頭の上に、もうあのとんがり帽子は乗っていない。
するっと伸びる栗毛が、何阻まれることなく肩辺りまで流れている。
たった一つ特徴をなくしただけではなく、表情も、身のこなしも、負けん気の強かったあの頃とは違い、
落ち着きさえも兼ね備えた、爽やかな色気まで醸し出していた。
魔法使い「なんか、もう……特徴なくなっただけで、どんだけ存在感なくなるの、ってハナシよね」
僧侶「申し訳ありません。……でも、お似合いです。お綺麗ですよ」
魔法使い「ま、死ぬまであの帽子使う訳じゃないしさ。いい頃合いだったのよ、うん」
照れ臭くなり、毛先を弄びながら、妙に客観視したように頷く。
そんな所は――――四年前と変わっていない可愛らしさがある。
魔法使い「で、あんたこそ。最近どうさ? 四年前と変わってない訳じゃないんでしょ」
変化は、僧侶も同じ。
見慣れた法衣はそのままでも、纏う空気はいかにも柔和で、うっかりと口を滑らせてしまいそうな安心感と、
それでも受け入れてくれる包容力まで感じさせるような、慈しみに溢れた佇まいを身につけていた。
僧侶「そうですね。……ですが、私は……ずっと、ここにいました。自分の変化には気付けませんよ」
魔法使い「ええ若いもんが、何を引き籠っとるかねー?」
僧侶「いえ、たまには王都や近くの村まで行きますよ。……『冒険』は、なくなりましたが」
魔法使い「物足りない?」
93 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:39:17.59 ID:UMPAG6Zoo
僧侶「いえ、まさか。……私は、これでいいんです」
魔法使い「よね」
僧侶「はい。私は……満足しているんです。迷える人々の懺悔を聴き、導き、その前途を祝福し、祈る。
たったそれだけの事で、私は幸せです」
魔法使い「……気になってて、聞きそびれたまんまだったけど。なんであんた、勇者についてきたのよ?」
僧侶「話すほどでもない、些細な事ですよ。……お話したくない訳ではありませんが、面白くはありませんよ」
魔法使い「ふーん……。まぁ、いいわ。戦士の奴は、どうしてるかな」
僧侶「ええ。あの後……お城の近衛兵になられたとか」
魔法使い「ふぅん。似合わなー」
僧侶「何故か、と一度。私も訊ねた事があります」
魔法使い「うん。何て?」
僧侶「……『もう、戦場には立ちたくない』と」
魔法使い「……そっか」
94 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:40:27.89 ID:UMPAG6Zoo
僧侶「今は、王女殿下の親衛隊に抜擢されたとか……」
魔法使い「あはははっ! あんなガタイで、あんなコワモテで? やっぱ似合わない」
戦士は、二度と『戦場』に戻る事はなかった。
世界を救い、そこに住む人々を救ったその手で、人を殺めることはできなかった。
勇者が最後にそう言った、たった一言が――何年経とうと、胸に熱いから。
その代わりとして、かつて命を預けたその男に惹かれた、たった一人の女を護ると決めた。
何よりもそれは、王女の強い希望のためだった。
魔法使い「……あたし達は、変わらない。でも、あいつは……変わったんだね」
僧侶「ええ。……それもまた、人の強さなのではないかと。今は、そう思います」
魔法使い「変わらない事も、変わる事も。大事よね、やっぱり」
入り口の扉から、春風が吹きこんだ。
柔らかくて暖かい風に、桃色の花びらがひとつ、ふたつ紛れてくる。
舞った花びらが礼拝堂の滑らかな床に落ちて、一点の華を添えた。
僧侶「……あ、申し訳ございません。少しだけ……外します」
魔法使い「うん?」
開いた扉の向こうに、青年が立っていた。
つば付きの帽子をかぶった背の高い、人懐っこそうで、それでも力の籠もった目をした精悍な男だ。
見ると、肩掛けの鞄の中から手紙の束を取り出して、小走りに駆けてきた僧侶へ手渡していた。
僧侶はそのまましばらく彼と言葉を交わしてくすくすと笑い、青年の方は、どこか、緊張しているらしかった。
魔法使いはそれを見ると――失笑し、肩をすくめて一人ごちる。
魔法使い「なーんだ。……ちゃんと、『女の子』してんじゃないの」
僧侶がもう一度、祭壇の方を振り返った時。
そこにはもう、魔法使いは、いなかった。
95 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:41:10.59 ID:UMPAG6Zoo
それから程なくして。
魔法使いは一人、決戦の地を訪れた。
まずは最寄りの村へ呪文で飛び、そこから少しだけ旅をした。
あの決戦へ望む道のりを、一人で辿るようにして。
休憩も、同じ場所で取った。
茶葉は使わず、沸かしたお湯を飲んで身体を暖め、使い古した天幕で眠った。
一年前、勇者が故郷だと言っていた農村を訪れ――――否、眺めた事がある。
丘の上から見る村は、とても美しかった。
言っていた通り大きな村ではなく、風車小屋がひとつ、鐘楼がひとつ、小さな民家が数える程度。
少し離れて農家があり、畑は収穫を控えて爽やかな風に揺れていた。
目を凝らしてみれば、どことなく勇者の面影がある、少女がいた。
確かめずとも、分かる。
あれは勇者の妹で、遅れて家から出てきた二人は、その父母だ。
世界を救った『勇者』にして『子』、そして『兄』は、旅から帰らなかった。
それでも、乗り越えていた。
乗り越えて――――明日を生きる為に、黄金の麦穂を刈り取っていた。
それを見届けると、魔法使いはその場を離れた。
ただ――――それだけを、見たかったから。
帰らなかった、勇者の代わりに。
96 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:42:02.90 ID:UMPAG6Zoo
魔法使い「……そろそろ、あの場所ね」
身一つで辿った旅路は、最後の休息所へ近づいていた。
刻は、昼下がり。光の届かぬこの林を抜ければ、開けた丘に着くだろう。
風は暖かいが、少し湿っている。
もうここには魔王の城は無く、魔王もいない。
喉から入り込む地獄の瘴気もなく、魔物の声など聞こえてこない。
入れ替わるようにして、小鳥の歌声と虫の声だけが聴こえる。
これも、紛れもなく――――魔法使い自身が勇者とともに、取り戻したもののひとつだ。
やがて、昼なお暗い林の終わりが見えてきた。
緑の迷宮の出口に進むほどに、空が見えてくる。
そしてようやく。
林を抜けて、最後に語らった、あの思い出の場に着いた。
そこは、不思議と変わっていない。
もしかすると訪れた者が他にもいたのか、焚き火の痕が残っている。
座って暗闇の空を見上げた切り株も、あの時のままだ。
つい愛しげに、それを眺めてしまう。
その時、気付く。
湿地帯の不毛な悪臭は漂ってこない。
濡れてまとわりつくような湿り気もない。
崖の方へと歩いて、魔王の城の聳えていた沼地を、見下ろす。
97 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:43:45.47 ID:UMPAG6Zoo
そこは、一面の花畑に変わっていた。
奇跡としか思えない程に、見渡す限りの白い花に埋め尽くされていた。
思わず、降りられる道を探して駆け下りる。
あの沼地が、果たしてこんな事になり得るのだろうか。
とてもではないが、信じられず――――魔法使いは、何度も何度も地面を確かめる。
だが土はしっかりとしていて、その上に、まるで綿雲のように真っ白な花が咲き誇っていた。
魔法使い「う、そ……こんな事って……」
歩を進めて、魔王城の瓦礫へと近づく。
当然、片付けられてはいない。
まるで史跡のように、崩壊した魔王城の名残がそこにはある。
びっしりと苔がむし、瓦礫の間からは草花が芽生えて、蝶が舞う。
更には小鳥やリスまでも、城跡に戯れていた。
そこが人間界で最も恐れられた場である事を、知りもしないかのように。
魔法使い「……『雷』が、なんで『勇者』の力なのか知ってる――――?」
誰にでもなく――――強いて挙げるのならば、『世界』そのものへ問いかける。
その表情は誇らしげでもあり、少しだけ、寂しげでもあった。
雷は、雨を降らせる。真っ黒で分厚い雲を切り裂いて、雨を吐き出させる。
雨は、空中の塵を洗い流し、地に落ちれば恵みの雨となる。
雨となって落ちれば――――その上には赤い太陽と青い空が覗かせてくれる。
98 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:44:48.42 ID:UMPAG6Zoo
雨は、全てを洗い流す。
積み上げられた憎しみの塔を。
怒りに任せて描いた、地獄の絵を。
そして全てを洗い清めれば、空には、混ざらなくとも寄り添い合う、七色の架け橋がかけられる。
魔法使いが見上げた空には、少しだけ、名残惜しそうな雲がかかっていた。
風が、決戦地に芽吹いた花畑を吹き抜け、可憐に白い花びらを舞い上げて空へと運んだ。
暗雲が垂れ込めた世界の、その中心だった空へ。
彼女は思わず微笑み、今度は、すっきりと透き通った眼で、『約束』を見た。
魔法使い「空、見えたよ。…………ねぇ」
昼下がりの空、魔王城の跡地の上には、雨がくれた橋がある。
『魔王と勇者の物語』のおしまいのページには、赤と、青と、白、そして七色。
魔法使い「――――――ありがと」
暗黒を払い、世界に色と光を取り戻す者。
――――――世界はそれを、『勇者』と呼んだ。
完
99 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:45:35.26 ID:UMPAG6Zoo
本編、勇者一行の後日談はこれで終了です
ありがとうございました
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 02:46:44.59 ID:MzPavpAuo
え?魔法使い再会無いのん…?
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 04:21:19.46 ID:WQdStiBr0
魔法使い良い子だから幸せになって欲しいけど…
勇者にはもう堕女神が居るから、再会は無しの方がいい気がするなぁー
堕女神と魔法使いの昼ドラばりのドロドロとか見たくないわー…
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 16:53:03.37 ID:jb5rAYwDO
本編って言ったな?
ポチの出番を期待してもいいんだな?
105 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/27(月) 01:44:17.62 ID:ltokE6hQo
勇者が去った世界がどうなったか、一行がどうなったか、ってのを気にしてる方が多いのと、
俺が正直書きたかったので書いてみました
それと、淫魔サイドばかり書いてた気分転換もありますね
>>100-101
なんか、魔法使いと再会させるのも違う気がして。
もしそうなっても、胃のやられるような展開にはしませんよー
>>104
ポチは多分、次回でそこそこ見せ場のあるキャラで出します
とりあえず次からは再び舞台を淫魔の国に戻します
それでは、今日はちょっと無理ですけど、後ほど淫魔の出てくる短編を何度かに分けて投下します
読んでいただき、ありがとうございました
短編楽しみにしています!
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/27(月) 07:45:19.61 ID:k/aK3I900
楽しみです!
魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
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