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堕女神「私を、『淫魔』にしてください」

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Part4
77 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:37:15.84 ID:LNQCQUA8o
勇者「それはそうと、一つ訊きたいんだけど」
堕女神「何なりと」
勇者「……その、何だ。何か、困ってる事は?」
堕女神「……と申しますと」
勇者「…………少し、目が腫れているな」
堕女神「……?」ピクッ
勇者「……よく眠れなかったのか?」
堕女神「はい……お見苦しい所をお見せしました。昨夜は、遅くまで書庫で調べものを」
勇者「何を?」
堕女神「い、いえ……その……本当に、取るに足らない事なのです」
勇者「夜遅くまで調べていたのにか?」
堕女神「…………」
勇者「……すまない、問い詰めるつもりは無い。……夜は、ちゃんと眠ってくれ」
堕女神「……ご命令ですか?」
勇者「いや、『お願い』かな。……無理をしないでくれ」
堕女神「………はい、ありがとうございます」
勇者「頼む。……さて、ご馳走様。何かあったら、サロンにいると思うから」
堕女神「はい、畏まりました」

78 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:37:59.98 ID:LNQCQUA8o
城の一角に、特に採光用の窓が広く開けられた空間がある。
昼下がりに最も明るさを増すように作られた、簡単な応接の際にも用いられる「サロン」。
簡素な、それでいてしっかりとしたつくりのテーブルセットがいくつか並び、
壁面には、柔らかな色彩で描かれた絵画が隙間なく並んでいた。
息を呑むような風景画、草原を駆ける魔界の馬の群れを描いた躍動感ある絵。
ひとつひとつが、王の城に飾られるべき「名画」である。
サロンの中心、大きめのテーブルに、白黒の盤が据えられていた。
そこにあるべき「駒」は載らず、その盤を前にして―――淫魔の一人が、王を迎えるべく立っていた。
サキュバスA「お待ちしておりました」
勇者「ああ。……って、何だ、その大量の菓子は」
サキュバスA「頭を使うゲームですから、甘いものが必要かと。……お掛け下さい、お茶をお淹れします」
勇者「……それで……何をやるんだ?」
サキュバスA「見ての通り。人間界にも同じゲームがあるとか」
勇者「チェス、か?」
サキュバスA「そうです。……基本的には駒の動きも、ルールも同じです。……あなたは、『黒』を使っていただけますか?」

79 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:38:29.18 ID:LNQCQUA8o
勇者「……? ああ、いいが……駒はどうした?」
サキュバスA「すぐに、『出て』参りますよ。……先手は頂いてよろしいですか?」
勇者「うん」
サキュバスA「……それでは、盤に手をかざしてください。……そして、駒の『色』を唱えてください」
勇者「……? 良く解らないけど……」
サキュバスA「きっと驚くかと。……人間には」
勇者「………『黒』」
盤上に手をかざし、唱えた瞬間。
空気が揺れ、盤面の白のマスは輝き――黒のマスは、黒煙を立ち上らせた。
勇者はおもわず顔を背けてしまいそうになるが、目を離すまいとこらえた。
光と影の躍る盤面の向こうに、「彼女」の微笑を覗きながら。
二つの色が踊り、混沌の色を描いた後―――すぐに、彼は気付く。
何もなかったはずの盤面に、白の軍勢と黒の軍勢が。
――――『人間』と、『魔族』を精巧に模した駒が、睨み合っている事に。

80 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:39:06.56 ID:LNQCQUA8o
勇者「……どういう事だ?」
サキュバスA「見ての通りです。駒の構成も動きも、人間界の『チェス』と同じ。ただ、違うのは……」
勇者「…………『駒』の形状」
サキュバスA「ええ。それでも分かりやすいと思います」
彼女が、自軍の駒に目を落とす。
前列を構成するポーンは、馬鍬や鋤、鉈などを備えた、素朴な風貌の「村娘」だ。
垢抜けない継ぎ接ぎのボロをまとい、顔には雀斑までも浮かせてはいるが、どれも、それなりに麗しい少女の姿をしていた。
しかも――――ひとつひとつ、姿が違う。
後列両端のルークは、精悍な「女戦士」に見える。
不自然な程に露出した肌からは、しなやかに無駄なく鍛えられた筋肉が覗けた。
手に備えた剣や斧はポーンと違い、鋭く研がれている。
一つ内側のナイトは、隣の女戦士とは違い、輝く甲冑をまとった、凛とした「女騎士」。
肌の露出はなく、勇者から見て右のナイトは、金髪を肩まで垂らして、盾と剣を手にしている。
左側のナイトは黒髪を後ろでまとめ、長剣を鞘に納めたまま。
更に内側のビショップは、黒衣に身を包んだ「シスター」だ。
どちらも楚々とした幼い顔立ちで、穏やかに祈るような仕草をしていた。
キングの横に身を寄せていたのは、ティアラを戴きドレスをまとう、「女王」そのものだった。
腰まで伸びた金髪、碧に輝く澄んだ瞳、憂いを残した儚い、整った顔。
駒であるのに、見ているだけで惹かれるようだ。
そして――――その横には、凛々しい顔立ちの、青年にも見える王冠をかぶった駒。

81 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:40:04.34 ID:LNQCQUA8o
勇者「……それ、『キング』?」
サキュバスA「ええ。……見えませんか?」
勇者「…………どこがどう『キング』なのか」
サキュバスA「…巷では、『男装の麗人』とでも言うのでしょうか」
勇者「……なるほど? で、こっちのは」
続けて、勇者が自軍の、黒の駒に目をやる。
まず、ポーンは……飽きる程に見た「オーク」だ。
欠けた斧、錆びついた剣、木を削り出しただけの槍を手にした、醜い豚面の獣人。
勇者「なんで、ルークが『ローパー』なんだ?」
サキュバスA「形状が似ているでしょう、人間界のルークと」
勇者「まぁ、そうかな……?」
後列端のルークは、触手の魔物「ローパー」。
全てを切り裂き貫く、見た目に反して手強い魔物であることを、勇者は知っている。
その内側のナイトは、漆黒の鎧兜に身を包んだ、「暗黒の騎士」。
殺気を充満させ、仮にゲームのプレイヤーであっても不用意に手を伸ばせば、指を切り落とされそうにも感じる。
ビショップはフードを目深にかぶっているため、一体何なのか判別がつかない。
魔界に属するモノである事は確かだが―――ひたすら、不気味に見えた。
クイーンは、もはや見慣れた、蝙蝠の翼と青い肌を持つ「サキュバス」そのもの。
長い黒髪を持つ、魅惑的な肢体を持つ成熟した淫魔の姿。
そして、キングは――――プレイヤーと、勇者と同じ姿をしていた。


82 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:40:31.07 ID:LNQCQUA8o
勇者「……どうして――『俺』の姿なんだ」
サキュバスA「黒は、思い描く『王』の姿が反映されるのです。つまり、それが―――あなたの思い描くキングなのです」
勇者「…………」
サキュバスA「ここで、相違点を説明させていただきますが……よろしいですか?」
勇者「頼む」
サキュバスA「ルールは人間界のチェスと同じ。大きな違いは、『駒』はみな、生きているという事」
駒たちは皆、小刻みに忙しく動いていた。
白のナイトは武器に目を落とし、黒のポーンは前方に見える白のポーンに下卑た視線を送り、
黒のクイーンはくすくすと上品な仕草で笑い、白のクイーンは、ただ――凛として、背を伸ばして立っていた。
何よりも、駒たちはみな、白や黒の単色ではない。
肌には暖かな血色を感じるし、もはや駒というよりは、人間や魔物に「魔法」をかけて小さくしただけにしか見えぬほどだ。
勇者「……やりづらいな」
サキュバスA「そして、ここが最大の相違点ですが―――このチェスに、チェックメイトは存在しません」
勇者「何?」
サキュバスA「チェックメイトではなく、相手の『キング』を取る事でのみ勝ちになります」
勇者「ほう」
サキュバスA「ここまでで、何かご質問は?」

83 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:41:26.77 ID:LNQCQUA8o
勇者「……駒を動かす時は、手で?」
サキュバスA「それもよろしいですが、念じるだけで動きますよ。……それでは、先手ですので、手本を」
言って、彼女が指先で右端のポーンを指さし――次いで、二マス先にその指を向ける。
すると、村娘を模したポーンが自ら歩き、指定されたマスへと歩いて行った。
――――前方に見える魔の軍勢に怯え、足を震わせながら。
勇者「ふむ、なるほど。……だが、何だか……気の毒だな」
サキュバスA「大丈夫、単なる駒です。この弱々しいポーンでもそちらのナイトやルークを取れますので、ご安心を」
勇者「……そう言われると少し楽になる。……ともかく、触れなくても動かせるのか」
言って、勇者もまた、ポーンを一つ選び、一マス前進させる。
豚面の獣人がドスドスと足を踏み慣らし、きっちりと意図した場所へと進んだ。
サキュバスA「ゲームについて、もうひとつだけよろしいですか」
勇者「ん?」
サキュバスA「チェックメイトはございませんが、『投了』はございます」
勇者「『降伏』と『王の死』のどちらかでしか勝負はつかないという事か」
サキュバスA「はい、その通り。……そして、事実上の『チェックメイト』をかけられたら、投了はできませんよ」
勇者「いいだろ、望む所だ。……手加減するなよ?」
サキュバスA「勿論です」

84 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:03.39 ID:LNQCQUA8o
戦況は、一進一退。
交互に駒を動かすたびに当初整っていた戦列が乱れ、よく見られる「チェス」の風景と化していた。
未だ互いに駒を失う事無く、相手の手筋を見極めんと、牽制を重ねる。
勇者「……なるほど、本当に、普通のチェスと同じだな」
サキュバスA「……そう、思われますか?」
勇者「…………え?」
サキュバスA「すぐに分かります」
勇者「……ところで、何故だ?」
サキュバスA「何でしょうか」
勇者「……何故、俺にゲームを持ちかけた?」
サキュバスA「ご説明した通り。この国の文化を知っていただくためです」
勇者「…………それだけか?」
サキュバスA「……ならば―――この手をもって、答えといたしましょう」
触れることなく駒を扱っていた彼女が、指先を伸ばし……ビショップを掴み取る。
白のビショップはその身を硬直させ、宙吊りにされながら、盤上を彷徨う。
そして、降り立つ。
――――敵陣の直前へ、ポーンを取りながら切り込んで。

85 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:42:46.64 ID:LNQCQUA8o
勇者は、駒を下ろされると同時に「それ」を感じた。
純然たる殺気でもなく、棘をまとった敵意でもない。
蛇に、体の半ばまで咥え込まれるような―――息苦しさ。
勇者「…………」
サキュバスA「…どうでしょうか?」
勇者「……ああ、分かったよ」
黒のナイトが、そのビショップを討つ。
眼前の差し手を倣って、勇者自らの手で動かされた、暗黒の騎士が。
勇者「……『俺』を見たいんだな」
問いかけに、彼女は答えない。
真顔で、彼の顔を見据えながら……口端だけを、かすかに綻ばせた。
無言で、彼女は再び手を進める。
素直に進めていた序盤から一気に手を返し、容赦のなく、それでいて、蛇が締め付けるような精妙な差し回しを続ける。
勇者は、それを全て凌ぎ続ける。
守勢に回り、白の駒による攻めを受けつつ、それでいて勝負は捨てず、攻め手を組み立てて。
当初は彼女が優勢にも思われていたが、攻めは段々と受け止められ、焦りまでも見えてきた。
涼しげな表情の曇る回数が多くなり、忌々しげに口を歪める事まである。
何よりも決定的だったのは、妙手の攻めに回した白の「クイーン」が、完全に殺されてしまった事。

86 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:22.52 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……成程。さすがは……一筋縄では行きませんね」
勇者「自分でも驚いてるよ」
これまで一手に三秒ほどで指し続けてきた彼女が、ついに長考に入る。
盤面を見回しながら、ほころびを見つけださんとばかりに、その紫の瞳が輝きを増して。
囲まれ、駒の効きでもはや動く事さえかなわないクイーン。
そこに、再び命を吹き込むための一手を探そうとして。
十秒。二十秒。
未だに、その指先は動かない。
勇者「……焦るなよ?」
サキュバスA「…………それでは、これにて」
勇者「……っ」
打たれたのは、攻めの一手。
白の騎士が、「女王」を救うべく突貫してきたのだ。
その身を省みず、魔軍の群れ成す戦列へと。
心なしか―――いや、気のせいではない。
金髪の女騎士を模した駒は、死を覚悟した裂帛の気に満ちた面持ちで、ただ前を見据えていた。
盾を前面に構えて剣を引き、黒のナイトを、ビショップを、ポーンを睨みつけていた。
勇者「魅せるじゃないか」
サキュバスA「……『騎士』には務めがあるものでしょう」
不敵に笑って見せる彼女は、どこか、誇らしげで―――初めて素直な表情を見せたように、彼には思えた。

87 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:43:56.16 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……あの時」
勇者「ん?」
サキュバスA「あの壇上で。玉座の前で。何故私を直視したのですか?」
勇者「………ああ」
サキュバスA「いえ、私だけではありません。……堕女神様にも。Bにも。否、あの場に居た全員を」
勇者「…………さぁ。何故かな」
サキュバスA「あなたは人間で―――私たちは、魔の住人。あんなに愛しげな目を、何故できたのですか」
勇者「……そういえば、そうだったかな」
サキュバスA「真面目な話です」
勇者「……何、言っても、きっと……信じないさ」
サキュバスA「万年を生き、人界へ『色街へ出かける』ように行き来する我々にさえ、信じられない事だと?」
勇者「……まぁ、追々な。手が止まっているぞ」
サキュバスA「…………」
勇者「長考なら、長考と言ってくれ」

88 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:44:48.74 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……それでは、これはいかがです」
注意され、手を進める。
その手は―――キングを護るクイーンを討ち取る、一手。
キングを後ろに隠した黒のクイーンの前方にルークが打たれ、更にビショップとポーンが侍る。
クイーンを進めてルークを取れば次の手で取られ、クイーンの盾に成りえる駒は、近くにはない。
勇者「…………しくじったなぁ」
サキュバスA「…さぁ、どうしますか?」
勇者「……」
クイーンを逃せば、キングが討ち取られる。
クイーンで先手を打てば、ルークと交換の形で討ち取られる。
キングを逃せば―――やはり、クイーンが討ち取られる。
サキュバスA「……迂闊ですわね」
挑発するような言葉を発した直後、彼女がゆっくりと口を押さえる。
まるで、見せてはいけない面を見せてしまったかのように、視線を彷徨わせて。
勇者「……こうなったとしたら」
サキュバスA「…………?」
勇者「もしも、こうなったとしたら。……俺は既に、どうするかを決めていたんだ」
言って、その手はクイーンへ、「サキュバス」を模した駒へ延ばされて―――
勇者「………こうする、んだ」
クイーンは――――キングを置いて、数マスほど、横へと逃げた。

89 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:16.41 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「……何のおつもりですか!!」
キングを差し出す行為に、彼女は、初めて怒りを露わにする。
あの余裕ある振る舞いをする彼女の初めて聞く「怒声」に、勇者は、苦笑しながら答える。
勇者「見ての通りだ」
サキュバスA「私に……勝ちを譲ると?」
勇者「いや、違う」
サキュバスA「…でしたら」
勇者「…………取られたくないんだ」
サキュバスA「え……?」
意外にも、そして単純すぎる答えに、垣間見せた怒りが逸らされる。
続ける言葉を見つけようとする彼女に向け、更に、答えが続いた。
勇者「……取られたく、なかったんだよ。……『サキュバス』は、取られたくない」
サキュバスA「……あなたは。何故、そこまで……?」
勇者「…これだけは、取らせる訳にはいかない」
サキュバスA「…………」
勇者「さぁ……『キング』を取ってくれ」

90 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:45:44.29 ID:LNQCQUA8o
プレイヤーを模した黒のキングは、無防備のままでルークの射線に身を晒す。
自ら王を差し出した手のまま、対手に番を回して。
勇者は、真っ直ぐに盤を挟んだ相手を、見つめていた。
苦し紛れの笑みさえ浮かべていない。
ただ、自らの選んだ一手を、これ以上ないとばかりに見せつけるように。
嘘偽りのない、本心からの一手。
彼は―――たとえ駒だと分かっていても、「サキュバス」の駒を取られたくは、なかった。
取らせるわけには、いかなかった。
――――たとえゲームを一つ差し出す、愚かとすら呼べない手だとしても。
勇者「……俺が、お前達の……『淫魔』の王としてふさわしいかは分からない」
再び、彼が口を開く。
勇者「…………だけど、これだけは言えるんだ」
再び、力の宿った瞳がサキュバスAへと注がれる。
睨みつけ、威嚇するようでもなく、ただ注視したわけでもない。
その目には……確かな信念が、燃えていた。
勇者「俺は、『サキュバス』を、この国の『淫魔』達の平穏を……守りたい」

91 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:18.98 ID:LNQCQUA8o
そのまま、時が過ぎる。
サキュバスAもまた、彼を見つめ続けたままで。
盤上の生きた駒までも、動きを止めたように思える。
ひたすら静寂に包まれた空気のまま、遂に―――彼女が、その手を盤上へ伸べる。
サキュバスA「……見届けさせて、いただきました」
その手は、黒の王を捉えたルークではなく、自陣内の白の王へとかかる。
白の王は、盤外へとつまみ出され、虚空へ溶け消えた。
同時に白の駒は全て消滅し、盤上に残るのは、黒の、魔界の軍団のみ。
白の差し手は―――満ち足りた微笑を浮かべて、勝敗の決した盤上を見つめていた。
サキュバスA「……ふふ。私の『負け』ですわね」
言葉から、表情から、物腰から、一切の堅苦しさが消えていた。
ともすれば無礼とも称されるような、聞き慣れた口調が、勇者へ向けられる。
サキュバスA「……非礼をお許しください、陛下。……今ようやく、あなたを『陛下』と呼べるようになりましたわ」
勇者「ああ、その喋りの方が落ち着くよ」
サキュバスA「そうですか?」
勇者「……ただ、どうもこの決着は気に入らないな」
サキュバスA「こちらこそ。……それでは、楽しむためにもう一度、指しましょう」
勇者「もう一局、か?」

92 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:46:56.58 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「『淫魔界チェス』の、真価をお見せします。追加ルールで」
勇者「追加ルール?」
サキュバスA「といっても、指し方に変化がある訳ではありません。これは、是非陛下に見ていただきたくて」
勇者「……いいだろ、やろう」
サキュバスA「今度は、こちらが『黒』でよろしいでしょうか?」
勇者「うん」
サキュバスA「…では、参ります。……『黒』『淫魔の進撃』」
今度は、彼女が盤上に手をかざして宣誓する。
駒の色、そして―――追加のルールの名を。
勇者「……駒に変化は無さそうだな」
サキュバスA「ええ、その通りですわ。『駒』の外見に、変化はありません」
勇者「……じゃ、始めるぞ。先手は俺だ」
サキュバスA「はい、陛下」

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