幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.
Part14
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:24:24.64 ID:JI5KpnyFo
土曜は近場のショッピングモールへと行った。
日用品から服、インテリア、楽器屋、靴屋、雑貨屋、ギフトショップ、アクセサリーショップ、ペットショップ、フードコート。
大小含めておびただしい数のテナントが並んでいて、大勢の人々がさまざまな店に出たり入ったりしている。
冷房の効いた店内に入っても、人波は独特の熱気を持っていてとても涼めはしなかった。
店が多いのはいいものの、おかげで一日で回りきれるほどの広さではない。
ある程度目的を決めて動かないといけない。
とりあえずぼんやりと決める。
服屋はなしにして、鞄、財布なんかを回るのがいいか、それとも小物か、アクセサリーか。
考えるのが面倒になったわけではないが、妹に先導をまかせて後をついていくことにした。
普段はあまり来ないところだからか、妹はいつもよりはしゃいでいた。
人ごみは得意ではないはずなのに、疲れた様子を見せることもない。
この反応だけで、まぁいいか、と思ってしまう。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:24:50.87 ID:JI5KpnyFo
雑貨屋を回る。クッション、ペン立て、本棚、クッション、ぬいぐるみ、さまざまなものが置いてあった。
妹はいろいろなものを触ったりしながらいろいろと見て歩いた。
俺も追いかけながら、いろいろと手にとってみる。
次にアクセサリーショップを見に行くが、これにはあまり食指が動かないようだった。
いつも身につけていられるとはいえ、金額も相応だし、学生はおおっぴらには付けて歩けない。
そもそも兄にプレゼントをされたネックレスやらなにやらを身に付ける女子というのも微妙な塩梅だ。
そうなるとやっぱり家の中で使うものがいいだろう。あるいは財布のようなもの。
「財布は、別になあ」
と妹は言う。そもそも財布にこだわる感覚が分からないのだろう。
使いやすくてあまりデザインのひどくないものなら何でもよさそうだ。
しばらくいろんな店を見て回ると、あっというまに昼時になった。
混み始めてからだと困るので、早めにフードコートへ向かったが、それでも人は大勢いた。
昼食にラーメンがいいんじゃないかと提案したところ、妹がひどく不機嫌になった。ラーメン、悪くないのに。
仕方ないのでハンバーガーにする。これも妹は少し難色を見せたが、他よりはマシと判断したらしい。基準が分からない。
「こうしてると、デートみたいだね」
と、言ってみた。俺が。
「馬鹿じゃないの?」
反応は辛辣だった。ひでえ。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:25:17.58 ID:JI5KpnyFo
腹ごしらえを終えて、少し休憩していると、聞き覚えのある声に話しかけられた。
後輩だった。
「どもっす」
「おす」
「どうも」
後輩は前にファミレスで会ったときと変わらない様子だった。
「デートすか」
「デートっす」
「違います」
示し合わせたような会話に、後輩はけらけら笑う。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:26:43.79 ID:JI5KpnyFo
「そっちはデート?」
「ああいや。家族です」
彼女はちらりと遠くの席を見た。
少しの間、話をしていると、食器の載ったトレイを持ったまま後輩に誰かが話しかけた。
どこかで聞いたような声だと思って振り向いたが、その顔に見覚えはなかった。
太い縁の赤い眼鏡。まっすぐ下ろした髪。その表情はどこかで見たことがあるような気がした。
彼女は一瞬だけ俺を見ておかしな反応をした。その直後、後輩を置き去りにして早々に去っていく。
「待って、ちい姉!」
後輩の言葉を耳ざとく追いかける。ちい姉。「ち」がつく知り合いはいない。たぶん気のせいだったのだろう。
「それじゃ、私行くんで。デート楽しんでください」
「デートじゃないです」
後輩は颯爽と去っていった。スタイリッシュ。
混み合ってきたフードコードを出る。人の出入りが多い。はぐれないようにあまり離れないように注意する。
「手でもつなぐ?」
「冗談でしょ」
半分くらい本気だったが、そう言われては仕方ない。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:27:27.62 ID:JI5KpnyFo
結局さっきの雑貨屋が一番よさそうだったので、その中を歩いてみることにする。
「マグカップ。どうよ?」
無難なものを押す。
妹は満更でもなさそうだった。
長い間、彼女はさまざまなマグカップの形や色や柄を眺めていた。
やがてこれだというものを見つけたらしく、俺に向けてそれを得意げに抱えた。
外側が黒く塗られた、シンプルな形のものだった。
一瞬怪訝に思う。本当にこれでいいのか? 受け取ってよく観察してみると、側面に小さな猫の後ろ姿が白線で描かれていた。
そしてその足元にはアルファベットが並んでいる。不器用そうなフォントで『can't sleep...』。切なげな猫だ。
「これでいいの?」
真っ黒というのも変なものだと思う。
「うん。これがいい」
いたく気に入ったらしい。そこまで言うならと早々に決定した。
満足顔の妹を横目に笑う。安上がりな奴。もうちょっと贅沢をしても誰も責めないのに。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:27:54.64 ID:JI5KpnyFo
俺はレジに寄る前に写真立てのコーナーを探した。少なくない種類がある。どれも同じに見えたが、一応意見を聞いておいた。
「どれがいいと思う?」
妹はよく分かっていない顔をしていたが、それでもちゃんと選んでくれた。シンプルであまり気取っていない木製のもの。
カメラは帰りに使い捨てのものでも買うか、と思ったが、デジカメがあるのでそれをプリントすればいいと気付いた。データのまま保存できるし。
写真屋で現像を頼むことなんていつの間にかなくなった。
せっかく来たのでもう少しだけ回って歩こうかとも思ったのだが、割れ物を持ち歩くのは少し怖いし、人ごみに疲弊しつつもあった。
早い時間だが家に帰ることにした。
妹は帰る途中も期限をよくして鼻歌を歌ったりしていた(鼻歌は歌うで合っているのだろうか)。
最近は「馬鹿が割り増しになったよね」とか言われることもなかったし絶対零度の視線を浴びせられることもなくなった。
良い傾向なのか悪い傾向なのかは分からない。
まぁ、考え事をしたって仕方ないし、と割り切る。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:28:38.28 ID:JI5KpnyFo
家に帰ってからひとりで買い出しに出た。
自分で自分を祝う食事を作るのも妙な話なので、明日の食事の準備は俺がすることになっている。
せっかくなので大量に作ることにした。豪勢に。好きなものを。
買い物を終えて家に帰ると幼馴染とユリコさんがいた。
どうやら妹の誕生日前日ということで、プレゼントを置きにきたらしい。
彼女たちはプレゼントを妹に渡してわずかに言葉を交わしたあと早々に帰っていった。
その後俺たちは夕飯をとってリビングで暇を持て余した。
テストが終わったばかりで、何もすべきことが見当たらない。
とにかく映画でも観るかと思ったけれど、もう見飽きたものばかりで見たいものがない。
結局その日は何もせずに眠った。
後で聞いた話だが、幼馴染からは熊のぬいぐるみ的ストラップ、ユリコさんからは熊型目覚まし時計だったらしい。
なぜ熊なのかは疑問だが、本人が気に入っているようなのでよしとする。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:29:14.24 ID:JI5KpnyFo
翌日。
基本的にはいい親ではない両親も、妹の誕生日だけはきっちりと休みを取る。
というのも、一度大幅に遅刻した際に妹がかなりのダメージを負ったからだ。
大泣きした。後にも先にもあんなに泣いたのはあのとき限りだ。
普段忙しい人たちで、ゆっくり話をすることも難しいので、特別な日くらいは帰ってきてほしいと思ったのだろう。
その日は結局待ちきれずに先に寝てしまった。かなり落胆していたのか、その日は同じ部屋で寝ようとしたほどだった。
実際、同じ部屋の同じベッドで眠ろうとしたが、それは今は関係のない話だし、俺が役得を感じていたかどうかもどうでもいいことだ。
結局二人が帰ってきたのは日付が変わる頃だった。
物音で目を覚ました俺たちは、両親を出迎えた。嫌な見方をすれば、彼らとしてはなんとか体裁を整えられたということだ。
間に合ったといえば間に合ったけれど、間に合わなかったといえば間に合わなかった。
生活が切迫しているわけでもないのに、それでもどちらかが仕事をやめたりしないのは、やっぱり好きだからなのだろうか。
ふて腐れるような歳ではないにせよ、あんまり面白くない。もうちょっと家庭を顧みろ。
日曜の朝、妹と二人で朝食をとっていると、父が寝室から出てきた。寝癖をつけたまま。
仕事に行くときはぴしっとしているが、家にいるときはひたすらにだらしない。
おはよう、って言うとおはようって言う。挨拶は魔法の言葉です。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:29:41.94 ID:JI5KpnyFo
三人でダイニングテーブルに向き合って食事をとる。今度は母が降りてきた。
両親の分も食事を用意するのは妹だった。世話を焼いているだけで楽しそうなのでよしとするが、あまり釈然としない。
とはいえ俺も甘んじて世話を受けているわけで、まぁ人のことはとやかく言えない。
だらだらと一日を過ごす。
遠出をしても疲れるし、ゆっくりと過ごすのが休日の正しい過ごし方。
我が家に安心を見つけることで、人々は安らぎを得ることができるのです。
会話がないが、誰かがそれを不服に感じることはない。
仕事の話なんて聞いたところでちっとも面白くないし、学校のことを話したって仕方ない。
ぼんやりテレビを見ながら、それでもリビングに揃う。
二時を過ぎた頃、渋る三人を押し出すようにして出かけさせた。とりあえず店でも回ってきて、帰りにケーキでも買ってくるといい。
「いかないの?」
妹が尋ねる。
「晩御飯は腕によりをかけようと」
不服そうだったが、俺がいないほうが両親も落ち着いて妹と話せるだろう。両方いるとどっちと話せば良いか分からないだろうし。
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:30:23.18 ID:JI5KpnyFo
五時半を過ぎた頃に料理を始める。久々だったので道具の位置やらなにやらで手間取った。
その頃にちょうど三人も帰ってくる。どこに行ったかは分からないが、とりあえず満足そうだった。
寝転がりたがる三人を無理やり並ばせてデジカメで写真を何枚か撮っておいた。
その後、母親が料理の手伝いをしたがった。はっきり言って足手まといだったが、せっかくなので手伝ってもらう。
料理が作りおえてテーブルに皿を並べた頃、ちょうど六時を回った。
たいして苦労したわけではないが、見栄えだけは良かったし量も多いので迫力があった。
父が大食漢だということを考慮したうえでの量だったが、あっというまに減っていった。
食事の後、少し時間を置いてからケーキを切り分ける。なぜか巨大なホールケーキだった。
明らかに余る。
蝋燭に関しては妹が嫌がったので省略した。そういうこともあるだろう。母は残念がっていた。
イチゴの乗ったショートケーキ。シンプル。バースデイケーキ、という形。示唆的。
「おめでとう」
「ありがとう」
ごく平凡(少し過剰なほど)な家族の誕生日が過ぎていった。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:30:52.38 ID:JI5KpnyFo
買い物に行ったときに、プレゼントはもらったらしい。何をもらったのか聞くつもりはなかった。
両親はリビングに残って買ってきたと思しき酒を飲んでいた。
夫婦水入らず。二人揃うのも久しぶりなのだと思って放っておく。
さっき撮った写真を大急ぎでプリントアウトした。
渡さずにいた写真立てに写真を入れて、妹の部屋に行く。
俺がドアを開けたとき、彼女は疲れてベッドに倒れこんでいたようだった。
「ほれ」
気安げに渡した。照れ隠し。
妹は少し驚いていた。素直に感謝される。照れる。
妹はなんだか微妙そうな顔をしていた。良いことが続きすぎると怖くなるものだ。
「一緒に寝るか?」
軽口を叩く。
「馬鹿じゃないの?」
いつもの調子で言われた。
とりあえず、今日はそこそこがんばった方じゃないかな、と思う。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:31:46.02 ID:JI5KpnyFo
つづく
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/07/31(日) 12:33:38.91 ID:bUzJLIAAO
しかし相変わらず読みやすいのう
簡素というわけでもないのに
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/07/31(日) 12:33:54.25 ID:tgPyG3Hqo
乙
更新頻度高いのでうれしい
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/07/31(日) 12:44:42.81 ID:KKY7OR7l0
読みやすくてホントにヤバいw1日1回で多めに更新してくれるから凄い嬉しいね。
乙
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:17:06.30 ID:FfC3rck9o
週明けにはテストが返却され始めた。点数は思っていたよりも悪くなかった。
せっかくなので誰かと点数勝負がしたくなった。
キンピラくんに声をかける。
「点数勝負しようぜ」
「なんで勝負なんだよ」
「男だからだよ」
男ならしかたない、とキンピラくんは納得したようだった。
「全教科の合計点数を競う。もし俺が負けたら、なんでもしてあげるよ。三回回ってワンと鳴くくらいなら」
「おい、結構『なんでも』の幅が狭えぞ」
俺はキンピラくんの言葉を無視した。
「もし俺が勝ったら……」
「勝ったら?」
「お……」
俺は大真面目に言った。
「俺とメル友になってください」
「何言ってんだおまえ」
心底心配そうな目で見られた。友達ほしい。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:17:34.41 ID:FfC3rck9o
「じゃあ、もし俺が勝ったら」
「勝ったら?」
「俺の分の夏休みの課題、全部やってもらう」
「あ、ごめん。俺ちびっこ担任に用事あったんだわ」
「逃げんなてめえぶっ飛ばすぞ」
シリアスに言われる。負けるわけにはいかなくなった。
手始めに既に返ってきている答案の点数をお互いに言い合う。
圧勝していた。
この分だと俺の勝利は確定的だ。
それなのにキンピラくんは自分の勝利を微塵も疑っていないようだった。
何が彼に自信を与えてるんだろう。間違いなく自信だけが先走っている。
俺は不敵な笑みを浮かべるキンピラくんに少しだけ同情した。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:18:02.79 ID:FfC3rck9o
結果から言ってしまうとキンピラくんとの勝負に俺は勝った。
全教科の答案が返却されたのち、赤外線で互いのアドレスを交換しあう。
「毎日電話するね、ダーリン!」
語尾にハートをつけた。
「もう死ねよおまえ」
キンピラくんは辛辣だったが、俺はご機嫌だ。
携帯のメモリにまたデータが増えた。
試しに適当な文面を送信する。
キンピラくんは律儀にも返信をくれた。
怒りマークの絵文字。
微笑ましい気持ちになる。
彼が意外とメール魔だと気付いたのは夏休みに入ってからだった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:18:35.75 ID:FfC3rck9o
学期最後の週、屋上さんと昼休みに遭遇する。
もはや日課と言ってしまってもいいほど、彼女と一緒に昼食をとることが多くなった。嫌がられることも不思議とない。
とはいえ彼女と話すこともだいぶ消費され尽くしてしまい、既にほとんど会話と言えるものは生まれない。
老夫婦のような空気。
と、前に口に出して言ったら「いっぺん死ねば?」と言われた。
口は災いの門である。
屋上さんに夏休みの予定を聞いたら、彼女は押し黙ってしまった。
「……部活」
長い沈黙のあと、彼女は短く呟いた。
「他には?」
「なにも」
彼女は苛立ちをぶつけるようにハムサンドをかじった。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:19:25.43 ID:FfC3rck9o
「じゃあ俺と遊ぼう」
誘ってみた。
「なんで?」
嫌そうだ。
「え、だめ?」
「ダメ」
ダメらしい。それなら仕方ない。
弁当をつつきながら屋上さんのことを考える。
俺が彼女について知っていることなんて、名前と顔と学年くらいだ。
あと妹がふたりいる。その程度。
距離が縮まっているようで、まるで縮まっていない。
土曜は近場のショッピングモールへと行った。
日用品から服、インテリア、楽器屋、靴屋、雑貨屋、ギフトショップ、アクセサリーショップ、ペットショップ、フードコート。
大小含めておびただしい数のテナントが並んでいて、大勢の人々がさまざまな店に出たり入ったりしている。
冷房の効いた店内に入っても、人波は独特の熱気を持っていてとても涼めはしなかった。
店が多いのはいいものの、おかげで一日で回りきれるほどの広さではない。
ある程度目的を決めて動かないといけない。
とりあえずぼんやりと決める。
服屋はなしにして、鞄、財布なんかを回るのがいいか、それとも小物か、アクセサリーか。
考えるのが面倒になったわけではないが、妹に先導をまかせて後をついていくことにした。
普段はあまり来ないところだからか、妹はいつもよりはしゃいでいた。
人ごみは得意ではないはずなのに、疲れた様子を見せることもない。
この反応だけで、まぁいいか、と思ってしまう。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:24:50.87 ID:JI5KpnyFo
雑貨屋を回る。クッション、ペン立て、本棚、クッション、ぬいぐるみ、さまざまなものが置いてあった。
妹はいろいろなものを触ったりしながらいろいろと見て歩いた。
俺も追いかけながら、いろいろと手にとってみる。
次にアクセサリーショップを見に行くが、これにはあまり食指が動かないようだった。
いつも身につけていられるとはいえ、金額も相応だし、学生はおおっぴらには付けて歩けない。
そもそも兄にプレゼントをされたネックレスやらなにやらを身に付ける女子というのも微妙な塩梅だ。
そうなるとやっぱり家の中で使うものがいいだろう。あるいは財布のようなもの。
「財布は、別になあ」
と妹は言う。そもそも財布にこだわる感覚が分からないのだろう。
使いやすくてあまりデザインのひどくないものなら何でもよさそうだ。
しばらくいろんな店を見て回ると、あっというまに昼時になった。
混み始めてからだと困るので、早めにフードコートへ向かったが、それでも人は大勢いた。
昼食にラーメンがいいんじゃないかと提案したところ、妹がひどく不機嫌になった。ラーメン、悪くないのに。
仕方ないのでハンバーガーにする。これも妹は少し難色を見せたが、他よりはマシと判断したらしい。基準が分からない。
「こうしてると、デートみたいだね」
と、言ってみた。俺が。
「馬鹿じゃないの?」
反応は辛辣だった。ひでえ。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:25:17.58 ID:JI5KpnyFo
腹ごしらえを終えて、少し休憩していると、聞き覚えのある声に話しかけられた。
後輩だった。
「どもっす」
「おす」
「どうも」
後輩は前にファミレスで会ったときと変わらない様子だった。
「デートすか」
「デートっす」
「違います」
示し合わせたような会話に、後輩はけらけら笑う。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:26:43.79 ID:JI5KpnyFo
「そっちはデート?」
「ああいや。家族です」
彼女はちらりと遠くの席を見た。
少しの間、話をしていると、食器の載ったトレイを持ったまま後輩に誰かが話しかけた。
どこかで聞いたような声だと思って振り向いたが、その顔に見覚えはなかった。
太い縁の赤い眼鏡。まっすぐ下ろした髪。その表情はどこかで見たことがあるような気がした。
彼女は一瞬だけ俺を見ておかしな反応をした。その直後、後輩を置き去りにして早々に去っていく。
「待って、ちい姉!」
後輩の言葉を耳ざとく追いかける。ちい姉。「ち」がつく知り合いはいない。たぶん気のせいだったのだろう。
「それじゃ、私行くんで。デート楽しんでください」
「デートじゃないです」
後輩は颯爽と去っていった。スタイリッシュ。
混み合ってきたフードコードを出る。人の出入りが多い。はぐれないようにあまり離れないように注意する。
「手でもつなぐ?」
「冗談でしょ」
半分くらい本気だったが、そう言われては仕方ない。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:27:27.62 ID:JI5KpnyFo
結局さっきの雑貨屋が一番よさそうだったので、その中を歩いてみることにする。
「マグカップ。どうよ?」
無難なものを押す。
妹は満更でもなさそうだった。
長い間、彼女はさまざまなマグカップの形や色や柄を眺めていた。
やがてこれだというものを見つけたらしく、俺に向けてそれを得意げに抱えた。
外側が黒く塗られた、シンプルな形のものだった。
一瞬怪訝に思う。本当にこれでいいのか? 受け取ってよく観察してみると、側面に小さな猫の後ろ姿が白線で描かれていた。
そしてその足元にはアルファベットが並んでいる。不器用そうなフォントで『can't sleep...』。切なげな猫だ。
「これでいいの?」
真っ黒というのも変なものだと思う。
「うん。これがいい」
いたく気に入ったらしい。そこまで言うならと早々に決定した。
満足顔の妹を横目に笑う。安上がりな奴。もうちょっと贅沢をしても誰も責めないのに。
俺はレジに寄る前に写真立てのコーナーを探した。少なくない種類がある。どれも同じに見えたが、一応意見を聞いておいた。
「どれがいいと思う?」
妹はよく分かっていない顔をしていたが、それでもちゃんと選んでくれた。シンプルであまり気取っていない木製のもの。
カメラは帰りに使い捨てのものでも買うか、と思ったが、デジカメがあるのでそれをプリントすればいいと気付いた。データのまま保存できるし。
写真屋で現像を頼むことなんていつの間にかなくなった。
せっかく来たのでもう少しだけ回って歩こうかとも思ったのだが、割れ物を持ち歩くのは少し怖いし、人ごみに疲弊しつつもあった。
早い時間だが家に帰ることにした。
妹は帰る途中も期限をよくして鼻歌を歌ったりしていた(鼻歌は歌うで合っているのだろうか)。
最近は「馬鹿が割り増しになったよね」とか言われることもなかったし絶対零度の視線を浴びせられることもなくなった。
良い傾向なのか悪い傾向なのかは分からない。
まぁ、考え事をしたって仕方ないし、と割り切る。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:28:38.28 ID:JI5KpnyFo
家に帰ってからひとりで買い出しに出た。
自分で自分を祝う食事を作るのも妙な話なので、明日の食事の準備は俺がすることになっている。
せっかくなので大量に作ることにした。豪勢に。好きなものを。
買い物を終えて家に帰ると幼馴染とユリコさんがいた。
どうやら妹の誕生日前日ということで、プレゼントを置きにきたらしい。
彼女たちはプレゼントを妹に渡してわずかに言葉を交わしたあと早々に帰っていった。
その後俺たちは夕飯をとってリビングで暇を持て余した。
テストが終わったばかりで、何もすべきことが見当たらない。
とにかく映画でも観るかと思ったけれど、もう見飽きたものばかりで見たいものがない。
結局その日は何もせずに眠った。
後で聞いた話だが、幼馴染からは熊のぬいぐるみ的ストラップ、ユリコさんからは熊型目覚まし時計だったらしい。
なぜ熊なのかは疑問だが、本人が気に入っているようなのでよしとする。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:29:14.24 ID:JI5KpnyFo
翌日。
基本的にはいい親ではない両親も、妹の誕生日だけはきっちりと休みを取る。
というのも、一度大幅に遅刻した際に妹がかなりのダメージを負ったからだ。
大泣きした。後にも先にもあんなに泣いたのはあのとき限りだ。
普段忙しい人たちで、ゆっくり話をすることも難しいので、特別な日くらいは帰ってきてほしいと思ったのだろう。
その日は結局待ちきれずに先に寝てしまった。かなり落胆していたのか、その日は同じ部屋で寝ようとしたほどだった。
実際、同じ部屋の同じベッドで眠ろうとしたが、それは今は関係のない話だし、俺が役得を感じていたかどうかもどうでもいいことだ。
結局二人が帰ってきたのは日付が変わる頃だった。
物音で目を覚ました俺たちは、両親を出迎えた。嫌な見方をすれば、彼らとしてはなんとか体裁を整えられたということだ。
間に合ったといえば間に合ったけれど、間に合わなかったといえば間に合わなかった。
生活が切迫しているわけでもないのに、それでもどちらかが仕事をやめたりしないのは、やっぱり好きだからなのだろうか。
ふて腐れるような歳ではないにせよ、あんまり面白くない。もうちょっと家庭を顧みろ。
日曜の朝、妹と二人で朝食をとっていると、父が寝室から出てきた。寝癖をつけたまま。
仕事に行くときはぴしっとしているが、家にいるときはひたすらにだらしない。
おはよう、って言うとおはようって言う。挨拶は魔法の言葉です。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:29:41.94 ID:JI5KpnyFo
三人でダイニングテーブルに向き合って食事をとる。今度は母が降りてきた。
両親の分も食事を用意するのは妹だった。世話を焼いているだけで楽しそうなのでよしとするが、あまり釈然としない。
とはいえ俺も甘んじて世話を受けているわけで、まぁ人のことはとやかく言えない。
だらだらと一日を過ごす。
遠出をしても疲れるし、ゆっくりと過ごすのが休日の正しい過ごし方。
我が家に安心を見つけることで、人々は安らぎを得ることができるのです。
会話がないが、誰かがそれを不服に感じることはない。
仕事の話なんて聞いたところでちっとも面白くないし、学校のことを話したって仕方ない。
ぼんやりテレビを見ながら、それでもリビングに揃う。
二時を過ぎた頃、渋る三人を押し出すようにして出かけさせた。とりあえず店でも回ってきて、帰りにケーキでも買ってくるといい。
「いかないの?」
妹が尋ねる。
「晩御飯は腕によりをかけようと」
不服そうだったが、俺がいないほうが両親も落ち着いて妹と話せるだろう。両方いるとどっちと話せば良いか分からないだろうし。
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:30:23.18 ID:JI5KpnyFo
五時半を過ぎた頃に料理を始める。久々だったので道具の位置やらなにやらで手間取った。
その頃にちょうど三人も帰ってくる。どこに行ったかは分からないが、とりあえず満足そうだった。
寝転がりたがる三人を無理やり並ばせてデジカメで写真を何枚か撮っておいた。
その後、母親が料理の手伝いをしたがった。はっきり言って足手まといだったが、せっかくなので手伝ってもらう。
料理が作りおえてテーブルに皿を並べた頃、ちょうど六時を回った。
たいして苦労したわけではないが、見栄えだけは良かったし量も多いので迫力があった。
父が大食漢だということを考慮したうえでの量だったが、あっというまに減っていった。
食事の後、少し時間を置いてからケーキを切り分ける。なぜか巨大なホールケーキだった。
明らかに余る。
蝋燭に関しては妹が嫌がったので省略した。そういうこともあるだろう。母は残念がっていた。
イチゴの乗ったショートケーキ。シンプル。バースデイケーキ、という形。示唆的。
「おめでとう」
「ありがとう」
ごく平凡(少し過剰なほど)な家族の誕生日が過ぎていった。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:30:52.38 ID:JI5KpnyFo
買い物に行ったときに、プレゼントはもらったらしい。何をもらったのか聞くつもりはなかった。
両親はリビングに残って買ってきたと思しき酒を飲んでいた。
夫婦水入らず。二人揃うのも久しぶりなのだと思って放っておく。
さっき撮った写真を大急ぎでプリントアウトした。
渡さずにいた写真立てに写真を入れて、妹の部屋に行く。
俺がドアを開けたとき、彼女は疲れてベッドに倒れこんでいたようだった。
「ほれ」
気安げに渡した。照れ隠し。
妹は少し驚いていた。素直に感謝される。照れる。
妹はなんだか微妙そうな顔をしていた。良いことが続きすぎると怖くなるものだ。
「一緒に寝るか?」
軽口を叩く。
「馬鹿じゃないの?」
いつもの調子で言われた。
とりあえず、今日はそこそこがんばった方じゃないかな、と思う。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/31(日) 12:31:46.02 ID:JI5KpnyFo
つづく
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/07/31(日) 12:33:38.91 ID:bUzJLIAAO
しかし相変わらず読みやすいのう
簡素というわけでもないのに
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/07/31(日) 12:33:54.25 ID:tgPyG3Hqo
乙
更新頻度高いのでうれしい
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/07/31(日) 12:44:42.81 ID:KKY7OR7l0
読みやすくてホントにヤバいw1日1回で多めに更新してくれるから凄い嬉しいね。
乙
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:17:06.30 ID:FfC3rck9o
週明けにはテストが返却され始めた。点数は思っていたよりも悪くなかった。
せっかくなので誰かと点数勝負がしたくなった。
キンピラくんに声をかける。
「点数勝負しようぜ」
「なんで勝負なんだよ」
「男だからだよ」
男ならしかたない、とキンピラくんは納得したようだった。
「全教科の合計点数を競う。もし俺が負けたら、なんでもしてあげるよ。三回回ってワンと鳴くくらいなら」
「おい、結構『なんでも』の幅が狭えぞ」
俺はキンピラくんの言葉を無視した。
「もし俺が勝ったら……」
「勝ったら?」
「お……」
俺は大真面目に言った。
「俺とメル友になってください」
「何言ってんだおまえ」
心底心配そうな目で見られた。友達ほしい。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:17:34.41 ID:FfC3rck9o
「じゃあ、もし俺が勝ったら」
「勝ったら?」
「俺の分の夏休みの課題、全部やってもらう」
「あ、ごめん。俺ちびっこ担任に用事あったんだわ」
「逃げんなてめえぶっ飛ばすぞ」
シリアスに言われる。負けるわけにはいかなくなった。
手始めに既に返ってきている答案の点数をお互いに言い合う。
圧勝していた。
この分だと俺の勝利は確定的だ。
それなのにキンピラくんは自分の勝利を微塵も疑っていないようだった。
何が彼に自信を与えてるんだろう。間違いなく自信だけが先走っている。
俺は不敵な笑みを浮かべるキンピラくんに少しだけ同情した。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:18:02.79 ID:FfC3rck9o
結果から言ってしまうとキンピラくんとの勝負に俺は勝った。
全教科の答案が返却されたのち、赤外線で互いのアドレスを交換しあう。
「毎日電話するね、ダーリン!」
語尾にハートをつけた。
「もう死ねよおまえ」
キンピラくんは辛辣だったが、俺はご機嫌だ。
携帯のメモリにまたデータが増えた。
試しに適当な文面を送信する。
キンピラくんは律儀にも返信をくれた。
怒りマークの絵文字。
微笑ましい気持ちになる。
彼が意外とメール魔だと気付いたのは夏休みに入ってからだった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:18:35.75 ID:FfC3rck9o
学期最後の週、屋上さんと昼休みに遭遇する。
もはや日課と言ってしまってもいいほど、彼女と一緒に昼食をとることが多くなった。嫌がられることも不思議とない。
とはいえ彼女と話すこともだいぶ消費され尽くしてしまい、既にほとんど会話と言えるものは生まれない。
老夫婦のような空気。
と、前に口に出して言ったら「いっぺん死ねば?」と言われた。
口は災いの門である。
屋上さんに夏休みの予定を聞いたら、彼女は押し黙ってしまった。
「……部活」
長い沈黙のあと、彼女は短く呟いた。
「他には?」
「なにも」
彼女は苛立ちをぶつけるようにハムサンドをかじった。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/01(月) 11:19:25.43 ID:FfC3rck9o
「じゃあ俺と遊ぼう」
誘ってみた。
「なんで?」
嫌そうだ。
「え、だめ?」
「ダメ」
ダメらしい。それなら仕方ない。
弁当をつつきながら屋上さんのことを考える。
俺が彼女について知っていることなんて、名前と顔と学年くらいだ。
あと妹がふたりいる。その程度。
距離が縮まっているようで、まるで縮まっていない。
幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.
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