魔法使い「勇者がどうして『雷』を使えるか、知ってる?」
Part1
1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:00:58.59 ID:GshVNNRdo
このスレは、
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1321/13213/1321385276.html
の後日談&前日譚少しです
※R-18描写は今回ありません
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:02:17.05 ID:GshVNNRdo
魔王の城を望む丘の上で、恐らく最後となる野営を行っていた。
禍々しい沼地の中心に聳える魔の居城は、ただ見ているだけでも正気を蝕まれるようだ。
空を貫くように伸びた無数の尖塔。
夜だというのにその上をなおも飛び続ける、鳥型の低級な魔物の群れ。
城門を正面から望めば、それ自体が、恐ろしい魔物の固く閉じた顎門にさえ見える。
不知火の如く沼地を彷徨う蒼白の鬼火は、その数を決して減らさない。。
奇妙にねじれた点在する木々はぎしぎしと揺れて、絞首台の縄にも似た音が、遠く離れたここにさえ聞こえてきた。
勇者「とうとう、ここまで来たんだな」
遥か前方にある城を見据えて呟けば、ふたつの声が、となりから返ってきた。
ひとつは、魔王城を前にしてなお気楽で、弾けるように快活な。
もうひとつは、細く静かだが、笛の音のようにすぅっと耳に飛び込む、穏やかな。
魔法使い「はいはい、来ちゃったわよ。あーあ……旅も終わり。ふかふかのベッドで眠れるのね、明日から」
僧侶「ええ。ようやく……世界を取り戻せますね」
戦士「……魔法使い、さっさと火をよこせ。飯の支度をするぞ」
後ろから聞こえた声は、低く太い、若干しゃがれた男のものだった。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:03:07.18 ID:GshVNNRdo
勇者「……長かったな」
木から削り出した不格好な器に口をつけてから、火を囲んで座る仲間へと語りかける。
なけなしの干し肉と野菜の残りで作り、ささやかな塩で調えたスープは、まるで舌を試しているかのように薄味だった。
戦士「まだだ。真の戦いは、『これから』だろう?」
彼はそんなスープを構わず飲み下して空にし、おかわりのもう一杯を器に取った。
顔を横切る魚骨のような傷と浅黒い肌が特徴的な男だ。
食事の最中にあってもその耳と鼻、そして肉体は周囲を警戒し続けていた。
一度だけ、この男を見ていて、面白い事があった。
それは、テントで眠っていた時……彼の近くに、蜂が飛び込んできたのだ。
追い払おうと、または起こそうかと逡巡したところ――彼は一瞬で、この蜂を二本の指で挟み、潰してしまった。
眠っていようとも、彼の研ぎ澄まされた神経は働いていた。
勇者「…ところで、僧侶は? 魔法使いも……」
戦士「ああ……馬を、元の場所へ帰しに行ってるよ」
勇者「もう、馬車は必要ないものな」
戦士「馬屋のおやじも驚くだろう。馬車と馬が、気付いたら帰ってきてるんだ」
勇者「馬に別れを告げなくていいのか?」
戦士「ガラじゃない。お前はどうなんだ?」
勇者「……多分、泣いてしまうから遠慮するよ」
戦士「泣き虫の勇者様か。そんなので魔王と戦えるのか?」
勇者「やれるさ。……みんなとなら、やれる」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:04:52.43 ID:GshVNNRdo
野営地から少し離れた森の中、泉のほとりに二頭立ての馬車が停まり、馬は索具を解かれて、水を飲んでいた。
魔王の居城のすぐそばにあるというのにその泉は冷たく透き通り、昼であれば水底の魚影までも見て取れた。
まるで自然界が魔王の力に抗おうとしているかのように。
もしくは、魔王自身が――――自らに挑む者への、最後の『休息地』として用意したかのようにも見えた。
二頭の馬は聞き慣れた足音がふたつ近づいてくると耳をそばだて、水面から口を離し、振り返る。
僧侶「……長い旅でしたね。ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
二頭の馬は、蹄を打ち慣らして僧侶へ近づき、その顔を寄せる。
彼女は二頭の「仲間」の首を抱き締め、目を閉じた。
魔法使い「……感動のシーンなんだろうけど、なんで私には寄ってこないかなぁ?」
一歩離れてその様子を眺めていた魔法使いが、不満を口にする。
魔法使い「まぁ、いいけどさ。……つらくなっちゃうし」
僧侶「……転移の呪文をお願いします、魔法使いさん」
魔法使い「はいはい。……で、目的地は……あんたの国の、馬屋でいいのね?」
僧侶「はい」
転移の呪文を施すべく、一歩前に出た魔法使いの顔を、馬が一なめした。
くすぐったさ、照れ臭さは感じても――不思議に、唾液の臭いも気にならず、不快感は起こらない。
魔法使い「ったくもう。今さらコビ売っても遅いわよ。ほら、さっさと帰っちゃいなさい」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:06:23.15 ID:GshVNNRdo
杖に魔力を込め、一振りする。
たった、それだけの動作で――――二頭の『仲間』とその馬車は、目の前からいなくなっていた。
蹄跡と轍、そして草の上に落ちた数本のたてがみを除いて、もはや名残は無い。
魔法使い「さ、終わった終わった。……戻って、『最後の晩餐』にしましょ」
僧侶「『最後』ではありません」
魔法使い「そーね。『最後かも知れない晩餐』にしときましょっか」
僧侶「…………」
後ろ向きな軽口は、恐怖を誤魔化すのにはうってつけだ。
真剣に受け止めないようにすれば、心は絶望に凍りつくことは無い。
それは、『覚悟』を遠ざける振る舞いだった。
彼女も、僧侶も、ただ、実感してしまった。
もはや、引き返す手段はない。
手持ちの食料も、今日の夕餉と、明日の朝を残して全て食べつくす。
残るのは旅の道具と武器と、そして身一つ。
城へ乗り込み、並み居る城主の配下と干戈を交えて斬り進む。
最後の戦いのそのまた最後、玉座の間にいる者の名は――――。
何度も反復しても、未だその名の怖ろしさは薄れない。
今、この場で呟いてしまえば、心が折れてしまいそうだった。
もはや匂いさえも届く距離に、『それ』がいるのだから。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:07:24.38 ID:GshVNNRdo
僧侶「……魔法使いさん?」
魔法使い「え?」
僧侶「大丈夫ですか? いえ。『城』が目の前にあるのに……『大丈夫』なはずが……」
魔法使い「あははっ……何言ってんの。あんたこそどうなのよ?」
とんがり帽子の端をぐい、と引下げ、目元を隠すようにしてから彼女は笑い飛ばす。
目は、無意識に深く心を映す、磨き抜かれた鏡そのものだから。
どんな一流の詐術を身に着けていたとしても、目に映る心だけは隠せない。
魔法使いの様子を見てとり、僧侶は、少しだけ逡巡してから……答えた。
僧侶「……怖いです」
意外にも、彼女はきっぱりとそう言った。
恐怖を乗り越える手段の中でも――――口にして認めてしまう事に、勝るものはそうない。
誤魔化すのではなく、彼女は、自らの弱さをことさらに強く、露呈させた。
僧侶「でも……だからこそ、私達はここに来た。……世界中の人々に、こんな思いをもうさせないため、に」
一息に言い切る事に、僧侶はつまづいた。
震える喉が最後の最後、弱音を吐きたがってしまって――――息を呑んだ。
そんな彼女の精一杯の奮起を微笑ましく見て、魔法使いは、再び帽子の端を指先で摘む。
魔法使い「あんたって、弱いくせにガンコよねぇ。まぁ、……伝わったけどね?」
僧侶「……もう、戻りましょうよ。ほら、ここまで……いい匂いが」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:08:09.14 ID:GshVNNRdo
魔法使い「あ、そうだったわ。……ってかあいつら、もう食べてない!?」
僧侶「えっ?」
煮炊きの香りと木々のざわめく音に紛れて、男二人の談笑が聴こえる。
聞き慣れた、調理鍋をかき混ぜ、掬い取る音まで聴こえた。
恐らく、今の動作音は――――勇者のものだろう。
音が少しだけ、控え目だった。
魔法使い「ちょっとぉ! 何、先に食ってんのよ! ありえないでしょ!?」
ずかずかと引き返していく魔法使いに、僧侶は密かに安堵しながら追従する。
魔法使いの調子が、戻った事に。
そして――――こんな『魔王』を前にした晩餐も、いつもと変わりはしないのだと。
ざわめきが、すっかり取れてしまった。
決戦前夜の非日常の中だからこそ、そんな一コマの『日常』が、潤いをくれる。
『日常』が、力をくれる。
僧侶「……勝てます。絶対に」
心に沁み込ませるように、静かに口にする。
その言霊は、魂の震えに楔を打ってくれた。
二人は野営に戻り、先の男二人と合流してささやかな夕食へありつく。
塩気のほとんどないクズ野菜のスープに、硬く締まった干し肉、固くて水気の無いパン。
そんな、貧しくて笑えそうなほどの夕食が――――とても、美味しく感じた。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:08:48.10 ID:GshVNNRdo
皆が寝静まった頃、勇者は火の番をしながら、魔王の城を見ていた。
二つある天幕の内、ひとつは僧侶と魔法使い。もう一つは、戦士と勇者のものだ。
もう少しもすれば、魔法使いと番は交代になる。
勇者「…………旅が、終わるな」
呟いたように……ここで、全てが終わる。
魔王の世界征服の野望も。
恐怖の時代も。
そして――――勇者とその仲間が辿ってきた、救世の旅も。
魔王の城は、禍々しく、しかも寝息を立てるように揺れ動いているようにも見える。
もしもあの城に『生命』が宿っていると言われても、驚く者などいないだろう。
『魔王』の居城に、人間界の貧弱な常識など当てはめようもない。
勇者は、ただ城を見ているのでは、無かった。
見ていればいるだけ――――同時にあちらからも、視線を感じる。
魔王は、見ている。
最後の休息を取る勇者一行を、魔王は間違いなく見ている。
不思議な程に、心は穏やかだった。
在るべき場所へとやって来たかのように、故郷へ戻ったかのように。
『勇者という存在』の故郷であり舞台は、いつの世も、『魔王』の眼前だ。
そこで全てが始まり、全てが終わり、全てが再び動き出す。
数千年に一人の演者のために用意された演壇が、そこにはある。
勇者「……待たせたな。魔王」
魔王が嘲笑するのを、遥か彼方で感じ取り。
その大気の揺れが、伝播したかのように――――勇者の口の端も、緩んだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:09:33.18 ID:GshVNNRdo
魔法使い「…………今、何時……?」
その時、天幕の一つから、魔法使いがのそのそと出てきた。
毛布を羽織ったまま、いつもの帽子を寝乱れた頭にかぶって。
声は、眠っていたようには聞こえない。
勇者「あと……三十分だ。交代まで」
時を告げると、そのまま、彼女は火の前に歩いて来て立ち尽くした。
怪訝に思って勇者が見ると、彼女は唇を動かそうと試みているようだった。
勇者「座るか?」
魔法使い「……うん」
椅子代わりにしていた大きめの切り株から立ち上がり、彼女に譲って切り株の横に立つ。
だが、返事までしたのに彼女は、そうする気配が無い。
少し間をおいて、ようやく座るが、その手が勇者のマントの裾をきゅっと掴んだ。
魔法使い「……なんで立ってんのよ、バカじゃないの」
勇者「え?」
魔法使い「と、隣座れって……言ってんでしょ」
勇者「いや、今初めて聞い――――」
魔法使い「いいから座んなさいっつってんのよ!」
勇者「…………分かったよ。その前に、ほら」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:10:02.32 ID:GshVNNRdo
木製のカップに、火にかけられていた鍋から飲み物を注いで魔法使いに手渡す。
次いで自分の分も入れると、ようやく、『魔法使い』と『勇者』は切り株の上に肩を寄せ合う。
二人で座る分のスペースは無いかとも思ったが、意外にも、座ってみれば気にならなかった。
魔法使い「……お湯じゃん、これ」
飲み物を一口すすった魔法使いが、僅かに口をとがらせる。
香りなどなく、塩味も甘味もあるはずもない『湯』だった。
それでも暖まるのか、くちばしのように押し出した唇で、ふぅふぅと冷ましながら啜り込んだ。
勇者「茶葉なんてもう、ないに決まってるだろ」
魔法使い「ま、許したげる。……でも……侘しいわねぇ。末期のお茶さえ飲めやしないなんて」
勇者「またお前は、そういう事を……」
魔法使い「ああ、懐かしい。粗挽きの胡椒たっぷりで焼いたイノシシの肉。砂糖たっぷりのお茶」
勇者「つい数週間前だろ?」
魔法使い「別の日はお魚の串焼きに、削った岩塩振ってさ。あの時は確か、お酒もあったわよね」
勇者「……ワインとは合わなかったな」
魔法使い「それにさ。……港町で食べた、たっぷりの魚介と一緒に炒めたご飯。おいしかったわ」
勇者「あれは美味かったな。その後の町で食べた、クルミを混ぜて焼いたパンも覚えてるよ」
魔法使い「思わず、何本も食べちゃったもんねぇ。……僧侶が喉に詰まらせてたわ」
勇者「あったあった」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:10:40.68 ID:GshVNNRdo
肩を寄せ合い火を見つめ、語らう中で勇者は気付いた。
彼女は、くっと視線を巧みに逸らして、決して魔王の城を見ない。
顔を上げず、隣に座る勇者の顔にさえも顔を向けない。
勇者「…………」
魔法使い「何よ、黙っちゃって」
飲み干したカップに残る温もりを確かめているその手は、震えていた。
勇者「……怖いのか?」
魔法使い「はっ……? はぁ!?」
何を言っているのか、と彼女は語尾を上げた。
だが、勇者の慧眼は見逃さない。
彼女の瞳孔が、一瞬――――広がったのが見えた。
そして、再び平静を取り戻し、彼女が言う。
魔法使い「……そーよ、悪い? 魔王が怖くない訳ないじゃないの?」
一転して素直に、彼女は認めた。
魔法使い「だいたい怖くない『魔王』なんて、どこの世界にいるってのよ?」
勇者「ふふっ……まぁ、そうだ。その通りだよ」
魔法使い「ったくもう。……とんだ貧乏くじよ。まっさか、魔王に挑まなくちゃならないなんてさ」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:11:18.26 ID:GshVNNRdo
勇者「……俺達だから、ここまで来れた。だろ?」
魔法使い「はいはい。どうせもう帰れないわよ。なら、やってやろうじゃないのさ」
勇者「……ごめん」
魔法使い「それにしても。魔王も気が利かないわねぇ」
魔城の空に垂れこめる暗雲に阻まれ、星々は見えない。
どこまでも曇った空を仰いで、魔法使いはぼやいた。
魔法使い「こういうシチュエーションって、普通はお星さまの下なのに」
そう言って、魔法使いは体の力を抜き、勇者に体重を預ける。
彼女のささやかな体重が勇者の左肩にかかるが、踏ん張るまでもなく支えられた。
言ったように星の下でこうなれていたのなら、照れくさくもなるだろう。
だがすぐそこには旅の最終目的地がそびえて、曇天の深淵から、不吉な音が止まない。
勇者は利き手側に立てかけていた剣の柄を、そっと撫ぜる。
魔城を前にして、その剣も持ち手と同じく昂るのか、柄頭から鞘尻に至るまで、ほのかに火照ったように暖かい。
頷き、分厚い雲に遮られた夜空を跳ね上がるように――その先にあるはずの星を、突き通すように見上げる。
勇者「約束だ。必ず、空を見せる」
左手は、彼女の肩を優しく抱く。
右手は、聖剣の鞘を強く握り締める。
それだけで――――勇気が、いくらでも水底から噴きあがる泉のように湧いてきた。
勇者「お前の為に。この世界の人々のために。……俺は、魔王から『青空』を取り戻す」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:12:46.74 ID:GshVNNRdo
魔法使い「……ばーか。何マジになっちゃってんの。あたしの、いつもの言い方でしょ?」
彼女は声に僅かな潤みを伴い、茶化すようにくすくすと笑う。
その頬は僅かに赤くて、ゆるんでいる。
勇者「…………いつも通りの、な」
彼女は、正直だ。
いつも冗談めかしてものを言って、煙に巻くように飄々とした言葉を好む。
ことさらに悲観的、露悪的な口調を好むが、決して本音を隠さない。
『嘘』をつける器用さを、彼女は持たない。
夢見がちな性格を隠すように、冗談っぽく嘲るような言い方をする事もある。
内に溜め込んでしまえば、それは澱になるから。
魔法使い「……あの、さ」
勇者「?」
彼女の手が、肩に回された勇者の手を握った。
そのままの勢いで何かを言おうとするが……あっさりと、止まった。
魔法使い「……ごめん。何でもない。もう時間だから、寝なよ。……『勇者』が寝不足なんて、御冗談」
勇者「そう、だな。何かあったら起こしてくれ。大丈夫か?」
魔法使い「うん。……ありがとね。……やっぱり、もう一個約束してよ」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:13:16.25 ID:GshVNNRdo
勇者「何を?」
魔法使い「やっぱりさ、明日の戦い…………無傷なんていかないよね」
勇者「……相手は、魔王だからな」
魔法使い「だから、約束。……もし、あたしがやられちゃったらさ。助けに、来てね?」
勇者「言っただろ、『空』を見せるって。……絶対に魔王を倒すさ。みんなで」
魔法使い「あたしは、祈らないわよ。神様なんて信じてないしさ。……でもね」
回された手を確かめていた両手を下ろし、腿の上で組み、顔を勇者へ向ける。
すっきりとした、どこか憎たらしくも愛らしくもある笑顔が彼女に戻っていた。
そのまま、白い歯を覗かせるようにして彼女は言葉を続けた。
魔法使い「あんたと、戦士と、僧侶だけは信じるわよ。……『神様』なんかより、ずっと信じられる」
勇者「僧侶に怒られるぞ」
魔法使い「あはっ、あの子が怒ってるところなんて、魔王の姿見るより貴重じゃない?」
そんな一言に、一しきり笑ってから、勇者は天幕へ戻った。
そこには戦士が足をこちらへ向けて剣を抱くように眠っていた。
勇者も彼に倣い、剣をいつでも取れるようにしてから横たわり、毛布を引っかぶる。
明日は、全てが終わる。
『終わり』を終わらせ、『始まり』を始める、人類にとって記念すべき、そんな日になるはずだ。
その先にある平和を夢見て――――今は、眠った。
15 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/22(水) 00:13:51.10 ID:GshVNNRdo
翌日の昼前、四人は魔王の城、いよいよその門前に立った。
沼地を超えるにあたり、邪魔は入らなかった。
それでも地獄の淵のような泥濘は、縋り付く亡者の手のような感触だった。
腐草が溶け込む悪臭の湿地には虫の声さえなく、
不気味に蠢く枯れ木と怪鳥の鳴き声、天を取り巻く暗雲の唸りだけが聴こえた。
ここに、人界の道理はもはや存在しない。
魔王を、その居城を中心に世界が作り変えられている。
ここは――――魔界だ。
四人は並び、頷く。
ここに比べれば、腹を空かせたドラゴンの鼻先でさえ、『安全』な場所だろう。
勇者が指先を固く閉じた門へと向けると、その間を蒼白の閃光が駆け抜け。
――――轟くよりも早く、雷が魔城の門を砕いた。
それは雷の征矢であり、鏑矢だ。
砕くとともにその雷鳴は、名乗りの役目をも果たした。
四人は、ピリピリと毛羽立った空気を意にさえ介さず、破片を踏み越えて城内へ往く。
鎧に火花が走り、重ねた着衣がパチパチと音を立て、頬を電気の針が刺しても、
誰一人、表情を歪めはしない。
ただ暗闇の城内にひとりでに、道筋を示すように灯った燭光に従って進む。
四人きりの『進軍』に迷いは無い。
やがて進むうちに、暗闇の中から『近衛』が現れた。
三叉の槍を携えた、圧倒するような巨躯の悪魔族。
白銀の体毛に包まれた、全てを停滞させて見せるほど敏捷な魔物。
土くれからつくられた、手首でさえも柱のように太い、巨人型の魔法生物。
亡霊を閉じ込めた、中身など存在しない魔の甲冑。
散々に手を焼かせられた怪物たちが、懐かしい顔ぶれのように、四人を囲む。
四人は黙って武器を構え、誰からそうするでもなく、背を預け合う。
勇者「――――『ガンガンいこうぜ』」
16 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/22(水) 00:16:03.54 ID:GshVNNRdo
またしてもお待たせしました、本日投下分終了です
やべぇ、最後の投下でようやく酉の付け忘れに気付いた
スレタイに「淫魔」がつけられなくて申し訳ない
淫魔の出てくるちょっとした短編も用意しているから許して欲しい
それではまた明日会いましょうー
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:44:15.79 ID:730e++j9o
適当に開いたらまさかのこのシリーズでワロタ
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 06:52:36.04 ID:o+g2jRQ0o
一応開いて良かった
期待
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 21:35:25.67 ID:1v7WNqE5o
>>17
>>21
だよな
初めて初日に立ち会えたぜ
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 21:47:42.66 ID:BNiqwZWko
まってたぜー
このスレは、
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1321/13213/1321385276.html
の後日談&前日譚少しです
※R-18描写は今回ありません
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:02:17.05 ID:GshVNNRdo
魔王の城を望む丘の上で、恐らく最後となる野営を行っていた。
禍々しい沼地の中心に聳える魔の居城は、ただ見ているだけでも正気を蝕まれるようだ。
空を貫くように伸びた無数の尖塔。
夜だというのにその上をなおも飛び続ける、鳥型の低級な魔物の群れ。
城門を正面から望めば、それ自体が、恐ろしい魔物の固く閉じた顎門にさえ見える。
不知火の如く沼地を彷徨う蒼白の鬼火は、その数を決して減らさない。。
奇妙にねじれた点在する木々はぎしぎしと揺れて、絞首台の縄にも似た音が、遠く離れたここにさえ聞こえてきた。
勇者「とうとう、ここまで来たんだな」
遥か前方にある城を見据えて呟けば、ふたつの声が、となりから返ってきた。
ひとつは、魔王城を前にしてなお気楽で、弾けるように快活な。
もうひとつは、細く静かだが、笛の音のようにすぅっと耳に飛び込む、穏やかな。
魔法使い「はいはい、来ちゃったわよ。あーあ……旅も終わり。ふかふかのベッドで眠れるのね、明日から」
僧侶「ええ。ようやく……世界を取り戻せますね」
戦士「……魔法使い、さっさと火をよこせ。飯の支度をするぞ」
後ろから聞こえた声は、低く太い、若干しゃがれた男のものだった。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:03:07.18 ID:GshVNNRdo
勇者「……長かったな」
木から削り出した不格好な器に口をつけてから、火を囲んで座る仲間へと語りかける。
なけなしの干し肉と野菜の残りで作り、ささやかな塩で調えたスープは、まるで舌を試しているかのように薄味だった。
戦士「まだだ。真の戦いは、『これから』だろう?」
彼はそんなスープを構わず飲み下して空にし、おかわりのもう一杯を器に取った。
顔を横切る魚骨のような傷と浅黒い肌が特徴的な男だ。
食事の最中にあってもその耳と鼻、そして肉体は周囲を警戒し続けていた。
一度だけ、この男を見ていて、面白い事があった。
それは、テントで眠っていた時……彼の近くに、蜂が飛び込んできたのだ。
追い払おうと、または起こそうかと逡巡したところ――彼は一瞬で、この蜂を二本の指で挟み、潰してしまった。
眠っていようとも、彼の研ぎ澄まされた神経は働いていた。
勇者「…ところで、僧侶は? 魔法使いも……」
戦士「ああ……馬を、元の場所へ帰しに行ってるよ」
勇者「もう、馬車は必要ないものな」
戦士「馬屋のおやじも驚くだろう。馬車と馬が、気付いたら帰ってきてるんだ」
勇者「馬に別れを告げなくていいのか?」
戦士「ガラじゃない。お前はどうなんだ?」
勇者「……多分、泣いてしまうから遠慮するよ」
戦士「泣き虫の勇者様か。そんなので魔王と戦えるのか?」
勇者「やれるさ。……みんなとなら、やれる」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:04:52.43 ID:GshVNNRdo
野営地から少し離れた森の中、泉のほとりに二頭立ての馬車が停まり、馬は索具を解かれて、水を飲んでいた。
魔王の居城のすぐそばにあるというのにその泉は冷たく透き通り、昼であれば水底の魚影までも見て取れた。
まるで自然界が魔王の力に抗おうとしているかのように。
もしくは、魔王自身が――――自らに挑む者への、最後の『休息地』として用意したかのようにも見えた。
二頭の馬は聞き慣れた足音がふたつ近づいてくると耳をそばだて、水面から口を離し、振り返る。
僧侶「……長い旅でしたね。ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
二頭の馬は、蹄を打ち慣らして僧侶へ近づき、その顔を寄せる。
彼女は二頭の「仲間」の首を抱き締め、目を閉じた。
魔法使い「……感動のシーンなんだろうけど、なんで私には寄ってこないかなぁ?」
一歩離れてその様子を眺めていた魔法使いが、不満を口にする。
魔法使い「まぁ、いいけどさ。……つらくなっちゃうし」
僧侶「……転移の呪文をお願いします、魔法使いさん」
魔法使い「はいはい。……で、目的地は……あんたの国の、馬屋でいいのね?」
僧侶「はい」
転移の呪文を施すべく、一歩前に出た魔法使いの顔を、馬が一なめした。
くすぐったさ、照れ臭さは感じても――不思議に、唾液の臭いも気にならず、不快感は起こらない。
魔法使い「ったくもう。今さらコビ売っても遅いわよ。ほら、さっさと帰っちゃいなさい」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:06:23.15 ID:GshVNNRdo
杖に魔力を込め、一振りする。
たった、それだけの動作で――――二頭の『仲間』とその馬車は、目の前からいなくなっていた。
蹄跡と轍、そして草の上に落ちた数本のたてがみを除いて、もはや名残は無い。
魔法使い「さ、終わった終わった。……戻って、『最後の晩餐』にしましょ」
僧侶「『最後』ではありません」
魔法使い「そーね。『最後かも知れない晩餐』にしときましょっか」
僧侶「…………」
後ろ向きな軽口は、恐怖を誤魔化すのにはうってつけだ。
真剣に受け止めないようにすれば、心は絶望に凍りつくことは無い。
それは、『覚悟』を遠ざける振る舞いだった。
彼女も、僧侶も、ただ、実感してしまった。
もはや、引き返す手段はない。
手持ちの食料も、今日の夕餉と、明日の朝を残して全て食べつくす。
残るのは旅の道具と武器と、そして身一つ。
城へ乗り込み、並み居る城主の配下と干戈を交えて斬り進む。
最後の戦いのそのまた最後、玉座の間にいる者の名は――――。
何度も反復しても、未だその名の怖ろしさは薄れない。
今、この場で呟いてしまえば、心が折れてしまいそうだった。
もはや匂いさえも届く距離に、『それ』がいるのだから。
僧侶「……魔法使いさん?」
魔法使い「え?」
僧侶「大丈夫ですか? いえ。『城』が目の前にあるのに……『大丈夫』なはずが……」
魔法使い「あははっ……何言ってんの。あんたこそどうなのよ?」
とんがり帽子の端をぐい、と引下げ、目元を隠すようにしてから彼女は笑い飛ばす。
目は、無意識に深く心を映す、磨き抜かれた鏡そのものだから。
どんな一流の詐術を身に着けていたとしても、目に映る心だけは隠せない。
魔法使いの様子を見てとり、僧侶は、少しだけ逡巡してから……答えた。
僧侶「……怖いです」
意外にも、彼女はきっぱりとそう言った。
恐怖を乗り越える手段の中でも――――口にして認めてしまう事に、勝るものはそうない。
誤魔化すのではなく、彼女は、自らの弱さをことさらに強く、露呈させた。
僧侶「でも……だからこそ、私達はここに来た。……世界中の人々に、こんな思いをもうさせないため、に」
一息に言い切る事に、僧侶はつまづいた。
震える喉が最後の最後、弱音を吐きたがってしまって――――息を呑んだ。
そんな彼女の精一杯の奮起を微笑ましく見て、魔法使いは、再び帽子の端を指先で摘む。
魔法使い「あんたって、弱いくせにガンコよねぇ。まぁ、……伝わったけどね?」
僧侶「……もう、戻りましょうよ。ほら、ここまで……いい匂いが」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:08:09.14 ID:GshVNNRdo
魔法使い「あ、そうだったわ。……ってかあいつら、もう食べてない!?」
僧侶「えっ?」
煮炊きの香りと木々のざわめく音に紛れて、男二人の談笑が聴こえる。
聞き慣れた、調理鍋をかき混ぜ、掬い取る音まで聴こえた。
恐らく、今の動作音は――――勇者のものだろう。
音が少しだけ、控え目だった。
魔法使い「ちょっとぉ! 何、先に食ってんのよ! ありえないでしょ!?」
ずかずかと引き返していく魔法使いに、僧侶は密かに安堵しながら追従する。
魔法使いの調子が、戻った事に。
そして――――こんな『魔王』を前にした晩餐も、いつもと変わりはしないのだと。
ざわめきが、すっかり取れてしまった。
決戦前夜の非日常の中だからこそ、そんな一コマの『日常』が、潤いをくれる。
『日常』が、力をくれる。
僧侶「……勝てます。絶対に」
心に沁み込ませるように、静かに口にする。
その言霊は、魂の震えに楔を打ってくれた。
二人は野営に戻り、先の男二人と合流してささやかな夕食へありつく。
塩気のほとんどないクズ野菜のスープに、硬く締まった干し肉、固くて水気の無いパン。
そんな、貧しくて笑えそうなほどの夕食が――――とても、美味しく感じた。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:08:48.10 ID:GshVNNRdo
皆が寝静まった頃、勇者は火の番をしながら、魔王の城を見ていた。
二つある天幕の内、ひとつは僧侶と魔法使い。もう一つは、戦士と勇者のものだ。
もう少しもすれば、魔法使いと番は交代になる。
勇者「…………旅が、終わるな」
呟いたように……ここで、全てが終わる。
魔王の世界征服の野望も。
恐怖の時代も。
そして――――勇者とその仲間が辿ってきた、救世の旅も。
魔王の城は、禍々しく、しかも寝息を立てるように揺れ動いているようにも見える。
もしもあの城に『生命』が宿っていると言われても、驚く者などいないだろう。
『魔王』の居城に、人間界の貧弱な常識など当てはめようもない。
勇者は、ただ城を見ているのでは、無かった。
見ていればいるだけ――――同時にあちらからも、視線を感じる。
魔王は、見ている。
最後の休息を取る勇者一行を、魔王は間違いなく見ている。
不思議な程に、心は穏やかだった。
在るべき場所へとやって来たかのように、故郷へ戻ったかのように。
『勇者という存在』の故郷であり舞台は、いつの世も、『魔王』の眼前だ。
そこで全てが始まり、全てが終わり、全てが再び動き出す。
数千年に一人の演者のために用意された演壇が、そこにはある。
勇者「……待たせたな。魔王」
魔王が嘲笑するのを、遥か彼方で感じ取り。
その大気の揺れが、伝播したかのように――――勇者の口の端も、緩んだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:09:33.18 ID:GshVNNRdo
魔法使い「…………今、何時……?」
その時、天幕の一つから、魔法使いがのそのそと出てきた。
毛布を羽織ったまま、いつもの帽子を寝乱れた頭にかぶって。
声は、眠っていたようには聞こえない。
勇者「あと……三十分だ。交代まで」
時を告げると、そのまま、彼女は火の前に歩いて来て立ち尽くした。
怪訝に思って勇者が見ると、彼女は唇を動かそうと試みているようだった。
勇者「座るか?」
魔法使い「……うん」
椅子代わりにしていた大きめの切り株から立ち上がり、彼女に譲って切り株の横に立つ。
だが、返事までしたのに彼女は、そうする気配が無い。
少し間をおいて、ようやく座るが、その手が勇者のマントの裾をきゅっと掴んだ。
魔法使い「……なんで立ってんのよ、バカじゃないの」
勇者「え?」
魔法使い「と、隣座れって……言ってんでしょ」
勇者「いや、今初めて聞い――――」
魔法使い「いいから座んなさいっつってんのよ!」
勇者「…………分かったよ。その前に、ほら」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:10:02.32 ID:GshVNNRdo
木製のカップに、火にかけられていた鍋から飲み物を注いで魔法使いに手渡す。
次いで自分の分も入れると、ようやく、『魔法使い』と『勇者』は切り株の上に肩を寄せ合う。
二人で座る分のスペースは無いかとも思ったが、意外にも、座ってみれば気にならなかった。
魔法使い「……お湯じゃん、これ」
飲み物を一口すすった魔法使いが、僅かに口をとがらせる。
香りなどなく、塩味も甘味もあるはずもない『湯』だった。
それでも暖まるのか、くちばしのように押し出した唇で、ふぅふぅと冷ましながら啜り込んだ。
勇者「茶葉なんてもう、ないに決まってるだろ」
魔法使い「ま、許したげる。……でも……侘しいわねぇ。末期のお茶さえ飲めやしないなんて」
勇者「またお前は、そういう事を……」
魔法使い「ああ、懐かしい。粗挽きの胡椒たっぷりで焼いたイノシシの肉。砂糖たっぷりのお茶」
勇者「つい数週間前だろ?」
魔法使い「別の日はお魚の串焼きに、削った岩塩振ってさ。あの時は確か、お酒もあったわよね」
勇者「……ワインとは合わなかったな」
魔法使い「それにさ。……港町で食べた、たっぷりの魚介と一緒に炒めたご飯。おいしかったわ」
勇者「あれは美味かったな。その後の町で食べた、クルミを混ぜて焼いたパンも覚えてるよ」
魔法使い「思わず、何本も食べちゃったもんねぇ。……僧侶が喉に詰まらせてたわ」
勇者「あったあった」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:10:40.68 ID:GshVNNRdo
肩を寄せ合い火を見つめ、語らう中で勇者は気付いた。
彼女は、くっと視線を巧みに逸らして、決して魔王の城を見ない。
顔を上げず、隣に座る勇者の顔にさえも顔を向けない。
勇者「…………」
魔法使い「何よ、黙っちゃって」
飲み干したカップに残る温もりを確かめているその手は、震えていた。
勇者「……怖いのか?」
魔法使い「はっ……? はぁ!?」
何を言っているのか、と彼女は語尾を上げた。
だが、勇者の慧眼は見逃さない。
彼女の瞳孔が、一瞬――――広がったのが見えた。
そして、再び平静を取り戻し、彼女が言う。
魔法使い「……そーよ、悪い? 魔王が怖くない訳ないじゃないの?」
一転して素直に、彼女は認めた。
魔法使い「だいたい怖くない『魔王』なんて、どこの世界にいるってのよ?」
勇者「ふふっ……まぁ、そうだ。その通りだよ」
魔法使い「ったくもう。……とんだ貧乏くじよ。まっさか、魔王に挑まなくちゃならないなんてさ」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:11:18.26 ID:GshVNNRdo
勇者「……俺達だから、ここまで来れた。だろ?」
魔法使い「はいはい。どうせもう帰れないわよ。なら、やってやろうじゃないのさ」
勇者「……ごめん」
魔法使い「それにしても。魔王も気が利かないわねぇ」
魔城の空に垂れこめる暗雲に阻まれ、星々は見えない。
どこまでも曇った空を仰いで、魔法使いはぼやいた。
魔法使い「こういうシチュエーションって、普通はお星さまの下なのに」
そう言って、魔法使いは体の力を抜き、勇者に体重を預ける。
彼女のささやかな体重が勇者の左肩にかかるが、踏ん張るまでもなく支えられた。
言ったように星の下でこうなれていたのなら、照れくさくもなるだろう。
だがすぐそこには旅の最終目的地がそびえて、曇天の深淵から、不吉な音が止まない。
勇者は利き手側に立てかけていた剣の柄を、そっと撫ぜる。
魔城を前にして、その剣も持ち手と同じく昂るのか、柄頭から鞘尻に至るまで、ほのかに火照ったように暖かい。
頷き、分厚い雲に遮られた夜空を跳ね上がるように――その先にあるはずの星を、突き通すように見上げる。
勇者「約束だ。必ず、空を見せる」
左手は、彼女の肩を優しく抱く。
右手は、聖剣の鞘を強く握り締める。
それだけで――――勇気が、いくらでも水底から噴きあがる泉のように湧いてきた。
勇者「お前の為に。この世界の人々のために。……俺は、魔王から『青空』を取り戻す」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:12:46.74 ID:GshVNNRdo
魔法使い「……ばーか。何マジになっちゃってんの。あたしの、いつもの言い方でしょ?」
彼女は声に僅かな潤みを伴い、茶化すようにくすくすと笑う。
その頬は僅かに赤くて、ゆるんでいる。
勇者「…………いつも通りの、な」
彼女は、正直だ。
いつも冗談めかしてものを言って、煙に巻くように飄々とした言葉を好む。
ことさらに悲観的、露悪的な口調を好むが、決して本音を隠さない。
『嘘』をつける器用さを、彼女は持たない。
夢見がちな性格を隠すように、冗談っぽく嘲るような言い方をする事もある。
内に溜め込んでしまえば、それは澱になるから。
魔法使い「……あの、さ」
勇者「?」
彼女の手が、肩に回された勇者の手を握った。
そのままの勢いで何かを言おうとするが……あっさりと、止まった。
魔法使い「……ごめん。何でもない。もう時間だから、寝なよ。……『勇者』が寝不足なんて、御冗談」
勇者「そう、だな。何かあったら起こしてくれ。大丈夫か?」
魔法使い「うん。……ありがとね。……やっぱり、もう一個約束してよ」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:13:16.25 ID:GshVNNRdo
勇者「何を?」
魔法使い「やっぱりさ、明日の戦い…………無傷なんていかないよね」
勇者「……相手は、魔王だからな」
魔法使い「だから、約束。……もし、あたしがやられちゃったらさ。助けに、来てね?」
勇者「言っただろ、『空』を見せるって。……絶対に魔王を倒すさ。みんなで」
魔法使い「あたしは、祈らないわよ。神様なんて信じてないしさ。……でもね」
回された手を確かめていた両手を下ろし、腿の上で組み、顔を勇者へ向ける。
すっきりとした、どこか憎たらしくも愛らしくもある笑顔が彼女に戻っていた。
そのまま、白い歯を覗かせるようにして彼女は言葉を続けた。
魔法使い「あんたと、戦士と、僧侶だけは信じるわよ。……『神様』なんかより、ずっと信じられる」
勇者「僧侶に怒られるぞ」
魔法使い「あはっ、あの子が怒ってるところなんて、魔王の姿見るより貴重じゃない?」
そんな一言に、一しきり笑ってから、勇者は天幕へ戻った。
そこには戦士が足をこちらへ向けて剣を抱くように眠っていた。
勇者も彼に倣い、剣をいつでも取れるようにしてから横たわり、毛布を引っかぶる。
明日は、全てが終わる。
『終わり』を終わらせ、『始まり』を始める、人類にとって記念すべき、そんな日になるはずだ。
その先にある平和を夢見て――――今は、眠った。
15 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/22(水) 00:13:51.10 ID:GshVNNRdo
翌日の昼前、四人は魔王の城、いよいよその門前に立った。
沼地を超えるにあたり、邪魔は入らなかった。
それでも地獄の淵のような泥濘は、縋り付く亡者の手のような感触だった。
腐草が溶け込む悪臭の湿地には虫の声さえなく、
不気味に蠢く枯れ木と怪鳥の鳴き声、天を取り巻く暗雲の唸りだけが聴こえた。
ここに、人界の道理はもはや存在しない。
魔王を、その居城を中心に世界が作り変えられている。
ここは――――魔界だ。
四人は並び、頷く。
ここに比べれば、腹を空かせたドラゴンの鼻先でさえ、『安全』な場所だろう。
勇者が指先を固く閉じた門へと向けると、その間を蒼白の閃光が駆け抜け。
――――轟くよりも早く、雷が魔城の門を砕いた。
それは雷の征矢であり、鏑矢だ。
砕くとともにその雷鳴は、名乗りの役目をも果たした。
四人は、ピリピリと毛羽立った空気を意にさえ介さず、破片を踏み越えて城内へ往く。
鎧に火花が走り、重ねた着衣がパチパチと音を立て、頬を電気の針が刺しても、
誰一人、表情を歪めはしない。
ただ暗闇の城内にひとりでに、道筋を示すように灯った燭光に従って進む。
四人きりの『進軍』に迷いは無い。
やがて進むうちに、暗闇の中から『近衛』が現れた。
三叉の槍を携えた、圧倒するような巨躯の悪魔族。
白銀の体毛に包まれた、全てを停滞させて見せるほど敏捷な魔物。
土くれからつくられた、手首でさえも柱のように太い、巨人型の魔法生物。
亡霊を閉じ込めた、中身など存在しない魔の甲冑。
散々に手を焼かせられた怪物たちが、懐かしい顔ぶれのように、四人を囲む。
四人は黙って武器を構え、誰からそうするでもなく、背を預け合う。
勇者「――――『ガンガンいこうぜ』」
16 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/05/22(水) 00:16:03.54 ID:GshVNNRdo
またしてもお待たせしました、本日投下分終了です
やべぇ、最後の投下でようやく酉の付け忘れに気付いた
スレタイに「淫魔」がつけられなくて申し訳ない
淫魔の出てくるちょっとした短編も用意しているから許して欲しい
それではまた明日会いましょうー
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 00:44:15.79 ID:730e++j9o
適当に開いたらまさかのこのシリーズでワロタ
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 06:52:36.04 ID:o+g2jRQ0o
一応開いて良かった
期待
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 21:35:25.67 ID:1v7WNqE5o
>>17
>>21
だよな
初めて初日に立ち会えたぜ
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/22(水) 21:47:42.66 ID:BNiqwZWko
まってたぜー
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