魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
Part20
642 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 03:25:36.81 ID:IpKcrNbbo
城全体が細かく揺れ始め、天井から土埃と小石が降ってくる。
立つことも徐々に難しくなり、四人はバランスを取りながら、その場に固まる。
何故か――勇者が、ビクとも動かないのだ。
魔法使い「ちょっと!出るわよ!魔王倒したのに生き埋めなんて、冗談じゃないわよ!!」
僧侶「早くしないと、通路も塞がれてしまいます!」
勇者「……それなんだが。……クソ、言いにくいな」
戦士「何だ?さっきから、お前は何を言いたいんだ?」
逃げようとしない勇者に苛立ちを募らせ、戦士が問い詰める。
魔王城が崩壊し始めたという事は、間違いなく魔王を倒したという事なのに。
勇者「……お前達だけで、逃げろ。…俺には、構うな」
僧侶「なっ……」
魔法使い「ちょ、何言ってんの!?ふざけるんじゃないわよ、こんな時に!」
戦士「そうだ!さっさと……」
仲間達が、口々に彼を攻め立てる。
対し、彼は一言だけ言葉を発した。
揺れは、一旦収まっていた。
それだけに、はっきりと聞き取れた。
勇者「……『めいれいさせろ』」
719 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:00:07.38 ID:nfQOajV2o
>>642から
冷たく放たれる、『勇者』の号令。
身についた習慣が、脳に一時の冷静をもたらす。
戦士「…何故だ!何故、そんな事を言う!?」
勇者「分かってくれ。お願いだ、俺を置いてみんなは故郷へ帰るんだ」
僧侶「嫌。絶対に嫌です!!」
勇者「……そんな声出るんだな、僧侶」
魔法使い「説明しなさい!……あんたを残して行くなんてイヤよ!」
勇者「…ごめんな」
口々に、勇者の真意を問い、そして連れ出そうと言葉を連ねる。
戦士の激しい詰問にも。
僧侶の涙ながらの拒否にも。
魔法使いの口から出た、普段の苛烈さとは見合わない本音にも。
勇者は、寂しく笑いかけるだけ。
体を支えてくれていた戦士を軽く押しのけ、その場に危うげなバランスで立ち尽くす。
再び、魔王城が大きく揺れる。
大地震の前兆のように、何度も揺れと静止を繰り返す。
いずれ、城を崩壊させる大きな揺れが襲って来る。
こんな所で、押し問答をしている訳にはいかないのに。
720 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:01:23.57 ID:nfQOajV2o
勇者「……『魔王』はもういない」
魔法使い「そうよ、あんたが倒したんじゃない!だから、早く……」
勇者「…じゃあ、もう。『勇者』もいらないだろ?」
―――軽快な音が響く。
魔法使いの右手が、勇者の左頬を打った。
感情に任せて妙な打ち方をしたためか、手首を左手で抑えながら彼女は勇者を睨みつける。
魔法使い「痛っ……。あんた……冗談でも、言っていい事とそうじゃない事が…あるでしょ」
勇者「……怪我人ひっぱたくなんて、最後までお前らしいな」
魔法使い「『最後』なんて言うなっ!!」
悲鳴に似た叫びが、揺れの収まった広間に響き渡る。
声帯が裂けそうなほどの、悲痛すぎる声。
感情を隠さない彼女にしても、これほどまで取り乱すのを勇者は見た事が無かった。
しん、と静まり返った空気の中。
数拍遅れて、嗚咽が聞こえてきた。
魔法使い「…ねぇ……お願い、だから……一緒に……逃げようよぉ…」
勇者「………それだけは、ダメなんだ」
涙を見せた彼女にも、勇者は譲らない。
意固地になっているという訳でもなく、ただ、淡々と……何かを受け入れているかのように。
722 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:02:51.84 ID:nfQOajV2o
勇者「……『勇者』は、『魔王』がいないと存在できないんだ」
ぽつりぽつりと、語り始める。
仲間達は、それに聞き入る。
勇者「女神から貰った『勇者』の力は、『魔王』を倒すためのものだ。……俺は、それを戦争に使いたくない」
戦士「……だったら…どこかで余生を過ごそう。平穏に、残りの人生を送ろう」
勇者「それも、いいな。……でも、無理だ。無理なんだと分かったよ」
僧侶「どうして、ですか」
勇者「俺は、この世界に名と顔が売れすぎてしまった。今どき、『勇者』の風体を知らないほうがおかしいぐらいだ」
戦士「…………」
勇者「どこかで晴耕雨読の暮らしをしていても、いつか探し当てられる。目覚めれば、軍隊に囲まれている」
魔法使い「…なんで……何で、そうなるのよぉ……」
勇者「………俺は、この…救った世界の人々に、剣を向けたくない。『勇者』が最後に倒したのは、『魔王』であって欲しいんだ。
みんなとの、『世界を救うため』の旅を、嘘にしてしまいたくない」
僧侶「酷いですよ。……貴方は……酷い人です」
魔法使いに続き、僧侶も肩が震え始める。
梃子でも動きそうにない勇者の姿に、あまりの決意の固さを感じてしまって。
それは――『勇者とはこの場で別れ』という意味にしか感じられなくて。
723 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:04:06.68 ID:nfQOajV2o
勇者「俺も……帰りたいよ。故郷の父さんと母さんに会いたい。妹の成長も見届けたい。
でもさ。……そうすると、もう逃れられない。再開された隣国との戦争に、参じなければならないんだ」
たとえ王都に近寄らなくとも、故郷に帰ってしまえば噂が立つ。
そして、その噂を聞きつけ……後は、お決まりだ。
帰る事は、許されない。
帰ったら、不可避の戦争が待っている。
戦士「戦争が再開されるなんて限らないだろう!!……何故、そこまで悲観する!」
勇者「隣国を訪れた時、俺と僧侶は『あっちの国』の人間というだけで蔑まれた。……『勇者』がだぞ?
魔王が現れても小競り合いは起こしていたし、既に情報戦も展開されてる」
戦士「クッ……あいつら……!」
勇者「…頼むから。もう、行ってくれ。……『僧侶』は人を癒し、正しい道へ導く役目がある。
『戦士』、は仲間を守り、正しき事のために剣を振るう事ができる」
ゆっくり、勇者が後ろへ下がる。
繰り返された揺れが段々大きくなり、その間隔も狭まってきた。
―――そろそろ、本命が来る。
勇者「……なぁ、『魔法使い』。お前の呪文は、人々をまだ救える。弱い人達を、守ってやってくれ」
魔法使い「わかった……わかったから……お願い……」
勇者「………俺は、一緒に行けない。『勇者』の役目は、これで終わりなんだ。……みんな」
言葉を続ける前に、人間大の瓦礫が勇者と仲間達の間へ、幕を下ろすように降り注ぐ。
勇者「『いのちをだいじに』」
最後の、『作戦』が聞こえた。
724 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:04:40.70 ID:nfQOajV2o
戦士「………行こう」
屈強な戦士が、必要以上に険しい表情で二人を促す。
まるで、何かを必死で押さえ込もうとしているように険しい。
僧侶は涙ながらに、戦士に促される通りに動く。
魔法使いは最後まで渋っていたが、戦士の表情を見て、素直に従った。
―――離れたくないのは、自分だけなのではないと気付いたから。
三人は、瓦礫の向こうにいるであろう勇者に、背を向けた。
背を向け、足を動かす。
それだけの事が、戦いよりも厳しく、辛い。
戦士の顔は、いつにもまして強面に、硬く保たれている。
戦友を置いて逃げ出す、その情けなさに耐え難いから。
勇者のあそこまでの決意を、揺るがす事は出来ないと痛感したから。
『世界を救った男』に、人殺しなどさせたくないから。
その為には、置いて行く事しか許されないと気付いてしまった。
涙腺を鍛える事などできないから、険しく塗り潰す事でしか、その哀しみには耐えられない。
本格的に揺れ始めた魔王の城。
三人の旅の仲間達は――歪みかけた大扉を開き、決戦の間から出た。
振り返らずに、勇者の、最後の言葉を果たすために
725 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:05:25.93 ID:nfQOajV2o
程なく、降り注ぐ瓦礫で魔王の間は埋まっていった。
砕けた左腕にもはや痛覚は感じない。
息を深く吸うと、折れた肋骨の先端が肺を引っかき、痛みとともに吐血を催す。
左目は、開くことすらできない。
残された右の目も、上手く焦点を結んでくれない。
仲間が出て行った事を悟った勇者は、その場に片膝をついた。
右手に握っていた剣は、半ばから折れてしまっている。
最後の役目を果たした剣からは段々と輝きが失せていき、
戦場のどこにでも転がる、『折れた剣』へと変わってしまった。
勇者「………これで、いいんだ」
折れた剣を鞘に戻し、一人ごちる。
言葉にしてしまわないと、最後の最後で生への欲求がもたげてしまう。
認めたくはない。
だが、隠せない。
―――死にたく、ない。
―――あんまりだ。
―――俺は世界を救ったのに、世界は俺を救ってくれないのか?
―――こんなバカな話を、世界は受け入れるのか。
声無き慟哭が、崩壊していく魔王城に響き渡った。
仲間がいなくなった孤独な戦場跡で、勇者は『人間』としての、当たり前の感情を取り戻した。
醜く、弱く、打算さえ備えていた、『人間』の心が露わになる。
彼は、ようやく。
『勇者』と言う名の呪いから、解放されたのだ。
726 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:14:53.00 ID:nfQOajV2o
絶望が、心を侵蝕する。
死にたくない。
出来る事ならば、今すぐにでもここから出て行きたい。
何をしてでも生き延びて、人並みかそれ以上の幸せを掴みたい。
だが、殺したくない。
救われた後でも結局救えない、戦火を再び灯らせる世界の中、無力感を噛み締めたくない。
命と引き換えの覚悟で救った世界で、救った人々に刃を向ける事などできない。
矛盾している。
そんな事は、分かっていた。
その矛盾もまた、『人間』の証明。
打ちひしがれ、くずおれて最期の刻を待つ勇者が。
俄かにうなじが毛羽立つ、覚えのある気配を感じた。
魔王「だから、我は言ったのだ」
地獄の底から響くような、本来の姿の魔王ではなく、人化の法でその身を変じさせた魔王の声。
勇者は、弾かれたように頭だけをその方角へ向けた。
勇者「貴様、まだ生きていたのか!?」
その身を両断された魔王は、頭と右腕のみを切り裂かれた胴体で繋ぐ有様で、再び人へと化けていた。
魔王「……いや、我はもうすぐ滅ぶ。魔王城の崩壊がその証だ」
勇者「…なら、何故だ。最後まで俺をなぶりたいのか?……それとも、死ぬまでの暇潰しに付き合えと?」
魔王「どちらも魅力的ではないか。だが、残念ながら違う」
727 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:21:51.27 ID:nfQOajV2o
勇者「………もったいぶるな」
魔王「…貴様、自分が救われないと思っているな?」
勇者「何だと?」
魔王「……我は滅び、世界は一応救われた。……そして、世界を救った自分に、救いが来ないと思っている」
図星を突かれるが、募ったのは苛立ち。
間違いなく、魔王は自分の事を理解している。
それだけに――腹が立つ。
頭に血が上りそうになるが、努めて平静に振舞う。
勇者「……だから何だって言うんだ。言い当てて満足したなら大人しく死んでいろ、『魔王』」
身も蓋もなく言い放って身を起こし、落ちてきた天井の破片に寄りかかる。
その顔に、もはや生気は無い。
心の中で弱音を吐き尽くし、重く圧し掛かる死の事実を受け止めようとしているかのように。
魔王「…………つれなくするな。もはや、『魔王』も『勇者』も無いのだからな」
勇者「言いたい事があるんなら、言え。……最後ぐらい、付き合ってやるさ」
魔王「何、そう難しい話でもない。長くもな。……我の命と同じく」
勇者「…で、何だ?」
魔王「……我ながらくどいが、これが最後だ」
―――世界の半分はもうやれないが、淫魔の国をくれてやろう。
728 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:29:22.09 ID:nfQOajV2o
魔王が何を言っているのか、分からなかった。
この状況で、何故―――?
勇者「……何を、言っているんだ?」
魔王「言葉通りだ。……ただし貴様がいた、七日目の時点ではない。その三年前へ、戻る。
王位に就き、国を手に入れる所からだ」
―――『3年ほど前、あなたは王座に就かれました』
あの国で、堕女神がそう言っていた。
その時点に、戻る。
という事は。
勇者「……彼女らに、俺との記憶は無いという事か?」
魔王「愚問だな。……だが、それが悲しいか?」
勇者「………」
魔王「貴様との愛の無い、ただ性を処理させられるだけの記憶。堕ちた女神が自らに受けた苦痛の記憶。それを無くしているのが?」
勇者は、何も言えなかった。
彼女らとの七日間の記憶が、なくなってしまうのが哀しくはある。
だが、魔王の言うとおり。
―――堕女神に辛く当たり、心を抑え込ませてしまった過去。
―――ただただ欲望のままに生き、あの世界の『魔王』に成り果ててしまった過去。
それを、持ち越す事は。
魔王「……体験の『記憶』は、本編には持ち込めない。それだけの話だ」
729 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:52:11.69 ID:nfQOajV2o
勇者「……何故だ」
魔王「質問になっていないな」
勇者「何故!俺にそんな話を持ちかける!?……お前は、もうすぐ死ぬんだぞ!?」
叫んだ拍子に、肺に血が溜まり、息苦しさを感じて咳き込む。
その様子を、魔王は黙って見ていた。
嘲笑うでもなく、かといって優しげでもなく、ただ、見ていた。
魔王「……我は『世界』の敵。世界の選択に逆らい、ただ自らの望む答えだけを求める者。……ゆえに、『魔王』」
揺れが一時的に収まった。
魔王が崩落を、自分の意思で遅らせているのかもしれない。
でなければ、本格的に始まった揺れが収まるわけがない。
魔王「……世界は、『世界を救った者』の存在を許さないのだろう。『勇者』のままにしておく事を、許さないのだろう?」
語りかける言葉に、もはや魔王の威圧感は無い。
致命傷を負い死を待つだけの、哀れな魔族。
放っておけば死ぬ、弱々しい存在。
魔王「………これが……我の、最後の、『世界』へ報いる一矢。征服はならずとも、我は、『世界』の選択に阿る事はしない」
730 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:09:45.36 ID:nfQOajV2o
勇者「…………魔王」
魔王「開くぞ?」
勇者の眼前に、異界への扉が現れる。
紫の光で縁取られた、簡素な、文字通りの『扉』が。
魔王「貴様は、どうする?……世界を救った。『勇者』である必要はもうない。……自分に従え。
最後まで、『魔王』に抗うというのならそれもいい。『魔王』冥利に尽きるというものだ」
勇者「…もう一度、会えるのか」
足腰に無理に力を入れ、立ち上がる。
膝は震えて、足裏の感覚はおぼろげで、立つ事でやっと。
魔王「……行くがいい。彼女らと、堕ちた女神と、淫魔達と、隣国の女王と。再び――『出会い』直せ。
……だが、しばし待つが良い」
勇者が立ち上がったのを見て、諭すような言葉を紡ぐ。
そして、引き止め―――
勇者「何……を……?」
全身を光が包み、負傷箇所に繭を形作るように光が舞い踊る。
ねじれていた左腕は元通りに。
潰れていた左目、頭部の裂傷、更には、痛めつけられた内臓までが癒えていく。
ぼろぼろになっていた肺も修復され、呼吸が、たちどころに楽になる。
魔王「舐めるな。……我は『魔王』なるぞ。死に際であろうと、ヒトを回復させる程度の魔力はある」
勇者「…………」
731 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:14:32.34 ID:yt+h8NFJo
魔王かわいいよペロペロ
732 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:15:32.53 ID:RtGb5dD4o
魔王デレデレじゃないっすか!
733 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:32:49.38 ID:nfQOajV2o
扉へ、手を添える。
少し力をこめれば、簡単に開いてしまいそうだ。
勇者「『魔王』」
魔王「色気を出すな。……次の生では、必ずや『世界』を滅ぼしてやる」
勇者「上等だ。またお前を止めてやるさ」
魔王「……次は、負けん」
そのやり取りだけで、別れの言葉は十分だった。
『勇者』と『魔王』。
対極にして、最も近しい存在。
鏡に向かい合うような、正反対にして、自らの存在を確かめ合う事ができる存在。
『勇者』は扉を開け―――光に包まれ、『向こう側』へと消えていった。
『魔王』は勇者が消えていくのを見届け――大きな呼吸をひとつついて、命の灯を消し、末端から光と化して消えていった。
―――こうして、この世界から、『勇者』と『魔王』は消えた。
734 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:35:06.64 ID:b4Aksdw/0
ちょっと待て、魔王かっこよすぎるだろ
736 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:48:44.59 ID:PDLJIy+Do
結局、魔王を憎めなかったなぁ
737 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:48:48.92 ID:nfQOajV2o
扉をくぐると、その先は『淫魔の王』の、城だった。
細部は違っているが、恐らく、ここは玉座の間。
眼前、遠くには玉座。
そこまでの赤い絨毯の道を残して様々な姿の淫魔達が熱い視線を向けており、若干気圧される。
勇者「……これは…」
戸惑っていると、背後から、良く知る声が聞こえた。
???「お進みください。今日この時をもって、貴方は…『王』となるのです」
勇者「堕女神?」
堕女神「……はい?何でしょうか」
勇者「…いや。後でいい。……進めば、いいんだな」
振り返り、声の主を確認した。
そして、胸の奥から暖かくなるような喜びを感じて、玉座へと進む。
―――また、会えた。
―――彼女と、彼女達との時間を再び歩みなおす事ができる。
足取りは軽く、そして深い。
淫魔達の視線が惜しみなく注がれる中、玉座の前へ辿り着き、壇上から大きく振り返る。
738 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:10:58.85 ID:nfQOajV2o
集まった者達の中に、二人の、良く知る淫魔の姿があった。
一人は、どこか妖しい、悩ましい魅力を備えたサキュバス。
一人は、幼い印象を持つ、利発そうな少女の姿のサキュバス。
両者は、視線を向けられる事に困惑しているようだった。
まるで――懐かしい者を見るような目だったから。
玉座に深く、ゆっくりと腰賭ける。
堕女神がその隣から、控えめな、洗練された動作で彼の頭に冠を下ろした。
瞬間、民衆の沸き立つ声が聞こえる。
玉座の間だけではない。
同時に城の外からも響き渡るような、『王』を歓迎する声が。
この日、淫魔の国は新たな王を迎えた。
『世界』を救った勇者は、魔王によって『世界』から救われた。
その後の彼の治世は、淫魔達のみが知るところ。
―――ある一説では、堕ちた女神と交わり、半神の子を設けたとも。
―――ある一説では、国難にあえぐ隣国へ、暖かく手を差しのべたとも。
―――ある一説では、国の淫魔達へ惜しみなく愛情を分け与え、そして愛される王となったとも。
そして、ある『勇者』の物語は、ここで終わりとなる。
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
完
739 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:11:43.17 ID:nfQOajV2o
これにて終了です
一ヶ月以上のご愛読、ありがとうございました。
740 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:12:40.27 ID:I846zQslo
超乙
749 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:23:23.70 ID:CdFiW2uAO
>>1さん
面白かったです!
本当に乙でした!
756 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:31:53.78 ID:nfQOajV2o
とりあえず、完結できて良かったです
気まぐれに乗っ取って、まさか一ヶ月以上も書く事になるとは思わなかったなぁ……。
感想、改善すべき点、質問などございましたら頂きたいです
758 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:35:52.63 ID:OyG+3TsSO
堕女神は勇者と関わりのある女神だったんだよね?
お試し世界から3年前の時点に戻って魔王を倒した訳だけど
女神は3年前の時点で既に堕ちてたの?
762 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:39:04.41 ID:nfQOajV2o
>>758
いえ、別の女神です
767 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:44:41.77 ID:OyG+3TsSO
>>762
お試し世界の堕女神と正史の堕女神は同じ堕女神でも違う堕女神ってことなのか……
769 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:48:26.49 ID:nfQOajV2o
>>767
ああ、いえ
勇者に力与えた女神は堕ちてなくて、
堕女神は更に何万年も前に堕ちているからどっちの世界でも同一人物です
分かりづらくて申し訳ない
792 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 06:09:18.68 ID:SgEok+GKo
乙でした
魔王がイケメンすぎて辛い
城全体が細かく揺れ始め、天井から土埃と小石が降ってくる。
立つことも徐々に難しくなり、四人はバランスを取りながら、その場に固まる。
何故か――勇者が、ビクとも動かないのだ。
魔法使い「ちょっと!出るわよ!魔王倒したのに生き埋めなんて、冗談じゃないわよ!!」
僧侶「早くしないと、通路も塞がれてしまいます!」
勇者「……それなんだが。……クソ、言いにくいな」
戦士「何だ?さっきから、お前は何を言いたいんだ?」
逃げようとしない勇者に苛立ちを募らせ、戦士が問い詰める。
魔王城が崩壊し始めたという事は、間違いなく魔王を倒したという事なのに。
勇者「……お前達だけで、逃げろ。…俺には、構うな」
僧侶「なっ……」
魔法使い「ちょ、何言ってんの!?ふざけるんじゃないわよ、こんな時に!」
戦士「そうだ!さっさと……」
仲間達が、口々に彼を攻め立てる。
対し、彼は一言だけ言葉を発した。
揺れは、一旦収まっていた。
それだけに、はっきりと聞き取れた。
勇者「……『めいれいさせろ』」
719 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:00:07.38 ID:nfQOajV2o
>>642から
冷たく放たれる、『勇者』の号令。
身についた習慣が、脳に一時の冷静をもたらす。
戦士「…何故だ!何故、そんな事を言う!?」
勇者「分かってくれ。お願いだ、俺を置いてみんなは故郷へ帰るんだ」
僧侶「嫌。絶対に嫌です!!」
勇者「……そんな声出るんだな、僧侶」
魔法使い「説明しなさい!……あんたを残して行くなんてイヤよ!」
勇者「…ごめんな」
口々に、勇者の真意を問い、そして連れ出そうと言葉を連ねる。
戦士の激しい詰問にも。
僧侶の涙ながらの拒否にも。
魔法使いの口から出た、普段の苛烈さとは見合わない本音にも。
勇者は、寂しく笑いかけるだけ。
体を支えてくれていた戦士を軽く押しのけ、その場に危うげなバランスで立ち尽くす。
再び、魔王城が大きく揺れる。
大地震の前兆のように、何度も揺れと静止を繰り返す。
いずれ、城を崩壊させる大きな揺れが襲って来る。
こんな所で、押し問答をしている訳にはいかないのに。
720 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:01:23.57 ID:nfQOajV2o
勇者「……『魔王』はもういない」
魔法使い「そうよ、あんたが倒したんじゃない!だから、早く……」
勇者「…じゃあ、もう。『勇者』もいらないだろ?」
―――軽快な音が響く。
魔法使いの右手が、勇者の左頬を打った。
感情に任せて妙な打ち方をしたためか、手首を左手で抑えながら彼女は勇者を睨みつける。
魔法使い「痛っ……。あんた……冗談でも、言っていい事とそうじゃない事が…あるでしょ」
勇者「……怪我人ひっぱたくなんて、最後までお前らしいな」
魔法使い「『最後』なんて言うなっ!!」
悲鳴に似た叫びが、揺れの収まった広間に響き渡る。
声帯が裂けそうなほどの、悲痛すぎる声。
感情を隠さない彼女にしても、これほどまで取り乱すのを勇者は見た事が無かった。
しん、と静まり返った空気の中。
数拍遅れて、嗚咽が聞こえてきた。
魔法使い「…ねぇ……お願い、だから……一緒に……逃げようよぉ…」
勇者「………それだけは、ダメなんだ」
涙を見せた彼女にも、勇者は譲らない。
意固地になっているという訳でもなく、ただ、淡々と……何かを受け入れているかのように。
722 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:02:51.84 ID:nfQOajV2o
勇者「……『勇者』は、『魔王』がいないと存在できないんだ」
ぽつりぽつりと、語り始める。
仲間達は、それに聞き入る。
勇者「女神から貰った『勇者』の力は、『魔王』を倒すためのものだ。……俺は、それを戦争に使いたくない」
戦士「……だったら…どこかで余生を過ごそう。平穏に、残りの人生を送ろう」
勇者「それも、いいな。……でも、無理だ。無理なんだと分かったよ」
僧侶「どうして、ですか」
勇者「俺は、この世界に名と顔が売れすぎてしまった。今どき、『勇者』の風体を知らないほうがおかしいぐらいだ」
戦士「…………」
勇者「どこかで晴耕雨読の暮らしをしていても、いつか探し当てられる。目覚めれば、軍隊に囲まれている」
魔法使い「…なんで……何で、そうなるのよぉ……」
勇者「………俺は、この…救った世界の人々に、剣を向けたくない。『勇者』が最後に倒したのは、『魔王』であって欲しいんだ。
みんなとの、『世界を救うため』の旅を、嘘にしてしまいたくない」
僧侶「酷いですよ。……貴方は……酷い人です」
魔法使いに続き、僧侶も肩が震え始める。
梃子でも動きそうにない勇者の姿に、あまりの決意の固さを感じてしまって。
それは――『勇者とはこの場で別れ』という意味にしか感じられなくて。
723 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:04:06.68 ID:nfQOajV2o
勇者「俺も……帰りたいよ。故郷の父さんと母さんに会いたい。妹の成長も見届けたい。
でもさ。……そうすると、もう逃れられない。再開された隣国との戦争に、参じなければならないんだ」
たとえ王都に近寄らなくとも、故郷に帰ってしまえば噂が立つ。
そして、その噂を聞きつけ……後は、お決まりだ。
帰る事は、許されない。
帰ったら、不可避の戦争が待っている。
戦士「戦争が再開されるなんて限らないだろう!!……何故、そこまで悲観する!」
勇者「隣国を訪れた時、俺と僧侶は『あっちの国』の人間というだけで蔑まれた。……『勇者』がだぞ?
魔王が現れても小競り合いは起こしていたし、既に情報戦も展開されてる」
戦士「クッ……あいつら……!」
勇者「…頼むから。もう、行ってくれ。……『僧侶』は人を癒し、正しい道へ導く役目がある。
『戦士』、は仲間を守り、正しき事のために剣を振るう事ができる」
ゆっくり、勇者が後ろへ下がる。
繰り返された揺れが段々大きくなり、その間隔も狭まってきた。
―――そろそろ、本命が来る。
勇者「……なぁ、『魔法使い』。お前の呪文は、人々をまだ救える。弱い人達を、守ってやってくれ」
魔法使い「わかった……わかったから……お願い……」
勇者「………俺は、一緒に行けない。『勇者』の役目は、これで終わりなんだ。……みんな」
言葉を続ける前に、人間大の瓦礫が勇者と仲間達の間へ、幕を下ろすように降り注ぐ。
勇者「『いのちをだいじに』」
最後の、『作戦』が聞こえた。
戦士「………行こう」
屈強な戦士が、必要以上に険しい表情で二人を促す。
まるで、何かを必死で押さえ込もうとしているように険しい。
僧侶は涙ながらに、戦士に促される通りに動く。
魔法使いは最後まで渋っていたが、戦士の表情を見て、素直に従った。
―――離れたくないのは、自分だけなのではないと気付いたから。
三人は、瓦礫の向こうにいるであろう勇者に、背を向けた。
背を向け、足を動かす。
それだけの事が、戦いよりも厳しく、辛い。
戦士の顔は、いつにもまして強面に、硬く保たれている。
戦友を置いて逃げ出す、その情けなさに耐え難いから。
勇者のあそこまでの決意を、揺るがす事は出来ないと痛感したから。
『世界を救った男』に、人殺しなどさせたくないから。
その為には、置いて行く事しか許されないと気付いてしまった。
涙腺を鍛える事などできないから、険しく塗り潰す事でしか、その哀しみには耐えられない。
本格的に揺れ始めた魔王の城。
三人の旅の仲間達は――歪みかけた大扉を開き、決戦の間から出た。
振り返らずに、勇者の、最後の言葉を果たすために
725 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:05:25.93 ID:nfQOajV2o
程なく、降り注ぐ瓦礫で魔王の間は埋まっていった。
砕けた左腕にもはや痛覚は感じない。
息を深く吸うと、折れた肋骨の先端が肺を引っかき、痛みとともに吐血を催す。
左目は、開くことすらできない。
残された右の目も、上手く焦点を結んでくれない。
仲間が出て行った事を悟った勇者は、その場に片膝をついた。
右手に握っていた剣は、半ばから折れてしまっている。
最後の役目を果たした剣からは段々と輝きが失せていき、
戦場のどこにでも転がる、『折れた剣』へと変わってしまった。
勇者「………これで、いいんだ」
折れた剣を鞘に戻し、一人ごちる。
言葉にしてしまわないと、最後の最後で生への欲求がもたげてしまう。
認めたくはない。
だが、隠せない。
―――死にたく、ない。
―――あんまりだ。
―――俺は世界を救ったのに、世界は俺を救ってくれないのか?
―――こんなバカな話を、世界は受け入れるのか。
声無き慟哭が、崩壊していく魔王城に響き渡った。
仲間がいなくなった孤独な戦場跡で、勇者は『人間』としての、当たり前の感情を取り戻した。
醜く、弱く、打算さえ備えていた、『人間』の心が露わになる。
彼は、ようやく。
『勇者』と言う名の呪いから、解放されたのだ。
726 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:14:53.00 ID:nfQOajV2o
絶望が、心を侵蝕する。
死にたくない。
出来る事ならば、今すぐにでもここから出て行きたい。
何をしてでも生き延びて、人並みかそれ以上の幸せを掴みたい。
だが、殺したくない。
救われた後でも結局救えない、戦火を再び灯らせる世界の中、無力感を噛み締めたくない。
命と引き換えの覚悟で救った世界で、救った人々に刃を向ける事などできない。
矛盾している。
そんな事は、分かっていた。
その矛盾もまた、『人間』の証明。
打ちひしがれ、くずおれて最期の刻を待つ勇者が。
俄かにうなじが毛羽立つ、覚えのある気配を感じた。
魔王「だから、我は言ったのだ」
地獄の底から響くような、本来の姿の魔王ではなく、人化の法でその身を変じさせた魔王の声。
勇者は、弾かれたように頭だけをその方角へ向けた。
勇者「貴様、まだ生きていたのか!?」
その身を両断された魔王は、頭と右腕のみを切り裂かれた胴体で繋ぐ有様で、再び人へと化けていた。
魔王「……いや、我はもうすぐ滅ぶ。魔王城の崩壊がその証だ」
勇者「…なら、何故だ。最後まで俺をなぶりたいのか?……それとも、死ぬまでの暇潰しに付き合えと?」
魔王「どちらも魅力的ではないか。だが、残念ながら違う」
727 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:21:51.27 ID:nfQOajV2o
勇者「………もったいぶるな」
魔王「…貴様、自分が救われないと思っているな?」
勇者「何だと?」
魔王「……我は滅び、世界は一応救われた。……そして、世界を救った自分に、救いが来ないと思っている」
図星を突かれるが、募ったのは苛立ち。
間違いなく、魔王は自分の事を理解している。
それだけに――腹が立つ。
頭に血が上りそうになるが、努めて平静に振舞う。
勇者「……だから何だって言うんだ。言い当てて満足したなら大人しく死んでいろ、『魔王』」
身も蓋もなく言い放って身を起こし、落ちてきた天井の破片に寄りかかる。
その顔に、もはや生気は無い。
心の中で弱音を吐き尽くし、重く圧し掛かる死の事実を受け止めようとしているかのように。
魔王「…………つれなくするな。もはや、『魔王』も『勇者』も無いのだからな」
勇者「言いたい事があるんなら、言え。……最後ぐらい、付き合ってやるさ」
魔王「何、そう難しい話でもない。長くもな。……我の命と同じく」
勇者「…で、何だ?」
魔王「……我ながらくどいが、これが最後だ」
―――世界の半分はもうやれないが、淫魔の国をくれてやろう。
728 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:29:22.09 ID:nfQOajV2o
魔王が何を言っているのか、分からなかった。
この状況で、何故―――?
勇者「……何を、言っているんだ?」
魔王「言葉通りだ。……ただし貴様がいた、七日目の時点ではない。その三年前へ、戻る。
王位に就き、国を手に入れる所からだ」
―――『3年ほど前、あなたは王座に就かれました』
あの国で、堕女神がそう言っていた。
その時点に、戻る。
という事は。
勇者「……彼女らに、俺との記憶は無いという事か?」
魔王「愚問だな。……だが、それが悲しいか?」
勇者「………」
魔王「貴様との愛の無い、ただ性を処理させられるだけの記憶。堕ちた女神が自らに受けた苦痛の記憶。それを無くしているのが?」
勇者は、何も言えなかった。
彼女らとの七日間の記憶が、なくなってしまうのが哀しくはある。
だが、魔王の言うとおり。
―――堕女神に辛く当たり、心を抑え込ませてしまった過去。
―――ただただ欲望のままに生き、あの世界の『魔王』に成り果ててしまった過去。
それを、持ち越す事は。
魔王「……体験の『記憶』は、本編には持ち込めない。それだけの話だ」
729 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 00:52:11.69 ID:nfQOajV2o
勇者「……何故だ」
魔王「質問になっていないな」
勇者「何故!俺にそんな話を持ちかける!?……お前は、もうすぐ死ぬんだぞ!?」
叫んだ拍子に、肺に血が溜まり、息苦しさを感じて咳き込む。
その様子を、魔王は黙って見ていた。
嘲笑うでもなく、かといって優しげでもなく、ただ、見ていた。
魔王「……我は『世界』の敵。世界の選択に逆らい、ただ自らの望む答えだけを求める者。……ゆえに、『魔王』」
揺れが一時的に収まった。
魔王が崩落を、自分の意思で遅らせているのかもしれない。
でなければ、本格的に始まった揺れが収まるわけがない。
魔王「……世界は、『世界を救った者』の存在を許さないのだろう。『勇者』のままにしておく事を、許さないのだろう?」
語りかける言葉に、もはや魔王の威圧感は無い。
致命傷を負い死を待つだけの、哀れな魔族。
放っておけば死ぬ、弱々しい存在。
魔王「………これが……我の、最後の、『世界』へ報いる一矢。征服はならずとも、我は、『世界』の選択に阿る事はしない」
730 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:09:45.36 ID:nfQOajV2o
勇者「…………魔王」
魔王「開くぞ?」
勇者の眼前に、異界への扉が現れる。
紫の光で縁取られた、簡素な、文字通りの『扉』が。
魔王「貴様は、どうする?……世界を救った。『勇者』である必要はもうない。……自分に従え。
最後まで、『魔王』に抗うというのならそれもいい。『魔王』冥利に尽きるというものだ」
勇者「…もう一度、会えるのか」
足腰に無理に力を入れ、立ち上がる。
膝は震えて、足裏の感覚はおぼろげで、立つ事でやっと。
魔王「……行くがいい。彼女らと、堕ちた女神と、淫魔達と、隣国の女王と。再び――『出会い』直せ。
……だが、しばし待つが良い」
勇者が立ち上がったのを見て、諭すような言葉を紡ぐ。
そして、引き止め―――
勇者「何……を……?」
全身を光が包み、負傷箇所に繭を形作るように光が舞い踊る。
ねじれていた左腕は元通りに。
潰れていた左目、頭部の裂傷、更には、痛めつけられた内臓までが癒えていく。
ぼろぼろになっていた肺も修復され、呼吸が、たちどころに楽になる。
魔王「舐めるな。……我は『魔王』なるぞ。死に際であろうと、ヒトを回復させる程度の魔力はある」
勇者「…………」
731 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:14:32.34 ID:yt+h8NFJo
魔王かわいいよペロペロ
732 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:15:32.53 ID:RtGb5dD4o
魔王デレデレじゃないっすか!
733 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:32:49.38 ID:nfQOajV2o
扉へ、手を添える。
少し力をこめれば、簡単に開いてしまいそうだ。
勇者「『魔王』」
魔王「色気を出すな。……次の生では、必ずや『世界』を滅ぼしてやる」
勇者「上等だ。またお前を止めてやるさ」
魔王「……次は、負けん」
そのやり取りだけで、別れの言葉は十分だった。
『勇者』と『魔王』。
対極にして、最も近しい存在。
鏡に向かい合うような、正反対にして、自らの存在を確かめ合う事ができる存在。
『勇者』は扉を開け―――光に包まれ、『向こう側』へと消えていった。
『魔王』は勇者が消えていくのを見届け――大きな呼吸をひとつついて、命の灯を消し、末端から光と化して消えていった。
―――こうして、この世界から、『勇者』と『魔王』は消えた。
734 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:35:06.64 ID:b4Aksdw/0
ちょっと待て、魔王かっこよすぎるだろ
736 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 01:48:44.59 ID:PDLJIy+Do
結局、魔王を憎めなかったなぁ
737 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 01:48:48.92 ID:nfQOajV2o
扉をくぐると、その先は『淫魔の王』の、城だった。
細部は違っているが、恐らく、ここは玉座の間。
眼前、遠くには玉座。
そこまでの赤い絨毯の道を残して様々な姿の淫魔達が熱い視線を向けており、若干気圧される。
勇者「……これは…」
戸惑っていると、背後から、良く知る声が聞こえた。
???「お進みください。今日この時をもって、貴方は…『王』となるのです」
勇者「堕女神?」
堕女神「……はい?何でしょうか」
勇者「…いや。後でいい。……進めば、いいんだな」
振り返り、声の主を確認した。
そして、胸の奥から暖かくなるような喜びを感じて、玉座へと進む。
―――また、会えた。
―――彼女と、彼女達との時間を再び歩みなおす事ができる。
足取りは軽く、そして深い。
淫魔達の視線が惜しみなく注がれる中、玉座の前へ辿り着き、壇上から大きく振り返る。
738 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:10:58.85 ID:nfQOajV2o
集まった者達の中に、二人の、良く知る淫魔の姿があった。
一人は、どこか妖しい、悩ましい魅力を備えたサキュバス。
一人は、幼い印象を持つ、利発そうな少女の姿のサキュバス。
両者は、視線を向けられる事に困惑しているようだった。
まるで――懐かしい者を見るような目だったから。
玉座に深く、ゆっくりと腰賭ける。
堕女神がその隣から、控えめな、洗練された動作で彼の頭に冠を下ろした。
瞬間、民衆の沸き立つ声が聞こえる。
玉座の間だけではない。
同時に城の外からも響き渡るような、『王』を歓迎する声が。
この日、淫魔の国は新たな王を迎えた。
『世界』を救った勇者は、魔王によって『世界』から救われた。
その後の彼の治世は、淫魔達のみが知るところ。
―――ある一説では、堕ちた女神と交わり、半神の子を設けたとも。
―――ある一説では、国難にあえぐ隣国へ、暖かく手を差しのべたとも。
―――ある一説では、国の淫魔達へ惜しみなく愛情を分け与え、そして愛される王となったとも。
そして、ある『勇者』の物語は、ここで終わりとなる。
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
完
739 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:11:43.17 ID:nfQOajV2o
これにて終了です
一ヶ月以上のご愛読、ありがとうございました。
超乙
749 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:23:23.70 ID:CdFiW2uAO
>>1さん
面白かったです!
本当に乙でした!
756 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:31:53.78 ID:nfQOajV2o
とりあえず、完結できて良かったです
気まぐれに乗っ取って、まさか一ヶ月以上も書く事になるとは思わなかったなぁ……。
感想、改善すべき点、質問などございましたら頂きたいです
758 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:35:52.63 ID:OyG+3TsSO
堕女神は勇者と関わりのある女神だったんだよね?
お試し世界から3年前の時点に戻って魔王を倒した訳だけど
女神は3年前の時点で既に堕ちてたの?
762 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:39:04.41 ID:nfQOajV2o
>>758
いえ、別の女神です
767 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 02:44:41.77 ID:OyG+3TsSO
>>762
お試し世界の堕女神と正史の堕女神は同じ堕女神でも違う堕女神ってことなのか……
769 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/21(水) 02:48:26.49 ID:nfQOajV2o
>>767
ああ、いえ
勇者に力与えた女神は堕ちてなくて、
堕女神は更に何万年も前に堕ちているからどっちの世界でも同一人物です
分かりづらくて申し訳ない
792 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 06:09:18.68 ID:SgEok+GKo
乙でした
魔王がイケメンすぎて辛い
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