魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
Part2
25 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:17:32.06 ID:4RdAMvYao
こんばんは、投下開始します
26 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:18:28.88 ID:4RdAMvYao
――――――いつにもまして明確な殺気で、急いたように襲いかかってくる魔物を蹴散らし、進む。
魔王直属のモンスターと言えども、四人にはまるで問題にもならなかった。
無数に仕掛けられた罠を次々と看破し、突破し、それでも掛かってしまえば打破していく。
進むうちに、モンスターと出くわさなくなっていった。
もはや城内には魔王と、勇者の一行しかいなくなってしまったかのように。
戦士「……呆気なさすぎる」
前衛を務めて歩いていた彼が、呟いた。
勇者「…………ふふっ」
魔法使い「何笑ってんのよ?」
勇者「……魔王の城で、魔王に仕えるモンスターを斬って。『呆気ない』か」
僧侶「どうか、なさいましたか」
勇者「いや、俺も同じ事を思ったよ。…………『人間』が思っちゃいけない事なのにな」
戦士「さっきから、何を言いたいんだ」
勇者「……ごめん、俺にも分からない。……それより、魔王は近いぞ」
勇者は、剣を握る手に力を込めて、息を整える。
刻一刻と強まっていく魔王の気配は、段々と正気を蝕んでくる。
息を吸う事にさえ重さを感じて、肺の腑が押し潰されそうだ。
それは僧侶や魔法使いも同じく、冷や汗をかいていた。
火種に近づけば近づくほど、その熱量を感じるのと同じように。
『魔王』という存在に近づくほどに、冥界の海のように静かで底知れない、暗黒の魔力を感じる。
27 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:20:09.70 ID:4RdAMvYao
少し進むと、広い一本道の廊下についた。
ねじれた悪趣味な柱が両側に立ち並び、その遥か向こうに、ひときわ大きく荘厳な扉が見えた。
扉までは真紅の絨毯が敷かれ、壁面に据え付けられた奇妙なほど明るい照明器具は、昼間のように、
一切の影をつくらぬように明々と照らしていた。
その気になれば、天井の彫刻の一つ一つまで数え上げられてしまいそうだ。
まずは、罠を疑う。
魔法使いが幻術を疑い、戦士は物質的な罠が無いかを探る。
壁面から槍が突き出ては来ないか。
そもそもこの大廊下は、実際に存在しているものなのか。
それを最初に確認できたのは、勇者だった。
勇者「間違いない。あの扉の向こうに、いる」
戦士「……だが。これは……罠ではないのか?」
僧侶「ええ。いくらなんでも……」
勇者「否。魔王とて分かっている筈だ。こんな所で小細工を弄しても、俺達を倒せはしないと」
魔法使い「まっ、そのとおりよ……っ!?」
『気配』が、遥か彼方から一足飛びにやってきた。
だがそれは、『魔王』の禍々しい魔力とは違う。
もっと荒々しく、暴力的で――――単純な、『殺気』だ。
気付いた時には、殺気の主が目の前に音もなく立っていた。
その姿は戦士の体格を縦横に倍掛けしたように大きく、全身を覆い尽くすローブを纏っている。
顔すらもフードの暗闇に隠れて、これだけの光源があるというのに、顔はおろか指先さえもまるで見えない。
???「…………ここにきて罠など、あらぬ」
声は、意外にもはっきりとして野太い。
どこか武人めいた様子さえも認められ、少なくとも、ここですぐに仕掛けてくるようには思えなかった。
???「『魔界騎士』。もはやその名は、俺だけを指すものだ」
28 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:20:54.97 ID:4RdAMvYao
勇者「魔王の側近か?」
魔界騎士は、答えない。
鋭い殺気は身に纏っているが、名乗った後もローブを脱ぐ様子が無い。
警戒したまま様子を窺っていると、やがて、魔界騎士が口火を切った。
魔界騎士「……勇者よ。貴様は通れ」
勇者「何……?」
唐突な言葉に、理解が追いつかない。
勇者の身だけを通すその理由が、まるで分からなかった。
魔界騎士「……貴様は通す。だが……他は、通さん」
瞬間、脱ぎ捨てられたローブが翻り、宙を舞った。
その下からは――――名に相応しく、一種の高貴ささえ感じる姿が現れた。
切れ味さえ備えていそうなほどに禍々しい漆黒の鎧が、爪先から頭頂までを包んでいた。
その表面に不規則に走る真紅の筋は、溶岩を通した血管のように鈍く輝く。
鎧には鋲も蝶番もなく――――継ぎ目すらない。
右の背には小さな翼が四枚、左の背からは身を隠せるほど大きな翼が一枚。
『騎士』の称号に相応しく――――両手にはそれぞれ、闇夜から掴み出したかのような剣と盾がある。
戦士「……勇者。先に行け」
目の前の騎士に応じるように一歩進み出て、言う。
遅れて、二人の後衛も続いた。
魔法使い「……すぐに追う。心配するんじゃないわよ」
僧侶「そうです。……さぁ、早く」
勇者は、振り向かない。
剣を携えたまま、無造作に魔界騎士の右手のすぐ傍を通り抜け、彼方の扉へと駆けていく。
その足音が遠くへ消えた頃、ようやく――――両陣営が、戦闘態勢に入る。
29 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:21:40.65 ID:4RdAMvYao
魔界騎士は、人界の戦場でもよく見かける、盾を前面に構えた正統の姿を取った。
後ろに引いた剣を中段に構え、単純な胴薙ぎの動作。
構えを見るだけで、戦士は直感する。
この敵は……『強い』と。
戦士もそれに倣い、同じ構えを取る。
一人きりの前衛を前にして、魔法使いが右側、僧侶が左側に広がって、三角形の陣形を取った。
そのまますぐに詠唱を始め、魔力が後列の二人に集まっていく。
魔界騎士の右手が、一瞬ぶれる。
とっさに盾を上げた時には――――すでに、左手が重く痺れていた。
戦士「ぐぅっ……!」
盾越しに感じた衝撃は、もはや剣のものではない。
さながら、戦槌の一撃だ。
下腕部に骨が裂けるような鋭い痛みが走る。
打ち込みの強烈さたるや、盾がもってくれたのが奇跡としか思えなかった。
競り合いに移ろうというその時、戦士の右手側から、回り込むような軌道で氷の槍が魔界騎士の頭を狙う。
詠唱を終えていた魔法使いが放ったものだ。
だが、盾で防ぐでもなく、避けるでもなく。
氷の槍は、真下から突き上げられた盾の縁で砕かれる。
その時に生まれたわずかな力の緩みを盗んで、戦士は、後ろへ跳んで距離を取った。
魔法使い「っ何で、今の反応できんのよ!? どんな目ぇしてんの、こいつ!」
戦士「……く、そ……!」
すぐに僧侶は、戦士へ回復の呪文をかける。
感じた通り、左手の骨にヒビが入っていたようだ。
戦士は警戒したが、意外にも、魔界騎士の追撃はなかった。
今まさに回復を施しているというのに――――その場から、動かない。
30 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:22:39.23 ID:4RdAMvYao
回復を終えると、戦士はすぐに、再び前に出た。
その間も魔界騎士は動かず、攻撃の予備動作さえも行わなかった。
僧侶「……『盾に、祝福を』」
更に詠唱を続けた僧侶が、戦士の背に光を放つ。
呪文の効果は、『防御力上昇』。
だが、あの打ち込みにはたしてどれほどの効き目があるのかも分からない。
魔界騎士「もう良いのか? 『人間』」
戦士「あぁ。待ってくれるとは意外だな、『魔族』」
魔界騎士「必要なら回復するがいい、道具(アイテム)を使え、態勢を立て直したいならそうするが良い。
後ろから斬らねばならぬ程、不足してなどいない。……全てを無駄に終わらせてやるだけの事」
戦士「やれるのなら……なっ!」
初動は――――先手を打つつもりで挑んでも、それで尚も魔界騎士が上回ってしまった。
だが、やや上段から袈裟懸けに振り下ろされた剣は『見えた』。
剣の軌道、迎撃点を見計らい――――隼の狩るがごときの素早さで、打ち上げる。
その刃は瞬きの間に、二度の斬撃。
さしもの魔剣士の刃も、軌道上から直上への剣には耐えられず、切っ先が虚しく跳ね上がった。
戦士「取ったぞ!」
引き起こした剣で、がら空きの右腹へ斬り込む。
だが。
まさしく、歯が立たぬまま。
剣が、弾き返されてしまった。
31 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:23:12.03 ID:4RdAMvYao
戦士「な、に……!?」
それによって体勢を崩してしまい、後ろへよろけた姿になる。
硬い、などという次元では無く――――歴戦の戦士をして、『不可能』という言葉さえ脳裏を過ぎったほどだ。
よたつく動きの最中、魔界騎士が引き戻した剣を振りかぶるのが見える。
だが、その視線は戦士ではなく――――距離にして3mは離れた、僧侶と魔法使い。
戦士「避けろっ!」
叫びを聞くよりも早く、魔法使いの背筋に悪寒が走る。
吐き気さえ感じる程のそれに駆り立てられるままに、魔力の防壁を発動して僧侶と自身を護る。
構築が間に合うとほぼ同時に、魔剣が逆胴を抜くように虚空を薙ぎ――――そして。
氷の刃が二人を襲い、魔力の防壁に突き刺さって次々と砕ける。
極地の風のように鋭く冷たい冷気が防壁を越えて二人に襲いかかり、漏らした悲鳴は白く凍てついた。
絨毯は霜柱のように凍り付き、宙空には氷晶さえ舞い散っている。
僧侶「きゃっ……!」
魔法使い「ビビってんじゃないっ! 『あれ』使いなさいよ!」
魔法使いの激に応えるように、僧侶は目を閉じ、杖を前に突き出すようにして集中する。
それは敵へと向けられ、しかし殺意は帯びないまま、魔力が高まっていく。
戦士が体勢を整えると同時に、その『呪文』が完成した。
――――『呪文封印』の呪文。
32 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:24:20.58 ID:4RdAMvYao
杖先に生まれた魔力の文字が、魔界騎士へと張り付き、浸透していく。
一文字一文字が魔力を封印する意味を持ち、その身に受ければ『呪文』を奪われる。
人ならぬ魔族に効くかは賭けだったが、それには勝てたようだ。
魔界騎士「ほう。初めて受ける呪文だ」
魔法使い「……あんた、何で避けないのさ?」
身のこなし、素早さ、どれをとっても……彼は、一流のはずだ。
詠唱を待つ事はもちろん、攻撃を避けない。
いや、それどころか――――初めに立っていた場所から、彼は動いてなどいない。
魔界騎士「『避ける城壁』を……見た事があるのか」
次は、大上段の構え。
天に向かって屹立した剣は、全てを見通す戦塔のように、魔の剣とは思えぬほど愚直に伸びた。
戦士は警戒しながらその右手側に立ち、その攻撃に合わせるべく機会を伺う。
がら空きになった腹を攻撃する事は容易い。
だが――――生半な攻撃では、かすり傷すらもつけられないと分かってしまった。
剣が振り下ろされると、その延長線上に無数の握り拳大の光が輝き――――膨れ上がり、連鎖的に爆発する。
その一つ一つが魔法使いの得意とする爆発の呪文、その初等のものと同等の威力がある。
それが――――何百、何千発も弾けながら爆熱の荒波の如くに三人へと押し寄せ、
気付いた時には、閃光と爆風の中に呑み込まれていた。
身を護っていた魔力の防壁は呆気なく砕け散り、爆風に飛ばされ、僧侶と魔法使いは両側の壁に打ち付けられた。
息がつまり、背骨が軋み、強烈な爆音で鼓膜が痺れて、一時、音さえも失ってしまう。
三半規管がかき回され、背に当たったのが果たして床か壁か、果たして天井かさえも掴めない。
魔法使いは床に手をついてがくがくと胃液を吐き出しながら震え、僧侶は、倒れ伏したまま芋虫のように身じろぐ事しかできない。
僧侶「うっ……! あっ……」
魔法使い「なん、で……!?」
最前列で巻き込まれた戦士の体躯が、遅れて、焼け焦げた絨毯の上に無様に墜ちて天井を仰ぐ。
それでも剣と盾は離さないが――――頑強な鎧には、煤がこびりつき、歪んでいた。
一撃で、僧侶の施した『呪文』が吹き飛んでしまったのだ。
防御上昇の祝福は、即死を免れるだけの効果しか示してはくれなかった。
魔界騎士「今のは呪文では無い――――『技』だ。言った筈だ、貴様らの全てを、『無駄』に終わらせてやるとな」
――――――『勝利』が、思い描けない。
33 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:25:03.65 ID:4RdAMvYao
魔法使いが思ったのは、それだ。
鉄壁、神速、そして、苛立ちすら感じる程の――――桁を外れた、圧倒的な破壊力。
呪文ですらない剣技の一撃で、僧侶も戦士も戦闘不能に追い込まれ、残った魔法使いもそれに近い。
たったの一撃で……壊滅させられてしまった。
魔法使い(何、なのよ……これ…………勝てないように、なってんじゃないの……?)
爆発に晒されて、足元の絨毯はボロボロに焦げている。
壁面は抉れて瓦礫が散って、足の踏み場もない。
その中で、魔法使いは……杖を支えに、萎えかけた脚に力を注ぎ、立ち上がった。
無意識のうちに、負傷した二人を庇うように前に出る。
魔法使い「何だって、の……よ……! あんたみたいなのがいるなんて……聞いて、無いわよ」
――――不可解だった。
これほどまでに手強い魔族がいたというのなら……世界のどこかで、耳にしたはずだ。
なのに、この魔界騎士は魔王の城で、突如として現れた。
言動の端々からは、気まぐれなようにも思えず――――その暴威も、行動理念も、何一つ掴めない。
恨みがましく睨みつけても、この魔剣士は依然として、彫刻のように仁王立ちしている。
魔界騎士「…………千年」
おもむろに、『彼』が声を発する。
それが果たして『口』から出ているものなのかは、分からなかった。
魔界騎士「千年前に、我が眷属は滅んだ。……生じたばかりの俺を除いて」
淡々と。
淡々と――――言葉を紡ぎ続ける。
感傷も、感慨も、背負った悲劇をひけらかす様子も、そこにはない。
鸚鵡返しの魔法の鏡のように、魔界の騎士は、ただ語る。
34 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:25:59.36 ID:4RdAMvYao
魔界騎士「我が眷属は、魔界では……『決着の種族』と呼ばれていた、ようだ」
魔法使い「……決着?」
魔界騎士「俺達に寿命は無い。病も無い。……戦い、倒される事でしか俺達は死ねん」
魔法使い「…………なんで……」
『なんで、滅んだ』――――?
そう問おうとした時、先に答えを用意していたのか……付け足された。
魔界騎士「千年前の『魔王』に従い、俺以外の全員が人間界に降り立った。……して、『俺達』は『俺』になった」
左手を揺らし、無造作に彼は自らの身を指す。
もはや同族など存在しない――――ひとり取り残された、その身を揺すって見せた。
魔法使い「……で、あんたもみんなと同じところに行きたいって訳?」
魔界騎士「或いは。だが、『決着』をつける事こそが我らが存在の意義」
魔法使い「じゃぁ、何で……あんた、ぼーっと立ってんのよ。今がチャンスでしょ」
魔界騎士「『勝利』と『決着』は全く非なる。死力を尽くし、つまらぬ小細工なく打倒し、屍を踏み越える。
それこそが……真の『決着』。勝敗などという些末な価値観ではない。それこそが我らの世界」
恐らく、それ故に――――魔界騎士は、追撃をしない。
回復を待ち、道具を使わせ、態勢を立て直して武器を持ち替える事さえ待つ筈だ。
勝利を得る為に戦うのではない。
もはや魔王へ尽くす忠誠でもない。
求めるのは、『署名』だった。
――――永遠を保証されてしまった存在を終わらせ、一太刀描きの『署名』を加えてくれる者を。
――――その種族は、永劫というアトリエの中に閉じ込められたまま、求め続ける。
――――勝つ度に上塗りされる『時間』に、何色か、何を描いているのかさえ定かではなくなり。
――――ただ、『誰か』に終わらせてもらう為だけに、服す囚人の労務のように、血の色を重ね塗るだけ。
――――いつ描き終わるか分からないまま、ドス黒く乾いて行くだけの無意味な絵を。
魔界騎士「しかし、宛てが外れた。……いつか倒れるこの身も、今ではなく……貴様らにでも、無かったのか」
その呟きは……ようやく、感情を伴った。
35 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:27:53.52 ID:4RdAMvYao
魔法使い「……聞いても、いいかしら」
問答の中で、どうにか杖に頼らずに立てるほどには回復した。
弱々しく縮んでいた瞳に、ようやく、生来の輝きが帰る。
魔法使い「あんたが魔王について来たのは、復讐ってワケ?」
魔界騎士「弱き種は、滅びゆく宿命。それを怨むほど蒙昧ではない。……さぁ、どうする。『ヒト』の魔術師」
魔法使い「…………」
魔界騎士「再び言おうか。逃げるのなら追わぬ」
再びの勧めに頷くと、彼女は懐に左手を差し入れ、幾つもの道具を掴み出した。
その全てが――――人界において希少とされる、奇跡の産物。
世界を支える大樹から舞い落ちたとされる、奇跡の葉。
その葉からこぼれた朝露を小瓶に受け止めた、完全治癒の雫。
魔力を限界まで補充する、エルフ族の秘薬。
旅の途中で蓄え、魔王の城――――魔王との決戦で放出しようと決めていた、逸品ばかり。
魔法使い「……『勇者』が、どうして『雷』を使えるか、知ってる?」
その手に、震えはもうない。
眼前にいるただ一騎のために、全てを尽くそうと決めた。
魔法使い「…………『雷』はね、真っ黒で分厚い暗雲を切り裂いて、『雨』に変えてしまうの」
『葉』を、倒れた戦士の心臓の上に置く。
それだけで『葉』は溶けて、心臓を賦活させ、ほんの数秒の間に立ち上がらせた。
魔法使い「『雷』は闇を切り裂く光。嵐の次の日は、必ず晴れる。……『雷』は、号令。
『明日は絶対に晴れる』って、あたしたちに教えてくれてるのよ」
魔界騎士は、宣誓の通りに、微動だにしない。
挑む者を跳ね除け、挑む者にだけ剣を振り下ろす。
孤高にして独、魔界最後の『闘技者』の威容を、その身に湛えていた。
魔法使い「あいつはね、約束してくれたの。空を見せてくれるって。だから、あんたと戦ってやる。
……あいつがくれた青空を、バカみたいにまっすぐ見上げるためにっ!」
36 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:28:57.36 ID:4RdAMvYao
小瓶に集められた『雫』を、魔法使いが振り撒く。
世界樹の恵みを凝縮した奇跡は三人へと降り注ぎ、全ての痛みと傷とを泡雪のように消し去った。
意識を取り戻した僧侶も立ち上がり、全ては、開戦前の状態へと巻き戻され。
――――出し惜しみ無し、全員全力、全身全霊の総攻撃。
――――『叛撃』の準備を整える。
魔法使い「二人とも――――全力よ。いいわね?」
戦士「ここで、か」
僧侶「……今使わねば、ならないのですね」
魔法使いと僧侶が、同時にエルフ族の霊薬を仰ぐ。
数百の薬草と数十の霊草、数千年の秘術を用いて精製された、伝説の魔力回復薬。
一本入手するだけでも小国が消し飛ぶほどの財を傾けなければならない霊薬が、二本。
二人の体に失った魔力が漲り、その双眸からも魔の輝きが溢れ出す。
吐息までも呪文と化してしまったかのような、超回復が起こる。
肉体は――――極限まで張り詰めた魔力の坩堝と化した。
一息を挟んで、戦士へと強化呪文が注ぎ込まれていく。
攻撃力増加、防御力増加、速度増加。
どの呪文の消費魔力も、何の問題でも無い。
戦士は、甲冑すら窮屈に感じる程に昂る肉体を、押さえつける。
筋肉が鋼のように盛り上がり、盾と剣を握り潰してしまいそうに感じて、無意識に力を緩めた。
その反面、身体は嘘のように軽い。
魔法使い「そう。……『使う』わよ。今。ここで!」
黙して、三人は武器を構え――――目を閉じ、集中する。
魔力の霊薬をも、強化呪文の重ねがけをも上回るほど、闘気が高まり、大廊下に一度は蔓延った
諦観の空気を、遠くへ追いやる。
そして――――三人の体から、紫炎が発せられた。
37 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:30:07.81 ID:4RdAMvYao
本当ならば……魔王との戦いの為に、使うはずだった。
戦いの中で闘気を蓄積し、振り切った士気を力に変え、数倍にも増す秘法。
弱き人類が生み出した、『限界を超える』力。
戦士の口から飛び出した闘気の震えは、どこまでも伸びる咆哮となった。
蛮王のごとき戦叫が、魔城の全てをビリビリと揺るがす。
崩れかけた壁から破片が落ち、例外ではなく――――魔界騎士の、漆黒の鎧膚をも震わせた。
魔界騎士「……雨雲が消えた時、雷もまた消え去る。貴様らは、分かっているのか」
鎧にまとわりつく震えを振り払うように軽く剣を振り、『強敵』は言う。
魔法使い「そろそろ黙んなさい。あんたの向こうに、あいつが待ってる。……だから、そこ」
進み出て、戦士の利き手側に寄り添うように魔法使いが立つ。
前のめりに、その強大な敵の向こうを目指すかのように。
魔法使い「邪魔だっつってんのよっ!!」
気迫を受け止めるように、魔界騎士は剣を引いて盾を前面に押し出す、戦列重装歩兵の構えを再び取る。
兜のような頭部、その顔面に走る数本のスリットが――微笑む唇のように歪んだかに、三人には見えた。
英雄物語で飽くほど聞いた言霊を、そして彼は紡いだ。
魔界騎士「――――『此処を通りたくば、我にその力を示せ!』」
38 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:30:44.12 ID:4RdAMvYao
火球の最強呪文が息もつかせず放たれた。
猛り狂う火山のように爆ぜて全てを焼き尽くす――――単発でさえ馬鹿げた威力の呪文。
魔法使い「んあ゛ぁぁぁぁぁッ!!」
五発、六発、七発――――十発を超えてもなお魔力は尽きない。
爆炎の中に揺らいだ影は、相も変わらず健在だ。
直後、その炎を裂いて――――魔法使いへ殺気が迫った。
一瞬早く飛び出した戦士が、盾でその突きを受け止める。
戦士の身の丈を超える魔界騎士の全体重を込めた疾風のような突きは、重かったが――――耐えられた。
数十センチは押し込まれ、その背の紙一重には魔法使いがいる。
戦士「捉えたぞ……今度こそな!」
魔界騎士「!」
盾に受け止めた剣を大外へ払い反撃の一太刀を繰り出す。
右から左へ横薙ぎの剣は、速度のあまりに空気との摩擦で炎を生じて刀身を覆った。
魔界騎士は盾を上げるも――――火炎の斬撃は受け止めきれなかった。
魔界騎士「ぐぁっ!」
漆黒の大盾に深々と炎の剣が斬り込み、焼き尽くした断面から灰が散る。
戦士は、実感した。
――――『ダメージ』は通った。
その実感だけで更に闘志が増す。
『勝てない相手』ではない。『勝てない戦い』ではない。
傷を負わせることができる。
傷を負わせられるのなら――――絶対に、倒せる。
こんばんは、投下開始します
26 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:18:28.88 ID:4RdAMvYao
――――――いつにもまして明確な殺気で、急いたように襲いかかってくる魔物を蹴散らし、進む。
魔王直属のモンスターと言えども、四人にはまるで問題にもならなかった。
無数に仕掛けられた罠を次々と看破し、突破し、それでも掛かってしまえば打破していく。
進むうちに、モンスターと出くわさなくなっていった。
もはや城内には魔王と、勇者の一行しかいなくなってしまったかのように。
戦士「……呆気なさすぎる」
前衛を務めて歩いていた彼が、呟いた。
勇者「…………ふふっ」
魔法使い「何笑ってんのよ?」
勇者「……魔王の城で、魔王に仕えるモンスターを斬って。『呆気ない』か」
僧侶「どうか、なさいましたか」
勇者「いや、俺も同じ事を思ったよ。…………『人間』が思っちゃいけない事なのにな」
戦士「さっきから、何を言いたいんだ」
勇者「……ごめん、俺にも分からない。……それより、魔王は近いぞ」
勇者は、剣を握る手に力を込めて、息を整える。
刻一刻と強まっていく魔王の気配は、段々と正気を蝕んでくる。
息を吸う事にさえ重さを感じて、肺の腑が押し潰されそうだ。
それは僧侶や魔法使いも同じく、冷や汗をかいていた。
火種に近づけば近づくほど、その熱量を感じるのと同じように。
『魔王』という存在に近づくほどに、冥界の海のように静かで底知れない、暗黒の魔力を感じる。
27 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:20:09.70 ID:4RdAMvYao
少し進むと、広い一本道の廊下についた。
ねじれた悪趣味な柱が両側に立ち並び、その遥か向こうに、ひときわ大きく荘厳な扉が見えた。
扉までは真紅の絨毯が敷かれ、壁面に据え付けられた奇妙なほど明るい照明器具は、昼間のように、
一切の影をつくらぬように明々と照らしていた。
その気になれば、天井の彫刻の一つ一つまで数え上げられてしまいそうだ。
まずは、罠を疑う。
魔法使いが幻術を疑い、戦士は物質的な罠が無いかを探る。
壁面から槍が突き出ては来ないか。
そもそもこの大廊下は、実際に存在しているものなのか。
それを最初に確認できたのは、勇者だった。
勇者「間違いない。あの扉の向こうに、いる」
戦士「……だが。これは……罠ではないのか?」
僧侶「ええ。いくらなんでも……」
勇者「否。魔王とて分かっている筈だ。こんな所で小細工を弄しても、俺達を倒せはしないと」
魔法使い「まっ、そのとおりよ……っ!?」
『気配』が、遥か彼方から一足飛びにやってきた。
だがそれは、『魔王』の禍々しい魔力とは違う。
もっと荒々しく、暴力的で――――単純な、『殺気』だ。
気付いた時には、殺気の主が目の前に音もなく立っていた。
その姿は戦士の体格を縦横に倍掛けしたように大きく、全身を覆い尽くすローブを纏っている。
顔すらもフードの暗闇に隠れて、これだけの光源があるというのに、顔はおろか指先さえもまるで見えない。
???「…………ここにきて罠など、あらぬ」
声は、意外にもはっきりとして野太い。
どこか武人めいた様子さえも認められ、少なくとも、ここですぐに仕掛けてくるようには思えなかった。
???「『魔界騎士』。もはやその名は、俺だけを指すものだ」
28 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:20:54.97 ID:4RdAMvYao
勇者「魔王の側近か?」
魔界騎士は、答えない。
鋭い殺気は身に纏っているが、名乗った後もローブを脱ぐ様子が無い。
警戒したまま様子を窺っていると、やがて、魔界騎士が口火を切った。
魔界騎士「……勇者よ。貴様は通れ」
勇者「何……?」
唐突な言葉に、理解が追いつかない。
勇者の身だけを通すその理由が、まるで分からなかった。
魔界騎士「……貴様は通す。だが……他は、通さん」
瞬間、脱ぎ捨てられたローブが翻り、宙を舞った。
その下からは――――名に相応しく、一種の高貴ささえ感じる姿が現れた。
切れ味さえ備えていそうなほどに禍々しい漆黒の鎧が、爪先から頭頂までを包んでいた。
その表面に不規則に走る真紅の筋は、溶岩を通した血管のように鈍く輝く。
鎧には鋲も蝶番もなく――――継ぎ目すらない。
右の背には小さな翼が四枚、左の背からは身を隠せるほど大きな翼が一枚。
『騎士』の称号に相応しく――――両手にはそれぞれ、闇夜から掴み出したかのような剣と盾がある。
戦士「……勇者。先に行け」
目の前の騎士に応じるように一歩進み出て、言う。
遅れて、二人の後衛も続いた。
魔法使い「……すぐに追う。心配するんじゃないわよ」
僧侶「そうです。……さぁ、早く」
勇者は、振り向かない。
剣を携えたまま、無造作に魔界騎士の右手のすぐ傍を通り抜け、彼方の扉へと駆けていく。
その足音が遠くへ消えた頃、ようやく――――両陣営が、戦闘態勢に入る。
29 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:21:40.65 ID:4RdAMvYao
魔界騎士は、人界の戦場でもよく見かける、盾を前面に構えた正統の姿を取った。
後ろに引いた剣を中段に構え、単純な胴薙ぎの動作。
構えを見るだけで、戦士は直感する。
この敵は……『強い』と。
戦士もそれに倣い、同じ構えを取る。
一人きりの前衛を前にして、魔法使いが右側、僧侶が左側に広がって、三角形の陣形を取った。
そのまますぐに詠唱を始め、魔力が後列の二人に集まっていく。
魔界騎士の右手が、一瞬ぶれる。
とっさに盾を上げた時には――――すでに、左手が重く痺れていた。
戦士「ぐぅっ……!」
盾越しに感じた衝撃は、もはや剣のものではない。
さながら、戦槌の一撃だ。
下腕部に骨が裂けるような鋭い痛みが走る。
打ち込みの強烈さたるや、盾がもってくれたのが奇跡としか思えなかった。
競り合いに移ろうというその時、戦士の右手側から、回り込むような軌道で氷の槍が魔界騎士の頭を狙う。
詠唱を終えていた魔法使いが放ったものだ。
だが、盾で防ぐでもなく、避けるでもなく。
氷の槍は、真下から突き上げられた盾の縁で砕かれる。
その時に生まれたわずかな力の緩みを盗んで、戦士は、後ろへ跳んで距離を取った。
魔法使い「っ何で、今の反応できんのよ!? どんな目ぇしてんの、こいつ!」
戦士「……く、そ……!」
すぐに僧侶は、戦士へ回復の呪文をかける。
感じた通り、左手の骨にヒビが入っていたようだ。
戦士は警戒したが、意外にも、魔界騎士の追撃はなかった。
今まさに回復を施しているというのに――――その場から、動かない。
回復を終えると、戦士はすぐに、再び前に出た。
その間も魔界騎士は動かず、攻撃の予備動作さえも行わなかった。
僧侶「……『盾に、祝福を』」
更に詠唱を続けた僧侶が、戦士の背に光を放つ。
呪文の効果は、『防御力上昇』。
だが、あの打ち込みにはたしてどれほどの効き目があるのかも分からない。
魔界騎士「もう良いのか? 『人間』」
戦士「あぁ。待ってくれるとは意外だな、『魔族』」
魔界騎士「必要なら回復するがいい、道具(アイテム)を使え、態勢を立て直したいならそうするが良い。
後ろから斬らねばならぬ程、不足してなどいない。……全てを無駄に終わらせてやるだけの事」
戦士「やれるのなら……なっ!」
初動は――――先手を打つつもりで挑んでも、それで尚も魔界騎士が上回ってしまった。
だが、やや上段から袈裟懸けに振り下ろされた剣は『見えた』。
剣の軌道、迎撃点を見計らい――――隼の狩るがごときの素早さで、打ち上げる。
その刃は瞬きの間に、二度の斬撃。
さしもの魔剣士の刃も、軌道上から直上への剣には耐えられず、切っ先が虚しく跳ね上がった。
戦士「取ったぞ!」
引き起こした剣で、がら空きの右腹へ斬り込む。
だが。
まさしく、歯が立たぬまま。
剣が、弾き返されてしまった。
31 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:23:12.03 ID:4RdAMvYao
戦士「な、に……!?」
それによって体勢を崩してしまい、後ろへよろけた姿になる。
硬い、などという次元では無く――――歴戦の戦士をして、『不可能』という言葉さえ脳裏を過ぎったほどだ。
よたつく動きの最中、魔界騎士が引き戻した剣を振りかぶるのが見える。
だが、その視線は戦士ではなく――――距離にして3mは離れた、僧侶と魔法使い。
戦士「避けろっ!」
叫びを聞くよりも早く、魔法使いの背筋に悪寒が走る。
吐き気さえ感じる程のそれに駆り立てられるままに、魔力の防壁を発動して僧侶と自身を護る。
構築が間に合うとほぼ同時に、魔剣が逆胴を抜くように虚空を薙ぎ――――そして。
氷の刃が二人を襲い、魔力の防壁に突き刺さって次々と砕ける。
極地の風のように鋭く冷たい冷気が防壁を越えて二人に襲いかかり、漏らした悲鳴は白く凍てついた。
絨毯は霜柱のように凍り付き、宙空には氷晶さえ舞い散っている。
僧侶「きゃっ……!」
魔法使い「ビビってんじゃないっ! 『あれ』使いなさいよ!」
魔法使いの激に応えるように、僧侶は目を閉じ、杖を前に突き出すようにして集中する。
それは敵へと向けられ、しかし殺意は帯びないまま、魔力が高まっていく。
戦士が体勢を整えると同時に、その『呪文』が完成した。
――――『呪文封印』の呪文。
32 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:24:20.58 ID:4RdAMvYao
杖先に生まれた魔力の文字が、魔界騎士へと張り付き、浸透していく。
一文字一文字が魔力を封印する意味を持ち、その身に受ければ『呪文』を奪われる。
人ならぬ魔族に効くかは賭けだったが、それには勝てたようだ。
魔界騎士「ほう。初めて受ける呪文だ」
魔法使い「……あんた、何で避けないのさ?」
身のこなし、素早さ、どれをとっても……彼は、一流のはずだ。
詠唱を待つ事はもちろん、攻撃を避けない。
いや、それどころか――――初めに立っていた場所から、彼は動いてなどいない。
魔界騎士「『避ける城壁』を……見た事があるのか」
次は、大上段の構え。
天に向かって屹立した剣は、全てを見通す戦塔のように、魔の剣とは思えぬほど愚直に伸びた。
戦士は警戒しながらその右手側に立ち、その攻撃に合わせるべく機会を伺う。
がら空きになった腹を攻撃する事は容易い。
だが――――生半な攻撃では、かすり傷すらもつけられないと分かってしまった。
剣が振り下ろされると、その延長線上に無数の握り拳大の光が輝き――――膨れ上がり、連鎖的に爆発する。
その一つ一つが魔法使いの得意とする爆発の呪文、その初等のものと同等の威力がある。
それが――――何百、何千発も弾けながら爆熱の荒波の如くに三人へと押し寄せ、
気付いた時には、閃光と爆風の中に呑み込まれていた。
身を護っていた魔力の防壁は呆気なく砕け散り、爆風に飛ばされ、僧侶と魔法使いは両側の壁に打ち付けられた。
息がつまり、背骨が軋み、強烈な爆音で鼓膜が痺れて、一時、音さえも失ってしまう。
三半規管がかき回され、背に当たったのが果たして床か壁か、果たして天井かさえも掴めない。
魔法使いは床に手をついてがくがくと胃液を吐き出しながら震え、僧侶は、倒れ伏したまま芋虫のように身じろぐ事しかできない。
僧侶「うっ……! あっ……」
魔法使い「なん、で……!?」
最前列で巻き込まれた戦士の体躯が、遅れて、焼け焦げた絨毯の上に無様に墜ちて天井を仰ぐ。
それでも剣と盾は離さないが――――頑強な鎧には、煤がこびりつき、歪んでいた。
一撃で、僧侶の施した『呪文』が吹き飛んでしまったのだ。
防御上昇の祝福は、即死を免れるだけの効果しか示してはくれなかった。
魔界騎士「今のは呪文では無い――――『技』だ。言った筈だ、貴様らの全てを、『無駄』に終わらせてやるとな」
――――――『勝利』が、思い描けない。
33 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:25:03.65 ID:4RdAMvYao
魔法使いが思ったのは、それだ。
鉄壁、神速、そして、苛立ちすら感じる程の――――桁を外れた、圧倒的な破壊力。
呪文ですらない剣技の一撃で、僧侶も戦士も戦闘不能に追い込まれ、残った魔法使いもそれに近い。
たったの一撃で……壊滅させられてしまった。
魔法使い(何、なのよ……これ…………勝てないように、なってんじゃないの……?)
爆発に晒されて、足元の絨毯はボロボロに焦げている。
壁面は抉れて瓦礫が散って、足の踏み場もない。
その中で、魔法使いは……杖を支えに、萎えかけた脚に力を注ぎ、立ち上がった。
無意識のうちに、負傷した二人を庇うように前に出る。
魔法使い「何だって、の……よ……! あんたみたいなのがいるなんて……聞いて、無いわよ」
――――不可解だった。
これほどまでに手強い魔族がいたというのなら……世界のどこかで、耳にしたはずだ。
なのに、この魔界騎士は魔王の城で、突如として現れた。
言動の端々からは、気まぐれなようにも思えず――――その暴威も、行動理念も、何一つ掴めない。
恨みがましく睨みつけても、この魔剣士は依然として、彫刻のように仁王立ちしている。
魔界騎士「…………千年」
おもむろに、『彼』が声を発する。
それが果たして『口』から出ているものなのかは、分からなかった。
魔界騎士「千年前に、我が眷属は滅んだ。……生じたばかりの俺を除いて」
淡々と。
淡々と――――言葉を紡ぎ続ける。
感傷も、感慨も、背負った悲劇をひけらかす様子も、そこにはない。
鸚鵡返しの魔法の鏡のように、魔界の騎士は、ただ語る。
34 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:25:59.36 ID:4RdAMvYao
魔界騎士「我が眷属は、魔界では……『決着の種族』と呼ばれていた、ようだ」
魔法使い「……決着?」
魔界騎士「俺達に寿命は無い。病も無い。……戦い、倒される事でしか俺達は死ねん」
魔法使い「…………なんで……」
『なんで、滅んだ』――――?
そう問おうとした時、先に答えを用意していたのか……付け足された。
魔界騎士「千年前の『魔王』に従い、俺以外の全員が人間界に降り立った。……して、『俺達』は『俺』になった」
左手を揺らし、無造作に彼は自らの身を指す。
もはや同族など存在しない――――ひとり取り残された、その身を揺すって見せた。
魔法使い「……で、あんたもみんなと同じところに行きたいって訳?」
魔界騎士「或いは。だが、『決着』をつける事こそが我らが存在の意義」
魔法使い「じゃぁ、何で……あんた、ぼーっと立ってんのよ。今がチャンスでしょ」
魔界騎士「『勝利』と『決着』は全く非なる。死力を尽くし、つまらぬ小細工なく打倒し、屍を踏み越える。
それこそが……真の『決着』。勝敗などという些末な価値観ではない。それこそが我らの世界」
恐らく、それ故に――――魔界騎士は、追撃をしない。
回復を待ち、道具を使わせ、態勢を立て直して武器を持ち替える事さえ待つ筈だ。
勝利を得る為に戦うのではない。
もはや魔王へ尽くす忠誠でもない。
求めるのは、『署名』だった。
――――永遠を保証されてしまった存在を終わらせ、一太刀描きの『署名』を加えてくれる者を。
――――その種族は、永劫というアトリエの中に閉じ込められたまま、求め続ける。
――――勝つ度に上塗りされる『時間』に、何色か、何を描いているのかさえ定かではなくなり。
――――ただ、『誰か』に終わらせてもらう為だけに、服す囚人の労務のように、血の色を重ね塗るだけ。
――――いつ描き終わるか分からないまま、ドス黒く乾いて行くだけの無意味な絵を。
魔界騎士「しかし、宛てが外れた。……いつか倒れるこの身も、今ではなく……貴様らにでも、無かったのか」
その呟きは……ようやく、感情を伴った。
35 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:27:53.52 ID:4RdAMvYao
魔法使い「……聞いても、いいかしら」
問答の中で、どうにか杖に頼らずに立てるほどには回復した。
弱々しく縮んでいた瞳に、ようやく、生来の輝きが帰る。
魔法使い「あんたが魔王について来たのは、復讐ってワケ?」
魔界騎士「弱き種は、滅びゆく宿命。それを怨むほど蒙昧ではない。……さぁ、どうする。『ヒト』の魔術師」
魔法使い「…………」
魔界騎士「再び言おうか。逃げるのなら追わぬ」
再びの勧めに頷くと、彼女は懐に左手を差し入れ、幾つもの道具を掴み出した。
その全てが――――人界において希少とされる、奇跡の産物。
世界を支える大樹から舞い落ちたとされる、奇跡の葉。
その葉からこぼれた朝露を小瓶に受け止めた、完全治癒の雫。
魔力を限界まで補充する、エルフ族の秘薬。
旅の途中で蓄え、魔王の城――――魔王との決戦で放出しようと決めていた、逸品ばかり。
魔法使い「……『勇者』が、どうして『雷』を使えるか、知ってる?」
その手に、震えはもうない。
眼前にいるただ一騎のために、全てを尽くそうと決めた。
魔法使い「…………『雷』はね、真っ黒で分厚い暗雲を切り裂いて、『雨』に変えてしまうの」
『葉』を、倒れた戦士の心臓の上に置く。
それだけで『葉』は溶けて、心臓を賦活させ、ほんの数秒の間に立ち上がらせた。
魔法使い「『雷』は闇を切り裂く光。嵐の次の日は、必ず晴れる。……『雷』は、号令。
『明日は絶対に晴れる』って、あたしたちに教えてくれてるのよ」
魔界騎士は、宣誓の通りに、微動だにしない。
挑む者を跳ね除け、挑む者にだけ剣を振り下ろす。
孤高にして独、魔界最後の『闘技者』の威容を、その身に湛えていた。
魔法使い「あいつはね、約束してくれたの。空を見せてくれるって。だから、あんたと戦ってやる。
……あいつがくれた青空を、バカみたいにまっすぐ見上げるためにっ!」
36 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:28:57.36 ID:4RdAMvYao
小瓶に集められた『雫』を、魔法使いが振り撒く。
世界樹の恵みを凝縮した奇跡は三人へと降り注ぎ、全ての痛みと傷とを泡雪のように消し去った。
意識を取り戻した僧侶も立ち上がり、全ては、開戦前の状態へと巻き戻され。
――――出し惜しみ無し、全員全力、全身全霊の総攻撃。
――――『叛撃』の準備を整える。
魔法使い「二人とも――――全力よ。いいわね?」
戦士「ここで、か」
僧侶「……今使わねば、ならないのですね」
魔法使いと僧侶が、同時にエルフ族の霊薬を仰ぐ。
数百の薬草と数十の霊草、数千年の秘術を用いて精製された、伝説の魔力回復薬。
一本入手するだけでも小国が消し飛ぶほどの財を傾けなければならない霊薬が、二本。
二人の体に失った魔力が漲り、その双眸からも魔の輝きが溢れ出す。
吐息までも呪文と化してしまったかのような、超回復が起こる。
肉体は――――極限まで張り詰めた魔力の坩堝と化した。
一息を挟んで、戦士へと強化呪文が注ぎ込まれていく。
攻撃力増加、防御力増加、速度増加。
どの呪文の消費魔力も、何の問題でも無い。
戦士は、甲冑すら窮屈に感じる程に昂る肉体を、押さえつける。
筋肉が鋼のように盛り上がり、盾と剣を握り潰してしまいそうに感じて、無意識に力を緩めた。
その反面、身体は嘘のように軽い。
魔法使い「そう。……『使う』わよ。今。ここで!」
黙して、三人は武器を構え――――目を閉じ、集中する。
魔力の霊薬をも、強化呪文の重ねがけをも上回るほど、闘気が高まり、大廊下に一度は蔓延った
諦観の空気を、遠くへ追いやる。
そして――――三人の体から、紫炎が発せられた。
37 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:30:07.81 ID:4RdAMvYao
本当ならば……魔王との戦いの為に、使うはずだった。
戦いの中で闘気を蓄積し、振り切った士気を力に変え、数倍にも増す秘法。
弱き人類が生み出した、『限界を超える』力。
戦士の口から飛び出した闘気の震えは、どこまでも伸びる咆哮となった。
蛮王のごとき戦叫が、魔城の全てをビリビリと揺るがす。
崩れかけた壁から破片が落ち、例外ではなく――――魔界騎士の、漆黒の鎧膚をも震わせた。
魔界騎士「……雨雲が消えた時、雷もまた消え去る。貴様らは、分かっているのか」
鎧にまとわりつく震えを振り払うように軽く剣を振り、『強敵』は言う。
魔法使い「そろそろ黙んなさい。あんたの向こうに、あいつが待ってる。……だから、そこ」
進み出て、戦士の利き手側に寄り添うように魔法使いが立つ。
前のめりに、その強大な敵の向こうを目指すかのように。
魔法使い「邪魔だっつってんのよっ!!」
気迫を受け止めるように、魔界騎士は剣を引いて盾を前面に押し出す、戦列重装歩兵の構えを再び取る。
兜のような頭部、その顔面に走る数本のスリットが――微笑む唇のように歪んだかに、三人には見えた。
英雄物語で飽くほど聞いた言霊を、そして彼は紡いだ。
魔界騎士「――――『此処を通りたくば、我にその力を示せ!』」
38 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/23(木) 00:30:44.12 ID:4RdAMvYao
火球の最強呪文が息もつかせず放たれた。
猛り狂う火山のように爆ぜて全てを焼き尽くす――――単発でさえ馬鹿げた威力の呪文。
魔法使い「んあ゛ぁぁぁぁぁッ!!」
五発、六発、七発――――十発を超えてもなお魔力は尽きない。
爆炎の中に揺らいだ影は、相も変わらず健在だ。
直後、その炎を裂いて――――魔法使いへ殺気が迫った。
一瞬早く飛び出した戦士が、盾でその突きを受け止める。
戦士の身の丈を超える魔界騎士の全体重を込めた疾風のような突きは、重かったが――――耐えられた。
数十センチは押し込まれ、その背の紙一重には魔法使いがいる。
戦士「捉えたぞ……今度こそな!」
魔界騎士「!」
盾に受け止めた剣を大外へ払い反撃の一太刀を繰り出す。
右から左へ横薙ぎの剣は、速度のあまりに空気との摩擦で炎を生じて刀身を覆った。
魔界騎士は盾を上げるも――――火炎の斬撃は受け止めきれなかった。
魔界騎士「ぐぁっ!」
漆黒の大盾に深々と炎の剣が斬り込み、焼き尽くした断面から灰が散る。
戦士は、実感した。
――――『ダメージ』は通った。
その実感だけで更に闘志が増す。
『勝てない相手』ではない。『勝てない戦い』ではない。
傷を負わせることができる。
傷を負わせられるのなら――――絶対に、倒せる。
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