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幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.

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Part9
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:50:02.04 ID:h5xVrpm/o
 母は妹の料理をべた褒めした。学校での様子を聞いた。
 仕事の方が忙しくて、と寂しそうに呟いた。俺も妹もそんなことは知っている。
 分かってるよ、と妹は返事をする。学校はふつうだよ。家事はもうとっくに慣れたよ。心配しないで。
 仕事を一生懸命こなす両親。
 尊敬と感謝を持って接するべき人。
 悪い人たちじゃない。
 夫婦仲も家族仲も悪くない。
 ままならない。
 文句があるわけじゃない。
 時間ができれば、こうやって俺たちと一緒にいようとしてくれる。
 それでなくても仕事熱心というのは尊敬に値することだし、おかげで金銭面でもなんら不自由のない生活を送れている。
 充分すぎる。
 言いたいことがないわけではないが、それを言葉にするにはあまりに長い時間が経ちすぎた。
 一緒にいる時間だけが、圧倒的に足りなかった。
 俺だけならどうにでもなる。
 妹のことを思うと、どうも気持ちが暗くなる。

173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:50:33.81 ID:h5xVrpm/o
 食事を終えて、部屋に戻る。一緒にトランプをしたがる母に、用事があるからちょっと待ってて、と言い訳した。
 そう長い話にはならない。
 
 言うことは決まっている。確認するだけ、だ。それなのに、やっぱり心臓は痛いほど脈打つ。
 ボタンを操作する指が、いつものように思い通りに動かない。
 それでもなんとか番号を呼び出す。
 通話ボタンを押した。
 耳に電話を当てる。断続的な音が、やがて呼び出し音変わる。そういえば今は食事時かもしれないな、といまさらながら思った。
 でももうかけてしまった。
 長い時間、同じ音を聞いていたような気がする。
 電話に出た幼馴染の声は、少しだけ固くなっていた。
「もしもし」と言葉を交わした後、沈黙が訪れる。何から話せばいいのか分からない。

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:51:11.26 ID:h5xVrpm/o
「珍しいね。えっと……なに?」
 彼女の声にハッとする。何かを言わなければならない。
 俺は直球に話を進めることにした。
「今朝、何かを言いかけてたなと思って」
 少し卑怯だったかもしれない、と思う。でも、自省的な思考は後回しでいい。
 幼馴染が何かを言おうとしたのが分かる。けれど彼女は、すぐにいつもの調子に戻って茶化すように笑った。
「あれはーーごめん。なんでもなかったの」
 声に動揺が浮き出ているのが分かる。長い付き合いだから。
 彼女が言葉に詰まる様子が目に浮かんだ。気まずそうな表情。電話口でも気配だけで想像できてしまう。

175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:51:58.51 ID:h5xVrpm/o
 もういいや、言っちゃえ、と思った。間違っていたとしても俺が恥を掻くだけだ。
「ーー偽装なんだろ?」
 幼馴染が息を呑むのが分かった。
 しばらく沈黙があった。耳鳴りがしそうな静寂。時計の針の音が聞こえそうなほどだったけれど、ここに時計はなかった。
 不意に、前触れもなく、
 
「……よく分かった、ね」
 幼馴染がそれを認めた。ほっと息をつく。なぜだか、すごく安心していた。
「今朝、言おうとしたのって、それか?」
「……うん」
 できれば詳しい話を聞きたかったが、俺がそれを訊ねるのはおかしいような気がする。
 けれど幼馴染は、自分から事情を話しはじめた。
「先輩の友達の、女の先輩がいるじゃない?」
 先輩の交友関係には詳しくないが、おそらくメデューサだろう。

176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:52:43.77 ID:h5xVrpm/o
「あの人にしつこく付き合ってって言われて、困ってる、って先輩に言われて。それで……」
「それで?」
「……付き合ってるふりをしてくれ、って」
 押しに弱い幼馴染のことだから、最初は渋っても、しつこく言われ続ければ引き受けてしまう。
 たぶん、周りに流されたところもあるのだろう。
 先輩がどのような言葉を用いて幼馴染の協力をとりつけたかは、だいたい想像がつく。
 部活動に集中したいこと、そのために誰かの協力が必要だということ、そう長い期間は必要ないこと、迷惑はかからないこと。
「最初は断ったんだけど……」
「断りきれなかった」
「……うん。それでーー」
 ーーそれで、付き合っているふりをはじめた。
 それだけのこと。
 先輩とメデューサが何のつもりかは分からないが、まだ何か含みはありそうだ。
 だとしても、幼馴染の認識でいえば、ただそれだけのこと。


177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:53:10.23 ID:h5xVrpm/o
 ただの偽装。
 それを確認できたことに、深く安堵する。
 話を終えたあと、また電話口に沈黙が降りた。お互いの呼吸の音が聞こえる。彼女が息を吸うのが聞こえた。
 幼馴染は、覚悟を決めたように話し始めた。
「ほんとは、さ」
 その言葉に思わず眉間が寄る。何か彼女にも含みがあったのだろうか。
「私、先輩の提案を、積極的に受けたの」
 一瞬、思考がフリーズした。
 数秒置いて、胸の中で暗い気持ちが膨れ上がるのを感じる。
 冷や汗が滲む。電話を持つ手の力が抜けてしまいそうだった。
 
 続く言葉をあらかじめ予想しておく。先輩が好きだったから、先輩と偽装でも付き合えるのは嬉しかったから。
 こうしておくとあらかじめ防壁を張っておける。でも現実は、いつだって想像の上をいく。防壁など、大抵は貫いてしまう。
 俺は覚悟を決めて瞼を強く瞑った。

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:53:38.88 ID:h5xVrpm/o
「友達に、一度、相談したの。そしたらーー」
 話がよく分からない方向に進む。俺の想像とは違う方向に。
 俺の想像した通りだとしたら、友人に相談する意味はない。
「ーーちょうどいいんじゃないかって」
「ちょうどいい?」
「だから……その」
 幼馴染はそこで言いよどんだ。
「誰かと付き合うって話になったら、何か、反応するかなって」
「……反応?」
 俺の反芻に、彼女は心底困ったように「ああもう」と唸る。
「だから、やきもち妬くかなって」
 誰が? ーーと、訊くのはやめておく。
 内心で自分が期待し始めたことに気付いたからだ。
 それは自惚れかもしれない。
 臆病といわれても、聞き返す勇気はなかった。

179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:54:05.70 ID:h5xVrpm/o
「で、どうだったんだよ。反応はあったのか?」
 もう考えるのがいやになって、やけになって適当なことを言った。
「……充分すぎるほど」
 偽装だってことになると、たとえば月曜の朝の、
『……童貞、なの?』
 という言葉には、別に経験済み的な意味はなかったことになる。
 脳内シュミレーション。幼馴染の立場。
 朝、教室に入る。静まり返ったなか、マエストロの声が響いている。
『このクラスで童貞は、サラマンダーと、俺と、それからおまえだけだ』
 扉を開けた瞬間に聞こえる衝撃的な発言。
 混乱していると、俺と目が合う。
 何かを言わなきゃ、という気分になりーー
『……童貞、なの?』
 思わず鸚鵡返し。
 まさかそんなばかな。

180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:55:26.01 ID:h5xVrpm/o
 シュミレーションを続ける。
 火曜日の発言。
『おまえなんて、おまえなんて、サッカー部のなんかかっこいい先輩といい感じになってあげくのはてに卒業してからも一緒にいればいいんだ!』
『……祝福されてるのかな?』
 このとき周囲にはクラスメイトたちがいた。
 偽装を頼まれている立場からして、否定的な言葉を出すわけにもいかないだろう。
 やけに冷静だったところを見ると、ひょっとして俺の反応を楽しんでいたのかもしれない。ーーそれは自惚れか。
 こうやって判断していくと、何もおかしいことなんてなかったような気がする。
 自分の思い込みのせいで勝手に落ち込んでいたんだろうか。ひどく馬鹿らしい気分になる。
 気にかかるのは、
『おまえと結婚の約束をした記憶なんてないッ!』
『私もないよ?』
 このやりとりくらいか。
 彼女は本当に忘れてしまったのだろうか。

181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:55:53.29 ID:h5xVrpm/o
 俺が考え事にふけっていると、幼馴染は電話の向こうであくびをかみ殺した。
 まだ八時にもなっていないことに気付いて愕然とする。もっと長い時間、電話していたような気がした。
「ーー明日、先輩に言おうと思う」
 幼馴染は眠そうな声で言った。
「やっぱり、あの話はなかったことにしてください、って。みんなに嘘つくのも、疲れちゃったし」
 悪女だ。
 悪女がいる。
 学校中を騙してみせたあげく、「疲れちゃった」なんて理由でやめようとしていた。
「ごめんね、心配だった?」
 からかうように、幼馴染は言った。
「馬鹿言えよ」
 俺は見栄を張った。
 ふたりで一緒にひとしきり笑った。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:56:30.17 ID:h5xVrpm/o
 また、互いに言葉を失う。何かを言わなければならないような気がした。
 言っちゃえよ。頭の中で誰かが言った。好きって言っちゃえよ。
 頭の中のもうひとりが言った。それでいいのか? 勢いと雰囲気に流されてないか? おまえは幼馴染が好きなのか?
 冷静な声に情熱的な声が反論する。馬鹿おまえ、好きじゃなかったらこんな内容の電話するわけないだろ。
 
 不毛なやりとりが何度も繰り返される。その間、俺はずっと黙っていた。
 やがて、幼馴染はしびれを切らしたみたいに言葉を発した。
「それじゃ……」
 名残を惜しむような声だった。俺は何かを言おうとして、やめた。
「ああ、うん……」
 電話を切ると、物音ひとつしない自分の部屋に戻ってきた。今まで、どこか遠い場所にいたような気がした。
 そのあとで、幼馴染の言葉を思い出した。
『ーー明日、先輩に言おうと思う』
 ……馬鹿だ。
 明日は土曜だし、テスト前だから部活もない。
 ひとりでクスクス笑ってから、また考え事にひたる。

183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:56:59.69 ID:h5xVrpm/o
 何で何も言わなかったんだろう、と自問する。
 本棚から一冊の文庫本を取り出した。ブックオフで百五円で売っていた小説。
 冒頭にはこんな一節があった。
 ーーなににもまして重要だというものごとは、なににもまして口に出して言いにくいものだ。ーー
 俺はこの言葉を盾にとって自分を慰める。多くを口に出せないとき。何かを言い損ねたとき。言い訳に使う。
 それでもいつか、誰かに何かを告げなければならない場面は来る。
 考える。
 今回は結局、幼馴染に彼氏ができたわけではなかった。
 でも、もし仮に、本当に幼馴染に恋人ができたとき、どうなるのだろう。俺は祝福するのか、後悔するのか。
 子供っぽい独占欲と恋愛感情との区別を、俺はいまだにつけられていない。
 今回は偽装を偽装と確認するだけでよかった。
 でも、もし今後そうではなく、「本当の」交際相手などというものが現れたら、幼馴染を取り返すなどということはできはしない。
 このところさんざん悩んでいたように、苦しみながらも折り合いをつけていくことになる。
 だから、判断しなければならない。
 俺はいったい、誰が好きなのか。
 幼馴染を取り戻そうとした感情が、もし子供っぽい独占欲だったなら、それは何の為にもならない。決別しなくてはいけない。
 選ばなくてはならない。そもそも、幼馴染の恋愛に口を出す権利など、俺は持ち合わせていないのだから。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:57:29.06 ID:h5xVrpm/o
 考え事を続けすぎて、頭痛がしそうになる。
 部屋を出てリビングに戻ると、母と妹がふたりでトランプをしていた。
「なにやってるの?」
「ババ抜き」
 ……ふたりで?
 喉を潤してから自室に戻る。しばらくテストにそなえて教科書を見返す。
 文字を目で追うが、ちっとも頭には入っていない。教科書の表面を撫でるだけ。目が滑っている、と感じた。
 長い時間、なんとか教科書を理解しようと苦心していると、不意にノックの音が聞こえた。
 返事をすると、お風呂あがりらしい妹がパジャマ姿で部屋の中に入り込んでくる。
「お母さんは?」
「……電話してる」
 寂しそうに言う。
「そっか」
 
 頷いてから、ふたたび教科書と向き合う。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:58:06.82 ID:h5xVrpm/o
「ね、なんかして遊ぼうよ」
 さっきまで誰かと一緒にいたせいで、ひとりになるのが寂しくてたまらないのだろう。
 俺は少し考える。遊ぶといっても、できることなんてない。
「テスト近いだろ。勉強したらどうだ?」
 妹は不服そうに口を尖らせた。
 彼女には落ち込めば落ち込むだけ素直になるという習性がある。
「分かった」
 素直に頷く。
 背中に声をかけて呼びとめる。
「カバン持ってきて、この部屋で勉強しろよ」
 妹がカバンを持ってふたたび俺の部屋を訪れるまで、五分とかからなかった。
 しばらくふたりで勉強をする。一時間が経った頃、妹はうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
 明日が休みだから、気が抜けたのだろう。
 肩を揺すって起こす。自分の部屋で寝るように言う。寝ぼけたままの様子の彼女は、ふらふらとしながら自分の部屋に戻っていった。

186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:58:35.70 ID:h5xVrpm/o
 どうも、喉の渇きがとれない。
 リビングに行く。
 電話を終えた母が手持ち無沙汰に座っていた。
「あの子は?」
 母は開口一番に尋ねた。
「寝たよ」
「ずいぶん早いのね」
「まぁ、うん」
「学校はどう?」
「悪くないよ」
 曖昧に答える。すべての学生が、両親に学校での出来事をつまびらかに語るわけではないだろう。きっと。
「妹は?」
「がんばってるよ」
 過剰なほど。
「なんとか、やっていけてる?」
「……まぁね」
 親が子供に言う台詞としては、あと数年早い。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:59:12.27 ID:h5xVrpm/o
 母はまだ何かを言いたげだったが、もう質問が思い浮かばないようだった。
 距離を、測り損ねている。 
 麦茶をコップに注ぐ。
「飲む?」
「ええ」
 ふたつめのコップを用意した。
 少しすると、母は自分の寝室に戻った。
 部屋に戻ってひとりになってから、どうするべきかを悩んだ。
 思い浮かんだのは、先輩の言葉。
 ーー君には悪いと思ったけど。
 ひとまず、話の通じる彼から事情を聞いておきたいところだ。
 いったい、何がどうなっていたのだろう。

188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 13:59:39.41 ID:h5xVrpm/o
 幼馴染のことはひとまずいいにしてもーー放置しておけばメデューサに攻撃されかねない。
 あの異常な態度。
 憂鬱だ。
 風呂に入る。歯を磨く。ベッドに潜り込む。
 寝付けない。うだるような熱気に部屋がもやもやと侵食されている。
 ドアを開けっ放しにして空気の通り道を作る。窓を開けると涼やかな風が入ってきた。
 
 起き上がって電気をつける。教科書をめくった。
 テストが近い。勉強しなきゃ。
 こういうとき、何か趣味があればいいのになぁ、と思う。寝付けない夜が多すぎる。

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 14:00:13.66 ID:h5xVrpm/o
つづく

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 14:10:47.08 ID:/775z2EIO


191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(広島県) :2011/07/27(水) 14:16:16.22 ID:ec4Lq6EQ0
すごくうまいと思う。
期待してるよ、乙!


193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 14:39:09.72 ID:PwAfVbtto

男が迷うから先が見えなくて飽きないな
続きが楽しみだ

194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/27(水) 14:52:51.73 ID:KO3EZBCDO
読みやすい上、しっかり描写されてて良いね。

195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/07/27(水) 15:57:33.29 ID:EclBy5YAO
つづく ってあるだけでワクワクが止まらない

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