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魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」

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Part3
39 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:31:22.62 ID:4RdAMvYao
魔法使い「離れなさぁいっ!!」
切り結ぶ後方から魔法使いが叫ぶ。
咄嗟に斬り込んだ剣を引いて、右側に飛ぶと――――間髪入れず、魔界騎士の胸部に氷塊が直撃した。
魔界騎士「うぐ……!」
絶対零度の氷塊は、物理的破壊力が主効果ではない。
冷徹なる極低温の氷弾呪文は、着弾と同時に対象の熱を奪い取り、凍てつかせる。
それが、吸い寄せられるように魔界騎士を撃つ。
魔界騎士「これだ……これ、こそが!」
上級悪魔族であろうと凍てつかせて砕く、氷の砲弾を全身に受けながら。
氷結して動きの鈍る鎧をものともせず、ゆっくりと確実に、剣が振り上げられた。
こちらの陣形を一撃で崩壊させた、あの斬爆撃が来る。
僧侶「二度は! 通じませんっ!」
断頭台のごとき黒刃が振り下ろされると同時に――――僧侶の呪文が完成した。
迫る爆炎の中で三人の体が輝き、体表を鋼鉄の外殻が覆い隠す。
五体を鋼に変性させ、いかなる害意をも無効とする絶対無敵の防御呪文。
それはたとえ、魔王の呪文であろうとドラゴンの吐息であろうと受け流し、空振りにさせる。
行き場を失い、虚しく響くしかなくなった無数の爆発が、再び大回廊に炸裂した。

40 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:32:33.21 ID:4RdAMvYao
爆炎が過ぎ去り、解けゆく鋼鉄の外殻の中で戦士は見た。
舞い散った煙の中に佇む魔の闘技者を。
火球の連発によって、甲冑は点々と炭化して。
反して絶対零度の呪文はその手足を凍らせ、動きを奪って。
盾は深々と斬り込まれ、奇妙な事に、盾の断面から鮮血が滴り落ちていた。
それでも剣は、捨てていない。
闘う意思を――――立ち向かう意思を、捨てていない。
立ち姿は、相も変わらぬ盾の構え。
隊伍を組みて半身を守ってくれる『仲間』など、もう彼には存在しない。
それでも譲れぬモノがあるかのように、たった一人きりの戦列を保ったまま、頑迷なまでに立ち塞がる。
魔法使い「どきなって言ってんのよっ! あんたの死にたがりになんて、付き合ってらんないんだよ!」
極限まで補充した魔力を尽かせて、魔法使いの呼吸は荒い。
極大火球呪文、絶対零度呪文の連続詠唱は、堪えた。
心臓は早鐘のように脈打って、肋骨という扉を、内側から激しく叩いていた。
魔界騎士「貴様らの力は、そんなものか。何度でも、何度でも言おう。……『ここは――――』」
背を飾る不揃いの翼が、逆立つ獣毛のようにピンと伸びる。
右背の四枚、左背の一枚は――――大きく開いた、拒絶を突きつける掌を連想させた。
魔界騎士「『ここは、通さん』っっ!」

41 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:33:07.70 ID:4RdAMvYao
魔法使いは、解き放つ。
最後の決戦の為に何が何でも温存するはずだった、奥の手の、更に奥の手を。
魔力はもう、残ってなどいない、使い果たした。
『エルフ族の薬』の予備も、無い。
だが――――魔力を回復する方法は、一つだけある。
魔を研鑽するさなかでようやく到達した、無限の魔力をその身に宿して、
ありとあらゆる呪文を魔力を失わずに唱え続けられる『奇跡』の秘術。
杖に宿した魔力が、吼え猛る。
彼女の体を包む光の柱が、無限の魔力をもたらした。
それを意識する間隙さえなく、『呪文』を発動する。
最初に連発した火球が虚しく小さく思えるほどの、太陽にも似た獄炎弾。
――――単発でも連発でもなく、『同時』に十数発。
それらは魔界騎士を取り巻き、その甲冑を炎の舌が嘗め上げ、炭化させてゆく。
押し寄せる熱波が三人を襲うが、それは、決して問題にはならない。
魔法使いの後ろには、僧侶の唄が聴こえた。
絶え間ない詠唱は霊歌となって、三人の肉体を――――超高速で回復させ続ける。
それは、『無敵』の回復呪文だ。
魔界騎士「う、ぬっ……! オォォォォァァッ!」
容赦ない獄炎の中、戦士は魔界騎士と切り結ぶ。
炎の中で更に灼けつくような『焔』をまとった剣は幾度も、幾度も漆黒の盾を叩く。
かすめるだけでも魔界騎士の盾は溶け落ちて、段々と、その形は失われてゆく。
戦士の甲冑には、呪文の炎が燃え移り、もはやどこまでが甲冑でどこからが炎なのかさえ知れない。
炎の中で空気を吸い込み、焼けた気道を瞬間に再生させながら、炎混じりの吐息をつく。
灼熱の劫火そのものと化した戦士が魔界騎士の『防御』を焼き尽くす。
そして。
遂に捉えた『会心の一撃』が――――不破の盾を、左手ごと斬って捨てた。

42 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:34:11.74 ID:4RdAMvYao
魔界騎士「がぁぁぁぁぁっ!」
肘から先を失い、さしもの魔界騎士も苦痛を声として吐き出す。
だが――――まだ、『剣』がある。
魔界騎士の、渾身の縦一閃に合わせるようにして横への一閃を放つ。
打ち合う強烈な残響が回廊に響き渡り、その場にいる全員の鼓膜へ斬り付けた。
戦士「終わりだッ……! 貴様の『戦』も! 魔王の『野望』も! これで仕舞いだッ!!」
ギリギリと鍔迫り合い、戦士の額の数センチ先に刀身が迫る。
この期に及んでもなお強敵の膂力は発揮されて――――今にも、押し切られてしまいそうだ。
魔界騎士「ッ……どうした。吐いた唾はすぐ目の前に返ってきているぞ?」
更に、押し込まれる。
フェイスガード部分を魔界騎士の刀身が掻いて、食い込む。
もう一息で、頭を割られる。
押し返そうと、息を整えた瞬間――――その背から、強化呪文の後押しを受けた。
魔法使いが攻撃力を増加させ、僧侶が防御力を増加する。
二つの呪文は重なり合い、いつの日も最前線に立ち続けた男へ活を注ぎ直した。
気合いとともに背筋に力を入れ、呼吸を合わせて前進する。
ぱきぱき、という不吉な破滅の音が、剣の間で聴こえる。
それにすら構わずに押し込むと、鍔迫り合う手ごたえが消えてしまった。
硝子の砕けるような音だけを、残して。
そして『人類』の刀身が、再び――――『何か』に打ち当たり、止まった。

43 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:34:47.97 ID:4RdAMvYao
魔界騎士の漆黒の長剣は、柄手までも砕け散った。
剣と盾を失い、残りは鎧の五体のみ。
魔界騎士「ぐぅっ……! だが、まだ……!」
戦士の剣は、魔界騎士の横腹を捉えて食い込んでいた。
剣に漲った闘気が鋸引くように魔界騎士の身体を削り落とし、黒き破片は空中で蒼炎と化し、
夜空に舞う流星群のように、呆気なく燃え尽きていく。
だが、まだ……一押しが足りない。
戦士「ここからなら――――絶対に外さんぞッ!」
叫びとともに、身体が、深く沈み込む。
発動された技は『一撃』に全てを懸ける、魔神の斬撃、『当たれば』必殺の剣。
本来は当てる事さえも難しいが、今、なら。
――――『会心』が、『絶対に』当たる。
戦士「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ――――――!!」
絶対命中の刹那に撃ち込まれた魔神の剣が、たやすく――――魔界騎士の身体を深く薙いだ。
『勝者』は『敗者』を置いて、勢いのままに剣を振り切った姿勢で滑り込む。
直後、輝きを終えた蝋燭のように――――炎の海が消えて失せた。
魔界騎士「ヒト、の……英…………、否」
一太刀の署名を加えられた『絵』は、その場に膝を折った。
ようやく、その手は柄の欠片しか残らない『剣』を放し、取り落とした。
魔界騎士「……『勇者達』……よ…………」
どこか満ち足りたような声色は、それ故に虚しくもある。
千年の重みを背負い、前のめりに崩れ落ちながら、最後に『勝者』を称えた。
魔界騎士「――――――美事、也」


44 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:35:34.18 ID:4RdAMvYao
斃れた魔界騎士の亡骸は、蒼炎に包まれて虚空へ溶けていった。
その様を、僧侶は昇天する霊魂へそうするように、見送った。
最後の『魔界騎士』を討ち果たし、彼の言葉を信じるのなら……これで、彼の種族は滅んでしまった。
元の数が、どれだけかは分からない。
だが、彼と同等の存在が――――魔界には、珍しくも無かったのだろう。
そして、恐らくは彼をも凌ぐ『魔王』が回廊の先、大扉の向こうにいる。
三人が全く同時にそれを見つめると同じくして、魔城を震わすような雷の轟きが鼓膜を痺れさせた。
魔法使い「っ……行くわよ、早く!」
僧侶「は、はい!」
戦士「連戦は慣れたつもりだが……流石に、これは……な」
魔法使い「いいから、早く! 早く、しないと……!」
急き立てるように魔法使いが言うと、限りなく消耗したはずの二人は、駆けた。
それを追うように魔法使いも走り出し、正面に見える大扉を目指す。
そこには、『暗雲』と『雷』が、今まさにもつれ合っているはずだ。
『蒼空』をめぐった最終決戦の幕は、もう上がっていた。
まやかしでもなんでもなく、走るほどに扉は近づき。
近づけば近づくほど、その扉は大きく見えてきた。
辿り着き、戦士が体当たりをするように扉を押し開ける。
こちらに無防備な背を向けて立つ、『魔王』の姿がまず、あった。
その向こうには……『勇者』が臨戦態勢で、立っていた。
勇者「挟み撃ちだな、魔王」
彼は、『ようやく来たか』とばかりに笑い、到着した三人の仲間たちに目配せした。
三人もそれを返し、直前の消耗を振るい落として、魔王の背へ刃を向ける。
こうしていても、魔王に『死角』は無い。
全身これ魔眼の塊とでも云うかのように、張り詰めた殺意が三人を襲う。
だが、『いきなり』ではない。
直前の、あの誇り高き最後の魔戦士との決斗が慣らしてくれた。
むしろ、『四人』で戦えるという、安心までもがある。
――――――そして、『決戦』の幕は上がる。

45 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:37:16.29 ID:4RdAMvYao
本日投下終了です
質問、不明な点ありましたら一段落してからお答えいたします
それでは、また明日

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 01:15:44.90 ID:Fd+WRMpWo

正直魔法使いは気になってたんだよなー……

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 01:43:21.53 ID:ZqeIZYYDO

全部読み返してきた
ポチの出番はありますか?

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 13:13:01.61 ID:Z4ocHQWZ0
>>45
新作!!すげー嬉しい!!ありがとう!!
後日談&前日譚というのは魔法使い達の世界だけかな?
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
の続編ではない感じ?

49 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:24:34.79 ID:zNvxktpKo
>>47
今回は無しです
>>48
今回、淫魔は出てこないです
それでは投下します

50 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:25:17.03 ID:zNvxktpKo
『勇者と魔王の物語』がある。
世界のどこに行っても、細部は違えど同じ物語を描いた本があった。
だが、結末はみな同じだった。
すなわち――――『勇者』が、『魔王』を討滅する、あの栄光の勝利。
そしてそれを三人は、目の前で見る事ができた。
だが、魔王を打ち倒し、崩壊を始めた魔城から脱出しようという時、勇者は言った。
――――――「俺を置いて行け。三人だけでここから逃げろ」と。
どれだけの言葉を使っても、どれだけの涙を見せても、その心は変わらなかった。
彼は、知っていたからだ。
世界を救えば、救った世界の線引きを巡って再び人界は荒れる。
手始めに勇者の故国は、隣の国へと仕掛ける。
その先陣に、世界を救った『最強の人類』を加えて。
世界に、居場所は無かった。
故郷へ帰れば噂が立つ。
どこかで穏やかに暮らすにも、世界の全てを回ってしまった。
だから、もはや『勇者』を知らない者など、世界のどこにもいない。
一目でも見られてしまえば、そこから噂は千里を駆けて、どこかの誰かの耳へ届く。
存在を賭けて救った世界へ、剣を向けたくなどなかったから。
身を寄せ合い『雷』に怯える人々の顔を、見たくなどなかったから。
――――『雷』は、『雨雲』と運命を共にすると、そう決めてしまった。

51 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:26:18.71 ID:zNvxktpKo
――――――――
決戦を終えた大広間の大きく重い扉をくぐると、彼らの背後で続けざまに轟音が鳴り響いた。
崩れた天井が瓦礫と化して、大広間を埋め尽くしていく。
役目を終えた『勇者』を独り残した、彼のパーティの最後の戦場を。
魔法使い「……!!」
戦士「振り返るな!」
魔法使い「分かってるわよ!」
涙をマントの縁で拭い、戦士に返しながら走る。
激しく揺れ、砂の楼閣のように崩れていく魔王城の中を、「三人」の英雄達が駆け抜ける。
壁面に飾られた燭台は外れ落ち、魔物を模した彫像は無惨に砕け、鏡とステンドグラスの破片が散乱する。
それは、もはや―――人界を恐怖に陥れた、「魔王」の城とは思えなかった。
僧侶は、走りながらそれらの風景を心に沁みこませるように、見つめていた。
彼女が憶えたのは、安堵でも、達成感でも、ましてや爽快感でもない。
ただ、哀しい。
魔王の力の象徴たる城が崩壊するさまは、ただ不思議なまで、痛々しいほどに哀しく、空しく映った。
旅が、終わる。
世界を救うための旅が終わり、魔王城がなくなり、魔王がいなくなる。
魔王を倒す宿命を負い、戦ってきた「勇者」もまた、いなくなる。
そして三人の『人類』だけが、生きて、残る。
後ろ髪を引かれる思いは、留まるところを知らない。
最後の命令を受け取った今でさえ、勇者の想いを受け止めた今でさえ。
今からでも広間に戻り、彼を連れ帰りたい衝動は、留まらない。

52 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:26:46.12 ID:zNvxktpKo
戦士「……!?」
ふと、戦士が前方に目をやり、立ち止まる。
そのまま手を広げ、後方に続いた二人を制して立ちはだかった。
魔法使い「ちょっと……何なのよ!?」
僧侶「……」
戦士「お客さんだ」
言って、剣を引き抜く。
眼前には、中身を宿さぬ、動く甲冑。
白銀の体毛を持つ、俊敏な魔物。
古の魔術で生み出された、呪わしき機械人形。
魔王の城に相応しい魔物の残党達が、廊下を埋め尽くしていた。
魔法使い「…構ってらんないのに!!」
僧侶「………くっ…」
後列の二人も杖を構え戦闘用意を整えるが、魔力の残りは、心もとない。
連戦に次ぐ連戦、そして最後は魔王とその騎士との死闘。
僧侶は、回復呪文の連唱と攻撃呪文でもはや魔力は空と言っていい。
それに比べて魔法使いは、魔力は多少は残っている。
だが、それ以前に――彼女は、いまだ負傷者に違いない。
戦士も同様で、剣を構えはしても、傷は癒えていない。
戦士「おい、魔法使い」
魔法使い「何よ」
戦士「……『帰還』の呪文は使えないのか?」
魔法使い「ダメ。腐っても魔王の城ね。その手の呪文は使えないわ」
戦士「…………そうか」

53 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:27:28.23 ID:zNvxktpKo
僧侶「諦めてはいけません」
力強さを秘めた呟きが、今なお轟音とともに崩壊を続ける魔王城に、はっきりと響いた。
僧侶「諦めてはいけません。……私たちは、生きなければならないのですから」
魔法使い「……あはは、そうだったわねぇ。よく覚えてたじゃん、偉い偉い」
憎まれ口を叩くも、その表情に嘲りの色は無い。
ただ――ただ、強気な微笑みだけが浮かんでいた。
戦士「……ああ、そうさ。こんな所で……死ねるものか」
僧侶に呼応するように、緩みかけた利き手を締め直し、剣を握り締める。
眼前を埋め尽くす魔物に対し、人界最強の、「勇者」はいない。
彼と肩を並べた三人の英雄が、満身創痍のまま闘志を再び燃やすのみ。
じりじりと距離を詰めてくる数十の甲冑達が、ふと歩みを止めた。
それとほぼ同時に魔王城の震動がピタリと止んだ。
甲冑の魔物も、銀毛の魔物も、単眼の巨人も、動く様子が無い。
燭台が倒れる音にも動じず、祈るように、頭を垂れていた。
魔法使い「何なのよ?」
僧侶「え……?」
戦士「……恐れをなした、という訳ではないだろうな」

54 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:28:19.83 ID:zNvxktpKo
直後、金属が石畳へ落ちる音がけたたましく鳴り響いた。
先ほどまで動いていたはずの甲冑達が、次々に崩れてゆく。
高次にある霊体の魔物が、憑代であるはずの甲冑から抜け出ていく。
それに気付けたのは、僧侶だけだ。
僧侶「……これは?」
魔法使い「……何か知らないけど、ラッキーなんじゃないの?」
戦士「だが、それでも……まだ多いぞ」
そして、戦士の懸念はまたも、溶け消えた。
通路を塞ぐ、肉体を持つ魔物達が、次々にその姿を消していく。
光の粒がまとわりつき、そのまま、敬意を示すような姿勢を取ったまま虚空へと消え去っていった。
そして――――最後に一つだけ、決定的な変化が、起きていた。
僧侶「一体、何が……?」
魔法使い「あ……?」
僧侶「どうしました?」
魔法使い「……魔王の施した結界が……消えたみたい」
戦士「『使える』んだな?」
魔法使い「…………」

55 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:29:15.16 ID:zNvxktpKo
もはや、時間は無かった。
背後を見ればほぼ瓦礫に埋まり、行きて戻りし魔城の回廊は存在しない。
最後の勇者の『作戦』を反故にはできなかった。
魔法使いが杖を一振りすると、赤く輝く光の扉が、目の前に開いた。
その先には、段々と暗雲を薄めていく、魔城の空が見て取れる。
ここをくぐってしまえば、もう、戻れない。
魔王を倒し、その城を出て、そこで全ての物語は終わる。
魔法使い「……やだ。やだ、よぉ…………!」
帰還の扉を前にして、『涙』に追いつかれてしまった。
踏み出せばそこには『外』があり、それが『彼』の望みだとも分かっているのに。
それでも、脚が動いてくれない。
この扉は、『世界』へと繋がっている。
――――――『彼』を欠いて、それでも回り続ける無慈悲な歯車の箱へ。
滂沱の涙が鎖となり、魔法使いを、縛り付けてしまう。
戦士「何をしている!? 早く!」
魔法使い「置いてなんて行けない! ……あんた、何で平気なのよぉ!」
僧侶「魔法使いさん! もう、道が……!」
見えていて、理解もできていた。
もう戻れる道も行く道も埋め尽くされ、目の前の扉をくぐるしか無い。
それでも――――最後の諦めを、つけられない。
感情の置き場所が見つけられないまま彼女は踵を返して、僧侶はそれを、組み合うように押さえつけた。
魔法使い「離して……! 離せ! 離せぇぇっ!!」

56 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/24(金) 00:29:46.08 ID:zNvxktpKo
彼女の体の、どこからこんな力が生まれるのか。
僧侶が必死に踏ん張りを効かせても、ずるずると寄り切られる。
魔法使いは瓦礫の山となった回廊を、聞かん坊のように戻ろうとしていた。
僧侶「もう、戻れません! もう――――」
手遅れです、とは言えなかった。
落ち着いて下さい、とも言えなかった。
どちらも口にはできない、それぞれの理由があった。
どちらも――――僧侶の口から告げる事など、できなかった。
その時、魔法使いの身体から力が抜け、僧侶にもたれるように気を失った。
背後から、戦士が当身を喰らわせたからだ。
戦士「……脱出、するぞ」
言うと、彼は魔法使いの身体を担ぎ、落ちた杖を拾って、僧侶に促す。
応じて頷き、彼女は扉をくぐり、戦士もそれに続く。
戦士「……せめてこれしか、俺達には無いんだ。……許せよ」
そして魔王の城は、崩壊する。
存在の全てを、無かったことにでもするかのように。
仕掛け絵本を閉じたように、折り畳まれるように。
演壇にもう、役者は残っていない。
全ての収拾をつけて片付けられる舞台装置のように、『それ』はなくなった。

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