神様にねがったら、幼馴染が二人に増えてしまった
Part7
217 :名無しさん :2014/04/02(水)19:09:08 ID:Mso4NCG4g
僕に異変が起きたのは、次の日の昼ごろだった。
昨日と同じように『ハヅキ』をおぶって海に行って、
その帰りに足首の違和感に気づいた。なつかしい感覚だった。
僕と同じ病気の人ならわかるだろうけど、血友病の人間って、
痛くなる前兆みたいなものに敏感になるんだよ。
レミに『ハヅキ』をまかせて、僕はすぐにいつもの病院へ行った。
普段とちがって予約していないせいで、ずいぶんと待たされたな。
病院へ行くころには、足首が完全にはれていた。
血液検査をしてわかった結果は、血友病の再発。
しかも、単なる再発に終わらなかった。
今まで使ってきた血液製剤に対する抗体まで復活した。
その日は、どうしようもなくて看護師さんに注射を打ってもらって帰った。
家に帰るころには、油のすり切れたゼンマイ人形みたいな歩き方しかできなかった。
218 :名無しさん :2014/04/02(水)19:10:30 ID:Mso4NCG4g
『ハヅキ』には『のろい』のことは隠すつもりだったんだよ。
検査の記録をもらったら、今のハヅキのところへ行くはずだった。
だけど、普通に歩くのが困難なんだ。
そうじゃなくてもハヅキは、
僕が内出血を起こして足をひきずる光景をいやというほど見ている。
バレないわけがなかった。
結局、全部話すことになってしまった。
『ハヅキ』のそのときの顔は、本当になんて言っていいかわからない表情をしてた。
でも同時に見覚えもあった。
『おまえの世話はもういらない』って、僕に言われたときに少し似ていた気がした。
219 :名無しさん :2014/04/02(水)19:12:07 ID:Mso4NCG4g
「『のろい』をといて……それで、わたしはどうすればいいの」
『ハヅキ』の言うことはごもっともだった。
「そのあとのことは、そのあとに考えよう」
「いいかげんすぎるよ」
いちおうその先のことについては、考えはあった。
おそらくだけど、今回の『ハヅキ』のような事例はどこかにあるのではないか?
探せば見つかるかもしれないし、なにより僕は『ハヅキ』に生きてほしかった。
あとはレミと同じような反応だった。
僕を怒って、泣いて。
自分のやらかしたことが、本当に最低極まりない行為だって、そう思い知らされたよ。
220 :名無しさん :2014/04/02(水)19:14:18 ID:Mso4NCG4g
本当にひさびさに幼馴染の説教を受けたんだよ。
あんな宣言してたくせに、情けないったらありゃしない。
不謹慎だけど、それでも少し嬉しかったな。
自分を思って、泣いてくれる人がいるってことが。
でもそんなふうに想ってくれる彼女の意思を、僕は踏みにじったんだよな。
そう考えたら、足の痛みがよけいにひどくなったような気がした。
抗体が復活したからと言って、薬がまったく効かないわけじゃない。
僕はレミに冷蔵庫から注射をとってもらって、残った製剤を全部打つことにした。
三年ぶりに注射を組み立てたのに、手が完全に覚えてたから、あっさりとつくれた。
あとは注射を打って、製剤を流しこむだけ。
駆血帯で腕をしばって、浮きでた血管に0.6ミリの針を通す。
実に簡単なことだ。
でも。自分でも驚いたんだけど、失敗したんだ。
221 :名無しさん :2014/04/02(水)19:16:16 ID:Mso4NCG4g
注射の針を血管に通すのって、慣れるとミスするのが難しいぐらいに簡単なんだよ。
なのに、三回連続でミスした。
いくらブランクがあるからって、信じられなかった。
三つ目の針を肌から抜いて駆血帯をほどいた。
気づいたら、そのまま駆血帯をぶん投げてた。
僕はそこで初めて気づいたんだよ。
自分の手がふるえてるってことに。
自分が『病人』に戻ったことに、本気でショックを受けているってことに。
覚悟してたつもりだった。
『のろい』によって薬に抗体ができる可能性だって考えてた。
むしろこの程度ですんでよかった。
そう思ってたつもりだったんだ。
「ごめん」って言って、なんとか笑おうとしたけど、
自分でもうまく笑えていないっていうのはわかった。
222 :名無しさん :2014/04/02(水)19:19:09 ID:Mso4NCG4g
『ハヅキ』にだけは、こんな姿を見せちゃいけなかったのに。
本当に僕はなにをやってるんだ。
「もう一度、挑戦してみよう。今度は右手で」
『ハヅキ』は僕の右腕をつかんだ。
注射の針を通すのは簡単だって言ったけど、
僕は左腕の関節の部分にしか打ったことがないんだよ。
さすがに三回も打ったせいで駆血帯でしばるわけにもいかず、
『ハヅキ』の言ったとおりにすることにした。
駆血帯を取りに行こうとしたけど、
『ハヅキ』が僕の腕をつかんで「わたしがこうしたほうが成功するよ」って笑った。
ハヅキのまつげは、まだ涙で濡れてて光ってたな。
僕は『ハヅキ』に腕を握られたまま、注射することにした。
僕の腕をつかむ『ハヅキ』の手は、やっぱり冷たかった。
慣れない場所での注射は少し痛かった。
でも、注射の針はきちんと血管をとおった。
223 :名無しさん :2014/04/02(水)19:25:23 ID:Mso4NCG4g
注射を通常の二倍の量を打って、
さらにシップを張って足首をあげて寝たのが、よかったんだろうな。
次の日には足首のはれはきちんと引いてた。
かわりに痣ができてて、足だけゾンビみたいな色になってたけど。
レミが卒倒しそうになってたけど、僕は「大丈夫だってば」って笑った。
痣ができるってことは、出血が止まりかけてるってことだから。
『ハヅキ』も心配してたけど、そのことを教えると少しだけ安心した。
赤と紫と緑色を混ぜたみたいな色をした、自分の足を見てたら、
ハヅキのある喩えを思い出した。
人生って道とかで、たとえるのが普通だと思うんだ。
でもハヅキは、人生のことを絵の具で喩えたんだよ。
224 :名無しさん :2014/04/02(水)19:28:11 ID:Mso4NCG4g
「人生って色みたいなものだと思うんだ。
わたしたちって、生きてるうちにいろんな色を知るでしょ?」
お約束、僕は首をひねって「なに言ってんだ」って顔をしたな。
でもハヅキは僕の反応にはかまわなかったな。
僕に聞かせるっていうより、ひとりごとみたいに続けた。
「それで、知った色をどんどん足していって、自分なりの色をつくっていく。
みんな、自分の理想の色を目指すんだけど、
たぶんほとんどの人が、理想とはかけはなれた色をつくっちゃうと思うの。
それでも、自分の理想の色をがんばって追い求める。
人生ってそういうものなんじゃないかな?」
僕が「うん、意味不明」とうなずいたら、ハヅキは怒った。
「赤から黄色、白から黒を目指してがんばるんだよ」って言われて、
そのときは、ハヅキの言葉について考えるのを完全に放棄したんだよな。
225 :名無しさん :2014/04/02(水)19:30:02 ID:Mso4NCG4g
でも、今なら少しわかる気がする。
このみにくい痣の色は、僕がよかれと思って生み出したものだ。
「ほんと、オレはダメなヤツだよな」
無意識に口から出た言葉に、『ハヅキ』もレミも深くうなずいた。
「それじゃ、行こっか」
そう言ったのは、僕じゃなかった。『ハヅキ』だった。
「なんで? 『ハヅキ』とレミは家で待ってろよ」
「でも、それで『わたし』を説得できるの?」
たしかに。『ハヅキ』の指摘は正しかった。
さんざん迷ったあげく、僕は『ハヅキ』を連れて行くことにした。
レミも状況説明のために必要という結論になり、
三人で今のハヅキのもとへ行くことになった。
226 :名無しさん :2014/04/02(水)19:32:03 ID:Mso4NCG4g
僕と『ハヅキ』の足のことを考えて、ハヅキのもとへはタクシーで行くことにした。
もちろん、全額僕がはらった。
『ハヅキ』はタクシーに乗ってる間、ずっと窓から外を眺めていた。
これから、もうひとりの自分に会うってことで緊張しているのかもしれない。
もしくはもっと先のことを考えているのかもしれない。
レミはずっと、タクシーの料金メーターをにらんでたな。
料金があがるたびに「兄ちゃん、あがった」といちいち報告してきた。
恥ずかしいヤツめ。
だけど昔の僕もタクシーに乗るたびに、親にそんなことしてたなと思い出して、
苦笑いしてしまった。
227 :名無しさん :2014/04/02(水)19:36:30 ID:lA2QMiAv3
レミがいちいち可愛いな
228 :名無しさん :2014/04/02(水)20:44:33 ID:netyAd2lf
タクシーを降りて目的の場所について、レミに電話させた。
ハヅキの家も、僕の家も今日は両親がいるため、
人目につかない公園で落ちあわせることにした。
錆びれた滑り台と砂場、それからボロボロのベンチしかない、殺風景な場所。
公園、というよりは空き地といったほうがいいかもしれない。
ハヅキは指定した時間の十分前に来た。
昔の『ハヅキ』のほうが見慣れてしまったせいか、今のハヅキを見ると、
急に自分が未来に来たような錯覚を覚えた。
ベンチに座っている『ハヅキ』に気づくと、息が詰まったように立ちすくんだ。
『ハヅキ』は『ハヅキ』で、未来の自分を食い入るように見ていた。
でも、『ハヅキ』はもうひとりの自分を見たあと、
なぜか今度は僕のほうをうかがってたな。
同じ人間がふたりいるという光景は、想像以上に衝撃的な光景だった。
レミなんかは、ずっとふたりを交互に見比べてたな。
229 :名無しさん :2014/04/02(水)20:49:00 ID:netyAd2lf
時間が止まったみたいに、かたまっていたハヅキが、僕に向かって言った。
「そっくりさん、じゃないよね。
……もしかして、神様におねがいした?」
うなずこうとした僕より先に、『ハヅキ』が答える。
「そうだよ。そうですよ? ……えっと、もうひとりのわたし?」
『ハヅキ』も少し混乱してるみたいだった。
「どういうことか、説明してもらっていいかな」とハヅキ。
今度こそ説明しようと、僕はベンチから身を乗り出したけど、
『ハヅキ』がまた僕より先に口を開いた。
「わたしに説明させてくれないかな」
「できればふたりっきりがいい」ともうひとりの自分を見て、『ハヅキ』は続けた。
230 :名無しさん :2014/04/02(水)20:53:25 ID:netyAd2lf
ハヅキは少し間をおいて、こう言った。
「わたしもそうしたいな。ふたりだけで話させてくれる?」
ふたりのハヅキに同時に見られて、僕は目をそらした。
冷蔵庫で極限まで冷やした製剤を血管にとおしたときと同じような寒気が、一瞬だけした。
ふたりのハヅキには、ふたりにしか通じないものがあるのだろうか。
同じ人間。今と昔のハヅキ。
「オレが話すべきだと思うんだけど」
『ハヅキ』は「どうしても話したいことがあるの、わたしと」と未来の自分を見た。
視線を感じて、僕はハヅキに目を向けた。
一瞬だけ視線があったけど、彼女はすぐにもうひとりの自分へと向き直る。
「じゃあ話が終わったら、あたしのケータイに連絡してね」
レミがそう言うと、ふたりは同時にうなずいた。
なぜか右腕の関節が、チクリと痛んだ気がした。
231 :名無しさん :2014/04/02(水)21:00:10 ID:netyAd2lf
「落ち着きなよ。そんなに歩くとまた足が痛くなるよ」
「わかってるよ」
「わかってるなら、動くのやめなよ」
僕らは公園のそばのコンビニの駐車場で、ハヅキたちを待っていた。
「冷たいし、さむい!」
レミは冬にも関わらず、アイスを頬張っていた。
あのふたりがどんな会話をしているのか。
それが気になってしかたがなかった。
しかもすでに、一時間もたっている。
「兄ちゃんさ、ハヅキちゃんのこともそうだけど、
自分のことは考えてんの?」
「いちおうな」と僕はそっけなく答えた。
232 :名無しさん :2014/04/02(水)21:17:19 ID:netyAd2lf
昔から積み重ねてきたものは、全部なくなってしまったわけだ。
また注射に世話になる生活がはじまる。
親にもまた、迷惑をかけることになる。
「レミ」
「なに?」
「ごめんな。おまえがせっかくオレのために『ねがい』を使ってくれたのに」
レミは、食べ終わったアイスをゴミ箱に入れた。
「ホント、おバカなんだから。
許してほしかったら、神様のかわりにあたしのねがいをかなえてね?」
「神様のかわり、か」
僕のつぶやきをかき消すように、レミのケータイが鳴る。
ふたりのハヅキの話し合いは終わったみたいだ。
233 :名無しさん :2014/04/02(水)21:46:30 ID:netyAd2lf
ふたりのハヅキは、ベンチに腰かけてなにかを話していた。
遠目から眺めていると、ふたりの区別はまったくできなかった。
ハヅキは「用事があるから、先に帰るね」と僕に言った。
やっぱり僕とハヅキの目があうことはなかった。
それで、よくわからないけど不安になったんだろうな。
「ハヅキ」って僕は彼女のことを呼び止めていた。
ハヅキの背中は僕をふりかえらなかった。
「なに?」
「その……たのんだ」
「『ハヅキ』を」と続けるつもりだった。
でも彼女の背中はその言葉を拒否する気がした。
僕は口をにごした。
そのあとハヅキがなにか言ったけど、
冷たい風がその言葉をさらっていってしまった。
また僕は、彼女の影を見送ることしかできなかった。
236 :名無しさん :2014/04/03(木)01:30:54 ID:Qmf6OIHRQ
それから行きと同じようにタクシーに乗って、僕らはアパートに戻った。
タクシーに乗ってる間、ずっとハヅキの後姿がチラついてたのかな。
少しだけ胸が重くなった気がした。
『ハヅキ』も疲れたのか、帰りは眠ってたな。
『ハヅキ』の寝顔は、
今まで見た中で一番あどけなくて、一番無防備なものに見えた。
『のろい』がとけるってわかって安心したのかな。
行きは料金メーターとずっとにらめっこしてたレミも、
あきたのか、帰りはずっと窓の外の景色を見ていた。
237 :名無しさん :2014/04/03(木)01:31:57 ID:Qmf6OIHRQ
家に帰ってからは、これまでどおり。
『ハヅキ』の表情も、昨日に比べると明るかった。
未来への問題は山積みだったけど、
昨日に比べれば先は明るいように思えた。
食事、風呂、その他のやるべきことを終えて、僕たちは眠りについた。
今日はレミも『ハヅキ』もよくしゃべってたからかな。
寝静まった部屋の音が妙に気になって、僕はなかなか眠れなかった。
なんとか寝ようと思って、
まぶたをきつく閉じてみるんだけど、今度は見覚えのある背中が浮かんできてさ。
今すぐに寝るのは無理そうだと思って、僕はからだをおこした。
238 :名無しさん :2014/04/03(木)01:33:30 ID:Qmf6OIHRQ
ハヅキは、もう『ねがい』を使ってくれたのか、とか。
明日からはどうするか、とか。
いろいろ考えてたら、完全に目がさえちゃったんだよ。
「起きてる?」
てっきり『ハヅキ』は眠っているものだと思ったけど、僕と同じで眠れたかったらしい。
「海に連れていって」
「今から?」
「今から」
『ハヅキ』の足はまだもとにはもどってないらしい。
『ねがい』を使ってから、叶うまでには、
ある程度のタイムラグがあるのは僕も知っていた。
どうせ眠れないし、彼女に頼まれて僕がことわれるわけがなかった。
239 :名無しさん :2014/04/03(木)01:34:19 ID:Qmf6OIHRQ
真夜中の町は、あまりにしずかで風の音すらしなかった。
ひょっとすると、今この世界にいるのは僕と『ハヅキ』だけなのかもしれない。
「レミちゃんは少なくともいるでしょ」
僕におぶられていた『ハヅキ』が、そう言った。
耳もとに彼女の息がかかって、少しだけくすぐったい。
そういえば、この声をうしろから聞くってけっこうめずらしいな。
歩いてるとちゅう、『ハヅキ』が一度だけ僕の足について聞いてきたけど、
「大丈夫だよ」って答えるとそれっきりなにも聞いてこなかった。
海の音が近づいてくる。
どうしてか、胸が苦しくなった。
僕に異変が起きたのは、次の日の昼ごろだった。
昨日と同じように『ハヅキ』をおぶって海に行って、
その帰りに足首の違和感に気づいた。なつかしい感覚だった。
僕と同じ病気の人ならわかるだろうけど、血友病の人間って、
痛くなる前兆みたいなものに敏感になるんだよ。
レミに『ハヅキ』をまかせて、僕はすぐにいつもの病院へ行った。
普段とちがって予約していないせいで、ずいぶんと待たされたな。
病院へ行くころには、足首が完全にはれていた。
血液検査をしてわかった結果は、血友病の再発。
しかも、単なる再発に終わらなかった。
今まで使ってきた血液製剤に対する抗体まで復活した。
その日は、どうしようもなくて看護師さんに注射を打ってもらって帰った。
家に帰るころには、油のすり切れたゼンマイ人形みたいな歩き方しかできなかった。
218 :名無しさん :2014/04/02(水)19:10:30 ID:Mso4NCG4g
『ハヅキ』には『のろい』のことは隠すつもりだったんだよ。
検査の記録をもらったら、今のハヅキのところへ行くはずだった。
だけど、普通に歩くのが困難なんだ。
そうじゃなくてもハヅキは、
僕が内出血を起こして足をひきずる光景をいやというほど見ている。
バレないわけがなかった。
結局、全部話すことになってしまった。
『ハヅキ』のそのときの顔は、本当になんて言っていいかわからない表情をしてた。
でも同時に見覚えもあった。
『おまえの世話はもういらない』って、僕に言われたときに少し似ていた気がした。
219 :名無しさん :2014/04/02(水)19:12:07 ID:Mso4NCG4g
「『のろい』をといて……それで、わたしはどうすればいいの」
『ハヅキ』の言うことはごもっともだった。
「そのあとのことは、そのあとに考えよう」
「いいかげんすぎるよ」
いちおうその先のことについては、考えはあった。
おそらくだけど、今回の『ハヅキ』のような事例はどこかにあるのではないか?
探せば見つかるかもしれないし、なにより僕は『ハヅキ』に生きてほしかった。
あとはレミと同じような反応だった。
僕を怒って、泣いて。
自分のやらかしたことが、本当に最低極まりない行為だって、そう思い知らされたよ。
220 :名無しさん :2014/04/02(水)19:14:18 ID:Mso4NCG4g
本当にひさびさに幼馴染の説教を受けたんだよ。
あんな宣言してたくせに、情けないったらありゃしない。
不謹慎だけど、それでも少し嬉しかったな。
自分を思って、泣いてくれる人がいるってことが。
でもそんなふうに想ってくれる彼女の意思を、僕は踏みにじったんだよな。
そう考えたら、足の痛みがよけいにひどくなったような気がした。
抗体が復活したからと言って、薬がまったく効かないわけじゃない。
僕はレミに冷蔵庫から注射をとってもらって、残った製剤を全部打つことにした。
三年ぶりに注射を組み立てたのに、手が完全に覚えてたから、あっさりとつくれた。
あとは注射を打って、製剤を流しこむだけ。
駆血帯で腕をしばって、浮きでた血管に0.6ミリの針を通す。
実に簡単なことだ。
でも。自分でも驚いたんだけど、失敗したんだ。
221 :名無しさん :2014/04/02(水)19:16:16 ID:Mso4NCG4g
注射の針を血管に通すのって、慣れるとミスするのが難しいぐらいに簡単なんだよ。
なのに、三回連続でミスした。
いくらブランクがあるからって、信じられなかった。
三つ目の針を肌から抜いて駆血帯をほどいた。
気づいたら、そのまま駆血帯をぶん投げてた。
僕はそこで初めて気づいたんだよ。
自分の手がふるえてるってことに。
自分が『病人』に戻ったことに、本気でショックを受けているってことに。
覚悟してたつもりだった。
『のろい』によって薬に抗体ができる可能性だって考えてた。
むしろこの程度ですんでよかった。
そう思ってたつもりだったんだ。
「ごめん」って言って、なんとか笑おうとしたけど、
自分でもうまく笑えていないっていうのはわかった。
『ハヅキ』にだけは、こんな姿を見せちゃいけなかったのに。
本当に僕はなにをやってるんだ。
「もう一度、挑戦してみよう。今度は右手で」
『ハヅキ』は僕の右腕をつかんだ。
注射の針を通すのは簡単だって言ったけど、
僕は左腕の関節の部分にしか打ったことがないんだよ。
さすがに三回も打ったせいで駆血帯でしばるわけにもいかず、
『ハヅキ』の言ったとおりにすることにした。
駆血帯を取りに行こうとしたけど、
『ハヅキ』が僕の腕をつかんで「わたしがこうしたほうが成功するよ」って笑った。
ハヅキのまつげは、まだ涙で濡れてて光ってたな。
僕は『ハヅキ』に腕を握られたまま、注射することにした。
僕の腕をつかむ『ハヅキ』の手は、やっぱり冷たかった。
慣れない場所での注射は少し痛かった。
でも、注射の針はきちんと血管をとおった。
223 :名無しさん :2014/04/02(水)19:25:23 ID:Mso4NCG4g
注射を通常の二倍の量を打って、
さらにシップを張って足首をあげて寝たのが、よかったんだろうな。
次の日には足首のはれはきちんと引いてた。
かわりに痣ができてて、足だけゾンビみたいな色になってたけど。
レミが卒倒しそうになってたけど、僕は「大丈夫だってば」って笑った。
痣ができるってことは、出血が止まりかけてるってことだから。
『ハヅキ』も心配してたけど、そのことを教えると少しだけ安心した。
赤と紫と緑色を混ぜたみたいな色をした、自分の足を見てたら、
ハヅキのある喩えを思い出した。
人生って道とかで、たとえるのが普通だと思うんだ。
でもハヅキは、人生のことを絵の具で喩えたんだよ。
224 :名無しさん :2014/04/02(水)19:28:11 ID:Mso4NCG4g
「人生って色みたいなものだと思うんだ。
わたしたちって、生きてるうちにいろんな色を知るでしょ?」
お約束、僕は首をひねって「なに言ってんだ」って顔をしたな。
でもハヅキは僕の反応にはかまわなかったな。
僕に聞かせるっていうより、ひとりごとみたいに続けた。
「それで、知った色をどんどん足していって、自分なりの色をつくっていく。
みんな、自分の理想の色を目指すんだけど、
たぶんほとんどの人が、理想とはかけはなれた色をつくっちゃうと思うの。
それでも、自分の理想の色をがんばって追い求める。
人生ってそういうものなんじゃないかな?」
僕が「うん、意味不明」とうなずいたら、ハヅキは怒った。
「赤から黄色、白から黒を目指してがんばるんだよ」って言われて、
そのときは、ハヅキの言葉について考えるのを完全に放棄したんだよな。
225 :名無しさん :2014/04/02(水)19:30:02 ID:Mso4NCG4g
でも、今なら少しわかる気がする。
このみにくい痣の色は、僕がよかれと思って生み出したものだ。
「ほんと、オレはダメなヤツだよな」
無意識に口から出た言葉に、『ハヅキ』もレミも深くうなずいた。
「それじゃ、行こっか」
そう言ったのは、僕じゃなかった。『ハヅキ』だった。
「なんで? 『ハヅキ』とレミは家で待ってろよ」
「でも、それで『わたし』を説得できるの?」
たしかに。『ハヅキ』の指摘は正しかった。
さんざん迷ったあげく、僕は『ハヅキ』を連れて行くことにした。
レミも状況説明のために必要という結論になり、
三人で今のハヅキのもとへ行くことになった。
226 :名無しさん :2014/04/02(水)19:32:03 ID:Mso4NCG4g
僕と『ハヅキ』の足のことを考えて、ハヅキのもとへはタクシーで行くことにした。
もちろん、全額僕がはらった。
『ハヅキ』はタクシーに乗ってる間、ずっと窓から外を眺めていた。
これから、もうひとりの自分に会うってことで緊張しているのかもしれない。
もしくはもっと先のことを考えているのかもしれない。
レミはずっと、タクシーの料金メーターをにらんでたな。
料金があがるたびに「兄ちゃん、あがった」といちいち報告してきた。
恥ずかしいヤツめ。
だけど昔の僕もタクシーに乗るたびに、親にそんなことしてたなと思い出して、
苦笑いしてしまった。
227 :名無しさん :2014/04/02(水)19:36:30 ID:lA2QMiAv3
レミがいちいち可愛いな
228 :名無しさん :2014/04/02(水)20:44:33 ID:netyAd2lf
タクシーを降りて目的の場所について、レミに電話させた。
ハヅキの家も、僕の家も今日は両親がいるため、
人目につかない公園で落ちあわせることにした。
錆びれた滑り台と砂場、それからボロボロのベンチしかない、殺風景な場所。
公園、というよりは空き地といったほうがいいかもしれない。
ハヅキは指定した時間の十分前に来た。
昔の『ハヅキ』のほうが見慣れてしまったせいか、今のハヅキを見ると、
急に自分が未来に来たような錯覚を覚えた。
ベンチに座っている『ハヅキ』に気づくと、息が詰まったように立ちすくんだ。
『ハヅキ』は『ハヅキ』で、未来の自分を食い入るように見ていた。
でも、『ハヅキ』はもうひとりの自分を見たあと、
なぜか今度は僕のほうをうかがってたな。
同じ人間がふたりいるという光景は、想像以上に衝撃的な光景だった。
レミなんかは、ずっとふたりを交互に見比べてたな。
229 :名無しさん :2014/04/02(水)20:49:00 ID:netyAd2lf
時間が止まったみたいに、かたまっていたハヅキが、僕に向かって言った。
「そっくりさん、じゃないよね。
……もしかして、神様におねがいした?」
うなずこうとした僕より先に、『ハヅキ』が答える。
「そうだよ。そうですよ? ……えっと、もうひとりのわたし?」
『ハヅキ』も少し混乱してるみたいだった。
「どういうことか、説明してもらっていいかな」とハヅキ。
今度こそ説明しようと、僕はベンチから身を乗り出したけど、
『ハヅキ』がまた僕より先に口を開いた。
「わたしに説明させてくれないかな」
「できればふたりっきりがいい」ともうひとりの自分を見て、『ハヅキ』は続けた。
230 :名無しさん :2014/04/02(水)20:53:25 ID:netyAd2lf
ハヅキは少し間をおいて、こう言った。
「わたしもそうしたいな。ふたりだけで話させてくれる?」
ふたりのハヅキに同時に見られて、僕は目をそらした。
冷蔵庫で極限まで冷やした製剤を血管にとおしたときと同じような寒気が、一瞬だけした。
ふたりのハヅキには、ふたりにしか通じないものがあるのだろうか。
同じ人間。今と昔のハヅキ。
「オレが話すべきだと思うんだけど」
『ハヅキ』は「どうしても話したいことがあるの、わたしと」と未来の自分を見た。
視線を感じて、僕はハヅキに目を向けた。
一瞬だけ視線があったけど、彼女はすぐにもうひとりの自分へと向き直る。
「じゃあ話が終わったら、あたしのケータイに連絡してね」
レミがそう言うと、ふたりは同時にうなずいた。
なぜか右腕の関節が、チクリと痛んだ気がした。
231 :名無しさん :2014/04/02(水)21:00:10 ID:netyAd2lf
「落ち着きなよ。そんなに歩くとまた足が痛くなるよ」
「わかってるよ」
「わかってるなら、動くのやめなよ」
僕らは公園のそばのコンビニの駐車場で、ハヅキたちを待っていた。
「冷たいし、さむい!」
レミは冬にも関わらず、アイスを頬張っていた。
あのふたりがどんな会話をしているのか。
それが気になってしかたがなかった。
しかもすでに、一時間もたっている。
「兄ちゃんさ、ハヅキちゃんのこともそうだけど、
自分のことは考えてんの?」
「いちおうな」と僕はそっけなく答えた。
232 :名無しさん :2014/04/02(水)21:17:19 ID:netyAd2lf
昔から積み重ねてきたものは、全部なくなってしまったわけだ。
また注射に世話になる生活がはじまる。
親にもまた、迷惑をかけることになる。
「レミ」
「なに?」
「ごめんな。おまえがせっかくオレのために『ねがい』を使ってくれたのに」
レミは、食べ終わったアイスをゴミ箱に入れた。
「ホント、おバカなんだから。
許してほしかったら、神様のかわりにあたしのねがいをかなえてね?」
「神様のかわり、か」
僕のつぶやきをかき消すように、レミのケータイが鳴る。
ふたりのハヅキの話し合いは終わったみたいだ。
233 :名無しさん :2014/04/02(水)21:46:30 ID:netyAd2lf
ふたりのハヅキは、ベンチに腰かけてなにかを話していた。
遠目から眺めていると、ふたりの区別はまったくできなかった。
ハヅキは「用事があるから、先に帰るね」と僕に言った。
やっぱり僕とハヅキの目があうことはなかった。
それで、よくわからないけど不安になったんだろうな。
「ハヅキ」って僕は彼女のことを呼び止めていた。
ハヅキの背中は僕をふりかえらなかった。
「なに?」
「その……たのんだ」
「『ハヅキ』を」と続けるつもりだった。
でも彼女の背中はその言葉を拒否する気がした。
僕は口をにごした。
そのあとハヅキがなにか言ったけど、
冷たい風がその言葉をさらっていってしまった。
また僕は、彼女の影を見送ることしかできなかった。
236 :名無しさん :2014/04/03(木)01:30:54 ID:Qmf6OIHRQ
それから行きと同じようにタクシーに乗って、僕らはアパートに戻った。
タクシーに乗ってる間、ずっとハヅキの後姿がチラついてたのかな。
少しだけ胸が重くなった気がした。
『ハヅキ』も疲れたのか、帰りは眠ってたな。
『ハヅキ』の寝顔は、
今まで見た中で一番あどけなくて、一番無防備なものに見えた。
『のろい』がとけるってわかって安心したのかな。
行きは料金メーターとずっとにらめっこしてたレミも、
あきたのか、帰りはずっと窓の外の景色を見ていた。
237 :名無しさん :2014/04/03(木)01:31:57 ID:Qmf6OIHRQ
家に帰ってからは、これまでどおり。
『ハヅキ』の表情も、昨日に比べると明るかった。
未来への問題は山積みだったけど、
昨日に比べれば先は明るいように思えた。
食事、風呂、その他のやるべきことを終えて、僕たちは眠りについた。
今日はレミも『ハヅキ』もよくしゃべってたからかな。
寝静まった部屋の音が妙に気になって、僕はなかなか眠れなかった。
なんとか寝ようと思って、
まぶたをきつく閉じてみるんだけど、今度は見覚えのある背中が浮かんできてさ。
今すぐに寝るのは無理そうだと思って、僕はからだをおこした。
238 :名無しさん :2014/04/03(木)01:33:30 ID:Qmf6OIHRQ
ハヅキは、もう『ねがい』を使ってくれたのか、とか。
明日からはどうするか、とか。
いろいろ考えてたら、完全に目がさえちゃったんだよ。
「起きてる?」
てっきり『ハヅキ』は眠っているものだと思ったけど、僕と同じで眠れたかったらしい。
「海に連れていって」
「今から?」
「今から」
『ハヅキ』の足はまだもとにはもどってないらしい。
『ねがい』を使ってから、叶うまでには、
ある程度のタイムラグがあるのは僕も知っていた。
どうせ眠れないし、彼女に頼まれて僕がことわれるわけがなかった。
真夜中の町は、あまりにしずかで風の音すらしなかった。
ひょっとすると、今この世界にいるのは僕と『ハヅキ』だけなのかもしれない。
「レミちゃんは少なくともいるでしょ」
僕におぶられていた『ハヅキ』が、そう言った。
耳もとに彼女の息がかかって、少しだけくすぐったい。
そういえば、この声をうしろから聞くってけっこうめずらしいな。
歩いてるとちゅう、『ハヅキ』が一度だけ僕の足について聞いてきたけど、
「大丈夫だよ」って答えるとそれっきりなにも聞いてこなかった。
海の音が近づいてくる。
どうしてか、胸が苦しくなった。
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