魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
Part4
57 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:30:37.89 ID:zNvxktpKo
*
虫の声で目が覚めた時、最初に見えたのは、厚手の暗緑の布だった。
眼球を動かしてみれば、視界の全てがそれに覆われていて、少し思索を巡らせれば思い当たった。
ここは、『旅』で使っていたテントの中だ。
油の滲み、土の汚れ、寝ぼけて引っかけた裂け目も、すぐに見つかった。
外からは、パチパチという焚き火の音が聴こえる。
毛布をかぶせられていたが、外にはみ出ていた手が、ひんやりと冷たい。
起き上がり、外に出ると言葉を失った。
夜空を埋め尽くす綺羅星が、ひとつひとつがまるで満月のように輝いていた。
光り輝く少年の瞳のように、大地を明るく照らしていた。
しばらく言葉を失って、見とれているうちに気付いた。
ここは最後の夜を過ごした、魔王の城とその沼地を望む、丘の上の野営地だ。
焚き火の前、ちょうどよい切り株の上に誰かが座っていた。
魔法使い「勇――――」
思わず、言葉が漏れかけた。
だが、星明りと火に照らされた面影は、似ても似つかず、細い。
僧侶「気がつかれましたか。よかった……」
体を細めて座り、火の番をしていた彼女は若干、やつれているように見えた。
言葉もかすれて、鼻の奥が少しうずいているかのように、くぐもっていた。
魔法使い「……勇者、は…………」
58 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:31:06.99 ID:zNvxktpKo
僧侶からの答えは、無い。
代わりに彼女の視線は揺れて、焚き火を、見つめるでもなく見た。
魔法使い「……あ、っそ。…………やれやれ、参るわ」
夢であればいい、と思っていた。
だが夢ではなく、どこまでも、『事実』でしかない。
軽薄な物言いをしなければ、認められなかった。
魔法使い「あーあ、まったく。最後でド級のケチがついたわよね」
僧侶「そう、ですね」
魔法使い「終わってみれば、呆気ないわねぇ。……あんた、帰ったらどうすんの?」
僧侶「修道院に戻って……いつも通りの日々へ」
魔法使い「いつも通り、ねぇ。あたしはもう忘れちゃったけどねー。どんな風に生きてたんだっけか」
僧侶「え?」
魔法使い「あんたみたいに神さまのために尽くしてなんかないし、血も好きじゃないしさ。
…………あたしの『日常』って、どんなんだったか。忘れちゃったのよ」
僧侶「魔法使い、さん」
59 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:31:36.20 ID:zNvxktpKo
魔法使い「『まほー』なんて使えたってさ。結局こんなもんなのよ。……ねぇ、教えてくれる?」
僧侶「はい、何でしょうか?」
魔法使い「……『神さま』を持ってるって、どういう感じなの?」
僧侶「あまり参考にはなりませんよ。私にとっては、当然の存在なので……考えた事もありません」
魔法使い「…………あんた、まだ『神さま』を信じてられるの?」
少し荒い口調になってしまった問いかけに、彼女は答えない。
気まずそうに、そして哀しそうに目を伏せるだけだ。
なんとなく、うしろめたいような気分になってしまい、ひとまず振ってしまった話題を逸らす事にした。
魔法使い「ごめんね、困らせちゃった。……今、何時かな」
僧侶「そろそろ、日の出の時間かと」
魔法使い「そっか。……なんか、実感できないわ。『魔王』倒したってのにさ」
僧侶「……はい」
60 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:32:42.85 ID:zNvxktpKo
地面に直に座り、帽子を深くかぶり直す。
夜露で湿った草が尻を湿らせ、不快だった。
しかしそのまま、膝を抱え込むような姿勢で火を見つめた。
朝が来れば、転移の呪文で最寄りの村へ飛ぶ。
そこでもう一晩泊まり、身体を休めてから勇者の故国へ帰る。
恐らくはその手はずだ。
僧侶「……『魔法』を極めるというのはどうです?」
いくつも前の質問に、彼女は遅れて答えてくれた。
魔法使い「『物語』が終わってから鍛えたって、虚しいだけじゃない。時間の無駄よ、無駄」
僧侶「この一行に加わる前は、何を?」
魔法使い「んー? 呪文学んで、錬金術店にいた事もあるし、モンスター退治も。……まぁ、何でもやってたわ」
目標など何もない、軽佻浮薄な人生だった。
『魔法』の天性を備えて生まれてきて、物心ついた頃には初級の呪文が使えた。
開錠の呪文でいたずらをした事もあるし、火の呪文でボヤを出した事もある。
成長すれば、なりを潜めはしたが……それでも、根本は変わらなかった。
錬金術を学んで、冒険者ギルドに登録して仕事を請け負い、盗賊を退治して。
奔放な身一つの生き方をしていたある日、酒場で、僧侶を連れた勇者と出会った。
女将に聞けば、『魔王』を倒しに行く旅の途中で、仲間を集めているのだという。
最初こそ笑い飛ばしたが、興味が出てきて――――ほんの一時、近場のダンジョンの探索に同行した。
それが、きっかけで――――気付けば、『世界を救う旅』に加わってしまっていた。
61 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:33:29.75 ID:zNvxktpKo
白んだ空を仰ぐと、少しずつ、星の光が減っていた。
輝きの弱い六等星は、もう見えない。
小さな星から順に、上り始めた太陽に消されていくかのようだ。
やがて、朝日がおずおずと顔を覗かせた。
方角は魔王の城の、その跡地。
雲一つない空の向こうに、朝焼けが星々を追い立てて、『魔王のいない日』が来たのを告げる。
さっぱりと洗われた空が、暖かな光を通してくれていた。
やがて野営地の裏手の林から、鳥たちの歌声が聞こえ始める。
永い、永い冬を越えて、ようやく時が動き出したような、そんな弾んだ声だった。
魔法使い「……嘘、吐き」
いつの間にか、立ち上がり――――空を仰いでいた。
雲一つない晴天の空が、ぼやけて見えない。
視界が妙に揺らいで、その先にある空が、遠く霞んでいる。
それが涙であると気付けたのは、流れ落ちて、頬を濡らしてからだった。
魔法使い「…………何が、『空を見せてやる』よ。なぁにが」
瞼に突き刺さる日差しはどこまでも暖かいのに、それが輝いている筈の空は遠い。
涙の水底から見上げ、更に段々と沈んでいくようだった。
確かに守られたはずの約束は、それでも、『嘘』になってしまった。
魔法使い「見え、ない、じゃない……! 『空』なんて……どこに、あんのよ……うそ、つき……!」
初夏の明け方、始まりの朝。
分厚い雲が晴れたはずの世界は、それでも、晴れてはいなかった。
62 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:37:13.46 ID:zNvxktpKo
本日投下終了です
それでは、また明日
淫魔の国メンバーは出ないですが、どうぞよろしく
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 00:13:10.38 ID:1xeIzhHko
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
までは読んだんだけど、その後に書いたヤツある?
67 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:20:12.58 ID:QKtUJVFRo
>>66
その後は何も書いてないです、ダイレクトにこれです
そろそろテコ入れでポチ含めて、淫魔サイドにも新キャラを数人出そうかと考えてはいるのですが……
では、投下いたします
思ったより全然短いので、明日で人間界編は最後です
68 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:22:48.48 ID:QKtUJVFRo
*
その日、英雄達は王都へ凱旋した。
通りに立ち並ぶ家々からは国民がその姿を一目見ようと、大人子供の別なく顔を出した。
『魔王』を討伐した四人の英雄は、どんなに誇らしく胸を張っているのかと思い描き、
しかし期待と憧憬を孕んだ瞳たちは、ことごとく訝しげに光を失っていった。
『戦士』『魔法使い』『僧侶』の三人の姿は、国民を絶句させるばかりのものだった。
「……おい」
道の脇に立っていた衛兵の一人が、傍らにいた同僚にささやいた。
ヘルムの中で眉をひそめ、確かめるように。
「本当に、『魔王』を倒したんだよな?」
「ああ。そのはずだが……?」
「……勇者様がいないのは、どうしてだ?」
「さぁな。それより…………何だ。何なんだ、あれは」
「お前も思うか?」
「ああ。……いや。この場にいる全員が思っている筈だ」
「魔王討伐なんて前代未聞の偉業、英雄達の帰還。そのはずなのに……」
溜めをつくり、唾をのみ込み、それを表現する言葉を探し、覚悟をする。
そうしなければ、この様を比喩する事さえ、かなわなかった。
「まるでこんなの――――葬列じゃないか」
69 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:23:24.74 ID:QKtUJVFRo
処刑の丘を登る虜囚の姿が三人に重なり、その場にいた誰もが薄ら寒さを覚えて目を伏せた。
城門から波打つように大通りを駆け抜けた大歓声は、その始まりと同じくして凍っていく。
それほどまでに、城門をくぐった『英雄達』の姿には翳りがあった。
何より、先頭に立ち続けたあの男の姿が無い。
盾さえ持たぬ一刀で、伝説の竜さえ屠ると言われる最強の『人類』がいない。
手を振るのをやめた小さな少年たちは、その理由を傍らの父母に訊ねる。
そして、沈黙のまま頭上に添えられた手の上に疑問符を浮かべる。
撫でる手の意味も、先頭に立つべき男の姿が無いわけにも、行き着く答えが無かったからだ。
大通りのちょうど真ん中を通った時。
小さくて不器用な花束を抱えた少女が、僧侶へ近づく。
ただ一人彼女は背筋をしゃんと伸ばして歩いていたが、その目は泣き腫らして赤い。
少女「はい、これ。おねーちゃんにあげる!」
満面の笑顔とともに差し出された野花の束を、僧侶は膝を折り、視線を合わせて受け取った。
ようやく僧侶の顔に微笑みが戻り、少女の頬を優しく撫でた。
その様子に出迎えの国民達は安堵し、『魔王討伐』が虚報ではない事を確信できた。
だが、拍手も歓声も無い。
国民達は、ただ彼らへ黙礼を送り続けた。
背に抱えたひとつの『終わり』と、失われた存在への届かぬ感謝を示して。
人波の中に、すすり泣きが混じり始めた。
それらは伝播し、凱旋した英雄達への感謝と、恐怖の時代の終わりを告げる。
三人が城に着くまで、石畳に落ちる暖かい雨の音は、止むことが無かった。
70 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:24:31.91 ID:QKtUJVFRo
その夜、魔王の討伐を記念して、城では豪奢な酒宴が行われた。
無意味な宴だった。
最大の『主賓』を欠いて、その仲間たちだけ。
魔物の脅威を真に知る者はなく、王侯貴族たちが豪勢な料理を前に大杯を乾し、語らう。
確かな歓喜の酒宴なのに、最も称えられるべき男は、そこにいない。
魔法使いはバルコニーに出た。
ひんやりとした空気が、ドレスに包まれた肢体を撫でる。
風はなく、夜空には三日月が下がっていた。
柵に寄り掛かって、眼下の庭園を見下ろしながらワイングラスを傾ける。
旅の道中で飲んだものよりはるかに上等なはずのそれが、妙に渋くて、酸っぱい。
振り返り、メインホールの中を見る。
戦士は、将軍達に何やら、熱心に口説かれているようだった。
憮然とした様子のままで、さして興味も無さそうに料理を食べながら話を聞いているようで、
眉をひそめあう将軍達の様子がおかしくてならない。
しまいには、皿を置いて酒を取りに向かって……途中で彼がこちらに気付いて、片眉を吊り上げて見せた。
「よろしいでしょうか……魔法使い様」
僧侶の姿を探そうとした時、左手側から、声をかけられて振り向く。
そこには――――『高貴』がいた。
収穫を待つ麦畑を思わせるような金髪が、頂いた白銀のティアラと競うように輝く。
磁器人形のように白くて滑らかな肌、目尻の下がった、朝もやの中の湖に似た、青い瞳。
身を包む装いは、月をほどいた糸で仕立て直したみたいに、美しい。
ただいるだけで周りの空気を黄金へと変えてしまいそうな、挿し絵が姿身を得たような、『お姫様』。
事実として『国王』を父に持つ、正真正銘の『王女』が、執事を伴って立っていた。
驚きもしなければ、敬意を表すような素振りも、示す気にはなれなかった。
それが、八つ当たりだと、分かってはいても。
71 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:25:10.25 ID:QKtUJVFRo
手に握ったグラスに、意識せずとも力が籠もった。
『楽しんでいますか』『この度は、おめでとうございます』『この国の民を代表して、感謝の意を――――』
そんな言葉が出て来たら、構わずにグラスの中身を顔めがけて引っかけてやるつもりだった。
例え、彼女の『父親』であろうとも、そこは譲らない。
譲らなかったからこそ――――バルコニーに一人で、誰も寄せ付けず、たそがれる事を選んだ。
魔法使い「何でしょうか? 王女さま」
どこか含みを持たせた言い方とともに、グラスを持つ手に力を注ぐ。
だがその手にこもった力は、すぐに解けることになった。
王女「……この度は、誠に痛み入ります」
彼女は、そう言った。
メインホールの中でゆるんだ笑顔を浮かべて歓談する貴族にも似ず。
大きな魚に逃げられ、苦虫を噛んだようにしかめっ面の軍人たちにも似ず。
心の底から、悼むような表情で――――そう、言った。
魔法使い「……こちらこそ、ね」
彼女の顔に浮かんだのが、紛れもない『哀しみ』だと分かったからこそ、素っ気ない言葉が出た。
何度かしか会った事は無いが――――女同士だからこそ、分かる事もある。
彼女は、決して……『救国の英雄』としてだけ勇者を見ていたわけではない事も、それだ。
そんな風に返すと、王女の身体が少し震えて、長い金髪が揺れた。
王女「大丈夫なのですか?」
魔法使い「『大丈夫』にならなきゃ。もう……いない、んだし」
死んだ――――とは、あれから数日が経つ今でも、口にしたくはなかった。
子供くさいこだわりだとしても、言葉にはできない。
まだ、認めて前へ進む事など考えられない。
72 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:26:08.40 ID:QKtUJVFRo
もう一口、ワインを含んだ。
少しだけ、少しだけ……さっきよりも甘く感じて、どこか潮風を思い出すような芳醇な香りが、口から鼻を抜けた。
魔法使い「……現実味、無いのよ」
王女「? と、おっしゃいますと……」
魔法使い「まさか、自分が『勇者』の一行に加わってさ。『魔王』を倒しちゃったなんて。おとぎ話じゃん」
王女「でも、あなた方はそれを為遂げた。偉業です。……喜ぶ事ができないのは、ご尤もですが」
魔法使い「ありがと。もしもあたしの銅像作るんなら、美人にしといてほしいわねぇ」
王女「謙遜なさらずとも、魔法使い様は……お美しいですよ」
魔法使い「あんたに言われるとイヤミよ、もう」
ふてくされるように言ってからワイングラスを空けてしまうと、直後、彼女の侍従から別のグラスが差し出された。
引き替えるようにしてそれを受け取り、口をつける。
今度は、レモンを使った果実酒だろうか――――酸っぱい香りに反してとろりと甘くて、後味は少しほろ苦い。
魔法使い「……ありがと」
礼を述べると、彼は霜のような髭を僅かに揺らして、すぐに身を退いた。
片眼鏡の似合ういかにも老紳士といった風貌で、身のこなしや礼装の着こなしにも、まるで隙が無い。
もっとも……そうでなければ、『王女』の従者など、できるはずもない。
魔法使い「そうよね。これって……『偉業』なのよね?」
王女「はい」
魔法使い「じゃあ、さ……何で、こんなに……嬉しく、ないのかな。誇らしくないのかな」
73 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:26:44.66 ID:QKtUJVFRo
王女「魔法使い様……」
魔法使い「あいつがいないから、ってのも……あるけどさ」
『勇者』がいなくなっても、それだけのせいではない。
彼との最後の話が、まだ残っている。
魔法使い「さっき戦士が、軍部のお偉方に口説かれてるの見ちゃってさ。……考えちゃうのよね」
王女「…………」
魔法使い「まぁ、でも……あんたは、気にしないでいいのよ。いなくなっちゃって寂しいのは、同じだからさ」
王女「勇者様は」
魔法使い「ん、何?」
王女「勇者様は……何故、去ってしまったのですか?」
言うべきか、言わずにおくべきか少しだけ迷って。
やがてこちらを見る彼女の目は、真っ直ぐで……少しだけ潤んでいるのを見て、決心した。
黙っておくことは――――同じ男に惹かれた身として、冒涜になる。
そう、感じた。
74 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:27:15.58 ID:QKtUJVFRo
魔法使い「……誰も、傷つけたくなかったからよ」
王女「傷つけたく……なかった?」
魔法使い「あいつは、言ったの。……救った世界の人々に、剣を向けたくない、ってさ」
王女「どうして、そんな……!」
魔法使い「たぶん、さ。……あんた、あいつと……一緒に、なるはずだったんでしょ?」
言うと、王女の喉が引きつって――――生唾を呑んだ。
それを見て、魔法使いは構わず言葉を続ける。
自分がどんな表情をしているのか、分からないまま。
魔法使い「あいつに勝てる『人類』なんていないわよ。一緒に旅したあたしが言うんだから間違いない。
…………だから、みんな欲しがるのよ。人類のための『勇者』じゃなく、国のための『英雄』としてね」
残酷な事を告げてしまっていると、分かっている。
だが、それも承知の上で続ける。
言葉に、できるだけ感情が乗らないように……淡々と。
魔法使い「あんたと一緒になれば、『勇者』はこの国のモノになる。……あとは、言わなくても分かるよね」
返事は、無い。
顔を上げて、王女の顔を見るのがつらかった。
『勇者』と『王女』、そのどちらも道具にしようと、『父親』がそう考えていたのを、告げてしまったから。
75 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:27:53.48 ID:QKtUJVFRo
メインホールの喧噪に掻き消されそうな、小さな嗚咽が聴こえた。
空気を振り払うように、再びグラスに口をつけた。
今度は妙に苦くて、香りも感じなかった。
鼻の奥で何かが突っ張っているような感覚がして、つい、顔をしかめる。
王女「もう一度、訊いて……いい、ですか」
魔法使い「うん」
王女「勇者様、の……最後は、どう……でしたか?」
魔法使い「血まみれでさ。折れた剣握って、真っ二つにした魔王の上に立ってた。……カッコ、つけすぎ」
王女「……その後は?」
魔法使い「帰りたい。でも帰れない、でも死にたくない。そんな時、人ってどんな顔をすると思う?」
王女「…………」
魔法使い「さっきも言ったけど、さ」
顔を上げると、王女の瞳が、真っ直ぐにこちらへ向いていたのが分かった。
月から湧いた清水のような涙の粒が、ほっそりとした顎に向かって流れていた。
魔法使い「あんたのせいじゃない。……あんたは、これっぽっちも悪くなんてない。……ただ、ね」
最後の『強敵』の言葉が、木霊する。
魔法使い「『雷』は、『雨雲』と一緒に、遠くへ行っちゃったのよ。みんなが怯えないように」
76 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:28:23.01 ID:QKtUJVFRo
王女「……魔法使い、様」
魔法使い「何かしら?」
王女「人は……争いを止められる時が、来るのでしょうか」
魔法使い「…………時間、かかるわよ。親子でさえケンカするんだしさ」
王女「いえ。これからかかるのではありません」
彼女の声は、窄まった声帯がそうさせて、頼りなく震えていた。
だが、涙に揺れる瞳は、違う。
海の底にまで揺らぎながらとどく月明かりのように――――確かに、爛と輝いていた。
王女「これまで、愚かなほどにかけてきた時間を。……今、報わせる時が来たのです」
魔法使い「何か、企んでるの?」
王女「…………私の我が儘を、訊いていただけますか?」
魔法使い「……いいわよ、何でも言ってみなさいな」
グラスを掲げて、片目をつぶって微笑んでみせる。
磨き抜かれた空っぽのグラスに反射したのは、月か、燭光か、それとも、王女の瞳の輝きか。
その答えを確かめようと――――グラスに、とがらせた唇を乗せた。
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:31:28.15 ID:QKtUJVFRo
毎回行方晦ませて不安にさせて申し訳ないので、twitter垢でも作ってみようかなと思ったところで本日分終了です
それでは、また明日~
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 03:25:29.63 ID:A+5nR2DSo
おつううう
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 13:57:38.09 ID:KyfhaL6xo
スレタイ分かりやすくしてもらえるほうがありがたい
83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/26(日) 02:25:10.45 ID:UMPAG6Zoo
>>81
内容的にちょっと『淫魔』を入れられなかった、すまない
投下開始します
*
虫の声で目が覚めた時、最初に見えたのは、厚手の暗緑の布だった。
眼球を動かしてみれば、視界の全てがそれに覆われていて、少し思索を巡らせれば思い当たった。
ここは、『旅』で使っていたテントの中だ。
油の滲み、土の汚れ、寝ぼけて引っかけた裂け目も、すぐに見つかった。
外からは、パチパチという焚き火の音が聴こえる。
毛布をかぶせられていたが、外にはみ出ていた手が、ひんやりと冷たい。
起き上がり、外に出ると言葉を失った。
夜空を埋め尽くす綺羅星が、ひとつひとつがまるで満月のように輝いていた。
光り輝く少年の瞳のように、大地を明るく照らしていた。
しばらく言葉を失って、見とれているうちに気付いた。
ここは最後の夜を過ごした、魔王の城とその沼地を望む、丘の上の野営地だ。
焚き火の前、ちょうどよい切り株の上に誰かが座っていた。
魔法使い「勇――――」
思わず、言葉が漏れかけた。
だが、星明りと火に照らされた面影は、似ても似つかず、細い。
僧侶「気がつかれましたか。よかった……」
体を細めて座り、火の番をしていた彼女は若干、やつれているように見えた。
言葉もかすれて、鼻の奥が少しうずいているかのように、くぐもっていた。
魔法使い「……勇者、は…………」
58 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:31:06.99 ID:zNvxktpKo
僧侶からの答えは、無い。
代わりに彼女の視線は揺れて、焚き火を、見つめるでもなく見た。
魔法使い「……あ、っそ。…………やれやれ、参るわ」
夢であればいい、と思っていた。
だが夢ではなく、どこまでも、『事実』でしかない。
軽薄な物言いをしなければ、認められなかった。
魔法使い「あーあ、まったく。最後でド級のケチがついたわよね」
僧侶「そう、ですね」
魔法使い「終わってみれば、呆気ないわねぇ。……あんた、帰ったらどうすんの?」
僧侶「修道院に戻って……いつも通りの日々へ」
魔法使い「いつも通り、ねぇ。あたしはもう忘れちゃったけどねー。どんな風に生きてたんだっけか」
僧侶「え?」
魔法使い「あんたみたいに神さまのために尽くしてなんかないし、血も好きじゃないしさ。
…………あたしの『日常』って、どんなんだったか。忘れちゃったのよ」
僧侶「魔法使い、さん」
59 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:31:36.20 ID:zNvxktpKo
魔法使い「『まほー』なんて使えたってさ。結局こんなもんなのよ。……ねぇ、教えてくれる?」
僧侶「はい、何でしょうか?」
魔法使い「……『神さま』を持ってるって、どういう感じなの?」
僧侶「あまり参考にはなりませんよ。私にとっては、当然の存在なので……考えた事もありません」
魔法使い「…………あんた、まだ『神さま』を信じてられるの?」
少し荒い口調になってしまった問いかけに、彼女は答えない。
気まずそうに、そして哀しそうに目を伏せるだけだ。
なんとなく、うしろめたいような気分になってしまい、ひとまず振ってしまった話題を逸らす事にした。
魔法使い「ごめんね、困らせちゃった。……今、何時かな」
僧侶「そろそろ、日の出の時間かと」
魔法使い「そっか。……なんか、実感できないわ。『魔王』倒したってのにさ」
僧侶「……はい」
60 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:32:42.85 ID:zNvxktpKo
地面に直に座り、帽子を深くかぶり直す。
夜露で湿った草が尻を湿らせ、不快だった。
しかしそのまま、膝を抱え込むような姿勢で火を見つめた。
朝が来れば、転移の呪文で最寄りの村へ飛ぶ。
そこでもう一晩泊まり、身体を休めてから勇者の故国へ帰る。
恐らくはその手はずだ。
僧侶「……『魔法』を極めるというのはどうです?」
いくつも前の質問に、彼女は遅れて答えてくれた。
魔法使い「『物語』が終わってから鍛えたって、虚しいだけじゃない。時間の無駄よ、無駄」
僧侶「この一行に加わる前は、何を?」
魔法使い「んー? 呪文学んで、錬金術店にいた事もあるし、モンスター退治も。……まぁ、何でもやってたわ」
目標など何もない、軽佻浮薄な人生だった。
『魔法』の天性を備えて生まれてきて、物心ついた頃には初級の呪文が使えた。
開錠の呪文でいたずらをした事もあるし、火の呪文でボヤを出した事もある。
成長すれば、なりを潜めはしたが……それでも、根本は変わらなかった。
錬金術を学んで、冒険者ギルドに登録して仕事を請け負い、盗賊を退治して。
奔放な身一つの生き方をしていたある日、酒場で、僧侶を連れた勇者と出会った。
女将に聞けば、『魔王』を倒しに行く旅の途中で、仲間を集めているのだという。
最初こそ笑い飛ばしたが、興味が出てきて――――ほんの一時、近場のダンジョンの探索に同行した。
それが、きっかけで――――気付けば、『世界を救う旅』に加わってしまっていた。
61 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:33:29.75 ID:zNvxktpKo
白んだ空を仰ぐと、少しずつ、星の光が減っていた。
輝きの弱い六等星は、もう見えない。
小さな星から順に、上り始めた太陽に消されていくかのようだ。
やがて、朝日がおずおずと顔を覗かせた。
方角は魔王の城の、その跡地。
雲一つない空の向こうに、朝焼けが星々を追い立てて、『魔王のいない日』が来たのを告げる。
さっぱりと洗われた空が、暖かな光を通してくれていた。
やがて野営地の裏手の林から、鳥たちの歌声が聞こえ始める。
永い、永い冬を越えて、ようやく時が動き出したような、そんな弾んだ声だった。
魔法使い「……嘘、吐き」
いつの間にか、立ち上がり――――空を仰いでいた。
雲一つない晴天の空が、ぼやけて見えない。
視界が妙に揺らいで、その先にある空が、遠く霞んでいる。
それが涙であると気付けたのは、流れ落ちて、頬を濡らしてからだった。
魔法使い「…………何が、『空を見せてやる』よ。なぁにが」
瞼に突き刺さる日差しはどこまでも暖かいのに、それが輝いている筈の空は遠い。
涙の水底から見上げ、更に段々と沈んでいくようだった。
確かに守られたはずの約束は、それでも、『嘘』になってしまった。
魔法使い「見え、ない、じゃない……! 『空』なんて……どこに、あんのよ……うそ、つき……!」
初夏の明け方、始まりの朝。
分厚い雲が晴れたはずの世界は、それでも、晴れてはいなかった。
本日投下終了です
それでは、また明日
淫魔の国メンバーは出ないですが、どうぞよろしく
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 00:13:10.38 ID:1xeIzhHko
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
までは読んだんだけど、その後に書いたヤツある?
67 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:20:12.58 ID:QKtUJVFRo
>>66
その後は何も書いてないです、ダイレクトにこれです
そろそろテコ入れでポチ含めて、淫魔サイドにも新キャラを数人出そうかと考えてはいるのですが……
では、投下いたします
思ったより全然短いので、明日で人間界編は最後です
68 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:22:48.48 ID:QKtUJVFRo
*
その日、英雄達は王都へ凱旋した。
通りに立ち並ぶ家々からは国民がその姿を一目見ようと、大人子供の別なく顔を出した。
『魔王』を討伐した四人の英雄は、どんなに誇らしく胸を張っているのかと思い描き、
しかし期待と憧憬を孕んだ瞳たちは、ことごとく訝しげに光を失っていった。
『戦士』『魔法使い』『僧侶』の三人の姿は、国民を絶句させるばかりのものだった。
「……おい」
道の脇に立っていた衛兵の一人が、傍らにいた同僚にささやいた。
ヘルムの中で眉をひそめ、確かめるように。
「本当に、『魔王』を倒したんだよな?」
「ああ。そのはずだが……?」
「……勇者様がいないのは、どうしてだ?」
「さぁな。それより…………何だ。何なんだ、あれは」
「お前も思うか?」
「ああ。……いや。この場にいる全員が思っている筈だ」
「魔王討伐なんて前代未聞の偉業、英雄達の帰還。そのはずなのに……」
溜めをつくり、唾をのみ込み、それを表現する言葉を探し、覚悟をする。
そうしなければ、この様を比喩する事さえ、かなわなかった。
「まるでこんなの――――葬列じゃないか」
69 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:23:24.74 ID:QKtUJVFRo
処刑の丘を登る虜囚の姿が三人に重なり、その場にいた誰もが薄ら寒さを覚えて目を伏せた。
城門から波打つように大通りを駆け抜けた大歓声は、その始まりと同じくして凍っていく。
それほどまでに、城門をくぐった『英雄達』の姿には翳りがあった。
何より、先頭に立ち続けたあの男の姿が無い。
盾さえ持たぬ一刀で、伝説の竜さえ屠ると言われる最強の『人類』がいない。
手を振るのをやめた小さな少年たちは、その理由を傍らの父母に訊ねる。
そして、沈黙のまま頭上に添えられた手の上に疑問符を浮かべる。
撫でる手の意味も、先頭に立つべき男の姿が無いわけにも、行き着く答えが無かったからだ。
大通りのちょうど真ん中を通った時。
小さくて不器用な花束を抱えた少女が、僧侶へ近づく。
ただ一人彼女は背筋をしゃんと伸ばして歩いていたが、その目は泣き腫らして赤い。
少女「はい、これ。おねーちゃんにあげる!」
満面の笑顔とともに差し出された野花の束を、僧侶は膝を折り、視線を合わせて受け取った。
ようやく僧侶の顔に微笑みが戻り、少女の頬を優しく撫でた。
その様子に出迎えの国民達は安堵し、『魔王討伐』が虚報ではない事を確信できた。
だが、拍手も歓声も無い。
国民達は、ただ彼らへ黙礼を送り続けた。
背に抱えたひとつの『終わり』と、失われた存在への届かぬ感謝を示して。
人波の中に、すすり泣きが混じり始めた。
それらは伝播し、凱旋した英雄達への感謝と、恐怖の時代の終わりを告げる。
三人が城に着くまで、石畳に落ちる暖かい雨の音は、止むことが無かった。
70 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:24:31.91 ID:QKtUJVFRo
その夜、魔王の討伐を記念して、城では豪奢な酒宴が行われた。
無意味な宴だった。
最大の『主賓』を欠いて、その仲間たちだけ。
魔物の脅威を真に知る者はなく、王侯貴族たちが豪勢な料理を前に大杯を乾し、語らう。
確かな歓喜の酒宴なのに、最も称えられるべき男は、そこにいない。
魔法使いはバルコニーに出た。
ひんやりとした空気が、ドレスに包まれた肢体を撫でる。
風はなく、夜空には三日月が下がっていた。
柵に寄り掛かって、眼下の庭園を見下ろしながらワイングラスを傾ける。
旅の道中で飲んだものよりはるかに上等なはずのそれが、妙に渋くて、酸っぱい。
振り返り、メインホールの中を見る。
戦士は、将軍達に何やら、熱心に口説かれているようだった。
憮然とした様子のままで、さして興味も無さそうに料理を食べながら話を聞いているようで、
眉をひそめあう将軍達の様子がおかしくてならない。
しまいには、皿を置いて酒を取りに向かって……途中で彼がこちらに気付いて、片眉を吊り上げて見せた。
「よろしいでしょうか……魔法使い様」
僧侶の姿を探そうとした時、左手側から、声をかけられて振り向く。
そこには――――『高貴』がいた。
収穫を待つ麦畑を思わせるような金髪が、頂いた白銀のティアラと競うように輝く。
磁器人形のように白くて滑らかな肌、目尻の下がった、朝もやの中の湖に似た、青い瞳。
身を包む装いは、月をほどいた糸で仕立て直したみたいに、美しい。
ただいるだけで周りの空気を黄金へと変えてしまいそうな、挿し絵が姿身を得たような、『お姫様』。
事実として『国王』を父に持つ、正真正銘の『王女』が、執事を伴って立っていた。
驚きもしなければ、敬意を表すような素振りも、示す気にはなれなかった。
それが、八つ当たりだと、分かってはいても。
71 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:25:10.25 ID:QKtUJVFRo
手に握ったグラスに、意識せずとも力が籠もった。
『楽しんでいますか』『この度は、おめでとうございます』『この国の民を代表して、感謝の意を――――』
そんな言葉が出て来たら、構わずにグラスの中身を顔めがけて引っかけてやるつもりだった。
例え、彼女の『父親』であろうとも、そこは譲らない。
譲らなかったからこそ――――バルコニーに一人で、誰も寄せ付けず、たそがれる事を選んだ。
魔法使い「何でしょうか? 王女さま」
どこか含みを持たせた言い方とともに、グラスを持つ手に力を注ぐ。
だがその手にこもった力は、すぐに解けることになった。
王女「……この度は、誠に痛み入ります」
彼女は、そう言った。
メインホールの中でゆるんだ笑顔を浮かべて歓談する貴族にも似ず。
大きな魚に逃げられ、苦虫を噛んだようにしかめっ面の軍人たちにも似ず。
心の底から、悼むような表情で――――そう、言った。
魔法使い「……こちらこそ、ね」
彼女の顔に浮かんだのが、紛れもない『哀しみ』だと分かったからこそ、素っ気ない言葉が出た。
何度かしか会った事は無いが――――女同士だからこそ、分かる事もある。
彼女は、決して……『救国の英雄』としてだけ勇者を見ていたわけではない事も、それだ。
そんな風に返すと、王女の身体が少し震えて、長い金髪が揺れた。
王女「大丈夫なのですか?」
魔法使い「『大丈夫』にならなきゃ。もう……いない、んだし」
死んだ――――とは、あれから数日が経つ今でも、口にしたくはなかった。
子供くさいこだわりだとしても、言葉にはできない。
まだ、認めて前へ進む事など考えられない。
72 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:26:08.40 ID:QKtUJVFRo
もう一口、ワインを含んだ。
少しだけ、少しだけ……さっきよりも甘く感じて、どこか潮風を思い出すような芳醇な香りが、口から鼻を抜けた。
魔法使い「……現実味、無いのよ」
王女「? と、おっしゃいますと……」
魔法使い「まさか、自分が『勇者』の一行に加わってさ。『魔王』を倒しちゃったなんて。おとぎ話じゃん」
王女「でも、あなた方はそれを為遂げた。偉業です。……喜ぶ事ができないのは、ご尤もですが」
魔法使い「ありがと。もしもあたしの銅像作るんなら、美人にしといてほしいわねぇ」
王女「謙遜なさらずとも、魔法使い様は……お美しいですよ」
魔法使い「あんたに言われるとイヤミよ、もう」
ふてくされるように言ってからワイングラスを空けてしまうと、直後、彼女の侍従から別のグラスが差し出された。
引き替えるようにしてそれを受け取り、口をつける。
今度は、レモンを使った果実酒だろうか――――酸っぱい香りに反してとろりと甘くて、後味は少しほろ苦い。
魔法使い「……ありがと」
礼を述べると、彼は霜のような髭を僅かに揺らして、すぐに身を退いた。
片眼鏡の似合ういかにも老紳士といった風貌で、身のこなしや礼装の着こなしにも、まるで隙が無い。
もっとも……そうでなければ、『王女』の従者など、できるはずもない。
魔法使い「そうよね。これって……『偉業』なのよね?」
王女「はい」
魔法使い「じゃあ、さ……何で、こんなに……嬉しく、ないのかな。誇らしくないのかな」
73 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:26:44.66 ID:QKtUJVFRo
王女「魔法使い様……」
魔法使い「あいつがいないから、ってのも……あるけどさ」
『勇者』がいなくなっても、それだけのせいではない。
彼との最後の話が、まだ残っている。
魔法使い「さっき戦士が、軍部のお偉方に口説かれてるの見ちゃってさ。……考えちゃうのよね」
王女「…………」
魔法使い「まぁ、でも……あんたは、気にしないでいいのよ。いなくなっちゃって寂しいのは、同じだからさ」
王女「勇者様は」
魔法使い「ん、何?」
王女「勇者様は……何故、去ってしまったのですか?」
言うべきか、言わずにおくべきか少しだけ迷って。
やがてこちらを見る彼女の目は、真っ直ぐで……少しだけ潤んでいるのを見て、決心した。
黙っておくことは――――同じ男に惹かれた身として、冒涜になる。
そう、感じた。
74 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:27:15.58 ID:QKtUJVFRo
魔法使い「……誰も、傷つけたくなかったからよ」
王女「傷つけたく……なかった?」
魔法使い「あいつは、言ったの。……救った世界の人々に、剣を向けたくない、ってさ」
王女「どうして、そんな……!」
魔法使い「たぶん、さ。……あんた、あいつと……一緒に、なるはずだったんでしょ?」
言うと、王女の喉が引きつって――――生唾を呑んだ。
それを見て、魔法使いは構わず言葉を続ける。
自分がどんな表情をしているのか、分からないまま。
魔法使い「あいつに勝てる『人類』なんていないわよ。一緒に旅したあたしが言うんだから間違いない。
…………だから、みんな欲しがるのよ。人類のための『勇者』じゃなく、国のための『英雄』としてね」
残酷な事を告げてしまっていると、分かっている。
だが、それも承知の上で続ける。
言葉に、できるだけ感情が乗らないように……淡々と。
魔法使い「あんたと一緒になれば、『勇者』はこの国のモノになる。……あとは、言わなくても分かるよね」
返事は、無い。
顔を上げて、王女の顔を見るのがつらかった。
『勇者』と『王女』、そのどちらも道具にしようと、『父親』がそう考えていたのを、告げてしまったから。
75 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:27:53.48 ID:QKtUJVFRo
メインホールの喧噪に掻き消されそうな、小さな嗚咽が聴こえた。
空気を振り払うように、再びグラスに口をつけた。
今度は妙に苦くて、香りも感じなかった。
鼻の奥で何かが突っ張っているような感覚がして、つい、顔をしかめる。
王女「もう一度、訊いて……いい、ですか」
魔法使い「うん」
王女「勇者様、の……最後は、どう……でしたか?」
魔法使い「血まみれでさ。折れた剣握って、真っ二つにした魔王の上に立ってた。……カッコ、つけすぎ」
王女「……その後は?」
魔法使い「帰りたい。でも帰れない、でも死にたくない。そんな時、人ってどんな顔をすると思う?」
王女「…………」
魔法使い「さっきも言ったけど、さ」
顔を上げると、王女の瞳が、真っ直ぐにこちらへ向いていたのが分かった。
月から湧いた清水のような涙の粒が、ほっそりとした顎に向かって流れていた。
魔法使い「あんたのせいじゃない。……あんたは、これっぽっちも悪くなんてない。……ただ、ね」
最後の『強敵』の言葉が、木霊する。
魔法使い「『雷』は、『雨雲』と一緒に、遠くへ行っちゃったのよ。みんなが怯えないように」
76 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:28:23.01 ID:QKtUJVFRo
王女「……魔法使い、様」
魔法使い「何かしら?」
王女「人は……争いを止められる時が、来るのでしょうか」
魔法使い「…………時間、かかるわよ。親子でさえケンカするんだしさ」
王女「いえ。これからかかるのではありません」
彼女の声は、窄まった声帯がそうさせて、頼りなく震えていた。
だが、涙に揺れる瞳は、違う。
海の底にまで揺らぎながらとどく月明かりのように――――確かに、爛と輝いていた。
王女「これまで、愚かなほどにかけてきた時間を。……今、報わせる時が来たのです」
魔法使い「何か、企んでるの?」
王女「…………私の我が儘を、訊いていただけますか?」
魔法使い「……いいわよ、何でも言ってみなさいな」
グラスを掲げて、片目をつぶって微笑んでみせる。
磨き抜かれた空っぽのグラスに反射したのは、月か、燭光か、それとも、王女の瞳の輝きか。
その答えを確かめようと――――グラスに、とがらせた唇を乗せた。
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/25(土) 02:31:28.15 ID:QKtUJVFRo
毎回行方晦ませて不安にさせて申し訳ないので、twitter垢でも作ってみようかなと思ったところで本日分終了です
それでは、また明日~
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 03:25:29.63 ID:A+5nR2DSo
おつううう
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 13:57:38.09 ID:KyfhaL6xo
スレタイ分かりやすくしてもらえるほうがありがたい
>>81
内容的にちょっと『淫魔』を入れられなかった、すまない
投下開始します
魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
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