堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
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246 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:30:08.97 ID:5XcExnPco
勇者「…ところで、その寝巻は?」
隣女王「サキュバスB……さんが、貸してくれました」
勇者「…あいつ、寝巻なんか持ってたのか。俺には見せてくれなかったのに」
隣女王「え?」
勇者「いや……。似合ってる。可愛いよ」
隣女王「…や、やめてくださいまし!」
勇者もベッドに上がり、隣女王の右手側に位置し、ヘッドボードに寄り掛かる。
その後は、他愛無い話を続ける。
サキュバスBの話をしていると、彼女はどこか、子供らしい笑顔を見せた。
勇者は、その笑顔に見覚えがある。
かつて人間の世界の小さな村に住まい、「勇者」になる前の事。
幾つか下の妹が、新しい友達をつくると、そんな風な笑顔で帰ってきた。
貧しくも幸せな食卓で新しい友達の話をするとき、その顔は、咲き誇る大輪のように輝いていた。
新しい「友達」の話をする、小さな女王は。
その瞬間だけは―――「少女」の顔を見せてくれていた。
247 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:30:39.85 ID:5XcExnPco
気付けば、彼女は眠ってしまっていた。
つられて横になっていた勇者のガウンの裾を優しく握り、その寝姿は、まがりなりにも「淫魔」と思えぬほどに、儚く触れがたいものがある。
すぅすぅと寝息を立てる小さな女王は、安心しきった寝顔を浮かべていた。
見れば見る程に、彼女は、危うげなほどに美しい。
鼻筋はすっと通り、桃色の唇にはつやがあり、銀の睫毛は長く、くるりと巻いている。
指は小枝のように細く、血色の良い小さな爪は、さながら花びらのようだ。
白銀の毛髪に埋もれた短い角は、魔族というよりも――――寝巻の色とも相まって、ふわふわの「羊」を思い起こさせる。
勇者「………『淫魔』だっていうのが、ウソみたいだ」
その手で彼女の頭を撫で、さらりと指の間を通り抜ける感触を楽しんでいるうちに、眠気がやってくる。
もしかすると、無意識のうちに彼女の寝息に調子を合わせていた為かもしれない。
勇者「……あ、……トイレ、行きたい……ような気がする」
それでも、離れない。
離してはくれなかったから。
勇者「…………久々に、疲れたな……今日……」
瞼の裏の追憶の中で、「彼女」と伴に城下へ踏み出したと同時に……眠りへと、落ちる。
248 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:06.88 ID:5XcExnPco
時は遡り、夕刻前、城下町にて
―――――城門前広場に集まった淫魔達が、一斉にざわめく。
―――――開きかけた城門を前に、騎乗した「王」を引き留める者がいた。
堕女神「陛下っ! どうかお下りください! 捜索隊を編成いたします!」
馬を引かせて、一人で隣国の一行を探しに向かおうとする勇者を、堕女神は必死に制する。
淫魔達は、それを遠巻きに眺めるのみ。
止めようとする意思、以前に―――その行動が、果たして本気なのかさえ疑っている。
隣国の使節が消息を絶ったのは、確かに非常の事態だ。
だが、それでも―――「王」が自ら探しに行く、などとは莫迦げていた。
心配するしないの問題ではなく、本気に思えないのだ。
堕女神「今すぐ向かわせますから、どうか……馬を下りてください!」
勇者「………約束したんだ。必ず助けるって」
堕女神「…ですから、何も自ら……!」
勇者「…そうだな、確かにそうだ」
堕女神「……お分かりいただけたのなら、下馬を」
制止が聞き入れられたと思ったのも束の間。
勇者は手綱を操り、馬首を、城門の外へと向けた。
249 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:42.39 ID:5XcExnPco
堕女神「陛下っ!!」
勇者「……これが、俺の就任演説だ」
堕女神「え?」
彼は、背中越しに淫魔の国の民達と、自らの侍従に語り続ける。
その決意は金剛石の如くに固く、今眼前にある聳える城壁の如く、揺らぎは無い。
――――「女王」を、助けに行く。
――――その一点に。
勇者「皆。……『俺』を、見ていてくれ。必ず、帰ってくる。……その時は、俺を―――もう一度だけ、『歓迎』してほしい」
西の空に沈む夕日が、振り返った勇者の顔を照らした。
彼は、柔らかな微笑みを浮かべ、それでいながら、緩みのない……かつての称号を偲ぶような顔を、淫魔達に向ける。
凛と立つその姿を以て、
幾万の魔獣の群れにも斬り込むその強さを以て、
世界の終りが目前にあろうと絶やさないその笑顔を以て、人々に、己が生を戦う「勇気」を分け与える者の。
――――『勇者』の称号を持つ者の、微笑を。
250 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:32:51.72 ID:5XcExnPco
投下終了です
おやすみなさいー
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 02:33:12.82 ID:BzwwVOpwo
おつかれ
続きが気になる
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 02:58:52.86 ID:q6Nr4euDO
乙~
そういやポチは?
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:02:14.55 ID:BzwwVOpwo
流れ的に淫具店のアレがポチじゃね
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:13:22.10 ID:zABHCnbmo
ポチすげぇ
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:24:45.25 ID:R6zrBxDLo
乙
確認だけど>>239の
人間「……色気の無い話」
って勇者でいいんだよね?
256 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 03:33:01.10 ID:5XcExnPco
>>255
なんか変な誤字があった……
すみません、それでOKです
なんでこんな誤字したんだろ?
それと、もしかすると明日の夜は投下できないかもです
まだ確実じゃないですけど
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 05:17:55.87 ID:hNyv/bWuo
乙、えぇ?明日は無いの?。・゜・(ノД`)・゜・。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 07:45:04.97 ID:PH9MPb/2o
乙、おもしろいよ。無理しない程度に頑張って
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 08:06:52.90 ID:V/B8VE7vo
乙!気長に待ってる
274 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:33.16 ID:DU8XxeDfo
六日目
小鳥の囀りの中で目を開くと、まず、無垢な少女の寝顔が目に入った。
寝息を立てるごとに身体が揺れ、微かに開いた唇からは、かわいらしい前歯が覗けた。
彼女を朝の明かりの中で見ると、昨夜燭光の中での印象とは、また違ったものがある。
気付けば、右腕の上に、彼女の頭が載っていた。
そのまま抱き締め、寝息が当たり、くすぐったささえ感じる距離で眠っていたようだ。
勇者「………起きるんだ」
隣女王「……ン…」
勇者「朝。……いい加減、俺も用足しに行きたいんだけど」
隣女王「ん……あ、え……?」
ようやく薄目を開けるが、意識はまだ伴っていない。
勇者「…起こしに来るよ?」
隣女王「陛…下……? え……?」
昨夜から続く状況をようやく認識し、明確な言葉が紡がれた。
そして今、頭を預けているものが―――何なのかを、悟った。
勇者「そうだよ、一緒に寝たんだよ。……起きないか、ほら」
隣女王「……すみません……もう少し、だけ」
隣女王「……もう少し……だけ……このままに、させてくださいまし……」
275 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:59.71 ID:DU8XxeDfo
堕女神は、起こしに来なかった。
代わりにメイドが三人、うち一人は、女王の為の着替えを手にしていた。
勇者が先にメイドの一人に手伝わせて着替えを終え、寝室を出て、そのまま、小用を足しに足を伸ばした。
寝室前に戻り、十数分経つと着替えを終えた隣女王が出てくる。
寝乱れた髪は丁寧に梳かれ、朝の光を浴びて、艶めいた輝きを見せる。
細い肩が露わとなる白のドレスもまた良く似合っており、袖口のレースの装飾は、たおやかな手指を引き立てていた。
隣女王「お、お待たせいたしました。……その……似合い、ますか?」
勇者「……女王様、というより『お姫様』」
丈の長いスカートに慣れないのか、足取りは覚束ない。
一歩ずつ探るように歩く、その危なげな所作は見ていて肝を冷やしそうになる。
不慣れな様子を見られ、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、ゆっくりと、勇者の許へと歩いてきた。
勇者「似合うけど……その服、どこから?」
隣女王「お城の使用人の方が、仕立ててくれたとの事です」
勇者「そっか、仕立て……って、一晩で!?」
隣女王「えっ」
276 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:10:47.30 ID:DU8XxeDfo
勇者「…いや。とにかく、朝食にしよう」
勇者が彼女へ手を差し伸べると、いささか戸惑うような態度が見られた。
恥じらうような仕草とは裏腹に、その表情はほころび、口端が僅かに上がる。
小さく震える手をおずおずと伸ばし、彼女は勇者の手を取る。
そのまま引き寄せ、手を繋ぎ直し、隣へ寄り添い―――
彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩を進めた。
ほんの一歩を進めるだけにも三秒ほどかけ、窓から差し込む朝日と風の音、小鳥の歌を楽しみながら。
広い廊下に絨毯を踏みしめる音が歯切れよく響き渡る。
メイド達の姿は無く、まるで、城内に二人きりとなってしまったような錯覚まで覚えるほど。
隣女王「陛下」
きゅっ、と握り手に力を込めながら、隣を行く男に語りかける。
隣女王「………助けていただき、ありがとうございました」
勇者「言っただろう。助けたのは、俺じゃなく―――」
隣女王「それでも、助けに来てくれたのは陛下です」
勇者「忘れていいよ。そもそも、我が国の領内で危ない目に遭わせた事自体が恥なんだ」
隣女王「……陛下のせいでは、ありませんよ」
277 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:15.67 ID:DU8XxeDfo
勇者「そう言ってくれると嬉しいけれど……」
隣女王「それより、何故…陛下はあんなに、お強いのですか?」
勇者「……淫魔達より、堕女神よりは弱いさ」
隣女王「…雷を操る事ができる人間など、聞いた事が……」
勇者「…………なんで、まだ使えたんだろう」
――――零して、彼女の手を握る利き手とは反対側の掌をじっと見つめた。
勇者「……どうして、俺は……『雷撃』を使えるんだ」
あの日、”魔王”とともに”勇者”もいなくなった。
それなのに……”勇者”だけが扱える、雷撃の力は失われていない。
いや、それに留まらず、更に精細に放つことができていたように、勇者は感じた。
隣女王「―――陛下?」
彼方へと思索の糸が伸びかけた頃に、怪訝な声で引き戻される。
勇者「……ん、いや……何でもない」
278 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:43.17 ID:DU8XxeDfo
眼前に大食堂の扉が見えた頃に、ふと、隣女王が歩みを止め、俯く。
付き合って勇者も足を止めて、隣を行く少女の顔を、じっと見下ろした。
何かを言おうとしているのか、開きかけた唇が震え、消え入りそうな声が、吐息と混じって呟かれる。
慎重に言葉を選んでいる様子が見て取れた。
隣女王「……陛……下。その……ひとつ、だけ……」
足を止めた事で引っ込みが付かないと思ったか、ようやく、言葉が続いた。
勇者は、彼女の顔を見ながら、決して急き立てるような仕草はせず、声も発しない。
ただ―――彼女の言葉を、最後まで聴こうとしていた。
隣女王「…わ、我が儘……ばかり……申して、しまいますが……その……」
太ももをもじもじと擦り合わせながら、林檎のように顔から首筋までを紅に染め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
緊張のあまりか若干舌足らずな発音が混じり、幼さが覗かせた。
隣女王「私……に……」
隣女王「私に、口付けを……し、て……いただけ、ません……か……」
279 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:12:10.55 ID:DU8XxeDfo
言い切ったと同時に、彼女は顔を上げる。
本当ならば俯いて塞いでしまいそうなほどに、気恥ずかしく感じていた。
しかし、彼女は、顔を背けられなかった。
目を潤ませながら、ほんのり上気させながら、唇を震わせ、心臓を早鐘が如く脈打たせ。
彼女は答えを、永遠を待つが如くに待ち続けた。
答えの、言葉を。
あるいは―――「行い」を。
勇者「………口付け」
勇者が鸚鵡返しに口にすると、彼女の身体がびくりと震えた。
自らの発した言葉、その意味を改めて認識させられて。
隣女王「…………」
勇者「……隣女王」
優しげな言葉とともに、繋いでいた手を放し、互いの体温で温まった右手を、彼女の頬に添える。
彼は、彼女の頬の熱に。
彼女は、彼の手の暖かさに。
少しびっくりしながら、しばしの沈黙を守る。
勇者「……ごめん。………俺には、できない」
280 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:13:20.01 ID:DU8XxeDfo
隣女王「…………」
頬に添えられたままの右手を、彼女は、両手で取り、首元で、握り締める。
期待とともに見上げていた顔を、ゆっくりと俯かせて。
勇者は、彼女を抱き締めるでもなく―――同じく俯き、眼下に肩を小刻みに震わす、小さな少女の姿を見た。
隣女王「ごめん、なさい……」
彼女の震えた喉が、何にともなく謝る言葉を告げた。
勇者「俺には、この世界で……やらなきゃいけない事があるんだ」
隣女王「………っ」
彼女の肩の震えが大きくなり、しゃくり上げるような、怯えるような声が聞こえた。
勇者「………だから、君に……今、口付けする事はできない」
その言葉に、彼女の嗚咽は少し治まった。
思いが、全く自らに向いていない訳では無い。
勇者の言葉に少しの慰めを見出し、崩れ落ちそうだった膝に、再び力が入った。
勇者「信じてほしい事がある」
俯いていた顔を上げ、勇者を見上げる。
目から幾筋かの涙が零れ落ち、顎先に雫をつくっていた。
勇者「………俺は、間違いなく……君に逢う為にも、この世界に来たよ」
281 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:13:47.23 ID:DU8XxeDfo
そして、隣女王の涙を拭い、落ち着くまで待ち、大食堂への扉を開けた。
隣国の淫魔達は既に席に着き、二人の「王」を待っていた。
詫びの言葉を告げて着席すると、すぐに朝食が運ばれた。
パンを数種類の野菜とともに煮込んだ、優しい味わいの、粥にも似た料理をメインに、いくつかの副菜とスープ。
特にメインのそれを、小さな淫魔達は何皿か「おかわり」を頼んだ。
体に優しく沁み込むような、とろとろとした食感の中に野菜の風味と滋養が溶け込んだ、
勇者にとっても、初めて食べる美味さを持つ料理だった。
暖かみに溢れ、まるで、母の手になる料理を食するような思いがした。
隣女王でさえも、その皿の虜になっている。
スプーンで一口、また一口と進める内に、すっかりと空になってしまう。
メイドに半皿の追加を申し出たほどだ。
食事を終えると、少しの休息を挟み、日が高い内にと、隣国の淫魔達を送る馬車が準備された。
同時に城前には道中の護衛を務める淫魔達が揃い、張り詰めた空気を漂わせる。
彼女らは正真正銘の精鋭であり、人間界であれば、小国の軍隊に匹敵するほどの力を持つ。
発つ間際、隣女王は微笑みを取り戻し、勇者、そして遅れて現れた堕女神に深く一礼を送り。
そのまま振り返る事無く、窓から覗く事もなく馬車へと乗り込み、帰途に就いた。
――――こうして、隣国からの客人達は、今度こそ、無事に国へと帰り着いた。
282 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:30.59 ID:DU8XxeDfo
隣国の淫魔達が帰った頃、賑わいの消えた城内、その厨房を堕女神が片付けていた。
すでに八割方の食器類は洗われ、作業台の上に水分も拭き取られ、あとはしまうだけの状態で積まれていた。
厨房には、誰もいない。
かちゃ、かちゃと音を立てる食器の泡を水で落とし、傍らに積み上げる。
ひたすら、手元だけを見て彼女はそうしていた。
心のざわめきは、今も尚落ち着いていない。
落ち着かないままだから、今朝は、王の顔を見に行けなかった。
その顔を、見る事ができる自信が無かった。
彼女は、「淫魔」ではない。
自分の事を、神位を失い、淫魔の国へと落ち延びた―――「よそ者」に過ぎないと、思っていた。
それ故に淫魔達とは最低限にしか触れ合わず、ひたすら、この国の女王へと尽くす事で心を保っていた。
女王が崩御し、百年。
新たな王が現れ、この国を統治する。
役割は――――変わらない。
283 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:56.51 ID:DU8XxeDfo
鋭い音が彼女の鼓膜へ切りつけるように、意識を引き戻させる。
流し台には、大皿の破片が散らばっていた。
堕女神「あっ……」
漏れ出た声は、彼女の声とは思えない程に弱々しい。
ただ考え事をしてうっかり皿を割ってしまっただけの事が無性に、哀しく感じた。
手を伸ばして破片を拾おうとするも、その行動にも、注意が伴わなかった。
その断面が鋭利である事をも、迷った心が忘れさせてしまった。
危うげな手つきのまま、指先が破片に触れる間際。
下を向いた視界に、別の……優しくしなやかでありながら、精悍な右手が映り込んだ。
堕女神「え……?」
驚いて手を引っ込めると、いくつもの傷痕を残したその手は、流し台に散らばる破片を取り除いていった。
彼女の手を仕草で引っ込めさせ、断面に触れないように注意深く拾い集め、
既に彼女が洗い終えた皿に混じらぬように、流し台の縁に置いた。
一連の動作が済んで初めて、「手」の持ち主の声が聞こえた。
勇者「…怪我してないか? 大丈夫?」
284 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:15:25.12 ID:DU8XxeDfo
堕女神「陛下…!?」
勇者「……ん、大丈夫みたいだな、よかった」
彼の視線が堕女神の二つの手を往復し、怪我の無い事を見て取ると、ようやく安堵の吐息を漏らす。
その間にも彼は水洗いを終えた食器の水分を拭い、作業台の上に移す事を続けていた。
堕女神「い、いけません……陛下! 私が片付けますので……!」
勇者「別にいいだろ。これぐらい」
堕女神「しかし……!」
勇者「……手伝いたいんだ」
そうとまで言われると、彼女に拒む術は無い。
ついに覗きこんでしまったその目は、どこまでも優しげな本心を物語っていたから。
それ以上何も告げずに、彼女は皿洗いの作業へと戻る。
一枚、また一枚。
洗い終えた皿を勇者が拭き上げ、作業台へ重ねる。
堕女神「……申し訳ありません」
勇者「ん?」
堕女神「………手が滑ってしまいました」
勇者「……皿ぐらい割るだろ。それより、怪我しなくてよかったよ」
勇者「…ところで、その寝巻は?」
隣女王「サキュバスB……さんが、貸してくれました」
勇者「…あいつ、寝巻なんか持ってたのか。俺には見せてくれなかったのに」
隣女王「え?」
勇者「いや……。似合ってる。可愛いよ」
隣女王「…や、やめてくださいまし!」
勇者もベッドに上がり、隣女王の右手側に位置し、ヘッドボードに寄り掛かる。
その後は、他愛無い話を続ける。
サキュバスBの話をしていると、彼女はどこか、子供らしい笑顔を見せた。
勇者は、その笑顔に見覚えがある。
かつて人間の世界の小さな村に住まい、「勇者」になる前の事。
幾つか下の妹が、新しい友達をつくると、そんな風な笑顔で帰ってきた。
貧しくも幸せな食卓で新しい友達の話をするとき、その顔は、咲き誇る大輪のように輝いていた。
新しい「友達」の話をする、小さな女王は。
その瞬間だけは―――「少女」の顔を見せてくれていた。
247 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:30:39.85 ID:5XcExnPco
気付けば、彼女は眠ってしまっていた。
つられて横になっていた勇者のガウンの裾を優しく握り、その寝姿は、まがりなりにも「淫魔」と思えぬほどに、儚く触れがたいものがある。
すぅすぅと寝息を立てる小さな女王は、安心しきった寝顔を浮かべていた。
見れば見る程に、彼女は、危うげなほどに美しい。
鼻筋はすっと通り、桃色の唇にはつやがあり、銀の睫毛は長く、くるりと巻いている。
指は小枝のように細く、血色の良い小さな爪は、さながら花びらのようだ。
白銀の毛髪に埋もれた短い角は、魔族というよりも――――寝巻の色とも相まって、ふわふわの「羊」を思い起こさせる。
勇者「………『淫魔』だっていうのが、ウソみたいだ」
その手で彼女の頭を撫で、さらりと指の間を通り抜ける感触を楽しんでいるうちに、眠気がやってくる。
もしかすると、無意識のうちに彼女の寝息に調子を合わせていた為かもしれない。
勇者「……あ、……トイレ、行きたい……ような気がする」
それでも、離れない。
離してはくれなかったから。
勇者「…………久々に、疲れたな……今日……」
瞼の裏の追憶の中で、「彼女」と伴に城下へ踏み出したと同時に……眠りへと、落ちる。
248 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:06.88 ID:5XcExnPco
時は遡り、夕刻前、城下町にて
―――――城門前広場に集まった淫魔達が、一斉にざわめく。
―――――開きかけた城門を前に、騎乗した「王」を引き留める者がいた。
堕女神「陛下っ! どうかお下りください! 捜索隊を編成いたします!」
馬を引かせて、一人で隣国の一行を探しに向かおうとする勇者を、堕女神は必死に制する。
淫魔達は、それを遠巻きに眺めるのみ。
止めようとする意思、以前に―――その行動が、果たして本気なのかさえ疑っている。
隣国の使節が消息を絶ったのは、確かに非常の事態だ。
だが、それでも―――「王」が自ら探しに行く、などとは莫迦げていた。
心配するしないの問題ではなく、本気に思えないのだ。
堕女神「今すぐ向かわせますから、どうか……馬を下りてください!」
勇者「………約束したんだ。必ず助けるって」
堕女神「…ですから、何も自ら……!」
勇者「…そうだな、確かにそうだ」
堕女神「……お分かりいただけたのなら、下馬を」
制止が聞き入れられたと思ったのも束の間。
勇者は手綱を操り、馬首を、城門の外へと向けた。
249 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:42.39 ID:5XcExnPco
堕女神「陛下っ!!」
勇者「……これが、俺の就任演説だ」
堕女神「え?」
彼は、背中越しに淫魔の国の民達と、自らの侍従に語り続ける。
その決意は金剛石の如くに固く、今眼前にある聳える城壁の如く、揺らぎは無い。
――――「女王」を、助けに行く。
――――その一点に。
勇者「皆。……『俺』を、見ていてくれ。必ず、帰ってくる。……その時は、俺を―――もう一度だけ、『歓迎』してほしい」
西の空に沈む夕日が、振り返った勇者の顔を照らした。
彼は、柔らかな微笑みを浮かべ、それでいながら、緩みのない……かつての称号を偲ぶような顔を、淫魔達に向ける。
凛と立つその姿を以て、
幾万の魔獣の群れにも斬り込むその強さを以て、
世界の終りが目前にあろうと絶やさないその笑顔を以て、人々に、己が生を戦う「勇気」を分け与える者の。
――――『勇者』の称号を持つ者の、微笑を。
250 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:32:51.72 ID:5XcExnPco
投下終了です
おやすみなさいー
おつかれ
続きが気になる
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 02:58:52.86 ID:q6Nr4euDO
乙~
そういやポチは?
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:02:14.55 ID:BzwwVOpwo
流れ的に淫具店のアレがポチじゃね
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:13:22.10 ID:zABHCnbmo
ポチすげぇ
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:24:45.25 ID:R6zrBxDLo
乙
確認だけど>>239の
人間「……色気の無い話」
って勇者でいいんだよね?
256 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 03:33:01.10 ID:5XcExnPco
>>255
なんか変な誤字があった……
すみません、それでOKです
なんでこんな誤字したんだろ?
それと、もしかすると明日の夜は投下できないかもです
まだ確実じゃないですけど
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 05:17:55.87 ID:hNyv/bWuo
乙、えぇ?明日は無いの?。・゜・(ノД`)・゜・。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 07:45:04.97 ID:PH9MPb/2o
乙、おもしろいよ。無理しない程度に頑張って
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 08:06:52.90 ID:V/B8VE7vo
乙!気長に待ってる
274 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:33.16 ID:DU8XxeDfo
六日目
小鳥の囀りの中で目を開くと、まず、無垢な少女の寝顔が目に入った。
寝息を立てるごとに身体が揺れ、微かに開いた唇からは、かわいらしい前歯が覗けた。
彼女を朝の明かりの中で見ると、昨夜燭光の中での印象とは、また違ったものがある。
気付けば、右腕の上に、彼女の頭が載っていた。
そのまま抱き締め、寝息が当たり、くすぐったささえ感じる距離で眠っていたようだ。
勇者「………起きるんだ」
隣女王「……ン…」
勇者「朝。……いい加減、俺も用足しに行きたいんだけど」
隣女王「ん……あ、え……?」
ようやく薄目を開けるが、意識はまだ伴っていない。
勇者「…起こしに来るよ?」
隣女王「陛…下……? え……?」
昨夜から続く状況をようやく認識し、明確な言葉が紡がれた。
そして今、頭を預けているものが―――何なのかを、悟った。
勇者「そうだよ、一緒に寝たんだよ。……起きないか、ほら」
隣女王「……すみません……もう少し、だけ」
隣女王「……もう少し……だけ……このままに、させてくださいまし……」
275 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:59.71 ID:DU8XxeDfo
堕女神は、起こしに来なかった。
代わりにメイドが三人、うち一人は、女王の為の着替えを手にしていた。
勇者が先にメイドの一人に手伝わせて着替えを終え、寝室を出て、そのまま、小用を足しに足を伸ばした。
寝室前に戻り、十数分経つと着替えを終えた隣女王が出てくる。
寝乱れた髪は丁寧に梳かれ、朝の光を浴びて、艶めいた輝きを見せる。
細い肩が露わとなる白のドレスもまた良く似合っており、袖口のレースの装飾は、たおやかな手指を引き立てていた。
隣女王「お、お待たせいたしました。……その……似合い、ますか?」
勇者「……女王様、というより『お姫様』」
丈の長いスカートに慣れないのか、足取りは覚束ない。
一歩ずつ探るように歩く、その危なげな所作は見ていて肝を冷やしそうになる。
不慣れな様子を見られ、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、ゆっくりと、勇者の許へと歩いてきた。
勇者「似合うけど……その服、どこから?」
隣女王「お城の使用人の方が、仕立ててくれたとの事です」
勇者「そっか、仕立て……って、一晩で!?」
隣女王「えっ」
276 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:10:47.30 ID:DU8XxeDfo
勇者「…いや。とにかく、朝食にしよう」
勇者が彼女へ手を差し伸べると、いささか戸惑うような態度が見られた。
恥じらうような仕草とは裏腹に、その表情はほころび、口端が僅かに上がる。
小さく震える手をおずおずと伸ばし、彼女は勇者の手を取る。
そのまま引き寄せ、手を繋ぎ直し、隣へ寄り添い―――
彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩を進めた。
ほんの一歩を進めるだけにも三秒ほどかけ、窓から差し込む朝日と風の音、小鳥の歌を楽しみながら。
広い廊下に絨毯を踏みしめる音が歯切れよく響き渡る。
メイド達の姿は無く、まるで、城内に二人きりとなってしまったような錯覚まで覚えるほど。
隣女王「陛下」
きゅっ、と握り手に力を込めながら、隣を行く男に語りかける。
隣女王「………助けていただき、ありがとうございました」
勇者「言っただろう。助けたのは、俺じゃなく―――」
隣女王「それでも、助けに来てくれたのは陛下です」
勇者「忘れていいよ。そもそも、我が国の領内で危ない目に遭わせた事自体が恥なんだ」
隣女王「……陛下のせいでは、ありませんよ」
277 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:15.67 ID:DU8XxeDfo
勇者「そう言ってくれると嬉しいけれど……」
隣女王「それより、何故…陛下はあんなに、お強いのですか?」
勇者「……淫魔達より、堕女神よりは弱いさ」
隣女王「…雷を操る事ができる人間など、聞いた事が……」
勇者「…………なんで、まだ使えたんだろう」
――――零して、彼女の手を握る利き手とは反対側の掌をじっと見つめた。
勇者「……どうして、俺は……『雷撃』を使えるんだ」
あの日、”魔王”とともに”勇者”もいなくなった。
それなのに……”勇者”だけが扱える、雷撃の力は失われていない。
いや、それに留まらず、更に精細に放つことができていたように、勇者は感じた。
隣女王「―――陛下?」
彼方へと思索の糸が伸びかけた頃に、怪訝な声で引き戻される。
勇者「……ん、いや……何でもない」
278 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:43.17 ID:DU8XxeDfo
眼前に大食堂の扉が見えた頃に、ふと、隣女王が歩みを止め、俯く。
付き合って勇者も足を止めて、隣を行く少女の顔を、じっと見下ろした。
何かを言おうとしているのか、開きかけた唇が震え、消え入りそうな声が、吐息と混じって呟かれる。
慎重に言葉を選んでいる様子が見て取れた。
隣女王「……陛……下。その……ひとつ、だけ……」
足を止めた事で引っ込みが付かないと思ったか、ようやく、言葉が続いた。
勇者は、彼女の顔を見ながら、決して急き立てるような仕草はせず、声も発しない。
ただ―――彼女の言葉を、最後まで聴こうとしていた。
隣女王「…わ、我が儘……ばかり……申して、しまいますが……その……」
太ももをもじもじと擦り合わせながら、林檎のように顔から首筋までを紅に染め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
緊張のあまりか若干舌足らずな発音が混じり、幼さが覗かせた。
隣女王「私……に……」
隣女王「私に、口付けを……し、て……いただけ、ません……か……」
279 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:12:10.55 ID:DU8XxeDfo
言い切ったと同時に、彼女は顔を上げる。
本当ならば俯いて塞いでしまいそうなほどに、気恥ずかしく感じていた。
しかし、彼女は、顔を背けられなかった。
目を潤ませながら、ほんのり上気させながら、唇を震わせ、心臓を早鐘が如く脈打たせ。
彼女は答えを、永遠を待つが如くに待ち続けた。
答えの、言葉を。
あるいは―――「行い」を。
勇者「………口付け」
勇者が鸚鵡返しに口にすると、彼女の身体がびくりと震えた。
自らの発した言葉、その意味を改めて認識させられて。
隣女王「…………」
勇者「……隣女王」
優しげな言葉とともに、繋いでいた手を放し、互いの体温で温まった右手を、彼女の頬に添える。
彼は、彼女の頬の熱に。
彼女は、彼の手の暖かさに。
少しびっくりしながら、しばしの沈黙を守る。
勇者「……ごめん。………俺には、できない」
隣女王「…………」
頬に添えられたままの右手を、彼女は、両手で取り、首元で、握り締める。
期待とともに見上げていた顔を、ゆっくりと俯かせて。
勇者は、彼女を抱き締めるでもなく―――同じく俯き、眼下に肩を小刻みに震わす、小さな少女の姿を見た。
隣女王「ごめん、なさい……」
彼女の震えた喉が、何にともなく謝る言葉を告げた。
勇者「俺には、この世界で……やらなきゃいけない事があるんだ」
隣女王「………っ」
彼女の肩の震えが大きくなり、しゃくり上げるような、怯えるような声が聞こえた。
勇者「………だから、君に……今、口付けする事はできない」
その言葉に、彼女の嗚咽は少し治まった。
思いが、全く自らに向いていない訳では無い。
勇者の言葉に少しの慰めを見出し、崩れ落ちそうだった膝に、再び力が入った。
勇者「信じてほしい事がある」
俯いていた顔を上げ、勇者を見上げる。
目から幾筋かの涙が零れ落ち、顎先に雫をつくっていた。
勇者「………俺は、間違いなく……君に逢う為にも、この世界に来たよ」
281 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:13:47.23 ID:DU8XxeDfo
そして、隣女王の涙を拭い、落ち着くまで待ち、大食堂への扉を開けた。
隣国の淫魔達は既に席に着き、二人の「王」を待っていた。
詫びの言葉を告げて着席すると、すぐに朝食が運ばれた。
パンを数種類の野菜とともに煮込んだ、優しい味わいの、粥にも似た料理をメインに、いくつかの副菜とスープ。
特にメインのそれを、小さな淫魔達は何皿か「おかわり」を頼んだ。
体に優しく沁み込むような、とろとろとした食感の中に野菜の風味と滋養が溶け込んだ、
勇者にとっても、初めて食べる美味さを持つ料理だった。
暖かみに溢れ、まるで、母の手になる料理を食するような思いがした。
隣女王でさえも、その皿の虜になっている。
スプーンで一口、また一口と進める内に、すっかりと空になってしまう。
メイドに半皿の追加を申し出たほどだ。
食事を終えると、少しの休息を挟み、日が高い内にと、隣国の淫魔達を送る馬車が準備された。
同時に城前には道中の護衛を務める淫魔達が揃い、張り詰めた空気を漂わせる。
彼女らは正真正銘の精鋭であり、人間界であれば、小国の軍隊に匹敵するほどの力を持つ。
発つ間際、隣女王は微笑みを取り戻し、勇者、そして遅れて現れた堕女神に深く一礼を送り。
そのまま振り返る事無く、窓から覗く事もなく馬車へと乗り込み、帰途に就いた。
――――こうして、隣国からの客人達は、今度こそ、無事に国へと帰り着いた。
282 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:30.59 ID:DU8XxeDfo
隣国の淫魔達が帰った頃、賑わいの消えた城内、その厨房を堕女神が片付けていた。
すでに八割方の食器類は洗われ、作業台の上に水分も拭き取られ、あとはしまうだけの状態で積まれていた。
厨房には、誰もいない。
かちゃ、かちゃと音を立てる食器の泡を水で落とし、傍らに積み上げる。
ひたすら、手元だけを見て彼女はそうしていた。
心のざわめきは、今も尚落ち着いていない。
落ち着かないままだから、今朝は、王の顔を見に行けなかった。
その顔を、見る事ができる自信が無かった。
彼女は、「淫魔」ではない。
自分の事を、神位を失い、淫魔の国へと落ち延びた―――「よそ者」に過ぎないと、思っていた。
それ故に淫魔達とは最低限にしか触れ合わず、ひたすら、この国の女王へと尽くす事で心を保っていた。
女王が崩御し、百年。
新たな王が現れ、この国を統治する。
役割は――――変わらない。
283 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:56.51 ID:DU8XxeDfo
鋭い音が彼女の鼓膜へ切りつけるように、意識を引き戻させる。
流し台には、大皿の破片が散らばっていた。
堕女神「あっ……」
漏れ出た声は、彼女の声とは思えない程に弱々しい。
ただ考え事をしてうっかり皿を割ってしまっただけの事が無性に、哀しく感じた。
手を伸ばして破片を拾おうとするも、その行動にも、注意が伴わなかった。
その断面が鋭利である事をも、迷った心が忘れさせてしまった。
危うげな手つきのまま、指先が破片に触れる間際。
下を向いた視界に、別の……優しくしなやかでありながら、精悍な右手が映り込んだ。
堕女神「え……?」
驚いて手を引っ込めると、いくつもの傷痕を残したその手は、流し台に散らばる破片を取り除いていった。
彼女の手を仕草で引っ込めさせ、断面に触れないように注意深く拾い集め、
既に彼女が洗い終えた皿に混じらぬように、流し台の縁に置いた。
一連の動作が済んで初めて、「手」の持ち主の声が聞こえた。
勇者「…怪我してないか? 大丈夫?」
284 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:15:25.12 ID:DU8XxeDfo
堕女神「陛下…!?」
勇者「……ん、大丈夫みたいだな、よかった」
彼の視線が堕女神の二つの手を往復し、怪我の無い事を見て取ると、ようやく安堵の吐息を漏らす。
その間にも彼は水洗いを終えた食器の水分を拭い、作業台の上に移す事を続けていた。
堕女神「い、いけません……陛下! 私が片付けますので……!」
勇者「別にいいだろ。これぐらい」
堕女神「しかし……!」
勇者「……手伝いたいんだ」
そうとまで言われると、彼女に拒む術は無い。
ついに覗きこんでしまったその目は、どこまでも優しげな本心を物語っていたから。
それ以上何も告げずに、彼女は皿洗いの作業へと戻る。
一枚、また一枚。
洗い終えた皿を勇者が拭き上げ、作業台へ重ねる。
堕女神「……申し訳ありません」
勇者「ん?」
堕女神「………手が滑ってしまいました」
勇者「……皿ぐらい割るだろ。それより、怪我しなくてよかったよ」
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
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