堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
Part4
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:37:15.84 ID:LNQCQUA8o
勇者「それはそうと、一つ訊きたいんだけど」
堕女神「何なりと」
勇者「……その、何だ。何か、困ってる事は?」
堕女神「……と申しますと」
勇者「…………少し、目が腫れているな」
堕女神「……?」ピクッ
勇者「……よく眠れなかったのか?」
堕女神「はい……お見苦しい所をお見せしました。昨夜は、遅くまで書庫で調べものを」
勇者「何を?」
堕女神「い、いえ……その……本当に、取るに足らない事なのです」
勇者「夜遅くまで調べていたのにか?」
堕女神「…………」
勇者「……すまない、問い詰めるつもりは無い。……夜は、ちゃんと眠ってくれ」
堕女神「……ご命令ですか?」
勇者「いや、『お願い』かな。……無理をしないでくれ」
堕女神「………はい、ありがとうございます」
勇者「頼む。……さて、ご馳走様。何かあったら、サロンにいると思うから」
堕女神「はい、畏まりました」
78 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:37:59.98 ID:LNQCQUA8o
城の一角に、特に採光用の窓が広く開けられた空間がある。
昼下がりに最も明るさを増すように作られた、簡単な応接の際にも用いられる「サロン」。
簡素な、それでいてしっかりとしたつくりのテーブルセットがいくつか並び、
壁面には、柔らかな色彩で描かれた絵画が隙間なく並んでいた。
息を呑むような風景画、草原を駆ける魔界の馬の群れを描いた躍動感ある絵。
ひとつひとつが、王の城に飾られるべき「名画」である。
サロンの中心、大きめのテーブルに、白黒の盤が据えられていた。
そこにあるべき「駒」は載らず、その盤を前にして―――淫魔の一人が、王を迎えるべく立っていた。
サキュバスA「お待ちしておりました」
勇者「ああ。……って、何だ、その大量の菓子は」
サキュバスA「頭を使うゲームですから、甘いものが必要かと。……お掛け下さい、お茶をお淹れします」
勇者「……それで……何をやるんだ?」
サキュバスA「見ての通り。人間界にも同じゲームがあるとか」
勇者「チェス、か?」
サキュバスA「そうです。……基本的には駒の動きも、ルールも同じです。……あなたは、『黒』を使っていただけますか?」
79 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:38:29.18 ID:LNQCQUA8o
勇者「……? ああ、いいが……駒はどうした?」
サキュバスA「すぐに、『出て』参りますよ。……先手は頂いてよろしいですか?」
勇者「うん」
サキュバスA「……それでは、盤に手をかざしてください。……そして、駒の『色』を唱えてください」
勇者「……? 良く解らないけど……」
サキュバスA「きっと驚くかと。……人間には」
勇者「………『黒』」
盤上に手をかざし、唱えた瞬間。
空気が揺れ、盤面の白のマスは輝き――黒のマスは、黒煙を立ち上らせた。
勇者はおもわず顔を背けてしまいそうになるが、目を離すまいとこらえた。
光と影の躍る盤面の向こうに、「彼女」の微笑を覗きながら。
二つの色が踊り、混沌の色を描いた後―――すぐに、彼は気付く。
何もなかったはずの盤面に、白の軍勢と黒の軍勢が。
――――『人間』と、『魔族』を精巧に模した駒が、睨み合っている事に。
80 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:39:06.56 ID:LNQCQUA8o
勇者「……どういう事だ?」
サキュバスA「見ての通りです。駒の構成も動きも、人間界の『チェス』と同じ。ただ、違うのは……」
勇者「…………『駒』の形状」
サキュバスA「ええ。それでも分かりやすいと思います」
彼女が、自軍の駒に目を落とす。
前列を構成するポーンは、馬鍬や鋤、鉈などを備えた、素朴な風貌の「村娘」だ。
垢抜けない継ぎ接ぎのボロをまとい、顔には雀斑までも浮かせてはいるが、どれも、それなりに麗しい少女の姿をしていた。
しかも――――ひとつひとつ、姿が違う。
後列両端のルークは、精悍な「女戦士」に見える。
不自然な程に露出した肌からは、しなやかに無駄なく鍛えられた筋肉が覗けた。
手に備えた剣や斧はポーンと違い、鋭く研がれている。
一つ内側のナイトは、隣の女戦士とは違い、輝く甲冑をまとった、凛とした「女騎士」。
肌の露出はなく、勇者から見て右のナイトは、金髪を肩まで垂らして、盾と剣を手にしている。
左側のナイトは黒髪を後ろでまとめ、長剣を鞘に納めたまま。
更に内側のビショップは、黒衣に身を包んだ「シスター」だ。
どちらも楚々とした幼い顔立ちで、穏やかに祈るような仕草をしていた。
キングの横に身を寄せていたのは、ティアラを戴きドレスをまとう、「女王」そのものだった。
腰まで伸びた金髪、碧に輝く澄んだ瞳、憂いを残した儚い、整った顔。
駒であるのに、見ているだけで惹かれるようだ。
そして――――その横には、凛々しい顔立ちの、青年にも見える王冠をかぶった駒。
81 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:40:04.34 ID:LNQCQUA8o
勇者「……それ、『キング』?」
サキュバスA「ええ。……見えませんか?」
勇者「…………どこがどう『キング』なのか」
サキュバスA「…巷では、『男装の麗人』とでも言うのでしょうか」
勇者「……なるほど? で、こっちのは」
続けて、勇者が自軍の、黒の駒に目をやる。
まず、ポーンは……飽きる程に見た「オーク」だ。
欠けた斧、錆びついた剣、木を削り出しただけの槍を手にした、醜い豚面の獣人。
勇者「なんで、ルークが『ローパー』なんだ?」
サキュバスA「形状が似ているでしょう、人間界のルークと」
勇者「まぁ、そうかな……?」
後列端のルークは、触手の魔物「ローパー」。
全てを切り裂き貫く、見た目に反して手強い魔物であることを、勇者は知っている。
その内側のナイトは、漆黒の鎧兜に身を包んだ、「暗黒の騎士」。
殺気を充満させ、仮にゲームのプレイヤーであっても不用意に手を伸ばせば、指を切り落とされそうにも感じる。
ビショップはフードを目深にかぶっているため、一体何なのか判別がつかない。
魔界に属するモノである事は確かだが―――ひたすら、不気味に見えた。
クイーンは、もはや見慣れた、蝙蝠の翼と青い肌を持つ「サキュバス」そのもの。
長い黒髪を持つ、魅惑的な肢体を持つ成熟した淫魔の姿。
そして、キングは――――プレイヤーと、勇者と同じ姿をしていた。
82 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:40:31.07 ID:LNQCQUA8o
勇者「……どうして――『俺』の姿なんだ」
サキュバスA「黒は、思い描く『王』の姿が反映されるのです。つまり、それが―――あなたの思い描くキングなのです」
勇者「…………」
サキュバスA「ここで、相違点を説明させていただきますが……よろしいですか?」
勇者「頼む」
サキュバスA「ルールは人間界のチェスと同じ。大きな違いは、『駒』はみな、生きているという事」
駒たちは皆、小刻みに忙しく動いていた。
白のナイトは武器に目を落とし、黒のポーンは前方に見える白のポーンに下卑た視線を送り、
黒のクイーンはくすくすと上品な仕草で笑い、白のクイーンは、ただ――凛として、背を伸ばして立っていた。
何よりも、駒たちはみな、白や黒の単色ではない。
肌には暖かな血色を感じるし、もはや駒というよりは、人間や魔物に「魔法」をかけて小さくしただけにしか見えぬほどだ。
勇者「……やりづらいな」
サキュバスA「そして、ここが最大の相違点ですが―――このチェスに、チェックメイトは存在しません」
勇者「何?」
サキュバスA「チェックメイトではなく、相手の『キング』を取る事でのみ勝ちになります」
勇者「ほう」
サキュバスA「ここまでで、何かご質問は?」
83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:41:26.77 ID:LNQCQUA8o
勇者「……駒を動かす時は、手で?」
サキュバスA「それもよろしいですが、念じるだけで動きますよ。……それでは、先手ですので、手本を」
言って、彼女が指先で右端のポーンを指さし――次いで、二マス先にその指を向ける。
すると、村娘を模したポーンが自ら歩き、指定されたマスへと歩いて行った。
――――前方に見える魔の軍勢に怯え、足を震わせながら。
勇者「ふむ、なるほど。……だが、何だか……気の毒だな」
サキュバスA「大丈夫、単なる駒です。この弱々しいポーンでもそちらのナイトやルークを取れますので、ご安心を」
勇者「……そう言われると少し楽になる。……ともかく、触れなくても動かせるのか」
言って、勇者もまた、ポーンを一つ選び、一マス前進させる。
豚面の獣人がドスドスと足を踏み慣らし、きっちりと意図した場所へと進んだ。
サキュバスA「ゲームについて、もうひとつだけよろしいですか」
勇者「ん?」
サキュバスA「チェックメイトはございませんが、『投了』はございます」
勇者「『降伏』と『王の死』のどちらかでしか勝負はつかないという事か」
サキュバスA「はい、その通り。……そして、事実上の『チェックメイト』をかけられたら、投了はできませんよ」
勇者「いいだろ、望む所だ。……手加減するなよ?」
サキュバスA「勿論です」
84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:03.39 ID:LNQCQUA8o
戦況は、一進一退。
交互に駒を動かすたびに当初整っていた戦列が乱れ、よく見られる「チェス」の風景と化していた。
未だ互いに駒を失う事無く、相手の手筋を見極めんと、牽制を重ねる。
勇者「……なるほど、本当に、普通のチェスと同じだな」
サキュバスA「……そう、思われますか?」
勇者「…………え?」
サキュバスA「すぐに分かります」
勇者「……ところで、何故だ?」
サキュバスA「何でしょうか」
勇者「……何故、俺にゲームを持ちかけた?」
サキュバスA「ご説明した通り。この国の文化を知っていただくためです」
勇者「…………それだけか?」
サキュバスA「……ならば―――この手をもって、答えといたしましょう」
触れることなく駒を扱っていた彼女が、指先を伸ばし……ビショップを掴み取る。
白のビショップはその身を硬直させ、宙吊りにされながら、盤上を彷徨う。
そして、降り立つ。
――――敵陣の直前へ、ポーンを取りながら切り込んで。
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:46.64 ID:LNQCQUA8o
勇者は、駒を下ろされると同時に「それ」を感じた。
純然たる殺気でもなく、棘をまとった敵意でもない。
蛇に、体の半ばまで咥え込まれるような―――息苦しさ。
勇者「…………」
サキュバスA「…どうでしょうか?」
勇者「……ああ、分かったよ」
黒のナイトが、そのビショップを討つ。
眼前の差し手を倣って、勇者自らの手で動かされた、暗黒の騎士が。
勇者「……『俺』を見たいんだな」
問いかけに、彼女は答えない。
真顔で、彼の顔を見据えながら……口端だけを、かすかに綻ばせた。
無言で、彼女は再び手を進める。
素直に進めていた序盤から一気に手を返し、容赦のなく、それでいて、蛇が締め付けるような精妙な差し回しを続ける。
勇者は、それを全て凌ぎ続ける。
守勢に回り、白の駒による攻めを受けつつ、それでいて勝負は捨てず、攻め手を組み立てて。
当初は彼女が優勢にも思われていたが、攻めは段々と受け止められ、焦りまでも見えてきた。
涼しげな表情の曇る回数が多くなり、忌々しげに口を歪める事まである。
何よりも決定的だったのは、妙手の攻めに回した白の「クイーン」が、完全に殺されてしまった事。
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:22.52 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……成程。さすがは……一筋縄では行きませんね」
勇者「自分でも驚いてるよ」
これまで一手に三秒ほどで指し続けてきた彼女が、ついに長考に入る。
盤面を見回しながら、ほころびを見つけださんとばかりに、その紫の瞳が輝きを増して。
囲まれ、駒の効きでもはや動く事さえかなわないクイーン。
そこに、再び命を吹き込むための一手を探そうとして。
十秒。二十秒。
未だに、その指先は動かない。
勇者「……焦るなよ?」
サキュバスA「…………それでは、これにて」
勇者「……っ」
打たれたのは、攻めの一手。
白の騎士が、「女王」を救うべく突貫してきたのだ。
その身を省みず、魔軍の群れ成す戦列へと。
心なしか―――いや、気のせいではない。
金髪の女騎士を模した駒は、死を覚悟した裂帛の気に満ちた面持ちで、ただ前を見据えていた。
盾を前面に構えて剣を引き、黒のナイトを、ビショップを、ポーンを睨みつけていた。
勇者「魅せるじゃないか」
サキュバスA「……『騎士』には務めがあるものでしょう」
不敵に笑って見せる彼女は、どこか、誇らしげで―――初めて素直な表情を見せたように、彼には思えた。
87 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:56.16 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……あの時」
勇者「ん?」
サキュバスA「あの壇上で。玉座の前で。何故私を直視したのですか?」
勇者「………ああ」
サキュバスA「いえ、私だけではありません。……堕女神様にも。Bにも。否、あの場に居た全員を」
勇者「…………さぁ。何故かな」
サキュバスA「あなたは人間で―――私たちは、魔の住人。あんなに愛しげな目を、何故できたのですか」
勇者「……そういえば、そうだったかな」
サキュバスA「真面目な話です」
勇者「……何、言っても、きっと……信じないさ」
サキュバスA「万年を生き、人界へ『色街へ出かける』ように行き来する我々にさえ、信じられない事だと?」
勇者「……まぁ、追々な。手が止まっているぞ」
サキュバスA「…………」
勇者「長考なら、長考と言ってくれ」
88 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:44:48.74 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……それでは、これはいかがです」
注意され、手を進める。
その手は―――キングを護るクイーンを討ち取る、一手。
キングを後ろに隠した黒のクイーンの前方にルークが打たれ、更にビショップとポーンが侍る。
クイーンを進めてルークを取れば次の手で取られ、クイーンの盾に成りえる駒は、近くにはない。
勇者「…………しくじったなぁ」
サキュバスA「…さぁ、どうしますか?」
勇者「……」
クイーンを逃せば、キングが討ち取られる。
クイーンで先手を打てば、ルークと交換の形で討ち取られる。
キングを逃せば―――やはり、クイーンが討ち取られる。
サキュバスA「……迂闊ですわね」
挑発するような言葉を発した直後、彼女がゆっくりと口を押さえる。
まるで、見せてはいけない面を見せてしまったかのように、視線を彷徨わせて。
勇者「……こうなったとしたら」
サキュバスA「…………?」
勇者「もしも、こうなったとしたら。……俺は既に、どうするかを決めていたんだ」
言って、その手はクイーンへ、「サキュバス」を模した駒へ延ばされて―――
勇者「………こうする、んだ」
クイーンは――――キングを置いて、数マスほど、横へと逃げた。
89 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:16.41 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……何のおつもりですか!!」
キングを差し出す行為に、彼女は、初めて怒りを露わにする。
あの余裕ある振る舞いをする彼女の初めて聞く「怒声」に、勇者は、苦笑しながら答える。
勇者「見ての通りだ」
サキュバスA「私に……勝ちを譲ると?」
勇者「いや、違う」
サキュバスA「…でしたら」
勇者「…………取られたくないんだ」
サキュバスA「え……?」
意外にも、そして単純すぎる答えに、垣間見せた怒りが逸らされる。
続ける言葉を見つけようとする彼女に向け、更に、答えが続いた。
勇者「……取られたく、なかったんだよ。……『サキュバス』は、取られたくない」
サキュバスA「……あなたは。何故、そこまで……?」
勇者「…これだけは、取らせる訳にはいかない」
サキュバスA「…………」
勇者「さぁ……『キング』を取ってくれ」
90 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:44.29 ID:LNQCQUA8o
プレイヤーを模した黒のキングは、無防備のままでルークの射線に身を晒す。
自ら王を差し出した手のまま、対手に番を回して。
勇者は、真っ直ぐに盤を挟んだ相手を、見つめていた。
苦し紛れの笑みさえ浮かべていない。
ただ、自らの選んだ一手を、これ以上ないとばかりに見せつけるように。
嘘偽りのない、本心からの一手。
彼は―――たとえ駒だと分かっていても、「サキュバス」の駒を取られたくは、なかった。
取らせるわけには、いかなかった。
――――たとえゲームを一つ差し出す、愚かとすら呼べない手だとしても。
勇者「……俺が、お前達の……『淫魔』の王としてふさわしいかは分からない」
再び、彼が口を開く。
勇者「…………だけど、これだけは言えるんだ」
再び、力の宿った瞳がサキュバスAへと注がれる。
睨みつけ、威嚇するようでもなく、ただ注視したわけでもない。
その目には……確かな信念が、燃えていた。
勇者「俺は、『サキュバス』を、この国の『淫魔』達の平穏を……守りたい」
91 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:18.98 ID:LNQCQUA8o
そのまま、時が過ぎる。
サキュバスAもまた、彼を見つめ続けたままで。
盤上の生きた駒までも、動きを止めたように思える。
ひたすら静寂に包まれた空気のまま、遂に―――彼女が、その手を盤上へ伸べる。
サキュバスA「……見届けさせて、いただきました」
その手は、黒の王を捉えたルークではなく、自陣内の白の王へとかかる。
白の王は、盤外へとつまみ出され、虚空へ溶け消えた。
同時に白の駒は全て消滅し、盤上に残るのは、黒の、魔界の軍団のみ。
白の差し手は―――満ち足りた微笑を浮かべて、勝敗の決した盤上を見つめていた。
サキュバスA「……ふふ。私の『負け』ですわね」
言葉から、表情から、物腰から、一切の堅苦しさが消えていた。
ともすれば無礼とも称されるような、聞き慣れた口調が、勇者へ向けられる。
サキュバスA「……非礼をお許しください、陛下。……今ようやく、あなたを『陛下』と呼べるようになりましたわ」
勇者「ああ、その喋りの方が落ち着くよ」
サキュバスA「そうですか?」
勇者「……ただ、どうもこの決着は気に入らないな」
サキュバスA「こちらこそ。……それでは、楽しむためにもう一度、指しましょう」
勇者「もう一局、か?」
92 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:56.58 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「『淫魔界チェス』の、真価をお見せします。追加ルールで」
勇者「追加ルール?」
サキュバスA「といっても、指し方に変化がある訳ではありません。これは、是非陛下に見ていただきたくて」
勇者「……いいだろ、やろう」
サキュバスA「今度は、こちらが『黒』でよろしいでしょうか?」
勇者「うん」
サキュバスA「…では、参ります。……『黒』『淫魔の進撃』」
今度は、彼女が盤上に手をかざして宣誓する。
駒の色、そして―――追加のルールの名を。
勇者「……駒に変化は無さそうだな」
サキュバスA「ええ、その通りですわ。『駒』の外見に、変化はありません」
勇者「……じゃ、始めるぞ。先手は俺だ」
サキュバスA「はい、陛下」
勇者「それはそうと、一つ訊きたいんだけど」
堕女神「何なりと」
勇者「……その、何だ。何か、困ってる事は?」
堕女神「……と申しますと」
勇者「…………少し、目が腫れているな」
堕女神「……?」ピクッ
勇者「……よく眠れなかったのか?」
堕女神「はい……お見苦しい所をお見せしました。昨夜は、遅くまで書庫で調べものを」
勇者「何を?」
堕女神「い、いえ……その……本当に、取るに足らない事なのです」
勇者「夜遅くまで調べていたのにか?」
堕女神「…………」
勇者「……すまない、問い詰めるつもりは無い。……夜は、ちゃんと眠ってくれ」
堕女神「……ご命令ですか?」
勇者「いや、『お願い』かな。……無理をしないでくれ」
堕女神「………はい、ありがとうございます」
勇者「頼む。……さて、ご馳走様。何かあったら、サロンにいると思うから」
堕女神「はい、畏まりました」
78 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:37:59.98 ID:LNQCQUA8o
城の一角に、特に採光用の窓が広く開けられた空間がある。
昼下がりに最も明るさを増すように作られた、簡単な応接の際にも用いられる「サロン」。
簡素な、それでいてしっかりとしたつくりのテーブルセットがいくつか並び、
壁面には、柔らかな色彩で描かれた絵画が隙間なく並んでいた。
息を呑むような風景画、草原を駆ける魔界の馬の群れを描いた躍動感ある絵。
ひとつひとつが、王の城に飾られるべき「名画」である。
サロンの中心、大きめのテーブルに、白黒の盤が据えられていた。
そこにあるべき「駒」は載らず、その盤を前にして―――淫魔の一人が、王を迎えるべく立っていた。
サキュバスA「お待ちしておりました」
勇者「ああ。……って、何だ、その大量の菓子は」
サキュバスA「頭を使うゲームですから、甘いものが必要かと。……お掛け下さい、お茶をお淹れします」
勇者「……それで……何をやるんだ?」
サキュバスA「見ての通り。人間界にも同じゲームがあるとか」
勇者「チェス、か?」
サキュバスA「そうです。……基本的には駒の動きも、ルールも同じです。……あなたは、『黒』を使っていただけますか?」
79 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:38:29.18 ID:LNQCQUA8o
勇者「……? ああ、いいが……駒はどうした?」
サキュバスA「すぐに、『出て』参りますよ。……先手は頂いてよろしいですか?」
勇者「うん」
サキュバスA「……それでは、盤に手をかざしてください。……そして、駒の『色』を唱えてください」
勇者「……? 良く解らないけど……」
サキュバスA「きっと驚くかと。……人間には」
勇者「………『黒』」
盤上に手をかざし、唱えた瞬間。
空気が揺れ、盤面の白のマスは輝き――黒のマスは、黒煙を立ち上らせた。
勇者はおもわず顔を背けてしまいそうになるが、目を離すまいとこらえた。
光と影の躍る盤面の向こうに、「彼女」の微笑を覗きながら。
二つの色が踊り、混沌の色を描いた後―――すぐに、彼は気付く。
何もなかったはずの盤面に、白の軍勢と黒の軍勢が。
――――『人間』と、『魔族』を精巧に模した駒が、睨み合っている事に。
80 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:39:06.56 ID:LNQCQUA8o
勇者「……どういう事だ?」
サキュバスA「見ての通りです。駒の構成も動きも、人間界の『チェス』と同じ。ただ、違うのは……」
勇者「…………『駒』の形状」
サキュバスA「ええ。それでも分かりやすいと思います」
彼女が、自軍の駒に目を落とす。
前列を構成するポーンは、馬鍬や鋤、鉈などを備えた、素朴な風貌の「村娘」だ。
垢抜けない継ぎ接ぎのボロをまとい、顔には雀斑までも浮かせてはいるが、どれも、それなりに麗しい少女の姿をしていた。
しかも――――ひとつひとつ、姿が違う。
後列両端のルークは、精悍な「女戦士」に見える。
不自然な程に露出した肌からは、しなやかに無駄なく鍛えられた筋肉が覗けた。
手に備えた剣や斧はポーンと違い、鋭く研がれている。
一つ内側のナイトは、隣の女戦士とは違い、輝く甲冑をまとった、凛とした「女騎士」。
肌の露出はなく、勇者から見て右のナイトは、金髪を肩まで垂らして、盾と剣を手にしている。
左側のナイトは黒髪を後ろでまとめ、長剣を鞘に納めたまま。
更に内側のビショップは、黒衣に身を包んだ「シスター」だ。
どちらも楚々とした幼い顔立ちで、穏やかに祈るような仕草をしていた。
キングの横に身を寄せていたのは、ティアラを戴きドレスをまとう、「女王」そのものだった。
腰まで伸びた金髪、碧に輝く澄んだ瞳、憂いを残した儚い、整った顔。
駒であるのに、見ているだけで惹かれるようだ。
そして――――その横には、凛々しい顔立ちの、青年にも見える王冠をかぶった駒。
81 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:40:04.34 ID:LNQCQUA8o
勇者「……それ、『キング』?」
サキュバスA「ええ。……見えませんか?」
勇者「…………どこがどう『キング』なのか」
サキュバスA「…巷では、『男装の麗人』とでも言うのでしょうか」
勇者「……なるほど? で、こっちのは」
続けて、勇者が自軍の、黒の駒に目をやる。
まず、ポーンは……飽きる程に見た「オーク」だ。
欠けた斧、錆びついた剣、木を削り出しただけの槍を手にした、醜い豚面の獣人。
勇者「なんで、ルークが『ローパー』なんだ?」
サキュバスA「形状が似ているでしょう、人間界のルークと」
勇者「まぁ、そうかな……?」
後列端のルークは、触手の魔物「ローパー」。
全てを切り裂き貫く、見た目に反して手強い魔物であることを、勇者は知っている。
その内側のナイトは、漆黒の鎧兜に身を包んだ、「暗黒の騎士」。
殺気を充満させ、仮にゲームのプレイヤーであっても不用意に手を伸ばせば、指を切り落とされそうにも感じる。
ビショップはフードを目深にかぶっているため、一体何なのか判別がつかない。
魔界に属するモノである事は確かだが―――ひたすら、不気味に見えた。
クイーンは、もはや見慣れた、蝙蝠の翼と青い肌を持つ「サキュバス」そのもの。
長い黒髪を持つ、魅惑的な肢体を持つ成熟した淫魔の姿。
そして、キングは――――プレイヤーと、勇者と同じ姿をしていた。
勇者「……どうして――『俺』の姿なんだ」
サキュバスA「黒は、思い描く『王』の姿が反映されるのです。つまり、それが―――あなたの思い描くキングなのです」
勇者「…………」
サキュバスA「ここで、相違点を説明させていただきますが……よろしいですか?」
勇者「頼む」
サキュバスA「ルールは人間界のチェスと同じ。大きな違いは、『駒』はみな、生きているという事」
駒たちは皆、小刻みに忙しく動いていた。
白のナイトは武器に目を落とし、黒のポーンは前方に見える白のポーンに下卑た視線を送り、
黒のクイーンはくすくすと上品な仕草で笑い、白のクイーンは、ただ――凛として、背を伸ばして立っていた。
何よりも、駒たちはみな、白や黒の単色ではない。
肌には暖かな血色を感じるし、もはや駒というよりは、人間や魔物に「魔法」をかけて小さくしただけにしか見えぬほどだ。
勇者「……やりづらいな」
サキュバスA「そして、ここが最大の相違点ですが―――このチェスに、チェックメイトは存在しません」
勇者「何?」
サキュバスA「チェックメイトではなく、相手の『キング』を取る事でのみ勝ちになります」
勇者「ほう」
サキュバスA「ここまでで、何かご質問は?」
83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:41:26.77 ID:LNQCQUA8o
勇者「……駒を動かす時は、手で?」
サキュバスA「それもよろしいですが、念じるだけで動きますよ。……それでは、先手ですので、手本を」
言って、彼女が指先で右端のポーンを指さし――次いで、二マス先にその指を向ける。
すると、村娘を模したポーンが自ら歩き、指定されたマスへと歩いて行った。
――――前方に見える魔の軍勢に怯え、足を震わせながら。
勇者「ふむ、なるほど。……だが、何だか……気の毒だな」
サキュバスA「大丈夫、単なる駒です。この弱々しいポーンでもそちらのナイトやルークを取れますので、ご安心を」
勇者「……そう言われると少し楽になる。……ともかく、触れなくても動かせるのか」
言って、勇者もまた、ポーンを一つ選び、一マス前進させる。
豚面の獣人がドスドスと足を踏み慣らし、きっちりと意図した場所へと進んだ。
サキュバスA「ゲームについて、もうひとつだけよろしいですか」
勇者「ん?」
サキュバスA「チェックメイトはございませんが、『投了』はございます」
勇者「『降伏』と『王の死』のどちらかでしか勝負はつかないという事か」
サキュバスA「はい、その通り。……そして、事実上の『チェックメイト』をかけられたら、投了はできませんよ」
勇者「いいだろ、望む所だ。……手加減するなよ?」
サキュバスA「勿論です」
84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:03.39 ID:LNQCQUA8o
戦況は、一進一退。
交互に駒を動かすたびに当初整っていた戦列が乱れ、よく見られる「チェス」の風景と化していた。
未だ互いに駒を失う事無く、相手の手筋を見極めんと、牽制を重ねる。
勇者「……なるほど、本当に、普通のチェスと同じだな」
サキュバスA「……そう、思われますか?」
勇者「…………え?」
サキュバスA「すぐに分かります」
勇者「……ところで、何故だ?」
サキュバスA「何でしょうか」
勇者「……何故、俺にゲームを持ちかけた?」
サキュバスA「ご説明した通り。この国の文化を知っていただくためです」
勇者「…………それだけか?」
サキュバスA「……ならば―――この手をもって、答えといたしましょう」
触れることなく駒を扱っていた彼女が、指先を伸ばし……ビショップを掴み取る。
白のビショップはその身を硬直させ、宙吊りにされながら、盤上を彷徨う。
そして、降り立つ。
――――敵陣の直前へ、ポーンを取りながら切り込んで。
85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:46.64 ID:LNQCQUA8o
勇者は、駒を下ろされると同時に「それ」を感じた。
純然たる殺気でもなく、棘をまとった敵意でもない。
蛇に、体の半ばまで咥え込まれるような―――息苦しさ。
勇者「…………」
サキュバスA「…どうでしょうか?」
勇者「……ああ、分かったよ」
黒のナイトが、そのビショップを討つ。
眼前の差し手を倣って、勇者自らの手で動かされた、暗黒の騎士が。
勇者「……『俺』を見たいんだな」
問いかけに、彼女は答えない。
真顔で、彼の顔を見据えながら……口端だけを、かすかに綻ばせた。
無言で、彼女は再び手を進める。
素直に進めていた序盤から一気に手を返し、容赦のなく、それでいて、蛇が締め付けるような精妙な差し回しを続ける。
勇者は、それを全て凌ぎ続ける。
守勢に回り、白の駒による攻めを受けつつ、それでいて勝負は捨てず、攻め手を組み立てて。
当初は彼女が優勢にも思われていたが、攻めは段々と受け止められ、焦りまでも見えてきた。
涼しげな表情の曇る回数が多くなり、忌々しげに口を歪める事まである。
何よりも決定的だったのは、妙手の攻めに回した白の「クイーン」が、完全に殺されてしまった事。
86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:22.52 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……成程。さすがは……一筋縄では行きませんね」
勇者「自分でも驚いてるよ」
これまで一手に三秒ほどで指し続けてきた彼女が、ついに長考に入る。
盤面を見回しながら、ほころびを見つけださんとばかりに、その紫の瞳が輝きを増して。
囲まれ、駒の効きでもはや動く事さえかなわないクイーン。
そこに、再び命を吹き込むための一手を探そうとして。
十秒。二十秒。
未だに、その指先は動かない。
勇者「……焦るなよ?」
サキュバスA「…………それでは、これにて」
勇者「……っ」
打たれたのは、攻めの一手。
白の騎士が、「女王」を救うべく突貫してきたのだ。
その身を省みず、魔軍の群れ成す戦列へと。
心なしか―――いや、気のせいではない。
金髪の女騎士を模した駒は、死を覚悟した裂帛の気に満ちた面持ちで、ただ前を見据えていた。
盾を前面に構えて剣を引き、黒のナイトを、ビショップを、ポーンを睨みつけていた。
勇者「魅せるじゃないか」
サキュバスA「……『騎士』には務めがあるものでしょう」
不敵に笑って見せる彼女は、どこか、誇らしげで―――初めて素直な表情を見せたように、彼には思えた。
87 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:56.16 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……あの時」
勇者「ん?」
サキュバスA「あの壇上で。玉座の前で。何故私を直視したのですか?」
勇者「………ああ」
サキュバスA「いえ、私だけではありません。……堕女神様にも。Bにも。否、あの場に居た全員を」
勇者「…………さぁ。何故かな」
サキュバスA「あなたは人間で―――私たちは、魔の住人。あんなに愛しげな目を、何故できたのですか」
勇者「……そういえば、そうだったかな」
サキュバスA「真面目な話です」
勇者「……何、言っても、きっと……信じないさ」
サキュバスA「万年を生き、人界へ『色街へ出かける』ように行き来する我々にさえ、信じられない事だと?」
勇者「……まぁ、追々な。手が止まっているぞ」
サキュバスA「…………」
勇者「長考なら、長考と言ってくれ」
88 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:44:48.74 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……それでは、これはいかがです」
注意され、手を進める。
その手は―――キングを護るクイーンを討ち取る、一手。
キングを後ろに隠した黒のクイーンの前方にルークが打たれ、更にビショップとポーンが侍る。
クイーンを進めてルークを取れば次の手で取られ、クイーンの盾に成りえる駒は、近くにはない。
勇者「…………しくじったなぁ」
サキュバスA「…さぁ、どうしますか?」
勇者「……」
クイーンを逃せば、キングが討ち取られる。
クイーンで先手を打てば、ルークと交換の形で討ち取られる。
キングを逃せば―――やはり、クイーンが討ち取られる。
サキュバスA「……迂闊ですわね」
挑発するような言葉を発した直後、彼女がゆっくりと口を押さえる。
まるで、見せてはいけない面を見せてしまったかのように、視線を彷徨わせて。
勇者「……こうなったとしたら」
サキュバスA「…………?」
勇者「もしも、こうなったとしたら。……俺は既に、どうするかを決めていたんだ」
言って、その手はクイーンへ、「サキュバス」を模した駒へ延ばされて―――
勇者「………こうする、んだ」
クイーンは――――キングを置いて、数マスほど、横へと逃げた。
89 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:16.41 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……何のおつもりですか!!」
キングを差し出す行為に、彼女は、初めて怒りを露わにする。
あの余裕ある振る舞いをする彼女の初めて聞く「怒声」に、勇者は、苦笑しながら答える。
勇者「見ての通りだ」
サキュバスA「私に……勝ちを譲ると?」
勇者「いや、違う」
サキュバスA「…でしたら」
勇者「…………取られたくないんだ」
サキュバスA「え……?」
意外にも、そして単純すぎる答えに、垣間見せた怒りが逸らされる。
続ける言葉を見つけようとする彼女に向け、更に、答えが続いた。
勇者「……取られたく、なかったんだよ。……『サキュバス』は、取られたくない」
サキュバスA「……あなたは。何故、そこまで……?」
勇者「…これだけは、取らせる訳にはいかない」
サキュバスA「…………」
勇者「さぁ……『キング』を取ってくれ」
90 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:44.29 ID:LNQCQUA8o
プレイヤーを模した黒のキングは、無防備のままでルークの射線に身を晒す。
自ら王を差し出した手のまま、対手に番を回して。
勇者は、真っ直ぐに盤を挟んだ相手を、見つめていた。
苦し紛れの笑みさえ浮かべていない。
ただ、自らの選んだ一手を、これ以上ないとばかりに見せつけるように。
嘘偽りのない、本心からの一手。
彼は―――たとえ駒だと分かっていても、「サキュバス」の駒を取られたくは、なかった。
取らせるわけには、いかなかった。
――――たとえゲームを一つ差し出す、愚かとすら呼べない手だとしても。
勇者「……俺が、お前達の……『淫魔』の王としてふさわしいかは分からない」
再び、彼が口を開く。
勇者「…………だけど、これだけは言えるんだ」
再び、力の宿った瞳がサキュバスAへと注がれる。
睨みつけ、威嚇するようでもなく、ただ注視したわけでもない。
その目には……確かな信念が、燃えていた。
勇者「俺は、『サキュバス』を、この国の『淫魔』達の平穏を……守りたい」
91 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:18.98 ID:LNQCQUA8o
そのまま、時が過ぎる。
サキュバスAもまた、彼を見つめ続けたままで。
盤上の生きた駒までも、動きを止めたように思える。
ひたすら静寂に包まれた空気のまま、遂に―――彼女が、その手を盤上へ伸べる。
サキュバスA「……見届けさせて、いただきました」
その手は、黒の王を捉えたルークではなく、自陣内の白の王へとかかる。
白の王は、盤外へとつまみ出され、虚空へ溶け消えた。
同時に白の駒は全て消滅し、盤上に残るのは、黒の、魔界の軍団のみ。
白の差し手は―――満ち足りた微笑を浮かべて、勝敗の決した盤上を見つめていた。
サキュバスA「……ふふ。私の『負け』ですわね」
言葉から、表情から、物腰から、一切の堅苦しさが消えていた。
ともすれば無礼とも称されるような、聞き慣れた口調が、勇者へ向けられる。
サキュバスA「……非礼をお許しください、陛下。……今ようやく、あなたを『陛下』と呼べるようになりましたわ」
勇者「ああ、その喋りの方が落ち着くよ」
サキュバスA「そうですか?」
勇者「……ただ、どうもこの決着は気に入らないな」
サキュバスA「こちらこそ。……それでは、楽しむためにもう一度、指しましょう」
勇者「もう一局、か?」
92 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:56.58 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「『淫魔界チェス』の、真価をお見せします。追加ルールで」
勇者「追加ルール?」
サキュバスA「といっても、指し方に変化がある訳ではありません。これは、是非陛下に見ていただきたくて」
勇者「……いいだろ、やろう」
サキュバスA「今度は、こちらが『黒』でよろしいでしょうか?」
勇者「うん」
サキュバスA「…では、参ります。……『黒』『淫魔の進撃』」
今度は、彼女が盤上に手をかざして宣誓する。
駒の色、そして―――追加のルールの名を。
勇者「……駒に変化は無さそうだな」
サキュバスA「ええ、その通りですわ。『駒』の外見に、変化はありません」
勇者「……じゃ、始めるぞ。先手は俺だ」
サキュバスA「はい、陛下」
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