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魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」

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Part10
176 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:46:54.18 ID:+j7WNh9Vo
――――旅を始めてちょうど六年が経つ。
騎士の国から離れた、小さいが活気のある町の宿屋に部屋を取っていた。
一階の酒場を覗く二階の吹き抜けで、眠る前の酒を彼女と酌み交わしていた。
やや甘みの強い、発泡する果実酒が夕食後の口を楽しませてくれる。
この地方の特産で、林檎を発酵させて作るのだと言う。
淫魔「ふは~……、美味しいです。お口の中で弾けちゃいますねぇ」
対面にテーブルを挟んで座った淫魔の、満足げな笑顔を見つめると、不思議と笑みが漏れた。
階下の人影はまばらで、片隅の吟遊詩人が奏でるリュートの調べが、くっきりと聞こえる。
騎士「……あぁ、お高い葡萄酒よりはこちらの方が美味いな」
くっくっと笑いを漏らしてゴブレットを傾け、喉に果実酒を流し込む。
黄金色の泡を浮かべた液体は、口内を刺すように暴れ回り、甘く喉を潤してくれた。
淫魔「さて、もう……寝ますね~。あ、その前に……」
騎士「ん……、何だ?」
淫魔「もうっ、そういう事訊いちゃだめですよ~」
騎士「…………ああ」
野暮な事を訊いてしまった、と軽く後悔して、彼女が階段を下りて行くのを見送り、酒の残りに口をつける。
一階の客たちも酔いつぶれて眠るか部屋に戻るか、家に帰ってしまった。
騎士もせっかくベッドで眠れるのだから、少しでも長く体を休めたかった。
野宿が続き、身体が固まってしまったような感覚がある。
飲み干した盃を置いて、一足先に部屋に戻っていようと立ち上がった、その時。
階下から、どたん、と何かが勢いよく転げ落ちるような音がした。

177 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:47:24.63 ID:+j7WNh9Vo
騎士「っ……おい!」
嫌な予感は、的中した。
階段の下に伸びるように倒れていたのは、淫魔だった。
慌てて駆け下りて抱き起こしながら、スカートの裾からはみ出しかけていた尻尾を、隠した。
すぐに店主に吟遊詩人、そして給仕までが駆け寄ってきて、口々に気遣いの言葉をかけてくれる。
触れた感じでは、骨折の類はない。
目立った傷も無く、あの音の発生源と短さから見て、『階段から落ちた』というより、
『降りてから倒れた』という方が正しいだろう。
事実――――抱き起こすと、彼女はすぐに反応を返してくれた。
淫魔「……あ、れ? ……どうしたんですか~?」
騎士「どうした、って……お前こそどうしたんだ!?」
淫魔「階段、降りたところまでは覚えてますけど。なんか、体から力が抜けちゃって……」
店主「大丈夫なのかい、姉ちゃん。なんかあったら、裏に医者が住んでっからよ」
淫魔「いえいえ、大丈夫ですよぉ。ありがとうございます~」
騎士「……もう、部屋に戻ろう。私もお前も、休息が必要だ」
淫魔「はい~。あ、その……用、済ませてきちゃいますね」
すると、彼女は思い出したようにささっと立ち上がり、店の奥、手洗い場へと向かった。
不自然な程にその動作はいつも通りで、今しがた倒れたばかりのものとは思えなかった。

178 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:48:06.21 ID:+j7WNh9Vo
やがて部屋に戻り、それぞれベッドで眠りについてから数時間。
月と太陽が役割を代わろうと顔を突き合わせるあたりの時刻、騎士が眼を覚ました。
騎士「ぐ、ぅ……げほっ……!」
止まらず、何度も何度も、咳き込む。
喉に何かが絡んだ、という風ではなく、胸の奥から何か、よくない物を吐き出しているようだった。
身体を起こしても咳は止まず、溺れるように、情けない息を繋いだ。
咳の合間を縫って何とか酸素を取り込もうとすれば、気管に何かを吸い込み、更に苦しみが増した。
思わず、手を口に当てると――――ひときわ大きな咳とともに、暖かい液体が溢れた。
胃酸臭はせず、唾液と言うにはあまりに大量だった。
窓辺から差し込む月明かりに、その手をかざして確かめる。
それは……片手一杯分の、『吐血』だった。
吐き出して咳が収まり、同時に胸筋の奥に感じた不快感と、伴った背筋と肩の突っ張りもすぅっと溶け出した。
数分かけて呼吸を整え、酸素が回って冷静になった頭で、血まみれの手を見つめる。
溺れて血液を吐き出す、この発作。
かつての家で見た、母親の病のものと同じだ。
加えて、逝った父の手記にも書かれていた症状とも……合致してしまった。
騎士「……ははっ」
月明かりの差す部屋に、乾いた笑いが漏れた。

179 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:49:31.91 ID:+j7WNh9Vo
数日後、貸しに出されていた小さな家を借りた。
行く先々の村で仕事を引き受けて溜めた賃金、道中の賊から奪った金品を合わせれば数年は暮らしていける。
この町で、一ヶ月か、あるいは数年、しばらく養生するつもりだ。
幸いにも近くに医者も錬金術師もいるし、暮らしていく分にも養生するにも不自由は無い。
まず、暮らしていくための家具を入れた。
一階には食堂や台所、二階には二人分の私室のベッドと、机。
貸主に金を渡して、それらを整えさせた。
淫魔「へ~……ここに、私達住むんですか~?」
一歩入ると、彼女は目をまん丸くして、さして広くも無い『新居』を見渡した。
床と柱に用いられた木は黒く変色していて、壁の漆喰もところどころ剥げている。
だがそれだけに暖かみも多分に含まれ、太い柱には、子供の背丈を刻んだものだろう傷がいくつもある。
彼女はそれを見つけてしゃがみこみ、指先でなぞっていた。
騎士「私もお前も、長く旅をしすぎたな。少しだけ、腰を落ち着けようか」
淫魔「それはいいですねぇ。ここ、いい人ばっかりですからね~」
この町の住民たちは、みな、善良だった。
宿屋の主は、家を借りて養生する旨を話すと、手続きが終わるまでの間の宿賃を半値にしてくれた。
貸主は家の修繕費を負けてくれたし、可能な限り一日でも早く移り住めるようにしてくれた。
通りを見れば子供たちの笑い声が絶えず、市場を通れば威勢の良い掛け声で肉や野菜、酒類が売られており、
衛兵達はいかにも規律正しく市中を回り、しかし人々に慕われていた。
まさしく『門出』の街とは、正反対の場所だった。
騎士「体に不調は無いのか」
淫魔「何もないですってば~。……でも、少し眠いかも。まだ早いですけど、寝てもいいですか~?」
騎士「あぁ、いいさ。身体を休めておけ。……ここは、私たちの家だ」

180 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:50:37.34 ID:+j7WNh9Vo
その家に住んでから、罰が当たりそうなほどに穏やかな時を過ごした。
淫魔はパンを焼く事を覚えて、騎士も、市場での荷運びの仕事にありつけた。
朝に出て行き夕方に帰り、共に暖かい夕餉を食し、なんでもないような会話を楽しんだ。
仲睦まじい夫婦の姿をなぞって、ありきたりな幸福を、分かち合った。
その一方で、騎士は、少しずつ体力を落としてきた。
最初の発作からはしばらく無かったが、再びある夜発作が起きた。
どんどん感覚が短くなり、今では三日に一度、血塊に溺れて眼を覚ます有様だ。
淫魔も、隠してはいるようだが明らかに様子がおかしい。
ふっと意識を失って倒れる事が多くなり、休養が、まるで功を奏していないように思えた。
そんなある日の事、彼女が隠していた部位に――――異変が起こっていた。
眠っていた彼女の様子を見に行った時、布団を蹴飛ばしていたのを見つけた。
寝巻の裾からはみ出ていた尾が、騎士の持っていた蝋燭に照らし出された時だ。
その尾は、初めに見た時とは全く違い、先端から根元まで黒ずみ、くまなくひび割れていた。
白いベッドに散らばる黒いカサブタのような物質は、恐らく、剥がれ落ちた尾の表皮だ。
騎士「えっ……!?」
彼女の体、その他の部分に目を移すと……小さな足の爪にも、同様の黒ずみがある。
髪をかき分けて角の根元を探すと、そこにも。
寝巻を少しだけめくり上げて背中を見ると、どす黒いカサブタがポツポツとある。
それは…………『彼女』そのものが、風化し、朽ち始めてしまっているように見えた。


181 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:51:12.28 ID:+j7WNh9Vo
数日して、彼女はベッドから起き上がれなくなった。
上体を起こすだけが精一杯で、歩く事さえできない。
医者を呼んで診せようにも、彼女の体の異変を、相談などできようはずもない。
『魔族』であると知れれば、どんな事になるか知れないからだ。
だが実のところ、その原因は、騎士には不思議な程はっきりと分かっていた。
これも推論ではあるが――――その推論は、事実に違いないと、直感がそう告げた。
彼女は、『淫魔』だからだ。
共に旅した六年間、彼女の体を求めた事は一度も無い。
そもそも『淫魔』は人間の精を吸い取って生きる種族である点を加味すれば、答えが分かる。
人に例えるのならそれは、栄養価のある食事を摂らず、菓子だけで食いつなぐようなものだからだ。
彼女を癒すための薬は、確かにあるし、いつでも含ませられる。
だがその副作用はあまりに、無情なほどに重い。
――――もたらすのは、『忘却』だ。
共に旅をして語らった今だからこそ、分かる。
彼女の種族の『忘却』は、永すぎる時を生き、膨大過ぎる別れを告げなければならない故に起こった『進化』だ。
『忘却』は、必ずしも哀しい事ではない。
騎士は、母が病に奪われた時は、心が半分もぎ取られたような空虚を覚えた。
だが、二年、三年と経つうちにその空虚は埋められていき、その感覚はもう覚えていない。
何故ならば、『忘れた』から。
『忘れる』事は、『哀しみ』を遠くへ追いやる唯一の方法だから。
そうやって、彼女の母も、祖母も、曾祖母も、人間の時の流れに置いて行かれる、
抗えない『哀しみ』を忘れながら子を生してきた。
――――――数多の男に、『貴方は誰か』と、全てを忘れて無垢に残酷に、投げかけながら。

182 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:52:03.02 ID:+j7WNh9Vo
淫魔「……ごめんなさい。騎士さんに、こんな事……させちゃいまして」
騎士「気に病むな。この程度、何の事も無い」
病床に臥せったままの彼女へ夕食を運び、共に自身も食事を摂る。
市場の仕事には、もう行っていない。
その理由は二つ。
一つはもともと極端に金に困っていた訳ではなく、懐は当分は寒くならないからだ。
道中で得た金品を換金すれば生活には困らない。
もう一つは――――騎士自身も、もう、『働ける』状態ではないからだ。
六年の彷徨は、知らず知らずに騎士の身体を蝕んでいた。
雨に打たれ、寒風の中で眠り、まともな寝床で眠った事の方が少ない。
そういった生活をしていれば――――病身の家系にある騎士の刻は、早められてしまって当然だ。
淫魔「あの。……どうしました~?」
騎士「ん……。いや、考え事をな」
淫魔「教えてくれないんですか~」
騎士「まぁ、追々な」
ずっと、騎士は考えていた。
日増しに衰弱していく彼女を治してしまえる薬は、既に持っている。
だが、それを与えるという事は……全ての時間を、失ってしまう事になる。
共に過ごした年月を――――破り捨ててしまう。
騎士「……お前は」
淫魔「はい?」
騎士「お前は、楽しかったのか。こんな不貞腐れた男と一緒にいて」

183 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:52:38.69 ID:+j7WNh9Vo
淫魔「楽しかったですよ~。色々連れて行ってくれましたし。騎士さん面白いじゃないですかぁ」
騎士「…………?」
淫魔「覚えてます? 初めてお船に乗った時、酔って大変でしたよね~、騎士さんってば」
騎士「昔から船は苦手だったんだ。水に浮かんでいる理屈が分からん」
淫魔「考えすぎだと思いますけど。それを言ったら、何で『指』を五本も動かせるのかも分からないじゃないですか~」
騎士「……なるほど、確かに不思議だ」
淫魔「ね~? 考え方次第ですよ、何でも。さて、ご馳走様でした~」
騎士「…………」
考え方、次第。
もしも、彼女へ薬を与える道を選べば、彼女は全てを忘れる。
そして、騎士の心臓もとうとうもたないだろう。
命がひとつだけ失われ、ひとつだけ残る。
でも――――そのかけがえのない『ひとつ』を、残せる選択肢が、今ある。
彼女は、決して……不治の病などでは、無いのだから。
騎士「……食器を下げてくる。さぁ、眠れ。……ほら」
食器と盆を重ねてサイドテーブルに置き、彼女の背中に手を回してゆっくりと横たえる。
そして、ゆっくりとその頬を撫でてから、毛羽立った毛布をかける。
騎士の顔は、全ての重荷を振り払ったかのように、穏やかに緩んでいた。

184 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:53:37.94 ID:+j7WNh9Vo
一週間後の夜、騎士は、眠っている淫魔の部屋に忍び入った。
灯りは提げていない。
部屋着の上にゆったりとしたガウンを羽織っただけの姿で、彼女へ近づく。
淫魔「……騎士さん? どうしたん……です、か?」
炎を潜り抜けても動じる事のなかった眠りが、呆気なく覚めた。
声ははっきりしていたが、彼女は起き上がらない。
自分で起き上がる事が、できないからだ。
もう、その声に独特の気の抜けるような間延びは無かった。
喉の奥までひび割れてしまったように、眠気を誘うあの韻律はもう無い。
横たわる彼女の頭側へと近寄ると、頭を撫でてから、水場の鳥のように体を前に倒す。
ようやく触れた彼女の唇は、潤いさえなく、かさかさに荒れていて、冷たかった。
それでも――――柔らかかった。
淫魔「んっ……」
唇を離したとき、彼女の身体が揺れた。
漏れ出す艶めいた声には、僅かな力が籠っていた。
淫魔「騎士、さ、ん……遅い、です」
騎士「遅れてはいないさ」
そう。
手遅れではない。
淫魔「私を、お嫁さんにして……くれるん、ですか?」
騎士「……ああ」

185 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:54:36.23 ID:+j7WNh9Vo
彼女の身体を覆い隠していた毛布を取り去る。
一枚の薄衣の中で、彼女の体からは温もりが消えかけていた。
淫魔「覚えて、ます?」
騎士「ああ。覚えているよ」
それだけのやり取りで、全てが通じた。
思い起こすのは一年と半前、ある町で聞いた誓いの詞。
淫魔「健やかなる時も、病める、時も」
騎士「……死が二人を分かつまで」
再び、唇を求める。
かさかさに乾いてひび割れた唇は、水音さえも奏でてはくれない。
唾液さえも、もはや滲み出さなくなってしまっていた。
彼女の腕が震えながら持ち上がり、騎士の頬に触れる。
騎士の手も、彼女の肌に触れる。
暗闇の中で暖め合い、『その時』を迎えるために、空白を埋めるように、互いの体を触れた。
互いの体が、微かに汗を滲ませた頃。
騎士は、最後の願いとともに、彼女へ別れを告げた。
――――もう、私は何もいらない。
――――私の存在の全てを、この世界からなくそう。
――――でも、一つだけ、願う事を許してもらえるのなら――――

186 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:55:15.20 ID:+j7WNh9Vo
数日が過ぎて、人々がその家にやってきた。
姿を見せない二人を怪訝に思い、貸主と役人が、ノックをしてから入った。
暖炉には焼け残った薪が入ったままだが、不思議な程、片付いていた。
戸棚に収められた食器には埃一つない。
二階に上がると、役人が不思議なものを見つけた。
片方のベッドはぴっしりと整えられているが、その上に一振りの長剣と紋章入りのマントがあった。
もう一つの寝室に入ると、乱れたシーツの中ほどに、ぽつりと小さな血の跡がある。
女物の寝巻が一着、男物の寝巻とガウンが一着。
それだけだ。
他には、何一つ残っていない。
ここに住んでいた誰かがいて、そして、いなくなっていた。
誰一人として二人の行方を知る者はない。
全く忽然と、あの奇妙な男女は消えてしまった。

187 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:56:12.51 ID:+j7WNh9Vo
それから、千と数百年の時が経ち、魔界の一角、『淫魔』達の住まう国の最も栄えた街。
一軒の書店がある。
店内には、いくつもの『物語』を記した本があり、彼女らの王の城、その書庫にさえ引けを取らない。
入り口に面したカウンターに、一人の『淫魔』が坐して、広げた本に目を落としている。
年経て落ち着いたふうに見えるが――――その佇まいは、変わっていない。
ゆるやかに巻いた髪も、瑞々しく豊満な体も、しなやかに伸びる尻尾も。
もう、彼女の心には「夫」の記憶はない。
六年の時を過ごしたあの騎士の顔も、声も、共にいた日々も、覚えてはいない。
何故あの町にいたのかも当然、覚えてなどいない。
不思議に充実した魔力を使って、魔界へ戻る事はたやすい事だった。
カウンターの上には、一輪差しの花が活けてある。
青空のように鮮やかな花が、胸を張って、彼女の横顔を見つめている。
千数百年前、人間界のとある家で目が覚めた朝に、枕元に置かれていたものだ。
その花は、千年の時を経ても、萎れも枯れもしない。
ある時は店を彩り、ある時は彼女の髪を飾った。
星形の花弁を見る度に、どこかからやって来る温もりを彼女は覚える。
いつも彼女の側にあり、ずっとこの書店と、その主とともにある。
――――――その花の名は、『ワスレナグサ』といった。

188 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:57:23.15 ID:+j7WNh9Vo
書店主「ふわぁ~……眠いわ。とても眠い……あぁ、いい天気ねぇ」
???「……外、雨だけど? お母さん。そういえば、昨日……国王陛下が来たんだって?」
店内にはもう一人、年若い「淫魔」の姿があり、きびきびと書架の整理をしていた。
巻き毛と体つきは似ているが、顔立ちはむしろ鋭くしゃっきりとして見える。
そして彼女は、カウンターにいる店主を『母』と呼んだ。
書店主「ええ、そうよ。もう一休みしたら~?」
書店主娘「うん、もうちょっと。……この辺掃除した方がいいよ、お母さん。埃がひどいよ」
『ワスレナグサ』の忘れ形見は、立派な『淫魔』になった。
あの人間界の朝に受け止めていた『種』が、彼女だった。
切れ長の隙無い瞳は、少なくとも『母親』には似ていない。
産み育てる事に、不思議な事など感じなかった。
母も祖母も曾祖母も、いつの間にか子を宿し、産み、そうやって血を繋いできたからだ。
それでも彼女は、『娘』を見る度に、どこか優しくて暖かく、懐かしい気分になれる。
覚えてはいないはずの、懐かしい『誰か』の面影を確かめられる。
忘れてしまった『思い出』は、『娘』に生まれ変わってくれた。
書店主「……そういえば、『コーヒー』にミルクと砂糖を入れたら、美味しいかしら~?」
書店主娘「あ。それ、いけるんじゃない? 試そうよ。私、苦くて飲めないんだよね、あれ」
書店主「それじゃ、淹れてくるわね~」
一輪の花に込められた願いは、今もなお、叶い続けている。
健やかなる時も病める時も、死が二人を分かち、たとえ忘却の谷に落ちたとしても、
そこに咲いた花は、決して枯れない。
それは、ひとりの騎士と、ひとりの淫魔の物語。
『ふたり』は、『ふたり』と『一輪』になった。


189 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/06/01(土) 23:58:28.42 ID:+j7WNh9Vo
短編、投下終了です
感想などいただけると幸いです
それでは、おやすみなさいー

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 00:01:08.04 ID:9wKUZ7Nxo
ハッピーエンドが好き

191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 00:07:44.87 ID:FW7PG6PPo
>>1乙!
とっても素敵なお話だった

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 01:13:26.13 ID:e4i+m2/n0

切なくも暖かいお話でしたね

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 01:30:09.35 ID:1qTQfebDO
ただでさえ寝れなくて困ってるのに余計眠れなくなった
賠償としてポチを要求する

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